第六十八話 これは予想外で想定外です。
ポップコーンがすっかり気に入ったみんなはテスラが朝市で見かけて買い占めてくると手が空いている人は進んで手伝ってくれるようになった。
当然これもテスラが商業登録を当日に出しにいった。
それからミゲル王子は毎日オヤツの時間になると倉庫前に現れるようになった。
私達がいる時はもう結界は張っていない。
だけどやはりそんなにすぐには無理なようで翌日には進歩がなかったから当然オアズケ。
それから数日は変化を見せなかったものの、今日は前回より少し前の戸口までやって来た。
だが何も言えないのは変わらない。一生懸命何か言おうとしては唇を引き結んでの繰り返し。
また少しだけ進歩を見せたので私はまた皿の上に今朝テスラが買ってきたトウモロコシの醤油焼きを戸口に三本置くと踵を返した。
三つ子の魂百までもという言葉もある。祖母が世界の全てだった幼い頃の考え方は染み付いていて間違った選民意識と血統主義は簡単に覆せない。特別であることの優位性を捨てるということはプライドの高い彼からすればまさに堕ちるというにも等しいのかもしれない。
私も別にプライド全てを捨てさせようとは思っていない。
彼が王族の血を引いていることは間違いなく、特別であることは確かだ。
ただ特別であるということはそれだけの責任があるのだという事を自覚してほしい。
自分の放つ一言が、その人の人生をも歪めてしまう事を。
自分がどれだけたくさんの人間の人生を狂わせてきたのかを。
何か言おうとしているけど言えず仕舞いなのは相変わらずだが、傲慢さが鼻について仕方がなかった最初に比べると頭ごなしに命令もしないし、こちらの様子を伺う事を覚えただけでも進歩と言えなくもない。
しかしどうにも鉄壁のプライドはそう簡単には崩せないようだ。
そりゃあ今まで下賤と散々蔑んできたわけだから簡単に行くわけもないか。
言葉では理解しても心が追いつくには時間もかかる。
それでも後一歩が踏み出せなければ本当に変わることはできない。
彼が自分の世界を変えることで手にすることが出来るものも間違いなくあるはずなのだ。
私が置いたトウモロコシを食べ終わり、団長が私達が剥いていた皮のついたままのトウモロコシの山を抱えてその場所まで持ってくるとその皮を剥き出し、それを見て、おずおずと手を伸ばし、ミゲル王子が剥き出した時にはさすがに驚いた。
以前の彼なら命令するだけで手に取ろうともしなかっただろう。
そして一山を二人で剥き終えると何も言わずにまた屋敷に戻って行った。
多分団長の提案なのだろう。
働かざる者食うべからず、よく私が口にしている言葉だ。
言えないのなら、せめて態度で反省を示そうとしたのかもしれない。
団長もすぐには無理だと思っているのかそれ以上の口出しをしない。
ただ自分が口出しする前に自ら手を伸ばしたミゲル王子の頭をクシャリと撫でるとそのまま屋敷に戻っていった。
彼が変わろうとしているのはもう疑いようがなかった。
「びっくりしました。あのミゲル王子が作業を手伝うなんて」
連隊長が第二王子の出て行った方向を見てポツリと呟く。
確かに私も驚いた、驚いたのだけれど。
「でも明後日の朝で私達、引越しなんだよね。どうしよう」
もとは権力馬鹿の駄目王子とはいえ折角勇気を出して変わろうとしている子供をここで見捨てるのはしのびない。けれど彼のためだけに予定を簡単に変更もできない。私達の仕事の拠点はもう殆どが森に移っているのだから。
それにそろそろ城から迎えも来る頃。
そこが一番悩ましいところだ。
おそらくこのまま城に返せば元の木阿弥、多少はマシになるかもしれないが彼を崇め奉る環境が再び暴君に戻してしまう可能性もある。彼を裏から操るためにも彼が愚かでいてくれた方がいい者もいるだろう。第二王子の派閥の殆どがそういった権力欲に取り憑かれた、私腹を肥やすことしか考えていないような輩みたいだし、愚かしいことだ。
国が腐れば税収も減る、税収が落ちれば自分達の収入も減る。結局回り回って自分達の首を絞める事になるということを彼等は理解していない。国が富めば税収も上がるというのに目先のことしか考えていない。
一応このことは団長達にも報告しているが、ガイの調査によれば取り返しのつかない事態になる前に彼を排斥しようとする一派もいるようで、ウチでは私が怖くて手が出せないようだが道中の移動で命を狙われる可能性も低くないらしい。今のところ口止めが効いているのか、徹底してフィアが庶民の格好をしていることもあって第一王子は王宮のいることになっているようだ。私からすれば漂う気品は隠し切れていないので、よくこれでバレないものだと思うのだが考えてみればウチのような片田舎に、王族が早々お見えになるなどと思いもしないのだろう。しかも王子が私よりも粗末な洋服を着ているとは考えないに違いない。つくづく服装というものは重要なものだ。
他にも調べたいことがあるようで、ガイはここ何日か姿を見ていない。
机に置いて置いたガイの分のオヤツが消えているところを見ると一応帰って来てはいるようだ。
公になっている第二王子の訪問もいい隠れ蓑になっているってところか。
王子が二人ともウチの屋敷にいるとは普通に考えてあり得ないだろうし。
狙っている輩は馬鹿王子に即位されて国がメチャクチャになる前にってところか。
自分の犯した罪が原因だとしても、あまりに哀れだ。
祖母に間違った教育をされて歪められて育ち、間違いに気づき始め、なんとか変わろうとしている今、今度は殺されるかもしれない危険に晒されている。
王族というのは全く難儀なものだ。
「第二王子の迎えもそろそろ来る頃なのでしょう?」
「ええ、一応、予定は三日後です」
ロイの問いに連隊長が答える。
私達が森に移動した翌日だ。
結構急に決まったのはやはり第二王子の暗殺計画のせいだろうか。
行動に移される前に移動させてしまおうと言ったところか。
「私もいい加減王都に戻らねばなりませんので今日これから一度陛下に御報告してこようかと。今からなら飛ばせばなんとか宵の口には戻れますし。護衛は当初の予定の五人と変わります。彼らには明後日までは倉庫周辺の警備を、向こうに着いてから屋敷内では一人が王子の護衛に付き、後は三階入り口に交代で見張りを付け、外出の際には少し離れた位置より警護させるようにしています。申し訳ないのですが彼の食事だけ、お願いできますか? 後の者は向こうにいる騎士団の食事係が請け負いますので。言い聞かせてありますが万が一無礼な事を働いた場合にはバリウスに申し付けてくだされば交代させます」
そう連隊長は言うと戸口にいた一人の騎士を手招きして呼んだ。
「こちらが当面私の代わりを務めるマティアスです。お手数おかけしますが宜しくお願いします」
一礼して入ってきた彼は連隊長に促されてフィアの隣に座った。
そして代わりに立ち上がり、それに続こうとしたマティアスの肩を抑えてそれを押し止める。
「お一人で帰られるんですか?」
「余分な人手は割きたくありませんし、そろそろ資材搬入の護衛も終わりですしね」
尋ねた私に連隊長の言葉が返ってくる。
「そうか、もうすぐ二寮目も完成間近ですし、後は屋敷の二階以下ですもんね。資材はもうほぼ揃っているという事ですか」
「ええ。暫くは私が緑の騎士団の方も見ることにします。団の運営は私でもなんとかなりますけど魔獣の扱いは私よりもバリウスの方が長けていますから大物が出てこない限りは私でもなんとかなるでしょう」
確かにここ最近団長はウチの領地に殆どいることが多い。はじめはサラマンダーの調査のために連隊長と交替でって話だったはずなのだけれど結局ミゲル王子が来てしまったから彼の暴走を止めるために制御しやすい縁戚の団長が残ることになってしまったわけなのだが、確かに王室や国の重鎮、国家の警護、警備が主な仕事の近衛より常日頃から魔獣を相手にしている緑の騎士団の団長の方が適任といえば適任だ。
私が成程と納得していると連隊長がチラリとこちらに視線を向けた後、王子の方に視線を戻して言った。
「もっとも王子の様子を見ていると、今の王子にサラマンダーの秘薬が必要であるとも思えませんが」
・・・・・。
しまったあっ、忘れてた。
そりゃあフィアの体調が良くなることは悪いことではないけれど。
よく食べ、よく歩き、よく眠る。
この頃は少しづつ野菜がわかる形で出しても全部食べるようになった。
実に健康的な生活だ。王城にいた時には十日に一度は体調を崩して主治医のハッツェに世話になっていたらしいけど、ここに来てから一度もフィアは彼の世話になっていない。
「ウチの領地の食材は新鮮で栄養満点ですからね。空気も水も綺麗で美味しいですし」
とりあえずは当初の予定通り、環境のおかげだと言うゴリ押しで。
「勿論それもあるでしょうが貴方の存在と手料理のお陰と言った方がよろしいのでは?」
クスクスと笑いながら連隊長が続ける。
「はじめは貴族子息の、しかもたった六歳の子供の作る料理なんてと失礼にも思っていたのですが、これで当分貴方の料理が食べ納めかと思うと残念でなりませんよ。宮廷料理ほどの華やかさはありませんがとても美味しかったです。よろしければまた是非、御馳走して下さい」
「こちらに見えた折にお寄り下されば歓迎致しますよ」
見送りしようかと立ち上がろうとしたのを止められる。
「では道中、どうぞお気をつけてお戻り下さい」
「また会おう」
そう挨拶すると連隊長は倉庫の出入り口から出ていった。
まずは今日明日で引っ越し準備も進めなければならない。
とは言っても、倉庫に移動する時にあまり使わない荷物は荷解きせずに詰めたままにしておいたので、ここ数日で殆どそれらは運び終えてしまったし、買い置きしておいた珍しい調味料、お米、お酒その他も既に運びこんでしまったので後は現在使っている物だけだ。他のみんなもそんなに荷物は多い方でもないし、向こうで使う食器もマルビスが既に多めに数を揃えてくれてあるので特に用意する物もない。
「そういえば、父様のところから何人か兵士を譲り受ける話はどうなったの?」
父様から許可頂いた兵士勧誘の人材についてはロイ達に一任してあるけど、明後日の移動はランス達と一緒についてくるのに間に合うのだろうか。今は最上階を王都の騎士達が利用していいるので雇い入れた警備員を入れると明らかに男子寮がオーバーフローする。雇い入れ人数に対して明らかに寮建設が間に合っていないので暫くは通い以外雇い止めしている。
「一応候補は絞り込んであります。ウチに欲しいのは戦力というよりも周辺警備が主な仕事になるので今後のことを考えると平均的な腕があれば後は愛想がいい者か、気の回る者の方がいいと思うのですよね。強さだけで言うならこの間の応募でそれなりに集まりましたし、予定よりも多く人員を取りましたから。様子と適性を見つつ、何名かその中から貴方の護衛を選びましょう。ウチにはイシュカも、いざという時にはガイもいますしね。当面それほど問題ではないでしょう」
今後のことを考えるなら確かに施設警備と巡回に愛想は重要項目だ。
「私の知ってる人?」
「ええ、ターナー、ネイト、カーク、ハンス、ナバル、カイトは覚えているでしょう? 一緒にワイバーンを迎え撃った、町での混乱にも対処してくれた者達です。後は彼等の仲のいい隊員、何名かに。よく知る者同士の方が連携も取りやすいでしょうし、町や町人のことも詳しいのでうってつけかと。四人は即決でしたが家庭の事情もありますしね、呼べるのは八人なのでその辺を考慮して人数を揃えて貰うようにお願いしてます」
「いいんじゃない? リゾート施設の来場者として当面はウチの町人達の予定だから彼等と親しい者の方が注意も聞き入れやすいだろうし」
それに彼等は陽気で、よく気もつく。適任だろう。
「旦那様があまり上位を連れて行かれても困るということでしたので上位十名を避けてお願いしてあります。彼等は弱いというわけではないのですが属性的にもアスレチック施設には風と土属性を持つ彼等はありがたいですし」
それは言えてる。
あの時はワイバーン捕獲のために必要でその二つの属性持ちを集めてもらったのだから彼等が何の属性を持っているのか聞くまでもない。子供が落ちた場合とか、風族性持ちは救援に欠かせないし、施設の応急処置的補強可能な土属性も助かるというもの。木材を多用しているウチの施設は火気厳禁だし、むしろ使えない方がいいくらいだ。咄嗟に使って山火事は笑えない。実力上位者は攻撃向きの火と水属性持ちが多いからそのせいもあるのだろうけど。
「ハルト、アスレチック施設ってどんなのか聞いても問題ない?」
フィアが私達の会話の内容についていけなくて尋ねてくる。
「大丈夫だよ、もう隠してる意味もないし。テスラ、もう商業登録は通っているんでしょ?」
「はい、十日ほど前にギルドで認可保留になっている書類を手直しして提出しておきましたから昨日確認したところ、登録手続き処理が済んでいました。建築関係で申請しておきましたからだいたい二年から十五年、かなり差がありますね。一番長いのはジップライン、次いで滑り台、後は浮島や水蜘蛛も悪くないですね。構造が難しい物や生活で使えそうな利用価値の高い物ほど長くなっています。あの四つは特に使用用途が広いですからね」
「登録期間思っていたより随分長いね」
「特にジップラインは応用範囲が広いですからね。降りに限って言えば階段を使う必要性がないわけですので高低差のある建設、工事現場などでは使い勝手がいいですし。別に運ぶのは人でなくても構わないわけですから。そういった関係者からも問い合わせが多いみたいですよ」
「まあ、そうだろうね」
高さがあるものの建築や後は山から切り出した木材の運び出し、船の積荷の上げ下ろしにも有効だ。
「それで宣伝を兼ねた町の空き地の方のヤツはもう完成してるの?」
「今日あたり簡素版五つほど完成予定です。二か月毎に一つ、もう三つ追加する予定です。御覧に行かれますか?」
マルビスは相変わらず仕事が早い。
私が提案というか、呟いたのは子供達の工房見学の帰り道だったはず。
現在建設中の物がどんな施設かわからなければ宣伝するにも困るだろうとオープン時に乗合馬車の停留所にしようと考えている空き地に森に建造する予定の物より短く、簡単な物を無料で利用できる公園に改造することにしたのだ。
「仕事は詰まってないの?」
「商業部門の人員も揃って引き継ぎ出来た仕事も多いですし、各地から来ている就職希望者も彼等の下に配置して見習いとして働き始めましたので問題が起きない限りは私も少しだけゆとりが出来てきました」
それは良かった。マルビス達が過労で倒れる前になんとかなって助かった。
「じゃあフィアに案内しながらついでに行こうか。あれは口で説明しても理解し難いからね」
そんなわけでハルウェルト商店開店以来町に溢れる私の顔のロゴのせいで朝市以外久しく町に近寄っていなかったのだが暫くぶりに出かけることになった。
ただ予定外になったのは第二王子もついてくることになったことくらいだ。
遊具なので動きやすい格好をしてくることと、何かあれば即座に連れ帰ってくれるという条件付きで二台の馬車で町に向かう。
マルビスも第二王子の滞在はもう町人にもバレているので視察とでも思ってくれるだろうし、一応まだ工事中だということで公園内部が見えないように隠してあるから大丈夫だろうということだ。この際、どんなものか団長達に見てもらって陛下に報告して貰えば良いというのでついでに森のアスレチック施設の設計図も持って行くことにした。現物を見ながらどういうものか説明したほうが早いだろう。
ウチの庭にあったヤツはマルビスに説明した数日後、実は解体してしまっている。
開設前に他の貴族に見学に来られ、真似されても困るだろうという理由だ。
幸いワイバーンの一件があって遊具の方は殆ど子供達しか目にしていなかったので現物がなければ再現しようにも難しいだろうし、あれはラルフ爺と私が安全面を考慮はしたが適当に作った代物なので設計図もない。襲撃で壊れてしまったのだということにしておけばそれ以上追求もされなかった。
そんなわけでテスラもキールも設計図上では知っているアスレチック遊具は本日初めてのお目見えなので好奇心丸出しだ。町の中心とまではいかないが、それでも住宅や商店が立ち並んでいるそこを選んだのには幾つかの理由がある。できればこの町のなるべく沢山の子供に使って欲しいということ、そしてリゾート施設への乗り合い馬車の停留所にも考えているということ、道幅も広く、待ち人のための屋台も公園周りに出店しやすいということ、この町を訪れた他領の人間の目にも止まりやすくするということ、そして観光地化が成功して他領からも観光客が見込めるようになったあかつきには宿が足りなくなった場合に町の宿屋も利用してもらったり、店で買い物してもらったりと、町にもお金を落としてもらおうという下心だ。
やはり私達だけではなく町全体が潤ってこその地域活性化だろう。
二台の馬車(後ろは王族使用で派手なことこの上ないが)で連なってその場所を訪れると確かにぐるりと周辺は麻の布で覆われて中が覗けないようになっていた。
マルビスに案内されてその布をくぐり抜け、中に入るとそこには前世で森の公園などに置かれていた小さなアスレチックが五つ出来上がっていた。
「わああっ」
見たことのない遊具に私を除く子供の口から歓声が上がる。
端の方では背中を向け、簡素なベンチの取り付け作業を二人の大工職人がしていた。
マルビスはそこまで歩いて行くと彼等に声をかける。
「おはようございます、どうですか? 作業の方は」
「おはようございます、マルビス様。もう遊具の方は完成してますよ。一応公園ってことなんでいくつかベンチを作りましたんで今からこれを取り付ければ終わりです」
簡素で怪我をしない程度に作りを雑にしてあるのは盗まれないための対策。
ある程度大きければ持ち運び難く普通の家の中では利用するには不便。
大きな家にはそぐわない粗末な作りでは金持ちは見向きもしない。
中途半端にワザと作ることで盗難に遭い難くしたのだ。
「では遊具はもう利用しても?」
「一応安全点検は済んでいますので問題ありません」
「大丈夫だそうですよ、ハルト様」
うん、聞こえてた。
マルビスが呼んだ私の名前に職人達がギョッとして振り返る。
これは今でも変わらずか。
私はいつになったら普通に町を歩けるようになるのだろう。
まあ、それは今回は横に置いておくとして、まずは今日連れて来た初めてこれらを目にする人達への御披露目だ。
「ではまず私が手本をお見せします」
私は得意げに一歩前に歩み出る。
以前マルビスに見せたアクロバット方式は真似されても困るので封印だ。
私はみんなが見ている前で網を登り、木の板を踏み、丸太を跨いで乗り越えて縄を伝って降りる。
そうして五つの遊具を一回りして来ると見学者の前に立つ。
「落下防止網は張られていますが落ちればそれなりに衝撃がありますので痛いです。これらは魔法を使って遊ぶ物ではありませんので魔法は禁止。私は素手で登りましたがこれらは藁で編んだ網と木材を利用して作っていますので手の皮が薄いようなら擦れれば少々痛いので手袋をした方が間違いないでしょう。こちらをどうぞ」
二人の王子の前に厚手の手袋を渡す。
「では気をつけてご利用下さい」
キールにも考えて一応差し出したが要らないと言って受け取らなかった。
素手の方がしっかり掴めるし、擦り傷を気にしないならその方が間違いない。
二人の王子が網に取り付き登り始め、二つ目によじ登り始めたところでキールが後をついて行った。
「なかなか面白い物を考えるな」
その様子を見ていた団長が呟いた言葉を聞いてマルビスが説明し始める。
「ここにあるものは宣伝用にアスレチック施設建設予定地に実際に用意する物を簡略化した物ですのでもっと大規模な大人でも楽しめる物になります。規模の小さめの子供用を十五種類ほどを無料で開放し、それより難易度の高い成人以上でも楽しめる物を有料で現在ニ、三十種類を施工予定です。難易度に合わせて二段階開放で予定しています。地上だけではなく、水上でも遊べる物も用意していますので大人でも一日で遊び切るには余程体力に自信がないと厳しいでしょう。この施設を手始めに第一弾として次のハルト様の誕生日開園を目指しています」
「第一弾ということは他にも考えている、ということか」
「ええ、他にも体を使って遊ぶ施設を幾つか対岸にも順次開園予定です」
「あの森だけではないのか」
驚いたように尋ねる団長にマルビスの声が段々と大きくなる。
「そうです。あの湖を船を使わずに水の上を歩く方法や上空を滑走して渡る方法も検討されています。陛下に頂いた報奨金でハルト様はあの山と湖周辺一帯の土地を買い上げましたので名実ともにリゾート施設のオーナーということになります。将来的には湖を囲む一大リゾート施設になりますよ。私はこの企画の概要を聞かされた時、興奮が止まりませんでした」
初めてこの計画を話した時も、そういえばそうだった。
更にマルビスがヒートアップする。
「しかも貴族ではなく、平民のための施設ですよ。今までこんな規模のそんな施設存在していませんでしたからね。成功すれば間違いなく近隣諸国でも話題になるでしょう」
拳を握り締めて熱弁を振るうマルビスに感心したように団長が言った。
「凄いな、貴族から文句が出るのではないか?」
「私が私の私有地で何をしようと勝手。違法なことをしているわけではありませんから。私の土地では私の規則に従ってもらうだけです。
もっとも別にルールさえ守って頂けるのであれば貴族の方を拒むつもりはありませんが?」
その言葉に私はあっさりと答えを返す。
もともと平民のために考えた企画だが、別に平民限定という訳ではない。
「平民と同じ場所で、同じ遊具で遊び、貴族階級の特権を使うことなく彼等と同じように過ごしていただけるなら、という注釈は勿論つけさせて頂きますけどね。守って頂けない方は罰金を払って頂いた上で追い出します。ただ追い出すだけでは同じことの繰り返しでしょうから懐が痛めば考えるでしょう。ですから入場時には全員に身分証の提示を考えています。位に応じて段階的に罰金金額が上がるように設定します」
「結構えげつないな」
私の注釈に団長が呆れたように声を漏らす。
「ルールさえ守って頂ければ平民と同じ金額しか頂くつもりはありませんよ。罰金五回で出入り禁止です。金さえ払えば許されると思われては困りますから」
全部金で解決しようとされては混乱する。
特権を振り翳しての横入りを許しては今度は平民から苦情が来る。
私が貴族の間で恐れられているというなら都合もいい。
とりあえず苦情があるなら私に直接言えで通してもらおうと思っている。
「なるほど、確かにそれならばまた来たいと思うならルールを守るしかないだろうな。しかもその場所は私有地、不法侵入者として追い出されても文句はつけられない」
「そういうことです」
遊んでいるみんなの姿を目で追いつつ、頃合いを見計らう。
まず一番最初にへばったのは体力が完全回復していないフィア。一周回ったところで力尽きた。次に地面に座り込んだのはミゲル王子だ。二周で座り込む。まだまだ元気なのはキールで、王子達が疲れて馬車に乗り込んだところでいよいよ町人に御披露目だ。
大工職人達に周囲を覆っていた布を外してもらったところで何事かと遠巻きに観察していた物見高い見物人達が背の低い柵越しに身を乗り出し、注目している。
「キール、もう二周、私と一緒に回れる?」
「行けます、もっとでも大丈夫です」
「じゃあ見物人達に遊び方の御披露と行こうか」
取り巻く町人達の前でまずは私が先行して、キールが後をついて来る。
一周回ったところでキールにそれを見ていた子供達を呼びに行ってもらい、再度私が先行してもう一周回って振り返るとキールの後ろを町の子供達がついて登って行くのを確認して私は注意事項の書かれた看板の前に立って町人に向き直る。字が読めない人にもわかるように図解付きだ。
「この場所は私達の従業員が乗り合い馬車の停留所としても使用しますが皆さんにも看板に書かれた注意事項を守った上で仲良く利用して下さる限り、ここの使用を私、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートの名に於いて許可します。
一つの遊具で遊べるのは一度に十人までです。怪我、苦情、揉め事が多い場合、この公園は即刻閉鎖、遊具は撤去致します。時々見回りにも来ますよ? 私は口にしたことは必ず実行します。言い訳も聞きません。停留所ではウチの従業員も見ていますからね。
では、どうぞ、今、この時より開放致します」
様子を伺っていた町人達がドッと歓声を上げて出入口から公園内に押し寄せて来たのでキールと二人、慌てて馬車に乗り込むと彼等に囲まれて動けなくなる前に早々に退場した。
これから数カ所挨拶回りをしようと思っていることを伝えて、フィアにはミゲル王子と屋敷に先に戻ってもらうことにした。ついて来ていた護衛はイシュカを除き、全て一緒にお帰り頂く。現在狙われる可能性があるのは王子二人の方であって私ではない。結構好き勝手やっているのでその内殺し屋でも差し向けられそうな気がしないでもないが今更である。私の性格上どう考えても大人しくしていることは難しい。決して派手好きなわけではないし、目立つつもりは微塵もないのだがどうにも上手くいかない。
「貴方の場合は派手好きとういより単に目立ち過ぎた結果が派手に見えるだけでしょう。貴方の信念に基づいた貴方の独特の思考はこの国では珍しい。珍しいが故に人目を引き、結果目立つことになり、周囲からは派手に見える」
納得できなくて首を傾げ、呟いた私にテスラが納得のいく答えをくれた。
「貴方の常識は一般の、まして貴族のものとはかなりズレてますからね。まあ、だからこそガイや俺のような者でも居心地良くて居着いてしまうわけですが」
「そんなにズレてるかな?」
自覚はないのだが、それでテスラやガイ達が側にいてくれるなら悪くない。
「ええ、でも俺達はできればそのままでいて頂きたいと思っていますよ」
「派手で目立っていても?」
どちらかと言えば二人ともあまり目立ちたがり屋ではないと思うのだが。
とはいえ、最近のテスラはその麗しき顔と美声で町では目立ちまくりのようだが。
「問題ありません。貴方も言っていたじゃないですか。俺達は貴方の足りないところをカバーするためにいるのですよ。どうしようもない時はお止めしますのでご自由になさって下さい」
確かにそうは言ったけど。
「みんな、私に甘すぎだよね」
「甘いのではなく信頼しているのですよ。貴方は何があっても俺達を見捨てないでしょう?」
「当然でしょ」
何を今更言っている。断言した私にテスラが、馬車にいたみんなが笑う。
「普通の貴族は自分に尽くしてこその従者、逆はあり得ません。
俺達はそんな貴方だからこそ大好きなんです。どうか、変わらないでいて下さい。
貴方がそのままでいてくれる限り、俺達は貴方のものですよ」
テスラまでロイ達みたいなプロポーズまがいのことを言い出した。
ある意味その顔、その声で、この台詞は反則だろう。
納得できないことまで納得してしまいそうだ。
でも考えてみればテスラを筆頭に、ロイ、イシュカ、ガイ、キール、タイプは違えどみんな人目を引く容姿だし、マルビスだってそんなに悪くはない、と、ふと、視線をマルビスに向けて気がついた。
ほぼ毎日顔を合わせていたから気が付かなかったけど、
「マルビス、最近痩せたよね?」
周りがイケメン揃いで埋もれがちだけどマルビスだって痩せれば多分結構カッコイイのではないかと初めて会った時にも思っていたのだ。ふっくらしていた頬も、腕も、ややベルトの上に乗り気味だったお腹の肉も間違いなく減っている。ちょっとだけふくよかだったはずの柔らかな贅肉が削ぎ落とされ、埋もれ気味だった顔のパーツがハッキリしてきている。柔らかな茶色の髪、ヘイゼルの瞳、くっきりとした二重瞼、他のメンツと比較してしまうからいけないのであって、そこそこのハンサムの部類になってきている。
「ええ、身体が随分軽くなってきました」
「無茶してたら身体もたないからちゃんと食べた方がいいよっ」
やっぱり働かせ過ぎたのではと心配になって慌てた私の反応にマルビスが笑う。
「食べてますよ、しっかりと。それは貴方も御存知のはずですが。むしろ貴方の食事が美味しくて食べ過ぎてたせいでここまでの成果が出るまでに時間がかかってしまって」
成果って何かやっていたということか。
「どうぞ、触ってみて下さい」
そう言って差し出された腕も、弾力性に富んでいた腹も固く、ガッチリとした筋肉がつき始めていた。
これで身体の代謝が上がり、もっと鍛えられてしっかりとした筋肉がついたら顔の造りももっとハッキリしてくるはず。そしたら間違いなくイケメンに分類されるのではないだろうか。そうなると私の側近達はイケメン率百パーセントになって、噂以上に人目、特に女性達の視線と話題を集めること間違いなしだ。
私は決して顔で選んではいない。
選んではいないが、どう考えても説得力に欠ける。
これは別の意味で誤解を招きそうだ。
ロイとイシュカ、ガイは最初からそうだったけど、テスラは胡散臭さ満載だったし、キールも薄汚れててボサボサ頭、マルビスは魅惑のふっくらボディだった。
半数は予想外、想定外だ。
「毎朝、毎晩走り込みなどをしていたんです。私は他の方に比べるとどうしても体力的に自信がありませんでした。でもいざという時に私だけ留守番など嫌だったんです。私は非戦闘員だからという理由で二度と置いていかれたくない。
これでもかなり頑張ったんですよ。でもそのお陰で以前より身体も疲れにくくなりました。少し仕事が落ち着いてきたらお暇な時に是非私に魔法を教えて下さい。戦うのは無理でも自分の身くらい自分で護れるようになりたいんです」
そう言って微笑むマルビスに答える言葉は決まっている。
努力した人は報われるべきだ。
その手伝いが私に出来るというのなら、
「勿論、喜んで」
そう応えた私に、次々とでは私も、俺もと、切り出され、結局、みんなに教えることになってしまった。
確かに私は全属性使えるからやってやれないことはないと思うけど、果たして説明下手な私に人に教えることができるかどうかは甚だ疑問だ。だけど頑張った人にはご褒美があってもいいはずだ。私の説明がわからなければ何度でも聞いてもらえば済む話だし、最悪、ロイとマルビスがいれば通訳ならぬ解説をお願いできるはず。
他力本願で情けないがなんとかなるだろう。
私は軽い気持ちで引き受けた。
後にこれが別のところで思ってもみない事態に発展するとは流石に思わなかった。




