第六十七話 女心というのは複雑なものなのです。
翌日素材の積み込みをランスとシーファに手伝ってもらっていると町の仕立て屋がやってきた。
建築中も屋敷の私達の部屋のベッドカバーなどを注文を取りに来たという。
なかなかみんな忙しいので店まで見に行けないことを伝えると、それに適した布を持ってきて見せてくれると言うのでお願いしたらしい。
取り急ぎ欲しいのは寝具周りのシーツやベッドや枕、上掛けのカバーや応接セットのクッションやテーブルクロス、カーテン、ラグなどだ。私の部屋には既にインテリアに合わせてある程度揃えられていたけれど他のみんなはどうなっているんだろう。各自の好みに合わせるって聞いてたけど。
「大型家具は既に入ってますよ。ある程度の希望は事前に聞いておきましたから。部屋の大きさ的には独身寮の二倍半ほどありますので大きなベッドでも余裕で入りますし、希望が特になければ三択で選んでもらうようにしましたから」
三択?
「独身寮に入っているものと同じか、貴方の部屋と同じタイプか、それと同じ大きさでシンプルな飾り気のないタイプか。ロイやテスラは身長も高いですしね。イシュカやガイも低いほうではありませんし、キールは伸び盛りなのでわかりませんが物をたくさん部屋に持ち込まないのであれば大きいベッドの方がくつろげますし。ですから一応残りの四部屋は貴方の部屋と同じ物とシンプルな物の二パターンで入れておきました。後から入ることになった者が気にいらなければ変えればいいですしね。王子と連隊長が一緒に移動して来られるとしてもそれなら対処できるでしょうし」
なるほど。
「ちなみに大きさはキール以外は大きいサイズのベッドを選びました。キールは代わりに部屋でも絵が描けるように大きめの机を一台入れたいとのことでしたのでそれで手配しています」
キールらしいといえばキールらしい。
一応外からの見栄えの関係で厚手のカーテンの裏地は統一されるらしい。
好みの色を一通り聞いて用意してもらったということだ。
男ばかりなので当然といえば当然かもしれないが色に結構偏りがある。
青、緑系の色とそれと相性の良さそうな色がメイン、差し色として赤や紫、オレンジ系が少し。
今朝眠そうに目を擦りながら帰ってきたガイは汚れが目立たないという理由でサルビアブルーをメインに適当に選択すると眠いと言って自室に戻り、テスラは榛色をメインにペールオレンジと麻色を差し色にして早々に決めると積み込み作業に戻って行った。キールは好きなターコイズブルーと汚れの目立たない紺色系で悩んでいたが、結局は好きな色を取った。ロイは落ち着いた瑠璃色とゼニスブルーで、マルビスはセージ、エルム、ピスタチオといったグリーン系で纏めている。私は迷った末に柔らかなアップルグリーンと小物を落ち着いたマリーゴールド系の色でまとめた。
みんなが次々と決めていく中でイシュカだけが立ったまま殆ど動こうとしていない。
「イシュカはどうするの?」
尋ねるとイシュカは少しだけ微笑んで言った。
「私がいるのは二年だけですし、家具と一緒で適当に選んで頂ければ」
言われてそうだったと思い出す。
側にいるのが当たり前になってきていてすっかり忘れていた。
だけど、
「二年だけ、じゃなくて、二年も側にいてくれるんでしょ? 好きな色にすればいいじゃない。適当でって言うならこの色なんてどうかな? イシュカの瞳の色にも近くて凄く似合うと思うんだけど」
私が選んだのはこの中で一番高価な鮮やかな青色のシルク。
勿論、イシュカに似合いそうだと思ったのも原因の一つだが、本当は一番値が張る商品だからだ。
全部これで揃えて作れば一般的な兵士の給料半年分のそれ。
それを選んだ時の反応が気になったからだ。
あっさりそれを受け入れるのか、それとも自分の本当に欲しい色に手を伸ばすのか。
だけど彼の反応はどれとも違った。
「そんな贅沢なものでなくても」
「適当でいいって言うならイシュカに一番似合いそうな色を選んだんだけど。凄く綺麗でしょ?」
慌てて止めるイシュカの前に、私はほらっとその布を差し出した。
陽の光があたった時の、イシュカの瞳に似た色は凄く綺麗だ。
高いけどそれだけの価値があるし、何よりイシュカに似合うと思う。
「だってイシュカも自分の部屋、楽しみにしてたんでしょう? だからみんなと一緒に昨日見に行ってた。変に遠慮しなくていいの。私はいつも、駄目な時は駄目って言うでしょ?」
私はそんなに甘くはない。
全てみんなの言うことを聞いていたらキリがないと思うからだが、最近みんなは私の限度ラインを把握しつつあるので滅多に駄目ということはなくなってきたけど。
イシュカはそれとは違う。こんな時、この中でも一歩後ろにいることが多い。
彼が言うように期間限定ってところもあるのだろうけど、それを言うならつい先日までランスやシーファも似たような立場だったわけだし、私はそんなことで差別や区別をしたことはないはずだ。
「時々イシュカって一歩引いてすぐ諦めるようなところがあるよね。選ぶのが自分一人の時は結構手を伸ばすんだけど自分以外の誰かが他にいたり、複数いると最後まで手を出さないでいることが多い。そのくせ危険な時は真っ先に飛び出す。これは護衛って仕事のせいかと、最初は思っていたんだけど」
少し違うような気がする。
多分、色々なことに対して執着が薄いんだ。
欲がないわけじゃないからイシュカだけにどうぞと差し出せば受け取ってくれる。
でもどうしても欲しいって思わないから簡単に他人に譲る。
他の人を押し除けてまで獲ろうとする意思がない。
優しいのか、優柔不断なのか。それとも、もっと別の理由からなのか。
でも、
「諦めなくてもいいものまで簡単に諦めてると癖がついて肝心な時まで諦めるようになるよ。
私も人のこと言えないところがあるよ。でも絶対譲れないものは簡単に諦めたりしない。欲しいものがあるなら欲しいって手を伸ばさないと本当に欲しいものまで手に入らなくなっちゃうよ? 譲りたくない、諦めたくないものができた時もイシュカはそうやって簡単に諦めるのかな」
だとしたら、それは少し哀しいよ?
本当に興味もないなら適当にどうでもいい安い物とか、ガイみたいに汚れが目立たないからとか、そんな理由で手にするはずなのにそれをしないということは欲しいと思うものはあるはずなんだと思う。
だから私はもう一度聞いてみる。
「それで、どれがいいの? イシュカ。決められないならやっぱり私の選んだコレにする?」
私はにっこり笑ってそれを前にもう一度差し出すと、イシュカは少し迷ったように視線を彷徨わせ、一枚の布に手を伸ばした。
「いえ、私はこれがいいです」
これでいいではなく、これがいい。
同じ物を選ぶにしても意味の違う言葉。
それは若葉の色にも似たリーフグリーン。
確かにそれも綺麗な色だと思うけどあまりイシュカのイメージと違うような。
「グリーンが好きなの?」
「はい。貴方の瞳の色にも似て、とても温かくて綺麗な色です」
私の問いに嬉しそうに笑って返ってきた言葉に私は真っ赤になった。
まるで口説き文句のようなそれに、私は手にしていた布をぽろりと床に落として固まってしまった。
素材の積み込みが終わると早めの昼食を取ってから執事、メイド志望の子供を連れに行くために森に向かう。
そういえば今日は豆台風の襲撃がなかった。殆ど食事の時は毎回突撃して来てたのに。
少しは私の言葉が届いたということだろうか?
もしそうだとすれば悪役を買って出た私も少しは報われる。そんなに簡単に人が変わるとは思わないけど、キッカケさえあれば化けると言っていいほど変わる人もいるし、どうだろう。
今日もフィアと連隊長は一緒について来たがこの間のように森の屋敷前まで到着すると、騎士達が駐在する独身寮に進捗状況を聞きに行った。私達が荷物を降ろし始めると執事、メイド志望の子供達が一斉に集まって来て挨拶すると最上階の階段上まで運ぶのを手伝ってくれたので意外なほど早く仕事は済み、私達はそこを早々に後にした。
早めに戻って町の古着屋に向かう必要があるからだ。
まずは古着の比較的質の良いメイド服と執事用の服を探す。ウチは一般的なメイド服を使っているから前に勤めていた人やサイズが合わなくなって新しく変えた人の売り払った物が結構ある。一応試着室もあるのでそこで自分のサイズに合った物を選んでもらう。執事志願の二人の服も同じだ。何も貴族だけが執事を雇っているわけでもないのでメイド服ほど数はないがそれなりにある。
「一応父様のところでメイドで働いてまず仕事を覚えて貰って、正式にウチに移動が決まったら専用の服を新しく仕立てるつもりでいるけど今は古着で我慢してね。ウチは屋敷が森に近いからもっと動きやすい物をって考えてるし、まだデザイン出来上がってないから」
きっと森の中まで入ることも出てくるだろうし、スカートだと動きにくそうだからちょっと見スカートに見えそうなワイドフレアパンツや少しだけ丈の短いキュロットスカートみたいなのが良いかとも思ってる。当面は無理だとしても評判が良ければウチの女の子職員の制服としてボトムスだけでも色違いでの支給も考えている。そうすれば客と職員と区別が傍目にも明らかだし。
すると私の言葉に数人の女の子が詰め寄って来た。
「決まれば新しい服を仕立てて頂けるんですか?」
「そうだよ。メイドは制服が基本でしょ。みんな同じデザインになるけど出来るだけ誰にでも似合うようなデザインにしてもらうつもりではいるよ」
新しいデザインとなれば古着は勿論無理だし、この先長く勤めてもらうようになれば彼女達の古着が彼女達の後輩に回ることもあるだろうけど。
「私達、頑張りますっ」
目を輝かせて彼女達が宣言した。
「そう、頑張ってね」
すごい気合いの入り方に私は一歩後ろに引いてしまった。
なんでいきなりそんなにテンションが上がったんだ?
そう思って考え、すぐに思い当たった。
あっ、真新しい制服か!
平民の子供は一般的に古着が多い。一番上の子供だと時々新しい服を買ってもらえることもあるけどその下の子供は大概兄弟のお下がりが普通。自分だけのために真新しい服が仕立てられることは殆どない。それこそ誕生日に買ってもらえるのはまだいい方でだいたいは自分が働き出してからでないと手に入れることは出来ない。だが、新しいものを買って貰っていた一番上の子は今度は下の子達のために生活費を稼がねばならなくなる。不公平なようで実はバランスが取れるようになっている。
平民の女の子達にとって真新しい一番最初に着られる服というのは何よりも嬉しい御褒美なのだ。
これはマルビスとも相談して、是非可愛い服にする必要があるだろう。
考えてみれば森で他の仕事をする子供達の着替えもそんなにないはずだ。
それに気がついてマルビスに伝えると近くの古着屋の何軒かにまとまって出張で森まで来られないか聞いてみた。一人、二揃えくらいの洋服は必要だろう。事情を話してマルビスが交渉すると四日後の朝一番なら三軒揃って行っても良いというのでお願いすることにした。そうすれば丁度残りの家族持ちの王都からくる資材と一緒にマルビスの同僚達も到着する頃だ。彼らに手伝って貰えば百人近い子供達の服の試着もなんとかなるだろう。各職場になるべく協力してもらえるように伝達して、着替え用のテントを幾つか張れば大丈夫かな?
地方に散っていたマルビスの同僚四人の内三人もこちらに合流してくれた。残る一人は実家で家業の農家を継ぎ、結婚して奥さんも身重なので来れないということだ。
その十日後から警備、警護人員が随時到着予定だし、そうなってくると、あの地区の警備、警護人員、運営スタッフの制服も欲しくなってくる。
今あの建設地区には何人が密集しているのか?
思った以上に大掛かりになって来た。
これは失敗するととんでもないことになるのでは?
マルビスは自信満々だし、商業部門の仲間達も誰一人成功を疑っていない。
陛下のお陰で一番掛かる屋敷と寮建設資金が浮いた。
開発商品も売り上げを順調に伸ばしていると言うし、リゾート計画がすぐに成功しなくても暫くは総合商社的な経営で充分回せそうだからなんとか当面赤字になることはないだろう。
とはいえ、すぐに取り掛かるのは無理だとしても少しは人を呼び込めるような宣材を考えておく必要はある。何かをしようとしてもアイディアというものはすぐに浮かんでくるものではないし、庶民が手軽に遊べる場所を作ることが一番の目的だったのだから。
私は馬車の中で考え始め、屋敷に着くまでの間ブツブツと色々呟いていたらしいが、それは隣に座っていたロイとマルビスがもれなくいつものように書き出してくれていた。
本当に頼りになる側近達で助かるというものだ。
メイド志願の女の子達も無事見習い修行に入り、執事志願の二人も働き始めた。
執事の仕事というものは多岐に渡る。
ロイはまず二日ほど自分の仕事を手伝わせながら見学させると、父様にお願いして掃除、洗濯、炊事を最低限できるまでメイドと一緒にやらせることにしたようだ。メイド長にこの三つの合格のサインがもらえるまでみっちり仕込まれる。主人に付き従って地方について行く時にはこれらの仕事をメイドの代わりにしなければならないこともあるからだ。その後は乗馬と御者の仕事を覚え、それら全てが終わると再びロイの指導が始まることになる。
担当の方々には講師料としての謝礼金は弾むとして、食事は父様の屋敷の賄いが基本。
厨房職員の彼等にも謝礼金と増えた人数分の食費を支払うことにした。
倉庫での食事は売り出し前のものが多いことも勿論だが、ここの食事に慣れるとダメだからとマルビスにも止められた。今は王子のフィアもいるし、ここの食事は一般庶民からすればかなり贅沢な部類に入るから執事として最低限使えると合格が出るまではやめた方が無難だという。一度贅沢に慣れると質を落とすのは苦労するからだ。
私はといえば、ここ数日は特に急ぎの仕事もないのでテスラに頼んで大量に仕入れて来て貰った食材の加工に二人で専念している。季節ごとの食材のジャム作りはこれから菓子などにも多く使うことになるし、ドライフルーツもある程度用意しておかないとビニールハウス栽培などというものがない以上季節が変われば手に入らなくなる。あって困るものではないし、むしろ足りないと困ることもあり得るのでいい食材があれば仕入れるようにお願いしている。
当然トウモロコシは見かけるたびに買い占め続け、かなりの量が皮を剥かれ、吊るされ、干されている。
最初に実を解して干しておいたトウモロコシもいい具合に乾燥して来たのでそろそろ今日あたりポップコーンを試してみたい。確かトウモロコシにも種類があってポップコーンに出来るものと出来ない物があったはず。できなければ粉に挽いてスープや小麦粉と混ぜて薄く焼いてみてトルティーヤにできるかどうかを試してもいい。何にせよ、まずは試してみないとわからない。
いったい何にするつもりなのかと不思議がられていたものの私が奇妙な行動を起こすのは特に珍しいことでもないので何かまた考えでもあるのだろうと放っておかれた。
フィアもここにきたばかりの頃に比べると顔色も良くなってきたし、食べる量も増えた。
体力も少しだけ付いてきて、私のやっていることを手伝ってくれることもある。
二日ばかり豆台風の来襲もなく、平和に過ごしているとそれは突然やって来た。
しかし、訪れた豆台風こと第二王子は結界が張られていないのにも関わらず、特攻を咬ますでもなく、現在戸口近くの木陰からジッと見つめている。というか、睨んでいる。
目が合うとすぐに木の幹に隠れ、暫くするとまたこちらの様子を伺っている。
その繰り返しだ。
何か言いたいのだろうが、言えない、そんな感じだ。
相変わらず生意気そうな顔をしているものの時折拳を握りしめては開く。
その様子を後ろから見ていた団長が近づいてくるとぽんっと彼の背中を押した。
つんのめるようにして前に出たミゲル王子はやはり何も言えなくて俯いた。
明らかに数日前とは違う態度に私はピンときた。
なるほど少しは彼なりに考えて反省したらしい。
だがプライドが邪魔して自分の非を認めて謝るほどの勇気は出ない、そんなところだ。
思っていたより随分と変化が早い。
子供な分だけ何色にも染まりやすく、影響を受けやすいのだろう。
彼を悪い方へ洗脳、誘導するような大人もここにはいない。
一度染み付いてしまった選民意志を崩すには時間がかかる。
まして自分が信じていたものを打ち砕いた私には下手にも出難いに違いない。
私自身は大泣きしてスッキリしたせいか、気分的にも随分楽になった。
些か大人気なくも子供を追い詰めてしまった罪悪感もあって多少は決まりも悪い。
もし、本当に彼が変わろうとしているのなら。
ならば少しくらいの御褒美があっても良いだろう。
そうすればすぐには無理でも少しづつ勇気も出るかもしれない。
進歩を見せた時に少しだけの御褒美アメ。
勿論その後も変わろうとしないならそれでお終いのお仕置ムチ。
頑張ること毎に御褒美アメが待っていれば少しくらいの勇気は出るだろう。
丁度三時のオヤツの時間も近いし、早速ポップコーン作りに挑戦してみよう。
私は大きめの鍋に油を敷き、それを投入し、弱火で火をつけると蓋をした。
流石に大鍋は重くて私では取り回し難いのでテスラに手伝ってもらう。
ゆっくりと鍋を回しながらコーン全体に油のコーティングが行き渡るように動かしてもらっていると、何とも香ばしい匂いが辺りに漂い始め、木の上にいたガイがひょっこりと顔を覗かせる。
ポンっとコーンの皮が弾ける音がした。
その音に本日書類整理でここにいたマルビスとロイが顔を上げ、イシュカがこちらを見る。
焼いている時にそんな音がしたから多分イケる筈だと思っていたが、当たりだ。
その後もポンッ、ポポポポポンッと立て続けに音を立ててコーンが弾ける音が止んだところで火を止めて蓋の隙間から塩を投入、テスラに更にそれを振って貰う。
味を確かめて塩加減が整ったところでそれを大きな皿に盛り付ける。
「さあどうぞ、召し上がれ」
本日のオヤツで御座います。
見たことのない食べ物に一番最初に手を出すのは勿論この二人、テスラとガイだ。
好奇心旺盛な二人が口に入れたところで、マルビス、ロイ、キールやイシュカ、フィアや連隊長が手を伸ばす。口に入れた途端にみんな無言でむしゃむしゃと口に放り込み始め、喉が渇いて顔を上げると、ロイが簡易冷蔵庫から冷えたお茶を取り出してみんなに配ってくれる。
「美味い。これはなんというか、今まで食べたことがありません」
あっという間に皿は空になり、鍋からまた山盛り盛り付けるとみんな勢いよく食べ始める。
チラリとミゲル王子に視線を流すといかにも羨ましそうな顔でこちらを見ているものの声を掛けてくるほどの勇気は持てないようだ。
仕方ない。今日は少しだけ進歩を見せたということで勘弁してあげよう。
私はテスラの使っている紙の束から一枚抜き取ると簡単な袋を折ってそこにポップコーンを入れ、無言で戸口まで歩いて行くと少し離れたところに皿を置き、その上に持ってきた紙袋を置いた。
そしてミゲル王子の視線がそれに釘付けになっていることを確認して団長にそれを持って行くように合図すると、団長はまた頭を下げてそれを手に持つとミゲル王子の肩を抱いて屋敷の方に向かって行った。
「良いんですか? アレ」
戻ってきた私にテスラが聞いてきた。
「少しは考えて反省したみたいだし、今日のところは、ね」
怒鳴り込んでわめきちらそうともしなかったし、割り込んで奪おうともしなかった。
以前と比べれば随分な進歩だ。
ポップコーンを口に入れながらキールが戸口の方を見ながら言う。
「また元に戻るんじゃないですか?」
「そしたらまたオアズケするだけだよ。今日と同じじゃ次はナシ。少しでも頑張ればまた御褒美。そうすれば少しはそれを理由に、出ない勇気も振り絞れるかもしれないでしょう?」
言い訳があれば行動も起こしやすいはず。
また空になっている皿にテスラがオタマで掬い、盛り付ける。
湿気てしまえば美味しくなくなるから構わないのだが減るスピードが異様に早い。
口いっぱいにほうばったポップコーンを飲み込んでから、一息吐くと連隊長が言った。
「貴方はやはり温かい人ですね」
温かい?
それは少し語弊がある。
「違うよ。だって甘やかすつもりはないもの。進歩がない限り次は駄目」
「そういうところが、ですよ。本当に面倒ならさっさと渡して追い払う方が早いはずですよ」
フィアがクスクスと笑いながら私を見る。
確かにただ追い払うだけならその方が早い。
でもそれが通ると思われてしまったら、また同じことの繰り返しが待っている。
「だって変われるなら、変わろうとする意思があるならその方がいいじゃない。充分やり直しがきく年齢でしょ。学院上がったばかりならまだ成人までは先が長いんだもの」
「本当に貴方は大人みたいなことを言うのですね」
連隊長の言葉に一瞬動きが止まりそうになった。
しまった、確かにこのセリフは些か子供が言うにはおかしいか。
内心ギクリとしつつもそう言えば先日のバーベキューパーティーの時にお姉様が確かそんな言葉を言ってたはず。
私は素知らぬ顔で付け足した。
「この間食品加工工房のお姉様方がそう言ってたよ」
するとロイが思い出した様に口に出した。
「ああ、なるほど。そう言えばそんな事を言ってましたね」
助かった。
記憶力のいいロイに感謝だ。
「人生の先輩というのはやはり頼もしいものですね」
・・・・・。
でもその言葉はお姉様達の前で言わない方がいいと思うよ、ロイ。
女心というのは複雑だ。
自分からオバサンというのはよくても、他人に言われると結構傷つくから。
本当はオバサンじゃないって否定してほしいって心のどこかで思っていたりする。
女性というのは図太いように見えて繊細だったりするんだよ。
特にロイ達みたいなイケメンには絶対言われたくないものなのだ。




