表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/368

第六十六話 やっぱり図々しかったですか?


 ここの食事は現時点では基本的に現在炊き出しだ。

 寮が完成次第入寮者は寮の食堂で食べられるようになるのだが、今は建設途中、男子独身寮の厨房職員と料理のできる大工職人が協力して作っている。

 折角なのでみんなで列に並んで御馳走になった。

 いかにもな男料理はなんとも言えず、それなりの味だったが捕えられていた間はまともな食事は殆ど与えられず、一日にパンが二個と冷たいスープ、おまけに王都では緑の騎士団本部で生活していたらしい子供達は不味いと評判の食堂で食事を取っていたので充分すぎるほどここの食事は美味しいらしい。食生活のレベルアップの仕方が皮肉なことに上手い具合に嵌っていたようだ。それを思えば私達は充分過ぎるほど贅沢だ。

 連隊長と二人、調査団から戻って来て私達と一緒に炊き出しを食べたフィアは最初こそ一口食べただけで後は口をつけていなかったのだが私達のしていたその話を聞いて皿を持ち直し、文句一つこぼさず、最後まで食べていた。

 この後、染色工房に王妃様達に贈った染色技術の講師に向かうのだと説明すると、見学したいというので口外しないことを条件にマルビスが同行を認めた。技術系の商業登録に関してのペナルティは大きいことも勿論伝えた上で。

 先程染色工房に残った子供達にはまだ内緒、明日から見習い修行に入るらしい。

 続けられるのかもわからない状態では見せるのはまだ危険と判断したようだ。

 テスラもキールも技術の存在は知っていても見るのは初めてなので職人と一緒にガブリ寄りの最前列での見学。まずは用意された布を丁寧に畳み、それを数種類用意する。そして前にマルビスが用意してくれた染料の溶かれた水の中に配色を考えながら浸し、最後に綺麗な水で洗い流す。やっていることはそんなに難しいことではない。これは配色センスと浸け置く時間の判断、事前の布を出来るだけ丁寧に畳むことが作品の出来を左右する。始めは布を適当に畳んでいた職人も一度やってみればすぐに解る。すぐに真剣な顔付きになり真剣な顔で布の畳み方を私に教わり始め、私が以前染色した布と見比べながら思案し始めた。

 職人というものは一度夢中になり始めると寝食を忘れがちだ。

 案の定私達の存在は思考の外に追い出され始める。

 完全に忘れ去られる前に折角用意されていることだし、みんなで染色体験と洒落込もうと、そこの責任者に許可を取り、マルビスが用意したという安い布を一巻き貰い受け、

「やってみたい人っ」

 と、そう尋ねるとすぐに手を挙げたのはテスラとキール、そしてフィア。おずおずと迷った末に手を挙げたのはイシュカとロイ、それに連隊長だ。ランスとシーファは思い切り首を横に振り、自分達には無理だと後ろに退がった。六人には一番簡単な折り方で挑戦してもらい、それぞれ好きなように染めてもらったが器用なテスラ、キール、それにロイとイシュカはそれなりに上手く模様が出ていたけれどフィアと連隊長は思った通りにならなかったようだ。納得できなくてもう一度挑戦してみたがテスラやキールのようには上手くいかなかったものの、それでも安い布で作ったそれをフィアは大事そうに父様の屋敷に戻る馬車の中でも胸に抱えていた。


 

 執事、メイド志願者は明日の改めて迎えに来ることにした。

 父様にお願いして、ひとまずウチで見習い修行をすることになったので、先に寝る場所の確保をせねばならないからだ。どうしようかとも思ったが、考えてみれば建設途中の私と側近の部屋は既に完成しているわけで、それならばワイバーン素材をまだ使う予定のない部屋に詰めてしまえば問題ない。明日それらを馬車に詰め込んで移動させ、空いた馬車に乗せて帰ってくればいい。高級素材とバレないように箱詰めなどする必要があるだろうがそれくらいならたいした手間でもない。どちらにしろ詰め込んだ後に結界を張ってしまえばそんなに問題もない。近くに王都の騎士達が駐在しているので大きな問題も起きないだろう。手元にはこの間買った満タンに魔力を補充したばかりの魔石もあるし。

 そんな具合にメイド志願者の女の子達は倉庫二階のワイバーン素材が入っていた部屋で生活してもらい、執事希望の二人は空いている父様の寮に二人一部屋で使ってもらうことに決めた。

 だが女の子達の部屋は勿論内側から鍵をかけられるようにするつもりでいるけれど、こうなってくると私達も要らぬ誤解を招く前になるべく早く森の屋敷に移動するべきか。早めに自分達の部屋を使えるようにしておいた方が良さそうだ。明日はワイバーン素材の運搬で無理としてもすぐに使わない物とかは徐々に移動させていくとしよう。

 ただなかなか幸運(と言うと問題があるけれど)だったのは結構期待出来る人材が手に入ったことだろう。

 八人の商人と執事希望者の男の子は魔力量が平均以上の学院出身者で、読み書き計算が出来たのが技術系の職人を選ばなかった理由のようだ。どうも兄様達を王都に送って行った辺りで上のあと二年学べる高等クラスに落ちたために迎えにきた親と一緒に地元に帰る途中で襲われたようだ。へネイギス達を褒める訳ではないが上手い具合に獲物を絞っている。平民であっても高等クラスから落ちたとはいえそれなりの上位学院卒業者ならば男の子であっても使い道が広い。きっとある程度の高値が見込めたはずだ。

 商人志願者六人はまずゲイルのもとでの修行だ。色々な仕事を知ってもらうためにまずは順々に色々な者の下に付かせて自分に向いている仕事を探させてみることにしたようだ。


 王都から到着した子供達の教育は、とりあえずなんとか全員無事に開始されることになりそうだ。

 

 

 森から帰って再び倉庫に戻って来るとそこにはまた第二王子が仁王立ちで待っていた。

 なかなかにこの王子は執念深いらしい。

「おいっ、今日蒸しパンとフルーツサンドとやらを従者に朝から並ばせて手に入れたが、城で私が食べたものと違ったぞ。あれはどういうことだ?」

 へえ、一応ルールは守ったわけだ。

 権力使って押し通るかと思ったんだけど。意外。

 思っていたほど根は悪くないのかも知れない。

「ああ、あれですか。店で売っているのは基本の一般的なものですからね。貴方が何色の物を食べたのか知りませんが陛下に差し入れたのは私がアレンジを加えた発売前の三種類ですから当然です」

「三種類っ? 発売はいつだっ?」

 そんなに気に入ったのか。確かに普通の店で売っているような固いフランスパンみたいなものに比べれば柔らかくて食べやすいのは間違いないだろうけど。陛下に差し入れたのはフィアの野菜嫌いを克服させようしたものだから甘味と売り出している以上野菜入りのものは菓子と受け入れられるかわからないので売出しするかどうかも定かでもないし。

「未定ですよ。試作品が十数種類あるのでおそらく半月か、一ヶ月後くらいにその中から一つか二つ、ですかね」

「そんなに種類があるのか?」

「まだ試していないものもありますし、もっと増えるかもしれません。季節限定品というのも考えていますし、人気が出なければ棚落ちになるものもあるでしょうけど」

「棚落ちとはなんだ?」

「二度と売らないということです」

 あれ? もしかして結構ショック受けてる?

 食べ物一つで強引について来たぐらいだから食い意地が張っているのは間違いない。

 しかし確かにいくら王族とはいえ、いつ発売されるかもわからない商品のために片道一日の距離を走らせ、早朝から並ばせるとなれば前日入りが必要なわけで入手は更に困難だ。しかも蒸し器の存在は隠されていて商業登録にすら出されていないから使用料を払って王宮で作らせようとしたところであの独特な柔らかさは出せない。

 第二王子はキッと私を睨み付けた。

「どうすればお前は私にそれを作る?」

 睨みつけている時点で間違っているのだが、それを理解していないのだろう。

 私は深いため息を吐いて応えた。

「私は貴方が嫌いです。貴方だって嫌いな人に対して何かをしたいと思わないでしょう? 私の大事に思う人の多くは貴方が蔑む平民です。大事な人を貶されて、好意を持てると思いますか?」

「平民は平民、私は高貴な生まれで尽くされて然るべき存在だ」

 考え方は変わらずか。

 ある意味この王子も可哀想な人なのかもしれない。

 血統主義の祖母に言い聞かされ、育てられなければこんなふうにならなかったのだろう。

 だからといって許されることではないけれど。

 この人を教育し直すのは私の仕事ではない。仕事ではないが、どうか自分の間違いに少しくらい気づいて欲しいと思う。彼はまだ子供、国王になる器ほどには無理でも充分にやり直しがきく年齢だ。フィアが国王になった時、少しでも支えてくれる存在になってくれたらと思うのだが、このままでは支えるどころか障害にしかならない。

 フィアの今朝言っていたことを思い出す。

 彼の持つ権力故に彼に喧嘩相手すらいないのだとするなら、私にしかその役割が担うことが出来ないというなら、少しくらいの相手はしてあげてもいい。

 私は第二王子の正面に向き直るとその考え方の間違いを指摘する。

「然るべき存在というのがそもそも間違いなのですよ、ミゲル王子。貴方自慢の高貴な血筋も仕えてくれる者がなければただの飾りなのですから」

「なんだとっ」

 当然怒るよね。唯一の貴方の縋るものを私は否定した。

「私は貴方に仕えるくらいなら国外追放された方がマシだと言った。もしこの国の平民全てが私と同じことを言ったら貴方はどうしますか?」

 どうか考えて欲しい。

 貴方の縋っているものの脆さを。

「出ていきたい奴は好きにすれば良い。だが、そんなことあるはずなかろう」

 私は貴方のその自信を壊そうとしている。

「絶対に? 本当にそう思いますか? 平民よりはるかに優遇されている貴族の私がそう言っているのですよ?」

 貴方の時代が訪れたとして、比較的上位貴族に分類される伯爵位の私が逃げ出したとしたら、おそらくそれに追随する者も出てくるだろう。沈もうとしている泥舟に彼と一緒に乗ってくれる者は果たしているだろうか。

 私は貴方が大嫌いだ。私の大事な人達を言葉で貶める。

 権力馬鹿で、傍若無人、自分の都合ばかり押し付ける。

 大嫌いではあるけれど、許せないけど、それでもこの子はまだ子供なのだ。


「貴方のもとから全ての平民が逃げ出した時、貴方の食べる野菜、果物などの食料の生産は勿論、料理、洋服その他の必需品はいったい誰が作るのでしょうね。日常の世話をしてくれる者にも事欠くことでしょう。他国から買えばいいと仰るかもしれませんが、貴方の使っているそのお金も平民が納めた税金です。彼らがいなければ貴方はお金も手に入れることができない。貴方がそのことに気づいた時、何人の貴族が貴方のもとに残っているのか知りませんが間違いなく今のような生活どころか、生きて行くことも厳しいでしょう。平民を虐げるということはそういうことなのですよ」


 王がいなくても平民は生活できるし、生きてもいける。

 だけど王は平民の存在なくしては君臨出来ない。

「貴方が私の大事な者達を下賤と蔑む限り、私が貴方のために何かすることは決してありません。御理解頂けましたら通して頂けますか?」

 私の言ったことに対して何か反論する言葉を探しているようだが、一般教養でさえサボってろくに身につけてこなかった貴方には、さぞかし難問であることでしょうね。

 それは貴方をそう育てた人の罪。

 それを王子という立場にありながら疑うことなく盲信してしまった貴方の罪。

 悔しくて歯を食い縛り俯く第二王子の横を私は失礼しますと断りを入れてから通り過ぎ倉庫の結界を解くと、みんなが入ったことを確認してから再び結界の中に閉じ籠もった。

 だが、彼が立ちすくんだその場所から動くことも、結界を破るために叩かれることもなかった。

 少しやり過ぎたかとも思ったが、ここで手を緩めては彼のためにならない。

 誰だって悪役なんかやりたくない。

 でも誰かがやらなければ彼は変わることが出来ないだろう。

 私に背を向けたままの第二王子の横で団長が複雑そうに顔を歪めた後、静かに微笑み、


 そして私に深く頭を下げた。


 

 私が最も嫌悪しているイジメをしたかのような、そんなうしろめたさと罪悪感を感じながらも私は倉庫入口の扉を閉めた。

 凄く気分が悪い。

 深くため息を吐き、大きく深呼吸をすると私は自分の両頬を手の平で叩き、気合いを入れた。

 やらなきゃいけないことも、考えなきゃいけないことも私にはたくさんあるんだからしっかりしなきゃ駄目だ。そう思って私が前を向くとロイがすぐ近くに立っていた。


「お疲れ様です。でも、貴方はなんでも背負い込みすぎですよ」

 ロイにそう言われて私は笑おうとして、でも笑えなかった。

 そうかな。

 そうなのかも知れない。

 でもこんなことで泣くのはカッコ悪い。私は私の正しいと思ったことをやっただけ。

 私は拳を握り締めた。

「貴方が私達を尊重し、守ろうとしてくれるのはすごく嬉しいです。ですが以前にも言ったはずです。私達も貴方の後ろに庇われているだけの弱い存在ではないと」

 マルビスに言われて私の涙腺が緩みそうになった。

「どうか俺達にも頼って、甘えて下さい。俺達は誰よりも貴方の味方なのですから」

 テスラにそう告げられて、私はとうとう我慢できなくなってロイに縋りついて泣き出してしまった。


 私がやらなくてもいいこと。

 だけど私になら出来ること。

 選択肢を突きつけられて、言いたくないこと、でも誰かが言わなくてはならないことを言ってしまった。

 誰だって悪者になんかなりたくない。

 でも誰かが彼に教えなければならないことだった。

 私は優しく抱きしめてくれるロイの腕の中で、泣き疲れ、いつの間にか眠ってしまっていた。



 立ち込めるいい匂いに嗅覚を刺激され、目を覚ますとそこはテスラの膝の上だった。

 様子を伺っていたテスラとバッチリ目が合って、私は真っ赤になって飛び起きた。

 しまったっ、つい眠りこけてしまった。

 みんな忙しいんだから食事くらいはせめて私が作ろうと思っていたのに。

「夕食、出来てますよ。よかった、丁度起きていただこうかと思ったところなのですよ」

 いい匂いの正体はロイの作った夕食だったのか。

 認識した途端にお腹の音がぐうとなって、私は更に赤くなった。

 みんなにくすくすと笑われながら食卓につくと、フィアが私に向かって団長がしたように深く頭を下げて言った。

「すみませんでした。あの言葉は本当は家族である私達がミゲルに伝えなければならないことなのに、貴方の言動があまりにも大人びているので私より年下であることを忘れ、つい甘えてしまいました。申し訳ありませんでした」

 私は大きく首を横に振った。

「家族より、多分、他人から言われた方が響く言葉もあると思うので」

 甘えられない存在だからこそ無視出来ない言葉がある。 

 これで少しは変わってくれたなら私も報われるのだが、どうだろう?

 私の言葉は第二王子の心に少しは届いてくれただろうか。

「ありがとうございました。私は父上が言った、本当の意味がわかったような気がします。確かに貴方の行動は見習うべき点も多い。だけどそれだけでは人はついてこない。私が本当に見習うべきはもっと別のことなのだと」

「私などを見習うと周囲の者が苦労すると思いますよ」

「それでも貴方の周囲には人と笑いが絶えない。むしろそれを楽しんでいるようにも見える。それは貴方が全力で周囲の者を守ろうとしているからでしょうが羨ましい限りですね、私にはそんな存在は殆どいない」

「だって、フィアはこれからでしょう?」

 私の言葉にフィアが目を丸くした。

「部屋に閉じ籠っていたら、そんな人を作るのは難しい。でもたくさん食べて、動いて、元気になれば出掛ける場所も増えてくる」

 そのためにフィアはここに来たんでしょう?

 そして私もフィアの覚悟を知ったからこそ、それを手伝おうって決めた。

 確かにあの第二王子に王位に就かれては問題で、自分が望んでもいない王位争いに巻き込まれるのはゴメンだからなんとか出来ないものかと画策していた。でもフィアが私に自分から頭を下げて覚悟を示してくれたからこそ私は本気で手を貸そうと決めた。

 状況を変えるためには力がいる。

 それはなにも体力だけの話じゃない、目的を達成するための行動力、他人と関わり合うことを望むのならコミュニケーション能力、他にもたくさんの力がいる。引き籠もっていたら何も手に入れることができない。

 だから私はフィアを連れ回す。そうして動き回れば差し出された御飯も美味しく食べられる。

 きっと嫌いなものだって。

 空腹は何よりも御飯を美味しくしてくれるスパイスだ。

「これからは人と出会う機会だってもっと増えてくる。大切な人にもたくさん出会えるはずだよ。だって私もほんのひと季節前までは殆ど一人だったんだもの」

「そう、なんですか?」 

 フィアは信じられないと、驚いたように表情を変えた。

「私の周りに人が増えてきたのは今年の誕生日後の春先からなんです。私はそれまで多くの時間を本を読んで過ごしてました。正直、寂しくてたまらなかったですよ。でも、だからこそ私は私の側にいることを選んでくれた人達を大事にしてきたんです。二度と一人に戻りたくなかったから」

 私を一番最初に選んでくれたのはマルビスだ。

 そして一番最初に私を甘やかせてくれたのはロイ。

 だからなのか、私が一番最初に頼ろうとするのはマルビスが多い、だけど弱音を吐いて甘えられるのはロイの前が多い。二人は私の中でも特に特別だ。

「私は一人でいることの辛さを知っています。だからこそ、周りに大事な人達がいてくれる事の幸せを感じることができる。私は情け無いことに、もの凄く臆病なんです。一人に戻るのが何よりも怖かった。私の側にいてくれる人を失いたくなかったから今も自分に出来る全力で守りたいと思っているんです」

 みんなを信じていないわけではない。

 これはもう染み付いてしまった癖なのだ。

 だから、

「私は本当は誰よりもカッコ悪い男なのかも知れません。でも、だからこそ、私の側にいてくれる人が自慢出来るくらい私はカッコイイ男になりたいって、カッコイイ男でありたいって思ってます。

 でもやっぱり、私は強くなんてなりきれない。

 みんなに支えてもらってなんとか体裁を整えてるだけなんです」

 足りないとこだらけのポンコツで、トラブルメーカーで、それを補おうとして一生懸命考えて、みんなに助けてもらって様々な問題を解決してきた。結局私一人の力では、こうして名が知れ渡るようになった今でさえ出来ることは少ない。


「だからこそ、私はいつもみんなに感謝してるんです。言葉と、心で。

 私は人の心を察するのが苦手です。その分、自分の思っていることは言葉にして伝えるように努力しています。迷惑かもしれないって思って言えなくなることも勿論多いのですが、黙ったままで察してくれっていうのは私の我儘でしょ? 心っていうのは言葉にしなくちゃ伝わらないことが多いから出来るだけ私は感謝と謝罪の言葉だけは惜しまないようにしているんです。なかなか口に出せないことがあってもその二つの気持ちさえ相手に伝われば相手に誤解されることだけは防げるのではないかと思うので」


 私の言葉にフィアは目を細めて微笑んだ。

「やっぱり、ハルトは強いですよ。私とは全然違う。私も貴方のように支えてくれる友達や仲間をたくさん作らなければなりませんね。まずはたった一人でも」

 いったい何を言っている?

「一人ならフィアにはもういるでしょう?」

「えっ・・・」

「だって、私と友達になってくれるって言ったじゃないですか。そりゃあ私じゃ少しどころか大分頼りないかもしれないけど。王子と友達なんて、やっぱり図々しかったですかね?」

 友人としてっていうのは建前の話だったのかな。

 だとしたら、随分失礼なことをしていたような気がするのだけれど。

 すると物凄い勢いでフィアは首を横に振って否定した。

「いえ、まさか、そんなことあるはずがありませんっ」

 そう、良かった。

「じゃあ問題ありませんよね。では改めて、よろしくお願いします」

 私はそう言うとフィアの前に微笑んで右手を差し出した。

 こちらこそ、と、その手は両手で握り返される。

「こんなに心強いと、思ったことはありません」

 それなら良かった。

 綺麗に笑って見せてフィアの顔は今までよりずっと自信に満ち溢れてた。

「私も貴方に、ハルトに恥じぬ、カッコイイ男にならなければなりませんね」

「フィアならなれるよ。私よりずっといい男に、きっとね」

 だって私には出来ない、国を背負って立つ覚悟があるんだもの。

 私なんて足元にも及ばないカッコイイ男になれるよ、多分ね。


 そう思って友情の握手を交わす私達の後ろで、

「また一人、引っ掛けましたよ。どうするんですか、アレ」

 という、マルビスのよくわからない小さな声と複数のため息が聞こえてきた。


 引っ掛けたって、誰が誰を?


 ま、いいか。

 こう言う時は聞いてもどうせマルビスはハッキリ教えてくれない。

 知らなくてもいいんですよ、貴方は、と。

 マルビス達がそう思うのなら多分そうなのだろう。

 私は深く考えることをやめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ずっと前に読んだ漫画の台詞に 「彼女は、とても優しい。だから、その優しさを引きちぎって戦う・・・」と。 ハルトはとても優しいから、厳しく険しい道を突き進むんでしょうね。 長髪についてのご説明ありがと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ