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第六十五話 それって欲目ですよね。


 職人達にはエールをオアズケ喰らわせてしまったものの拍手喝采で受け入れられた。

 不貞腐れていた者もいたけれどもともと子供達のついでに御馳走になったのだし、充分飲ませてもらったからと。

 そして彼等は自分達に明らかに怯えている子供達を目にすると、子供達がここに来た経緯を思い出したのか顔を見合わせ、その中のおおよそ四分の一、百人弱の職人達はダナンを先頭に子供達から少し離れたところまで来ると一斉に頭を下げてすまないと謝罪した。

「オジさん達が悪いことしたわけじゃないでしょう?」

 被害に遭った二人が首を傾げるとダナンはそれに答えた。

「いや、ハルト様の仰るように止められなかった俺達にも責任の一端はある。連帯責任ってやつだ」

 よくわかっていないらしい子供達にダナンが続ける。

「じゃあお前達は友達が一緒に遊んでいた時に物を壊して怒られたら、ソイツが全部悪いから自分には関係ありませんって言うのか?」

 二人の子供は首を横に振る。

 ダナンの言葉に更に半分の職人がその列に加わった。 

「だろう? そんなことをすれば友達はいなくなるからな。だから俺達はお前達に謝らなきゃならねえ。そういうことだ。許してくれるか?」

「いいよ。だって悪者はハルト様が退治してくれたから」


 最後は殆どノリが悪役でしたけどね。

 子供達に怯えられなくてほっとしたよ。


 雨降って地固まるとはまさにこのことなのだろう。

 双方遠慮がちだった職人達と子供達の距離が少しづつ縮まっていった。

 そりゃあ大人に酷い目に遭わされてきた以上、そんなに簡単に心許せる子ばかりじゃないし、心の傷がすぐに癒えるわけもない。それでも悪い大人ばかりじゃないことを少しでも知ってもらえればいい。それに小さな子ばかりではなかったのも良かったのだろう。集められた子供の殆どが十歳以上、へネイギスの目的から言えば当然そうなるわけなのだが、ここでは十二歳を過ぎれば殆どの子供は働き手になり、十五歳を超えれば大人として扱われる。まだまだ治安がいいとは言えない場所に住んでいれば親兄弟が盗賊や野盗、あるいは貴族に殺されたり、魔獣に喰われたりという話はよく聞くとまではいかないまでも珍しいものでもない。

 平和ボケ出来ないこの世界では子供の一人立ちも早いのだ。

 多少の問題は発生したものの、なんとかそれなりに歓迎会は無事に終わった。

 因みにエールを取り上げられた職人は食欲に走り、残っていた野菜もスープも綺麗に片付いた。

 そしてフィアもトマトスープは口に合ったようでおかわりまでしていたそうだ。

 回収したエールはこっそりゲイルに預け、翌日の夕食に出してもらった。

 問題を起こした二人は無事追い出すことも出来たし、見せしめとしても充分。

 ただ、すっかりトウモロコシの存在を忘れていた私はそれを自分のところにしまい込んでいたことに解散後気付き、そのまま殆どを団長が王都で仕入れてきてくれた食材や調味料と一緒にお持ち帰りすることになった。翌日昼に豆台風の襲撃は受けたものの結界を張って侵入を防ぎ、焼きトウモロコシはみんなで美味しく頂いた後、しっかり実を捥いで天日干しにて乾燥させた。



「おいっ、いい加減にこの結界を解けっ」

 昨日は醤油の焦げたいい匂いに誘われて倉庫(ここ)まで来たものの、私の結界に阻まれ見事にオアズケを喰らった第二王子は翌朝、フィアと連隊長を加えた八人(キールは既に母親のところに送り出していたので助かった)での朝食中に懲りずに突撃をかましてきた。

 勿論、今朝は出かけていていないがこちらには気配に敏感なガイもいるし、そもそも気配を隠そうともせず大きな音を立てて近づいてくれば私でもわかるというもの。侵入される前にすぐに結界を張り、中に閉じ篭もる。

 どんどんと思い切り叩かれたところで魔力量ほぼ五千の私の三枚結界はそんなに簡単に破れはしない。泣こうが喚こうが上から命令しているうちは言うことを聞くつもりは全くない。

 一昨日は当初の目的であった蒸しパンを売っているハルウェルト商店の場所と開店時間を聞きつけ、昼食後に店に向かったらしいが開店前から長蛇の列の人気商品がそんなに呑気にしていて買えるはずもなく既にソールドアウト。店には人影もなかったらしい。昨日もここに突撃した後に向かったようだが当然買えるわけもなく、店は無人、そこで通り掛かった町人に何故この店は閉まっているのかと聞いたところ、数量限定で開店と同時にほぼ売れ切れ、お一人様一商品各五個迄、貴族、平民関係なく横入り禁止、揉めれば出入り禁止、評判を聞きつけた近隣の貴族の遣いまで手に入れるために朝早くから並んでいるのだと言われ、ならば店のオーナーに直接交渉しようとして名前を聞いたところ私の名前が挙がったというわけで昨日の夜にもここに命令するためにやってきたので私はシカトした。

 言うことを聞いてもらって当たり前で通って来ている我儘王子が長時間粘れる訳もなく一刻もしないうちに怒り心頭で帰って行った。というか、団長に引き摺られて戻って行った。


 フィアには色々な野菜をまずはそのまま出して、何が嫌いで食べれないのかを把握することにした。残した野菜類は以後入っているのを極力悟らせないようにして食べさせる。マヨネーズは気に入ったようで葉物野菜はクレープ巻きにして見た目を変え、マヨネーズとハムを挟んだところ苦味の少ない物は食べれるようになった。スープの具材はフィアが嫌いな物は全て微塵切り、避けられないように仕込み、特製野菜ジュースは果物とハチミツたっぷりで甘く仕上げ、材料を悟らせないように隠し、調理工程は企業秘密で押し通した。結構面倒ではあったがキールと同じ歳なのもあって話やすいらしく、キールが夢中になっているビーズアクセサリー作りにも興味を示して一緒に挑戦していたりした。


 朝食を終えて出掛ける準備を整え、戸口に向かうとそこにはまだ第二王子が居座っていた。

 今回は意外と長く粘っている。

「すみませんがこれから仕事なので道を開けて頂けますか?」

 いつも通る道を従者と護衛を従えて塞いでいる第二王子に向かってお願いした。

「嫌だ。何故私の命令を聞かぬ。お前ごときに私の食す物を特別に作らせてやろうというのに」

「聞きたくないからです。私は貴方の食事係ではありません」

「光栄なことだとは思わぬのかっ」

「ええ、思いませんね。少しも」

 馬鹿王子の食事係などむしろ恥でしかない。

「高貴なる血筋の者の役に立てることは最高の栄誉なのだぞ」

「生憎私は名誉も栄誉も興味は無いので。むしろ極力遠慮願いたいですから」

「無礼だとは思わぬのかっ」

「頼み事をする相手に怒鳴りつけるような相手に払う敬意は生憎持ち合わせておりません」

 第二王子の性格からすればお願いなど無理であろうけど。

「兄上には食べさせているではないか」

「フィアには友達になって頂きましたので。友人をもてなすのは当然でしょう?」

「では特別にお前とは友人になってやってもいいぞ」

「お断りします」

 なってやってもいいとは? 馬鹿にもほどがある。

「お前のような下賤な生まれの者を特別に扱ってやろうと言うのだぞ」

 出ました、『下賤』、本当に耳障りな言葉だ。

 私は憮然として答える。

「私や私の大事な者達を下賤と蔑む貴方とどうして友人となれると思うのですか?」

「ありがたいと何故思わぬ」

「互いを認め、尊重しあってこその友人でしょう。ありがたがってなるものではありません。それは友人ではなく隷属です。どうして私が下賤と蔑まれてまで貴方に従う理由があるのですか? 冗談でもごめんですよ」

「なんという口の聞き方、お前は我が国の民であろう」

「貴方の、ではありません。陛下の、です」

 何を勘違いしている。未来はまだ確定していないが、

「もっとも貴方が国を治めることになった折は是非私を国外追放して頂きたい」

「なんだとっ」

「私は貴方に仕えるつもりは全くありません」

 なんでも思い通りになると思っているのだろうけどそんなわけがないだろう?

 私は結界を挟んで第二王子と向き合う。

「貴方は国民をどう思われていますか?」

「どう思うも何も、下賤な者は私に尽くしてこそその存在を許される者であろう。我が意に従い、矛となり、盾となり私を敬うべき存在だ」

 まさしく典型的独裁者、しかも人間を人間として見ていない。

「お話しになりませんね。国民は貴方の奴隷ではありません。貴方がいうところの矛には意志があり、盾には感情があるのですよ。それを尊重しようとしない貴方をいったい何人の者が本気で守ろうとするでしょうね。意志なき忠誠は脆く、感情とは流されるもの。いざという時に人が守ろうとするのは自分にとって大切な者です。家族、友人、仲間、恋人、自分が命を賭けて守りたいと思う、自分を大切に思ってくれる人達です。人というのは物言わぬ置き物でも感情のない道具でもありません。それを貴方が理解しない限り待っているのは破滅です」

 自分を虐げ、理不尽に支配を強いている相手にはいつ見限られてもおかしくない。

「私は貴方の奴隷ではありません。そういうわけですので私達を下賤と蔑むのなら下賤の者が作った料理など口になされない方がよろしいのでは? 貴方がいうところの高貴なお方の口には到底合わないと思われますよ。所詮平民向けの安価で下賤な食べ物ですから」

 思い切り皮肉を効かせて言い放つ。

「道は空けて頂けないようなので私達は他の場所から向かうとします。

 ああ、一つ忠告しておきますが私の作る物は私しか作れないものが殆どですから他の者を脅して作らせようとしても無駄ですよ。商売のタネは簡単に他人に知らせるものではありませんから」

 実際は今までに作ったものはロイが八割は作れるようになっているけれど。

「それから私は卑怯な手には決して屈しません。貴方が権力にモノを言わせて他者の命などを盾に私に言う事を聞かせようとするような愚かでみっともない卑怯者でないとこを祈ります」

「そんなことをするはずなかろうっ」

「それを聞いて安心致しました。では失礼致します」

 くるりと背を向けて裏口から出て行こうと見せかけると即座に家来を連れて裏口に向かおうと後ろを向いたので直ぐに踵を返し、姿が見えなくなったところで結界ギリギリにみんなに寄ってもらうと合図と共に一瞬だけ結界を解き、即座に再度張り直し、ダッシュで倉庫を後にする。


 今日は森に新設した染色工房にスウェルト染めのやり方の講師に行かねばならないし、働く意欲が既にある子供達には幾つかの仕事を一緒に見学してもらい、自分のやりたい事を見つけてもらわねばならない。

 子供達を連れてきた乗り合い馬車クラスの大きさのそれは平民仕様、王城では使い道もないので頂けるということで有り難く活用させてもらうことにした。

 今日はガイが昨日の夜から出かけているのでフィアと連隊長を含めた全部で九人でのお出かけだがいつもなら定員いっぱいの窮屈な道行きもこのサイズならゆとりがある。

 座り心地はあまり良くないのでたくさんのクッションを積んでいるけれどなんとか改造したいと思っている。

 外は陽射しも強くなり、暑い季節となってきたが内陸部であるウチの領地は湿気が少ないので王都よりはフィアに聞いたところ大分過ごしやすいらしい。ここ数日間、しっかり食べているので少しであるが王都にいた時よりも調子がいいという。馬車の窓全開で走っていると気持ちの良い風が入り込み、随分と涼しい。

 

「連隊長、結局第二王子はどうなされるおつもりなんですか?」

 私は騎馬で横に付け、付いてくる連隊長に向かって尋ねた。

 王都からの使者とやらはそろそろ到着するはずだ。 

 厄介事しか運んで来なさそうな第二王子には是非とも早く御退場願いたい。

「一応王都から護衛の者が派遣され、それが到着次第お帰りになることになる。だが事はそんなに簡単に行かなくてな。ここに運び込む資材の護衛、サラマンダーの調査、その他にも各地に王都から出ている者もいる。あまり多くの騎士達を王都からいっぺんに出すこともできないのでな。ある程度の騎士が王都に戻ってからでないと派遣出来ない」

 つまり王都の護りが薄くなるということか。

 それではさっさと連れて帰れとも言いにくい。

 屋敷はまだしも寮建設はなるべく早い方がいい。いつまでも一つの部屋に子供達を押し込めて置くことも出来ない。

「それでサラマンダーの方は何か進展がありましたか?」

 あれからたいした報告が来ていないことからすると然程進展していないのだろうが。

「ああ、ハルト殿の言っていた通り警戒されてたようなので一時水辺から離れて周辺の探索を先に行っていたのだが、あの辺りに幾つか小さな泉も発見された。複数の寝ぐらを持っていて、移動しながらそこに隠れている可能性もあるのではないかと言っている者もいる。一応警戒感を持たせぬように調査の際には魔獣や大型獣などと遭遇するような非常事態以外には気配を極力消すように徹底させたところ、昨日、やっとまた大型の何かが這いずった後の様なものが川辺で発見された」

「一応痕跡はあるということですか」

「ああ。だが夜は視界の通りも悪くてな。なかなかその姿を見ることも、まして捕獲することも難しいのが現状だ。何かいい手はないものかと頭を抱えている」

 私は少し考える。

 痕跡が残っているというのなら情報収集が先ではなかろうか。あれだけ広い森ならばしらみ潰しに当たっていてはキリがない。運が悪ければ年単位の時間がかかるだろう。

「まずは正確な地図を作り、行動範囲を特定することが先でしょうね。動物というものにはナワバリというものがあることが多いですからね。時間はかかりますが行動範囲が分かれば捜索範囲もある程度絞り込めるのでは? 更に生き物にはある程度の習性というものがあるものも少なくありません。我々が朝起きるとまずは顔を洗い、朝食を摂り、身支度を整えるみたいなものです。足跡を辿れるならその向かう方向の規則性が掴めれば更にそれは狭められるかと。

 情報収集だけなら夜間よりも早朝の方が適しているかもしれませんね。水性生物であれば尚更地面を這えば痕跡は残りやすいでしょうがこの時期は陽が昇れば地面はあっという間に乾燥してしまいますし。後は魔法をつかって川周辺を固めの泥濘に変えて痕跡が残りやすくしておくのもいいかもしれません。

 ただ、これはあくまでも私の推測でしかありませんので上手く行くかどうかは保証致しかねますが」

「なるほど、一理ある。是非やらせてみるとしよう。御助言感謝する」

 ふむっと連隊長が考え込み始めたので私は反対側に視線を向けた。

 するとイシュカが私の言葉を必死に聞き逃すまいとしている様子が見えた。

 最近の私の言動にイシュカが益々似てきているような気がしてならない。眉目秀麗、冷静沈着な凛々しくも有能な副団長様が私のようなポンコツになっていくのは見ていて偲びない。イシュカ本人はそれを聞いて喜んでいるようなフシがあるけど罪悪感がハンパないのだ。似てきているのは知識や考え方だけではないというところが申し訳なさ過ぎる。

 私が大きなため息をつくと前に座っていたフィアにクスクスと笑われていた。


「ハルトは面白いね」

 特に笑わせるようなことをしているつもりはこれっぽっちもないのだが。

「そうですか?」

「ええ、とても。今朝の弟との言い争いも面白かった。あれは単に反論しているようにも見えて、実は弟に考えさせようと言う説教に近い。感心しましたよ。父上や叔父上でもあのような話を弟に聞かせることは出来ません。そんな話は聞きたくないと途中で逃げ出してしまいますからね。そして弟が次に使いそうな手段を煽ることで抑止している。あれでは弟は他者を使って貴方を脅すことも出来ない。そんなことをすれば自分は愚かでみっともない卑怯者であると認めることになりますからね」

 それは私が説教くさいと言いたいのだろうか?

 確かに最後のアレは誰かにトバッチリがいかないように狙っていたけれど。

「是非もっと弟と喧嘩してやって下さい。貴方が大人の男を手玉に取るように動かすのには驚かせられたという話を聞いた時、私より年下の方にそんなことができるのかと少し疑っていたんですけど、なるほど。貴方が手玉に取れるのは大人だけではないようですね」

 ・・・・・。

 まるで私が悪女みたいな言い方だ。人聞きの悪い。

 そして私は手玉に取った覚えは一度もない。

 多少自分が行動しやすいように誘導していることはあるけれど。

「少しも褒められているような気がしないのですが」

「感心していると言っているのですよ」

 嫌そうな顔をする私にフィアは益々微笑みを深くする。

「貴方には御迷惑でしょうが、私は今は王都からの弟の迎えが少しでも遅い方がいいかもしれないと思っているのですよ。貴方の手にかかれば弟も少しはマシな人間になれそうだ」

「勘弁して下さい」

「ですよね、すみません」

 その顔は少しも悪いとは思っていない顔だ。

 期待されててもあの馬鹿王子の矯正が私にできるわけがないだろう。

 そしてそれは私の役目でもない。

 頼むからさっさと連れ帰ってくれ、お願いします。



 建設現場に到着するとゲイルとダナンが走って馬車に近づいて来た。

 フィアと連隊長は現在駐在している近衛と団員の様子を見てくるというので暫し別れて後で合流だ。

 やって来た二人に進捗状況を確認しながら建設途中の屋敷を散策する。見たところ屋敷の方は外観その他も上半分は完成間近っぽいけど下半分は殆ど手つかずに近い。尋ねてみると屋敷の方は三階以上の居住スペースはほぼ完成していて、後は廊下や階段などの共用部の床板の仕上げと仕掛けを残すところだという。側近の部屋もほぼ完成、私の寝室のベッドだけはある程度大きいものになるので後から運び入れるのが困難なため、派手でなければ特に好みはないという私に言葉に従い、その他大型家具も選んで既に運びこんであるということだ。そこまで大きなベッドの必要性を感じなかったが、考えてみれば私もいつまでも子供の大きさではないし、叶うかどうかわからないが将来的にはテスラやロイほどではなくてもある程度高身長になる予定でいる。それにそもそも私にセンスというものはないので目利きのマルビスやゲイルに任せて置いた方が間違いない。二階以下には来客用のスペースも多いので装飾などの手間があるからまだまだ時間がかかるらしいが三階以上であれば住むだけなら後十日もかからないというのでこちらの仕事が多くなることも考えて先に仕上げてもらうよう手配をお願いした。


「ではそのように。私は子供達にハルト様の来訪を告げ、見学準備をさせておきます」

 そう断りを入れてゲイルが席を外し、その後をキールが付いて行った。

 後はダナンに完成間近の上部二階の部屋を案内してもらいながらその他の進捗状況を教えてもらうことにした。すれ違う職人達と挨拶を交わしながら三階部分まで到着すると注文通りの通り白い壁と木目を基調としたシンプルな内装は貴族の屋敷というより庶民的なイメージが強く、屋敷というよりは会社的なイメージだ。三階部分は執務室や商品開発などの作業部屋が多いので特にそう感じるのかも知れない。基本各自の私室以外の家具設備などは全てマルビスとゲイルにお任せ状態なのでどこの部屋もシンプルでありながら上品に揃えられている。そしてお待ちかねの私室に案内されるとそこには小物以外の全ての家具も揃えられ、床も磨き上げられていた。

 私は入り口で靴を脱ぐと一歩そこに足を踏み入れる。

 今使っている倉庫の広さよりも更に広い部屋にはアンティーク調の応接セットや飾り棚などが配置され、窓には深いモスグリーンのカーテン、空きスペースには私がお気に入りの脚の短い座卓。それらの家具の下には明るめのミントグリーンのラグが敷かれ、寝室にあるベッドやサイドテーブルや鏡台までデザインが統一されている。町で見たようなどこか田舎臭く、オーソドックスな物とはまるで違うそれになんとなくだが覚えがある。

「これってひょっとしてキールのデザイン?」

 振り返って尋ねるとマルビスが笑顔でそれを肯定した。

「よくお分かりになりましたね」

「なんとなく、だけど。イメージが今まで見たものと少し違ったから。私好みっていうか、派手過ぎず、地味過ぎず、それでいて特徴的なラインがあったから」

「試しに貴方のイメージでデザインをキールにお願いして木材加工工房に作らせてみたんですよ。使うかどうかは完成品を見てから決めるつもりでしたがなかなかの出来栄えでしょう? ですので独立希望の若手の職人に話を持ちかけて家具のブランドも立ち上げることにしました。基本は庶民向きでこちらは基本的に彼に、セミオーダーメイド品の商品デザインをキールにお願いします。今日の見学会にはこちらも回って頂いて大丈夫です。木材加工は窯なども必要ありませんからね、すでに工房も完成していますので見習い希望者がいれば受け入れてくれるようお願いしておきました」

 染色、木材加工、鍛治師に蒸しパンやフルーツサンドなどの菓子工房にマヨネーズや今後の軽食関係の食品加工工房、アクセサリーや小物系の生産工房。本当に小さな総合商社の様相を呈してきた。この調子だとガラス工房や金属加工工房もその内できるんじゃなかろうか? まるで小さな工業地帯に近い。

「一気に事業広げすぎじゃない?」

「まあその辺はなんとか。後は随時、金属加工とガラス工房の建設も考えていますが、もうすぐこちらに来る予定の家族連れの者にこちら関係が強い者がおりますので」

 ・・・やっぱり建設予定はあるのか。

「資金繰りに問題がなければ別に構わないけど」

「その辺は問題ありません。順調に発売開始されたものは売り上げを伸ばしていますので、問題なのは今後の人材とその居住地の確保ですね。場合によっては後ニ棟ほど寮が必要になるかもしれません」

 そうなってくると最早団地に近いような気もする。

 殆ど人が住んでいなかったこの場所の人口密度が急激に上がっている。

「あれ? みんなは?」

 振り向くとランスとシーファ以外全員いない。

「自分達が使う予定の部屋を見に行きましたよ」

 まあそうなるよね。十日後には自分が使うことになる部屋の下見くらいしておきたいよね。

 広さや作りによって準備したいものも変わってくるだろうし。

 ランスとシーファにもこちらに移ってはどうかと聞いたところ、まだ候補を絞っていないが他に来ることになる八人と一緒に独身寮に入ると言われた。少し長く一緒にいるだけで側近扱いしてもらうのは他の者にも示しがつかないのでそれに相応しい実力をつけてから胸を張ってここに移動して来たいのだと言われれた。強制するつもりはないので二人がそれでいいならと許可したけれど、別に私は実力で選んでいるつもりはなく、基本的に側にいてほしいと思う人だ。

 そんなこともあり、この四階に住む予定があるのはロイ、マルビス、テスラ、イシュカ、ガイ、そして彼の母親が回復次第キール。流石に男ばかりのところにいくら母親といえど住んでもらうのには外聞も悪い。庭にある使用人寮は完成間近だというのでとりあえずこちらに二人で入ってもらうことにした。夫婦二人の世帯は申し訳ないが寮完成までは一人部屋でお願いするとして、こちらは六つの家族寮があるので王都から移動してくる家族持ちの人達は二棟目の完成を待ってそちらに移動する。

 二棟目の寮が既に完成していれば直接そちらに入居となるが間に合うかどうか微妙なところだ。

 

 一通り見て回ったところで下にみんなで降りて行くと子供達はゲイルとキールと一緒にそこで既に待機していた。

 結構いるなあ。すぐに働くことを考えられない子も居るかも知れないと思っていたのだけれど。おそらく全員ではないだろうか。

 ゲイルがすぐに降りて来た私達に気がつくと子供達が一斉に整列した。

「おはようございます、ハルト様。今日はよろしくお願いします」

 ピシッと揃った元気の良い挨拶。ゲイルの仕込みかな?

 バーベキューパーティーの時より随分みんな明るい顔になっている。

「おはよう、みんな。では職人さん達の邪魔にならないように少し移動しようか」

「はいっ」

 

 まずはマルビスから今日見学予定の仕事場の種類と内容に付いて改めて簡単に説明する。

 もともと団長に子供達の年齢層を聞いて連れてくる前にマルビスがどのような仕事が用意できるか手紙を渡してそれを読んでもらうようにしていたし。

 どの仕事でも見習い期間の最低賃金は保証され、仕事で成果を出せれば昇給も、成功報酬も出る。ただし手を抜けば減給されることもあることも伝え、仕事が決まれば寮が完成次第、そこに移れることも伝える。

「この中で、もうやりたい仕事が決まっている人はいるかな?」

 半分くらいの子供が手を上げた。

「その人達はそこの現場に着いたら説明が聞きやすいように前に出てくれるかな。見学が終わり次第そこの責任者に引き合わせるからいつから仕事をするのかそこで相談して。見学してそこに決めた人も同じだね。じゃあ行こうか。まずは近いところから」

 一番初めに連れて行ったのは菓子と食品加工工房。

 多分女の子の一番人気だと思ったからだ。ゾロゾロ百人近くを連れて歩くのは厳しいしね。

「おはようございます、素敵なお姉様達。今日はみんなを見学に連れてきました。お手数をおかけしますがよろしくお願いします」

「おはようございます。お待ちしてました、ハルト様。待っていたよ、私達の新しい仲間だね」

 気の良いお姉様方が歓迎モードで出迎えてくれる。

 案の定、ここで前に歩み出た女の子は全部で二十五人。一気に減った。

 広さ的にはそんなにないが蒸しパンやフルーツサンドの増産予定もあるしプリンの生産もじきに始まる。人手が一番欲しい場所であり、分担作業なので子供でも簡単な仕事にありつける、食いっぱぐれのないところだ。お姉様の仕事内容と説明を聞き更に六人が歩み出た。そしてアクセサリーなどの小物製品の工房で女の子が十八人、商品を見て説明を受け、更に四人が歩み出た。

 五十三人という女の子が抜けて数は一気に半数近く、ほぼ男女同数だ。

 あまり多くの人数も連れて歩けないので狙っていたものの助かった。

 後は男の子達がメインとなる職人の工房巡りがメインだ。鍛治師見習いが五人、染色職人見習いが三人、木材加工見習いで八人、大工見習いで五人が歩み出た。

 一周回って戻ってきたところで残ったのはおおよそ四十名、屋敷の前の邪魔にならないところまで移動した。

 ここで先にテスラとキールにはこの後に向う予定の染色工房に先に行ってもらい、昼休憩後に私達が行くので準備をお願いする。

 迷っているのならすぐに決める必要はないことを伝え、見学して決めた人には抜けてもらい、そして最後に商人、執事とメイド希望者には残ってもらうことにした。

 そこでマルビスからは商人としての仕事内容、ロイからは執事とメイド、厨房職員の仕事内容が説明され、マルビスの下に商人見習いとして六人の男の子が、執事見習いとして二人の男の子、メイド見習いとして十三人の女の子、厨房職員見習いとして四人の男の子が残った。メイド見習いの子供にはまずは父様の屋敷で働いてもらうことになる。

 すぐに決められなかった二十人は菓子、食品加工に更に十三人の女の子と小物加工に七人と別れ、一応全ての子供の働き先が割り振られた。


「もっと迷う子もいるかと思ったんだけど」

 思ってもみなかった結果に私は驚いた。

 するとロイが笑ってその理由を教えてくれた。

「キールが話したからじゃないでしょうか? 自分がここに来た経緯を。自分はハルト様の側で絵を描く仕事をするために雇われたけど、もしその才能がなくなっても真面目に働く限りはいくらでも他の仕事を用意してくれると約束したからここに来たのだと。まずはやってみて、駄目なら頑張っている限りはハルト様は他の仕事を紹介してくれるはずだから自分のやりたいことを挑戦してみればいいと」

 なるほど。

「キールに感謝しなきゃいけないね。家具のデザインも含めてね」

「それに、あのバーベキューパーティーで自分達よりも小さな貴方が体を張って大人達から守ってくれたから信じられたのだと。だからこれは貴方の手柄でもあるのですよ」

 我ながら魔王さながらの悪役のようだと思っていたのだが意外だった。 

「解ってませんね、貴方は。自分達のピンチに颯爽と現れ、悪漢を退治した貴方が魔王であるはずがないでしょう。助けたのが男の子でしたからこの程度で済みましたけど女の子だったら大変な騒ぎになっていたでしょうね。カッコ良すぎるのですよ、貴方は。どうにも自覚が足りないみたいですけどね」

 マルビスの言葉に私は首を捻る。

「だってみんなにはカッコ悪いところばかり見られている気がしないでもないけど」

「カッコ悪いではなくて、可愛いですよ。そんなところを見せてくれるから余計に目が離せなくなるんです」

 ・・・・・。

 つまりそれは欲目ということか。

 私にベタ甘のロイとマルビス、イシュカの言葉はこういう時だけは信用できない。

 

 それでも。


 それだけ私を大事に思ってくれているのだと思えば、それはとても幸せな気分だった。



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