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第七話 ギルド長、ご勘弁願います。

 

 やっぱりコレって戦闘不可避? ですよね。


 ワイバーンの時と違うのは誰の命もかかってないことと時間制限付きってことだけだ。

 そしてとりあえず命は保証されている。


 と、なれば半刻逃げ切るしかない。


 間の距離は約十五メートル。

 まずは身体強化と脚力強化、思考加速の二重がけ。

 本来の運動能力以上の負荷がかかるからコレやると次の日、筋肉痛確定だから本当はやりたくないけど背に腹は代えられない。

 じりじりとこちらの様子を窺いつつ距離を詰めていたが私が一歩も動かないでいるとフッと視界から消えたかと思わせる低姿勢で突っ込んできた。 

 おそらく私が今子供の身長だから気付いたがこれが大人だったら姿が消えたかのように見えたに違いない。身体強化も効いてるので聴力や視力も増している。僅かにフェイントを入れて突っ込んで来ようとしている彼に対してこのまま避けるだけではおそらく捕まるだろう。ならばまずはその足元、掘り下げて落とすのは下策、跳躍して剣を振り下ろされて下手すればそのままゲームオーバー、技術の差はいかんともし難い。水魔法で沼地に変えるのも視覚で認識しやすいし、彼の馬力と脚力があれば足止めにすらならないだろう。となれば使うのは土魔法、効果的に使うならまずは自分のすぐ足もと、長さ一メートル、幅四メートルほどを大きく陥没させて気を引き、まずは誘導。


 よしっ、かかったっ!


 彼の視線が狙い通り私の足もとに一瞬だけ移動したその瞬間、彼の足もとから陥没させた穴までの約五メートルの距離をサラサラの砂地に変えた。

 するとどうなるか、簡易蟻地獄もどきになる。

 砂は当然、低い方向へ向かって流れ出し、そのまま彼は踏ん張りの効かない砂に流され穴に落ちていく。

 もっとも時間稼ぎにしかならないだろうけど。

 このすきに出来る限り距離を取って次の手を考えないといけない。

 私は急いで戸口から離れ、反対側の塀近くまで逃げるとすぐさま今度は土壁を築く。まずは出来るだけ彼を落とした穴付近を囲うように一枚、続けてニ枚、三枚と幾重にも迷路のように壁を作る。

 薄くてもいいのだ。倒すことが目的じゃないのだから。

 必死に何枚も作っていると土壁の向こうから愉快そうに笑う声が聞こえた。


「詠唱破棄か、成程。こりゃナメてかかると痛い目にあうのは確かに俺の方かもな」


 嘘っ、五分も稼げてないっ!


 ドゴッと壁を破壊する音が聞こえたと同時に壁の上から煙が微かに上がっていた。

 火属性持ち、さっきの砂地を固い地面に戻さなかったことと風で吹き飛ばさなかったこと、更に壁を破壊するのに効率の良い水魔法を使わなかったことからもこの三属性は持っている可能性が低いだろう。

 おそらくは見た目通りのバリバリの前衛特化型。


「こんな薄い壁じゃ俺は止められないぞ」


 そんなことはわかってる。

 止める必要はない。

 壁がすぐに破壊されることは計算のうち、次は風魔法を使い、辺り一帯に強風を吹かせる。強すぎてはいけない、彼を吹き飛ばしてしまっては意味がない。何枚もの壁は破壊される度に大きな音がする。つまりは彼の位置を把握するための鈴でしかなく、風は私の逃げる足音と新たに築く壁の音を消すためのものだ。

 私は姿勢をなるべく低く保ちながら壁が破壊される音から逃げ、その先々で壁を作っていく。所々に落とし穴を作ることも忘れない。勿論、落とし穴を空けた後には穴の底に彼の足がつかない程度の水を張り、圧倒的体重差を利用して仕掛けた場所がわからなくなっても大丈夫なように私が乗ったくらいでは崩れない程度の強度の蓋をする。単なる子供の悪戯にしか思えないような罠も深さがそれなりなら僅かなりとも時間が稼げるだろう。そして彼が落ちたと思われる落とし穴を見つけると再び穴を塞いだり、その穴に降りて横穴を作って気配を消して隠れてみたり、自分がいる場所と逆の方向に闇魔法で幻影を作り誘導してみたり。

 壊しても壊しても次々と作られる壁と子供じみた罠に彼が苛ついているのがわかった。

 そろそろ次の手を考えたほうが良さそうだ。

 多分パワーに任せて一気に力づくで壁を壊してくる頃だろう。

 音で彼の位置を把握しながら地面に多くの魔法陣を仕込んでいく。

 踏めば発動するそれは私以外の生物が踏めば反応して強烈な光を放ったり、ボコリと小さな土の山を作って相手の態勢を崩したり、足もとを凍らせて滑らせたり。

 罠自体は単純だが実際にやられると実に鬱陶しいだろう。

 ガチンコ勝負で勝てるわけもなし、人に向かってワイバーン相手に使ったような一歩間違えば殺しかねないような魔法を使う度胸もない。

 私ができるのは相手を苛つかせて引っかき回し、時間を稼ぐことだけだ。

 あの手この手を使い、逃げ回る。

 それを必死に繰り返していると突然、父様の声が響いた。


「時間だ、二人とも終了だ」


 その声を聞いた途端、私は息を切らせてその場にヘタりこんだ。

 戸口から遠い場所にいた私は築いた瓦礫の山を魔法を使って平地に戻す。

 ホント、もう勘弁してほしい。

 私は基本は平和主義だ。

 多少トラブルメーカーであることは認めなくもないけど望んだことは一度もない。

 ヨロヨロと立ち上がったものの歩くほどの気力は残っていなかったらしい。再び地面の上に引き戻され、大の字に寝転がると慌ててロイが駆け寄って来た後に父様と息を切らせたギルド長が近づいてきた。


「どう思う? ダルメシア」

 父様の問いかけに大きく息をつくと彼の呼吸はもう整い始めていた。

 さすが、体力が違う。

「コイツの特筆すべき点は戦闘能力というより状況判断と応用、適応力の高さだな。

 無詠唱もたいしたもんだが驚くべきは魔法発動まで時間の短さだ。

 確かに使っている魔法はほぼ初級、だが詠唱破棄することにより次の手を相手に読ませず、更に行使するまでの時間が短いからこちらが対応する前に次々と手を打たれる。

 状況判断も早いし、何手先も考えて動くことで経験値の低さをカバーする。

 コイツ、相当頭が切れるな」

 随分と高評価を頂いているようだ。

 確かに使用しているのは初級の魔法がほとんどだ。

 一応父様の本棚の書籍等で得た知識で中級までは行使できないこともないがイメージしやすいぶん初級の方が使い勝手がいいし、使う魔力量も少なくて済む等の利点も多い。

 いざというときに魔力切れというのは笑えないからだ。

「経験次第で化けるだろうが、まあ、今のところ俺としてはあまり戦闘職はオススメしない。一対一なら確かにそれなりに強い相手とも渡り合えるが相手が複数だとおそらく対処できない。

 目の前の敵に対する集中力は凄いがその分周囲に払う注意が疎かになる。

 そして戦闘において一対一の状況は稀だ」

 まったくもってその通り。

 今回なんとかなったのは一対一であることが大きい。

 同じことをもう一度やれと言われても出来るかどうかは疑問だ。

「で、どうするつもりだ? こんな田舎じゃワイバーンが運ばれてくるなんて滅多にないからな、誰が倒したかまでは知られていないだろうがすでにある程度は噂が広まっている。隠し通すのは無理があるぞ」

 できればそう願いたかったが目撃者というか、見物人も多かったしやっぱり厳しいようだ。

 どうしたものかと悩んでいると暗い空を見上げたままの私の顔を父様が覗き込んできた。


「ハルト、お前はどうしたい?」

「ルイゼ、それをこの年の子供に決めさせるのは」

「いや、ダルメシア、お前も言っただろう、この子は頭が切れると」


 どうしたいか、と、聞かれてなんと答えるべきか。

 かなりズレてはきたけれど私の望みは変わっていない。

 もともと『恋してみたい、相思相愛の恋人が欲しい』という以外はできれば目立ちたくないとか、異世界を旅できたらいいなとか、その程度でしかなかった。

 出来るだけ平和に過ごせるなら、という注釈は付くが後は成り行き任せでしかない。

「それとこれとは話が違うだろ」

「ハルトは天才だ」


 父様、それは違う!  

 なんと答えるべきかと迷っているうちに、また過大評価が始まった。

「親馬鹿の欲目で言っているわけではない。

 注視すべきは魔力と戦闘能力だけではないのだよ。

 私が把握しているだけでも六歳にして私の持つ蔵書千冊近くを読破し、狐と狸ばかりの大人の貴族達を話術であしらい、王都でも見ないような料理を手掛け、パーティに来た子供達が遊べるようにと庭師に頼んで遊具を提案し、作っている。

 一応屋敷の者には箝口令を敷いてはいるがこれは普通の子供にできることか?」


 だから子供の体に三十路のオバサンが入ってるだけなんですっ!

 二十歳過ぎればただの人、過度な期待は困るんですっ!


「ワイバーン討伐とパーティの立ち居振る舞いだけでも今回の招待客の殆どから男女問わずどころか爵位も問わず山程の縁談や入婿、養子縁組の話が来ている。

 たったニ日でだ。

 今はまだ候補にという程度のものが多いがこの噂が広まればどうなると思う?」

「マズイ、どころじゃ済まないだろうな」

「だからまずは本人の意思と希望を聞いた上で対処すべきだろう。

 幸いこの子の戦闘を間近で見たのは私だけだ。

 詠唱破棄や多属性持ちだということは知られていないだろう、その他のこともな。

 少々頭のまわるそこそこ魔術の腕が立つ無謀な子供が運良くワイバーンを倒したと思っている者が大半だとは思うが噂がどう広まるかわからん。

 官僚や近衛騎士団を目指しているなら別だが多分、そうではない。

 ならば早々に手を打たねばならないだろう」


 思っていた以上に大事になっているようだ。

 真面目な話をするのに寝っ転がったままというのもどうかと思い、僅かに回復した体力でロイの助けを借りて立ち上がる。

 不可抗力、予定外、望んだ結果ではないが自分の行動には責任を持つべきだろう。

 幸いにもまだ軌道修正ができそうだ。


「・・・私は多くは望んでいません」


 少なくとも父様は私の味方だ。息子の手柄を横取りするでも吹聴するでもなく、なるべく希望を聞き、その手段を模索しようとしてくれている。

 ならばその想いには応えるべきだ、今世の私の親であり、保護責任者なのだから。


「父様の言う通り私は三男です。

 それに不満もありませんし、跡継ぎの座にも興味はありません。

 今の私に対する過大な評価は自分が興味があることに対して行動を起こし、自己満足のための結果にしか過ぎません」


 後悔はない。

 私は私がその時に自分ができることをしただけ。


「ただ私は自分に出来ることがあるのにやらないという選択肢を選べなかっただけなのです。

 後のことを考えず行動を起こしたことについては反省致します。

 私は自分の好きな人と平和で穏やかに暮らせるのなら貴族でなくても構わないと思っています」

「出世も贅沢な暮らしも望んでいないと?」

「いえ、そこまでの聖人君子ではありませんよ。優先順位の問題です。

 どんなに出世しても、お金持ちになっても好きな人が私の隣にいないなら意味なんてないんです」


 前世、死ぬ間際に願った、たった一つの願い。

 私は不幸ではなかったけれど恋人のいる幸せは知らないまま死んでしまった。


「いつか誰かを好きになった時、その人に好きになってもらうには私はいい男にならないといけないって思ったんです。だから自分が助けられるかもしれない人を見捨てるような男に私はなるわけにはいかなかった。

 ただそれだけなんです」


 だってそんな男は私の目指す『いい男』ではない。

 単純でしょ、と微笑むとギルド長は可笑しくてたまらないといったふうに腹を抱えて笑い出した。


「こりゃあコイツをライバルに回した恋敵(ソイツ)が気の毒になるな」

「そう、ありたいと思ってます」


 とびきりのいい女やいい男には当然ライバルだって多いだろう。

 私はそいつらを押し退けて恋人の座を勝ち取らなければならないのだから。

 その応えは彼のお気に召したらしい。


「俺はコイツ、気に入ったぜ。ルイゼ、何か手伝えることがあれば協力してやるぞ」

 ポンッと頭の上に手が置かれ、くしゃくしゃに髪をかき回された。

「とりあえず当面の問題は山となった縁談をどうするか、だが」

「断われないようなところから来ているのか?」

「いや、打診程度で今のところはないが」

「時間の問題ってことか」

 頷いて肯定する父様に彼は少し考え込むように顎を撫でながら唸った後、何か名案が閃いたのかニヤリと笑った。


「だったら断れるような理由を作るっていうのはどうだ?」

「例えば?」

 もったいぶるなとばかりに父様が先を急かす。

「ギルド登録するんだよ。

 冒険者ならA級以上になると都市を移動するのにそこのギルドの許可がいるだろ? 

 ワイバーンは単体でAランクの魔物だ。単騎で倒したとなれば本部に申請して掛け合えばすぐにB級くらいには特例で認められるだろう。後はいくつかのBランク依頼をこなせば問題なくA級にも上がれるはずだ」

 成程と納得したように父様は頷いた。

「商業ギルドなら地域への貢献度や事業内容によっては移動に条件が付けられる場合もあるな」

 つまりその土地や地域にとって有用であると示すことができれば領地から離れられない理由になるので少なくとも他領への婿入りや養子縁組はお断りすることが出来るし、うちへの嫁入りにしても上位貴族だと降嫁になるので敬遠される。同位以下なら断るのも難しくない。

「俺としては冒険者ギルドにも登録してほしいところだが、そういやあ見たことない食べ物と遊具を屋敷の奴らに作らせたんだったな。

 じゃあまず坊主の名前でそっちの方の商業登録でもするか?

 そういうことなら一人、面白い男がいるぞ」

 商業登録とはこの世界でいうところの特許みたいなものだ。

 ギルド登録自体は六歳から受け付けられている。

 商人の家に産まれれば家の手伝いなどのために商業ギルドに、そうでないなら薬草採取やドブさらい、煙突掃除や庭の草むしりなどの子供でも受けられる依頼もあるので生活費や小遣い稼ぎに冒険者ギルドに登録するのは珍しくないという。


 予定変更。

 この際、多少目立つのは仕方がない。

 一番の目標を叶えるためだ、私は政略結婚をする気は毛頭ない。

 ならば以前から考えていたことがある。

 父様が頭を悩ませていたこのグラスフィート家の産業のことだ。


「あの、ギルド長、父様。ひとつ、私に考えがあるんですけど聞いていただけますか?」

「長くなりそうか?」

 私は小さく頷いた。

 私一人で考えるよりこの領地に詳しく、他領の情報も持っている三人が、しかも貴族の父様と平民であるギルド長とロイが揃っているから二方向からの意見を聞くチャンスだ。

「多分。私は商売に明るくもなく、殆ど屋敷から出たことがありませんので、この機会にこの地や余所の事情に詳しい方々の意見をお伺いできればと。

 グラスフィート領のできるだけ詳しい地図はここにありますでしょうか?」

「ニ階にあるぞ、だがその前に何か食い物を調達してこよう」

 腹が減ったと言うギルド長にロイが一歩歩み出る。

「それならば私が。馬車をお借りしてもよろしいでしょうか? 旦那様」

「勿論だ。適当に五人分頼む、少し多めにな」

 父様が懐から金貨をニ枚取り出してロイに預けるとロイは預かっていた金貨入りの麻袋を父様に渡す。

「戻ったら御者にも食事を取らせて馬も休ませてやってくれ。

 ダルメシア、馬小屋を借りるぞ」

 話が長くなるということはロイ達も食いっぱぐれるわけで、父様の言う意味を理解してロイは頭を下げる。

「ありがとうございます、では行って参ります」

 くるりと踵を返し、早足でロイは戸口から出て行った。

 ロイに支えてもらって立っていた私はといえばギルド長の肩に担がれニ階に向かったのだった。


 そしてその夜、私は以前から考えていたある提案を三人の前で話した。

 我がグラスフィート領の特徴を活かして新しい事業を起こして見てはどうかと提案した。

 勿論、それが受けいらられるものかどうかはわからないから駄目ならハッキリと教えて欲しいし、訂正や修正もしてほしいと伝えた後で。

 すると三人とも面白い案だと乗り気になり、楽しそうに意見を出し合って漠然としていた私の計画は彼らの手にかかり、次から次へと手を加えられ、修正され、実現可能な計画へと作り変えられていた。

 

 いや、別にいいですけどね。

 素人が口を突っ込んでもろくなことにならないだろうし。

 もはや私の提案は大枠のみ。

 私は途中からついていけなくなり、先程の戦闘の疲れもあってソファでうたた寝し始めた。

  

 そして、目が覚めたのは次の日の朝。自分のベッドの上だった。



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