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第六十三話 天然とはなんですか?


 翌朝、朝市が立つのと同時に私達は出発した。


 昨夜はどうなったのかって?

 当然しっかり貸しは取り立てさせて頂きましたとも。

 今日の警護をランスとシーファにお願いすると二人も進んで串作りに参加してくれたし、夜半前にはかなりの数が出来たので冷蔵庫からプリンを取り出して、しっかり労っておいた。ガイはちゃっかり余った分をもう一つ平らげていたけれど。意外に食い意地(特に甘味)が張っているがそのくらいなら御愛嬌というものだ。

 後は現地で手の空いている職人さんがいたら手伝ってもらおう。

 ただ想定外だったのはフィアが付いてくることになったことくらい。

 別に今日は見られて困るものがあるでもなし、連隊長も一緒にくると言うので二人には目立たない格好で来ることと身分を明かさないことを条件に了承した。王都の貴族間では有名人である連隊長は団長と違って平民と関わりが薄いため王都を歩いていても騎士服を着ていない限りはそう気付かれないそうだ。本当は団長も付いてきたかったようだが第二王子の世話と暴走を止められるのは団長だけなので仕方ない。こちらにはイシュカもガイもいるし、向こうに到着すれば男子寮には近衛も団員もいる。そして帰り道には子供達と資材運搬の警護をしていた騎士達もいるわけで目立たなければ問題ないだろうということに落ち着いた。

 驚いたのはフィアが本当に平民と同じような格好をしてきたことだ。

 万が一王子が乗っているとバレそうになった時には子供達の中に混じって誤魔化すつもりだったそうだ。もともと最近あまり部屋の外に出ていなかったのでそんなに問題もなかろうと第一王子がウチの領地にいることはごく限られた者だけしか知らされていないらしい。バレたらバレたで療養のためとしてしまえば良いということだ。

 移動さえ済んでしまえば最近何かと話題も多く、近隣では武闘派のイメージが付いているウチの領地に早々手出しはできまいと思ったようだ。もともと農業が主な産業の田舎貴族、商業的にも発展していない田舎町だったこともあってウチの領地に野盗はそんなに多くなかったのだがここ最近は別の意味で避けられているようだ。

 直接戦ったことはほとんどないのに何故なのだろう? 解せぬ。

 まあ危険が少ないのは悪いことではないし問題ないか。

 第二王子の来訪は対外的にもバレているので仕方ないが第一王子の存在は当然だがウチの使用人達にも当面口止めされている。第二王子の扱いについては王都に向かわせた遣いの返事待ち。さっさとお引き取り願いたいものだ。


 朝市で仕入れた荷馬車いっぱいの沢山の肉と野菜、果物などを積んで森に向かう馬車の中で私はフィアと向かい合っている。マルビスはまだ足りないものを揃え次第、シーファと一緒にこちらを追ってくる予定だ。そんなわけで六人乗りのこの馬車には私と一緒にロイとキール、フィア、フィアの主治医、ハッツェと私服姿の連隊長が乗っている。ガイはいつものように後ろの荷台の上に寝っ転がり、本日テスラは御者台、ランスは荷馬車で付いてきている。

 妙に静まり返った馬車の中でフィアがにこにこと嬉しそうに笑っている。


「楽しそうですね」

 質素な服を着ていても上品さが滲み出ている。

 ガサツな私とは全然違う優雅さに凹みそうになる。

「はい、すごく。バーベキューパーティーというのは初めてなので」

「言っておきますけどお上品なものではありませんよ?」

 期待されても困るので一応断っておく。

「みんな串に直接齧り付いたり、一緒の鍋を囲んだりするのでしょう? 温かい食事というものはあまり口にできませんのでそれだけでも楽しみです」

「いつも冷めた料理を召し上がっているのですか?」

 意外だ。毎日豪勢な食卓を囲んでいるのだと思っていたのだが。

 料理は作りたてが一番美味しいのに。

「全部ではありませんが私達の食べるものは厨房から運ばれてくる間の距離もありますし、毒味係が確認してから運ばれてくるのでスープ以外は大抵冷めていることが多いです。魔法で多少は温め直しはできますけどね」

 フィアは小さく微笑んで教えてくれた。

 なるほど、王族というのもなかなか大変だ。いくら豪華であったとしても冷めたものや温め直しでは味だって落ちてしまう。用意した上等な肉も固くなってしまうだろう。炒めた野菜も脂っぽくなってしまう。サラダだって時間が経って萎びてしまえば美味しさだって半減だ。

「それに貴方の作る料理はとても美味しいと叔父上から伺っていました。昨日の夕食も王宮ではあまり見かけない料理もいくつかありましたし、素朴な料理も味付けが城とは違っていてとても美味しく頂きました。特に最後のデザート、あれは貴方が作ったものなのでしょう?」

「よくおわかりになりましたね」

「弟は従者の分も取り上げて平らげていたそうですよ。貴方が作ったものだとは気づいていないようでしたが」

 それは良かった。あの調子で押しかけられて命令されたくないし。

 命令されても作る気もないけど。

 うるさいからと妥協して一度作れば二度目もそれが通ると思われては困る。

「それに貴方が豪気なのも間違いなさそうです。我が国の双璧を顎で使えるのはこの国広しといえども陛下と貴方くらいのものですよ。私も見習える様にならなくては」

 フィアがクスクスと笑う。

 やはりマズかっただろうか? そんなに大それた事をお願いしたつもりはないのだが。 

 私がすみませんと小さく頭を下げると連隊長が小さく首を横に振る。

「私達は貴方が仰ったように借りを返しただけ。それに久し振りに楽しかった。最近ではああやって誰かと肩を並べて何かの作業をすることも少なかったので。バリウスより先に出逢えなかったのが本当に残念でならない」

 どういう意味でしょう?

 そういえば連隊長は団長と私を挟んでよく言い争っていますよね?

「私はそんな立派な人間ではありませんよ」

「そういうところが、だよ。まるで子供の身体に大人でも入っているかのような振る舞いと発言。自分よりはるかに年上の男達を上手くあしらい、動かしてみせるその手並み。表情ひとつとってもそうだ。子供らしく笑っていることもあるが仕草にも行動にもどこか余裕がある。大人びているが、だが大人の男というより、失礼かもしれないがどこか実家の母を思い起こさせられる時がある。

 私は侯爵家の血筋とはいえ小さな頃は田舎育ちでね。母はどっしり構えて肝が太く、温かい。

 行動も発言も男らしいというのに何故だろうね」


 ・・・この人、なかなか鋭いのでは?

 今まで誰一人、そんなことを言わなかった。

 この世界に生まれ変わる前までは母ではなかったけれどこちらの結婚適齢期からすると既に嫁入り前の娘どころか孫がいてもおかしくない年齢だったし、行動にオバサン臭が滲み出ていたのだろうか? 

「気に障ったのなら謝罪するよ?」

「いえ、大丈夫です。褒められているのは解りましたから」

 黙り込んだ私を気にかけて連隊長が謝罪したのを慌てて取り繕った。

「そろそろ到着するとは思いますけど向こうでは敬語はやめて下さいね。職人の歓迎はなかなか手荒いことがありますけど驚かないで下さいね。私の友人ということにしておきますのですみませんが宜しくお願いします」

 遠目に見えてきたライナスの森と建築途中の建物に私は注意を促した。



「お〜い、みんな、ハルト様がお見えになったぞ」

 到着した馬車からイシュカの手を借りておりると現場監督のダナンが駆け寄ってくる。

 彼の大声に大工職人達が手を止めて一斉に駆け寄って来る。

「手を止めなくてもいいよ、続けて続けて」

 張り上げた声もかき消され、ワラワラと職人達が笑顔で集まってくる。

「先日はエールの差し入れ、ありがとうございましたっ」

「ありがとうございましたっ」

 ダナンの声に呼応して大音響の御礼が響く。

 暑苦しい、ムサ苦しい、男臭いの三重苦。

 いったい何人集まって来たのか、体格のいい職人達に私は揉みくちゃにされ、埋もれそうになってしまい、イシュカの背中に庇われ、ガイに引っ張り上げられて後ろの荷台の上に立った。

「お前ら歓迎はいいけど押し潰してんじゃねえって」

「すまんすまん、つい、いつもの調子で」

 ガイの嗜めるような呆れた声にダナン達が頭をかきながら謝罪する。

 ぐるりと馬車を取り囲む人数はザッと数えて百五十名は超えている。職人の半数以上の数だ。

「おはよう、みんな。お仕事ご苦労様です」

「おはようございますっ」

 私が声を張り上げて挨拶すると野太い声が返ってくる。

「今日はみなさんにお知らせがあって来ました。本日昼過ぎくらいに先日にもお願いしていた受け入れ予定の子供、百十七名がやって来ます。色々と御迷惑をかけることになるかもしれませんが、どうぞみなさんの深い度量で受け入れてあげて下さい」

 ガヤガヤと騒がしかった声が少しだけ小さくなる。

 全員が好意的に受け入れてくれるとは思っていないけど。

「一気に仲間も増えることになります。そこで今日は子供達の到着を待って、みなさんを含めた歓迎お疲れバーベキューパーティーをしようと計画してますので料理の得意な方は何名か手伝って頂けると助かります」

 続けた私のパーティーという言葉に職人達が反応する。

 止まったざわめきに私は大きな声で続ける。

「みなさん御期待のエールは今マルビスが町でかき集め、揃い次第こちらに向かって来ますのでご安心を」

 途端に周囲が歓喜で湧き上がる。やはり手配しておいて間違いなかったようだ。

「但し」

 歓声の中、一際大きな声を張り上げて視線を引くと私はにっこりと笑った。

 釘は刺しておかないと子供達を怯えさせられても困る。

「ウチの事業を将来担うことになる大切な子達ですので歓迎でお願いしますね。私達の仲間になってくれる予定の期待の戦力に怒鳴りつけたり手をあげるような不届者は即刻退場、連帯責任でその場でエールはお預け、持ち帰らせて頂きますのでお気をつけ下さい。

 いつものカッコよくて優しい、頼りがいのある素敵なお兄さんでよろしくお願いしま〜す。普通の子供はみなさんのように頑丈でも私のように図太くもありませんからね」

 戯けて言った私の声にどっと笑い声が響く。

 こういうのは真面目に言い過ぎても逆効果、笑いを取るぐらいが丁度いい。

「以上っ! 注意事項、御理解頂けましたか? 御理解頂けた方は御返事お願いします」

「オイッスッ」

 大勢の返事が返って来た。

「では準備と子供達とエールが届き次第、声をおかけしますのでどうぞお仕事にお戻り下さい」

 集まっていた職人達が各々自分の持ち場に帰っていく。

 その中から数名がランスのいる荷馬車の方に向かい、荷物を降ろし始める。

 どうやら彼らが手伝ってくれるようだ。

 それを見届けると下の方からロイに声をかけられて腕をのばされ、私がその腕に掴まると大事に抱えられ、荷台から降ろされる。

「お疲れ様です」

「あれで大丈夫だったかな?」

「相変わらず見事なお手並みです。貴方は本当に人を動かすのがお上手ですね」

 前世と比べてここの時代がひと昔前ならと、それ相応に対処しただけ。

 ノセて、アゲて、気持ち良く仕事をしてもらおうってところだ。時代、世界が変わっても、基本褒められ、煽てられて嫌な気分になる人は少ない。

 押し寄せた職人の大群に馬車の中に避難していた面々が顔を出す。

「吃驚した。随分とハルトは人気のようだね」

 フィアが驚いた顔で馬車から降りてくる。

「ええ、ハルト様は職人達が働きやすいように気を配っていますからね。こちらに来られた時はお声掛けもよくしていますし、こちらの管理をしている従業員達からも慕われていますから当然といえば当然でしょうが」

「ゲイルもジュリアスも崇拝の域だからな、無理ねえだろ」

 イシュカとガイが続けて言う。

 崇拝って、私は新興宗教の教祖ではない。

 ・・・はずだ、多分。

 最近よく出てくるその単語に若干否定出来なくなりつつある。

 前世と今世ではまだまだ雇用主と従業員達の関係に大きな開きがある。圧倒的に雇用主の言い分が通りやすく、逆らえばすぐに解雇、即無職になりかねない。職人の意見を聞いて施工した方が無理なく丈夫な物が建てられるはずなのに、そんな関係では一生懸命働こうって気持ちにならないと思う。

「私はただ職人達が気持ち良く働けるようにと思って色々環境を整えてほしいってマルビスに手配をお願いしただけでたいしたことしてないはずだけど。意見は聞いても我儘や勝手を許してるわけでもないし、むしろ仕事では結構細かい注文つけたり、妥協しないから煩いんじゃないのかなあ」

 ああしてほしい、こうしてほしいと随分たくさんお願いしているはずだ。

「それは普通のことですよ。煩いとは言いません」

 ロイに言われて考えてみる。

 そういうものなのかな?

 確かに今回の費用は王室持ちとはいえお客であるのだからそれもそうか。

 自分のサイフが痛まないものだから忘れてたけど。

「環境を整えたとは?」

「職人達に新鮮な食材が毎日届けられるように手配し、揃っていなかった寝具を揃えさせ、訪問の際には時折エールを差し入れて労ったり、夜は安全のために警護を数名交代でつけたりですかね」

 連隊長の問いにロイが答える。

「そういうものは職人達が自分で手配するものではないのか?」

「そうらしいですね」

 当然のように言う連隊長にロイが苦笑する。

 そんな常識があるから職人達が働き難くなるのではないか。

「慣れてない土地に来てそんなものいきなり用意できるわけないよ。しっかり休んで栄養取ってもらった方がいい仕事をしてもらえるでしょう?」

 命令だけでいきなりよく知りもしない土地に放り込み、仕事をしろなんて上司や雇用主の怠慢、言われても直ぐにできるものじゃない。二人、三人といった少人数ならまだしもこれだけの大所帯、身動きだって取りづらい。

「そういう意味では見事に貴方の目論見は成功しているようですよ。ゲイルが仕事がしやすくて大変助かっていると言っていました。職人達が手も抜かず一生懸命頑張って働いてくれるので工期も随分予定より短縮出来そうだと。彼らの予定が空いているようなら続けてあと二棟の建設を費用こちら持ちでお願いしようかと検討しているようです。資材のかき集めは王室に頼れない分、時間はかかるでしょうが」

 そりゃ助かる。想定以上の子供の数にどうしようかと思っていたし。

「お願いできるといいね。んじゃあ早速準備に取り掛かろうか。頑張って仕事しないと間に合わなくなっちゃうよ」

「では私は厨房に手伝いをお願いしてきます」

 ロイが独身寮に向かって駆けていく。


「本当にハルト様の側は様々な意味で勉強になります」

 イシュカがフィアと連隊長に向かって微笑んで言った。

 勉強って、変なとこまで真似しなくていいんだけど。

 妙な軌道修正して団長に怒られないか心配だ。イシュカは素が優秀なんだからあまり私の影響受けない方がいいと思うよ? これを貴族に向けてやったら冗談じゃ済まなくなると思うし。 

「雇用主が労働者の働きやすい環境を整えるのは当然の義務。

 テスラ、イシュカ、ガイ、準備手伝ってくれるでしょう?」

 尋ねた私に即座に反応してくれたのはテスラとイシュカ。

「勿論です」

「しょうがねえなあ、その代わりまたアレ作ってくれよ」

 ガイは面倒臭そうに大欠伸をしながら応える。

 アレっていうと、アレかな?

 ハチミツのたっぷりかかったハニーフレンチトーストが最近の甘党ガイのお気に入り。

 以前は美味い酒に釣られてくれたけど近頃は外では食べられない甘味を御褒美に要求される。

「屋敷に戻ったらね。今は材料ないし、明日でもいい?」

「その言葉忘れんなよ」

「私がガイとの約束、忘れてたことないと思うんだけど」

「だからこうして付き合ってやってんだろ」

 軽く手を上げて背中を向け、荷馬車に向かう。

 気まぐれで猫みたいなところがあるガイがこうして付き合ってくれるのは嬉しい。

「感謝してるよ、ガイ。ありがとう」


 みんなが作業に向かったのを確認して視線をフィアに戻すと悪路を走る馬車に慣れていないのか少し顔色が悪い。やはり道路も整備するべきか。資材運びを優先してとりあえず大きな岩や石を退かして踏み固めただけの道路だし、最近の資材などの大量流通で轍による凹みも多い。その辺りもまたマルビスやゲイルと相談しよう。

 とりあえず今はフィアだ。 

「フィアは無理しない程度に散歩でもしながら休んでてよ」

「私にも手伝わせてほしい」

 フィアには是非とも良くなって陛下の後を継いでもらわねばならないし。

「ダメ、少し顔色悪いよ。何事も無理は禁物、ゆっくり焦らずね。折角のバーベキューがオアズケになっちゃうよ。今日はお客様だしのんびりしててよ」

 日常とは違うことをやってみたいのだろうけど今は駄目だ。

「ここは景色も空気もいいからね。夏の天気のいい日に木陰の草の上に寝転んで空を見上げながらする昼寝は最高だよ。まだまだ療養生活は始まったばかりなんだから慌てる必要ないんじゃないかな」

 私は馬車の後ろの荷台をゴソゴソと漁り、目的の物を取り出して前に差し出した。

「はい、草の上が苦手ならコレ使ってみて」 

「これは?」

「ハンモック。ウチの商業登録降りたばかりの新商品。寝心地は双璧のお墨付きだよ?」

 なにせ昨日めでたく大量注文頂きましたから。

 マヨネーズなどの調味料は見送られたらしいが二人の個人的な注文は承った。

 マルビスがホクホク顔で生産計画を考えていたけど量が量なので出来次第、王都に送り、あちらで優先順位を決めて随時配分してくれるそうだ。

「何事も経験経験。その存在を知っていれば何かの折に思い出して役立つこともあるかもしれないし。その時はお買い上げお待ちしてますってことで、試してみて?」

 こっちの利も示しておけば休むのにも後ろめたさが減るだろう。

 私がサマにならないウィンクをするとフィアがぷっと吹き出した。

「ではありがたく休ませて頂くよ。我儘言って迷惑かけるのは本意じゃない」

 連隊長と一緒に木陰に向かって歩いて行くのを見届けると私もバーベキューの用意をするためにみんなのもとに駆け出して行った。


 マルビスも私達から遅れること一刻ほどでやって来て、積まれたエールの山に職人達が手を止め、歓声を上げた。明らかにそわそわし出していたが、

「働かざる者食うべからずですよ〜、みなさん」

と、ハッパをかけたところそれはそれはみなさん必死に働いてくださった。

 男子寮にいた従業員と厨房職員、ハルウェルト商店の商品を作り、出荷を終えた既婚のお姉様(お母様)方、二十人ほどにもお手伝い頂き、着々と準備は進んだ。私はお姉様達と一緒に大鍋に六つの野菜たっぷりの具沢山のスープも作る。一般的な家庭の味で二種類、四つの鍋をお願いして、私の担当は二つ、一つは味噌汁、もう一つはトマトスープだ。どうしてもバーベキューとなると肉が主役、野菜不足になりがちなのでそれで補おうというわけだ。一応コンロの縁に渡せるように縦幅より長い串には肉と野菜を交互に刺すように見本を作って指示したのだけれど、どうみても肉の割合が多い。そんなんじゃ数が沢山作れないから足りなくなると困ると言ったところ、ランスが調達してきますと出掛け、森で二頭の大きな猪を穫ってきた。


 もう、好きにしてくれ。

 この世界の男の料理というものは所詮殆どこんなものだ。


 ガックリと肩を落とした私は余った野菜をお姉様方と一緒にスープにブチ込んだ。

 大量の串が着々と積み上がり、網焼き出来るようにザク切りした野菜も用意して、正直私の腹には一本でも充分そうな大きな串を一人頭三本と野菜を準備する。用意したエール二十樽の半分、十樽は荷馬車の中に隠して残りをセッティングした会場に等間隔に配置してもらう。様子を見つつ追加するが飲み過ぎで酔っ払い、子供に絡まれても困る。ゲイルに預けて余れば翌日以降にまた差し入れて貰えばいい。多分そんなに余ることはなさそうだけど。

 湖畔にスープのいい匂いが漂い始め、あと少しで用意した大量の全ての串も刺し終わる頃、遠くからガラガラと重い馬車を馬が引く音が聞こえてきた。


 来たっ!


 騎馬に乗った騎士を先頭に六台の乗合馬車のような大型馬車が続き、その後に大量の資材を積んだ荷馬車が、そしてそれを囲むように二十人ほどの騎士達が囲むんでいる。それを出迎えるために木陰で休んでいたフィアと連隊長が近づいて来た。

「なんとか予定通り到着したようだね」

 一日遅れたんだけどね。第二王子乱入のせいで。

 連隊長の言葉に一言ツッコミそうになったけれど、まあそれは黙っておこう。

 とりあえずは無事到着したわけだし、子供達は多少疲れてはいるようだけれども、まだまだ元気はありそうで安心した。お姉様方にもそれとなく子供達がここへ来ることになった事情を話してあるので温かく迎え入れてくれるのがありがたい。両親と帰る場所を無くした子達には彼女達の優しさはホッとすることだろう。

 降りて来た子供達を一列に並べて順番にコップに入ったさっぱりとしたフルーツジュースと蒸しパンが一個ずつ配られ、彼女達に誘導されて湖畔の草の上に腰を下ろして最初はおそるおそる口にしたものの、それの優しい甘さに夢中になって齧り付く子や、泣き出してしまう子もいた。見渡してみれば年齢は今の私ぐらいから上は十五歳前くらいだと思われる。男女比は四対六といったところ、比較的見目麗しい子供が多いのはへネイギスとその取り巻きの悪癖や欲望を満たすために集められたからというのもあるのだろう。親や大事な者を目の前で殺された者が六割、口減しのため安値で売り払われたのが三割、他、理由は様々。団長達が踏み込んだ時、連れ込み部屋のベッドの上に繋がれて服を剥ぎ取られていた子供も何人かいて、牢屋に繋がれて拷問を受けていた子供、へネイギスの寝室に閉じ込められていた子供やヤツの子飼いの部屋に素っ裸で鎖で繋がれ、傷だらけだった子供もいたそうだ。その中には抵抗することも生きることも諦めてしまった子もいて、まともに話も聞くこともできずにそのまま神殿に治療のために移された子供もいたということだ。本当になんて罪深いことをしてくれたものだ。

 今回連れて来たのは自分から行くと言った子達だけ、望むなら後日王都に戻って来て孤児院や神殿、教会に入ることもできると聞いて仕事をもらえるならと、とりあえずここの様子を見に来た感じの子供が多いようだ。

 列に並ぶ子供の数もまばらになり、準備もあらかた整ったので頼もしきお姉様方にパーティーに参加しながら子供達の様子を見てあげてくれないかお願いしたところ、彼女達はこれくらいで町を救ってもらった恩返しができるならお安い御用だと笑顔で答えてくれた。


「それに、これから一緒に働くことになるかもしれない子達だろ?」

「だったら困った時はお互い様さね。遠慮なく頼っておくれよ」

「そうそう、人生は諦めなきゃいくらでもやり直せるんだって人生の先輩が教えてやらなきゃねえ。こういう時、男っていうのは頼りにならないことが多いからね。任せておきなよ」


 全くもって魅力的で頼もしい方達だ。

 私はぺこりと頭を下げると笑顔でお礼を言う。

「ありがとうございます。頼りになる素敵なお姉様方に感謝します」

 すると彼女達はうっすらと紅く頬を染め、照れ隠しのように大声で笑った。

「素敵なお姉様方だってさ、御世辞も上手いとは小さくても流石貴族の坊ちゃまだねえ」

「私は御世辞は言いませんが?」

 ピタリと彼女達の乾いた笑いが止まる。

 見たところせいぜい一番上の御婦人でも三十半ばといったところだろう。

 前世の私の年齢よりもおそらく若い。

 ならばお姉様で問題ない。私は自分を囲む彼女達を見上げて言った。

「だって母様は別として、私より年上の方は全員お姉様でしょう? それに私は中身の話をしているのですから素敵で間違いないと思うのですが?」

 私のいきなりの協力依頼に嫌味の一つも言わないどころか進んで手伝い、子供達の体調にも気遣ってくれる。

「容姿が綺麗な方が好きな方もおられるでしょうが私はそれだけでは素敵だとは思いませんよ。顔というものはその人の歴史が出るものです。いくら美しくても私は綺麗なだけの人形を魅力的だとは感じません」

 人間に大事なのは中身だ。

「あ、お姉様方がお綺麗ではないといっているわけではないですからね、絶対。人にはそれぞれ好みというものがあるのですから外見の美しさというものは所詮顔の皮一枚だけの話で見る人によって評価は変わるでしょう? 実際、ニ人の兄様と私、兄弟三人とも好みのタイプも違いますしね」

 見て、感じる人によって価値の変わるものだと私は思う。

 好きになった相手が一番美しく見えるというのはそういうことだ。

「では申し訳ありませんがお手伝い、よろしくお願いします」

 もう一度ぺこりと頭を下げると私はパーティー開始準備が終わったことを伝えるために現場監督のダナンのもとへと向かった。その後をロイとイシュカがついてくる。


「貴方にあのような才能があるとは思いませんでしたよ」

 呆れたようなロイの言葉に私は首を傾げる。 

「私なんか変なことしたかな?」

「いえ、別に変なことではないのですが、随分と女性の扱いが御上手だと」

「別に普通だよね、思ったこと正直に言っただけだよ?」

 私はああいう優しくて温かい人達は好きだ。恋愛感情ではないけれど。

「天然ですか?」

 天然とはどういう意味だろう。

「いえ、わかっていないのならいいです。忘れて下さい」

 そう言ったわりにはその後吐いたロイのため息が随分深かった。

 意味がわからない。

 私はそんな問題行動は起こしていないはずだ、多分。

 後を振り返ると張り切って子供達の世話を焼いてくれているお姉様方の姿が目に入り、私はホッとして前を向いた。

 彼女達に任せておけばとりあえずは大丈夫そうだ。

 後は自分達のやりたいことを見つけて、ここに馴染んでくれればいいのだけれど。



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