第六十二話 豆台風来襲? 貸しはしっかり取り立てます。
警備の者を除き、屋敷にいるほぼ全員が玄関に身なりを整えて勢揃い。
二人の王子の出迎えとなった。
「ようこそお越し下さいました」
深くお辞儀をして頭を下げたまま父様が代表して歓迎の挨拶をする。
団長と数名の兵に護られた王子が一歩前に歩み出る。
「どうぞ頭をお上げ下さい。この度はこちら側の急な要請にも応え、配慮頂き、ありがとうございます。これから二カ月間という長い間お世話になりますがよろしくお願いします」
しっかりとした挨拶。こちらが第一王子か。
団長と、というか陛下と似た面差しに謁見の間で見た王妃様と同じ金髪とロイヤルブルーの瞳。そこはかとなく溢れる気品は間違いなく王族といった風情だ。ただ病弱と言われているだけあって線も細く、今にも真ん中辺りから折れそうだ。栄養が行き渡っていればさぞかし眩く輝くであろう金髪もくすみ、肌も青白くカサついている。
「もったいなきお言葉、恐縮で御座います。このような田舎にお見え頂き光栄で御座います。たいしたおもてなしもできませんがどうぞごゆっくりなさって下さいませ」
「全く、こんな田舎町、退屈で仕方なさそうだ。屋敷も見窄らしくて見るに耐えん」
父様の言葉に割り込んできたのは陛下と同じ紅い髪の生意気そうな小太り気味の子供。
これが第二王子か。
確かにこんなのが国王の座に就いたら国は即座に滅びそうだ。
勝手に押しかけて来ておいて何を言っている? ウチが気に入らなければとっとと帰ればいい、誰も馬鹿王子の来襲なぞ望んでいない。
「私が来てやっただけでもありがたく思うがよい。私は腹が減った、さっさと夕食にせんかっ」
「ミゲル、なんて失礼な物言いを。謝罪しなさいっ」
「何故私が下賎な者に謝らねばならない? 兄上こそ、その様に目下の者に容易く頭を下げては王族の恥、大概になされた方がよろしいのでは?」
「世話になる相手に感謝し、礼を言うのは当然のことだと父上もいつも言っておられるだろう」
「父上がおかしいのだ、目下の者が目上の者に尽くすのは当たり前のことであろう」
・・・・・。
頭の配線がブチ切れそうだ。
怒ってはいけない、ここで怒っては父様に迷惑がかかる。
握り締めた拳をプルプルと震わせながら私はグッと我慢する。
私はこういう権力馬鹿が一番嫌いだ。
頭の出来の良い悪い、ではない。人にはそれぞれ違った才能があるのだからそんなことは関係ない。ただ生まれた場所が、親が違うというだけで権力という名の暴力で人を見下し虐げる輩が私は大嫌いだ。
我慢、我慢、我慢だ。
忍耐力がとてつもなく鍛えられそうだ。
「いい加減にしろ、ミゲル。勝手について来ておいてその言い草はなんだ。気に食わなければ今すぐアインツと一緒に直ぐに王都に帰れ」
見かねた団長の言葉に益々第二王子がヒートアップする。
「叔父上、私は当然の事を口にしているだけだ。嗜められる理由はない」
「何度も言っているだろう。上に立つ者がそれでは付いて来る者はいずれ居なくなる。その時に後悔しても遅いのだ。目上も目下も関係ない、自分に力を貸してくれる者には相応の礼を尽くせ。
すまないな、伯爵。コイツはこの様に教育がなっていなくてな。なるべく早く王都に返す様に手配する。申し訳ないが暫くの間我慢してくれ」
頭を下げる団長に第二王子が反論する。
「我慢してやっているのは私の方だ。そんなに簡単に下賎な者に頭を下げるなど叔父上の方がおかしいのだ」
「いいからお前はもう黙っていろ。すまないが早めに夕食にしてもらえるか? 食事をさせたらコイツはさっさと部屋に押し込める」
腕の中に抱え込み、第二王子の口を塞ぐ団長。
その扱いに納得出来ないのか第二王子が団長の腕の中で暴れている。
そうそう、早くその馬鹿を早く引っ込めて欲しい。
私の忍耐がブチ切れる前に是非。
睨みつける私の視線に気がついたのか団長が強引に馬鹿王子を引き摺って行く。
「すみません、弟が御迷惑をお掛けします」
ぺこりと頭を下げて第一王子がその後を付いて行く。
その三人が玄関から消えたと同時に周囲にいた使用人達はどっと疲れたのか多くの者がその場にへたり込んだ。
あれは酷い。いや、酷いなんてものじゃない。最悪だ。
思わず襟首とっ捕まえて説教をかましそうになった。
いや、この体は六歳児、身長は向こうのほうが高い上に横幅でも負けている。襟首は掴めても上から説教かますのは難しそうだから正座でもさせなければ無理か。
しかし、あんなのの言葉をまともに聞く様な従者達が周りにいたらそれこそ無礼打ちの山を築きかねないから下手な者はお世話に付けられない。連隊長のため息の理由も頷けるというもの。アレが王座に就いたら私は即日クーデターを起こすか、翌日他国にみんなを連れて亡命しそうだ。馬鹿王子に支配されるくらいならこの国を乗っ取った方がマシなのではと思えるくらいには酷い。
とりあえず夕食後には隔離してくれるという団長の言葉を信じて今は手早く仕事を片付けるとしよう。私は急いで倉庫に戻って行った。
結局、下賤の者と一緒に食事はできないというので第二王子が客間で夕食を取ってくれたのは助かった。
父様や母様達と一緒に食事を取ったのは第一王子とその従者達、そして王子達の来訪を聞きつけて駆けつけてきた連隊長だ。私達は人数分のデザートを用意すると厨房へと運ぶ。
次々と順番に運ばれて行く料理。私はメイン料理が運ばれる前に用意したデザートを冷やすためにそっとガラスの器に触れて水魔法の冷気で少しだけ冷やし、それを皿の上に乗せた。
下賎な者と言うわりには作られた料理はしっかり平らげているようで空の皿が返ってきたのにはホッとした。これで気に入らないと皿を放り投げられようものなら私は怒鳴り込む自信があった。デザートまで運び終えると厨房の中にあった妙な緊張感はプツリと切れてみんなその場にしゃがみ込んでいたけれど。
とりあえず一難は去った。
こんな調子では第二王子の退場までみんなの気力や体力が持つかな?
「すみません、ハルト様。旦那様がお呼びですがよろしいでしょうか?」
執事のケイネルが厨房の中に私の姿を見つけ、声をかけてきた。
「今行くよ」
食卓に付かなかったから一応挨拶でもさせられるのだろう。私は掛けていたエプロンを外すとロイとイシュカを伴い、ケイネルの後を付いていく。
「旦那様、ハルスウェルト様をお連れ致しました」
「入れ」
軽くノックをして入室許可を求めたケイネルに父様の返事が返ってくる。
中にいたメイドの二人に扉を開かれ、私達はそこに足を踏み入れた。
私の姿を見て第一王子が椅子から立ち上がる。
立ち止まって軽く会釈をすると手招きをされ、父様の横に並ぶ。
「こちらが息子のハルスウェルトです。どうぞ御見知りおきを」
「初めまして、ハルスウェルト殿。私がこの国の第一王子、フィガロスティア・ラ・シルベスタと申します。先程は弟が失礼致しました。父、陛下から御活躍は予々聞き及んでおります。王都とそこに住まう民とその生活をお救い頂き、先ずは感謝を述べさせて下さい」
比べる相手が悪いかもしれないのだがこちらの第一王子は随分とまともだ。
「お役に立てたなら幸いで御座います。どうぞ私のことはハルトとお呼び下さい」
「そして先日はわざわざ手ずからの差し入れありがとうございました。とても美味しく頂きました。久しぶりでした。あの様に美味しいと思い、物を口にするのは。それでつい叔父に甘えてここまでのこのこと来てしまい、弟のあの様な振る舞いを許すことになってしまったこと、申し訳なく思っております」
「あれは貴方様の責任ではありません。どうぞお気になさらぬよう」
ちゃんと話が通じる相手であるのは間違いなさそうだ。やはりこれは第一王子にはなんとしても回復してあの傲慢で我儘な第二王子には失脚してもらわねばなるまい。
「陛下からはハルト殿は弟の様な者を毛嫌いしているという話を聞いておりましたが?」
うっ、そんなことまで知っているのか。
まあ隠すつもりもないけれど。
「ハッキリ言って頂いて結構ですよ。あれは私も我が弟ながら大変情け無く恥ずかしいと感じましたので」
「恐れながら嘘偽りなく申し上げさせて頂けるのであれば、私にとってあの様な御方は嫌悪の対象でしかありません。しかしながら、第二王子の為さった行動、発言や罪は当人である第二王子自身、もしくは彼の方をあの様にお育てした者が負うべきものであり、他者が肩代わりするものではありません。ですので貴方様の責任ではないと私は考えております」
あの第二王子なら主人の罪は下の者が被って当然と宣いそうだが。
あれはもう説教だけで矯正できるレベルを超えている。
話せばわかるという人もいるかもしれないがそれは相手に聞く耳があってこそ。言葉の通じない相手に会話が成立するはずもなく、道理が通るはずもない。しかも権力者、余計にタチが悪い。相手に理解してもらうまでの間にいったい何人の屍が積み上がることか。綺麗事が通じる相手ばかりではない。下手なことを言おうものなら侮辱発言と取られて切り捨てゴメンだ。なにせ自分達より下の身分の者を下賎と蔑んでいるのだから罪悪感などかけらも感じることなく命令を下すだろう。
大切な者を奪われて、それでも話せばわかるとその人は言えるだろうか?
権力を振り翳し、理不尽を突きつけられ、それでも同じことを言えるだろうか?
綺麗事というものはある程度の平和と秩序が成り立っている世界でこそ通用するもの。
今私の生きているこの世界の道理ではない。
私の歯に衣を着せぬ物言いに隣で父様が顔色を悪くさせていたが、無礼だと言われるならお叱りは当然自分が受ける。たとえ子供であるにしてもあの第二王子の言動は容認していいものではない。
独裁を許してしまえば待つのは破滅。
私は背筋をピンと張ったまま前を向く。
たとえ王族であっても駄目なものは駄目だ。
私の揺らぎない態度に王子は目を見開いた後、クスクスと笑い出した。
「なるほど、叔父上の仰っていた通りの御人で在らせられるようですね」
なんとなく嫌な予感がしないでもないのだが。
「団長はなんと?」
「差別や権力に阿る事を嫌い、身分に関係なくその者の人となりを判断する方だと。自分が納得出来ないのであれば目の上の者にも意見し、自身の身を危険に晒してでも周囲の者を守ろうとする豪胆な方だと」
う〜ん、随分と好意的に解釈されている。
単に私が正当な理由なく上から押さえつけようとする輩が嫌いなだけなのだが。
正義感などという綺麗で立派なものでは決してない。
だってそれはイジメだろう?
それだけには私は屈するわけにはいかない。
そして私は豪胆なのではなく図太いというのが正しい。
「過分な評価、恐れ入ります」
「私はあの様な弟を王座に就ける訳には参りません。それは我が父、陛下と共通の認識です。私はなんとしても回復せねばなりません。叔父が貴方に頼んで下さるということでしたがこれは私自身の問題、なれば私がお願いするのが筋というもの」
王子であっても命令するでもなく自ら願い出るとは。
あの馬鹿王子とは天と地ほどの開きがある。しかしながらはいと簡単に頷く訳にはいかない。私の周りは平民が圧倒的に多い。寄るな無礼な、では困るのだ。
「一つお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。私がお答え出来ることでしたら」
「平民をどう思われますか?」
身分差など知ったことではない。
納得できないのなら従うつもりもないし、以後王族とも関わるつもりなどない。
王子は少しの間も空けることなく痩せ細った体をピンと張り、応えた。
「国を支えてくれる大事な宝だと思っています。我々王族、貴族達の生活は彼等あってのもの。しかしながら我々は平和と秩序を保つために彼等に慕われると同時に恐れ、敬われる存在でなくてはならない。己の一挙手一投足に何千、何万という民の命がかかっているという重い責を負わなければならないのだと、そう思っています」
この人はちゃんと理解しているのだ。
自分が陛下の後を継いだ後、背負わなければならないものの重大さに。
張り詰めた威厳とも言うべき覚悟は齢十歳にして恐れ入る。
「私は自分のテリトリーでは全ての人を平等に扱っています。それは団長や連隊長であってもです。私は私の大事な者を蔑み、虐げ、下に置くことを許しません」
「知っています。叔父上に聞いていますから。勿論それで構いません。しかしながら情け無いことに私は最近、自分の感情を抑えられなくなる場合があります。もし私が貴方の大切な者を理由なく傷つける様なことをしそうになったのなら摘み出して頂いて結構。罪に問うことも致しません。それは私の弟に対しても同じです。もし弟が御迷惑をかけるようであれば遠慮なく叩き出して下さい。私の責任において全て許可致します。お疑いのようなら念書でも御書き致しますよ」
にっこり笑って言われた念書という言葉にぐっと息を詰まらせる。
「団長から聞いたのですか?」
「はい、面と向かってあの様な事を言われたのは初めてだと、とても楽しそうに話していましたよ。最近叔父上から聞くのは貴方の話ばかりですから」
いったい何を話しているのやら、聞くのが怖い気もする。
「私は貴方のしていることにとても興味があります。父にも是非貴方の日頃の生活を見学、参考にしてくるようにと言われています。貴方には人を惹きつけ、動かす力があるからと。ですのでここにいる間は王子ではなくフィアと呼び、貴方の友人として扱って下さい。貴方には貴方の仕事があることも承知しておりますので私を優先して頂く必要もありません。ただ、できれば貴方の行く先々に私をお連れ頂きたい。勿論仕事上での理由で無理である場所や迷惑をおかけするようなところまで立ち入ることは致しません。それは父からも従者や護衛に徹底されていますので御遠慮なく。
私に力を貸して頂けますでしょうか?」
ここまで言われて引き受けない道理はない。
もとより第一王子の体調回復、食生活の改善は計画していたのだから。
「私に出来る事でしたら、喜んでお力になりたいと存じます」
私は深く頭を下げ、それを了承した。
王族でありながら協力を取り付けるために下の者に頭を下げることも厭わないのは尊敬すべきだ。
この方は多分知っているのだろう。
命令では心まで従わせることなどできないことを。
心なき忠誠など脆いものだということを。
私が倉庫に戻ると、そこには団長と連隊長が待っていた。
そして私の顔を見るなり二人して頭を下げてきた。
「本当にすまんっ、迷惑をかけた」
ガタイのいい二人が入口に立つと随分ここも狭く感じる。
私はその様子を見て苦笑した。二人の責任でもないであろうに。
「それはもう良いですよ、王子に直接謝って頂きましたし。謝罪は父様に。足りない客室の手配に苦労なさっておいででしたから」
「しかし貴方にも部屋の移動など迷惑をかけたと使いの者に」
連隊長が言いかけた言葉を遮って続ける。
「ああ、それはもう済んだことですから。私は暫く後にはここを出る予定でしたし、それが少しだけ早くなっただけのこと。団長が約束を破ったわけではないのも聞きましたし」
「しかし結果的には」
「ですから済んだことです。これはお二人への貸しということにしておきます。それよりも団長は食事はお済みになりましたか?」
「いや、まだだが」
だと思った。あの第二王子のお守りは想像以上に大変そうだし。
反省と謝罪の意思のある二人をこれ以上責める気もない。
「私達はまだこれからなのでよろしければ御一緒にどうぞ。連隊長も足りないようでしたらお食べになりますか? 今日は忙しかったので簡単なものではありますけど」
本日のメニューはフライパンを使ったジャガイモと法蓮草とソーセージの手抜きグラタン風とキャベツと鶏肉のガーリック炒め、ミモザサラダ。いつものように先にキール達の分を避けてからグラタン以外は大皿に盛り付けて取り皿と一緒にドンッと座卓の上に置く。マルビス、イシュカ、テスラがテーブルの前に座ると夕飯の匂いを嗅ぎつけてきたガイがひょっこりと顔を出す。人数分の冷やしておいたお茶を注いでロイが持ってきてくれる。いつものようにマルビスの横に空けられたスペースにロイと私が座ると団長と連隊長が顔を見合わせておずおずと座る。
明日からはここに第一王子、フィアが加わることになる。
どうやって野菜を沢山摂らせるべきか。
沢山の果物とハチミツで甘くした野菜ジュースは定番として、微塵切りにしてスープでじっくりとコトコト煮込んで栄養が染み出すように仕上げるか、たっぷりのトマトで煮込んだロールキャベツなんてのもいいだろう。後は野菜をハムと一緒にクレープで巻いてマヨネーズかタルタルソースで味付けたりするのも目先が変わって食べられるようになるかもしれない。もともと食べられないってほど酷くもなかったみたいだし、ウチの領地の新鮮で甘い野菜をまずは食べさせてみて様子を見るのもいいかも。
まずはそれも脇に置いて、確認しなければならないのは子供達の到着予定とその数だ。
食卓を囲みながらマルビスがその話を切り出した。
連れてきた子供、総勢百十七名と資材、その他はやはり途中でストップしているらしい。
第二王子が合流してきたのはレイオット領の街を抜け、検問所手前の小さな町で昼食を取るための休憩をしようとした時だったということだ。
人数が人数なので食料を運搬するのも厳しいのでレイオット領の協力を仰ぎ、現地調達出来る場所で休憩や休息を取りながら二日かけて進んできたそうだ。子供の体力と王子の体調も考慮しつつ無理することのない進行速度を保ち、今日の夕方到着を目指していた。ところが第二王子の合流によってそれは大幅に狂うことになった。そもそも微妙な勢力図で均衡が保たれている上に、王子という立場は場合によっては暗殺を企てられないとも限らない。子供達を隠れ蓑にお忍びに近い形で進んでいたにも関わらず、ド派手な王族仕様の馬車で合流されては全て台無し。しかも大量に連れた平民の子供相手に何をしでかすかわからない馬鹿王子の御登場に団長達は慌てた。殺気があれば気付けたであろう団長も、ただ食い意地の張っただけの第二王子の気配まではわからなかったようだ。
とり急ぎ陛下とレイオット侯爵閣下とウチに遣いを一名づつ早急に飛ばし、レイオット領に協力してもらい、子供達の保護を頼んだ。そして明日、早朝ここを出立し、子供達の護衛と資材の運搬に戻るそうだ。幸いにも今ウチにはこの国最強の双璧と呼ばれる二人がここにいる。その間、団長と連隊長が二人の王子の護衛をそれぞれ請け負うことにした。
子供達は明日、検問所を抜けたところで資材運搬班と分かれて森とウチに向かう予定だそうだ。
「団長、それならば子供達を直接森に送り届けることは可能ですか?」
それを聞いてマルビスがすかさずお願いする。
レイオット領からくるのならこちらに来るより直接行ってもらった方が早い。
結局前回子供達を受け入れる場所も決まっていなかったためこちらに連れてきてもらう予定だったのだが、予想以上に建築スピードが早く進んでいるので屋敷や生産拠点が向こうになるので今後のことも考えて、こちらに移ってすぐにまた引っ越しでは落ち着かないだろうと向こうで生活してもらうことにしたのだ。
暫くのんびりさせてあげた上で本人の希望と適性を見極めつつ、それに見合った仕事に就いてもらうために教育を施した後に働いてもらおうと思っている。順次働き先が決まり次第入寮をと考えている。
マルビスの問いに団長は頷いて応える。
「無論可能だ。むしろ護衛を分散させなくてよいだけこちらに警護も残せるのでこちらとしては助かる」
「ではそちらへ。子供達の寝床は向こうに確保していますので私達は早朝、予定より人数が多いので足りない人数分の布団や食料を調達してこちらから向かいます」
用意しているのは百組だけだから確かに足りない。
建設現場の方にも数日中に大人数の子供が引っ越ししてくるのは連絡してあるけれど仕事場に子供が彷徨くと邪魔に思う者もいるかもしれない。多少なりとも彼等の御機嫌取りをしておく方が摩擦も少なくなりそうだ。
「マルビス、悪いけどまた職人達に差し入れるエールはすぐに手配出来る?」
「おそらく」
「じゃあ明日、子供達の食糧や水、飲み物と一緒に持って行こう。これから暫く彼等の目の届くところで生活することになるなら彼らの印象を良くしておいて損はないし。後は野外コンロの在庫はどのくらいある?」
「そうですね、百台ほどくらいなら」
職人達が全部で三百人弱、子供が百人強、一台を十人くらいで使うとして、
「じゃあそこから四十台引っ張ってきて。明日、職人交えて歓迎の意味も込めてバーベキューパーティーにしよう。交流が少しでもあれば何か問題が起きても和解しやすいだろうし」
「そうですね、それは良いかもしれません」
独身寮にいる厨房職員にも手伝ってもらうとして、子供達の到着が昼過ぎあたり。
早朝から私達もここを出れば準備は充分間に合うはず。
朝市で仕入れて速攻向かって、マルビスにはすぐに揃えられないものを揃えてから追いかけてきてもらえばいい。
「あ、でも子供達、道中疲れているなら先に休ませた方がいいかな」
色々考えたものの、その点に気づいてまた考え直そうとするとガイが口を開く。
「確かに疲れているとは思うが俺は悪くない手だと思うぜ? 自分達がどうなるのか不安を抱えているヤツだっているだろ? そこで自分は歓迎されているのだと知ることが出来るのと、不安なまま部屋に押し込められるのとじゃ気分が違う。たとえ、疲れてろくに物が食えなかったとしてもな」
「そうですね、俺もそう思いますよ。調子の悪い子供には椅子や草の上に座らせて運んであげればいいでしょう。あそこは空気も眺めも良いですからね。気分も変われば元気の出る子供もいるでしょう」
テスラが続けて意見を述べた。
それもそうだ。体より心の病の方が治すのに厄介なことが多い。
食事を急いで終わらせてマルビスが立ち上がる。
「では私は早速エールの手配に。今日中に揃えられそうなものは先に揃えてきます」
「じゃあ俺は今から野菜や肉を刺す串を少し削っておきます、ガイも手伝えよ」
「しょうがねえ。それくらいなら手伝ってやるよ」
続けてテスラがガイを誘い、立ち上がる。
「私もお手伝いします」
「では私はタレの準備を」
イシュカがガイを追い立ち上がり、テーブルの上をロイが片付けながらキッチンに向かう。
食器をそのままにしておけばキールが皿洗いをしてくれる。
忙しくて手が回らない時はイシュカがやってくれることもある。
最早これは定番、手の空いている者が進んで自分の出来る仕事をする。
勿論それは私も含まれている。誰がやらなければならないという決まりはない。
この場合は私もロイと一緒にタレ作りが妥当だろう。
私はまだ机の上に残っている皿を手にキッチンへ向かう。
「どうかしましたか?」
ジッと見ている団長と連隊長の視線に気がついて私は手を止めた。
「いや、その、随分決断と手配、分担、手際と行動が早いなと、感心している」
「こういうのは勢いも大事でしょう? ウチは得意分野も別れてますしね」
振り分けは早い、というより働かざる者食うべからずを徹底しているので仕事が舞い込むと自然と苦手な仕事を押し付けられる前にみんな自分の出来る仕事を順番に取って行き、残ったものをなんでもそこそこに器用にこなすロイと適当に片付ける私が担当する。食事を抜くことはしないがオヤツをよく作る私が足りない場合、それを理由に分けないことがあるのも理由の一つだろう。特になんでも手を抜きがちなガイが動いてくれるのも甘いオヤツが目当てと見て間違いない。顔に似合わず結構な甘党なのだ。おそらくまだ簡易冷蔵庫に余っている来客用に作ったプリンが目当てだろう。
「お二人とも手が空いているなら食器を運んで頂けます?」
座ったまま動こうとしない二人に向かって私がそう言うと揃って腰を上げ、各々皿を手にキッチンまでやってくると流し台に皿を置いてくれた。暫くするとまだ片付いていない食器を見てキールが袖を捲り洗い始める。
その様子を見ていた団長が感心したように口を開く。
「なるほど、これは陛下が王子にお前の行動や生活を間近で見て来いと言ったのにも納得した」
「陛下、そんなこと仰っていたの? 別にたいしたことしてないはずだけど」
「そうだな、確かにたいしたことではない。だがそれは人を動かす上で重要なことだ」
まあ私は頑張った人にはそれなりに御褒美があって然るべきだと思っているし、仕事によって多少の差異はあってもそれなりに仕事は平等に振るべきだと思っている。
実際のところはロイと、特にマルビスに負担が偏っている気がしないでもないけど。
「お前は自分に足りないものをよく理解して実に上手く人を動かしている」
足りないところというより足りないところだらけなんですけど?
だからみんなに助けてもらっているのだ。
「貴方はまさに人の上に立つ器だということですよ」
ちょっと待って、何言ってるんですかっ? 連隊長っ!
「無理無理無理。私が出来ることはそんなに沢山ないものっ」
絶対無理っ、リゾート企画責任者だってお飾りみたいなものなんだから。
「上に立つ者に求められるのは万能であることではなく、人に好かれる資質を持ち、信じて任せられる部下を如何に沢山持つことができるかですよ。足りないところはそれを補ってくれる、信頼出来る者が側にいれば何も問題ないのですから」
確かにその理屈でいうならあながち間違いでもないかもしれないが、どう考えても無理がある。私は穴だらけのポンコツ故に自分にできないことを代わりにやってもらえる人を探し、それがたまたまみんな優秀で頼りになるものだから自分は好きなことやって後は丸投げしているだけだろう?
そりゃあタダメシ食いを私が認めていない以上、自分が動かなくては説得力に欠けるから動いているのであって、後は舞い込んでくる無理難題を避けられないからみんなに助けてもらいながら解決してきただけだ。
「過剰な評価は止めてくださいといつも言っているでしょう?」
期待されても私には応えられる力も才能も生憎持ち合わせていないのだ。
過大評価されて厄介ごとを押し付けられるのは勘弁だ。
「それよりお二人は王子達の護衛に戻らなくて良いのですか?」
「大丈夫ですよ、専属の護衛も付いておりますし」
「俺はミゲルの部屋の扉にカンヌキ掛けて来たから問題ない。王宮でアイツに逆らえるヤツは多くないからな。俺まで甘やかしてはアイツのタメにならん」
・・・一応は団長も考えているわけか。
それもそうか。あまり功を奏しているようではないけれど。
まあそれなら、
「ではお二人もお時間が空いているということですよね、ではこの度の貸しは労働で返して頂きましょう。是非、お手伝い下さい」
手が空いているというのなら猫の手も借りたい状況なのだし、明日のパーティー合計人数は実に四百人超え、串は何本あっても無駄にはならない。タダメシ食いの二人への貸しはついでにここで返してもらうとしよう。
仮にも国の双璧と呼ばれる二人なら、世の中そんなに甘くないことはよく御存知のはずですよね?