第五十九話 賭けて欲しいのは命ではありません。
団長が王都に戻る朝、かなり早起きしてロイと一緒にみんなの朝食を用意しながら王都に持って行ってもらうものの準備をした。ニ、三日なら問題ないが長期間保存できるものではないので当日用意した方がいいと思ったからだ。
野菜チップスも湿気てしまえば美味しさも半減してしまう。
金属製の缶に乾いた布を二重に敷き、更に大判の紙を三重に敷いて包み込む。
野菜入りの蒸しパンも上手くできた。
早朝取りに来た団長をガイ以外の全員で出迎え、眠い目を擦りつつ、念の為、間違いなく毒が入っていないことを確認してもらってから蓋を閉じ、更に上から布で包んで渡した。
こちらから頼んでいることも幾つかある以上お見送りすべきだろう。
「出来れば今日明日中にお召し上がりください。早い方が美味しいはずです。
ただどちらも以前私を運んだようなスピードでは潰れてしまいますのでお気をつけ下さい」
早く早くと気が急いてもうスピードで駆け抜けられでもすれば蒸しパンはペッチャンコ、カリッと上げた野菜チップは粉々、形もわからなくなっているだろう。それでは意味もない。
「すまない、恩にきる。いつかこの借りは必ず返す」
「団長には返してもらっていない借りもありますからそのうち利子つけて返して頂きますよ」
私がそう言うと団長は笑ってそうしてくれと言った。
そしてそのまま去ろうとする団長をマルビスが引き留め、一通の封筒を手渡す。
「御依頼頂いていた見積もできております。どうぞこちらをお持ちになって御検討して下さい」
「忙しいところ済まないな」
「いえ、それが私の仕事ですから。
それと、こちらもよろしければ王妃様達のお土産としてお持ち下さい。三日ほど前に商業登録を提出したばかりの今後のウチの一押し新商品です。お気に召して頂ければ幸いでございます」
マルビスの言葉にテスラが一歩歩み出て、持っていた小さな小箱を開ける。
入っていたのはガラスビーズで出来た花の形に整えられた色鮮やかなブローチ。
「美しいな、これは」
因みにキールが作った物だ。
予想通りというか案の定と言おうか、私が幾つか見本で作ると二日もしないうちにアッサリと真似するどころかアレンジまでこなされて私は立つ瀬がなかった。
前世での私の一番の趣味だったのに、気分は複雑だ。
所詮凡人は凡人なのだと改めて思い知らされてしまった。
意外なことに思いつきでやらせてみたイシュカも結構綺麗に作ったのだ。手先が器用で頭が良かったから多分出来るだろうなと思っていたけれど基本的大雑把な私と違って丁寧に作るので出来上がりは言わずもがなである。
落ち込んだ私にイシュカとキールの慰めの言葉が届いたが余計惨めになるだけだったので気にしないように二人に笑いかけて気分を切り替え、せっせと晩御飯の支度を始めた。人には向き不向きがあるし、好きなことで簡単に一番になれるわけではない。きっと私には私にしか出来ないこともあるはずだ。
あるよね、きっと。
多分。
絶対あって欲しい。
「ガラス玉を利用した細工物です。室内の灯りもさることながら、陽の下でより輝く品で御座います。
まだこの王国内の女性誰一人としてお持ち頂いていないものですのでお目の高い王妃様達には是非先駆けてお届けしたいと思い、取り急ぎ用意しました」
隣でセールスポイントをすかさずアピールするマルビスの横で私は若干まだショックを引きずりつつも笑った。こんなことで周りに気を使わせちゃいけない。今みんな忙しいんだし、私は私に出来る仕事をやらなければ。
足手纏いだけにはなりたくない。
「必ず届けよう。
いきなり押しかけてきた上に土産まで頂いて申し訳ない。一週間後、また邪魔することになると思うが、手間をかけて済まない。伯爵にも世話をかける」
父様に頭を下げて団長が礼を言う。
「いえ、私はほとんど何もしておりませんよ。礼は息子、ハルスウェルトに言ってやってください」
「無論だ。ハルト、頼まれた件については間違いなく手配する。
これくらいのことで恩が返し切れるとは思っていないが今後とも世話をかけることとなろうがよろしく頼む」
今後ともってどういうこと?
「すごくその言い方に嫌な予感がするのは私の気のせいでしょうか?」
頼んだのはグラスフィート領では手に入りにくい品々の手配と移動人員の護衛、そして王都周辺に住んでいる先日の警備、護衛人員の合格通知の手紙。昨晩遅くに帰宅したガイの調査結果をもとにロイやイシュカ、マルビスが選んだのは全部で十九名。寮や屋敷の完成も早くなりそうなので結局問題のなさそうな人達は全て雇うことになった。
なんにせよ、これ以上いろんなことに振り回されたくないので団長のその事あるごとに巻き込む気満々の言い方がすごく気になって顔を顰めると団長が豪快に笑う。
「多分気のせいではないだろうな。
ではイシュカ、引き続き護衛の方は頼んだぞ」
「私の命に代えましても」
その言葉に安心したのか団長は頷いて馬上の人となり、交代人員を引き連れ、王都へと帰って行った。
一週間後にはへネイギスに人生を踏み躙られた子供達もやってくる。
ここから新たな人生がスタートできるといいのだけれど。
私達は団長達を姿が見えなくなるまで見送った後、倉庫に戻るために踵を返す。
既に朝食はできている、後は盛り付けるだけだ。
今日も忙しい一日の始まりだ。
昨日まで王国中をまさしく走り回ってくれたガイは疲れたのか昨日報告が済むと糸が切れたようにそのまま倉庫のラグの上でイビキをかいて眠り始めた。イシュカは文句を言いつつもガイに毛布を掛けてそのまま寝かせてあげていた。
普段は怠けているようにも見えるけどガイはここにいる時はだいたい私の側にいてくれる。眠っているように見えて実はイシュカよりも人の気配に敏感だ。理由を聞いたがなんとなく、という曖昧な答えが返ってきた。本当に動物みたいだ。
ガイは見知った人間以外の気配が近づくとパチッと目を開ける。
するとイシュカがそれに気づいて警戒する。
この二人は結構いいコンビなのではないかと思う。
二人にそう伝えた時、同時にすごく嫌そうな顔をしたけれど。
お腹が空いたと駆け出す者もいる中で私はとりわけゆっくり歩いた。
私のすぐ側にいるのは今はロイとイシュカだけだ。
みんなと合流する前にイシュカに言っておきたいことがあったので、すぐに向かうと伝え、先に倉庫に行ってもらい、私はイシュカに向き直った。
「ねえ、イシュカ。言っておくけど命に代えましてもっていうのはやめてよね」
いきなり言われたことに面くらったのかイシュカの表情が固まった。
だけどこれだけは絶対守ってもらわなければ困るのだ。
「私を守るつもりなら必ず何があっても必ず生き残って」
よくイシュカは傷一つ負わせませんとか言ってくれる。
普通の女の子ならイケメン騎士のそんなシチュエーション、夢に見るようなものなのだろうけど私はそんなことを望んでいない。
「何故ですか?」
納得できない様子で聞き返してくる。
魔法である程度治せるっていうのもあるけれど、勿論理由はそれだけではない。
私が多少の傷を負ったところで問題などない。
女の子なら嫁入り前の、とでもいうのだろうけど現在の私はまごうことなき男、そんなもの気になどしない。
もっとも女であったとしても私は多分気にしないだろうけど。
「それはね、無責任って言うんだよ」
ますます意味がわからないという顔のイシュカが聞き返してくる。
「無責任、ですか?」
「そうだよ。だってそんな事態に陥るってことは多分私の周りに私を守ってくれる人が誰もいない可能性が大きいってことでしょう?
私の側にいてくれる人の中でイシュカは一番強いんだからイシュカが死んでしまったら私を守ってくれる人は誰もいない確率が高い」
勿論、そんな状況に陥らないために最善は尽くすつもりだけど。
「私はイシュカやガイには敵わないかもしれないけど、それなりには強いと思うよ。
だから命を賭ける前に苦境に立たされたなら私を頼って。一人では勝てない敵も力を合わせれば勝てるかもしれないでしょう?
全てを一人で背負い込まないと約束して」
「それでは護衛の意味がないのでは・・・」
「あるよ。だって二人いることで一人で勝てない相手に勝てるなら充分に側にいてくれる意味はあるでしょう?
それに誰かが側にいてくれるって凄く心強いよ。
だから必ずみっともなくてもいいから必ず生き残るって約束して。カッコいい死に様なんていらないから。わかった?」
「はい・・・」
私がそう強く言うとまだ納得していないらしいイシュカの返事が返ってきた。
どう言えば私の言いたいことが伝わるだろう。
私は人に言葉で伝えることが苦手だ。
でも伝えることを諦めたらそれでお終いなのも知っている。
どうでもいいことならまあいいやで済ませるけど、これはそれで済ませちゃいけないことだ。
私は少し悩んだ後、言葉を続けた。
「私はイシュカがいなくなったらすごく寂しいんだから。本当に守るというのなら心まで守ってくれなくちゃ。
絶対死なれたりなんかしたら困るんだからね」
「私がいなくなったら寂しいんですか?」
その意外そうな言葉の意味がわからない。
「なに当たり前のこと言ってるの?」
「貴方の側にはロイやマルビス、ガイやテスラ、キール、他にも大勢の者がいるでしょう?」
そりゃあみんなが側にいてくれるのは充分幸せなことだとは思うけど。
「イシュカはイシュカ、誰もイシュカの代わりなんてできないんだから。
イシュカが私の側にいてくれるのはただの任務かもしれないけど、任期が終わって団に帰った後、もし私が病気や事故とかで死んだとしてイシュカは団長や他のみんながいてくれるからまあいいやって思うの?」
「そんなことあるはずがありませんっ」
即座の否定にホッとする。
「そう、良かった。じゃあ私の言ってることの意味もわかってくれるでしょ?」
にっこりと笑って尋ねるとイシュカは私を真っ直ぐに見つめ返し、少しだけ間を空け、納得したのか綺麗に笑った。
その笑顔がいつもと違って見えて私は少しだけドキッとする。
表情が変わった?
気のせいかな?
まあどういう心境の変化なのかまではわからないけど伝えたい言葉が正しく伝わったならそれで充分だ。
イシュカは凛とした強い光を宿した瞳で右手を心臓の位置に添え、
「私は必ず貴方を守り抜き、絶対に自分も生き残ってみせると改めてここに誓います」
と、そう言ってくれた。
私はイシュカに手を伸ばし空いた左手を繋いで横に並ぶ。
「うん、約束。信じるからね、イシュカ」
「はい、約束です」
こんなふうに簡単に誰かと手を繋いで歩けるのも後数年かな?
子供というのはある意味便利だ。
下心はないけれど大人なら相手の許可なしに手を繋いだりしたら前世で言うところの痴漢、セクハラ、パワハラだ。でも、触れたところから伝わる何かがあるのではないかと思うのだ。
嫌がられれば勿論止めるよ? 当然だ。
でもしっかり握り返された手は強い、でも労わるように優しい力だった。
「さあ朝御飯にしよう。大人数での食事も後少し。寮が出来ればマルビスを除いて開発部門以外の商業部門メンバーは移動するからね」
「寂しいですか?」
「少しね。でもちょっとだけホッとしてもいるよ。流石にこの人数は狭いし暑苦しいからね。夏本番前に完成しそうで良かったよ。これだけは陛下に感謝かな」
散々色々と巻き込んでくれたので、いや、自分から巻き込まれに行ったのか?
その辺の細かいことは気にしない。
助けてもらっているのも確かだし、御礼くらいは言わないといけないかな?
「屋敷の方も既に取り掛かり始めているんですよね?」
「一か月半くらいで完成予定だって。流石、人数多いと早いよね」
この世界の建築日数は驚くほど早い。
勿論魔法による掘削や強化魔法を使っての資材運び、その他諸々ある生活魔法と言うべき魔法のおかげでもあるのだろうけど。
「資材の加工も国内各地で早急に行われていますから余計にでしょう。建設で時間がかかるのは組立よりも資材確保とその加工ですから」
なるほど、それもあるわけか。
毎日のように他領から運ばれてくる大量の資材。
短期間とは言え我がグラスフィート領の人口は俄かに増加中。
ここの国は基本的に領地間の庶民の移動に制限はない。
領地を持たない貴族の移動も王家に了承を得れば認められている。
即ち領主の統治の腕次第で領民は増えもすれば減りもする。
数年前の干ばつで若干減ってしまった人口も少しは回復するといいなあと思いつつ、私はイシュカと一緒に倉庫に向かった。
みんなで食卓を囲みながら、とはいえ座卓には並びきらないので備え付けの椅子とテーブル、床の上、ところ狭しとひしめきあっているこの光景も残すところ数日、カウントダウンが始まっている。
別に永劫の別れでもないし、屋敷が完成すれば私も移動するので一緒に食事をしようと思うならこの先も可能だ。深く考える必要も、感慨に耽ることもない。大量の夕食作りから解放されると思えばありがたいくらいだ。
「そういえば寮って収容人数どのくらいなの? 結構人数増えてきているけど足りるのかな」
いきなり十数名が移動して、この後も変更や辞退がない限り、十九人の警護、護衛人員がやってくる。その上、子供達も結構な人数がやってくる筈だし、残りの家族持ちの人達の移動もある。
その辺のところは私ではわからないので建築の変更はマルビスとゲイルにお願いしてある。
側近認定の、所謂エメラルド持ちとその候補人員は屋敷内に住んでもらうつもりでいるので定員数にカウントする必要ないし、王室から送られたともいうべき建築物の規模に目眩がしたので寮一室辺りの大きさを考えた上での設定はお任せだ。これで予算が自分持ちならもう少し考えたかもしれないが増える分なら問題ない。私がつけた条件は狭すぎない一人部屋が用意できるならということだけ。色々あって忘れていたとも言えるが私が下手に口出すより二人に任せておいた方が間違いない。
「当初の予定は一棟三十人程度でしたからね。ですが心配ありませんよ、王都の職人達が建てているのは全て完成すれば総勢二百名近い収容可能の規模になりますので」
・・・さすが、王家御用達。規模が違う。
当初の予定定員数のほぼ三倍。
考えてみれば魔獣討伐部隊本部の寮もそのくらいの規模の建物が三棟建っていたっけ。あれが王都の基準なのだろう。足りないよりは余るくらいの方がいいから問題ない。
「もうすぐ完成予定のものは四階建ての百名ほど収容できる独身男子寮になります。もう一棟の三階以上は男子禁制の女性寮にして、二階は家族持ちの居住区にしようと考えています。一階部分はどちらも食堂と厨房などの共有スペースになります。
先日商業登録した折り畳み式のベッドは各部屋に完成次第運び込んでおりますので今日にも王都からの騎士団の方々は移動してこられると思います。例の調査が終わるまではお貸しする約束でしたから四階部分を使用して頂くつもりです。
食事は一緒にして揉め事になるのも困りますので一階には大食堂の他に個人で使用できるものを別に用意しましたので騎士団の方々はとりあえずそちらを利用して頂くことにしました」
そうして区別しておいた方が確かに問題ないだろう。
平民よりも下の階に住むのは貴族出身の騎士達も嫌がるだろうし、同じ食卓を囲むのも嫌うだろう。真ん中両側に階段があるので左右でとりあえず共有スペースを区切ることにしたということだ。
しかし意外だったのは女子寮の多さだ。
店舗や宿泊施設、アスレチックの修理、点検、増設、警備などで力仕事が多いので殆ど男まみれの職場になるのではないかと思っていたのだ。
「女子寮ってそんなに欲しいの?」
「ええ、商品の多くは女性の多くが得意とする作業が多いので。
大きく確保した庭部分に二棟の作業場を作り、二階で裁縫や細かい細工物を、一階は食品加工や調理を、町に募集をかけたところ三十名ほど集まりましたので寮完成までは町からの送迎で対応して寮が完成次第希望者を募りますが既に八名程が希望しております。
順次仕事が決まり次第募集をかけていきますのでむしろ将来的には足りなくなる可能性が大きいかと。まだ決定ではありませんので他に何か良い案があれば是非お伺いしたいのですが」
聞けば納得だ。ウチは商業登録商品も多いし、秘密にしておきたいこともある。ならば人手が集まるなら全部ここで作ってしまおうということか。
「それでいいよ。一点だけ改造してもらえれば。女子寮と家族寮の出入り口は分けてどちらかに行く時は必ず一度建物の外に出なければならないようにしてくれる?」
昔よく聞いていた大会社の社員寮に住んでいた友達の話であったのだ。
調子に乗った男達が女子寮に忍び込んで悪さをしようとして捕まったり、風呂を覗こうとしてバレてクビになったりと、色々噂があったらしい。ある程度法で守られたり、罰せられる世の中ならまだいいがこの世界はまだ男尊女卑の風潮が強い。身分差があれば尚更泣き寝入りしなければならないケースが殆どだ。
「家族寮に遊びに来た名目で女子寮に入り込もうとする不届者が絶対出入りできないようにしないと。
何かあってからじゃ遅いからね。送迎馬車も男女別にして。女性が乱暴されて傷つくようなことは絶対避けて。
寮則は厳しくしておいてね、特に男子寮。宴会したり、多少喧嘩したりするくらいは構わないけどそういう事は一発退場くらいにしておかないと何をやっても許されると思われちゃ困るから。恋愛禁止とか言うんじゃなくて暴力にモノをいわせるようなことや女性をいたずらに傷つけるようなことは絶対許しちゃダメ。一回許せば次も許さなければならなくなるから。後はマルビスやゲイルの好きにしていいよ」
まだまだ自由恋愛が許された世界じゃない。
そういうことのあった女性はキズモノ扱いされがちだ。
「承知しました」
にこりと笑って二人は大きく頷いた。
その人が欲しいと思うなら正々堂々自分の魅力と誠意で口説くべきだ。
楽をすることを許してはいけない。
そんな不届者がいたら私自ら成敗してくれよう。
キツイお仕置きと大金の慰謝料支払わせて叩き出してやるんだから。