第五十八話 忙しいのは良いことです? いいえ、それは限度を超えない場合限定です。
団長達はその日はイシュカと私の言葉に納得して帰って行った。
ここで重要なのはあくまでも『その日は』、である。
何故そんな言い方をするのかと言えば、翌日から二人は報告と称して私達が昼御飯を食べる頃を狙って毎日ここに訪れるようになったからだ。
気を使う必要はないと二人は言うがお偉いさんを前にして自分達だけ食事をするなど出来るわけもなく、結局プラス二人分の食事を私が用意する羽目になった。
どうやら私はこの国の双璧も餌付けに成功したらしい。
そんなわけで今日もそろそろ二人が突撃訪問してくるであろう時間になるので私達は見られては困るものを隠し始めた。
今日来れば五日目、あの二人は本当に真面目に仕事をしているのだろうか?
初日こそテーブルの上で食べたものの二人はすっかり板の間にも座卓にも慣れ、今では暑くなった気候には心地よいと倉庫の中をペタペタと裸足で歩き回る。今日の昼食は昨日の夜に余分に揚げておいたトンカツをつかってカツ煮丼を作ることにした。とはいえ、まだ丼用の小さな鍋はないし、面倒なのでフライパンに甘辛醤油で玉ねぎを煮るとそこに大きめの一口サイズに切ったカツを人数分入れて一煮立ちさせ、卵で閉じていると案の定、
「ハルト、今日も報告に来たぞ」
と、タダメシ食いの二人がご登場とあいなった。
「別に頼んでいないんですけどね」
皮肉混じりに団長の言葉に返すが二人は気にするでもなく、ドスンと座卓の前に胡座をかいて座った。
最初に公言した通り、みんな一緒の食卓。平民と一緒でも全く気にしないのは侯爵クラスには珍しい。もっとも文句を言った時点で私は追い出すつもりだったのだけれど。
どっちをって?
勿論押しかけタダメシ食いの二人の方を、だ。
団長はもともとこういう性格なのは知っていたが連隊長の方は意外だった。
見た目通りに団長は豪快だし、細かいことは気にしないこともわかっていたけれど、連隊長の方は団長よりも上品だが余程の無礼をしない限りは我関せずを決め込んで見てないフリをしてくれる。
すごく仲がいいというわけではないが、何か事が起これば互いに手を取り合い敵に立ち向かう悪友といった感じの雰囲気だ。お互いを信頼し、認めている感じは伝わってくる。
ここには丼も箸もないのでカツ煮丼という見た目の感じでは全くないけれど深めの皿に汁だくで盛り付け、サッパリゴマドレッシングで味つけたトマトサラダも添える。
ウチはそこにいる者が全て席に着いてから食べるのが基本。
いくら国の重鎮とはいえ私の倉庫では私の指示に従ってもらう。
いつものように先にキールに二人分持って行かせると本日在宅のロイ、テスラ、イシュカ、私プラス二人が席に着いたところで食事の時間だ。
「お前のメシは本当に美味いな。ダグやシエン達の気持ちがわかる。これを食ったら確かにあの寮のメシは地獄だ」
「本当に城で出される料理よりも美味だ。商業登録してあるというなら使用料を払うので是非とも私にレシピを売ってくれ」
多分もの珍しいだけでしょう?
絶賛する二人に対して私は至って冷静だった。
「そういう話はマルビスにお願いします。私ではわかりかねますので」
なんでも過ぎれば飽きるものだ。
私の料理のレパートリーはそう多い方ではない。独り身だったので横着することも多かったし、あくまでも一般的家庭料理レベル。近いうちにネタも切れる。王都にはちょっと甘過ぎたが焼き菓子の店もあったし、異国料理の店もあった。
「それより忘れないでくださいね。限りある食材を使っているのですから王都から今度こちらにくる時は忘れずに買ってきて下さいよ」
貴重なお米と醤油に味噌、干した乾燥小魚や魚介類。ここでは簡単に手に入らない。
今は目が回るほど忙しいであろうマルビスには流石に頼めない。
頼めば勿論二つ返事で引き受け、手配してくれるだろうけどあれでは冗談抜きでそのうち過労死しかねない。いくら寮と屋敷完成までの数ヶ月の間だけ、あと二週間ほどで残りの家庭持ちの人達が王都から移動してきてくれるとはいえまだ先だ。
「任せておけって。なあアインツ」
「当然だ。これだけ美味しい食事を頂いたのだ、御礼も兼ねて贈らせて貰おう。手配は任せてくれ」
「半額は俺に請求しろよ。お前ばかりにいいカッコさせてたまるか」
争う点はそこなのか?
やはり男というものはメンツというものを大事にするようだ。
私はと言えば正直メンツというものをあまり気にしたことはない。取り繕ったところで私の性格ではボロが出るだけ無駄だ。メッキが剥がれて余計にかっこ悪いことになりかねない。背伸びしたところでもとは『ただのオバサン』なのだ。カッコつけられるとこならつけさせてもらうが元が元なので限界もある。
「それで、調査のほうはどうなっているのですか?」
食べ終わったところで本題について聞いてみる。
そんな言い訳などすっかり忘れていたようで団長が思い出したように教えてくれた。
「ああ、やはりお前やイシュカが言った通り、サラマンダーには警戒されているようだ。最初の二日は何か大きな動物らしきものが通った形跡が川辺にあったのだが、ここ最近ではそれも見当たらない。そこで明後日、気配を消すのが苦手なヤツを王都に返し、入れ替えることにした。
一応名目上では一度に全員入れ替えると一から全部説明しなければならなくなるから面倒だということにしてな。これから順次適性を見て向いていそうなヤツを残しつつ入れ替えていこうと思っている。建設資材の搬入護衛のこともあるし。
それでマルビスに発注の見積りを頼みたいんだがヤツは今どこにいる?」
ウチで今一番忙しいマルビスの行方は私も把握しきれない。
「多分開店準備のために町の店の方にいることが多いとは思いますが掛け持ちしている仕事が多いので保証致しかねますが」
「では帰りに覗いて行くとしよう。会えなかったらお前から伝えて置いてくれるか? 一応発注したい物を書き出してきたウチの分と近衛の分、そして個人的に流用したいもの、それぞれ分けてある。出来れば見積もりを先に頼みたい」
そう言って渡された紙を見て、ロイとテスラと三人は驚いて目を剥いてしまった。
近衛騎士団 野外コンロ(ノーマル) 二十台
ハンモック(ノーマル) 百個
マヨネーズ 五百個
魔獣討伐部隊 野外コンロ(ノーマル) 五十台
ハンモック(ノーマル) 三百個
マヨネーズ 千個
甘味噌ダレ 三百個
テリヤキソース 三百個
アインツ 野外コンロ(特注) 十台
ハンモック(特注) 三十個
マヨネーズ 百個
バリウス 野外コンロ(特注) 十台
(ノーマル) 十台
ハンモック(特注) 三十個
(ノーマル) 二十個
マヨネーズ 二百個
・・・・・何、この数。
到底すぐには用意できないような大量注文。
特にハンモックとマヨネーズの量が半端ない。
「いやあ、この間お前らにもらった野外コンロも今回使ってみたんだが思いのほか使い勝手が良くて、これは遠征の際には必須だろうってことになってな。それにハンモックがあれば遠征でも固い地面の上に寝なくてもよくなるから長期間の遠征でも疲れが違ってくるし、上方に吊るして休めば地上の魔獣にも狙われにくいし、テントの張れない沼地でも休息できるから便利だしな。一人一つ支給して各自で管理させれば各自の責任として扱えるだろ?」
なるほど、そういう利点もあるわけだ。
確かに木を登ってくるような魔獣でない限りは身も守りやすいかもしれない。
もともとハンモックは建築現場の人達のために足りない寝具の代わりに用意しようと思い、先日、テスラと二人で試行錯誤し、マルビスと相談してから商業登録と売り出し方、利用方法について考えようという話になったのだが、これは売れるから勿体ないと言い出し、追加で来た総勢二百人余りの職人の寝具を従業員と冒険者ギルドと商業ギルドをフル活用して近隣領地からかき集め、商業登録を提出した後に団長達のもとへ是非使い心地を試して欲しいと試作品として持ち込んだ。
ノーマルとは飾りっ気のない一般的なもので、特注というのは贈答用の装飾付きのもの。
まんまとマルビスの思惑はハマったということになる。
「それとイシュカからも言われて食堂の料理の改善もしようってことになったんだがすぐには無理だ。そこでマヨネーズと甘味噌ダレとテリヤキソースがあればとりあえず少しはマシになるんじゃないかと考えたんだが」
確かにその二つのソースは炒めた野菜に入れるのもよし、肉を漬け込んでもよし、スープに溶かして煮込んでもよし、使い勝手もかなり良いけれど。
「しかしハンモックはまだ商業登録も通っていません。マヨネーズはともかく甘味噌ダレとテリヤキソースは売り出し予定すらありません。材料の手配もすぐには無理です。私の手持ちだけでは到底足りません」
多分甘味噌ダレもテリヤキソースもマヨネーズ瓶で計算してると思うのだがとてもではないが詰める瓶の製作も間に合わない。お徳用サイズに詰めて対処するという手もあるが量は間違いなく足りない。
「それは明後日帰るヤツらにすぐに買いに行かせ、確保して次来るヤツに持って来させる。店にも追加で大量注文入れて店に入荷次第ウチに届けさせる。勿論、すぐに用意できる量でないのもわかっているので順次でいい。どうせ報奨金を届けるために月一でお前のところに来なければならんしな。その時に一緒に運ぶから完成次第ソイツらに持たせてくれればいい」
随分と譲歩してくれているのはよくわかる。待ってくれる上に本来なら配達すべきであるのにも関わらず持って帰ってくれるとも言うし。だがこれは明らかに異常な数、職人の確保はできるのだろうか。
とりあえずこれも当然のことながらマルビスに確認する他ない。
本当に過労死しないように見張りでもつけるべきかと本気で思案した。
「そういえば気になっていたんですけど、お二人いっぺんに陛下のお側を離れていて大丈夫なんですか?」
見張りという言葉に、気になっていたことについて尋ねてみる。
いくら病弱な息子のためとはいえ、双璧と呼ばれる二人が一度にウチのような田舎に来ていて果たして大丈夫なのだろうか? 話からすると栄養失調に間違いないとは思うのだが今のところいい考えは浮かんでいない。相手は王族、そんなに簡単に動かせるわけもなければ意見を聞いてもらえるとも思えない。
リバーフォレストサラマンダーにしても話を聞いた限りではそんなに簡単に捕獲できるとも思えない。結構広い森だし、調査するのも簡単じゃないだろう。そうなってくると双璧二人が王都から遠いところにいては国の防衛にも問題が出てくるのではないかとそう心配したのだが、
「ああ、問題ないぞ。俺達も普段はあまり陛下の側にいることはない。専属の護衛が常に山ほど付いているからな」
「今は諸外国も比較的平和だからね。それに団長と連隊長が自分達の団に居なくては統率も取れないだろう? 最初の予定滞在期間を過ぎたら後は私達も一旦王都に戻り、後は交代で暫くここに来るようになる。流石に長期間本部を空けるのは問題だからね」
と、二人に返された。
それもそうかと納得する。私が謁見した時は騎士団と関わりが深かったために陛下のところにいたということらしい。ここ暫く国家間の戦争も起きていないし、周辺諸国とも関係は良好だというのなら安心だ。
そうなってくると第一王子にはなんとしても回復してもらわねば。
第二王子の馬鹿っぷりの情報をガイとマルビスから少し話を聞いたのだが、まさに私の一番嫌いなタイプ。我儘、贅沢し放題、周囲の忠告に耳も貸さないどころか窘めれば権力を笠に着てメイドや護衛、側仕え、家庭教師などを足蹴にして片っ端からクビにする。しかも去年学院に入学したのだが、その成績も超低空飛行。返されたテストの答案用紙の点数が悪ければ問題を作ったヤツが悪い、教師の教え方が悪いと喚き散らし、問題ばかり起こすので王宮へと戻されたらしいのだ。いったいどれだけ馬鹿なのだ。
なんとか矯正しようと取り組んだらしいが第二王子であるという立場を利用して周りが逆らえないのをいいことに我儘を押し通しているという。今は陛下の言葉すら耳を貸そうとしないらしい。
どうしてそこまで酷くなってしまったかと聞けばどうも彼を育てた祖母が原因のようだ。
後継者である兄の教育にかかり切りになってしまっていた宮廷内で第二王子の世話をしていた祖母がそれを哀れに思い、お前は高貴なる身の上なのだ、兄に何かあればお前が王となってこの国を統治するのだと選民意識を植え付け、増長させ、周囲の者に一切の反論、反抗を許さず甘やかして育てたようだ。第一王子に何事もなければ第二継承権を持つだけの馬鹿王子で済んだ話なのだが第一王子が調子を崩してしまったためにもしかしたら自分がこの国の王になれるかもと思ってしまい、ますます増長したというわけだ。
全くなんてことをしてくれるのだ。
いくら孫が可愛いからといってやって良いことと悪いことがある。
最近ではそのため王宮内は第一王子と第二王子、第二王女の派閥が拮抗しているらしい。
病弱とはいえ第一継承権をもつ第一王子を後継に推す正統派閥、第二王子に王位を継がせて裏で国を操ろうと企んでいる対立派閥、女の子とはいえ第三継承権を持つ第二王女の入婿に王位を継がせようとする新派閥。因みに私は何故かこの新派閥に最有力入婿候補として組み込まれようとしていて、未来の国王陛下候補としてチェックされているらしい。全く冗談ではない。それであの警備増強人員の大量応募となったようだがお生憎様、私に入婿するつもりは微塵もない。
国王なんて真っ平だし、いくら現在子供の姿であっても中身はそうでない以上当然私の守備範囲に生憎子供は入っていない。
「陛下は大丈夫として、第一王子の警護ってどうなってるのですか? 病弱っていうくらいなら警護は勿論付いているんですよね」
こういう弱った時って他勢力に狙われやすいって言うよね?
「一応な。だが国王というのは俺達が思うよりずっと孤独で厳しい過酷な仕事だ。病弱なままでは陛下の後は継げない」
「かといって第二王子が王座に就けば国家自体が揺らぎかねない」
「第三継承権を持つ姫さんに継がせてその婿に国王を継がせるにしても早くから帝王学を学ばせなければならないとなるとそろそろ婿候補を絞るにもタイムリミットが近い。余程優秀な者なら別だが」
なるほどねえ、微妙な感じで勢力分布図の拮抗が保たれているということか。
手っ取り早いのは他国からそれ相応の教育がされている第二か第三王子辺りを迎入れることだが、そうなると余程人選に気をつけなければ国家自体が乗っ取られてかねない。妃として嫁入りするのとは訳が違う、国家最高権力の座となるわけだし。優秀であるだけではなく我が国のために忖度せずに公平な立場で判断できる者でなければ厳しい。
私が考え込んでいると団長と連隊長の視線がこちらに向いているのに気がついた。
「何をこっち見てるんですか、そんな人材に心当たりなんてありませんよ。ご自分達でお探し下さい」
最近やたらと何か事が起こるたび、期待の視線が向けられている気がしないでもない。
すると連隊長が微妙な顔で口を開いた。
「いや、私達のすぐ近くにいることはいるのだが」
「じゃあ良かったじゃないですか。これで私も安心できます」
なんだ、心当たりはあるのか。
ならば最低ラインはなんとかできそうだ。
「それが一筋縄でいかない人物なので俺達も困っていてな」
「それくらいの方がいいと思いますけどね、私は。簡単に他人に流されるようでは困ると思うのですけど」
「全くもってその通りなのだが、その人が頷いてさえくれれば私達も安心できるのだ」
困り果てた様子で私を見る。
何か問題があるらしい。
だがそこまで私が関わる理由はない。
「では頑張って口説き落とす事ですね」
私がそう言うと二人はがっくりと肩を落とした。
とはいえ、最善が第一王子の病状回復と体力改善なのは間違いない。
聖魔法でできることは様々あるけれど上級魔法の中にも怪我は治せても病気などを治すようなものはないし、結局王子の偏食を治さない限り意味もない。
野菜が嫌いの子供に野菜を摂らせる方法は・・・
「ねえ、団長。陛下や王子に食べ物の差し入れって難しいですか?」
「なんだ? いきなり」
団長達からすればいきなりかもしれないが私からすればここ何日か頭を悩ませていたことだ。
王家にこれ以上取り込まれないためにも第一王子には是非回復してほしい。
そして私を面倒な権力争いに巻き込まないで欲しいのだ。
「別に。ただ食欲がないんだったら食べやすいもの差し入れれば少しでも体力つくんじゃないかなって思っただけ」
まずは子供の好きそうな菓子に混ぜ込んで慣れさせる。
十日後から売り出し予定の蒸しパンに、人参、カボチャに法蓮草あたりが妥当だろうがそれらの野菜を練り込み、ジャガイモと一緒に他の野菜もカリッと素揚げしてチップス風に。待てよ、原材料を悟らせないためにも興味を持たせるために型抜きしてからがいいかな。とにかくまずは野菜そのものの認識を変えさせる。始めはそれらが使われていないようにわからないようにして食べさせる。使用材料は私が団長に伝えなければ済む話。
団長は少し考えて口を開いた。
「確かに王子も目先の変わった物なら少しは興味を持たれて食も進むかもしれんな。頼めるのか?」
「それくらいなら。流石に持ち運びに難しい料理は無理ですし、私のレパートリーにも限界がありますので毎回違う物はできませんよ? 一応私もこの国の民ですからね。少しくらいの協力はさせて頂きます。第一王子に元気になって頂かないと私にとばっちりが来そうな気もしますし。
でも何かあっても責任取れないんですよね。途中で毒とか入れられて私の責任とかになりませんよね?」
勢力派閥争いに巻き込まれて暗殺犯にされては敵わない。
「その辺りのことは俺がなんとかしよう。いや、お前が作ってくれるというなら俺らが責任持って届けてもいい。一応これでも陛下とは縁戚だし、可愛い甥っ子のことだ。できればなんとかしてやりたい」
だったら馬鹿王子の方もなんとかしてくださいよ。
同じ甥っ子でしょう?
「それで、団長はいつ戻るんですか?」
「二週間の滞在予定ではいたのだが、そういうことならまずは俺が明後日、一度、王都に戻ろう。サラマンダーには警戒されて持久戦になりそうだしな。アインツは予定通り滞在して来週俺と入れ替わり、その時にまた何か持たせてもらえると助かるのだが」
「王子の口に合うかどうかは保証致しかねますが、週一くらいなら構いません。言っておきますけど私が作る以上大量に用意できませんので余計な安請け合いはやめてくださいよ。売り出し前の商品もありますから極力広めないように。約束を破った時点で作るのを止めますからね、いいですか?」
「了解した」
団長は約束を破る人ではないのでこれで私の身の安全も確保した。
余分な仕事を増やされるのも回避した。
「出発は朝ですよね? では明後日の朝にここに寄って頂けますか? 用意しておきます」
結局プリンは器が間に合わないのでまずは蒸しパンとフルーツサンドをメインに売り出して、入れ物がある程度数が揃った時点、開店二ヶ月後くらいからの売り出しに決まった。
商店街に並べる予定の商品もある程度種類も揃ってきたので新商品開発は一旦中止、今はアレンジに力を入れている。固定客が定着するまでは順次飽きさせないためにも新しいものは定期的に売り出す必要もあるし、生産が混乱するのもよろしくない。
散々今まで後先考えずやってきておいて何を今更とツッコまれると返す言葉もないが、人手が足りていない状況で事業を広げ過ぎても立ち行かない。職人や作業員の確保、育成も必要だ。今マルビスの代わりにロイがやってくれている帳簿管理の仕事もテスラが多少は手伝ってくれるようになったし、キールも手が空いている時は私の食事の準備の手伝いもしてくれる。
やはり忙しい時は助け合わなくてはダメだろう。
王都からのマルビスのもと同僚達が揃ったところで足りない部署には順次人も入れていくつもりもあるし、ゲイルによれば寮も一棟だけなら一週間ほどで完成しそうだというので寮の厨房で働いてくれる人や寮管も募集している。
もうすぐこの倉庫での雑魚寝共同生活も終わりだ。
地方に散っていたマルビスの同僚達にも昨日ガイが一度戻ってきたので調査で問題がないようなら一週間後以降に早めに来てもらえるなら来て欲しいと書いた手紙をついでに届けてもらうことにしたし、二次試験合格の護衛、警備人員の調査も後少しらしいし。
中には大々的にウチが人手を募集しているらしいと聞きつけて売り込みに来ている人達も少なからずいる。そういう人達には適性に応じて試用期間を三カ月経た後に正式雇用することにした。
もう少しすれば王都から子供達もやってくる。
人手もまだ足りていないが少しづつ揃ってきた。
あと一カ月もすれば大分落ち着くはず。
落ち着いて欲しい。
落ち着かなければ困る。
せめてロイやマルビス達が過労で倒れない程度には。