第五十六話 マルビスの帰る場所と子供達。
団長が言っていた通り、トーナメントで分けられた全八ブロック上位四名になった時点で今日の試験は終了という話になり、食堂に残り三十ニ人を詰め込むと早速二組が諍いを起こし始めた。
試験最中に問題を起こすなどもってのほかである。
案の定、貴族の位があーだこーだと語り始めたので他の客に迷惑だと団長につまみ出してもらい、少し離れた場所でそのまま不合格を言い渡してもらいお帰り頂いた。何故離れた場所でかといえば揉めれば失格と悟られないためだ。お前らが守ることになるのは殆どが平民になるのだが、体を張って彼らを守れるのかと問われ、口籠ったからだ。ここで『はい』と答えられればニ次試験は合格、後は調査次第なのだが仕方がない。その後も食事中に一組出たが殴られていた方が手を出していなかったので、こちらは手を出した方だけお帰り頂いた。
酒が入ってきたところでまた貴族の三人が揉め始めたのでこの三人も失格、残り二十四人になり、用意した宿の二人部屋に貴族子息にはわざと平民と相部屋にしてみたりと試してみたが特に揉めることもなく朝になったので宿に泊まっていた残りは二次試験合格を言い渡された。訳がわからない様子の二十四人は後はこちらで検討次第、手紙で合否を伝えると現住所を確認した上でお帰り頂き、団長達は森の方に一度顔を出して来ると馬で向かって行った。
後はガイの調査次第である。
団長達が連れてきた職人達は昨日のウチに森に案内され、現場を仕切っていたジュリアスに自分達が寝泊まりする簡易な宿泊所を作りたいと言ったのでどうせならと寮の敷地内の囲いの中に作ってもらい、彼らが去った後はそのまま倉庫にすることにしたようだ。なかなかのナイスプレーである。
その日の内にプレハブのような簡単な二階建ての建物が二軒完成したが毛布やベッドに敷く布団やマットなどまでは流石に手配してなかったらしく、人数が多かったため大急ぎでゲイルと町中回ってかき集めなんとか本日到着の職人達の分は間に合った。だがまだまだ職人がやってくると聞きつけ、すぐにマルビスに連絡して荷馬車を用意すると隣のレイオット領とローレルズ領までかき集めに走ったそうだ。後は商業ギルドに頼んで該当業者に特急料金を積んでお願いした。
いったい全部で何人の職人が来るのかと団長に尋ねたら、
「さあ? 近隣全部に要請したからわからん」
と、いう言葉が返ってきた。
仕事にあぶれている近場の職人は全部くるんじゃないかと宣った。
この辺りはいかにも権力者、命令までが仕事で後のことまで考えない。その結果周りが振り回されることになるわけなのだが、せめてもの救いはもう初夏で、上掛けは殆どいらないことくらい。
ベッドは置き場所が嵩張るので用意できないにしても流石に毎日床板の上では疲れも取れないに違いない。ウチの倉庫で暮らす従業員達のように寝床より食事を優先させるような者ばかりではないだろうし、建築業は肉体労働、寝不足などで倒れられても困る。何か手を打たねばならないがまずは目先の問題からだ。
食事も今の寸胴だけでは明らかに足りないので金属加工工房で特急で炊き出し用の鍋を三つほど用意してもらい、パンなどは町の店に協力を仰ぎ、野菜などは農家に町ではなく直接こちらに運んでもらうように手配したので食事はなんとかなった。その費用も王室負担になるとはいえ、とりあえずは立て替える必要もあり、店の開店準備をしていたゲイルはジュリアスのところに回され、翌日からはマルビスが他の仕事の傍ら取り仕切ることになった。
ロイはといえば屋敷でマルビスがやっていた施設建設の帳簿管理をやることになり、朝食は相変わらずロイが用意して朝に起こしにきてくれるが大変そうなので夕食は私とテスラで準備することにした。料理人を雇おうかとも思ったが、臨時となるとなかなか確保が難しいし、私が作るのは売り出し前の商品であることが多いので信用出来ない人を入れることも出来ない。たかが数ヶ月のこと、可能な限りは自分達で回そうという話に落ち着いた。いよいよ困ったら屋敷の厨房に臨時で給金をこちらで上乗せして、余分に作ってもらえるようにお願いすることにした。
昼過ぎになると団長と連隊長が建築の王都の現場監督を連れてきて建設予定の屋敷と寮の設計図を広げて説明してくれた。
ハッキリ言ってしまうならこの屋敷より豪華だ。
四階建てで最上階は風呂、トイレ、キッチン、ウォークインクローゼット付き、中央の主寝室には豪華応接室、従者や側近の部屋がその部屋を囲うように十部屋あり、三階には住居スペース全七部屋と大きな執務室と書斎が、ニ階には大広間と応接室、客室が五部屋、一階部分は大きな玄関が中央に鎮座して片側には大きな厨房と来客の従者が滞在する部屋が五部屋、もう一方には来客用の風呂場と大きな倉庫と執事のための部屋やメイド達の休憩室が三つ。庭には屋敷の使用人のための小さな寮、馬小屋、馬車などを入れておく納屋まで完備。内装も実に豪華で目眩がしそうだ。
ここまで立派なものはいらないと言ったのだが建物の資材の発注は済んでいるので変えられるのは内装と屋敷の外装だけ。それは私の好みを聞いてから決めるようにと言われ、発注はまだだそうだ。
どうするべきかとロイに相談すると外装は景観に合わせて煉瓦などを使い、一応二階までは手入れもしやすいようにある程度控えめにするくらいは構わないがほぼ設計図通りにした方が良いだろうと言われた。伯爵位を頂いた以上舞踏会やパーティー、夜会やお茶会などを開く必要が発生した場合、急に内装を変えて準備するのは難しいし、上位貴族、例えば隣のレイオット侯爵閣下などが来られた場合などにも困るだろうと。三階より上はプライベート空間なので好きに改造して問題はないということになった。
ならば三階以上は余計な内装の装飾などはいらないので、できれば屋敷の上二階のプライベート空間は王都のホテルのような簡単に侵入者が入り込めないようにして欲しいとお願いすると、それは既に王家から注文を受けているという。あれは王族や侯爵クラスが使っている企業秘密ともいうべき代物で結構な金額が掛かるらしい。そんなものをお願いしてもいいのかと思ったが陛下からのお達しなので問題ないということだ。かなりのビップ扱いなのは理解した。
三階への階段入り口は大きな扉を作り、来客時にはそこを閉めて勝手に入れない作りにしてもらい、階段横の客室は一部屋潰し、扉付きの大きなシューズロッカーと鏡、ウォークインクローゼットにしてもらい、三階より上は絨毯ではなく板張りにしてもらう。
三階の一部屋は一切の装飾を省き簡素に作り、作業部屋にしてもらい、中央の二部屋は壁をブチ抜き宴会場にも使えるようにお願いする。
私の部屋も従者達の部屋と同じくできるだけ内装は質素にして欲しいとお願いするとドンドン安価になる屋敷の建築費に、自分達の仕事を減らされては困ると泣きつかれたので屋敷の横にウェルムの工房とサキアス叔父さんのための研究室を作ってもらうことにした。屋敷一式の中で第一優先はやはりウェルムの工房。迷っていたのはサキアス叔父さんの扱いだが研究者には研究をして頂くのがいいだろうと判断した。
それでも予算が余ったら町外れ近くに小さくてもいいので小さな一軒家みたいな寮を建ててもらい、森と町の往復は大変そうなので町が主な仕事場の人にはこちらに住んでもらうことにする。足りなければこちらは私が建築費を出すので問題ないと付け加える。
随分と多くの予算が組まれたものだと驚いた。
「そりゃあ、今回のへネイギスの一件で捕まった大勢の貴族のうち特に関わりが深かったヤツらはお家取り潰しの上、財産没収で国外追放になったし、それ以外の者は暫く謹慎の上、降格処分、伯爵から男爵にまで落とされた奴もいる。城勤めだった者は全員クビだ。漏らしてはいけない城内の情報を流していたのだからまあ当然といえば当然なのだが。今大々的に若手の文官の募集をかけている。
スタンピードで王都から逃げ出した貴族には罰金が課せられた。勿論、平民からの税収を上げることを禁止した上で、来年の納税時には近衛の調査も入るから下手なことは出来ない。家財道具や別荘を売り払ったヤツもいたらしいぞ。おまけにへネイギスの貯め込んでいた財産が大金だったしな。国庫は更に潤ったと言う訳だ。だからその功労者のお前にその一部を還元しようというわけだ」
なんかそれって私が一気に大勢の貴族に恨まれそうな状況のような気もする。
私がそう呟くとそれはないだろうと。
取り調べや事情聴取では徹底的にへネイギスに全ての責任を押し付ける言い方をした上で、へネイギスの破滅の原因は私を怒らせ、敵に回したせいだと印象づけ、私を怒らせればお前もへネイギスの二の舞になるぞと脅しておいたそうだ。それを聞いた彼らは体を震わせていたらしい。
まるで悪役のようだ。
私は魔王かなんかかな?
まあへネイギスの金魚のフンであったような関わり合いたくない貴族のお歴々に避けられるのなら却って都合がいいというもの。ここは深く考えずに放っておくとしよう。
捕まっていた子供達は親元に順次届けられるが、中には両親が殺されて行き場のない子供も大勢いるし、既に売り払われている子供の行方はわからないらしい。計画的ではなく無差別だったようで身元もわからない以上親に見舞金を出してやることも出来ないそうだ。子供がいなくなることは地方では珍しいことではなく、盗賊に襲われることも、魔獣に喰われることもあるのでへネイギスの犠牲者だと断定出来ない以上、支払いは出来ないという。そんなことをすればいなくなった全ての子供の見舞金を払わねばならなくなるからだ。申請すればお金がもらえるとなれば、いもしない子供の見舞金を要求してくる者や、自分の子供を殺して捕えられたと言ってくる者が出てくる可能性がありえるから出来ないという。
それを聞けばある程度仕方のないことだと諦めるしかなかった。
へネイギスに明らかに殺されたと断定出来るのはマルビスの家族と幾つかの平民の商人一家だけだが、その商人一家に生き残りはいない。仇討や足がつくのを避けるため基本皆殺しだったようだ。
だからある意味マルビスは運が良かったのだろうと。
たまたま襲撃時に国外にいて難を逃れ、偶然へネイギスが王都にいない時に王都に帰り、ヤツが王都に戻る前に目の届かないグラスフィート領、つまりウチに居ついた。運が良いというにはあまりにも失ったものが多すぎるけれど。
被害者であるマルビスには奪われた王都の店が返還され、家族の見舞金とその時奪われたと思われる財産相当の八割ほどの金額が算出され次第支払われるそうだ。
「昨日少しマルビスにその話をしたのだが、王都の店は売り払ってくれと言われたよ。あそこは父の店であってもう自分の帰る場所ではないそうだ。自分はグラスフィートで父を超えると決めたのだと。
代わりにハルトの許可がもらえたら、行き場をなくした子供達で商人になりたいという者がいればこの場所で一緒に働くことができるよう教育したいと言っていたがどうする?」
団長に聞かれて私は静かに微笑んだ。
「答えは聞かなくてもわかっているでしょう?」
マルビスがそうしたいなら止める理由はない。
「まあな。では次に来るときに希望者がいれば連れてくる」
「それまでに寮が完成しているといいんだけどね」
これ以上ここの倉庫に人員は詰め込めないし、女の子もいるだろうから環境もよろしくない。
「それは問題ないだろ。俺達の今回のリバーフォレストサラマンダー捕獲のための滞在予定期間はとりあえず二週間だ。早々に見つかればありがたいが、そんなに簡単に見つかるならとっくに捕えられているだろう。長期戦になると覚悟している。そこから更に移動手配とここと王都の往復となれば寮の一棟はほぼ完成していると思うぞ」
ならば迷う必要もない。
ここまでまた団長が戻ってくるというのならついでに王都に残っている移動予定のマルビスの部下達とその家族の護衛も一緒にお願いしてもいいかと尋ねると快く引き受けてくれた。
その日の夕食の席でマルビスがその話をするとウェルムは鍛治師希望者がいれば育ててもいいと、執事やメイド希望者がいれば自分が教育してもいいとロイが言い出し、おそらく行き場のない子供達は全てここに来ることになりそうだなと思った。だが、これから仕事はいくらでも出てくるし、彼らもいずれは自分で生計をたてて生活の基盤を築かなくてはならなくなるのだからそれもいいだろう。
翌日、早朝からは団長達が森の調査に向かったので少しだけ平和になった。
ロイは倉庫のキッチン備え付けの机の上で帳簿と睨めっこ、キールは座卓でロイやマルビス達のエメラルドのデザインに頭を唸らせていた。店のロゴはどうしたのかと聞くと昨日までの二日で描きためておいたものをマルビスに見せたところ気に入ってそれらを持って工房に焼印製作依頼に向かったそうだ。
どんなデザインかと聞くとマルビスに口止めされているのか内緒だと言われた。
いったいどんなデザインにしたのだろう。秘密にするからには私がビックリするような出来なのだろう。
ガイは早速最終選別まで残った候補者達の調査に、テスラは昨日完成した折りたたみベッドの模型と商業登録用紙を持ってギルドに、ウェルムは釜の造られるところに立ち合いたいとゲイルと一緒に森に向かった。
イシュカは私のすぐ近くでゆっくりとページを捲りながら本を読んでいる。
私はといえばキールの前の座卓に陣取っている。
やっと念願のビーズアクセサリーに取り掛かることができるのだ。
ショッピングモールの目玉の一つにできたらいいなあと思っている。
規模的に考えて森の入り口からほぼない中央のあの広場まで馬車で半刻、のんびり歩いて一刻半ほど。
ゆくゆくはその道沿いの両側にズラリと店と露店が並ぶような規模にしたいのだ。通りの中央と両側入り口には食堂や喫茶店みたいな軽食の店や屋台を、その間には生活雑貨や衣料品、新鮮な野菜やその他色々な店を、馬車の停留所をいくつか作り、人が賑わい、見ているだけで楽しめるような場所にしたい。
勿論メインはアスレチックなどの野外レジャー施設だが、当然の雨にも楽しめるようなところにできればいい。覆い繁る樹々の葉はアーケードのように小雨くらいなら和らげてくれるだろう。もっとも歩いて一刻半もあるような道の両側ズラリと店が並ぶようになるのはずっと先の話。
そのうちの何店舗かは私達が手がけた商品を売る店にと考えているので、食事、甘味、食料品、衣料品、便利用品、家庭用生活雑貨とくれば当然アクセサリーなどの装飾雑貨店も並べたい。
私は底に沈みかけている記憶を引っ張り出しながら細いワイヤーにビーズを通し、形を整えていく。まずは一般的な白をメインとした花。それが完成すると同じデザインで他に三色ほど作る。そろそろ一休みして昼御飯の準備でもと顔を上げるとそこには面白そうに私の手元を覗き込んでいるキールとイシュカの顔があった。
「まるで花のようですね。とても綺麗です」
花に見えているなら良かった。イシュカがしげしげと興味深そうに見ている。
「陽に透けてキラキラしてます。すごいですね、ハルト様」
無邪気に身を乗り出してくるキールの前にそれを差し出すと、出来上がったそれをおそるおそる持ち上げ、観察している。やはり絵だけではなく、こういった装飾品にもキールは興味があるようだ。
「二人も作ってみる? そんなに難しいものじゃないよ」
「高価なものじゃないんですか?」
やってはみたいがお値段が気になるといったところか。
「私がそんな高価なものを作るわけないでしょ。商店街に並べるんだもの、高くちゃ買ってもらえないよ」
平民相手なら当然だ。
「これはガラスなんだよ。特注で作ってもらったんだ。そうだね、確かにこの濃い綺麗な青い色とかだと染料が高い分だけそれなりのお値段になるけど驚くほどじゃない。宝石とは違うからね。値段が気になるならこっちの白や透明のとか、淡い色で試してみるといいよ。失敗したらワイヤー切って解けばいいだけだもの、気にしなくて大丈夫。キールならすぐに私より上手に出来るようになると思うよ」
はい、と言ってキールの前にワイヤーとハサミ、比較的低価格のものを並べて置く。
おずおずと興味津々げそれに手を伸ばし、キールが嬉しそうにガラス製のビーズを摘んで陽の光に翳す。ひとしきり眺めた後、私の作ったそれを見ながらワイヤーにビーズを通しはじめる。芸術家というものは得意不得意があっても同じような美術的センスを要求されるようなものは一般人より遥かに上手くこなす人が多いからキールも問題なく出来るだろう。
「イシュカもやってみたら? 出来上がりを想像しながらバランスと色合いを考えて作るから意外と頭使うんだよ。でも自分が思い描いた通りに出来るとすごく嬉しくなったりするんだ。頭の中のものを綺麗に形にするって難しいよ」
「ですが・・・」
「何事も挑戦だよ。やりたくないなら無理には進めないけど、そうでないならやる前から諦めるのはナシ。何事も最初から上手くいくわけがないんだから」
そう言うとイシュカもやってみる気になったのかおそるおそるそれに手を伸ばした。
私は二人が挑戦している間に昼食の準備だ。
昼御飯だけはその時々に応じて基本、ここにいることが多いメンバー以外は各自で取ることにしている。朝御飯は多めにロイが作っておいてくれるので私達がいない時にはキール達には申し訳ないけど残り物で済ませてもらっている。王都にいた頃に比べれば充分贅沢な食事だからありがたいと言ってくれているので助かっている。
今日はもうすぐ私の頼んだ買い物と一緒にテスラも戻ってくる頃だし、ロイとイシュカ、キール達を入れて六人分。少し時間に余裕もあることだし、まだ試していないお米でも炊いてみよう。
オムライスなんかどうだろう。玉子もベーコンもあることだし、懐かしの定番メニューだ。お米は多めに炊いて余れば甘味噌つけて焼いて食べる五平餅なんかいいかもしれない。この間バーベキューで作った味噌汁もみんな抵抗なく美味しいって言ってたし、下拵えだけして後は焼くだけにしておけば頑張ってくれているみんなの夕食後のオヤツに丁度いい。そうなると今日の夕食は和食系がいいかなと、そんなことを考えながら私は奥にしまっておいたお米を引っ張り出した。