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第五十五話 この国の最強は誰でしょう?


 そして私専属の護衛、警備兵の選抜試験の当日、私は何故かこの国の双璧、バリウス団長とマリンジェイド近衛連隊長に挟まれてグラスフィート領の兵舎近くの空き地に臨時に設けられた試験会場の一段高い場所に座っていた。


 元々王都から戻ってから雇うつもりで帰宅の日程が決まった時点で父様に各ギルドに募集の貼り紙は出して貰っていた。順次必要に応じて増やすつもりではあるけれど当面は十人程予定している。

 条件として私専属とはいっても私の仕事の専属であって従者や側近、運営管理する予定の施設や屋敷建設工事の警備、必要人員の移動等も含まれることは明記してもらうように頼んでおいた。後で話が違うと言われても困るのでその辺は最初からはっきりしておくべきだ。

 当初、グラスフィート領の兵舎で行う予定だったそれは問い合わせと応募数が予想以上に多かったため、会場は空き地に変更された。選抜責任者はイシュカにお願いして父様に領地の兵士をお借りできるように手配していた。それが何故こんな事態になったかといえば、ことの発端は例のリバーフォレストサラマンダーに起因する。


 ダルメシアがあの日の翌日、その存在の可能性と詳しい資料を早急に王都の冒険者ギルドに問い合わせしたところ、それは王宮からの依頼にヒットした。

 例の病弱という第一皇子の回復のための妙薬として捜索依頼が出ていたのだ。勿論、五十年以上前に絶滅してたと思われていたわけだから出された依頼はそれに該当する、もしくは代わりになると思われる魔獣全般だ。当然のことながら妙薬というからにはそれなりに発見困難であったり、討伐不可能とされているような存在であったり、嘘か本当かわからないような眉唾物の話であったりしたわけでS級、もしくはSS級任務なのだ。商業ギルドにも問い合わせ依頼が出ていたがそんな貴重なものが出てくる確率など広大な砂浜に落とした一粒の真珠を探すのにも等しい。


 そこに無理と諦めていたリバーフォレストサラマンダーそのものらしき生物の出現。

 速攻で陛下の耳に入ったわけだ。

 確認が取れていないにも関わらず、すぐさま近衛によって捜索隊が組まれた。

 まさに一縷の望みを賭けてというわけだ。

 そこで元々へネイギスの件についての私の褒美に何がいいかと考えて、そう言えば例の施設の建設予定地に屋敷と従業員の寮を建てようとしているらしいという話をバリウス団長に聞きつけた陛下がそれではそれを褒美にと鶴の一声で王都と各地の手の空いた建築職人を雇い上げた。

 何故そんなことを団長が知っているのかと首を傾げるとへネイギスの屋敷で寝落ちする前後、私が寝言らしきものを口にして、何のことだと側にいたマルビスから事と次第を聞いたらしい。

 そんなわけで至急にと揃えられた王都の職人と資材を揃えて護衛と称し、こちらに向かおうとしていた緑の騎士団のメンバー十数名と合流し、我が領に御到着なされたわけだ。


 ではその職人と資材はどこなのか?

 実はまだ検問所を抜けた辺りの位置にいる。

 それが何故団長と連隊長だけここにいるのだといえば、検問所で本日のこの雇用試験の話を聞きつけ、

「ハルトの護衛というなら是非俺が直接選んでやらねば、なにせウチの軍事顧問だからな」

 と、そう宣い、馬を先に走らせたところ、その後を追って張り合うように連隊長が飛び出し、更にそれを追って各騎士団数名が一緒にウチの屋敷まで朝早くからやってきたということのようだ。

 突然の二人の来訪に父様が驚いたのも無理はない。


 事の経緯は理解した。

 理解したが護衛対象の職人達を置いてくるのはダメだろう。


 慌てて父様が直接こちらにくるよりも職人には現場に向かってもらった方が良いだろうと自領の兵を案内に向かわせた。そして現在に至るわけだ。

 貴方達の仕事は選抜試験監督ではないでしょう?

 自分達の本来の仕事はどうしたのだと聞けばその捜索は明日からで町には付いてきた兵に宿泊場所を確保に走らせたらしい。いつもなら現場にテントを張って野営の準備をするところなのだが相手は特に暴れて民を困らせている存在でもなく、おまけに夜行性。潜んでいる場所がハッキリしていない以上長期戦も視野に入れているので昼間にゆっくりベッドで休めるようにしたという事のようだ。

 調査の結果次第では捕獲を終えた後も暫く滞在してリバーフォレストサラマンダーの生態調査も予定しているらしく、連れてきた全職人達は急いで寮一棟の建築に取り掛かり早々に仕上げ、そこの半分を私から借り受けるという状態に持っていき、昼間の休息場所をそこに変更したいそうだ。勿論屋敷と二棟の寮の建築費用その他諸々は褒美になるので陛下持ち、私達には食材の手配と運搬を頼みたいということだ。まだまだ資材と職人の派遣は各地から送られてくるので一ヶ月も経たずに一棟は完成する予定だという。

 まさに金と権力にモノを言わせた行動力。

 褒美としては願ってもない、願ってもないことではある。

 建築工期も大幅に短縮されるし、難しい職人の確保も適った。

 団長達が連れてきた職人達が寮と屋敷の建築を担当してくれるというならマルビスが契約した職人達はリゾート施設建設に回すことが出来るので一気に準備も進められる。

 だが一番関わり合いを御遠慮願いたかった王室が絡んでくる事態に発展した。


 やはり祟られているに違いない。


 そうして本来選抜を手伝ってもらうはずの父様の従者達は検問所に向かい、私はこの国の双璧と呼ばれる二人に挟まれ、イシュカを背後にこの場所に座るハメになった。

 定員十名前後の枠に来た希望者数は全部で三百十八名、倍率は驚異の三十倍越えである。この数にも驚いたがその出身地にも驚かされた。やって来たのはウチの領地からだけではない、王都、近隣どころかそのまた向こうの領地、更にその向こうと、シルベスタ王国各地からやって来ているのだ。

 私が近隣で有名なのは知っている、知っているがなんでそんな遠いところからわざわざここに来ている? 

 特別いい条件を出しているわけではない。平均的な警備兵の給料だ。

 なのにこれはおかしいだろう?

 わけがわからない。


「すごい人数だなあ、ハルト。お前もすっかり有名人だ」

 ガハハハと笑う団長に連隊長が当然だとばかりに頷いている。

「平民の間ではどうか知らないが貴族の間ではハルスウェルト殿は今や時の人、無理もない。結構地方では有名な名のある奴もいるぞ」

 連隊長の言葉に私は頭を抱えた。

 それって大丈夫なの?

 私の側近達や部下達は平民の方が圧倒的に多い。

 揉め事を起こされるくらいならむしろ御遠慮願いたい。

「なにせお前は第二王女の最有力婚約者候補。自分の娘を嫁に送り込めなくなったんで今度は従者や護衛、側近の位置を狙って息子を押し込もうとしてきたってところだろうな」

 なるほど、この異常な応募者数は納得した。

 だがそんな大勢に来てもらってもここではそんなに危険な任務はない。

 もっと自分の才能を活かせる場所に行ってもらった方がいいのでは?

「こんな数からどうやって絞り込めばいいんですか。多すぎです」

 とても一日で終わるとは思えない。

「問題ない。まずはトーナメント方式で戦わせて勝ち残った奴同士を更に競わせる。今それを部下に作らせている。そうすれば二戦目が終わった辺りでおそらく残るのは三十人くらいになるだろう。特に使えそうなヤツはチェックしてあるから各ブロックにソイツらを振り分ける」

 さすがは絶対強者というところか。見ただけでそんなこともわかるとは。

 確かに戦い慣れていない私でも前に立てば団長達のオーラには圧倒されるし、ガイも強いヤツは気配と臭いでわかると言っていた。ただ歩いているだけでも隙がないのだと。

「つまり強者の実力を見せつけることで辞退者が出るのを狙うというわけですか」

 私がそう尋ねると団長は頷いた。

「さすが理解が早い。そうだ、明らかに勝てないとわかればそれに挑む奴も減る」

「でも私が欲しいのは兵力ではありません。警護と護衛ですよ」

 戦をしたいわけでもないし、領地も持っていないのだから必要以上の武力は必要ない。

「だがこれからのことを考えれば腕の立つ者を少しは増やさないと危険ですよ。ハルスウェルト殿」

「ハルトで結構ですよ、マリンジェイド連隊長。敬語も必要ありません。

 何人つけたところでそれ以上の兵力を持ってこられたらどのみち対抗できません。もっともやられたままで済ますつもりはありませんが。それに」

「平民を見下すようなヤツはいらない、か?」

「その通りです」

 私の大事な人達を蔑むような不快な人なら是非お引き取り願いたい。

 いくら強くてもそんな人は必要ない。

「貴族嫌いは変わらないな」

「貴族が、ではなく身分で差別する貴族が嫌いなだけです」

 だから団長も連隊長も、勿論イシュカやここまで護衛してくれた団員のみんなも嫌いじゃない。全員が仲良しこよしできるわけではないので多少の好き嫌いはあるのはしょうがない。仕事は仕事、割り切ってもらえるなら問題にするつもりもないのだ。

 すると団長はふむっと少し考えた後、マルビスの名を呼んだ。


「何か御用でしょうか?」

 契約などのこともあるので今日はマルビスもここに来ている。

 団長に呼ばれてすぐ近くまでやってくるとマルビスに向かって懐から小さな袋を出して放り投げた。チャリンとした音からすれば金貨で間違いない。

「この町で平民がよく利用する店内の広いメシ屋を五十席ほど確保しておけ。ランクは低くていい。席さえあれば貸し切る必要もない。そこに残った候補者をブチ込んで様子を見る。平民と一緒にメシも食えないヤツはそこで落とせばいい。お前のとこは貴族も平民も関係なく同じテーブルでメシを食うんだろう? 

 酒もどんどん呑ませてやれ。酔えば本音も本性もでてくる。問題を起こすようなヤツは俺とイシュカでつまみ出してやるから大丈夫だと店主にはそう説明して謝礼金をはずんでやれ。店に損害が出た場合はその損害も弁償もするから心配するなと付け加えてな。 

 後は候補者に合否は一週間から二週間の間に手紙で連絡すると伝え、その間に調査をいれればいい。お前んとこには優秀な情報屋がいるだろう?」

「手配します」

 マルビスがすぐに席を外した。多分該当する食堂に交渉しに行ったのだろう。

 申し訳ないが細かいことをあまり考えるように見えない団長からの提案に驚いた。

「なかなか面白い手を使いますね」

「別に面白いというほどでもない。騎士団内の食堂でもよくあるんだ。新入りがナワバリを知らずに上位貴族出身のヤツらのテーブルに紛れ込んで喧嘩になる。別に決められているわけではない、どこでメシを食ってもいいんだが植え付けられた選民意識ってヤツは厄介でな。下賎な者とは一緒に食事をしたくないんだと。

 ウチは実力主義だ。当然だが平民や爵位の低い奴が上司になる場合もある。そうすると班の移動願いを出してくるヤツもいるし、納得できなくて俺のところに直談判してくるヤツもいる」

 ただ強いだけではトップになれるはずもない。ある程度の処世術も必要なのか。

 それにこの人は侯爵家出身、そういう人間関係もよく見ているということか。

 感心していると団長はニッと笑って付け加えた。

「もっとも俺はそんなもの受け付けないがな。嫌なら実力でのし上がって自分で班長の座を勝ち取れと言っていつも追い返してやるんだ」

 ・・・前言撤回。

 やっぱりよくわからない。

 ただ団長自身は身分というものを全く気にしない人だというのはよくわかった。

「無能な者をトップに据えれば後は滅びが待っているだけだ。第一王子には是非とも回復してもらわねばならない。この国のためにもな」

 連隊長が深いため息を吐いた。

 私には関係ないと思っていたけれど、そうか、我儘第二王子が王座に就くとこっちにもとばっちりがくるわけだ。

 それはなんとかせねばなるまい。

「第一王子の病状って聞いても大丈夫なの?」

 噂がある程度広まっているということはある程度の対処はしたが効果がなかったということなのだろうが。

「ああ構わんぞ。貴族の間では有名だ。ここで隠しても少し調べればすぐにわかる。特に重い病気というわけではないんだが風邪などの病にも罹りやすく、肌荒れも酷い、疲れやすくて少し動いただけでも息が切れるような状態でな。食欲もないのか出された食事の半分も食べない。そのせいか情緒不安定なところがある。体臭がキツくなってきたんで人前にも出たがらないようになった」

 なんかそれって聞いた覚えがあるような。

 最近ではないことは間違いない以上、やはり前世だろう。

 確か私が死ぬ少し前の話だ。

 好き嫌いの激しい旦那の真似をして子供が野菜を食べなくて困っていると友達が私に泣きついてきたのだ。その旦那と子供が似たような症状で困っていたはず。今時ネットなどでレシピの検索かければいくらでもヒットするだろうと進言したのだが基本的にものぐさで料理の苦手な自分には無理だと言っていた。

 あれは料理が得意な人かある程度出来る人が使うもので料理の下手な自分には無理だと。

「第一王子って私より四つ上だっけ?」

「そうだ。明らかに体調がおかしいが何人の名医と呼ばれる医者に見せても原因がハッキリしない。それで万病に効くという例の魔獣の素材を探していたということだ」

 もし私の推測が当たっていたとして、その妙薬とやらは果たして効くのだろうか?

 仮に効いたとしても根本的な問題を解決しない限りは同じことの繰り返し。

「ちょっと確認したいんですけど、王子って食べれないわけではないんですよね? どんなものを食べてるの?」

「お好きなのは魚や肉料理だな。野菜はお好きでないようでサラダなどほとんど残されるようだ」

 

 ・・・これってほぼ決まりなのでは?

 多分主な原因は野菜不足によるものだ。庶民、特に貧しい者には肉や魚は高級品。出された食事に文句を言うことなく食べる。だが王族故にその我儘が通ってしまったのだろう。始めはそこまで偏ってなかったかもしれないが体が少しづつ変調をきたし、もともと好きでなかった野菜を避けがちになり、ますます野菜不足に拍車がかかり、そしてそんなに体調が悪いのならせめて食べられるものをと王子の嫌いな食材は更に遠ざかった。こんなところだろう。

 野菜嫌いの子供に野菜を食べさせる方法はいくつかある。

 だが一朝一夕には成果はでない。

 すぐに結果が出ない以上、言ったとしても信じてもらえる可能性は低い。

 医者ではない私の言葉を誰が信じてくれるだろう。


「医者の中には空気の綺麗なところで療養させた方がいいのではないかという者もいてな」


 それだっ!

 連隊長の言葉に私は閃いた。

 そうだ、綺麗な水と空気のせい、環境が変わって落ち着いたせいなのだということにしてしまえば私のしようとしていることは目立たなくなるのではないか? 後は妙薬とやらが完成すればその薬が効いてきたのだろうということにしてしまえば問題ない。リバーフォレストサラマンダーの捜索、生態調査がある間は近衛か騎士団が在中しているだろうから護衛の心配はないだろうし都合がいい。

 だがもし自分の予想が当たっていたとして、王子が回復に向かったとしたらますますウチと王家と結びつきが出来てしまうのでは? 

 それに王子が来るというのなら側近は勿論、食事係も連れてくるのではないだろうか。王子にそれを食べさせなければここに連れてきたところで意味はない。正直なところ面倒ごとは極力避けたいし、王家とも関わりたくない。だが、子供を見捨てるのは私の望むところではない。それに噂の馬鹿王子に即位されるのも問題だ。

 ウ〜ン、どうしよう。

 どうすれば上手くいくだろう。

 考え込み始めた私の頭上で団長とイシュカが会話をし出した。


「そういえばイシュカ、どうだ? ハルトの護衛生活は」

「すごく勉強になります。昨日は伯爵から書物もお借りして手が空いた時には目を通すようになりました」

「どんな本だ?」

「庶民の生活や様々な職業についての基礎知識などが多いですが、以前ハルト様が仰っていたように庶民の生活の知恵というものは素晴らしいです。力なき者に学べとハルト様が言われていた意味を理解しました」

 それは良かった。単なる思いつきではあるけれどイシュカのためになっているならそれでいい。ここ最近忙しくて暇があったら話し相手になるというイシュカとの約束をなかなか果たせなかったし、気にしていたのだ。

「ほう。面白そうだな。是非今度その書物の名前の一覧を書き出しておいてくれ」

「はい、まだまだ私に読ませたい本があるとハルト様が仰られているのでとても楽しみにしています」

 手抜きと思われていないようで助かった。

「良かったな。是非側で勉強してハルトの知識や考え方を吸収して持ち帰ってくれ」

「日頃の生活や食事に至るまで常に改善、工夫を凝らして生活なさっているのを見ていると、こういうふうにしてハルト様が成長なされたからこのような御方になられたのだろうと納得しました。

 商品開発に精を出されていて、今度、町にパンや甘味の店の出店を考えられているようです。昨日も試作品の御相伴に預かりました。すごく美味しかったです」

 そういえば陛下にも同じようなことを言われたっけと思いだしていると両側から視線が注がれていることに気づいた。

「何をそんなに驚いているんですか?」

 顔を上げるとそこには驚愕に見開いた二人の顔があった。

「いや、だってな。イシュカの味オンチは有名なんだぞ。どんな寮の酷い料理でも平然と食べているんでみんな引いていたぐらいで。だが美味しいなどと言ったことは一度もなかったんだ」

「美味しいものを食べる習慣がなかっただけでしょう?

 美味しいものを知らなければ食べているものが不味いのだと認識しない。今は普通に私達と一緒に食事をして、いつも美味しいと言ってくれてますよ?」

 おかしなことでもなんでもない。

「そういえばダグやシエン達が戻って来たら自炊し始めていたな。ハルトのとこの食事に慣れたら寮のメシには耐えられないと。あんなに面倒がっていたのに」

 結局マズイと評判の騎士団寮内の食事は一度も口にしなかったっけ。

 美味しい料理をロイとマルビスが作ってくれたからその必要もなかったし。

 すると興味津々に団長が私の顔を覗き込んでくる。

「食べてみたいんですか? 昨日の残りで宜しければまだ屋敷に試作品が残っていますよ」

「いいのか?」

 いいのかもなにも、明らかに催促の視線でこちらを見ていたではないか。

「さすがに今日は作れませんからね。何日かご滞在の予定があるなら今度ご馳走様しますよ。

 但し、今私が日中いる場所は平民十人が寮の完成まで生活していますので相当ムサ苦しいでしょうし、あまり広いとはいえない場所ですが。

 それでもよろしければになりますが」

「構わんぞ、そんなものは騎士団で慣れている。気にするほどでもない」

 そうだろうなとは思ったけれど一応念押ししておく。

 志願者達の食事の手配に気前良く金貨を出してもらったことだし構わない。

 すると連隊長が今度は立ち上がりゴネ出した。

「バリウスばかりズルイではないか」

「お上品なお前では耐えられないだろうが」

「私の近衛とて、寮は似たようなものだ。今更そんなもの気にするわけもなかろう」

 両側で立ち上がったまま繰り広げられる口喧嘩。

 二人とも体格がいいだけあって声量も凄い。

 出来上がったトーナメント表を近くの木に貼り出している団員達がギョッとしてこちらを見ている。

 嗚呼、もう、うるさい、ウルサイ、五月蝿い!

 これでは考えも上手くまとまらないではないか!

 私はスックと立ち上がり、二人の間に割り込むと力の限り叫んだ。

「こんなところで喧嘩なんてしないで下さいよ!

 良いですよ、それで構わないと言うのなら是非連隊長もいらして下さい」

 怒鳴り終えると近くにいたロイに昨日の試作品を多めにいくつか見繕って持って来てもらうように頼んだ。

「構いませんが、良いのですか? 昨日のものですよ」

 位の高い二人に残りもの出すことに抵抗を感じたのか尋ねてくるロイを安心させるために付け加える。

「あれは作りたても美味しいけど一日置いてからでもしっとりとした食感で違った味わいがあるんだよ。この間は余分は全部ガイに食べられちゃったから翌日までは残っていなかったしね」

「ではすぐに持って参ります」

 屋敷も近いし程なく蒸しパンも届くことだろう。

 こういう人達には口にものを詰め込んで黙らせた方が早そうだ。

 ロイが屋敷にも向かったのを見届けると私は申し訳なさそうに座っている二人の間にドスンと座った。


 この一件が、後に『ハルスウェルト最強説』の噂の発端になるとは思いもしなかった。



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