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第六話 初の冒険者ギルドなんですが。


 陽もすっかり落ちて辺りにランプの明かりが灯り町を照らし出す頃になると、町は既に家路へと急ぐ人影もまばらとなっていた。


 この世界の夜は長い。


 太陽と生活を共にする下町ではこんな時間に開いている店は中心部にある酒場や娼館くらいだ。

 闇に馴染み始める商店街とは違った喧騒が静まり返った町中にこだまし始める。 

 よほど疲れていたのか馬車でゆらゆらと揺られ、ウトウトとしていた父様が目を覚ましたのは町の外れにある冒険者ギルドの前で馬が歩みを止めた時だった。


 御者が到着を報せるためにロイが軽くノックをすると用意した手土産を持ち、冒険者ギルドの前に父様と私は降り立つとその扉を叩いた。すでに扉には鍵が掛けられていたが前もって連絡を入れていた事もあってすぐに解錠され、背の高い壮年の男が姿を現した。初めて見たギルド内部に好奇心丸出しでキョロキョロと見回しながら彼の持つ小さなランプの灯りについて行くと受付横の戸口から2階へと私達三人は案内される。


「これはこれは領主様、こんな小汚い場所へようこそ」


 そこで待っていたのはいかにも貴族的な優男風の父様とまるで逆タイプのガッシリとした筋骨隆々の浅黒い肌をした隻眼の男だった。いかにもな脳筋タイプに見えるが多分この男がギルド長なのだろう、父様が持っていた麻袋を渡すと開けて中を覗き、中身が上質のワインだと知るとやや不機嫌そうだった顔が目に見えて上機嫌に変わった。


「その気持ち悪い言い方はよせ、いつものようにルイゼでいい」

「んじゃまあ、遠慮なく」


 立っていた彼の向かいの三人掛けのソファにいつも貴族然としている父様がドスンとらしくない乱暴な仕種で右寄りに座る。郷に入っては郷に従えということか、顎をしゃくるように指示され、私も腰を降ろした。そして私達の後ろにロイは立った。

 すると先程ここまで案内してくれた男性が小さめの麻袋を四つ乗せたワゴンを押して入ってくると向かいの一人掛けのソファに座ったギルド長の横に付け、彼の後ろに控えた。


「直接お前が、しかもこんな時間にここにくるってことは何か込み入った案件か、あまり表沙汰にしたくない内容なんだろう? 

 まずはこちらの用件から済ませて貰うぞ」

 そう言うとワゴンに乗っていた麻袋を一つずつテーブルの上に移動させる。

 袋は置かれる度にガチャガチャと重そうな音を立てた。


「この間、お前んとこの従者達が持ち込んだワイバーンの買取金額だ。

 全部で金貨四百八十枚、確認してくれ。そしたらこいつは帰らせる、そのほうがいいんだろう? 内訳の説明はいるか?」

 つまり中身は金貨というかことか、ワイバーンって結構な金額するんだなあ。

 この世界の通貨は金額、銀貨、銅貨がメインだ。

 貨幣価値も前世でいうところのだいたい一万、千、百円が近いみたいだからおおよそ五百万円。父様が麻袋から取り出した金貨を十枚ずつの山を築いているのを見ていてやっとワイバーンがかなりの大物であると実感がわいた。


「内訳の説明はいるか?」

「ああ、悪いがハルトはこういったことは初めてだからな、聞かせてやってくれ」

「了解した。まず一番高い買取値がついたのは魔石、金貨ニ百五十枚。次は皮が百二十枚、綺麗な状態ならもう三十は上乗せ出来るんだがこいつは真ん中に大きな穴が空いていたんでな、この価格にさせてもらった。それから爪と牙が各三十枚、骨が二十枚、内蔵他が十枚、血液が十枚、肉が三十枚、全部で金貨五百枚、そこから解体料の二十枚を引かせて貰ってこの金額になる。

 問題ないか?」

 

 ワイバーンの魔石が二百五十枚って半端ないなあ。

 この世界の魔物は一定以上のランクになると魔力をためておく器官、魔石と呼ばれる物を持っていることが多い。

 これは魔道具に使われたり、結界を張るのに使われたりしている前世でいうところの乾電池か蓄電池あたりが近いかもしれない。勿論そこにこめられた魔力は有限だが同じ属性を持っている者なら補充も可能だ。耐久年数は約十年、使用頻度によっても差が出る。倒した直後はどういう理屈かわからないがほぼ満タン。ランクが高いほど魔石は大きくなり、耐久年数は上がる代わりに補充には効率があまり良くないらしい。

 皮は穴が空いてなければ三十枚も違ったのか。

 結局溺死させたのだから最後の念押しは要らなかったか?

 いや、でも万が一あれが仮死状態だったなら確認している途中で返り討ちになっていたかもしれないし。

 そんなことを考えながら聞いていると父様がちょうど最後の麻袋の金貨の山を築き終わっていた。

「まあ、妥当なとこだろう」

 そう言って差し出された書類に目を通し、受け取りのサインをしてギルド長の横に控えた男に渡すと彼はそのまま戸口で一礼し、退室していった。

 それを確認すると父様は空の麻袋を1つだけ持ち、

「ではここから屋敷の修繕費と屋敷の者達への運搬手間賃、来賓の方々に送るお詫びの品々、事後処理に掛かったの経費を引いて」

 説明しながら金貨の山に手をかけ、麻袋に戻して行き、十六の山を崩した時点で手を止め、口を縛る。

「後はハルト、お前の取り分だ。仕舞っておきなさい」


 えっ・・・

 まだ山が半分以上残っているんですけど。

 子供に大金、いや、中身は三十路だけれども、外見は一応まだ六歳なのだから一般的には親が管理するなり、銀行へ預けるなり、って銀行はないのか?


 どうしたものかと戸惑っていると驚いたのは私だけではなかったらしい。

「おいっ、今、お前なんて言った?」

 驚いてソファから立ち上がるギルド長に父様は平然と言い放った。

「この子の取り分だと言ったんだ。

 この子が一人で討伐したのだ、私の懐に入れるのは筋が違うだろう?」

「なんだってっ!」

「だからワイバーンはハルトが一人で倒したのだと言っているのだよ。

 私が駆けつけるよりも早く、警備兵の手も借りずにな。

 少しくらい情報が入ってたんじゃないのか」

 立ち上がって詰め寄るみたいにテーブルの上まで身を乗り出しているギルド長に父様は落ち着けとばかりに両手を前に出し、押しとどめる。

「お前んとこの息子が倒したらしいってことは聞いてたさ。

 だがルイゼんとこには息子は三人いるだろ。

 てっきり上のほうの子供がせいぜいトドメを刺したくらいだと・・・」

 私を信じられないものを見るような目つきで眺め、見下ろしている。

 

 そりゃまあそうだろう。

 子供と聞けば普通は上のほう、つまり兄様達のほうが浮かんでも無理はない。

 どう考えても六歳の子供がワイバーンの前に出張る絵面は想像しにくいに違いない。

 自分でもそう思うが咄嗟の場合、前世の三十路の行動が出てしまう。

 外観年齢に多少は引きずられることもあるが記憶がバッチリ残っているのだ、たかが六年ごときで簡単に性格が変われるくらいなら前世の私も苦労はしなかった。しかしここでそれを言うわけにはいかない以上、ひたすら事の成り行きを窺いつつ黙っているしかない。

 私が下手に口を出せば墓穴を掘る未来しか見えない。

 この際、話を振られるまで黙っていよう。


「まあ、眼前で目撃した親である私でさえ驚いたのだから当然といえば当然の反応か。

 ハルトは三男だ。いずれ独り立ちしなければならない。この金はその資金にする」


 なるほど、納得だ。

 一般的に貴族の三男以降は成人したらある程度の支度金(その家の財政状況にもよるが)を持たされて自立させられるか、女の子なら嫁入り修行を兼ねて奉公に出される。

 婚約者がいれば成人と同時に嫁入りもありえるが男の場合は自分で生活の基盤を築かなければならないので一番人気なのは衣食住のうち食と住が保証される騎士団入りだ。出世すれば騎士爵や準男爵、さらにその上も才能と努力次第で切り開かれる。

 仮に出世できなくても少なくとも食いっぱぐれはない。

 国家間の戦争もここ数十年起こっていないみたいだし、対魔物部隊の緑と赤の騎士団を除けば殉職率も低いだろう。

 ただ女性と知り合うキッカケが少ないので独身率が高いことを除けば。

 それを嫌って他の道を選ぶなら商人か、冒険者か、どちらにしても初期投資は必要だ。商売するにも先立つものがなければ始まらないし、冒険者にしてもそれなりの装備と寝床がいる。

 資金があれば選択の幅が広がる。

 となれば、ここは遠慮なく金貨は頂いておくべきだろう。

 ソファから降りていそいそと麻袋に金貨をしまい始めた私の頭上に視線を感じたがここは気付かないふりをしておくのが妥当だ。注がれる視線を居心地悪く思いつつも積み上げられた金貨の山を確認しながら百枚ずつ入れて口を縛り、机の上の金貨がなくなるまで観察するようなそれは続き、ソファに戻ったところで二人分のため息とともにそらされた。

「成程な、どうりでわざわざここまで出向いたわけだ。しかも秘蔵の酒を持って」

「まずはこの子、ハルトの保有魔力量とその属性が知りたい」

 やっと本題か。

 実際、私の魔力量はどのくらいなのか。

 多分兄様達よりは多いことは理解しているが稽古をつけている教育係や父様の本気を知らないのでわからない。前世のゲームみたいに簡単にステータスを数値で見ることができるわけではないのでこうして神殿やギルドまで計測するために行くしかないのだ。


「準備する。ついて来い」

 

 歩き出した彼を追いかけて父様と私も受け取った金貨の麻袋をロイに預け、ソファから離れた。



 連れてこられたのは先程通り抜けてきた冒険者ギルドの受付近くの大きな覆い布の掛けられたものの前。

 明かりがつけられ、さっきは薄暗くてよく見えなかったそれは私の身長よりも一メートルほど高く、隠す布が剥ぎ取られるとそこには御影石に似た色の大きな石板が現れた。上部ほど幅が狹くなるそれの中央には目盛が刻まれていて、ちょうど私の目の前辺りに七つの石が円を描くように埋め込まれている。


「あの、どうすればいいんですか?」

 前に連れて来られたところで使い方はわからない。

「簡単だよ、石板のどこでもいいから触れて軽く魔力を放出するだけでいい。

 そうすればそいつに填められた七つの空の魔石がその属性の適性を持っていればその色に、石板は持っている魔力が多いほど上の方まで光る、やってみてくれ」


 測るだけなら結構簡単なのか。

 どういう仕組みなんだろう? 

 どこでもいいから触って魔力を少し放出すればいいんだよね。

 私は目の前の石板にペタリと右手をつけたが光らない。

 魔力を使わなければ反応しないってことなのか。

 これって込める魔力で反応違ったりするのかな?

 試しに本当にほんの僅かの魔力をそれに込めてみた。

 全力で注いで爆発、なんてことはないだろうけど。

 すると足元の石板がうっすらと光った。

 込めた魔力分反応する仕組みなら三分の一前くらいで止めとこうと思った次の瞬間、下の方を僅かに照らしていた光が急速に上昇し始めてビックリして手を引いた。

 フェイントかよっ、と思わず口に出しそうになった言葉を呑み込んで見ているとぐんぐん上がる光の柱にギルド長が驚いた声を上げる。


「・・・チョット待て」


 なおも上昇する計測値はすでに軽く半分を超え、上部ニセンチほど残してピタリと止まった。

 これまで散々調子に乗って倒れるまで魔法を使い、更に面白くなって体力強化を計った上で実験と称して色々試したりしたのは認めるがこれは想定外。

 自分の趣味と好奇心に走った結果は・・・ 


「冗談だろ、おい」

「やはりこうなるか」


 唖然としているギルド長の横で父様は予想範囲内だったのか右手で額を押さえて呟いた。ロイもかなり驚いたようで瞬きも忘れて目を見開いている。

「七つ属性全部、おまけにこの石板のほとんどテッペンまで光ってんぞ」

 そう、目の前の石板は煌々と光を放ち、填められた魔石はそれぞれの属性の色を帯び、とどのつまりは上部ニセンチを残してほぼ全体が眩き、ギルド内部を照らしていた。

 これはいくらなんでも目立ち過ぎなのではと思いはしたが全ては後の祭りということで。

 予定は未定、予定とは狂うものであり、未確定な未来は変化するものだ。

 軌道修正、予定変更などよくあることだと自分に言い聞かせつつ、だが動揺は隠せない。

「こりゃ魔力量だけでいえば王国騎士団団長クラス、いや、ワイバーン撃墜したんだったな。実力もそれクラスってことか」

 流石にそれは盛り過ぎでは?

「いや、そうでもない。剣や弓の腕前だけならその辺の衛兵にも負けるだろうな。

 実際、ハルトがワイバーンを倒すのに使ったのは威力こそそれなりだが殆どの魔法が初級のものなのだよ」

 そうそう、やはり父様よく見ていらっしゃる。

 剣術も弓も父様どころか兄様達にだって敵わないのだから期待値高いのはおかしいよね。

 中身はともかく今は六歳児、身体能力にも限界あるから過度な評価はごめん被りたい。

 自分がやらかしてしまったことを棚に上げ、心の中で父様を応援する。

「マジか? ま、確かに解体した奴らが死体の傷がヤケに少ないって驚いちゃいたが」

「百聞は一見にしかず、闘ってみればわかる」


 あれっ? なんだか思わぬ方向に・・・


「昇級試験場は空いているのだろう、ちょっとこの子の相手をしてみてくれないか? 

 そうだな、対A級クラスで頼む。時間は半刻だったな」

 さっき父様が言ったばかりじゃないですかっ、剣術も弓もその辺の衛兵に負けるって。

 だってギルド長というからには強いんですよね、それもかなり。

 敵うわけないじゃないですかっ!

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」

「旦那様っ」

 おろおろとしながら見上げている私とさすがにやり過ぎだとばかりに驚いて止めようとしているロイにもかまわず、二人はサクサクと話を進め、歩き出す。

「いいのか? ひとつ間違えれば大怪我じゃすまねえぞ」

 その言葉にぎょっとしたのはロイと私だ。

 それはカンベンしてくださいっ、待って、お願い!

 なんとか止めようと追いかける私達を気にも止めず先程ニ階に上がった階段の脇を抜け、更に奥へとむかう。

 そりゃあ後先考えず暴走しまくって当初の予定から大幅ズレているのは間違いなく自分の責任、それは認めるけどA級って冒険者ランク上から三番目でしょう? 

 どう考えても無理があるでしょうよ?

「模擬剣なら致命傷にはならないだろう。一応上級ポーションを用意してある。

 この子の実力を見た上でお前の意見が聞きたい。

 それに油断してると危ないのはお前のほうかもしれないぞ」

 いやいやいや、致命傷にならないだろうからって万が一ってことがあるでしょう?

 ポーションあっても怪我すれば痛いものは痛いでしょ、誰かの命が掛かっているのならそれもリスクとして受け入れもするけどそんなこと好き好んでしたくない。

 それに人間相手は勘弁して下さいっ!

 しかし、そんな私の願いも届かず二人の間で合意はなされ、戸口の横の籠に刺してあった模擬剣を持ち、ギルド長が扉を開けると、そこには高い塀に囲まれた三十メートル四方ほどの空き地があった。

 二人の会話の内容から察すると、ここは冒険者達のランク昇格試験場なのだろう。

 塀で囲まれているのは彼らが持つ技術をできるだけ秘匿するためだろうかと見渡していると父様が呪文を唱え、周囲のランプに灯りをつけた。暗かったのが一気に明るくなって眩しさに目を眇め、開けたそこにはすでに戦闘態勢万全の殺る気に満ちたギルド長がいた。


 はっきり言って怖いっ!

 子供相手に大人げないですってばっ!

 ギルド長、貴方、戦闘狂ですかっ⁉︎


 獲物を見つけたとばかりに嬉しそうにニヤつくのやめてほしいんですけどっ!



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