第五十三話 厄介事の臭いがしています。
何故こう次から次へと問題が発生するのか?
やはりある意味、この世界でも祟られているのだろうか。
まさか前世の男運の悪さが改善されている代わりに他の運が悪くなっているとか言わないよね?
資料によれば食用として乱獲され絶滅となっている。
その存在が確認されていた当時、その肉はかなり珍味で卵も高級食材として扱われていたようだ。骨や血液も漢方のような薬剤としても用いられていたようで取引価格も絶滅認定される前あたりは気性も荒くなく、どちらかといえば臆病、捕獲も難しくないのにも関わらず、ワイバーン並みの取引価格になっている。
ある意味お宝発見と言えなくもない。
それも上手く捕獲できればの話、それに長い年月が経ち、巨大化、凶暴化していないとも限らない。住処もハッキリしていないし、何匹生息しているかも定かではない。実際、当時最大二メートルと書かれているが目撃者が見間違えていないとするなら体長は三メートル超え。長寿らしいので発見されなかったために大きくなったと思えなくもない。
「これってどうするべきだと思う?」
一応水属性で相手を威嚇するときに独特の強烈な臭いを出す以外は水を吐くが勢いもないので危険度の低さから魔獣というより扱いは動物に近い。
しかも絶滅したとされる少し前から乱獲禁止指定生物扱いだ。
絶滅危惧種というより絶滅されたと思われていた生物の御登場かもしれない事態に部屋の中はシンとなった。
「まずは調査が先だろうな」
確定でない以上確かに調べる必要はあるだろう。
「もし他にも個体がいるなら是非ツガイで捕らえたいですね。繁殖させられたらひと財産になりますよ」
その発想はマルビスらしいといえばマルビスらしいが、
「でも肉食だよ? リゾート施設に出没して万が一問題起きたらマズイでしょ」
夜行性なんで昼間は大丈夫だろうがキャンプ場とかに出てお客さんに噛みつきでもしたら大変なのではないだろうか。
「何かいい手はありませんかね」
・・・何故一斉にこちらを見る?
マルビスの言葉にみんなの視線が私に集中した。
そんなに簡単に発見、捕獲できるくらいなら過去にも出来たはず。
相当難易度高いよね?
「情報が少なくちゃ手の打ちようもないでしょ?」
「まあそうなんだが、つい、な」
ダルメシアの何か奥にモノが挟まったような言い方はなんなのか。
「とりあえずコイツについての文献が他に残っていないか調べさせてみる。危険度も低いし昼間は動かないらしいから今のところすぐに問題にはならないだろう。明日にでもコイツを見たって言うヤツらにもう一度詳しい話を聞いておく。正体については確認も取れていないし騒ぎになっても困る。捜索するのにも人手がいるし、一応伏せておく」
「その方がいいだろうな。ある意味一攫千金とも言える獲物だ。大勢の冒険共に押しかけられて荒らされたら面倒だ」
ガイの意見にみんなが頷いた。
「資料が揃ったらお前んとこに遣いを出す。それでいいか?」
「いいよ。ギルドとしての対応もあるだろうし。ダルメシアに任せるよ」
なにせ乱獲禁止指定かかっていたわけだし、討伐していいのかどうかも定かではない。私達だけの判断では厳しいだろう。捕獲したはいいけど何かが原因で死なせて問題になっても困る。
とりあえずは夜行性ということで明日のバーベキューには差し支えないし、明日は楽しんでくるとしよう。用事も済んだことだし帰ろうとしてまだ一つ鞄の中に渡していないものが入っていることを思い出した。
「ああそうだ、もう一つ渡したいものがあったんだっけ」
私は鞄からそれを取り出すとダルメシアに差し出した。
「今度ウチで雇うことになった鍛治師の作った短剣なんだけど、良かったら使ってみて感想聞かせて欲しいんだけど」
「昼間に来た中の一人か」
そうか、そうだった。マルビスに伝言頼んでいたんだからそうなるよね。
「扱い方にさえ気をつけて頂ければ切れ味の保証は致しますよ」
マルビスがそう言うとダルメシアは鞘から短剣を取り出して眺める。
「結構な薄刃だな」
「素材に対して真っ直ぐに刃を入れるのがコツだ。力の入れ方を間違えるとパキッといくぜ?」
冒険者ギルドでは解体作業も多いし、お試しで使ってみてもらうのもいいだろうと思って持ってきたのだ。
ガイの言葉に頷いてダルメシアはそれを鞘に戻した。
「わかった、明日にでも使ってみる。マルビスが太鼓判を押すなら間違いないだろ」
用事も無事に済んだので私達は屋敷に戻って行った。
外で待たせてしまったランスとシーファには屋敷について馬車から降りた時にバスケットに残っていた蒸しパンとプリンを御礼に渡しておいた。
翌日は町の朝市で食材を買い込んで予定通りにライナスの森に向かった。
騒ぎになりたくないので私は馬車で待機、昨日買ったという中古の乗合馬車にはジェイクを御者に、もとレナス商会従業員達が、ウチの馬車はゲイルを御者にロイとマルビス、テスラ、キール、私とウェルムが、後ろの荷台にはガイがねっ転がっている。あんな狭いところでよく落ちないものだと感心する。
町から森に向かう道の整備もほぼ終わっている。
もっとも整備と言っても地面をならして踏み固めた程度、小石や岩などを退けて馬や馬車が走りやすくしたものだ。それでもデコボコで馬車では脱輪しそうな以前よりはずっとマシになっている。寮や施設建設資材搬入のために最優先で整備したので後は追々考えていくことになるだろう。森にある湖畔の平地はレジャー施設優先で敷地を確保するので寮と私達の使う屋敷は森の入口に建てることになる。最優先は現場監督と作業員の使用予定の寮建設、屋敷や町から通うのでは作業効率も悪い。立派な木々も生えているので使用木材は現地調達も多いが景観を損ねないように気をつけてもらっている。出来ているのは土台の基礎部分と骨組みだけだ。出来上がるのにはまだニヶ月かかるらしい。とりあえず何人かでも住めるようになったら順次完成前でも入寮できるように作って行くそうだ。
森に入って半刻もしないうちに私が初めて見た時に感動したあの景観が現れる。
初夏の日差しを浴びてキラキラと輝く湖面、覆い茂る迫力のある太い木々に囲まれたそこは迫力がある。この辺りは景色との兼ね合いも考えて木材をメインに使用した富裕層向けの数軒のコテージとキャンプ施設、メイン商店街を、通って来た道沿いには前世でいうところのテナントのための売り物小屋と露天商を考えている。大きな木々の上にはログハウス風の宿泊施設も考えているので木々の剪定や枝の切り落としも始まっている。完成まではまだまだとはいえ、こうしてみると実感も湧いてくる。商人達は自分達が手掛けようとしている仕事に大はしゃぎで辺りを見て回っている。
一応あまり危険な動物や魔獣の生息は確認されていないがあまり遠くまでは行かないように注意したものの生返事。聞いているのかいないのか、ふらふらとしている。まあ私も夢中になると周りが見えなくなってしまうので人のことを言えた義理ではないのだけれど。
こうしてやる気を出してもらうために従業員を連れてくるのも雇い主の役目だろう。現場を見ているのといないのではイメージも違ってくる。
私達はそれを見て笑いながら昼食の準備を始める。
しかし、買ってきた食材にやたら肉が目立つ。
やはり私も市場について行くべきだっただろうか?
でもこの間のように身動きが取れなくなっても困る。
健康に悪そうだと思いつつも食欲旺盛な男の人が多い以上仕方ない。
変わりにお試しで作るつもりの味噌汁には具沢山の野菜たっぷりにしよう。野菜は熱が通ればかさも減るし、甘みも出て美味しくなるだろう。照り焼きや甘味噌ダレが受け入れられたので味噌汁も問題ないとは思っている。
一応ウェルムの鍛冶場も私達の屋敷の建設予定敷地内に建てるつもりで工事ももう計画している。
マルビスと相談した上で職人に仕事を長い間休ませては勘も鈍ってくるだろうと釜は早々に湖畔沿いに用意するつもりだ。まずは小屋程度の規模で整え、外観はそれから取り掛かることにした。
ウェルムの短剣は私の料理の時に使う道具でもお気に入りだ。スパッと食材が切れてくれるのでありがたい。本来の使い方でないので申し訳ないと思いつつもこの切れ味は最高だ。私が野菜を切る横でロイも鳥や兎を捌くのにウェルムの短剣を使っている。それを見てどんな顔をしているのか不安に思ってウェルムを見ると私達の作業を興味深そうに見ている。
「それは使いやすいか?」
尋ねてきたウェルムに私は大きく頷いて答える。
「他のナイフとは切れ味が違うもの、すごく助かっているよ」
「そうなのか?」
「まあ包丁の形をしていないから多少は使いにくいけど、その点を差し引いてもすごくいいと思うよ」
どうしても柄のところが引っかかるから気をつける必要があるんだけど。
「比べてみる?」
一応普通のナイフも持って来てるので、私はウェルムに自分で実感してもらうことにした。
特に固い人参や芋類を渡して自分で切ってもらう。
先ずは普通のナイフ。
食材の半ばまでくるとメキッと音を立てて不恰好に割れた。
次にウェルムの短剣を使ってもらう。
すると今度は何の抵抗もなく下まで刃が通った。
これは凄い違いなのだ。
「ね、全然違うでしょ? 専門職としている人には男の人が多いけど、台所はまだ女性の仕事場として考えられている家庭も多いからね。女の人って一般的に男の人より力が弱いでしょ? だからこういった包丁っていうのはウェルムの剣みたいに切れ味がいいと凄く助かるんだよ。男の人だって同じだよ。小さな力で済むならそれだけ疲れだって減るもの。職人さんにだって受け入れられるはずだよ」
自分の作品をしげしげと見つめている。
何を思っているのかわからないけど嫌な顔はしていない。
と、思う。多分。
「こうして自分が思っていたのと違う使われ方をするのはイヤ?」
確認の意味も込めて尋ねてみる。
するとウェルムはそれを私に向かって差し出し、返して来た。
「そんなことはない。俺の打った道具が活かされているならそれはそれで充分だ」
「包丁、作ってくれる気になったの?」
ちょっとだけ期待を込めて聞いて見る。
「ああ。だが、ハルト様の剣は俺に打たせてもらえるんだよな?」
それは当然でしょ。
不安そうに聞いてくるウェルムに私は大きく頷いた。
「勿論。ウェルムの剣は私のお気に入りだもの。楽しみにしてるんだよ、これでも。私もウェルムの剣が完成する前までには少し剣術の腕前を上げないと。昨日からガイとイシュカに少しずつ習うことにしたんだ」
「わざわざ、ですか?」
「だって折角作って貰っても私の腕が三流なままじゃ申し訳ないもの。ウェルムが納得のいく私の剣を作ってくれるまでには少しは上達しないとカッコ悪いでしょ?」
剣が良くても私が駄目なままでは話にならない。
いつまでもお荷物でいるわけにはいかない。
私が他の貴族達に狙われるような事態を引き起こしたなら自分で少しは対処できるようにならないと。それにウェルムの剣は片刃だ。峰打ちなら骨くらいは折れるかもしれないけど人殺しまでしなくても良さそうだ。魔獣相手なら遠慮なくザックリいけそうだし。足手纏いになることで誰かを傷つけるような事態だけは避けたいのだ。
「ねえ、テスラ、どうかな? この切れ味。他の刃物と鍛え方が違うんだよ。商業登録通るかな?」
私の横で野菜の皮剥きを手伝ってくれているテスラに聞いてみる。
昨日見た無精髭は見当たらないが散髪したてと違って驚いて固まってしまったあの時ほどの眩さはないので正直助かっている。テスラがマルビスのような洋服や小物にまで気を使うような洒落者ではなくて良かった。
テスラは自分の使っている短剣に目を落とし、刃をしげしげと見つめて答えた。
「まずは包丁を一本打って貰わないと話になりません。ですが、完成したら充分に通ると思いますよ」
「だって、ウェルム。良かったね。そしたらウェルムの包丁もこの施設の目玉になるかなあ。楽しみだね」
技術登録は期間も長い、評判になればウェルムの努力も充分報われるはずだ。
全ての人が報われるとは勿論限らないけど。
湖に目を向けたまま大きな岩の上に座ってスケッチしているキールにも声をかける。
「キールにも頑張ってもらわないとね。施設が完成したらここの看板はキールにデザインしてもらう予定だもの、しっかりこの景色見て、イメージしておいてよね」
大人でも遊べる大型施設。
でもメインとなるのはキール達のような子供なのだ。
「俺、頑張りますっ」
目がキラキラなのは良いことだ。
完成したあかつきには是非ともキールにも遊んで欲しいものだ。
この施設を作るにあたって私が一番最初にマルビスに言った言葉を思い出す。
私は幸せになりたい。
だけどそのついでにみんなが幸せになってくれたならお得だと。
多少、いや、かなり厄介事に巻き込まれてはいるけど私は結構幸せなのだ。
私を一番に優先してくれる人達が側にいてくれる。
だからみんなも私の側にいて、少しは幸せだと思ってくれたら嬉しい。
「貴方はこの施設計画のために色々と手掛けていたわけですか」
テスラの問いに少し考える。
私の作るものは基本的に私が欲しいものだ。
生活を便利にしたり、楽しんだりできる、そんなもの。
「それもあるけど違うよ。単に私が欲しかったから。もっともこれから登録が降りてくるのは多分そういうものが多くなると思うけど。まだまだ考えているものも多いし、テスラも手伝ってね?」
「はい、勿論です」
好きなことをして仕事になっているのはありがたいことだ。
生活のために好きでもない、大変な仕事をしている人も多い。
巻き込まれてる厄介事もその度、大切な仲間が増えていると思えば充分にプラスだ。
それに今回の厄介事も考えように寄ってはある意味ラッキーだ。
リゾート施設建設が終わってから見つかっていたら騒動になっていただろう。
捜索のために作った施設を半壊させられたり、森を荒らされるのは勘弁だ。
目撃されたのもローレルズ領よりの位置だと言うし、工事に大きく影響も出ないはず。
事前に対処できたと思えばそう悪いことでもない。
とりあえずはダルメシアに頼んであるけどどうなることか。
願くば王族とこれ以上関わりたくないなあと思うくらいだが。
大概私がこう思っているとそうはいかないのが最近のパターンなのだ。
あまり大事にならないといいのだけれど。
私は前世、水族館で見た愛嬌のあるオオサンショウウオの顔を思い出していた。