第五十二話 面倒はゴメンです。
冒険者ギルドに着くとダルメシアが私達を出迎えてくれた。
「よう、王都でも大活躍だったらしいじゃねえか、ハルト」
それは嫌味か。
また戦闘に参加していないにも関わらず、また過大評価されている。
私はウンザリしてダルメシアにお土産のお酒を押し付けた。
「活躍って何を聞いてか知らないけど私は大したことしてないよ」
「相変わらずだなあ、お前」
嬉しそうに出された酒瓶を受け取りながら中に招き入れてくれる。
今日いるのはダルメシア一人のようだ。
「それで、後ろにいるのがお前の新しい従者か?」
「仲間だよ。イシュカは陛下からの借り受けだけど。一応これから殆ど側にいることになるだろうから例の件、知っておいてもらった方が良いかと思って。父様の許可はもらってきた」
そう言って私はギルドの部屋の中ほどまで進んだ。
「イシュカ、これから見せることはこれから最低でも二年間、陛下や団長には内緒にしておいて欲しいんだけどお願い出来るかな?」
「内容にもよるのですが」
さすがにすぐには『はい』とは言ってくれないか。
「間違っても犯罪とか法を犯してるようなものじゃないから。隠しておくのが後ろめたいというならイシュカはランスやシーファと外で待っててもらってもいいよ」
無理強いする気はないし、どうしても知っておいてもらわなきゃならないものでもない。
不信感を抱かせるよりもあらかじめ教えておくか、隠し事があると知らせておく方がいいだろう。
イシュカは迷って少し考えてから答えた。
「いえ、犯罪ではないというなら御一緒させて下さい。知っていた方が対処しやすいこともあるでしょうし、限られた人間のみを連れてきたことにも意味があるのでしょう?」
単にこれから二年間、一番近くにいて一番フォローしてもらうことになりそうだからっていうのが一番の理由ではあるのだけれど。キールにも側近候補である以上いずれ話すつもりはあるけれどまだ早い。十五を回った辺りくらいにまだ私の側にいてくれたら考える。
「騒がれたくないって言うか、ここを離れたくないからなんだけど。リゾート開発成功してからじゃないと無理矢理引っ張られそうな気がしないでもないんだよね」
「まあ、間違いなく今まで以上に有名人になるのは間違いないだろうな。今更のような気がしないでもないが」
ダルメシアまで父様と同じようなことを言っている。
私はそんなご大層なことをしているつもりはこれっぽっちもないのだが。
そもそもそこまで出張りたいと思っているなら最後のオイシイところをわざわざ他人に譲ったり任せたりするわけがない。我先にとすっ飛んで行って敵の首を討ち取った方がいかにも活躍してますと主張できるではないか。口出しだけして後は引っ込んでいるだけだなんて普通に考えればありがたくない存在であるだろうに何故こうなる? わけがわからない。
「わかりました。法に触れないのであれば問題ありません。黙っているとお約束します」
「ガイとテスラも余計なこと知りたくないって言うなら出ててもいいよ。マルビスは多分薄々気がついているとは思うけど」
「まあ、なんとなくは」
みんながいる場所で意思確認できなかったから連れてきちゃったわけだけど、巻き込まれたくないって思っている人まで巻き込む気はないし。
「んじゃ、みんなここに残ったってことは一応黙っててくれるってことでいいのかな」
「構わないぜ、俺も大体の察しはついてるしな」
ガイも王都のギルドで私の秘密の一端は知っているので今更なのだろう。
「私達がハルト様の不利になるようなことをするわけないでしょう」
マルビスの言葉にテスラが頷いた。
では一応これで全員同意ってことで。
私は属性と魔力量を測る石板の前に立った。
「ダルメシア、布、外して」
「待て、万が一誰かに覗かれても面倒だ。ロイ、マルビス、木戸とカーテンを閉めろ」
ダルメシアの言葉に二人が慌てて窓際に走り、閉めて回る。
しっかり錠までかけられていることを確認した後、石板の布が外され、私はそれを見上げると少しだけ魔力を放出した。するとそれは以前と同じく最初に少しだけ光ると物凄い勢いで一番上辺りまで光が昇り、頂上少し手前でそれは止まった。
ダルメシアは彼の身長よりほんの少しだけ高い石板を見上げた後、私に視線を戻した。
「お前、何かやっただろう? 増えてるぞ」
「ホントだ、あとちょっとでテッペンだ。魔力量ってどのくらいまで増えるものなのかな?」
この間は二センチくらい残っていたはずなのだが今日は僅か五ミリほどの空きもない。
いったい魔力量というものの最大値はいくつなのだろう。
「さあな、これまでの記録によると最高は五千六百らしい。お前、このままだと更新するんじゃないか? 王都の神殿には八千まで測れるヤツがあるぞ」
つまりそのくらいまでは増やせる可能性があるということか。
「魔力量誤魔化す方法ってある?」
「ないこともない。普通は誇るものであって隠すものではないのだが」
「面倒ごとに巻き込まれそうな予感しかしないんだけど」
「まあな。それは否定しない」
ロイ以外の三人は呆然と石板を見上げたまま固まっている。
その中でも一番先に我に返ったのはイシュカだ。
「ちょっと待って下さい。この魔力量って、マリンジェイド近衛連隊長より上ですよ?」
「五つ持っているのは知っていたが、まさか全属性持ちとはね。しかも魔力量は俺らのほぼ三倍」
呆れたようなガイの声。
「ハルト、どうせお前のことだから全属性の全上級魔法使えるんじゃないのか?」
「試したことないからわからないよ。この間、魔素祓いは使えたけど。それに中級以上は詠唱破棄はまだ出来ないし」
ダルメシアの問いかけに私が答えるとマルビスとイシュカ、テスラが驚いたように声を上げた。
「詠唱破棄っ?」
頭の上に掌を乗せてダルメシアが言う。
「ああ、コイツ、初級なら全属性無詠唱、詠唱破棄で使いこなすぞ。俺もそれで逃げ切れられたしな。お前に本気でかかられたら俺でも厳しいだろ?」
「そんなわけないでしょ。経験値が違うもの。私が出来るのはせいぜい逃げ回るくらいのことだよ。ダルメシアだって多対一では経験不足でダメだって言ってたじゃない。第一、寝覚め悪そうだから人殺しになる気はないし。戦争とかで兵器扱いされたくないもの」
実際いくら魔力量が多くても団長やダルメシア、連隊長にも勝てる気はしない。いくら魔力量が多くても所詮私の力など絶対的強者のあの人達の前ではそんなものだ。
とりあえず場所を二階に変えてダルメシアと私を含めた五人が座り、ロイがお茶の用意をしてくれている。
ガイは最初窓際に立っていたがロイが持ってきたバスケットから蒸しパンとプリンを取り出すと、いそいそとソファの隅に腰掛けた。どうやら蒸しパンが気に入ったようだ。まだ食べていなかったプリンにも興味津々で私がスプーンで掬って食べるのを見て、それを口に入れるとあっという間に平らげた。顔に似合わず意外に甘党のようだ。イシュカもテスラも幸せそうに食べている。マルビスだけはそれらを突いたり、匂いを嗅いだりしながら散々興味深そうに眺め倒してから食べ始めていたけど。
この世界ではまだ甘味というのは貴重なこともあるのだろう。可能なら是非ともウチの領地でも砂糖の生産を増やしたいものだ。ダルメシアだけは甘味はあまり得意でないようで甘さを抑えた蒸しパンは食べたがプリンは口に合わなかったようだ。残りはガイが遠慮なく口に入れていたけれど。
用意したオヤツを片付けて、ロイの入れてくれたお茶を飲みながらマルビスがポツリと言った。
「確かにバレたら大変なことになるでしょうね。脅威になる前にと排除にかかってくる他国も出てきそうなレベルですよ」
そんな物騒は極力御遠慮したいのだが。
「だろうな。隠しておけるなら隠しておいた方が無難だ。全属性持ちはまだしもこの魔力量はマズイ」
「相手が陛下でもですか?」
ガイの言葉にイシュカが尋ねる。
「考えてみろよ。もし国の一大事で一度に何発も、しかも全属性に対応可能な上級魔法が使えて頭も回るヤツがいたら何千万の国民の生命と天秤にかけて、為政者ならどっちを取る?」
言われてイシュカが黙り込む。
確かに国のトップなら私一人の願いや命より何千万という民の命を救おうとするだろう。多分、私が陛下の立場で同じようなことが起きたらそうする。やりたくはないが私はそうされたとしても陛下をきっと恨めない。
「それに他者や他国を圧倒できる力があれば当然それを利用しようとする輩も出てくるでしょうね。例えば家族や私達を人質に取り、強制されたとして、それをハルト様が拒否し続けられると思いますか?」
マルビスの言葉に私は少し考える。
拒否、出来ないかもしれない。
私はきっと何千という知らない他人より身近で大切な人を優先させる。
「今の陛下が人格者だとしても次の代に変わればわからない。陛下が望まなくても圧倒的多数に押し切られてしまうこともあれば、その力を手にすることで欲が出てくることも絶対ないとは言い切れない。過ぎた力は脅威だ。敵を増殖しかねない。ハルト様が大陸統一を考えるような人間なら別ですがね」
「嫌だよ、そんなに面倒くさいこと」
テスラの言葉を私は即座に否定する。
私に国など治められるわけもない。
自領の管理でさえ兄様達に押し付けているのに冗談ではない。
第一統一したところでやりたいことがあるでもなし。
私は自分と私の周りが幸せに暮らせる力があればそれでいい。
「それでどうすればこの魔力量を誤魔化せるの?」
一番の問題点の解決策をダルメシアに聞いてみる。
「別に難しいことじゃない。空の魔石を使うんだよ。計測する前に身体が内包している魔力を魔石に吸わせちまえばいい。もしくは前もってわかっているなら上級魔法を前の日に何発か使っておけば体内魔力量は下がる。普通は保有魔力量を多く見せるために計測する前っていうのは極力魔力を使いたがらない。魔力量は多い方がいい仕事につけることも多いからな。石板はその時に持っている魔力量を測るものだ」
つまり私の場合、体内魔力量を四分の一から五分の一以下にしておけば問題ないってことか。
ってことはもしかして・・・
私は持ってきた袋の中からゴソゴソと朝市で手に入れたものを取り出してダルメシアに見せた。
「それじゃレイオット領で面白半分にいくつか買ったコレってもしかして役に立つ?」
それは一つ金貨五枚程度で売られていた箱入りの大きな魔石。
ギョッとしてそれをダルメシアが見た。
「お前こんなもん、どうやって手に入れた?」
「普通に市場で売ってたよ。使える人がいないから置き物みたいな物だって。一つ金貨五枚以下だったよ」
ジッとそれを眺めるとダルメシアはそれを私の前に改めて置いた。
「・・・触ってみろ」
「いいの?」
「まず問題ないはずだ。この魔石は四千クラス、ほぼ五千の魔力を持つお前が触ったところでせいぜい少しの間、気持ち悪くなる程度、すぐに歩けるようになる。魔力も全回復するのに三日もかからないだろう。ここの部屋は一階と違って色々と仕掛けもされている、問題ない」
ダルメシアの言うことなら間違いないだろうけど。
私はおそるおそる手を伸ばし、触ってみる。
すると一瞬、眩い光を放ったかと思えば身体から大量の魔力が一気に引き抜かれていく感覚が襲ってきた。つい先日二千クラスの魔石を充填した時とは比べられない勢いだ。
押し寄せる脱力感にぐったりとしてみんなに心配そうに覗き込まれたがダルメシアの言う通りすぐにとまではいかないが気分は次第に回復してきた。例えるなら私は前世、船が苦手で遊覧船などに乗った後、船酔いで気持ち悪くなったのだがあの時の感覚に似ている。地面に足をつけてしまえば多少の気持ち悪さは残っても歩けない程ではなかった。
私の魔力を大量に吸い上げた魔石はキラキラとオーロラ色に光っていた。
なんにせよ少々足がふらつき千鳥足になったが問題ない。
イシュカに抱えられて再び一階に降りると石板の前に立った。
「もう一度測ってみろ」
ダルメシアに促されてそれに手を伸ばし、軽く魔力を放出した。
するとそれは確かに属性の種類こそ全て光はしたものの千を指し示した辺りでピタリと止まった。
本当だ。こんなに簡単なごまかし方があるとは。
「マルビス、これから空の魔石を見かけたらひそかに買い込んでおけ。最低でも千単位、二千から四千クラスのヤツなら買っておけば間違いない。魔石のランクがわからなければ俺のところに持って来い。万が一の場合もあるからな。常に一つか二つ、持ち歩いていた方がいい。この間のワイバーンの魔石は早めに売り払っておけ。売りつけた先を公表しなければ持ってもいないくせに見栄っ張りで言いふらすヤツも多いからな、ワイバーンの魔石より数が多くても不審に思うヤツはいない。別に帳簿も誤魔化す必要はないし、帳簿の管理期限は二年、それまで隠し通せれば魔石の出所も追い難いはずだ。
万が一、将来的にバレたところで空の魔石を充填して売り捌くのは違法でもなんでもない。実際ギルドにはそういう空の魔石の魔力補充依頼もある。もっともそんなデカいサイズの依頼はまず来ないが要は自分の持っている魔力を売っただけだ。ハルトの冒険者としての稼ぎとして個人資産に別計上しとけばいい。魔力を吸わせた魔石は自分達で使ってもいいし、売りたいのなら俺に言え。時々大きな魔石が欲しいという金持ちもいるからな、仲介くらいはしてやるぞ。直接交渉するとバレる危険度も上がる。ギルドは国の機関とも別になるから出先もわかりにくくなるだろう」
魔獣素材の取り扱いはギルドの仕事の一つだ。
流通する商品に目先の変わった物が少々混じったところで問題ないと言うことか。
だが個人資産に計上されるということは私はこの魔力量がある限り、少なくとも食いっぱぐれはないということか? それはそれでありがたいことではあるけれど、結局爆弾抱えているのと変わらないような気もしないでもない。気が休まらないのであればお金があったところでのんびりくつろげやしない。
「それでお前は空の魔石をいくつ買ってきたんだ?」
ダルメシアに尋ねられて一瞬口篭った。
一つ見せただけでもギョッとされたのだ。実際買ってきた量を答えたらどんな顔をされるだろうとさりげなく視線を逸らせたが、それはロイによって暴露された。
「全部で十五個ですよ。二千クラスのは買ったその日に補充なさってましたから残り四千クラスが十三個です」
呆れたようにジト目でダルメシアに眺められ、私は言い訳がましく言い募った。
「だってもし充填できれば価値は百倍だって言ってたから、一つでも反応すれば充分元を取れるかと思って。開発資金は少しでも多い方がいいでしょう?」
何があるかわからないのだからと付け加えるとダルメシアにため息をつかれた。
「マルビス、ちゃっかりしている主で良かったな。運転資金に困ることはなさそうだぞ」
「全くです」
マルビスにまで呆れられてしまった。
いや、ホント、深く考えてなかっただけなのだ。
最近みんなにため息吐かせてばかりでそのうち見捨てられないかとだんだん不安になってきた。
私はごめんなさいと小さく呟いてソファの上で小さくなった。
とはいえ、当面の魔力量の誤魔化し方も分かったのはありがたい。
王都へ行くような用事もないので暫くは平和に過ごせそうだ。
いや、平和に過ごしたい、是非。
依頼していた森と湖周辺の調査でも特に気になる報告は上がってなかったし、無事工事も始まっている。ウチの領地の兵士達の三割ほどの人員が交代制で森周辺の警備などに当たっているが対処に困るような事態の報告は上がっていない。この二ヶ月足らずの間に色々なことが起きすぎたのでつい何か予想外の事態が起きそうな気がしてならないのは要らぬ心配だろうか。
「ねえ、ダルメシア。ライナスの森付近で異常事態って特に起きていないよね?」
「どうした? 急に」
行く先行く先で事件や問題が起こる。
いくらトラブルメーカーとはいえ酷すぎる。
目立ちたくない私が目立つ結果になったのはそれらのせいによることが多いのではあるまいか?
「なんとなく最近トラブル続きで、つい疑り深くなっちゃって」
巻き込んでしまっているみんなには申し訳ないのだが。
「何かあるのか?」
「明日工事などの進捗具合の確認も兼ねて湖の畔でバーベキューでもしようかという話がありまして」
尋ねられてマルビスが答えるとダルメシアが顎を撫でながら考える。
「たいした報告は上がっていないが、あえて言うなら湖で大きな魚影を見たって騒いでいる奴がいたことくらいか。目撃されたのは浅瀬だったから雲が水面に映ったか、気のせいだろうって話で終わったんだが。いたとしてもまあ魚だからな、陸まで上がってくるようなことはあるまい。湖の中に入らなきゃそんなに問題は起きないと思うぞ。もし怪しい何かを見つけたら一応報告だけはしてくれ。万が一見つけて討伐できるなら討伐してきてもいいぞ」
簡単に言ってくれるがそんなにあっさりいくようなものでもないだろう。
今までは運が良かっただけだ。
必要なものを揃える時間があったり、戦力がその場に充分あったり。
「正体は解ってないんだよね?」
「まあな、ただそれが本当にいるのだとしたら放っておくのはマズイだろ?」
それはそうなのだが。
ただでさえ工期はズレている。問題が起きれば更に狂ってくるだろう。
「一応見たという報告が上がっている以上、調査と討伐の依頼は出してある。あそこは開発予定地以外にも農業用水や生活用水として多く利用されているからな。今のところ被害報告は出ていないが」
「調査の必要はある、か。開発事業に支障が出ても困るし、変な噂が立っても後々面倒だしね」
人足と言うものは些細な噂で遠のいたりするものだ。
余計な心配事は片付けておくに限る。
「どんな形の影だったか情報はあるの?」
対処するにしても正体がわからなければ準備もできない。
「これだ」
ガサゴソと机を漁って差し出された一枚の紙に私は目を落とした。
そこには胴の随分長い、ツチノコみたいな形に短い手足か鰭かわからない、奇妙なものがついた黒い影が描かれている。なんか見たことあるような形してるんだけど、どこでだったかなあ。
「ダルメシアはこれに心当たりある? 魚にしては随分変わったカタチしてるけど」
「そうなんだよ。魚やリザードマンにしては頭もデカいし胴も長い。サーペントというには些か短いし胴も太い。フロッグとも違うし、アリゲーターというには首の辺りも括れて頷も短い。それにさっきも話してただろ、あの湖は昔窪地に水が溜まって出来たこともあって七割以上が浅瀬だ。大型の魔獣や生き物は生息しにくいこともあって今まで大きな問題も起きたことはない。中央部はそれなりに深いが大物が自由に動きまわるほどの深度はないし狭すぎる」
「イシュカは心当たりある?」
ここは魔獣討伐部隊の副隊長殿にお伺いを立ててみる。
「形だけでは判断し難いのは確かですが、目撃されたのはどの辺りなんですか?」
「ローレルズ領寄りの森だ。工事の着手もされていないところだし水陸移動可能なヤツなら森に潜んでいる可能性もゼロではない。目撃したのは調査に出ていた冒険者達だ。結構腕の立つ連中だったんで自分達で仕留められるようなヤツなら高く売れるだろうと一応周辺を結構捜索したらしいんだが見つからなかったそうだ」
そうなるとやはり水中が主な生息地ということだろうか?
夜行性ということも考えられる。
深い森には陽射しも届きにくいし、発見もされにくいに違いない。
「この横にあるのが手足だとすれば形だけなら水竜が近いようにも思うのですが浅瀬で深度もないとなると生息できる環境ではないでしょうし。新種の魔獣か何かの変異種の可能性も捨てきれませんね」
水竜? 夜行性? 頭がデカい?
待てよ、そんな動物に心当たりがある。
但し、この世界ではなく、前世でだ。
このどこかずんぐりむっくりした形、思い出したらもうそれにしか見えなくなってきた。前世もこの世界も似たものが多い。色や形、大きさは違えども同じような進化を遂げているとしたらソレがいてもおかしくない。
オオサンショウウオ、英名ジャイアントサラマンダー。
何故覚えていたかといえばその名前のせいだ。アニメやラノベなどでサラマンダーといえば火属性の魔物として扱われることが多いのに住んでいる場所は水辺、何故サラマンダーと呼ばれるのか不思議だったからだ。他の呼ばれ方もあったとは思うけどよく覚えていない。
確か肉食だったような記憶もある。
「ダルメシア、魔獣図鑑ってここに置いてある?」
「ああ、あるぞ。一通り目は通したがそれらしきヤツはいないぞ」
私はそれを受け取ると水生と、両生の両方のページを一枚一枚捲っていく。
「ここに書いてある魔獣は全部覚えてる?」
「いや、さすがに全部は覚えてないな。中には絶滅したと言われてるヤツも結構あるし、ここ数十年発見されてないようなヤツまでは把握していない」
「イシュカは?」
「そうですね、私も同じです。よく討伐に出るようなものについてならある程度詳しいですが見たことのないようなものや話を聞いたこともないようなものまで詳しく覚えていませんね。神話や物語に出てくるような有名なものや危険なものならわかりますけど」
それもそうか、見たことのないものが現れれば調べるために図鑑を捲るだろうけど、はっきりもしない、信憑性もない、被害も出ていないなら尚更その必要性も低いし調べようにも情報も少ない。
一通り見たもののダルメシアの言う通りそれらしいものは載っていない。
「これって絶滅したと思われている魔獣とかも載ってる?」
「それならこっちの本だ。一応文献として残されているが五十年以上前のヤツだぞ。新たに見つかれば追加情報として改訂されるし、再度載せられることもある。そのお前が持っている本が最新版、それに記載されていないってことはここ何十年と見つかっていないってことだ」
私はダルメシアからその五十年前の本を受け取るとそれを丁寧に捲り始める。
随分と紙の色も茶色く変わっているし、インクもところどころ薄くなりかけている。
「ライナスの森はその不便さ故、ずっと放置されてきた場所でしょう? だったら絶滅したと思われていたものが生きていたとしてもおかしくない。それがもし夜行性だとすれば尚更だ」
夜に深い森にわざわざ入っていくことはない。あの辺りの森は比較的危険な魔獣は少ないと言われているけど反対側に開けた道も人家もある。夜に暗く、馬でも走りにくい森を抜ける必要はない。
暗いところを好むなら人家の明かりのある方向、しかも夜が開ければ身を隠す場所も少ないような対岸に移動するだろうか? 森には充分な獲物が生息しているのだ。そんなリスクを負う必要などないのだから。
私の言葉に二人が身を乗り出して一緒に本を見入っている。
・・・・・あった。
それは私が確かに思い描いていた動物そのものの姿で。
リバーフォレストサラマンダー。実にありきたりな、わかりやすい名前。
それは百年前、絶滅したと思われていた両生生物。
獰猛ではないものの間違いなくそれは肉食の魔獣だった。