第五十話 やっぱり男は中身が大事です。
大人数の大移動、レイオット領の検問を抜けるのにはそれなりに時間を食った。
これは長くなるだろうと判断してすぐに先にランスとシーファに抜けてもらい、総勢二十四名プラスアルファ(おそらく乱入者がいるだろう)の夕食の準備を頼むことにした。
お酒は大量に積んでいるので問題ないが食料はどう考えても足りない。
そこでマルビスにテイクアウトか配達のできる町の美味しい料理をピックアップしてもらい、用意しようというわけだ。一応貴族の人達もいるので一緒が嫌なら別に用意すると言ったのだがその必要はないというのでこの間のように倉庫の一階の板の間で直座りでいいだろうということになった。団員のみんなが板の間とはなんだと興味津々で聞いてきたので説明すると全然それで構わないと言う。魔獣討伐の遠征に出れば寝るのも食べるのも地面の上、いい宿に泊まるよりその分酒が飲める方がいいというので、それでは買ってきたワインなどのお酒に加えて美味しいエールの店から二樽ほど手配しようとマルビスが言うと大はしゃぎ、どうせ朝まで飲み明かすのだろうから宿はいらないと言い出したので更にもう一樽追加することにした。翌日帰るのに支障はないだろうかと心配すると明後日は休みで仕事は明々後日からなので昼まで適当に睡眠を取ってから帰るので構わないという。
う〜ん、朝まで宴会コース確定か。
まあそれもいいだろう。親睦を深めるにはいい機会だ。
ただ、私がそんな夜中まで起きていられるかどうかは疑問だが。
季節ももう夏近いので仮にそのまま寝てしまったとしても風邪をひくこともないだろう。
とにかくそういうことになったので二人にお金を渡して先に戻ってもらい、それらを用意してもらうことになった。小間使いみたいに使って申し訳ないと謝ると二人ともお安い御用ですよと、快く引き受けてくれた。
そして屋敷に着く頃にはすっかり日も暮れて夜になっていた。
父様に帰宅の連絡と挨拶を済ませ、許可を得て全員を引き連れ、私の城に向かうとかけていた結界を解く。流石に二十日近くここを空けていたので魔石の魔力も残り少ない。いっぺんに補充してまた気持ち悪くなってしまっては宴会に水を差すだろうから後日にしよう。一昨日買って補充した魔石の魔力も殆ど使っていないから問題ない。
先に戻って買い出しに走ってもらった二人が三樽のエールを積んだ荷車を引いてくると周囲の男達から歓声が上がり、屋敷の厨房から大皿に乗った料理が次々と運ばれてくる。すぐにロイやマルビス、ゲイル達がその手伝いに走り、エールの樽は団員達によって中に運び込まれた。
温いエールは水魔法の冷気でキンキンに冷やしておいてあげる。
お皿と足りない分のコップは父様にお願いしてお借りした。
床には沢山の料理とお酒が並び、みんな裸足で床の上に胡座をかいて座った。
まさに男まみれ。女っ気がまるでない。
綺麗どころ(男だが)もいるのだが少々ムサ苦しい気がしないでもない。
手伝ってくれた厨房のみんなに一言御礼を言ってお土産のお酒をお裾分けして戻ってくると背後から声がかけられ、足を止める。
「お帰りなさいませ、ハルト様」
その声に後ろを振り向けばキールがいた。
良かった、元気そうだ。
「ただいま、キール。お母様は大丈夫だった?」
「はい。あんなものまで用意して頂き、ありがとうございました。お陰様で母も調子を崩すことなくこちらに着くことができました」
ベッド代わりに用意した木箱は無事に役目を果たしたようだ。
「そう、それは良かった」
それはひと安心。母親に何かあれば一大事、宴会そっちのけで回復魔法を掛けに行かねばならないところだった。病人は油断は禁物だろうから一度挨拶も兼ねて明日あたり見に行ってみよう。
「それより、俺には挨拶はないんですか? ハルト様?」
キールとの会話が一段落すると上から声が声が降ってきた。
確かにキールの横にある長い脚は目に入っていた。
だが間近にあると顔をほぼ真上まで傾けなければならない訳で後回しにしてしまったのだがその声には聞き覚えがあった。私がこの世界で会った人の中で一番いい声だと思ったその低音で甘く響くそれ。
「ただいま、テスラも元気だっ・・・」
見上げた瞬間、私は見事に固まった。
思わず、『どちら様で?』と、返しそうになった。
ロイよりも更に頭半分ほど高い身長、威圧感のない細身の体型、緩くクセのかかった艶のある豪華で見事な金髪は綺麗に手入れされ、肩の辺りで軽く結われている。僅かに上がり気味の形の良い眉、切り込んだような二重に瞬きすれば音がしそうなほど長い睫毛、その奥には柔らかな緑がかった榛色の瞳が煌めき、高くて綺麗な鼻筋に薄めの唇は淡く色を添えている。
確かに無精髭を剃り、手入れすればハンサムなのではと思っていた。
思ってはいたがこの変貌ぶりは予想以上、これはハンサムというよりむしろ綺麗とか、美形とか、美男とか、そういうレベルだろう。
これは間違いなく取り扱い注意レベル。
「なんとか三日前、無事にギルドを退職出来ました。今夜お帰りになるってことだったんで、今日散髪と洋服屋で体裁を整えてきたんですが、どうにも周囲の視線と反応が変で。胡散臭そうに遠目に眺められることは今までもあったんですが、なんか、反応が違うんですよね」
後頭部を掻きながら不思議そうに言う。
それは変なわけではなく、テスラに見惚れていたのでは?
綺麗な人を見るのは好きだが決してメンクイではない、メンクイではないはずなのだが。
私が見たこの国の男の人の中ではダントツのトップ(人によって好みはあるだろうが)の端正な顔立ち。美術館の彫刻に混じっても違和感なさそうだ。背も高くて脚も長く、声も良くて顔までいいのは反則だろう?
すぐに戻ってくると思っていた私がなかなか戻らなかったせいでロイが様子を見に来てくれたのだが、私はそれまで見惚れてしまっていた。
「ハルト様? こちらはどなたですか?」
声をかけられてハッとなり、我に返る。
「よう、ロイ、久しぶりだな。俺だよ、俺」
その声に思い当たったのかロイが驚いて声を上げる。
「もしかしてテスラですかっ?」
「? もしかしなくてもそうだが、そんなに変か? これなら伯爵家に出入りしても問題ないかと思ったんだが、まずかったかな」
まずくはない、まずくはないのだが別の意味でこれはマズイのではないだろうか?
初めて会った時の怪しさ満載の雰囲気は見事に払拭されたので問題ないといえばないのだが。
・・・・・。
まあいいや、美人も三日見れば飽きると言うし、飽きることはなくても見慣れるくらいはするだろう。深く考えても仕方ないし、起きてもいない問題を心配するのも馬鹿らしい。
「丁度いいところに来たね、テスラ。今から親睦会兼慰労会という名目の飲み会っていうか宴会なんだ。入っていきなよ。キールも良かったらおいで。お酒が飲めない私達用にフルーツジュースもあるよ」
テスラがひょっこりと倉庫を覗いて顔を出し、ロイから差し出されたグラスを受け取る。
「随分大勢いますね」
「三分の一くらいは明日王都に帰るよ。ここまで護衛してきてくれたんだ」
そう言って部屋の隅に視線を向ける。
そこには団員達が脱いだ鎧が並んでいる。
「僕も混じっていいんですか?」
「勿論。これからキールも一緒に働くことになる仲間も多いしね。顔見せするといいよ。緑の騎士団団員もいるから面白い話も聞けるかもしれないよ。絡まれて困ったら私のところに逃げてくればいいから」
そう伝えるとロイからグラスを受け取り、キールは礼を言うとテスラと二人、輪の中に入っていく。
「ハルト様、みんな乾杯の音頭待ってますよ」
マルビスの私を呼ぶ声が聞こえた。
「今行くよ」
いつの間にかサキアス叔父さんが混じっているのだが、ここは突っ込むのはやめておこう。騎士団員の何人かは距離を置いて遠巻きにしているが取って食われるわけでもなし、問題はないだろう。
何かあればその時点でツマミだせばいいことだ。細かいことは気にしない。
私は倉庫の中に戻るとロイにジュースを注いでもらい、みんなに向き直った。
「それでは堅苦しい挨拶はすっ飛ばして、みんなお疲れ様。そしてこれからもよろしくってことで。今日は好きなだけ食べて、飲んで、騒いで下さい。
乾杯!」
その後、仕事が終わって覗きに来た父様も引き摺り込み、キールと私が睡魔に負けて寝入った後も宴会は続き、私がロイの膝枕で目を覚ました時はもう朝日が昇りかけていた。
爽やかな小鳥の囀りとは程遠い、周囲のひっくり返って気持ち良さそうに眠っている男達のイビキの大合唱はなかなかに壮絶だった。
あんなに昨日綺麗だと思ったテスラの顔も、うっすらと無精髭が生え始め、二本の酒瓶抱えて涎を垂らし、ニヤニヤしながら眠るだらしない姿を見るとあれは幻だったのかとさえ思えてくる。
これは百年の恋もいっぺんに醒めそうだと感じるくらいには酷かった。
やっぱり男は中身が大事だなとつくづく思った。
床で大の字になって眠る男達を放ったらかし、キールに母親のところへロイと一緒に連れて行ってもらった。
調子はどうだと確認すると具合も良く、固く動かなかった脚も少しだけ動かせるようになったというのでもう一度回復魔法をかけることにした。するとまた少しだけ頬に紅みがさしてきたので様子を見つつ、また来ると言い残し、ロイと二人、父様のところに行った。
昨日出来なかった報告だ。
父様と別れてからの経緯をロイに手伝ってもらいながら報告し、部屋を後にしようとすると父様に呼び止められた。
「ロイ、今まで御苦労だった。お前は今日を持ってこの家の執事としての仕事を解雇する」
思いがけない父様の言葉に驚いて私は思わず駆け寄った。
「酷いです、父様っ、いったいロイが何をっ」
「話は最後まで聞きなさい。私は執事としての仕事と言っただろう」
えっ? どういうこと?
言っている意味がわからなくて私は困惑した。
解雇されたロイが落ち着いている理由もわからない。
だってロイは今までずっと父様とこの家を支えてきてくれた人ではないのか?
そんな父様の言葉をロイは姿勢を正して聞いていた。
「ロイエント・ハーツ、これからお前の主人はハルスウェルトだ。今までよく務めてくれた。これからも息子を頼んだぞ」
今、なんて・・・?
「ありがとうございます。今まで大変お世話になりました」
「とはいえ、暫くはこちらの仕事の引継ぎもやってもらわねばならないし、当分は手を貸してもらわねばならぬこともあるだろうが、その辺はよろしく頼む」
「心得ております」
淡々と交わされる言葉に私は言葉を理解しきれず聞いていた。
「どうした? 嬉しくないのか?」
父様が私を見つめて笑顔で尋ねた。
「だって、ロイの一番は父様のはずじゃ・・・」
「違うぞ。ロイは私との約束を守っていただけだ。敬われ、慕われていたのは間違いないだろうがな。私よりお前の側に仕えたいと思っている者を無理矢理引き止めるほど私は不粋ではないつもりだ」
信じられない展開に父様とロイの顔を交互に見ている私の前でロイは跪き、私の手を取った。
それは宣誓と敬意の証。
「私の一番はハルスウェルト様です。私は今まで以上に必ず貴方のお役に立ってみせます」
嘘?
私が一番?
本当に?
信じられない展開に私が一歩、歩み出るとロイが私に向かって優しく微笑んでくれた。
「私は貴方をお慕いしております。どうかお側に置いて下さい。私は貴方のものになりたいのです」
嬉しかった。
私を一番だと言ってくれたことが。
優しくされても所詮二番目以上にはなれないと思っていたのだ。
諦めていた。
ずっと。
いずれいなくなる人なのだからと言い聞かせてた。
私は広げられたその腕に飛び込んだ。
優しく抱きしめられると涙が出てきた。
「ロイ、後は頼んだぞ。この子は私には出来すぎた子供だ。ろくに手をかけてやることもなかったのにも関わらず、どこに出しても恥ずかしくない立派な男に育ってくれている。多少足りないところも、無茶で無鉄砲なところもあるがどうかこの子をこの先も支えてやってくれ」
「勿論でございます。私の我儘な願いをお聞き届け頂き感謝致しております」
交わされている言葉はまるで新郎と新婦の父親みたいだ。
考えてみるとさっきのロイの言葉、まるでプロポーズみたいだったし。
そう考えるとなんだか恥ずかしくなってきた。
でも父様が言っていたではないか、主人と。
父様より私を選んでくれただけで充分だもの。
私は改めてロイが胸を張って自慢できる主になろうと思った。
自惚れちゃいないけど、今くらい幸せな気分味わってもいいよね?
暫く間をおいて、父様が気まずそうに言い出した。
「それで、な。一つ頼みたいことがあるのだが。無論無理にとは言わないが、その、なんというか」
父様にしては妙に歯切れが悪い。相当言いにくいことに違いない。
となれば、思い当たる案件は一つだけだ。
「ひょっとしてサキアス叔父さんのことですか?」
「何故わかるっ?」
「他に何があるって言うんですか?」
昨日も団員達に怯えられてたし。
勇敢に魔獣に立ち向かう騎士団員達が叔父さんに慄いているのだ。彼らにとって叔父さんは魔獣より恐ろしいのかと思ったが私に軽くあしらわれ、叱られてしょげている姿を見て少しずつ警戒を解いていたみたいだった。
みんな真面目過ぎるのだ。
あの人はああいうものだと割り切ってしまえばそんなに悪い人ではない。
面倒なだけで素直で人の忠告もちゃんと聞こうとする意思もある。
ただ何かに夢中になると色々なことが抜け落ちて忘れてしまうだけなので人を差別もしないし癇癪も起こさないから順序立てて辛抱強く何度も言い聞かせれば良い。そんなに難しいものではない。
父様からロイを譲って頂いたわけだし、そんなに手を焼いているなら多少の面倒ごとは引き受けても構わない。
「まあ、そうなんだが。マルチアには相談してハルトさえ了承してくれるならできれば、な」
「マルチア母様の許可を取ってあるなら構いませんよ。そうなる予感はしてましたし。ですがすぐには無理です。二ヶ月待って下さい。王都からの人員を受け入れて、それが落ち着いてからならお引き受けします。少々こちらに乱入してくるくらいなら構いませんがそれまでの面倒はしっかりお願い致します。そうでないと仕事が暫く詰まってますのでお引き受けできるのがもっと先になってしまいます」
「それくらいはなんとかする。助かったよ」
「但し甘やかしませんからね、それはマルチア母様にも伝えといて下さい」
逃げ込める場所を作れば更に扱い難くなる。
それだけは念押ししておかなければ。
「わかった」
しかし親戚の叔父さんが本当に部下になるとは。
叔父さんはそういうことを全く気にしないだろうけど。
あの人、そういうとこ無頓着だし。
「それと父様、私の持っている属性と魔力量について話しておきたい者が何名かいるのですが構いませんか?」
もう一つ許可を取っておかなければならないことがある。
「誰だ?」
「マルビスとガイとテスラ、後はイシュカは意思を確認した上で秘密を守ってもらえるようなら話したいと思ってます」
一緒にいる時間が長くなればいつまでも隠しておけるものではない。
「その辺の判断はお前に任せるよ、もう殆ど隠している意味がないような気がしないでもないが」
何故ゆえ?
「お前は目立ち過ぎだ。知られていない今でさえ陛下がお前を囲い込みにかかっているからな。今更それがバレたとしても大差なかろう。おそらく今回の件でまた何か報奨の名目で押し付けてくるぞ」
「もう充分だと思いますが?」
緑の騎士団の軍事顧問に伯爵位、これ以上何がある。
自由恋愛の権利は手に入れたし、爵位も伯爵以上はそう簡単に上げられないだろう。そうなると後は勲章か名誉職くらいだが、既に名誉職はついてるわけだし勲章は直接武勲を立てたわけではないので難しいはず。
「陛下はそう思っていまい。今度は何が贈られてくるのだろうな」
怖いことを言わないでほしい。
父様の言葉に戦々恐々としてしまった。
私達が倉庫に戻ると大半の者が起きていた。
マルビスとゲイルを中心に、昨日の後片付けや運ばれてきた朝食を配り始めていて、私達が戻ってきたのに気がつくと一斉におはようございますという声が響き、まだ惰眠を貪っていた人達がその声で目覚めた。
私はただ一人まだ寝汚く寝ていた叔父さんの枕元に行くと数度呼びかけても起きないので枕がわりにしていたクッションを思い切り引き抜き叩き起こした。頭を摩りながらムックリと起き上がった叔父さんの背中をいい加減にして下さいと軽く蹴り飛ばし、立ち上がらせるとぐいぐいと後ろから押して給仕の場所まで連れていく。これだけ粗雑に扱っても怒らないのだからそんなに悪い人ではないと思うのだけれど。
そうするとお腹が空いていたらしくスープの香りに目が覚めたのかシャッキッと姿勢を正したのでそのままくるりと向きを変えると団員達の半数以上から尊敬の眼差しを向けられていた。
全員の食事が終わるとイシュカを除き、団員達は王都に戻って行った。
またお会いしましょうという言葉を残して。