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第四十八話 鍛治師、手に入れました。


 次に目が覚めた時にはレイオット領のホテルのベッドの上だった。

 最近、こういうの増えたな。

 ありがたいことだがいったい誰が運んでくれたのか確認するのが怖い気もする。


「おはようございます、お目覚めになりましたか? ハルト様」

 ゆっくり身体を起こすとロイが日課と化したおはようのキスを目元に落とした。

 まだ慣れきってはいないが、さすがに真っ赤になって狼狽えるようなことはなくなった。

「おはよう、ロイ。私、昨日の途中から記憶がないんだけど?」

「どこまで覚えていらっしゃいますか?」

 言われて少し考える。

「団長が駆け寄ってきた辺りから、かな? へネイギスが倒れたのは覚えてるけど」

 あの辺から記憶が虚ろというか、はっきりしないんだよね。

 何か余計なこと、喋ってないはずだけど、多分。

「では殆ど覚えていらっしゃいますね。団長が疲れているだろうから早く帰ってベッドに寝かせてやれと。後日ジェイクの件と一緒に報告して下さるそうです。その後はマルビスがゲイルの孫娘を送り届けるためにランスと一緒に王都に残り、今日か明日の朝までにはここに戻ってくると。ついでにガイ達が空けた酒の追加仕入れも多めに頼んでおきました。おそらく領地に着いたらそのまま宴会になるでしょうし。

 団員五名の方々はこのまま領地まで護衛してくださるそうです。レイオット閣下の御食事の御誘いは団長と連隊長にお願いして書状を書いて頂き、お断りしておきました。代わりに夕方こちらに御機嫌伺いに来てくださるそうです。お疲れのようなのでなるべく早く切り上げるからと。流石にこちらはお断りできませんでした」

 ・・・殆どやらなければならなかったことが片付いている。

 それも頼んでいない事まで手配が済んでいる。

 有能すぎて全てロイ任せ、怠け癖がついたらどうしよう。

 しかし今日のところはありがたくそれに甘えておくとしよう。

「わかった、まあそれくらいで済めばありがたいよ」

 侯爵閣下のお相手は色々な意味で父様抜きは厳しいし。

「それで今日は如何致しますか?」

 レイオットの街も結局あまり見て回れなかったし興味はあるのだが、

「ちょっと疲れたからお昼まで寝ててもいいかな? お昼はみんなで食事に出かけた後、閣下が来る前までにお茶の準備ぐらいしておきたいし、少しだけ買い物に出よう」

「朝食は如何致しますか?」

「みんなは?」

「ハルト様がお目覚めになるのを待っていると。用意はすぐにできます」

 別に待っていなくても先に食べていても構わないのだが、一緒にテーブルに着くのにも抵抗ありそうな人達だし無理もないか。

「じゃあ一緒に食べよう。着替えてから出て行くよ」

「承知致しました。では私は食事が済み次第午前中、マルビスに頼まれたことがありますので出掛けてこようと思っているのですが構いませんか?」

「何を頼まれたの?」

 あのマルビスが書類ならともかく出掛けるような用事を誰かに頼むのは珍しい。

 いい傾向ではあるけれどいったい何をそんなに急いでいるのか興味が湧いた。

「昨日買った短剣を打った鍛治師を王都に目をつけられる前にウチの領地に引き抜いてきてくれと」

 なるほどねえ、納得だ。昨日の時点から既にチェックいれてたし。

「確かに、あの切れ味はガイのお墨付きだしね。私も頼めるなら包丁も何本か作って貰いたいなあ」

「私が行って無理でも明日、自分がもう一度説得に行くと張り切っていましたよ」 

 まったく商魂逞しい事だ。マルビスらしいといえばマルビスらしい。

 昨日の一件もあったから少し心配していたのだけれど大丈夫そうで良かった。

「では私は朝食の準備をして参ります」

 心配事が全て片付いたとは言えないけど大きな問題はほぼ片付いた。

 人手も集まってきたことだしいよいよ本腰入れてリゾート企画に乗り出せる。

 色々頼んでいたものも出来上がっているみたいだし楽しみでならない。

 私はウキウキとした気分で着替え始めた。



 朝食後、ロイの護衛を頼んだらイシュカとシーファ以外の団員が全員行くと言い出した。

 このホテルの中ならそんなに危険はないだろうし、イシュカを含めて三人いてくれるなら問題ないのだがあまりにも多過ぎる護衛は相手に警戒されるので二人でいいと言うと誰が行くかで揉め出した。どうもロイの行き先を聞きつけてへネイギス討伐のために短剣を差し出してしまったので自分用を手に入れたかったらしい。それならそれで露店に並んでいたら短剣を中心にまた大量に買い上げて来て貰ってここで選べばいい話だ。余れば余ったで父様や兄様達にお裾分けしてもいいし、お土産にも使える。私も一本くらい持っておきたいし、私用に買った対の剣の予備もあると嬉しい。予算は金貨百枚以内で適当に選んできてもらうことにした。短剣が一本金貨三枚から四枚だったので在庫があればニ、三十本は買えるだろう。そう伝えるとみんな落ち着いて結局ダグとシエンがついて行ってくれることになった。

 他の五人は何か用があれば使いっ走りでもなんでもやると言うので明日領地に着いたらロイの言うように宴会になりそうなのでこちらでも珍しいお酒やウチの領地では買えないようなお酒を買って来てもらうことにした。力自慢の彼等なら重量のある荷物を頼んでも差し支えないだろう。団員達とガイは大酒呑みのウワバミばかりだし、ウチの領地の兵士達も酒好きが多い。その内お酒を出す機会も沢山あるだろうからその時出せばいい。ありすぎて困ることもあるまい。ロイと相談して金貨十枚で五十本ほど高いものと安いものを取り混ぜて色々買ってきてもらうことにした。高ければ美味しいと言うわけではないし好みもあるだろうからだ。

 鍛治師も交渉するのに多少お金もいるだろうと尋ねると、金額についての交渉はマルビスが行うのでまずは約束を取り付けるまでがロイの仕事、来てくれる意志があるかどうかの確認らしい。支度金と契約料で払うのはまず金貨五十枚あたりが相場だそうだ。キールの時と随分違うとも思ったが実績があるかないかも関係あるし、鍛治師ともなれば運ばなければならない道具や工具も多くなる上に工房にいるのも一人とは限らないので複数人の移動が必要になることもありえるからと言うことだ。聞けば納得である。

 ホテル代は王室持ち、昨日使った分を差し引いても金貨三百枚ほどある。そこから短剣とお酒に使う予定の金額を差し引いても金貨二百枚弱残っているので支度金には充分足りそうだ。

 それにしてもここ数日で調子に乗ってよくもまあ使ったものだ。

 領地に帰ったら少し自制しよう。金銭感覚がおかしくなりそうだ。

 午前中の予定の割り振りも終わったし、久しぶりに惰眠でも貪るとしよう。


 やはり疲れていたのかベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきたので、それに逆らうことなく昼頃までぐっすり眠った。目が覚めたのは隣から話声が聞こえてきたからだ。

 聞き慣れたみんなの声に混じって聞きなれない声が聞こえてきた。

 でもどこかで聞いた気もするのだが。

 お客様が来ているのにこの格好で出て行く訳にも行くまい。

 とりあえず着替えないと出て行けないのでベッドから這い出した。


 しかし、着替えたものの出ていくタイミングがわからない。

 それに話しの内容まではよく聞こえないのだがどうも私の話をしているのような気がする。

 私の名前がちょこちょこと出ているみたいなのだ。

 またみんなが私のことを盛って盛って盛りまくっているような気がしてならない。

 どうしてこうなってしまうのかわからない。

 私の手柄ではないと主張しているのにも関わらず、誰も私の言うことに耳を貸そうとはしない。いや、違う、貸してはくれるのだがいい加減認めろだとか、往生際が悪いだとか言われてしまう。私が直接倒したのはワイバーン一匹だけのはずだ。

 それなのにこの評価は明らかにおかしいだろう?

 他にもっと認められるべき人がいるはずだ。他人の功績でのしあがっているようでどうにも居心地が悪い。まあ陛下に頂いた(押し付けられた)お金は開発資金に回すために、ちゃっかり懐に納めはしたけれど。こき使われたのだからくれると言うならせっかくだからリゾート開発資金に回させて頂こうとしただけだし、それならばいろいろ助けてくれた人達に少しは還元しようと大盤振舞いもしたけれど。それさえも美化されているような気がする。

 過大評価は余計な問題を呼び込みそうだから勘弁願いたいのだ。

 いつまでも立ち聞き(殆ど聞こえないけど)しているのも居心地が悪い。

 私は誰か気づいてくれることを願って小さくノックしてみた。

 

 目の前の扉に少しだけ隙間が空いた。

「お目覚めになりましたか?」

 ロイが顔を出してくれた。

「おかえり、お客様が来てるの?」

「はい、こちらに出て見えますか?」

 話が随分盛り上がっていたようにも思うし、私の話が本当に出ていたなら御本人登場はどうにも気まずいのではなかろうか。

「私、邪魔じゃない?」

「大丈夫ですよ。むしろ出てきていただけるとありがたいです。例の鍛治師が貴方にもう一度お会いしてみたいと仰ったので勝手ながらお連れ致しましたが宜しかったでしょうか?」

 連れてきたということは交渉は上手くいったということだろうか、それともこれからの私次第ということか。どちらにしろ出て行かないわけにもいくまい。 

「勿論構わないよ。じゃあ御挨拶しなきゃいけないね。この格好で大丈夫かな」

「そうですね。少し御髪が乱れてますのでお直し致します」

 そう言ってロイは部屋に入ってくると櫛で私の髪を梳かし、後ろで結んだ紐を結い直してくれた。

「ありがとう、ロイ」

 いつものように御礼を言うとロイが微笑んでくれる。

 身支度も出来たのでピシッと姿勢を正し、ありもしない威厳は出せないので、せめて媚び過ぎない程度の笑顔を貼り付け、私はドアを開けた。


「ようこそお越し下さいました。ハルスウェルトと申します。どうぞ以後お見知りおきを」

 そこには昨日見た無愛想な顔で露天を広げていた店主の顔があって、私は自己紹介と共に手を差し出した。一応手はとってくれたものの上から下まで値踏みでもするかのように眺めた後、名前を名乗った。

「ウェルムだ。確かにアンタはコイツらが言うように普通の貴族と違うみたいだな」

 いったい何を話したのか、まあ私が普通でないのは今更だ。

「まあそうでしょうね。よく言われます」

「俺の事を無礼だとは言わないのか?」

 無礼? ってどうして?

 別に私は何もされていないし、気に障るようなこともされていない。

 私は首を傾げた。

「何故? 私は貴方に怒らなければならないような事をされた覚えがないのですが。むしろ貴方の鍛えた短剣に助けられたことを思えば御礼を言うべきではないかと。とても助かりました、ありがとうございました」

 あの切れ味のお陰でへネイギスの肉も裂けて討伐できた。

 私は謝辞を述べるとぺこりと軽く頭を下げた。

 するとウェルムは大きな声で笑い出した。

 あれ? 

 私は笑われるようなこともしていないはずだが。

「なるほどな、こりゃあ確かに変わってる。お前らが慕うわけだ」

 彼はズラリと揃ったみんなの顔を見渡してそう言った。

「仰る意味がわからないのですが?」

「普通の貴族は平民や使用人に対してそんなに簡単に頭を下げたり礼を言ったりしない。上位貴族ならば尚更だ。それに俺は充分失礼な事を言っていると思うぞ。昨日は小僧、今日はアンタ呼び、しかもお貴族様に対してタメ口だ」

 ああ、そんなことか。

「できれば名前で呼んで頂きたいとは思いますが私が小僧なのは間違いないでしょう? それに世話になったり、助けられたのなら御礼を言うのは当然です。

 私は良い仕事をして頂けるなら細かいことは気にしません。貴族も平民も同じ人間(ひと)ですから。大事なのはその人が信頼に足る人物なのか否か、好きになれるかどうかだけです。私を呼び捨てにしたり、タメ口をきく平民は他にもいますよ」

「俺は正直言って貴族が嫌いだ。平気で無茶な要求を突きつけて、偉そうに命令して俺達を見下す」

「そんな者ばかりではありませんが、確かに多いですね。私もそういう貴族が嫌いなので三男なのをいいことに兄二人に領地の運営は任せて商人か冒険者あたりにでもなろうかとつい最近まで考えていたのですが」

 それもほんの少し、たった数ヶ月前までだ。

「貴族じゃなくなってもいいのか?」

「地位も名誉も面倒なだけです。私は大事な仲間がいてくれるなら後はどうでもいい。と、そう思っていましたが爵位を押し付けられたので考え方を変えることにしました。不条理な要求を跳ね除けたり、仲間を守るために持っておくのも悪くないかもしれないと。私にとって貴族の地位とはその程度のものです」

 ウェルムは納得したのかテーブルの上に置かれていた大量の鞘に入ったままの短剣をしげしげと眺め、その一本を私に差し出した。それを受け取ると鞘から抜き、それを見つめる。やっぱりその刃には綺麗な刃紋が浮かんでいた。

「俺の剣は使いにくいだろう?」

 問いかけられて私はどう答えるべきか迷った。

 確かに折れやすい剣は使い勝手がいいとは言い難い。

「切れ味を追求して色々試していたんだ。そうしたら今度は折れやすくなった。それで長い普通の剣ではその短所が際立つんで短剣をメインに作るようになったんだ。コッチの兄さんは見てすぐに扱い方に気がついたようだが」

 そう言って自分の背後、薄いカーテンを閉めた窓際に腰掛けていたガイを立てた親指で指差した。

「俺の扱う得物は短剣だ。厚くて頑丈な大振りの剣とは違う。折れるなんてことは日常茶飯事だからな」

 そう言ってガイは肩を竦める。

 その点に関していうなら確かにガイの見る目は正しかったということだ。 

「確かに貴方の剣は薄刃で折れやすいでしょうが扱い方さえ間違えなければ最高の剣だと私は思いますが」

 重要としている部分が違うのだから当然だ。

 どんなものにも短所と長所、一長一短がある。

「最高の剣か。そんなこと、初めて言われたな」

 ポツリとウェルムは言った。

 自分の追い求めた理想の結果が必ずしも世間の認める評価につながるとは限らない。

 一人で大量の敵を相手にしなければならない場面では刃毀れして切れ味の悪くなった薄刃の剣は不便という他ない。だが一対一、もしくは昨日のように大勢で囲い込み、強大な敵に立ち向かわなければならない状況であるならこの刃の切れ味は最高の武器にもなりえる。

 だけどこの特性を活かせる場所は他にもある。

「もっとも私は貴方には剣以外にも是非包丁を作ってもらいたいとも思っているのですが」

「包丁? 何故だ?」

「切れ味がいいということは食材の断面も綺麗に切れる、狩った獲物の処理も手早く出来るということです。それを扱う者からすればこんなにありがたいことはありません。それに包丁なら私が買わせて頂いた片手持ちの剣のように片側を厚くしても何の不都合もありませんから」

 命の危険が迫る状態でなければ無茶な使い方もしない。

 切れ味の良さは作業スピードにも影響するし、食材の組織をイタズラに傷つけない分だけ美味しいはずだ。料理人にとってこんなに嬉しいことはない。

「確かに、な。俺は親父が剣を打つ職人だったんでそんなこと考えてみたこともなかったが」

 目を見開き、そして皮肉気に笑ったウェルムに私は誤解されないように付け加える。

「しかし嫌だというなら職人に対してそれを強制する気はありません」

「何故だ?」

「無理矢理押し付けたとしてもいい仕事はしてもらえないと思うからです。生活のためにと自分からそれを選ぶのであれば割り切れるでしょうがその人にとってそれが譲れない信念であるのなら曲げるべきではでない、そう考えるからです。私はその人の人生を背負えるわけではありません。後悔するような生き方をして欲しくないだけです」

 私は前世、死ぬ瞬間、後悔した。

 まあいいやと諦めていた恋愛(こと)が最大の未練になった。

「ある意味とても無責任でしょうね、私の考え方は。私達が用意出来るのは貴方が力を発揮するための職場を用意することだけ。成功するか否かは貴方の腕次第。お手伝いはできても将来を約束することはできません」

 そう断言するとウェルムは大きく目を見開き、そして微笑んだ。


「グラスフィート領の英雄、か。想像していたのとはかなり違ったが、その名に恥じぬ傑物なのは理解しました」

 またその二つ名か、ウンザリだ。

 しかし先程まで荒っぽかった言葉遣いは変えられた。

「ウチの部下達が何か言いましたか?」

 過大評価は期待の表れということもあるのだろうが私にそんな御大層な呼び名はどう考えても似合わない。私は無鉄砲、向こう見ずの猪突猛進、暴走列車だ。今まで上手くいっていたのは運が良かっただけ、小細工して考えて乗り切っただけで周囲の協力なくして成功はあり得なかったものがほとんどだ。

 化けの皮やメッキが剥がれ落ちたらどうなるかと考えると恐ろしい。

 虎の威を借る狐という言葉を思い出したが、私の場合、虎は何になるのだろう。

「それもありますが、鍛治師の間でも貴方はとても有名人ですよ、ハルト様」

 鍛治師に噂されるようなことは何もないはずなのだが。

 私が首を捻るとウェルムがその先を続ける。

「腕に覚えがある者なら是非貴方に使って頂ける一本を打ってみたいと思うのは当然でしょう。しかもまだ貴方は正式に自分の剣というものを持っていない。最高の戦士に自分の作った剣を使って頂けるのは最高の栄誉です。俺は貴族が嫌いですが貴方のような方のためなら自分の腕を試してみたい。是非、貴方の元へ行かせて下さい」

 いや、戦士ではないから。

 来てくれるのはありがたいことだが。

「私の剣の腕は三流以下もいいところですよ?」

 先に一言言っておかねば期待外れになりかねない。

 剣の腕はこの中でも最弱なのだ。

「御主人様の剣の腕が悪いのは多分、経験不足と自分に合っていない剣を使っているせいだと思うぜ? 領地についたらコイツの使い方教えてやるよ」

 そう言ってガイは新たに買ってきた一対の剣を指差した。

 確かに昨日指摘されたように兄様達のお古の剣を使っているのもあって私の今の体では剣に振り回されることが多かったけれど。

 ウェルムは私の前に片膝をつき、見上げてきた。

「貴方の振るう剣を打つ名誉をどうぞ俺にお与え下さい。今は無理でもいずれ貴方に相応しい一本を打ってみせます。俺は俺の腕と力でのし上がってみせます」

 マルビスが私の元に来たときのことを思い出した。

 理由はともかくやる気のある人材は大歓迎だ。


 そういえば、包丁作ってもらえるかどうかの返事貰ってなかった。

 まあ、いいや。領地に来てもらえるなら聞くのはそれからでもいい。

 そして移動してもらうのに荷物は少ない方が良かろうと、ウェルムを加えて昼食に出かけた後、彼の一人で切り盛りしていたという小さな工房に寄って売れ残っていた剣、とは言っても殆ど先程買い上げてしまったので残り十本もなかったのだが全て買い上げ、金貨三十枚を支払った。引っ越し資金の足しくらいにはなるだろう。

 妻に逃げられた独り身なので引っ越し準備もそうかからないから出来るだけ早くウチに来てくれるという。その言葉になんて返すべきかと迷ったが、金にもならない仕事に夢中になって妻を放っておいた自分が悪いのだから気にしていないと肩を竦めて言った。


 明日、マルビスに正式な契約に来て貰うことを約束して私達は彼の工房を後にした。

 


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