閑話 ガイリュート・ラ・シレイユスの確信 (2)
ギルドを出て、途中酒のツマミを屋台で買いながら戻るとそこには他にも三人の男がいた。
その内の一人には見覚えがある。俺が何度か情報を売りつけた相手、一年ほど前に王都から姿を消したマルビスだ。どこに消えたのかと思っていたがハルト様の側近になっていたのか。
それから男ばかりの飲み会は再開され、ハルト様はマルビスに新たに雇い入れる人間について色々と話をきいていた。どうやら大掛かりな事業計画を立てているらしく人材が足りないのでコイツのもと同僚達を雇い入れることにしたらしい。王都一番のこのホテル、特にこの最上階には様々な仕掛けと屈強な警備兵が複数常に配置されているのでホテルの中では護衛任務も必要ない。一応ハルト様の父親の護衛は階段にいるからというのもあるだろう。酔い潰れたメンツを部屋に置き、ハルト様とロイ、俺は空き部屋に移動した。
そこで俺はハルト様に最初の仕事を頼まれた。
新たに雇い入れるマルビスのもと同僚達の調査だ。
ヤツに色々聞いていたのは要注意人物をチェックするためだったらしい。
絞り込んだ人間は七人、理由を聞けば全て納得するものだった。一応全員を調べてくれという言葉に俺は頷き、早速取り掛かろうとすると呼び止められ、金貨五十枚を渡された。
特急ならばお金もかかるでしょうと。
必要とあらば出し惜しみもせず、会ったばかりの俺にさえこんな大金を預けてくる。
どこまで驚かされる。
ここまで期待されて応えられなきゃ男が廃る。
俺はその金を握りしめていつもの俺達情報屋がたむろする酒場に出かけて行った。
まずは小金をチラつかせ、仕事や金に困っているヤツらをかき集め、十八人の情報を集めてもらう。デキるヤツには要注意の七人の調査を。すると俺の持っているメンバーリストを見て、すぐに引っ掛かってきたヤツが二人、ゲイルとゴーシェの二人だ。それは俺達の中でも要注意人物と扱われているへネイギス伯爵関係の情報だったからだ。
自分の領地ではごく普通の一般的な領主を装っているが王都では相当にヤバいことに手を出しているのは有名で、多くの貴族や商人からも身を守るためにコイツの情報を欲しがるヤツが多い。アブナイ子飼いの殺し屋や密偵も多く抱えているのでも有名だが手段を選ばないコイツは放って置いても危険なので安全のために様々な弱味や情報を持っているヤツも多い。その中でゲイルの孫娘がヤツの屋敷に捕えられているのを目撃したというヤツと、ゴーシェが裏門から目立たないようにコソコソと入って行ったのを見たと言うヤツがいた。
そこで俺はその情報を持っていたヤツに他の奴らが見ている前で金貨一枚を支払った。
要は撒き餌だ。
有力な情報を他にも持ってきたヤツにはコイツを払うとソレを見せつけ、常に金に困っているようなヤツらを活気づかせ、先着順だぜと煽り、話を回した。悪いことで有名なヤツだ、当然、その情報も大量にある。一気に集めるなら金にモノを言わせるのが一番早い。もともと夜行性の俺達にはこの時間帯はまだまだ序の口。大勢のヤツらが飛び出して行った。
そうして集めた情報を手に翌朝ホテルに戻るとハルト様はすぐに行動を開始した。
用心深く、城の中にも多くの子飼いを持つへネイギスを出し抜くために。
俺がかつての職場、緑の騎士団本部に遣いに行くと団長のバリウスが姿を現した。
久しぶりの挨拶もそこそこにハルト様からの手紙を手渡すと団長は暫し考え込んでいた。
遠巻きに俺を眺めている団員が複数見受けられ、俺は首を捻った。
古巣ではあるが長居したわけではない、こんなに注目されるのは何故だ?
それに気がついた団長がポリポリと頭を掻きながら言った。
「ああ、悪いな。お前がハルトの手紙を持って来たって聞き付けたヤツがいたようでな」
鈴なりのそれは明らかに俺に敵意を向けている。
その視線には覚えがある。
羨望と嫉妬の眼差しだ。
「もしかしてここでもハルト様は人気者とか言わないよな」
そういえばハルト様にまつわる噂は魔獣討伐に関するものが多かった。
となればここ、緑の騎士団と繋がりが深いのも頷ける。
「人気者どころか崇拝者もいるぞ。本人に自覚はないがアイツはなかなか印象が強烈だからな。お前、アイツに雇われたのか?」
崇拝者って、あの人はいったい何をやったのか。
この件が落ち着いたらゆっくり何があったか聞くとしよう。
まあ俺を馬鹿にしていた奴に羨まれるのは気分がいい。
「ああ、新しい俺の御主人様ってとこだな」
『俺の御主人様』という言葉に反応して歯ぎしりしているヤツには覚えがある。
騎士団を俺が辞めた時見下していた野郎だ。
愉快そうにしている俺に団長は呆れた様子でため息を吐き、ニヤリと笑った。
「アイツは、ハルトは面白いだろう?」
その言葉には確信の色があった。
俺が否定するとは微塵も思っていないのだろう。
「ああ最高だね。紹介してくれたイシュガルドに感謝してやってもいいくらいにはな」
「お前とイシュガルドがいるなら安心だ。せいぜい気張れや、振り回されるだろうがアイツの側は楽しいぞ」
「全く同意だ。俺の御主人様は滅多にお目にかかれない傑物だ」
やはり『俺の御主人様』という言葉にヤツらが悔しそうに睨んでいる。
ハルト様というのもムズ痒いし、この呼び名はいいかもしれない。
何より向けられる嫉妬の視線が気持ちよくてたまらない。
「これについては了解したとハルトに伝えてくれ。すぐに準備する」
そう言って団長はヒラヒラと手を振り、騎士団本部の中に戻って行った。
それからもマルビスの会合の始まる時間まで俺は情報を集め、自らも確認のためにへネイギス邸に足を運んだ。
新たに引っ掛かってきたジェイクの情報も仕入れ、会場に前入りし、ヤツらの動向を探っていると頭の悪い奴が御主人様のワインに何か混入しているのを確認した。給仕のフリして紛れ込み瓶は取り替え、御主人様にだけわかるようにメモを残した。
潜んでいる密偵の数は四人、潜む間者は三人。
どうするつもりなのかと扉の影から見守っていればその中の一人、ジェイクを上手い具合に追い込み始め、自供に持ち込んだところでイシュカと俺を使い、へネイギス以外の密偵を捕らえさせた。何故他の三人ではなくコイツなのかとイシュカに聞くと疑り深いへネイギスを欺くためだったらしい。あなた達には気づいていませんよと、一芝居打ったということだ。
なるほど、密偵にも質がある。多数潜んでいたとしても全員に気づけないこともあるし、取り逃がすこともある。腕の悪いヤツが捕まったところで他の奴は動じない。下手に動けば自分も見つかるからだ。そこの心理を上手く利用したわけだ。
あらゆる手を使って自分の敵を追い込んでいこうとする姿は痛快そのもの。
王都の近衛騎士団でさえ手を焼いている黒幕相手に一歩も引かない。
俺は俺のやった仕事が間違いなくヤツを追い詰めている助力になっているのだと思うとたまらなく愉快だった。
その後も俺はロイから追加の資金を受け取り、徹底的にヘネイギスを調べ上げた。
幸いにもマルビスの同僚の中に今のところ他の間者は見つかっていない。油断は禁物だが会合以来すっかり心酔している奴も多いのでよっぽどのことがない限りは裏切り者はそんなに出てこないだろう。
ところが御主人様達がレイオット領に出発した後でもう一つの抜け道が見つかった。
まずは御主人様の計画をどう変更すべきか相談するため団長に繋ぎをつけた。
今回のメイン部隊となるのが団長達だからだ。
既に計画は実行段階、順次ヤツと関わりの深い団員達は外回りなどに追い出されている。
イシュガルドが騎士団から抜けた穴にはギュスターブという男が副団長代理として任についていた。それなりに頭が回る男のようで、抜け道の繋がる先がレイオット領だと聞くと俺達が担当するはずだった仕事を他のものにやらせて御主人様のところに送り込んだ五人とイシュカ達三人、そして連絡に向かわせる俺を含め、そちらから侵入させることで逃げ道を塞ごうと提案してきた。
「そりゃあ確かに悪くない手だが、いいのか俺の御主人様を戦場に担ぎ出して」
まあ俺がやり込められるくらいだ。
戦力として数えたとしても全く問題ないだろうが。
「その抜け道っていうのはレイオット領まで続いてるぐらいだ、それなりに長いのだろう? だとすればそこに逃げ込まれたとしても場所さえわかっていれば挟み討ちも可能だし、こちら側から増援を送ることも出来る。それにイシュカとお前がついているんだ。滅多なことはあるまい。優秀な参謀もいることだしな」
参謀、ね。戦わせるつもりはないが非常事態には助力させようってところか。
へネイギスを油断させ、宴の再開に持ち込んだお手並みは見事としか言えないが。
「人手が欲しけりゃ後十人ぐらいなら融通できるがどうする?」
「聞いてみなけりゃ俺の一存では決められねえな」
俺達では気付かない穴がないとも限らない。
道幅が狭いことから考えてもおそらく要らないと言うとは思うが。
「連絡はどうする? 一人一緒について行かせるか?」
確かにそうするのが一番確実ではあろうが、もしそれをへネイギスに疑われたら全ての準備が無駄になる。あまり使いたくない手だ。するとギュスターブが何か思いついたのか、顔を上げた。
「いえ、いい手がありますよ。団長、予備の団服を一枚貸して下さい。御用商人のジャイルが今レイオット領にいるはずです。彼を使いましょう」
その説明を聞けば確かに悪くない方法だ。その手で行こうと決めると俺は騎士団で馬を一頭借り受けられるように頼み、速攻で御主人様を追いかけることにした。
「アンタもなかなか頭が切れるようだな」
馬に跨りながらギュスターブに向かってそういうと、複雑そうな顔で笑った。
「・・・そうですね。彼の方には到底及びませんが。
おそらく以前の私なら団長が提案したように何も考えず、貴方に一人同行させていたと思いますよ」
彼の方とは俺の御主人様のことだろう。
「彼の方の影響です。私は決定を下す前にまず他にも手がないか、必ず考えるようになりました。他の団員もそうです。勿論向き不向きはあるので一概に全て成功してるとは言えませんが」
脳まで筋肉と言われてきた騎士団のヤツらが?
そいつは凄い。
上手くいかないにしても考えるようになっただけマシだ。
ゴリラが原始人に進化したようなものだ。
「すげえ影響力だな」
「ええ、それだけ貴方の御主人は偉大だということです。私はプライドが邪魔してイシュガルドのようには出来ませんでしたが。
本当に末恐ろしい御方ですよ、全く。あれでまだたった六歳だと言うのですから」
将来が楽しみ、ではなく、末恐ろしい、か。
上等だ、面白おかしく生きられるなら地獄まで共をするだけだ。
俺は荷物を受け取るとすぐ夜の闇の中に馬を走らせた。
レイオット領に到着するとすぐに作戦の変更は承諾され、襲撃に向けての準備が開始された。
朝市で装備を整え、昼メシを取り、多少の横槍は入ったものの無事に抜け道入口まで辿り着いた。閉鎖された鉱山の雰囲気に気圧されて最初はびびっていたが、イシュカの腕に抱き上げられて安心したのかすぐに調子を取り戻した。いつの間に用意したのかそこそこに大きな魔石で入口に張った結界を保持すると俺に隠蔽の術をかけさせて魔石を隠し、イシュカを先頭に突入を開始する。
団長達が相当派手に暴れているらしく地響きが聞こえてくる。
どうやら俺達の仕事を残す気はないようだ。
前方から聞こえてくる阿鼻叫喚の声に作戦が順調に進められ、関わっていた貴族達の捕縛が始まったのはわかったがこちらの抜け道にへネイギスが逃げ込んでくる気配がない。団長達が捕まえたのかと思ったが合流するとへネイギスの姿だけ見つかっていないのだと言う。
豪快に破壊された地下施設は丸見え、天井はほぼ抜け落ちているし、壁も崩れている。
これでは隠れる場所も何もあったものではない。
ではいったいヤツはどこに消えたというのか。
大勢の者がなす術なく困惑している状態で御主人様が目に止めたのは地下施設のそこかしこにある土壁の存在。他にも隠し部屋があって入口を魔法で塞いでいるのではないかと進言した。すぐにその調査が開始され、俺達も手分けしてへネイギスの隠れ場所を探す。そしてそれは程なく発見された。
踏み込むための人員が選出される。
捕縛した貴族の護送に駆けつけた近衛騎士団の中から連隊長を含めた四人と団長だ。
細い抜け道の途中にあったそれは大人数で押し入るのは厳しい故だが、御主人様はそこにマルビスを連れて行って欲しいと団長達に頼み込んだ。ヤツが一番の被害者だと思うから最後まで見届けさせたいのだと。
確かに気持ちはわからなくもない。
だが危険だと却下されても引き下がらなかった。
今回の一番の功労者に頭を下げられては無碍にも出来ない。自分がマルビスを守ると言った御主人様をイシュカと俺が護衛し、少し離れたところから見守るという条件でなんとか話はついた。
へネイギスは武闘派ではない、追い詰めてしまえばそんなに大きな問題は発生しないだろうと、そう思っていた。実際、団長が派手に壁を破壊して乗り込んだ時点ではそんなに問題ではなかった。踏み込んだ時にも隠れていた人数は中にいる人間の二人だけ、むしろ過剰戦力といえなくもなかった。
力任せに豪快に崩された壁はバラバラと崩れ落ち、お決まりの悪党捕物文句が交わされる。
だがその押し問答がピタリと止んだ。
いったい何があったのか、近衛騎士の一人が後ずさるように通路に姿を現した。
イシュカと俺はすぐに臨戦態勢を取った。
「誰かっ、誰かすぐに聖魔法を使えるヤツを連れてこいっ、早くっ」
連隊長の大きな声が響いた。
それは抜け道を興味本位で様子を伺っていた野次馬にも届いたようで慌てたようにすっ飛んで行った。
聖魔法だと?
まさか・・・
思い当たる状況に俺達は生唾を飲み込んだ。
ところが事態の深刻さが気になったのか崩れた壁の影から御主人様がひょっこりとそこを覗き込んだ。
「いけません、ハルト様、前に出てはっ」
イシュカの制止は一歩間に合わず、その光景を目にした御主人様は動きを止めて固まり、さっきの団長の一撃でかろうじて保っていた俺達の横の壁が崩れ、そこにあった隠し部屋の全貌が目に入った。
簡易な石を積み上げて作られた部屋の壁際、へネイギスとゴーシェの斜め後方にある山と積まれた財宝。
辺り一面に立ち込める黒い靄。
魔素だ。
「ゴーシェ・・・」
マルビスの呟きにゴーシェの俯いていた顔が上がり、驚愕に目を見開いた。
明らかに怯えた様子のヤツに黒い魔素は一層纏わりつき、吸い込まれていく。
魔素が取り憑くのは死体だけではない。
意識の無い者、意志や抵抗力が弱い者、負の感情に支配されやすい者をより好む。
おそらく二人の持つ負の感情に引き寄せられたのだ。この地下では非道な行いが定期的に行われていた場所でもある。魔素が集まりやすい環境が既にあった。自然界では命尽きればその死骸は他の獣の食糧となり、魔獣化することは滅多にない。だがここでは集まった魔素の行く先がない。虐げられ、子供達に呼び寄せられる魔素は取り憑く前に魔獣の餌となっていたからだ。
そして濃度の濃い魔素は時に人の意識を奪い、麻痺状態を引き起こすこともある。
正常な状態であれば致命傷に至るものではない。
だがこれは・・・
密閉された空間、二人を中心に集まる明らかに異常な濃度の魔素。
魔物誕生の瞬間だ。
二人の体はメキッ、ゴキッと音を立てて変形していく。
俺達はゴクリと息を飲んだ。
「ハルト様、いけませんっ」
「ハルスウェルトッ、止まれっ」
イシュカと団長の制止を振り切って御主人様が走り出した。
自分の周りに結界を薄く張り巡らせ、魔素祓いの聖属性の上級魔術の呪文を唱えながら聖魔法が届く距離まで一気に詰め、結界を解くと一気に魔素祓いの魔法を放った。
瞬間、辺りに眩い光が放たれ、立ち込めていた黒い靄が一気に浄化された。
御主人様が持っていたのは土、水、風、闇の属性のはずだ。
まさか聖属性も持っているとは。
だが魔素の浄化を確認した途端、大量の魔力が持っていかれたのか、御主人様の足もとがふらついた。それを見てイシュカと二人駆けつけると抱きとめ、すぐに後ろに下がる。
「無茶して、心配かけてゴメン」
汗で額がじっとりと濡れ、伝っていた。
なんて無茶をする人だ、失敗すれば自分もタダでは済まないのに。
「団長、後はお願いします」
疲れた様子で、それでもニコリと笑って見せる。
「よくやってくれた。後は任せておけ」
ポンっと頭の上に団長の手が御主人様の上に置かれた。
「イシュカ、ガイ、早くハルトとマルビスを安全なところへ。
行くぞ、アインツ。ここは気張らねばいいところを全てハルトに持っていかれるぞ」
「そうだな、バリウス。アレは最早ヒトでは無い。討伐対象の魔物だ。気を引き締めて行くぞ」
「手柄は譲るという話だったな。へネイギスは任せてもいいか? 俺はもう一匹を殺る」
「当然。行くぞ」
御主人様を抱えて走り出した俺達の後ろで気合いの入った団長達の声が聞こえた。
既に避難が始まっている中を俺達は走り抜け、魔物化した二人の攻撃が届かない場所まで移動し、成り行きを見守っていた。
だが魔物化した二匹の相手は王国最強と呼ばれる二人の猛者でも相当にキツイようだ。連れてきた騎士達の多くは貴族の護送や地下牢に閉じ込められていた子供達の移送でここを既に離れている。想定外の魔物の登場は非常事態、近隣の住人の避難誘導もしなければならない。
厳しい戦いになるだろう。
場合によっては御主人様を連れて早々にここを離れた方がいい。
俺達がここを離脱する算段をしている間にも御主人様がその戦いから目を離すことはなく、ジッと見入っている。イシュカに抱き抱え上げられたままブツブツと何か考え事をしてるかと思えば試したいことがあるとイシュカに指示を出し、その策で団長がゴーシェを倒したことを確認すると今度はへネイギスの討伐作戦を練り始める。
この人には恐怖というものがないのか?
いや、抜け道突入前には暗い夜道に怯えてイシュカに抱き抱えられていた。
いったいどういう神経、いや、度胸をしているのか。
そして今朝俺達が買ってもらった短剣をイシュカが槍に括り付け、それに聖属性の加護をかけ前線に届けると、団長達はそれを使って見事にへネイギスを討伐した。
ついさっき聖属性の上級魔法を使い、更に八本の短剣に属性の加護をつけた。
この人はいったいどれだけの魔力量を持っているんだ?
上級魔法は俺達でも魔力切れ覚悟で最大二発が限界。上級魔法は一発だけとはいえ、中級クラスの加護を八回、その前にも結界を何度か張っている。つまり、この小さな体には最低でも俺達並みの魔力量が秘められているとみたほうがいい。
二匹の魔物退治に湧き上がる中、睡魔に負けてウトウトし始める姿は子供そのもの。
興奮して駆け寄る団長の声を子守唄に眠りについた。
安心して気が抜けたようだ。
「全く、大した大物だな、コイツは」
呆れたように団長がため息を吐く。
「バリウス、お前ズルいだろう。ハルスウェルト殿の独占は」
「知らねえな、ハルトは緑の騎士団の軍事顧問、早い者勝ちだ」
「陛下に進言するぞっ、俺は。彼は近衛にこそ欲しい人材だ」
「やらねえって言ってるだろ」
この国の双璧と呼ばれる二人に取り合いされているのも気づかずスヤスヤと眠っている。
なかなか終わらない二人の口喧嘩にイシュカが静かに怒鳴りつける。
「二人ともそのくだらない言い争いは他所でやって下さいっ、ハルト様が起きてしまわれるでしょう」
その言葉にハッとして押し黙り、図体のデカい二人が申し訳なさそうに肩を縮こませる姿に俺は込み上げる笑いを抑え切れず、俺もイシュカに雷を落とされた。
俺は人生はつまらないと思っていた。
だがそれはもしかしたら自分自身のせいかもしれない。
何事も適当に中途半端に、無理だと思えばすぐ撤退、逃げ出した。
でも目の前にはどんな困難にも恐れずに立ち向かい、必死に道を探そうとする人がいる。
無鉄砲、向こう見ず、暴馬。
確かにそうだ、間違いない。
だがその影には必ず一本の筋が通っている。
どんな手段を使っても自分の信念を貫き通そうとする強い意志がある。
多分、周囲の人間はそんな姿に魅せられ、夢中になるのだろう。
そして俺も、近い将来きっとそうなるに違いないとその日、確信を持った。