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閑話 ガイリュート・ラ・シレイユスの確信 (1)


 俺より強くて面白いヤツがいれば仕えてやってもいい。

 それは俺がよく口にしていた言葉だ。

 だがその二つというものはなかなか揃うものではない。

 そして揃っているようなヤツは俺のような半端者には興味がない。

 きっと俺はこのまま、誰に仕えることもなく、このままふらふらと生きて行くのだろうと、そう思っていた。

 あの日、もと同僚のイシュガルドが訪ねてくる前までは。



 俺は子爵家五男に産まれ、幼い頃はよく放っておかれた。

 別に珍しいことでもない。貴族の後継は通常長男か次男、五男となれば周囲の期待はかなり薄い。それでもそれなり商才に長けていた親父は二人の妻と七人の子供を飢えさせるようなことはなかったので、むしろ恵まれていたほうだと言ってもいい。

 だが幸いにも生まれつき器用だった俺は親に放ったらかしにされたものの多くの兄弟に囲まれ、それを見て勝手に育った俺は学院入学の頃になるとそれなりに注目を集める有望株に育った。頭も良く、腕も立つ、聖属性ほどではないが珍しい闇属性持ち。容姿もそれなりに整っていた俺には婿入り話や養子縁組などの話も舞い込んだ。

 今思えばかなり調子に乗っていたのだろう。

 物覚えもよく、少し齧ればだいたいのことはそこそこに出来た。

 だがそれ故に退屈でたまらなかった。毎日が然程面白くない。

 女は向こうから寄って来て当然、適当に遊んで後は放ったらかし。そうすれば向こうから別れ話を切り出してくる。その繰り返し。自分に気のない男を黙って待っているような気の長い女は案外少ないものだ。

 柔らかな女の体の感触は嫌いではなかったし、夜を共にするのも悪くなかった。

 親父から咎められていたものの聞く耳など持っていなかった。


 だがそれは単に今まで運が良かっただけなのだと思い知らされたのは俺が十四の夏の日の夜だった。

 その日、俺はいつものように悪友達と街に出掛け、家に戻った。

 家には客人が来ていて応接間から笑い声が聞こえていたが、酒の入っていた俺はそこを素通りした。また親父に怒鳴られると思ったからだ。

 この国の法律では酒は成人である十五歳からと対面上は決められている。実際は早いヤツは十歳になる前から仕事場の付き合いに出ると飲まされることも多く、罰則などもないために守られているとは言い難い。ただ何か問題が起こるとそれを理由に責任や罪が上乗せされる程度のもの。

 この頃の俺はまだアルコールにも慣れていなくて記憶を無くす程ではなかったがジョッキ三杯程度のエールで酔っ払い、睡魔に負けて早々にベッドに潜り込んでいた。そして次の日の朝、目覚めると横に素っ裸の見たことのない女が横で眠っていた。

 俺は自分の家に女を連れ込んだことは一度もない。

 そういう行為に及ぶ時は大抵女の家か街の宿屋を使っていた。

 選ぶ女に困っていなかったこともあって結構な面食いで好みもうるさかった。多くの男が好む豊満な胸の谷間より、俺はスレンダーで脚の綺麗な美人が大好物で、隣に寝ている胸も尻もデカい、御面相も普通の女は相手にしたことはない。何故こんな女が俺のベッドにいるのか不思議でならなかったが朝食のために起こしに来たメイドの悲鳴によって屋敷の中は大騒ぎになった。昨晩から泊まっていた客人の娘だったのだ。

 当然のことだが家の中は大騒ぎになった。

 ソイツの両親は娘を傷物にされたと怒鳴り散らし、親父達は平謝り、コトは責任問題にまで発展し、嫁に娶れとまで言い出した。身に覚えがない俺は勿論反論した。何故朝起きたら裸で寝ていただけの抱いてもいない、好みでもない女と結婚しなければならないのだと。冗談ではない、こんなことで人生決められるのは真っ平だと。女は俺のその言葉に泣き出し、事態は収拾がつかなくなっていた。日頃の行いもあって俺の意見、主張は全く信用されず、親父は多額の賠償金を払わされ、俺はその日のうちに勘当、親子としての縁も切られ着の身着のままで家を追い出され、食う物にも今夜の寝床にも困った俺はその時たまたま募集がかかっていた騎士団の入団試験を受けて入団した。


 魔力量も人より多い、腕にも自信があり、先手を読むのが得意だった俺は騎士団の中でもかなり強い方だった。だが所詮入団したての俺は当然下っ端、雑用や面倒ごとを押し付けられるのが面白くなかった。

 俺より弱い奴にどうして命令されなければならない。

 頭も悪く、筋肉馬鹿の面白みのない奴にデカい顔をされなければならないと思っていた。そしてなにより配属された緑の騎士団には貴族出身の者が多く、勘当された身の上とはいえ子爵家出身の俺には居心地が悪かった。男爵、準男爵と、もっと下の階級の奴もいる。だが圧倒的に偉そうにしている奴のほとんどは伯爵以上、無理難題を押し付けられ、手柄を横取りされるのも面白くなかった。その上、もともと人に束縛されるのも、命令されるのも嫌いだった俺は規則規則と縛られるのも嫌で結局一年ほどで辞めた。騎士団での一年間の生活でそれなりに金も貯まっていたのですぐに衣食住に困ることもない。

 適当にのんびりと自由気儘に生きていけるなら貧乏暮らしでも構わない。

 別に女も寄ってくるから付き合っていただけで、いなくて困るほどのものでもない。

 あの日以降女運にも見放されたのか好みの女にも出会わなかった。

 くだらない毎日を変えてくれるようなヤツがいれば雇われることも考える余地もあるがそんなヤツは滅多にいないことも知っている。一年間だけ在籍していた騎士団も、俺より強い相手、同格のヤツは幾人かいたが興味をそそられるほどの面白いヤツはいなかった。時折酒場などでバッタリ出くわすことはあっても世間話をするほどの付き合いはなかったし、そんなに身なりに気を使うこともなくなって擦り切れた洋服でふらふらしている俺に侮蔑の混じった視線を送ってくる奴もいた。だが、世間からどう見られようと誰もうるさく干渉して来ない自由な生活は俺にとって、そんなに悪いものでもなかった。


 そんな生活をして半年ほどが過ぎた頃、手持ちの金もつき、そろそろ稼がねば食い物にも困り、住処も追われるだろうと冒険者ギルドに登録し、適当に依頼でも受けて当座の資金を稼ごうと思いたった。

 そしてその登録を済ませた帰り道、俺が家を出るキッカケになった女の姿を見かけた。

 厚化粧で育ちの良さそうな男の腕にしがみつき、甘えた声で宝石をねだる。

 ウチに賠償金を請求しに来た時とは随分印象が違う。

 別に興味を持ったわけではなかったがその変わりようが気になってそっと後をつけると二人は宿の中に消えた。随分と尻軽に見えたその様子を不審に思い、少し調べてみるとその女は他にも男が何人かいて、親とグルになり、男を騙しては金品を巻き上げ、贅沢な暮らしをしていた。

 つまり俺と親父はカモにされていたわけだ。

 出た家にも、貴族の称号にも未練はない。

 だが俺をハメたヤツがのうのうと暮らしているのは面白くない。

 そこでその女がカモにしようとしていた男に片っ端から集めた情報を売りつけた。始めは信じなかった男達も現場を見れば納得する。そして謝礼だと俺に金を支払った。それを繰り返しているウチに引っ掛けるカモも、引っ掛かるカモもいなくなりその女は家族と一緒にこの街を出て行った。


 情報というものは金になる。

 それもデカいネタほど大金に化ける。

 勿論それなりに危険も伴うが元手のかからないそれは俺にとって都合がいい。

 腕に自信はあっても装備を揃えるには金もかかる。

 冒険者としての依頼を受けるにしても高ランク依頼は護身用の短剣だけでは心許ない。

 それに情報屋という商売は何より俺に向いていた。

 気に食わないヤツの弱みを握り、その情報を欲しがる奴に売りつける。

 そうして気に食わないヤツは俺の前から消えていく。

 別にそれが悪いことだとは思わない。人に握られて困るようなことをしているヤツが悪いのだ。まともに働いているヤツまで陥れるようなことはしないのが情報屋としての俺の矜持(ポリシー)だ。正義感というわけではない。誰しも秘密の一つや二つはあるし、マトモなヤツを潰せば悪いヤツらがのさばり、空気も悪くなる。空気が悪くなれば俺達のような人間は住みにくくなる。そういうことだ。

 

 そんなその日暮らしをしている俺のところにもと同僚、今は出世して緑の騎士団副団長様となったイシュガルドが訪ねて来た。

 イシュガルドは筋肉馬鹿や頭の固いヤツの多い騎士団の中にあって比較的柔軟な考え方をする男で、魔獣関係なら俺ようなヤツからでもネタを買い取るような男だった。また何か欲しいネタでもあるのかと思って話を聞けば、ヤツの護衛対象が俺のような情報屋を欲しがっていて会ってみたいと言っているのだという。

 その名を聞けば俺でも知っている人物だった。

 ハルスウェルト・ラ・グラスフィート、俺達情報屋の中でも最近何かと話題の人物だ。

 ワイバーンの偵察個体を単騎で瞬時撃墜しただとか、三十人の平民の兵士を率いて騎士団が討ち漏らした九匹のワイバーンを一人の怪我人も出さずに打ち倒しただとか、緑の騎士団本部で軍師を勤め、魔獣の群れを撃退しただとか、ホラ話か、どこかの絵物語か、頭がおかしくなったのかと疑うようなものばかりで、しかも王家と騎士団が情報操作をしているらしいという話もあって嘘か本当か判別できない情報も流れていた。

 この二つを敵に回してまで情報を得ようとするヤツは滅多にいない。

 金を手に入れても指名手配がかかったり、殺されては割に合わないからだ。

 そんなヤツが俺に会いたいと言っている。

 それもメシと酒まで用意して。

 王家や騎士団を敵に回すつもりはないが折角の向こうからの招待、しかもメシと酒付きとあっては行かない手はない。いったいどんな奴なのかという興味もあって俺はイシュガルドに付いていった。


「よう、上手い酒とメシを食わせてくれるって言うんでやってきたぜ。

 アンタか、俺に会いたいって奴は」

 扉を開けて最初に目に飛び込んだのはやたらと綺麗なツラをした男。確かに頭の出来は良さそうだがとてもワイバーンを圧倒するような猛者には見えない。線も細いし、相当若いという話だったがおそらく歳の頃は俺と殆ど変わらないだろう。まあ噂が全部本当だとしたらそれだけの功績を上げた実績を持つなら若いと言えなくもない。

 だが次の瞬間、下方から聞こえてきた声に俺は腰を抜かしそうになった。


「いえ、私ですよ。初めまして、ハルスウェルトと申します」


 視線を動かし、その方向を見た途端、俺は混乱して頭を抱えた。

 そこにいたのは俺の身長の半分ほどの、まさに子供だった。

「嘘だろ? いや、待て、確かに若いとは聞いていたがこれは若いなんてもんじゃないだろ?」

「イシュカから聞かなかったのですか?」

 聞いていた、勿論聞いてはいた。

 凄くお若い方ですよ、と。

 これはお若いというより幼いだろう?

 強者特有の圧力にも似た圧迫感も圧力もない。

 細くしなやかな若木のような肢体に少女とも見間違うような中性的な顔立ち。

 とてもじゃないがワイバーンに立ち向かうような猛者には見えない。

 だが明らかに普通の子供とは違っていた。

 大人びた仕草と立ち居振る舞い、言葉遣い、俺の無礼な物言いや態度に動じもしないどころか、アッサリとそれを許容し、即座に合わせてくる。まるで自分より遥か年上の人間を相手にしているようだ。上級貴族の雰囲気を漂わせながらも明らかに異質、いや、変わり者と言うべきか。護衛や平民と一緒に食卓を囲み、楽しそうに大皿に盛られたメシを食う。しかも出された珍しい美味い食い物は従者ではなくその子供が自ら作り、振る舞っているのだという。

 隣で甲斐甲斐しく世話を焼いている男は可愛くて愛しくて仕方ないという様子だ。そこだけ見れば普通の子供に見えなくもない。だが会話を交わせば返ってくる言葉はまるで子供らしくない。本人が言ったように細かいことは本当に気にしていないのだろう。子供でありながらそこにいる全ての人間に対等以上に扱われ、慕われているのがわかる。あの口うるさいイシュガルドでさえ骨抜き状態、まるで忠犬のようだ。

 だが王家と騎士団で極力広めないように情報操作されてる理由も納得した。

 この国では十二歳以下の子供の戦争への参加は認められていない。

 公にできないのも当たり前だ。


 面白い、そう思った。


「で、俺を雇いたいって?」

 そう尋ねるとにこりと笑って言葉が返ってくる。

「ガイが雇われてくれるならね」

「俺に拒否権はあるのか?」

「当然でしょ。自分の意志でないのなら意味はない。やる気がない者に無理強いしたところで半端な仕事をされても困る。自分の仕事には責任は持ってもらわないと。言っておくけど責任ていうのはお金や命のことじゃないからね」

 食うだけ食わせて強制も押し付けもしない。

 命令して従わせようなんて気は微塵もないらしい。

 気に入った人間以外を置く気は無いというので普通は俺の様なヤツは嫌がるものだと言えば、

「面白そうじゃない、ガイは。私は個性的な人が好きなんだ。得意分野が違うスペシャリストが大勢いた方が色々な意見が聞けて面白い仕事が出来ると思うんだ」

 と、こんな言葉が返ってくる。

「で、私と一緒に働いてくれるつもりはあるのかな?」

「私の下で、とは言わないんだな」

「みんな仲間だと思っているからね。側に置いている人間は部下であっても下だと思ったことはない。私は上の人間に意見できないお人形が欲しいわけじゃない。自分の意志で考えて動ける人でないと私に振り回されるだけになるだろうし、自分のやるべき事をやってくれるなら細かい事は気にしないよ。仲間を傷つけて騙したり、裏切る人じゃなければって言う注釈はつくけどね。当然、そんなヤツには容赦しないし、それ相応の代償は支払ってもらうからそんな事をするつもりがあるならこの話は断ることをオススメするよ」

 甘いだけかと思えばそうでもないようだ。

 正義の味方でも英雄でもないし、名誉も地位もどうでもいいので自分に不都合が発生しなければ同情はしても手を出すつもりはないという。負うべき責任は果たすし、一度引き受けたなら全力も尽くすが売られた喧嘩は買っても基本的に手に負えないものや余計なものまで背負い込むつもりのだと。

 言っている内容は理解できる。

 だがこれをこの歳の子供が言っていること事態、信じられない。

 明らかに大人の考え方だ。老成していると言ってもいい。

 綺麗事も言わず、あけすけな物言いに、

「俺が言いふらすとは考えないのか?」

 と、聞けば、

「ガイはそんな事しないでしょ? 言ったところで今の私の言葉とガイの言葉、人がどっちを信じるかなんて頭のいいガイにわからないわけないもの」

 なんて言葉がしれっと返ってくる。

 結構いい性格しているようで嫌味を言えばありがとうと礼を言う。

 この俺がいいようにあしらわれているのだ。益々面白い。

 俺は景気良く腹を抱えて笑い出した。

 

「いいね。気に入ったぜ、ハルト。考えてやってもいい。但し、俺は自分より弱い奴の言うことを聞くつもりはない。噂通りかどうか腕は試させてもらう」

 俺の台詞にハルトはため息を吐いた。

 どうやら予想はしていたようだ。

 だが逃げないということは、つまりアノ噂の幾つかは間違いなく真実なのだろうと確信した。


 

 冒険者ギルドにやってくると俺は、いや、ロイという男以外がハルトの出したギルドカードを見て目を剥いた。

 燦然と眩しいそれは、滅多にお目にかかることのないS級冒険者の証。

 周囲の反応に面倒臭そうにしながらも行儀良く対応する。

 いくら金を積もうともその称号は実力と実績がない限り与えられることはない。

 この子供はとてもそうは見えないが間違いなく強者なのだ。

 サクサクと進められる会場の準備にビビりもしない。

 肝が据わっているというより図太いと言うべきか。

 心配し、揉めている連中を置いてさっさと外に出ると俺はその鼻っ柱を折ってやろうと先制攻撃の準備をして待ち構える。

 まずは決めたルールに対して有効に進めるための攻撃だ。

 戦闘というものは試合ではない。掛け声なく始まるものだと思い知らせる筈のそれは、ハルトの用意していた結界に阻まれ、放った五本のナイフは地面に落ちた。


「予想していたけど思っていたより早く仕掛けてきたね」

 コイツ、俺の攻撃を読んでいやがった。

 久しぶりに気分が高揚してくるのが自分でもわかった。

「準備万端、壁張った上でそれを隠蔽してたヤツに言われたくねぇな」

「戦闘は用意ドンで始まるものばかりじゃないもの。

 油断している方が悪い、でしょ?」

「まあその通りなんだが、そのセリフは俺が言うはずだったんだが」

「悪いね、見せ場を奪っちゃって」

「いや、そう来なくっちゃ面白くねえ。

 思っていた通り、タダのイイ子チャンじゃなくて安心したぜ?」

 相変わらず強者の圧力が感じられないのも面白い。

 ハルトはのんびりと頭の後ろで両手を組む。緊張感がまるでない。

「ガイの得物エモノはナイフとその短剣?」

「ああ。重くて長い剣は動くのに邪魔だ。ハルトは使わないのか?」

「私の剣術の腕前は三流以下もいいとこだからね。

 下手なもの振り回すより両手が空いている方がいい」

「得意は魔術戦闘って事か」

「まあね。ガイこそ油断しすぎじゃない?」

 油断? 何を言っている?

 こんな面白い勝負、そんなことをして終わらせるなどつまらない。

 俺は注意深くハルトの動きを観察し、様子を覗っているとハルトは頭の後ろに回していた手をゆっくりと何も持っていないことを見せつけるように前に持ってくると拳を握り、一気にそれを振り下ろした。

 瞬間、俺の頭上に大量の水が滝のように流れ落ちる。


「目、覚めた? 今のでお酒も抜けたかな?」

 聞いてくる姿はまさしくイタズラに成功した子供そのもの。

 だがやっていることは明らかに子供のレベルを超えている。

「ああ、抜けたな。無詠唱魔法の遣い手か。会うのは初めてだ」

 呪文を唱え、風魔法を使って身体にまとわりつく水滴を振り払うと俺は楽しくてたまらなくなって笑った。

「それは光栄だね。私はずっとコレだから珍しいと最近まで知らなかったけど」

 知らなかった? 

 どういう意味だ? だが、

「ホント、末恐ろしいガキだな」

 間違いなく魔法操作は俺より上だ。

「ありがとう。褒め言葉だよね、それ」

「まあな。こりゃあ俺も本気出さねえとヤバいな」

「そうしてくれると助かるよ。後でアレは本気じゃなかったって言われても困るもの」

「言わねえよ。それは負け犬の遠吠え、油断したヤツが悪い。

 俺はそんなみっともない真似しねえよ」

 だがこうなってくるとまともに当たれば俺の負けは確定だ。

 魔法戦闘が得意というなら詠唱で次の攻撃などが判別できるだろうから俺に有利だと思っていたがとんだ誤算だ。ここは経験を活かしてまずは撹乱しようと幻惑魔術で気配を消すことで視認しにくくすることにした。だが、

「じゃあ私も遠慮なく」

 と、そう言うと、ハルトは自分を中心に半径十メートルほどの範囲に水魔法で地面にぬかるみを作った。いったい何の真似かと思えば次の瞬間、勢いよく水弾が俺目掛けて飛んできた。それも何発も。無詠唱だけではなく詠唱破棄まで使いこなしてやがる。普通では考えられないような間隔で水弾が次々と飛んでくるのだ。しかし何故正確に俺の位置がわかるのかと思い、ふと足もとを見れば地面に俺の足跡が残っていた。

 なるほど、これが原因か。よく考えたものだ。

 隠遁の魔法は気配を消せても足跡も足音もあるということか。

 コイツ、頭も相当キレるようだ。

 足りない経験は他の方法で補おうということか。

 しかし、こうなってくると魔力食いの隠形の術は無駄だ。俺が魔法を解くと更に風魔法で強化をかけ、飛んでくる水の勢いが増す。これはたまらないと俺は悲鳴を上げた。

「ちったあ遠慮しやがれっ」

「降参する? それならそれで私は構わないよ」

「冗談じゃねえっての、イイとこなしで終われるかっ、俺にもメンツってモンがあんだよ」

「そんなもの犬のメシにもならないんじゃないの?」

「うるせえっ」

 風魔法で速力を強化し、俺は攻撃が当たりにくいように緩急をつけ、左右に避けながら突っ込んで行く。攻撃の隙間を狙っていくしかないかと突風の呪文を唱えた。これに対応して水弾が止まった瞬間、懐に飛び込んでやる。そう画策して魔法を放った。こちらの思惑は成功し、同じく風の魔法で受け流されたものの体格の差か勢いに負け、よろめいて地面に手をついた。そして体勢を整えるためか風魔法の呪文を口にする。

 ヨシ、今だ! そう思い、俺は真っ直ぐに突っ込んで行った。

 だが次の瞬間、それは罠だと知った。

 手前二メートルの範囲に入ったと同時に俺の足元の地面を大きく深く掘り下げられ、更にそこに水魔法を落とされてジャンプするための足場を奪われた。しかも土魔法を使って抜け出そうにも水で濡れた土壁は柔らかいぶん魔術操作しにくく、狭い場所では更に困難だ。下手をうてば生き埋め。これでは穴ぐらから抜け出すことも出来ない。

「闇と水、風に土までっていったいいくつ属性持ってんだよ、お前」

 大抵のヤツが持っている属性は一つか二つ、三つ持っている奴は二割程度、四つ以上持っているヤツはかなり稀だ。

「いくつだと思う?」

 こっちを見下ろして不敵に笑う。

「風魔法の呪文唱えながら土魔法を使うのは詐欺だろ?」

「私が魔法使うのに詠唱要らないって知ってて騙されるガイが悪いと思うんだけど。ガイって捻くれている様で意外と行動素直だね。もっと私のやる事に疑った方がいいと思うんだけど」

 ぐっと俺は言葉に詰まる。

 ガキに子供のようにあしらわれている事実。 

 悔しいが言い返せない。言葉でもやり込められている。

 悔しそうに見上げるとハルトは俺の天井、つまりこの穴ぐらの出口をシールドで塞いだ。普通はシールドは敵の攻撃からの防御に使うものじゃないのか? コイツ、応用までききやがる。

 しかし冷静に分析できたのはそこまで、なんとか逃げ出そうとした俺にそのチャンスを与える間もなく、水の染み込んだ土に魔力を使い、冷気が流し込まれてくる。パキパキと小さな音を立てて次第に近づいてくる氷の壁と空気の冷たさにとうとう俺は悲鳴を上げる。


「もういい、わかった、わかったよ。参った、参りました。

 俺の負けでいいから出してくれ」


 これはどうあっても勝てない、俺の行動の先の先を読んできやがる。

 ここが戦場や忍び込んだ先なら逃げの一手だが、これは勝負、逃げれば負けだ。

「了解」

 俺が自ら負けを宣言するとハルトはシールドを解き、空けた穴の側面に階段の様に土を迫り上げたので降参の意味を込めて手を上げてソイツを登って行くと、途中乱入を避けるために閉められた扉を開けるためにギルド長が歩き出したのをハルトは止めた。

 ギルド長が火魔法の呪文を唱え、水浸しになった地面を一瞬で乾燥させるとロイと二人、俺達の近くまで歩み寄ってくる。ロイは戦闘中もコイツの勝利を確信していたのだろう。慌てる様子は一切なかった。

 地面の上に大の字になった俺の横にハルトはしゃがみ込んで尋ねる。

「ガイ、どうかな? 私のとこで働いてくれる気になった?」

 寝っ転がったままハルトを見上げる。

「なんだ? まだ俺に拒否権あんのか?」

「私は命令じゃなくてお願いしてるの。当たり前でしょ? 

 やる気のない人はいらないもの」

 ジッと真っ直ぐ見つめる俺の瞳を真正面から受け止め、視線を逸らさず見つめ返す。

 命令は勝者の特権、勝ったのだからそれを行使すればいい。

 だがコイツは俺の意思を尊重しようとする。

 これは勝てない。勝てるわけがない。

 戦闘能力でも、人としての器でも俺の負けだ。

 

「行くよ。アンタの、ハルト様の側は面白そうだしな」


 俺が笑ってそう言うと、俺の『様』付けに気がついたのか目を丸くした。

 驚くこともないだろう?

 ハルト様は宿で俺に言っていたじゃないか。

「敬称ってのは尊敬する人間に対して自ら進んでつけるものであるべき、なんだろ? 俺だって自分の認めた相手にくらい敬称はつけるさ、敬語は無理でもな」

 そう言ってハルト様に向かって俺は手を差し出した。

「よろしくね。歓迎するよ、ガイ」

 その手を握り返し、ハルト様は微笑んだ。

 

 俺はハルト様の手を握ったまま立ち上がるとしゃがみ込んでいたのを引っ張り上げた。あそこまで俺の先手が取れた理由について尋ねると隣にいるロイに視線をチラリと向け、ハルト様と俺が似たタイプじゃないかとロイが言っていたから自分ならこうするだろうなって思ってやったら俺が面白いくらい引っかかったのだと。逆に突進して俺のスピードで力押しされたらさすがにかわしきれなかったと言われ俺は顔を顰めた。

 相手は子供、その手もあったと今更ながらに思った。

 そして自分の持ってる属性と詠唱に関しては内緒にしてほしいと口止めをしてきた。アイツら、知らないのかと問えばアイツらの前で闘ったことないので騒がれたくないから極力隠しておきたいと言う。今のところ知っているのはここにいる人以外でニ人だけ、つまり父親とグラスフィート領のギルド長、ダルメシアだけらしい。暫くの間、自由の身でいたいので極力隠す方向で協力してもらっているのだと。御国同士の争いや因縁には巻き込まれたくないし、権力争いにも貴族としての地位にも興味はない。仲間達と楽しく過ごせるならそれでいい。自分の領地を気に入っているんで離れたくないから本来なるつもりのなかったS級冒険者の登録を受け入れ、国家権力でも簡単に動かせなくなるようにしたのだと。

 土地へのしがらみを増やす事で断るための口実を増やす。

 俺とここのギルド長は納得して頷いた。


 屋外試験場の出入り口を開けると勝敗の行方と護衛対象であるハルト様の安全が気になって仕方なかったらしい三人はドアにへばりついていたらしく、扉が開けられた事で支えをなくして折り重なるようにして倒れ込んできた。

 勝負の行方が気になって尋ねてきたヤツらにハルト様は少し考えてから、

「内緒。私はガイが仲間になってくれるならどっちでもいいもの」

 そう答え、悪戯っぽくウィンクを投げ、ねっ? と、俺向かって微笑む。

 俺は驚いたように瞳を見開き、口もとだけで笑った。

 勝ち誇ってもいい場面で俺のメンツを立てたのだろう。

 全くもって参ったという他ない。

 ハルト様が答えないのでイシュカの視線が今度は俺に向けられる。

「負けたな?」

「ハルト様の側は面白そうだと思っただけだ。強要はされてねえよ」

 嘘はついていない。

 強要されていないという俺の言葉に確信を持てなくなったようだ。

 俺はしゃがみ込んでいたハルト様の頭をクシャッと撫でた後、脇に手を差し込みそのまま担ぎ上げ、自分の腕に座らせて抱え込んだ。いきなりの俺の行動に目を白黒させているのでポンポンとあやすように背中を叩く。

 こうして簡単に抱き込んでしまえるほどの体格。

 なのに持っている度量の深さは大人顔負け。

 こんな面白い人間は滅多にお目にかかれない。

 コイツらが惚れ込み、夢中になるわけだ。

 頭脳明晰、容姿端麗、料理も出来て気もきいて、性格も悪くない。

 女であったら間違いなく優良物件。

 いや、俺をやり込める腕っ節もあるのだから男としても優良物件なのか?

 将来求婚者が殺到すること間違いなしだ。

 そう思ってふと周りを見て気づく。いや、将来ではなく今現在もというべきか。

 抱きかかえている俺に向けられているのは明らかに羨望と嫉妬の眼差し。

 本人達に自覚があるかどうかは定かではないが。

 揶揄うように尋ねると、

「私には関係ないでしょ? 結婚できる年にはまだ遠いし、色気のない子供だもん。男の私はお嫁さん貰う確率が高いような気もするんだけど」

 周囲の自分に向けられる視線にはどうやら無頓着のようだ。

 可愛い女の子が好きなのかと問えば、どちらかといえば苦手らしい。

「へえ、男でもいいならこの中からお相手が出てくる可能性もあるわけだ」

 俺の言葉に周囲の視線が食い付いてくる。

「私が結婚出来る年まで九年もあるんだよ?

 私は二番目は嫌だし、みんな結婚してそうな気がするんだけど」 

「結婚していなかったら?」 

「相手が私で嫌じゃなかったら立候補するかも? でもみんなモテそうだし、私みたいなお子様より大人で魅力的な女の人とか沢山いるよ? 勝てない勝負はしない主義だし」

 つまりこの人は自分の魅力を全く理解していないということだ。

 これは周囲の人間が将来恋敵(ライバル)になる可能性があるということだ。

 壮絶な争いになりそうだと思ったが、そういえばこの国は重婚が認められている。

 コイツらがそれを許容できるなら全員伴侶となり得るわけだ。

 この調子で周囲の人間を誑し込み続けたら恐ろしい気もするが、ロイ曰く、既に手遅れということだ。

 いつまでも子供を理由に逃げられないことをハルト様が理解する頃にはいったい何人の犠牲者が出ていることか、考えると恐ろしい気がしないでもなかった。 



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