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第四十七話 怪獣大戦争の結末は?


 地下施設の中では既に避難が始まっていた。

 沢山の縄梯子やロープが降ろされている。


 その中で唯一幸いだったのは団長が連れて来た人員が思っていた以上に多かったので近衛隊が到着してすぐに捕らえられた関係者の護送馬車は既に牢獄に送り出され、助け出した子供達は一旦騎士団に連れて行くためにここを離れ、へネイギスの屋敷にいた使用人達は調書を取るために近衛隊の詰所へ移動し始めていたことだ。残っていたのは現場検証のためにやってきた近衛騎士三十名と屋敷を封鎖していた団員達二十名ほどだけ。

 つまりどこかに潜み、隠れていない限りこの屋敷にいるのはロイ、マルビス、私を除きほぼ戦闘員のみ。

 荒事に慣れた人達はさすがにこの非常事態への対応も早かった。

 魔物化した二人と団長達が暴れ始めたため、残っていた地面にも穴が開き、ただで廃墟じみた雰囲気になりつつあったのが屋敷まで倒壊し出したそれを見ても慌てふためくこともなくに手分けして近隣住民の避難誘導にあたり出した。なんとも手早いものだ。

 私達は一定の距離を取り、すぐに退避できる場所で事の成り行きを見守っていた。

 それもイシュカに抱えられたままの格好で。

 一応もう大丈夫だと言ってみたのだが危ないからと降ろしてもらえなかったのだ。


 目の前で繰り広げられている光景は怪獣大戦争さながらだ。

 へネイギスの身体は醜く膨れ上がり、もとの大きさの三倍近い大きさだ。肌は紫がかった黒い肌に鱗みたいな模様が浮き出て、頭の上には二本の角、目は紅く禍々しい。口は大きく裂け、そこから唾液が滴り落ち、焦げ付いたような異臭を放っている。不自然に盛り上がった筋肉と醜く膨れ上がった腹は弾力があるのか連隊長の振るう剣を弾き返し、傷一つついていない。肉付きの薄そうな首より上を狙っているようだが身長よりはるか上のそれを切り落とすのはなかなか厳しいようで苦戦しているようだ。もともとの性格や属性などが魔物化しても反映されているのかかなり用心深く、頭はそれなりに回るようで小狡い動きも多い。口から吐き出す強風も厄介だがその息に混じり、飛んでくる唾液には弱い酸のような成分が含まれているのか溶けるまではいかないまでも火傷のような赤い腫れができているようだ。折角のいい男が台無しだ。結界魔法などである程度は防御していても切りかかる時にはどうしてもそれは邪魔になるので解除の必要がある。少し離れたところからの魔法での援護射撃があっても水と風の属性を持っているらしいへネイギスには火属性の魔法も効きにくく、効果のありそうな土属性の魔法も弾力に富んだ肉の鎧に弾き飛ばされてしまっているので意味がない。

 ゴーシェの身体も魔素によって変化していたが体長自体はへネイギスほどではなく、若干団長よりも大きい程度だ。こちらは肌は漆黒に近いテカリを帯び、手には鋭い爪、長く伸びた腕は鞭のようだ。耳が大きく尖り、目は鈍い鋼色、口からは鋭い牙が唇からはみ出し、顎は細い首を隠すかのように長い。肌はへネイギスとは逆で硬質で団長の剣の刃でもかすり傷程度、それも回復力が並外れているため直ぐに塞がってしまう。ただ再生能力まではないようで団長の切り落とした指の傷口は塞がっているが二本欠けたまま。だがそれが余計に警戒感を抱かせたのか近づかせないために腕を振り回し、防御している。ゴーシェの属性は土だけのようだがこちらもなかなか簡単にはいかない相手のようだ。下手に近づけばあの長い腕で薙ぎ払われる。

 どちらにしろ突然戦闘が始まったせいもあってか連携が上手く取れていない。

 相性からいけばまだ団長の方が戦いやすそうではあるけれど魔物が厄介だという理由の一端を理解した。


 普通魔獣が持っている属性は一つだけのことが多い。

 二つ以上持っていたとしてもメインとなる属性を強化、補強する程度のものが多く、相対する属性で対抗することも可能だ。だが魔素が取り憑くことで持っている能力は更に強化され、弱点を補うように進化する。一筋縄ではいかない。しかも取り憑いたのが人であればその人の持っている属性全てが強化されるので強力だ。その上、それなりに知能も高いようだ。

 魔物に対抗するなら聖属性が手っ取り早いが、そもそもその絶対数が少なく、貴重であるために最前線に送り込まれることはほとんどない。騎士団に所属していても彼らが担当するのは後方支援が多い。彼らが出張ってしまっては戦場での回復や毒消しに困るからだ。勿論ポーションなども用意して向かうが数には限りがあるし、上級となればそれなりに高価。しかも聖属性というのは他の属性と違い、成長してからも消失する可能性の高い能力だ。聖職者として神殿入りすることが多いのもそのためだ。理由はハッキリしないが罪人や欲に塗れるような人物からは消えてしまうそうだ。諸々の理由があって貴重であることは間違いないので聖属性持ちは魔力量が少なくても優遇されがちなのだ。

 私が先ほど使ったのは広範囲魔素祓いの上級魔法。

 つまりある程度の魔力量があり、聖属性を持っていることがこれでバレてしまったわけだ。どうしようかと思いつつも、やってしまったことは仕方がない。ここはS級冒険者資格とリゾート開発責任者の立場を主張して乗り切るしかないだろう。


 なんにせよまずは目の前の戦闘をなんとかせねばなるまい。

 とりあえず戦力が分断されるのはあまりよろしくない。

 一体を倒してしまえば単純に考えても戦力は二倍、どちらが倒しやすいかといえばゴーシェのほうだろう。大きさもそれほどではないし、あの硬い筋肉さえ断ち切る手段があれば団長ならパワーで押し切れるに違いない。だが団長自慢の愛刀も腕や脚に食い込みはしても切断するまでは難しいようでそうなると並外れた回復力でもと通り。一度で切れないのなら二度続けて同じ場所に回復される前に攻撃を加えればいいのだがそんなに簡単にいく訳もない。立ち止まればあのしなる鞭のような腕の餌食だ。そうなるとやはり背後から首を狙うか、さもなければ手脚を切り落とし、機動力を奪ってから叩き切るか。

 いや、もう一つ、手がないこともない。だがそれには団長以外にもう二人、できれば四人サポートがいればできるかもしれない。

「イシュカ、団長並みとまではいかなくてもパワーのある人って誰かこの場所にいる?」

 私はそれが可能かどうか確認してみる。

「いますよ、一人。パワーだけなら団長と張り合える団員が。

 但し彼は足もあまり速くなく、使える魔法は火だけですが」

「土魔法の扱いが上手い人は?」

「それなら何人か。土は五属性の中でも持つ者が一番多い属性ですからね」

 うん、それなら充分いけそうだ。作戦が上手くハマるかどうかは運もあるが最低でも腕の一本か二本は切り落とせるかも。

「試したいことがあるんだ。上手くいけばアイツを真っ二つに出来るかもしれない」

 私は思いついた手段をイシュカに伝えた。

 すると彼は頷き、ガイの腕に私を預けるとそれを伝えるために団長達のもとに向かった。

 だからね、立てるんだけど、私。

 何故抱っこのままなのだ?

 それとも地面の上に置いておくとまた何か仕出かすとでも思われているのだろうか?

 確かにその可能性は否定できないのだけれど。


 

 まずはゴーシェを倒すために必要人員が配置された。

 団長に伝える間だけイシュカがゴーシェを引きつけ、他の団員から伝えられた。

 伝言し終わるとイシュカが私のところに戻って来た。

 勝負は一瞬。タイミングがズレたら終わり、失敗したら速攻で逃げてもらうようにと付け加えてある。

 合図は団長がかけることになった。

 作戦は全部で第四段階。

 まず第一段階として僅かの時間でもいいので足を止めさせること。

 これはそんなに難しいことではない。何故ならゴーシェは腕を振り回す時、立ち止まっているからだ。ただ土魔法が使用できる場所まで誘導する必要がある。

 そして重要なのは次の第二段階。団長の号令でゴーシェの足もとを一気に土魔法で掘り下げる。なるべく深く。最低でも頭が見えなくなるところまでだ。しかも大きさはゴーシェの身体が身動きにくい、穴の中で方向転換できない、横に長い幅で落とす必要がある。長い腕を引っ掛けられて穴からすぐに脱出されては困るからだ。それを防ぐために側面両側にも人を配置してもし穴の縁に手が掛かったらコレを切り落としてもらう。振り回されては切れない腕も縁を身体を支えるために掴んだ瞬間は動きが止まるから狙いやすいはず。掴まなかったならそれはそれで構わない。

 次に掘り下げて落とした地面を一気に今度はせり上げる。そして出てきたゴーシェの頭に向かって思い切り剣を振り下ろしてもらうのだ。地面の上昇するスピードを利用して威力を上げるわけだ。団長の腕力プラス加速Gで頭に剣を食い込ませる。これが第三段階。

 最終第四段階は食い込んだ剣を更に下まで斬り込むためにもう一人、団長並みのパワーを持つ人が必要になる。彼には背後から途中で止まった団長の剣を上から力の限り叩き下ろしてもらうのだ。そうすることで三つの力が一気に加わる。加速Gプラス騎士団屈指のパワー系二人の力で剣を強引に下まで引き降ろそうという訳だ。

 勿論絶対に上手くいくとは限らない。ゴーシェがどの程度固いのかは見ただけでは判断できない。だが回復してしまっているが確かに団長の剣はゴーシェの肉を切り裂いている。充分に勝算はあるはずだ。

 団長が押し込まれたふうを装い、指定の位置まで誘い込む。

 

「今だっ、やれっ!」


 団長の号令と共にゴーシェの立っていた位置の地面が一気に掘り下げられ、その周りに団長を含めた団員が走り込む。

 急激に足下を下げられたゴーシェが穴から抜け出そうと手をかけ、これに向かって二人の団員が切りかかり右手首と左腕半分から先を切り落とすとゴーシェから絶叫が上がった。まずは最低ラインはクリアだ。そして次の段階、せり上がってきたゴーシェの頭上目掛け、団長が剣を思い切り振り下ろした。

 よし、食い込んだ。

 その剣はゴーシェの頭半分まで食い込んでいる。この剣目掛けて背後からもう一人のガタイのいい団員が剣を振り下ろし、加速Gも加わり胸の下まで切り裂いたがそこで止まった。

 予想以上にゴーシェが硬かったのか? 限界だろうか? 

 そう思った瞬間、団長が叫んだ。

「ヘイネルッ、コーダッ、俺とバイソンの剣を上から剣で叩き下せっ」

 その声に脇にいた二人が駆け寄り、更に上から力が加えられ、団長の剣は見事にゴーシェの身体を真っ二つに切り裂いた。

「バイソンっ、左脚を持って走れっ」

 二つに割れた身体の回復が始まらないように離してしまおうということか。

 流石に百戦錬磨の戦士は咄嗟の判断力が違う。

 私の考えた小細工の更に上を行く。

 ゴーシェの身体はそのままくっつくことなく、魔素を留めて置けなくなった身体は縮み、干からびて息絶えた。

 その姿は自業自得とはいえ哀れだった。

 側にいたマルビスは複雑そうな顔でそれを見つめていた。

 私の視線に気がついたのかマルビスがこちらを向いて、そして小さく微笑んだ。

「心配そうな顔をなされなくても大丈夫ですよ。

 多少は思うところもありますが、私は一人ではありませんから」

 そうだね、そう思ってもらえたら私は嬉しい。

「それにまだあちらが片付いていません。安心するのは早いです」

 マルビスが指差した先にでは連隊長が必死の形相でへネイギスと対峙していた。


 かなり厳しい戦いを強いられているようでへネイギスを囲んでいる近衛騎士達の息が上がっていた。

 あまり長引くのはよろしくなさそうだ。

 だがあの体長と攻撃を弾き返す肉壁はかなり厳しいようだ。

 何かいい手はないものか? 

 ゴーシェのように位置を引き下げるにしてもあの巨体ではかなり広範囲で厳しいし、討伐の瞬間を見ていたのか、それを警戒して歩みを止めようとしない。柔らかくて切れないというのなら水属性の氷結魔法を使って凍らせて叩くという手もあるがへネイギスは水属性持ち、それも出来ない。そもそもあの弾力のある肉を叩き斬ろうというのが間違いだ。多数の敵や魔物などと対するために騎士達の剣というものは切れ味よりも丈夫さが追求される。無理もない。そこまで考えたところでふと思いあたったことがあった。今日手に入れた短剣の存在だ。

 私では剣の良し悪しはわからない。まずは確認だ。

「ねえ、ガイ。今日買った短剣と連隊長達の使っている剣ってどっちが切れ味いい?」

 私を抱き上げているガイを見上げて尋ねてみる。

 するとガイは少しだけ考えてから答えてくれた。

「隊長クラスの使っている剣はそれなりの業物だろうからなんとも言えないが、切れ味の一点だけについて言うなら多分負けてないと思うぜ。少なくともイシュカの持っているヤツよりかは上だ。但し、薄刃だからな。騎士団の奴らみたいな扱い方をすればすぐに刃は折れちまうだろうな。長時間の戦闘には向かないと思うぜ?」

 やっぱりそうか。

「第一短剣じゃ敵の間合い奥深くに踏み込まなきゃならねえ。いくら切れ味が良くても厳しいぜ?」

 そんなに上手くはいかないか。

 他に何かいい手はないかと考えていると隣にいたイシュカが何か思いついたのか近くにいた近衛騎士に向かって走って行った。

 その騎士が手に持っていたのは槍だ。 

 なるほど、その手があったか。

 間合いについての問題はそれで解消される。イシュカはその騎士に槍と捕縛用のロープを借りてくると刃が付いた方とは反対側に自分の持っていた短剣をしっかりと巻きつけた。装飾の少ない柄はしっかりと固定される。

「悪くねえ手だが扱い方には注意しろよ。刃に対して真っ直ぐに力を加えないとパッキリ折れるぞ」

「団長に渡して試して貰ってきます」

 槍を手に持ち、走り出そうとしたイシュカをシエンが引き留める。

「俺が届けてきます。副団長はこのままハルト様の護衛を」

「待ってっ」

 槍を受け取り、走り出そうとしたシエンを今度は私が止めた。

「それ、貸して」

 ガイに降ろして貰い、私は槍に手を伸ばす。

 こんなことやるのは初めてだから上手くできるかは自信がない。

 私はその短剣に手を触れると小さく呪文を唱える。するとその短剣はうっすらと聖属性の光を放ち、消えた。

「あんまり長く時間は持たないと思うし、効くかどうかわからないけど加護つけといたから。頼むね、シエン」

「はいっ、行ってきます」

 シエンが勢いよく走り出した。

 

「貴方はまたこんな無茶を。先程魔法を使われたばかりで魔力も回復していないでしょう?」

 そう言ってまたイシィカに抱き上げられた。

 ああ、そういうことか。

 私が魔素祓いの上級魔法を使ったから魔力切れを起こして倒れたと思われていたのか。

 確かに上級魔法は一気に大量の魔力を持っていかれるので気持ち悪いし、まだ詠唱破棄もできない。だがあの時使ったのは全体の四分の一程度。昼間に魔石の充填もしているので完全回復していないのでなんともいえないが残っている魔力量は半分弱程度。おそらく後二回くらいなら使えないこともない。但し魔素の中にもう一度突っ込めば魔素の汚染被害の方の心配もあるし、私の魔力量がバレてしまうだろう。今更という気がしないでもないが隠せるものなら隠しておきたい。これ以上の過大評価はウンザリだ。

 ここは大人しく抱っこされておこう。

 

 へネイギスを取り囲み、戦闘を繰り広げていた我が国の精鋭たちのもとにシエンが到着するとそれに気がついた団長が少しの間、戦線を離れ、シエンから槍を受け取り、その取り扱い注意事項を聞き終えると自分の手に持っていた剣を腰の鞘に納め、槍に持ち替える。

 流石団長、槍を構える姿もサマになっている。

 襲いくるへネイギスの攻撃を柄でかわしながら間合いを詰め、槍をへネイギスの腹目掛けて振り下ろした。

 すると今まで傷一つ付けられなかったへネイギスの腹が裂け、内側の肉が姿を現した。

 へネイギスの口から絶叫が上がる。

 驚いたようにその槍を見つめた後、連隊長に向かってそれを放り投げ、使い方を簡単に叫んだ。

 連隊長が頷いてそれを受け取ると豪快にそれを回転させ、へネイギスから吐き出された吐息を防ぎ、止まった瞬間を狙い更に切り込んだ。その刃はまたしてもスパッと肉が裂ける。その切れ味に感心したように刃先を一瞬見つめた後、痛みにのたうち回るへネイギスに更に切り掛かる。

 届け終えたシエンが息を切らして全速力で伝言を携え戻ってくる。

「団長が同じものをもう何本か用意できるかと」

 ダグ達が顔を見合わせると一気に駆け出し、槍を騎士達から集め出した。

 とりあえず近場で用意出来た七本の槍にそれぞれ持っていた短剣を巻きつけ始めたので私はもう一度イシュカに降ろしてもらうと、その一本一本に順番に加護の付与を付け、それが済んだものから順に前線へと届けられる。

 まだ大丈夫ではあるけれど魔力も三分の一を切った。

 慣れないことをしているせいもあるのかうっすらと汗も出始め、イシュカからストップがかけられたのは六本目の付与が終わった時、でも後一本だけだからと最後の一本を終えると私はイシュカの腕に逆戻りとなった。

 やるべきことをやらずに後悔するのは嫌なのだ。

 私が一日二日寝込んだところでそんなにまだ困ることもない。

 へネイギスは間違いなくここで倒すべきだ。これだけの戦力が折角揃っているのだから。

 切れ味の良い合計八本の槍に四方から切り刻まれ、肉を削ぎ落とされ、へネイギスは次第に動きを弱め、遂には力尽き、倒れた。

 そしてゴーシェのように魔素の抜けた身体はみるみる間に縮み、そしてミイラのように干からびた。



 戦闘が終わり、団長達が駆け寄ってくるのが見えた。

 しかしながら子供というのはやはり不便だ。

 魔力の使い過ぎと深夜という時間帯に身体が睡眠を欲しているのか安心したらひたすらに眠い。

 ここで寝落ちはサマにならないだろうと必死に目を擦って開けているものの襲いくる睡魔に今にも負けてしまいそうだ。うつらうつらとし始めてイシュカに大事そうに抱え込まれると大欠伸が出た。我ながら緊張感がないものだ。

「やったっ、やったぞ、ハルト。お前はまた良くやってくれたっ」

 団長の興奮気味の声も今は子守唄に近い。

 だが確認しておかないといけないことがある。

「団長、ゲイルの孫娘は?」

「騎士団で保護している。大丈夫だ」

 そう、良かった。なら安心だ。

 マルビスにゲイルのところへ早く連れてって貰って安心させてあげないと。

 ウチに来るのを遠慮するようならその分頑張って働いて貰えばいい。

 マルビスの仕事もこれで少しは楽になってくれるといい。 

「ハルト、お前、何か欲しい物はないのか? また褒美が出るぞ、きっと」

「別に、私は、自由が一番だし、特には・・・」

 団長の声が遠くに聞こえる。私は夢現のまま答える。

 駄目だ、睡魔に逆らえない。

 やることも、やらなきゃならないこともたくさんあるのに。

「そうだ、早く領地に・・・みんな・・・寮と、屋敷を・・・ないと・・・」

 どこからどこまでが言葉にしたかもう覚えていなかった。

 私はみんなが見守ってくれる中、とうとう襲いくる睡魔に負けて眠りについた。

 凄く、いい夢を見ていたような気がした。



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