第五話 色々バレてしまいました。
魔物の襲撃事件が起きた私の誕生日のニ日後の昼過ぎ、私は父様の書斎に呼び出しをくらっていた。
何故ニ日後かといえば父様が今回の騒動の報告に王都に出向いていたからだ。
実質的には私一人で倒してしまったあのワイバーン、相当ヤバい奴だったようだ。
後からアル兄様に聞いたのだが通常は一匹に対して三人の騎士が何チームかと組んで討伐に臨むのが普通らしい。大きさ的にはそんなでもなかったし、ドラゴンに分類されているとは言えど魔物図鑑の竜種の中でも一番下のランク。
ここまで騒ぎになると思ってなかったと答えたらウィル兄様に怒られた。
あれは通常は十匹程度の群れで生活し、空を飛ぶ上にすばしっこくて火炎ブレスを吐くから厄介極まりないのだと。
父様が騒ぎの後始末を母様や執事のロイに任せて慌てて王都に行ったのも一匹見つかったということは群れが存在する可能性があり、魔獣専門の討伐隊を要請する必要があるからだそうだ。ワイバーンが飛んできたのが隣のステラート辺境伯領地の方向だったので辺境伯と協力して王都出発前に互いに自領の騎士団を周辺調査に派遣したということだ。
そして辺境伯婦人はどうしても一度私に挨拶がしたいと一日うちの屋敷に泊まっていたことを次の日の朝、目覚めて私は知り、慌てて見送るために着替え、玄関へと続く階段に向かった。
すると既にそこには帰る準備を終え、こちらを見上げている彼女の姿がみえた。
急いで階段を駆け下りて前に立つとステラート辺境伯婦人は私に、まるで王族に対してするかのような最上級の礼をしてみせた。
「ありがとう、自領を代表してワイバーンを討伐してくれた御礼を言わせて頂戴」
たいしたことはしていない、自分の大事な人達を守りたかっただけなのだと答えると婦人は驚いたように目を見開き、もう一度、ありがとうと言ってから用意された馬車に乗り込むと、窓を開け、身につけていた前日私が差し出した薔薇に手を添えて微笑んだ。
「早速約束守ってくれて嬉しいわ。
戻ったら貴方と踊ったこと皆に自慢するわね、小さな英雄さん」
そうだった。
昨日、踊ったことを自慢できるくらいいい男になってねと、そう言われたっけ。
どうやら私は彼女から出された課題に無事クリアできたようだ。
「光栄です。どうぞ道中お気をつけてお帰り下さい」
私は彼女の馬車が見えなくなるまで見送っていた。
その後はたいした怪我がないのにも拘わらず母様に叱られ、兄様に説教され、ロイにも御小言を頂戴した。
一つ間違えれば大怪我どころでは済まなかったのだからと。
そして今、最後の説教とカミナリを頂戴すべく、私は父様の前に参上した。
書斎の椅子に座ったまま前に立つ私をジイィっと穴が空くほど見つめた後、父様は大きく溜め息をついた。
「言いたいことは山程あるのだが、父として、領主として、まずは褒めるべきなのであろうな」
両肘を付いて組んだ指の上に額を乗せると困り果てた様子で父様はポツリと言葉をもらす。
「よくやった。それは間違いないのだがお前のは無茶というか、やりすぎだ」
返す言葉はない。
まったくもってその通り、しかしその殆どは私の意思とは無関係。
こんなに目立つつもりもなければ、時間稼ぎのつもりが倒してしまうことになるなんて思わなかった。
ただ私の性格上、誰かを見捨てて逃げる選択肢は存在せず、多分何度同じ場面に遭遇しても同じことをしでかすだろう自信がある。
その時もまたワイバーンに勝てるかどうかは別だけど無謀といわれても変わらない。
黙ったまま直立不動で父様の言葉を聞いていた。
「ワイバーン討伐は現場を私も見ていたから状況はほぼ理解している。
勿論それについても質問はあるがまず聞きたいのはそれ以外だ。
確認したいことがいくつもある。辺境伯婦人を相手に選んだのは置いておくとして、ハルト、お前、この書斎の本であの挨拶や知識を学んだと言っていたがいったいどの本だ? この本棚には確かに礼儀作法についてかかれたものもあるが覚えているか?」
まずはそこから突っ込まれるとは思わなかった。
読んだことは間違いないがこの量だ、貴族のマナーについて書かれていたのがどの本だったかまではさすがに覚えていない。前世の記憶と比較してよく似ていた知識や興味のないもの等は必殺ナナメ読み、飛ばして読んだものもあるし。
「あの、父様。すみません、流石にそこまでは」
「読んだのであろう、何も難しいことを聞いていないと思うのだが」
「いえ、そういうことではなく」
意味がわからないとばかりに眉を顰める父様に私は正直に言った。
「読んだ本の数が多いので内容まで把握していません」
「多いとはどのくらいだ?」
「興味が持てなくて飛ばしたものもありますが、目を通すだけなら殆ど」
ガタリッと勢いよく立ち上がった父様の椅子が後ろに倒れ、大きな音が響いた。
「この量をかっ?」
ざっくりと数えておよそ千冊近い蔵書の数だが一日一冊、雨の日なら五冊以上読んでいることもあったのでそんなに驚くほどのことなのか。
小さな頃から暇があるとここに入り浸っていたのだから。
「私の本好きは父様も御存知だったと思うのですが、何かいけなかったでしょうか?」
「・・・いや、見られて困るようなものはここには置いていない。
なるほど、驚きはしたがとりあえずあのスピーチとその後の挨拶回りでみせた知識量には納得した。まだ家庭教師が教えていないはずの魔法が使えた理由にもな。気になったので私が留守の間にロイに少し、屋敷内でのお前の行動について調べてもらった」
そんなことをしていたのか。
別にバレて困るようなことは・・・結構あるな。
困るというよりマズイというか、ヤバいというか。
犯罪を犯しているわけではないので責められはしないだろうけど。
「まずは最近の料理だ。ここ一年くらいの間に屋敷で出される食事だが、時折王都でも見かけないような料理が供される。今回のパーティにもそれらが並んでいたが料理長に確認したところお前が考案したらしいな?」
確かに、前世で多いと言われていた趣味の一つに料理があった。
得意というほどでもなかったが自炊していた私は今現在の料理水準を少し改善してもらいたくて屋敷の厨房に一時期入り浸っていたこともある。
マズイとまではいかないがこの世界の料理は煮る、焼く、炒めるが基本。
揚げる、蒸すなどの料理法は確認できていない。
簡単、単純なものが多くて物足りない。
あとひと手間かければ美味しくなるのにと思うと黙っていられなくなってしまったのだ。
でも出来るだけ厨房の空いている時間にお願いしたし、無理を言ったことは一度もない、ハズだ、多分。
「私が作ったわけではありません。
ただマイティにこういう料理が食べてみたいとお願いしただけですが」
「それは屁理屈というものだ。厨房の者達は殆どお前の言われた通りに作っただけだと言っていたぞ」
父様は何も言わなかったが少しずつ改善された食生活に母様や兄様達は最近料理が美味しくなったと喜んでいた。もしかして、
「父様のお口にあわなかったでしょうか?」
「そういう意味ではない。それから厨房の者達がよく仕留めた獲物を差し入れてくれるから最近食料品の物価が高騰しているので予算内に収められてとても助かっていると。
私や家庭教師達と狩りに出掛けた後、よくハルトは率先して厨房まで運んでいたが明らかにその頻度が超えている、この理由の説明はできるか?」
背中に冷や汗が伝った。
時々内緒で屋敷を抜け出し、裏にある山で魔法の練習をしていたのは誰にも言っていない。
その時仕留めた獲物はマイティ達が上がる食費に嘆いていたのを知っていたので少しでも助けになればと差し入れていたのも間違いではない。
「まだあるぞ。パーティの日、子供が庭で遊んでいた遊具のことなのだが、あれもラルフにお前が頼んで作ったものだと言っていたのだが、これも本当か?」
それももとは妹達と一緒に遊ぶために計画していたもので先にお披露目することになってしまったが中庭の使用許可は父様にちゃんと取ったはず。安全対策もしっかりしたし、万が一を考えてロイ達にも説明して見守ってもらうように頼んだ。
叱られるようなことではないはずで・・・
無言のまま視線を斜め上に反らせるが誤魔化せるはずもなく、父様から盛大な溜め息が再び洩れた。
「間違い、ないようだな」
決して悪気はない。結果的にそうなってしまっただけで。
「私は何かしてはいけないことをしでかしたのでしょうか?」
問いかける私に父様は少し間をおいてから首を横に振った。
「・・・いや、これもむしろお前に感謝しなければならない案件なのかもしれないな。
手をつけなければならない事が一度に押し寄せて、私が暫くは眠れなくなるほど忙しくなるだろうこと以外はな。
色々とお前にも手伝って貰うことになるだろうが最優先はワイバーンだ。
とはいえ、そちらもまだ調査中でな、報告待ちになっている」
だからその報告を待つ間に先に片付けられることは片付けておこうと現状報告も兼ねて私を呼び出したらしい。本来は領地経営を学ぶためにも次期跡取りとその補佐である兄様達に手伝いを回されるのだがここまで関わってしまった以上、私を全く外す訳にもいかなくなったそうだ。
「ステラート領と協力して周辺の町や村に聞き込みを行っているが今のところ目撃情報もないことからおそらくニつの自治領の境にある森に住み着いている可能性が高いという見解が多い。
勿論、油断は出来ないので引き続き周辺の調査は冒険者ギルドと連携して行っていくのだが群れが確認されれば緑の騎士団が派遣されてくるだろう。ワイバーンは非常に厄介な相手だ、運が悪ければ一匹現れるだけで一つの村が壊滅に追いやられることもある」
各村には数人の衛兵が駐在している(前世でいうところの交番)がワイバーンは対処は難しく周辺から応援が到着する前にそのブレスによって焼け野原になるか、最低でも数人は餌食になるという。
一匹だけでもそうなるのだから群れに遭遇すれば全滅もありえるそうだ。
だからワイバーンが小さな村に現れた場合は大抵、家の奥深くに隠れ潜み、討伐隊を待つか村を捨てて森に身を潜める以外ない。運良く見つからなければ助かるが奴らの吐くブレスで焼き打ちをかけられるので結局逃げ切れないことが多いらしい。
もっとも奴らの主とする獲物は森に住む獣や魔獣なので人里に現れることは少ない。
繁殖期を除いて。
竜種の繁殖期は十数年に一度と言われていて、その時期になると大量の餌が一気に揃う人里は絶好の狩場になる。その際に偵察も兼ねて一匹が先行して町や村に現れることが多いらしい。普段群れで生活するワイバーンが一匹で現れたということは、つまり、そういう理由もありえるということで。
「魔獣討伐専門部隊、緑の騎士団団員の中でも奴を単騎で討伐出来る猛者は十人もいない、それなのに、だ。ハルト、お前はたった一人で、それも剣も弓も持たず短時間で討伐した。この意味がわかるか?」
言いたいことはわかった。
つまり私個人の戦力が緑の騎士団精鋭に匹敵する可能性大ということ。
「単に運が良かっただけでは・・・」
「私はお前の戦いを見ていたのだぞ、その言い訳が通じると思うか?」
言い訳するつもりはないけれど剣では父様どころか兄様達にもまだ遠く及ばない。
武器の扱いについては私は未熟もいいところ、それは父様も知っているはずで。
だからこそ、
「お前はワイバーンを見つけて直ぐに風魔法を使い、加速して近づき撹乱、次は土魔法で足場を高くして上空までの距離を縮め、火炎のブレスを同じ火の魔術で相殺、かき消した後、光魔法で目を潰した上で水魔法を使って奴の頭を覆って息の根を止め、土魔法でとどめをさした。
それも全て詠唱破棄、無詠唱でだ。これで間違いないか?」
そう、自分の持っている魔法という武器を駆使して闘った。
「・・・間違いありません」
気分は罪状を並べられる罪人だ。
だけどあの時はそれが最善だったはずだ。
ワイバーンの来襲は事故だが来賓に危害が及べば責任問題が発生する。
門番や警備兵が駆けつけるのをワイバーンは待ってくれない。
子供と使用人ばかりだったあの時、あの場所で一番戦闘に長けていたのは私だ。
事実、犠牲者は一人も出なかった。
「ハルト、お前は幾つの属性を持っている?
いったいどれだけの魔力を保有しているのだ?」
「わかりません」
属性でいうなら多分7つ全部。
だけど私が使える魔法はその属性に分類しにくいものがある。
初めて私が魔法を使ったのはまだ言葉の発音もままならなかった頃。
だからこそ魔法を行使するには詠唱ではなくイメージのほうが重要なのだと気付いた。多分呪文や詠唱は魔術のイメージを助けるものなのだ。
保有魔力については測定したことがないのでわからないとしか言いようがない。
魔力量は成長幅が落ち着き始める七歳、学院入学資格確認のために神殿か冒険者ギルドで測定が行われ、規定値に達した者が王国内各地から王都へと八歳の時に集められる。
理由がない限りはその前に測定を受ける子供は殆どいない。
だから聞かれてもどう答えればよいか迷ってしまう。
「わからないとはどういう意味だ?」
「私は他人と比べたことがないので一般的な魔力量を知りません」
多分兄様達よりは多いと思う。だけど稽古で私達に父様や家庭教師達が本気を出しているとも考えにくい、そうなると比較対象がないのだ。
私の言い分に父様はフムッと考え込む。
「これは一度、調べてみる必要があるか」
そう言って机の上の呼び鈴を鳴らす。
暫しの間を置いて軽いノック音の後、ロイが入口の扉を開けてあらわれた。
「お呼びでしょうか? 旦那様」
「ロイ、出掛ける用意が出来次第、冒険者ギルドに出かけてくるので馬車の準備を。
先に遣いを出してギルド長のダルメシアに話を通しておいてくれ」
「かしこまりました」
一礼して出て行ったロイの指示を出す声が扉の外から聞こえた。
つまりこれから私の保有魔力量の測定に行くということか。
「神殿のほうが近いですよ」
今から用意して出掛けるなら冒険者ギルドに着くのは陽が落ちてからになるだろう。でも神殿なら屋敷から半刻とかからなかったはずだ。
だが父様は首を振った。
「ダルメシアとは付き合いも長いからな、頼み事もしやすい」
そう言って本棚とは反対の棚まで行くと、その扉の中から一本のワインを取り出した。
「アイツは美味い酒に弱いからな」
なるほど、父様の悪友というわけだ。
それに参拝者の多い神殿よりも陽の落ちた後のギルドなら人目にも付きにくい。その日暮らしの冒険者達は宵越しの金は持たずに夜ごと酒場に繰り出す者が多いと聞いたことがある。
ギルド長のダルメシア、どんな人だろう。
まだ物語の中でしか知らない冒険者ギルドにも興味がある。
難しい顔で色々と考えているらしい父様の横で私はちょっとだけわくわくしていた。