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第四十六話 ぶっつけ本番、男は度胸が肝心です。


 私達が抜け道の出口を通ってきた時、穴は塞がれていなかった。

 つまり一度はヤツはここから逃げようとしたのではないかと私は思うのだ。

 騎士の警備がなくなった頃を見計らい、隠し財産は取りに来るつもりで。

 だからこそ塞いでいた壁の穴を空けた。

 だが真っ暗なはずの前方から明かりが見えて逃げ道を塞がれたのを知った。

 そこで逃げ出すのは無理だと判断して協力者と一緒に気配を潜め、隠し部屋に篭った。


 私が立てた仮説はこんなところだ。

 ガイやイシュカが人気(ひとけ)を察知しなかったことから見てそんなにここから離れていないだろう。おそらくこの道の中にそれがあるとすればすぐ近く、公道や他人の庭の敷地の地下に作るようなことはおそらくしないだろう。万が一何かトラブルがあって天井の道が崩れた時、自分の敷地内に財宝がなければ自分のものだと主張できない。広大な庭の約半分、門扉よりに地下施設があるのだから残りもう半分は屋敷寄り、もしくは屋敷の地下にあるのではないだろうか。だとすれば私達が通ってきた道がそれに当たる。近衛が調べたと言っても屋敷内に抜け道、隠し部屋その他が見つからなかったのだ、床板まで外して土を掘るだろうか? 仮に覗いたとしても地下への入口がなければ掘り返しまではしないだろう。

 ダグとロイに手前から少しずつ魔法で壁を削ってもらう。穴の中は狭いので崩れるようなことがあれば閉じ込められないようにすぐに結界を張れるように私とマルビスが注意しつつイシュカに戦闘態勢を維持してもらう。ロイが左側、ダグに右側、全体を削ると脆くなって崩れそうなので人が一人通れるくらいの間隔を空けて崩してもらう。道の中は暗いので私が光魔法で薄明るく照らしていると団長がランプを持ってきてくれたのでありがたくお借りする。何があるかわからない以上魔力は温存するに越したことはない。

 そして位置的に言うなら屋敷の下に差し掛かる手前、ロイが何かに気付いたのか作業する手を止めた。そういえばロイは戦闘こそ得意ではないが補助魔法や繊細な魔力操作が取り柄だと言っていた。

私達に作業する手を止めるように身振りと手振りで伝え、一度外に出るように合図する。

 なるべく静かに地下室部分まで戻ってきたところでロイが口を開く。

「へネイギスがいるかどうかはわかりませんが、あの場所にまだ新しい魔力の使用された痕跡が残っています」

 魔力の痕跡?

 つまりそこの土壁が魔力操作で作られた可能性があるということか。

「わかるの?」

「魔力を通して形作られているものは他の者の魔力で崩される時にほんの僅かに抵抗があります。時間経過で魔力が薄くなるか抜けてしまえばそれもありませんが」

 なるほど、言われてみれば時間経過で崩れるのだから魔力操作で作られたということはそこに魔力が残っているということか。火属性は魔力が切れれば消えるし、風や光は拡散してしまうけど水や土は形が残る分痕跡が残りやすいということか。なかなか面白い。

「どう致しますか? 確認してからの方が宜しければ直ぐにあの場所を崩しますが」

 言われて少し考える。

 たしかに不確定ではある。だけど何かあった場合責任問題になる。

 守備良く捕まえられたなら問題ないだろうが万が一取り逃がしでもすれば大問題になりかねない。これだけ大事にして首謀者を捕らえられないというのは格好もつかない。証拠は出揃っているので指名手配をかければ良いのだろうが余分な手間と経費もかかるだろう。万全を期すべきだ。

「一応団長に相談してからにしよう。何かあって私達だけじゃ対処しきれなくてもこまる。ダグ、悪いけどランス達を呼んできてくれる? 緊急時狭い通路だと身動きが取れなくなっても困るから」

 彼らの戦力を甘く見ているわけではないが万が一があっては困る。ここは責任者である団長の意見を聞くべきだ。

「では私は団長に報告してきます」

 イシュカが足早に団長を探しに行き、ダグは抜け道に残ってもらっていた三人を呼びに行った。

 先に通路にいた三人を連れてダグが戻って来て、その後団長もイシュカの連れられてきた。


「怪しいところが見つかったって?」

 小走りにやって来た団長に私は頷いて答える。

「ロイがいうには新しい魔力の痕跡があるっていうんだけど確定じゃないって」

 そう伝えると詳しい話はロイに任せ、戻ってきたランスとシーファにガイ達を探して連れてきてもらうように頼んだ。

 辺りを見回すと土壁が結構な範囲で削られている。天井はブチ抜かれ、壁は崩され、最早廃墟のような有様だ。手間が掛かっているであろうがお気の毒様である。

 人に言えないようなことをする方が悪い、同情の余地はない。


「なるほどな、ロイは技術者向きなわけか。稀にいるんだ、魔力の流れを読むのが上手い繊細な作業を得意とするヤツが」

 ロイの説明を聞き終えた団長が頷いている。

 へえ、そうなんだ。技術者向きってどういうことか今度聞いてみよう。私にもできるかどうかわからないが面白そうだ。何かに応用出来るかもしれないし。

 まあそれは今は置いといてまずはこれからのことだ。

「それでどうするの?」

 団長に聞くと、少し考えてから返事が返って来た。

「近衛の連中もさっき到着したからな、俺達緑の騎士団もそろそろお役目御免で引き上げだ。これだけ目撃者が多ければ揉み消すことも出来まい。一応アインツの奴に一言声をかけてくる。俺らが全部手柄を横取りするわけにもいかないし、近衛にもオイシイところを残してやらないとな」

 アインツ? 誰、それ?

 首を傾げているとイシュカが教えてくれた。

「アインツウェルト・ラ・マリンジェイド様、現在の近衛連隊長のことです。

 この間、お会いしたでしょう?」

 ああ、陛下の隣にいたね、そういえば。

 フルネームで聞けば流石にわかる。

 近衛と騎士団のトップが揃い踏みとはなかなか豪華だ。この間は連隊長とは話はしなかったけれど、どんな人なのか興味はある。好みからは外れるが結構なイケメンというか美丈夫だったし。それに今回の件では喧嘩を吹っかけてきたのは向こうとはいえ、あちらのお仕事奪ってしまったわけだしね。睨まれそうな気がしないでもないが王室に関わらない限りもうそんなに関わり合いもないだろう。

 ガイ達が戻って来て事情を説明し終わる頃、団長が数人の近衛騎士と連隊長を連れて戻ってきた。 

 てっきり睨まれるかと思ったが連隊長は私の顔を見るなり頭を下げてきた。

「御協力感謝する、ハルスウェルト殿。この度は大変世話になった。詳細は陛下から聞いている」

 へえ、意外だ。

 もっと高飛車なタイプかと思っていたのだけれど。

 まあ陛下の両脇に立つ騎士団ツートップが仲が悪いと空気も悪いだろうし、もし来客の前で諍いでも起こしたら体面も悪い。それに下っ端のウチにお使いで来たあんなのばかりでは国も傾く。圧倒的な力で持って押し黙らせるくらいでないと務まらないに違いない。

「私は売られた喧嘩を買っただけです。

 こちらこそ申し訳ありません、余計な手出しをしてしまって」

「いや、へネイギスはこちらでも調査していたのだが、ここまで悪辣でタチが悪いとまでは知らなかった。こんなヤツをのさばらせておいては近衛の恥、助かりました。しかし、こんな突拍子もない手段を使うとは思いませんでしたが」

 そうかな? だって魔獣討伐は緑の騎士団の仕事、地下で魔獣が飼われていたのは確認していたし問題ないと思ったのだが。

「ハルトだからな、別に驚くほどでもない。コイツはウチの軍事顧問だ、やらんぞ」

 そこで何故団長が自慢するのかは理解できないが、

「それについては陛下に私が進言する。とりあえず今はへネイギスだ」

 その連隊長の進言って単語も引っかかる。

 だが今はそんな些細なことで揉めている暇もないし。

「怪しいという場所はどこに?」

「確定ではありませんのでもし違ったらすみません」

 念のため断りは入れておく。後で話が違うといわれても困るし。

「構わない。手掛かりがほとんどないようだからな、それだけでも助かるよ」

 連隊長はともかくとして近衛騎士は私の方を胡散臭げに見てるけど大丈夫だろうか。

 スタンピードのせいで魔獣討伐専門部隊とはすっかり顔見知りになってしまったが近衛隊はほとんど、というか全く知らない。連隊長も話したのは初めてだし仕方ないか。こんな子供がこんなところに出張ってきたら無理もない反応だろう。近衛騎士団は他国と戦争か王族の外遊や訪問でもない限りは顔もそう合わせることもないだろうし少々の居心地の悪さはへネイギスの首根っこを取っ捕まえるためだと思えば気にするほどでもない。

 私は気持ちを切り替えて割り切ることにした。

「御案内します。ですがちょっとだけ待って頂けますか?」

 仕事を引き継ぐということは即ち手を引くということだ。

 こちらには簡単に引き下がれない理由も残っている。

「マルビス、どうする? 一緒にくる?」

 そう、マルビスの存在だ。家族を奪われ、職も失い、今度はかつての仲間にも被害が及んだ。

 このまま尻切れトンボではすっきりしないだろう。

「彼は一般庶民でしょう? 危険です」

 マリンジェイド連隊長の制止がかかる。

 でも私はマルビスの意志を尊重したい。

 へネイギスの悪事は白日の下に晒され、破滅は決定的。

 それだけで納得できるなら構わない。でもマルビスは奪われたものが多すぎる。

「わかってます。でも私はある意味、今回の件での一番の被害者は彼であると思っています。だから彼が確認したいというなら私は連れて行きたい」

「ですがっ」

「連れて行って下さい。お願いします」

 即座にマルビスが口を開き、深く頭を下げた。

 そうだよね、このまま終わりでは納得できるわけもない。

 命こそ奪われていないが命以外の全てをヤツに奪われたと言ってもいい。それはある意味生き地獄、死んだ方がマシだと思ったこともきっとあるだろう。残される者の悲しみは残して逝く者より辛いことも多い。 

「責任は私が持ちます。彼の身は私が守りますのでご迷惑をお掛けするつもりはありません。申し訳ありませんがお願い致します」

 私がマルビスのためにできることはそう多くはない。

 だからこそこんな時くらいは力になりたい。

 連隊長に向かい、私もマルビスの横で深く頭を下げた。

「ハルト様はガイと私が守ります」

「俺の大事な御主人様だからな。それくらいは、な」

 イシュカとガイの言葉にありがたいと思った。

 私には助けてくれる人がたくさんいる。

 それがすごく嬉しかった。


 これで行くメンバーは決まりだ。

 ロイには場所を教えてもらわなければならないので案内してもらった後、こちらに引き返してもらう。そして団長と連隊長、近衛騎士三人とイシュカ、ガイ、私、そしてマルビスだ。邪魔にならないような少し離れた場所で危険がなくなるまで待機という条件をつけられたので通路も狭いのでツートップの二人を近衛騎士が挟み、イシュカ、ガイ、私、マルビス、ロイの順番で通路に再び入って行く。通路の幅では細身のイシュカやガイならギリギリすれ違えるけど体格もよくガッチリ鎧を着込んだ二人には無理があるのでロイに場所を確認してもらってからバックする事にした。そうすれば最後尾のロイはそのまま戻れる。私達は少し離れたところまで移動して待つということになった。

 なるべく相手に警戒されないように足音に気をつけながら歩く。団長達は後ろを歩くロイの歩みを確認しながら前を行く。三十メートルほど進んだ辺りでロイが歩みを止め、壁に手を触れて位置を確認すると持っていた短剣を抜き、それで壁を削り、二本の線を縦に引いた。そしてそこを指差し、会釈をすると来た道を引き返して行く。

 ロイの付けた印の前に立つ騎士団五人から少し離れた場所で待機する。

 団長が壁に手を付いて残り四人が少し離れる。

 どうやら団長が壁を破壊するようで巻き込まれないように距離を取ったようだ。

 それまで抑えていた闘気を団長が解放すると彼の周りの空気が揺れた。

 これはなかなかの迫力だ。だがロイでも崩せる壁の破壊にそこまで気合いを入れる必要があるのだろうかと思わずツッコミを入れたくなったがここは黙っておく。

 迫力と気合いでビビらせる意味もあるかもしれないし。逃げ場を無くして縮こまっているであろうへネイギスにはそれもあまり意味ない気がしないでもないが。

 成り行きを見守っていると団長以外の四人が腰に差した剣を抜いて構えた。

 それが合図だったのか次の瞬間、団長が手をついた場所から轟音を立てて壁が崩れた。

 その振動がこちらまで届いて大きく地面が揺れる。

 バラバラと細かい石や土が上から降って来た。


 どう考えても派手過ぎる。

 通路が崩れないか一瞬心配になったが通路の狭さに助けられたようだ。ロイが指定した範囲よりも明らかに広範囲の壁に大きな、私達がいる少し手前くらいまでの穴が開き、五人が土埃の中、突っ込んで行った。

「へネイギス、お前はもう終わりだ、観念しろっ」

 届く連隊長の怒号。どうやらやはりヤツはそこにいたようだ。

「己が罪を認め、潔く処罰を受けろ」

「うるさい、煩い、五月蝿いっ! 

 いったい私が何をしたというんだっ、たかが平民ごとき使い潰して何が悪い。彼奴らは放っておけばどうせネズミのようにすぐに増えるのだ、私の役に立てることをむしろ喜ぶべきであろうっ」 

 続く団長の言葉にへネイギスの声が返って来た。

 うわあ、悪役の定番みたいなこと言ってる。

 まあ悪役そのものなのだが。そりゃあそうでも思ってないとこんな残虐かつ極悪非道なことはしないだろうけど。

「平民はお前の都合の良い道具ではないっ」

「私は高貴なる身の上、平民などいったいどれほどの価値があるっ」

「平民は奴隷ではない、私達は平民の納める税によって生かされているのが何故解らぬ。だからこそ我らには彼等を守る義務があるのだ。その義務を放棄した上に私利私欲、己が欲望を満たすために犠牲にするとは言語道断。大人しく処断されるが良い」

 まさしく捕物帳的な会話が聞こえてくるが中の様子が見えない以上察するしかない。


 だがその押し問答がピタリと止んだ。

 いったい何があったのか、無事御縄になっただけなら問題ないが何かが変だ。

 近衛騎士の一人が後ずさるように通路に姿を現した。

 イシュカとガイに緊張が走る。

 私もすぐに結界を張れるように準備をしておく。


「誰かっ、誰かすぐに聖魔法を使えるヤツを連れてこいっ、早くっ」


 連隊長の大きな声が響いた。

 それは抜け道を興味本位で様子を伺っていた野次馬にも届いたようで慌てたようにすっ飛んで行った。

 聖魔法って、なんで?

 首を傾げてイシュカとガイを見ると二人の顔色が明らかに悪くなった。

 つまりそれだけの異常事態が発生したということか。

 とりあえず確認が先だ。状況がわからなければ手の打ちようがない。

 私がひょっこりとイシュカとガイの脇を抜け、崩れた壁の影から覗き込んだ。

「いけません、ハルト様、前に出てはっ」

 イシュカの制止は一歩間に合わず、私はその光景を目にすることになった。

 

 なに、アレ?


 そこには黒い靄のようなものが薄く立ち込めていた。

 その中心には二人の男が蹲っていた。一人は見覚えがあった。

 ゴーシェだ。彼が協力者だったのか。

 なんとなくそんな予感はしていたが、そうなるともう一人がへネイギスということか。

 その時、さっきの団長の一撃でかろうじて保っていた私達の横の壁が崩れ、そこにあった隠し部屋の全貌が目に入った。

 簡易な石を積み上げて作られた部屋の壁際、二人の斜め後方にある山と積まれた財宝。

 私の予想はピタリと的中した。

「ゴーシェ・・・」

 マルビスの呟きに彼の俯いていた顔が上がり、驚愕に目を見開いた。

 明らかに怯えた様子の彼に黒い霧のようなものはより一層纏わりつき、吸い込まれていく。

 私は唐突に理解した。


 あれは魔素だ。


 魔素が取り憑くのは死体だけではない。

 意識の無い者、意志や抵抗力が弱い者、負の感情に支配されやすい者をより好む。

 おそらく二人の持つ負の感情に引き寄せられたのだろう。

 この地下では非道な行いが定期的に行われていた場所でもある。

 魔素が集まりやすい環境が既にあった。

 自然界では命尽きればその死骸は他の獣の食糧となり、魔獣化することは滅多にない。だがここでは集まった魔素の行く先がない。虐げられ、子供達に呼び寄せられる魔素は取り憑く前に魔獣の餌となっていた。

 そして濃度の濃い魔素は時に人の意識を奪い、麻痺状態を引き起こすこともあると書物にあった。正常な状態であれば致命傷に至るものではないし、浄化もできるが戦場でそんなことになれば魔物の恰好の的だ。咄嗟に団長達は結界を張ったようだがこのままではへネイギスとゴーシェは魔物化する。対抗するには魔素を祓い、ある程度の耐性を持ち、浄化する聖属性の魔法の使い手がいる。

 私はゴクリと息を飲んだ。

 聖属性は持っている。

 使えば私は国の管理下に置かれてしまうかもしれない。

 だけど・・・


「ハルト様、いけませんっ」

「ハルスウェルトッ、止まれっ」

 みんなが私を止める声がする中、私はそれを振り切って走り出した。

 これだけの濃度、いくら耐性があるとはいえタダで済まないかもしれない。私は自分の周りに結界を薄く張り巡らせ、胸に掛けた首飾りでそれを保持すると魔素祓いの上級魔術の呪文を唱えながら聖魔法が届く距離まで一気に詰めた。

 もう二人の体はドス黒く変色し筋肉は不恰好に盛り上がり変形し始めている。

 元には戻せないだろう。魔素は二人の体にどんどん吸い込まれている。

 放っておけばより強力な魔物に変化してしまう。

 迷っている暇などない。

 ここは王都だ、そんなことになれば被害は甚大。

 私の後ろには大勢の仲間がいる。

 倒す必要はない。魔素さえ祓えばここには王都最強の騎士達がいる。

 この魔法はまだ使ったことはないけれど失敗は出来ない。

 いきなりのぶっつけ本番。

 大丈夫、私は前世(むかし)からこういう状況には強かったはずだ。

 落ち着け、落ち着け。やれば出来る、必ず出来る。

 後は自分を信じるだけだ。

 準備は整った。後は結界を解いて放つだけ、一瞬だ。

 ええいっ、女は、違った、男は度胸だっ!

 私は結界を解くと一気に魔素祓いの魔法を放った。


 瞬間、辺りに眩い光が放たれ、立ち込めていた黒い靄が一気に浄化された。


 よし、できた。やった!

 そう確認した途端、大量の魔力が持っていかれ、足もとがふらついた。

 倒れそうになったのを駆けてきたイシュカとガイに抱きとめられた。

「ハルト様っ」

 すぐに後方に連れて行かれてみんなに顔を覗き込まれる。

「無茶して、心配かけてゴメン」

 汗で額がじっとりと濡れ、伝ってきた。

 いつも使っている初級魔術とはやっぱり違う。ドッと押し寄せる疲労に私が深呼吸するとイシュカの泣きそうな顔とガイの呆れ果てたような顔が見えた。

 その後ろに団長の柔らかな笑顔が見えた。

「団長、後はお願いします」

「よくやってくれた。後は任せておけ」

 ポンっと頭の上に団長の大きな手が置かれた。

「イシュカ、早くハルトとマルビスを安全なところへ。行くぞ、アインツ。ここは気張らねばいいところを全てハルトに持っていかれるぞ」

「そうだな、バリウス。

 アレは最早ヒトでは無い。討伐対象の魔物だ。気を引き締めて行くぞ」

「手柄は譲るという話だったな。

 へネイギスは任せてもいいか? 俺はもう一匹を()る」

「当然。行くぞ」

 私を抱えて走り出したイシュカの後ろで、そんな頼もしい最強騎士の声が聞こえた。



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