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第四十話 不便とは当然ではなく改善すべき問題点です。


 イシュカが戻って来たのはそれから半刻ほど後。

 賊はどうしたのかと聞くと捕物の途中で遭遇した団員達も手伝ってくれたのでそのまま団員達に預けて戻って来たということだ。後で調書などは届けてくれるらしい。ガイはそのまま確認したいことがあるとふらっとまた消えたそうだ。

 何か問題でも発生したのか、それとも新しい情報でも掴んだのか。

 ジェイクが観念して話し出したのはへネイギスとはまた別の勢力図を持つ貴族だった。

 第一、第二皇子の即位が不安視され、第一皇女は輿入れ済、第二皇女の婚約者が将来即位するのではと言われてる現在、その歳の男児を持つ貴族の間では熾烈な争いが繰り広げられているわけだ。

 今まで伯爵家とはいえ貧乏貴族のウチは歯牙にもかけられていなかった。そこへ次々と武勲、手柄を上げ続ける三男の登場、しかも年頃もドンピシャの同い年、陛下の覚えもめでたく縁戚であるバリウス隊長のお気に入りとあって一気に第二皇女の婚約者候補に踊り出たということだ。 

 そういえば第二皇女に断り難い縁談が持ち上がっているから互いの虫除けに好都合と言ってたな。しかし、これでは都合がいいのは向こうだけであって、こちらに得がないのではとも思ったのだがそれでイシュカの護衛を付けたということか、なるほど。

 それで何故ジェイクが、と思えば上手くいったあかつきには商売を起こすための軍資金の調達と、ゆくゆくは城に商品を納品する業者として取り立ててもらえるという話だったらしい。

「明らかに使い捨てにする気満々でしょ。

 十年先の約束なんて守る気ありませんて言ってるに等しいよね」

 これでよくこんな計画に乗ろうと思ったものだ。

 杜撰にも程がある。

「平民一人騒いだところであちらは痛くも痒くもないでしょう。そんな事をすれば貴方はあの時の事件の犯人は私ですと言って回るのと同義ですよ。貴族の子息に危害を加えて無罪放免になるとでも?」

 イシュカの言葉にジェイクは言葉を詰まらせる。

 落ち着いて考えればすぐにわかることだ。

「どうせ口約束だけなんでしょう? 前金でいくらか貰ったのか、目の前に金貨でも積まれて成功報酬に目が眩んだのかは知らないけど、ウマイ話はまず疑わなきゃ。念書を取って、契約魔法結んだ上に失敗した場合の責任押し付けるくらいでないと騙されるよ?」

 イシュカが思い出したように言う。

「そういえば貴方はしっかりバリウス団長から念書と契約書を取っていましたね」

「当前でしょ。自分が本来負うべきものでないなら尚更にね。

 上に立つ者なら当然。大切な仲間を巻き込む危険だってあるんだから」

 自分の領分でないものにまで手を出す以上、対策は必須だ。

 自分一人の首で済む問題ではなくなるのだから。

「大切な仲間、ですか? 自分ではなくて?」

「ロイやマルビス、ランスやシーファ、キールやテスラ、ガイ、家族もだけど大きな問題を起こせばそれだけみんなに迷惑かける。

 私一人が責任を取ればいいって話じゃなくなる。

 貴方は自分のこと以外の人の事もきちんと考えて行動した?」

 自分が罪を犯せば責められるのは自分一人で済むわけではない。

 親兄弟、親戚や友人にも迷惑がかかる。

「私には守らなければならない人がたくさんいる。

 私が卑怯な手を使って他人を追い落とし、責められれば私の周囲の人達も私と同じ目で見られることになる。

 私への評価は周囲の評価へ直結する。だから私は周りくどい手は使っても卑怯な手は絶対使わない。私は仮にも上司なんだから。

 私が一生懸命頑張るからロイ達も全力で支えてくれる、マルビス達が必死に手伝ってくれるから私もまた頑張らなきゃって思う。

 どっちか一方だけじゃ長続きしないよ、人には心があるんだから」

 金銭だけでは築けない関係がある。

 お金だけでは人の心は動かせない。

 私はジェイクの前に立つと項垂れる彼の額にビシッと指を突きつけた。

「そういうことをしっかり頭に叩き込んでおかないとまた騙されるよ、ジェイク。

 二度目はない、これは間違いないんだから。

 マルビスをもう一度裏切るような真似したら覚悟しておく事だね。私は仲間を傷つける人間は絶対許さない。ジェイクも仲間になる気があるのなら本気で頑張ってもらわないとね。まずは信頼回復からだよ」

 不安がないかといえばあるに決まってる。

 それでも私は決めたのだ、マルビスが守りたいと思った人達なのだから一度だけなら許そうと。裏切られたのは私ではなく、マルビスなのだから。

「俺も、なれるんですか?」

 小さな力ない声が聞こえてきた。

「努力次第、チャンスはあげるって言わなかった?」

 下積からの出発は長い、彼がそれに耐えられるかはわからない。でも、

「貴方が挫けない限り機会は巡ってくるはずだよ。

 但し、最初を間違えた分だけ相当長い道のりではあると思うけど貴方が望むなら私は待っててあげる。

 貴方が底辺から努力と実力で這い上がってくるのを。

 自分が人に誇れる仕事をしなさい。

 それは仕事の貴賤や大小ではなく、自分が任された仕事であると自信と責任持って誇れる仕事を。マルビスが一度は信頼した相手だもの、できないはずないって思ってる」

「やります、這い上がってみせますっ」

 即答だ。ならばまだ救いはあるはずだ。何事もやる気は大事だ。

「俺、頑張りますっ、必ずや貴方様の、ハルト様の期待に応えてみせます。待ってて下さいっ」

「じゃあ楽しみに待ってるね。ジェイク」

「はいっ」

 さて、これで一つ問題は片付いたはずだ。

 大きな問題はすぐそこにまだ残っているけどここではへネイギスに自分達はまだ気づかれていないと思わせておく必要もある。聞き耳立てているのも承知の上、甘い奴だと思わせておくのも悪い手ではないし。ゲイルとゴーシェの顔色が悪くなっているようではあるが、ここではあえて無視だ。構い過ぎて怪しまれても困る。

「予定外の騒動にすっかり料理は冷めてしまいましたがどうぞ召し上がって下さい。酒も料理もドンドン追加してもらって構いません。私がいると出来ない話もあるでしょうから私はこれで失礼します。

 ロイ、後は頼んでもいいかな? 

 私は先に戻ってイシュカ達と一緒に明け方前の出立の準備をするから」

「かしこまりました。お任せ下さい」

 ロイが頷くのを確認してから私は戸口へと向かう。

 邪魔な上司は金だけ置いてサッサと退散するのが一番と決まっている。

「ランス、シーファ、マルビス達をお願いね。

 じゃあ行こうか、イシュカ、ダグ、シエン」

 馬車に大量に仕入れた荷物を積んで、見張りも立てて、明日の夜襲の手順の見直しもマルビスが戻ってくる前に終わらせたいし。密偵付きではろくに話も出来ないので早々に防犯設備の整ったホテルに戻るとしよう。材木加工業者に頼んでおいたアレも組み立てなきゃならないし。

「ではお先に失礼致します。一カ月後、またお会いできる日を楽しみにしておりますね」

 軽く礼をすると四人で廊下に出て階段を降りようとした辺りで部屋の方からワッと声が上がり、途端に騒がしくなった。

 やはり私に遠慮していたのだろうか。

 早目に出てきたのは正解だったのかな。

 ついてきている密偵の数に注意しつつも気づかぬふりで階段を降り、外へ出るとホテルへと向かう。

 聞こえてくる宴会の騒ぎ声にジェイクの件についてはあまり問題視されていないであろうことにホッとする。

 仲間の断罪は扱い方一つ間違えば内部崩壊を招き兼ねない。馴れ合い過ぎるのも問題だが厳し過ぎるのも反発を招く可能性があるので今回はこれで良かったのだろう。捕えた密偵の報告については分かり次第順次報告が来ることになっているが夜明け前まででは時間も少な過ぎる。追って後日といったところか。

「団長から今回の件を受け、領地までの護衛の派遣を十五名増員すると連絡がきています」

「ありがたいけど、大丈夫なの?」

 積んでいる荷も多いし、人数も増えているから助かるといえば助かるのだが。

「問題ありません。魔獣の侵入も落ち着いてきていますし、後は捕獲された個体の運搬が主な仕事ですから。他領への影響も確認したいので復路でのレイオット領の見回りも兼ねて、グラスフィート領の工房への支払いもあるのでちょうど良いと」

「なるほど、ついでにそちらも済ませるつもりということか。では謹んでお受けしよう」

「夜明け前の出発ということなので準備が整い次第時間までには人員は送ると。メンバー表はこちらに」

「了解。じゃあ帰ったら早速荷を積もう。

 早めの朝食の追加を人数分ホテルに頼んでおこう」

 ついてきている密偵は二人、一人は私達のホテル到着後に再び姿を消し、いつもの一人が定位置に残る。

 私達は特に慌てる様子もなく貸し馬車屋から借りてきた二台の馬車にホテルの従業員に手伝って貰いながら荷を積める。馬車は全部で五台だ。一台は父様の関係者、二台目は私やロイ、マルビスが乗るためで三台目は私達の着替えなどに日用品、借りてきた二台の内一台はキールとその母親のためのもの、余ったスペースには勿論荷物も乗せるけど、まずは加工してもらった木箱を乗せてからだ。椅子の下の荷物入れに順次調味料や米などの食料品などを詰め込みつつ、マルビスの設計図通りに組まれた木箱を順番に詰めていく。

「この馬車はキール達のために用意したんですよね?」

 六人乗りの馬車の座席半分以上を占める箱の大きさにイシュカが首をひねる。

「そうだよ。余っているスペースには荷物を詰めるけど座席の半分は塞いでそこの箱の中にも荷物乗せるから」

「確かにスペース的には二人が充分乗れますけどキールの母上にこの広さはキツくありませんか?」

「何言ってるの? そんなとこにキールのお母さんを座らせられるわけないでしょ。そこはキールと残り一台に乗り切らない場合の荷物置き場。お母さんはこっち」

 そう言って私が指さしたのは座席の間のスペースに置かれた大きな箱の上。

「最後の一個、一番底板の厚い底が浅い箱を持ってきて」

「はい、ここに」

「それをここにセットして。二つの座席に渡すようにしてこの箱の上を塞いで置くの。後は藁の入った大きな布袋を下に敷いて、一緒に用意してもらった毛布とクッションもたくさん頂戴」

 要するに前世で後部座席やワゴン車などによく使われていた足元の隙間を埋めることによって作るスペースクッションの応用だ。ただ塞いでしまうのでは折角のスペースが勿体ないので箱を組み合わせることによって収納場所も確保したわけだが地面の揺れで飛び跳ね、ズレても困るので下の箱は上の箱を支えるために向い合わせの横板を厚く、長めにしてもらい、下の箱も動きにくいようにもう一つの箱を組み合わせて座席下足元一杯に敷くことで扉を閉めれば左右に動く事はほとんどない。足元が多少高くなるので多少は座りにくくなるかもしれないがキールはまだ体格も小さいからそんなに不便もないだろう。

 これで簡易ベッドの出来上がりだ。

「これならキールのお母さんも少しは楽でしょう」

 荷馬車より乗り心地が良く、それでいて横になったまま移動も出来る。

 座って移動が厳しいなら横になればいい、横になって移動するにはどうすればそれが可能になるか考える。

「頭は柔らかく、だよ、イシュカ。

 工夫次第で変わるのは戦況だけじゃない、生活もだよ。より良くするためにはどうすれば良いか考えて頭を使わなきゃ」

 感心しきりのイシュカにそういうと彼はハッとして考え込んだ。

「これはこういうものだと決めつけたらそれでお終いだけど不便だと感じたならそれは改善の余地があるってことだ。イシュカが知りたかったのってそういうことでしょう?」

 彼が私のもとに派遣された理由、少し考えればわかること。

 私の考え方を吸収できそうなヤツはいるかと団長に聞かれ、私が上げた名前はイシュカだけだ。

「不便を当たり前として受け入れては駄目、不便は問題点なんだから。

 イシュカは私の考えた策の不便なところを現場の意見を取り入れて使いやすいように変えた。ロイの図形に書き加えられていたのは全部イシュカの筆跡だった。だからきっとイシュカにも出来るはずだと私は思ったんだ」

 ただ護衛として側にいてもらうだけでは駄目なのだ。

 私は人に教えるのが苦手だ。

 それがわかっているけどなかなか直せない。

 今はロイやマルビスが側にいてくれるからなんとかなっているけど私も少しは変わるべきだろう。二人が担う部分の負担を少しでも軽くするために。イシュカはロイやマルビスほど私の言っている事を理解できない。だけど二人より不便を不便として許容せず変えようとする意思がある。ならばまずはイシュカが理解出来るように説明できるようになれば今より私の説明能力は向上するはず。

 その前にイシュカが私に適応しそうな気がしないでもないけど。彼、有能そうだし。

 今も一生懸命私の言った言葉に対して考えているみたいだし。

「不便は当然ではなく、改善すべき問題点・・・」

「イシュカ、考えるのは後にしてね。

 まずは仕事。そういう話は領に戻って暇がある時なら好きなだけ付き合ってあげるから」

「はいっ、すいませんっ」

「いいよ、謝らなくて。でも覚えておいてね」

 クスクスと笑って言うとイシュカは恥ずかしそうに赤くなった。

 完璧そうに見えて結構抜けたところもあるんだ。

 なんか可愛いかも。

「安心して? 私も偉そうな事言ってるけどまだまだ全然足りてないから。でも私にもまだまだ改善の余地があるって事は進歩出来るって事だよね」

「貴方はそのままでも充分です」

「そんな事ないよ。まだまだマルビス達に世話焼かせてばっかりだしね」

 ロイとマルビスがいてくれるからなんとかなっているけど彼らがいなければ私の価値はきっと半減以下もいいところだ。感謝しなければ。

「さあ、後は残りの荷物を一台に詰められるかどうかが問題なんだよね。私達はレイオット領見学してから戻るし、一泊分だけ二台目に積んで後は父様に先に領まで運んでもらっておこうと思ってるんだけど。

 また買い物増えたらマルビスに馬車を手配してもらえばいいか。難しく考え過ぎても仕方ないし。楽しみなんだよね、レイオット領も王都ほどではないけど結構賑やかだったし。行きは急いでたから見て回れなかったしね。面白そうなものあるといいな」

 半分は本音、半分はそこの壁の向こうにいる密偵に聞かせるため。

 量こそ多いけどまだ高価なものは積んでいないから多くの見張りは必要ないし、父様の護衛が引き受けてくれている。報奨金の金貨を積み込むのは最後の最後。私達が出発する寸前だ。輸入食材の大人買い、自分やイシュカ達の衣装代、ガイに渡した調査費用、マルビスに渡したスカウト費用、その他を差し引いても金貨五百枚も減っていないのだ。

気分は現金輸送車に乗り込むようなものだ。そしてこれから二年近く、金貨五百枚が毎月届けられる。

 リゾート施設建設費の捻出と並行して新商品を幾つか売り出し、その利益で当面運営する方向で話は進めていたけれど一気に資金調達の目処が立ってしまった。ありがたい事だがトラブル続きで振り回され、しかしながらそのトラブルのおかげで資金は潤沢になっているというなんとも複雑な心境だ。

 平和が一番なはずなのに、あまり目立たない様にしようと思っていたのにも関わらず目立ちまくりで、最早地味に生きるのは無理だからせいぜい派手に生きろと父様にも言われてしまった。

 派手って、今でも充分派手なんですけど、これ以上どうしろと?

 多分リゾート開発の件を公表すれば更に有名人になるのは間違いない。

 いっそ広告費が浮いたと喜ぶべきか? 

 いや、新事業というものはそこまで甘くないはず。

 認知度が低ければ浸透するスピードも遅い。

 ましてここにはテレビどころかラジオも新聞もない。せいぜい店やギルドの壁の掲示板がいいところだ。

 それもこれもとりあえずは目先の問題が片付いてからだ。だいたいの事情は最初に父様に話してあるが、自分が知らないままの方が都合の良い事も多いだろうと当初の予定通りに行動するとそれ以上の報告は全てが終わってからで良いと言われた。放任主義なのか信用されているからなのか判断迷うところだけど面倒ごとに父様まで巻き込むつもりはないので問題ない。

 これは私の勝手で首を突っ込んだのだから。

 ただ、荷物の運搬とキール達の受け入れだけは先にお願いしたいと頼むと、それくらいは頼ればよい、仮にも親なのだからと言われた。

 私は随分と恵まれている。

 多少子供の頃放って置かれたことを差し引いたとしても、支えてくれる親も、優秀な部下も、それらを守る力にも恵まれて、私を慕ってくれる人達がいる。

 この数ヶ月、いろんなことがあった。

 私はもう自分だけが適当に幸せならそれでいいなんて思えない。

 大事な人達を傷つけようとしている存在があるというなら私はそれを決して許さない。

 みんなで幸せになると決めたのだから。



 荷物の積み込みも終わり、残すは金貨だけ。

 一応いかにもな派手派手しい箱から出して酒樽や衣装箱に入れ替えて、父様の馬車に積み込み、カモフラージュ用に派手な箱は石を詰めて上に金貨百枚程度を乗せ、私の馬車に積み込む手筈になっている。四千枚は先に父様に領地に運び込んでもらい、情報が漏れた場合の盗賊対策で私の方に積んであるように見せかける。これを知っているのは父様、ロイ、イシュカと私だけ。マルビスには内緒にしているわけではないが話す暇がなかった。情報がどこから漏れるかわからないし、私達の方に引きつける方が万が一の場合、私の魔力量等を考えても向こうが諦めるまで結界の中に閉じこもるか張りながら移動する手段も取れると判断したからだ。

 空室に向かうと団長が寄越した増員されたというメンバー表に目を通す。

 連なる名前にイシュカと私は納得する。それは全て既に仕事が割り振られていて増員された十五人中十人が私にではなく、父様と一緒に護衛として一旦ウチの屋敷に向かうことになっていて、その後それぞれが工房への支払い周りや復路でのレイオット領の巡回に回されているのだが、直接、もしくは間接的にへネイギスとの繋がりが疑われている人達だ。つまり、護衛を名目として怪しまれないように王都から厄介払いをしたわけだ。流石に全てをイビルス半島の巡回に出す訳には行かなかったようだ。そして私達に付けられている護衛は間違いなくシロと思われる人達、つまり私達の仕事に対する補助要員。

「おそらく極力怪しまれないための配慮ってとこだね。全部を外回りに出すのにも無理があるし、関係者全てを私関係の仕事から外すのも疑っていますと言っているようなものだ。そこであえて私達の一番近くに配置し、間違いなく王都から出ましたよとアピールしておいて、レイオット領から分断すると」

「そう上手く行きますかね。途中までは一緒とはいえ、自分の関係者全て外されたら怪しまれませんか?」

 イシュカの心配も最もだがそこまで気にする必要もないだろう。

「多分大丈夫だと思うよ。それも計算されてるんじゃないかな。この五人は騎士団にいた時に比較的他の団員達より私達と交流が深かった人達が選ばれてる。どうせなら親しかった者を配慮したと言えば理由としては充分でしょう。イシュカ以外にもなかなか頭の切れる人がいるみたいだね」

「多分ギュスターブではないかと。

 彼はそういった政治的手腕に優れているので」

「へえ、やっぱり騎士団にもいろんな人がいるんだね。私はそういったことが苦手だからロイ任せだけど」

 そういうところロイは父様についていただけあってそつがないし、マルビスでは足りない貴族の間の細かなしきたりや気遣いもしてくれるので助かっている。私も貴族である以上少しずつ覚えるべきなのではあろうが今のところは遠慮したい。中身が根っからの庶民派の私は肩が凝って仕方がない。

 感心して何気なく呟いた言葉にイシュカが何か引っ掛かったのか不安そうに私を見返してきた。

「本当に私で良かったんですか?」

「何が?」

 私は自慢ではないがハッキリ言って鈍い。

 言わなくてもわかるだろうという男女間でよく交わされるムードあるあの言葉も私には無理難題。

 言いたい事があるのならハッキリ言えやが心情である。

 情緒もへったくれもないが私にそれを期待されても困るので疑問があればその場で問うことにしている。

「私は貴方に素質があると言われて嬉しくて即答しましたけど他にも適任がいたのではと今更ながらに思いまして」

 さすがにいくら鈍いとはいえここまで落ち込まれれば私でもわかる。

 私が他の団員を誉めたから不安になった、そんなところだろう。

 なかなかナイーブであることだ。騎士団にいた時とイメージが違う。どちらかといえば暴馬バリウス団長の手綱を握る冷静沈着な副団長様っていうふうに見えたけど地はどうやらこちらのようだ。仕事で抜けているわけではないのでこれも御愛嬌、スラリと背の高い容姿端麗な細マッチョな騎士様が大型犬みたいなところがあるのはなかなか萌える設定だ。

 団長は大勢いる中で私がイシュカを押した理由を詳しく話さなかったのだろうか。

 まあいいや、聞いていないなら教えてあげればいいだけのこと。私はイシュカに向き直った。

 ズケズケと聞いたからにはこちらも正直に答えるべきだ。

「私は学ぶ気がない人に教える気はないよ。説明が致命的に下手だからね。それでも聞きたい、教えて欲しいって言ってきたのはイシュカだけ。他の人が護衛で私についてきても私は教えるつもりはなかった。

 聞く気がない人に教えても無駄でしょう? 

 だから私はイシュカで良かったんじゃなくて、イシュカが良かったんだよ」

 努力は才能に勝るとはいわない。

 どんなに努力しても才能がなければ一定以上の上にはなかなか這い上がれないのが現実だ。でも才能があっても使わなければ錆びるだけ、努力している者には敵わない。好きこそものの上手なれという言葉もあれば下手の横好きという諺もある。好きと才能が一致する幸運は全ての人に訪れるわけではない。

 それでもそこに情熱があるなら少なくとも後悔することは少ないのではないかと私は思うのだ。

「納得した?」

「はいっ」

 ぱあっと見事に表情が明るくなった。

 それは良かった。

 イシュカも相当物好きだよね、私の説明の酷さはこの二週間あまりで身に染みてると思うんだけどそれでも話が聞きたいだなんて。

 なんか、外見はともかくイシュカは人懐っこい大型犬を思い起こさせる。きっとイシュカに尻尾があったなら千切れんばかりに振っていそうだ。

「とりあえずマルビスには作戦行動開始直前まで黙っているつもりでいるのでよろしくね。増員される私の警護要員とはさりげなく親しげに会話して彼らが選ばれた理由をアピールする方向で。当たり障りない王都観光辺りの話題を振って行こう。検問所の外までは密偵がついて来ない事を祈るけど」

「犯罪は夜に起こる事が多いので身元の保証がされない限り、貴族以外にはかなり厳しいチェックが入りますので夜明け前はあまりそういった輩は検問所を通りたがらないものです。ただ検問所の向こう側に待機されているとどうしようもありませんが」

「その可能性は?」

「五分五分と言ったところですかね。ですが明日の宴を前に警備体制も増強しておきたいでしょうから半日くらいは付いてくるかもしれません」

 用心深いへネイギスなら充分あり得るか。

「もし付いてくるのなら予定通り朝市の人混みに紛れて尾行を撒き、後は二重に宿を手配して高級宿に泊まっていると見せかけ、安宿を拠点として動くのが最善、か。一つ心配ごとがないこともないんだけど」

 宿泊するのはあのレイオット侯爵閣下の領地。またちょっかいかけられない気がしないでもないんだけど。王都に入る前に帰りに寄れといわれていたし。そもそもへネイギスの件がなければ閣下に捕まらないための夜明け前出発だったわけだし。

「私、何故かレイオット侯爵様に気に入られているんだよね。宿に遣いを出されると空なのがバレる可能性が」

「何故か、ではなく理由はハッキリしていると思うのですが。ただ、心配でしたらいっそこちらから先に御友人のレイバステイン様に御挨拶に伺うとでも文を出して翌日、昼頃に伺うと約束を取り付けておくのは如何ですか?」

 ロイの言葉になるほど、その手があったかと考えた。

「本日は私用のためお伺い出来ないので翌日参上すると伝えておけば宿までは押し掛けては来ないでしょう。捕物は夜中になりますから朝にはレイオット領まで戻るのも無理ではないかと」

「それに翌日の昼に侯爵家にお邪魔するのに王都に戻るとも考えにくい、か。問題は手土産なんだよね。流石に侯爵家に手ぶらはマズイだろうし」

 そのつもりはなかったので侯爵様に持って行く手土産等当然用意しているはずもなく、今からでは酒場以外の店はほとんど閉まっているし、明日レイオット領の街で探すのもいかがなものか。かの領地にお邪魔して手土産がその領地で手に入れたものというのは間に合わせ感が漂うし手抜きもいいところだ。う〜んと私が唸っているとロイが再び提案をした。

「ハルト様が御面倒でなければ昼食を何品か持参するという手もございます。珍しい料理に侯爵様は目がない御様子でしたので」

「なるほど、手間のかからないサンドイッチかパンケーキ辺りなら充分間に合うね。よし、それで行こう」

 確かに閣下はパーティで出された珍しい料理にかなり食いついていた。

 金持ちだから高級なお土産でなければならないという事はない。むしろお金があるからこそ欲しいものを簡単に手に入れられるので高価な物より手に入りにくい物や珍しい物の方が喜ばれるものだ。

 王都に長居するつもりはないのでへネイギスが捕らえられたのを確認次第さっさと戻ってしまえばいいわけで。

「かなり強行になりますが大丈夫ですか?」

「空いた時間はなるべく睡眠を取るようにするよ、みんなも休める時には休んでね」

 ロイの心配も尤もなのだが後もうひと踏ん張りだ。

 子供の体力というのはこういう時恨めしい。

 私はみんなに迷惑をかけないためにも早めに休んで明日の夜に備える事にした。


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