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第三十九話 敵は一人とは限りません。


 へネイギス伯爵邸は王都のレイオット領寄りの外れの位置にある。

 さすがにあれだけの悪行は王城近くで出来ないのだろう。

 人目を憚るくらいなのだから許されないことだという認識くらいはあるのだろうか? 


 いや、それはないな。

 罪悪感を抱くような人間ならこんな悪逆非道の限りは尽くさないだろう。

 ただ上から駄目だと言われているから仕方なく従っているに過ぎず、平民は彼にとって家畜と同義語なのだろう。

 だからこそ平気で踏み躙り、蔑み、己の快楽のために使い潰していく。

 放っておけばそれだけへネイギスの狂宴の犠牲者は増えていくのだ。

 動くのは早ければ早い方がいい。

 だからといって逃げられたり、隠されてしまえば全て一からやり直し。

 慎重に動く必要がある。

 特に緑の騎士団の団員名簿から伯爵と関係がありそうな人物は全てチェックして作戦から外すのは一番重要な作業だ。団長だけでは把握しきれない人間関係もあるだろう。

 作戦決行は明日の夜。準備時間も入れれば昼前までには関係者を王都周辺から追い出し、イビルス半島の見回りに行かせなければならない。赤と緑、両騎士団の総勢は三百人近い。陛下と宰相、団長がその中から外したのは全部で三十七人。少しでも可能性がある者は外すことにしている。どこからどう漏れるかわからないからだ。そしてイシュカが更に団員同士の人間関係から推測して二十三人、戻って来たガイの追加情報から更に十九人が外された。ここから現在の負傷者を除くとして緑の騎士団団員の中で問題なく安全に動かすことの出来る人員は九十人程度。

 目指す場所が決まっているので十分な数だろう。但し、この計画を最初から知らせておくのは間違いなくシロだと断言できる者、二十人程度。残りは夕方から騎士団内に理由をつけて待機させておき、時間になったら移動を開始する。必要なモノは当日、冒険者を雇い、突入直前にギルドから荷馬車で運び込ませることに決めた。

 そして私達は明日、朝、予定通り出発し、父様達にはそのまま領地に戻って貰い、私達は隣のレイオット領に宿を取って買い物を楽しむ設定で時間を潰し、夕闇に紛れて再び王都に戻り、合流する。

 相手の用心深さは筋金入り。こちらも相応の対処が必要になる。

 マルビスには知らせておくべきかどうか迷ったが当日王都を出るまで伏せておくことにした。

 ゲイルのように人質を捕られていたり、脅されている人が他にもいる可能性もある。

 どこから漏れるかわからない。

 ガイの調査で引っかかってきたゲイルとゴーシェ、新たに引っかかって来たジェイクの三人には人を雇い、見張らせている。もっともジェイクの雇い主は今回と別人のようだが。ガイには王都で引き続き情報収集をお願いする。

 そろそろマルビスも一度私に連絡するために戻ってくる頃だろう。

 団長も退散しなければ怪しまれる時間だ。

 明日の合流を約束して団長は退室する。一応外に出た後に、そこにはいない姪っ子に手を振ることを忘れないように一言付け加えるのを忘れなかった。


 その約半刻後、マルビスが喜色満面で帰ってきた。

 十八人全員がウチの領地に来てくれることになったらしい。

 すぐには引っ越し準備もできないので一ヶ月後、まとめて移動することになった。

 その間に今回の褒美で頂いた金貨を使って急いで寮を建設することにするという。

 経費で落とせばと進言すると、これはどうしても自分のお金で建てたいと言うので止めなかった。多分マルビスなりのケジメやこだわりもあるのだろう。

 脅されているゲイルは仕方ないとしても特に問題なのはゴーシェだ。

 彼は自分達を陥れた存在に自ら売り込んでいる。

 だが今は何食わぬ顔で良かったねと受け入れておく。

 こちらが何も気づいていないと思わせるにも丁度いい。

 私はマルビスが予約していると言うレストランに向かう。

 当然、ロイやランス、シーファやイシュカ達も一緒、ガイは別行動、ゲイルの動向を探るために待機だ。一応解毒剤を複数用意してあるし、要注意人物はわかっているのでイシュカ達にそれぞれ妙な動きがないかは見張って貰い、何かあれば極力気付かれないよう偶然を装うように対処するつもりでいる。

 店に着くと早速二階に通されるとそこには十八人全員が揃い、六人掛けのテーブルが四つうち三つは既に着席済み、料理やワインは既に運ばれていて私は空いた上座の一テーブルに案内され、左側にマルビス、右にロイが並び、イシュカ達が後ろにつく。ふと見れば右に置かれたグラスの下に小さなメモが目立たないように置かれているのに気づく。紙にはガイの字で『ジェイク、ワイン薬物混入危険性有り。入れ替え済みOK』の文字が書かれている。

 ゲイルとゴーシェはこちらの出方を伺っている感じはしてもジェイクはいきなりこういうことをしてくる辺りが確かに別の雇い主っぽいし、手段が短絡的な辺り用心深いへネイギスらしくない。ワインで用意するところも私の年齢を詳しく知らない可能性があったと見るべきだ。

 マルビスがどう話をしているかは聞いていなかったが私の実際の姿を見て驚いている人も多い。一応そのメモをマルビスに気づかれる前にグラスの下から抜き取りロイとイシュカに回す。


 さて、どうしたものか。

 見張りというか密偵みたいなのはイシュカの合図からすると全部で気配は四人。

 上に二人、壁越しに一人、店入口に一人。

 有名税というのは結構高くつくものなのだと実感する。

 普通で考えれば伯爵家の三男坊にこんな人数の怪しげな密偵がつくこともないはずなのだ。こういうことに対して対処をしなければならないぶんだけ余計に人件費などの余計な出費もかさむわけで頑張って稼がなければ赤字になる。人材も集まって来ているし、軍資金も手に入れたのでその点に関してはあまり心配していないけれど規模が大きくなるほどに動かす人も金額も大きくなるわけで。

 これから起こす事業規模を考えれば当然、その利潤にからもうとしてくる輩も多くなるはず。とりあえずは所詮子供と侮られないように毅然とした態度を取る必要がありそうだ。

 それにもともと私は天才児ではない。間違いなく二十歳過ぎればただの人なので後のことを任せられる人がいればさっさとトップを譲って引退しても構わないがそれまでにガッツリ稼いで置きたい。

 要注意の三人の名前と特徴は聞いているもののハッキリとしていないので把握するためにもまずはマルビスに一人一人の名前と得意とする分野などの紹介を頼む。一番最初に紹介されたのはゲイル、四十代と思われる男性は孫娘が捕えられているなどとは悟らせない凛とした姿、だからこそ商売人としての腕を買われて筆頭にまで登り詰めたのだろうけど運が悪い事だ。なんとか助けてあげたいものだが今こちらから接触するのは良策ではない。その後も順番に紹介されていくがゴーシェもジェイクも名前が後半に呼ばれたことから見ても任されていた仕事も下っ端に近いようだ。

 年齢的にも若く、ゴーシェはどこか気弱そうに見えるし、ジェイクは対象的にどこか尊大で野心の高そうな人物にも見える。ただ二人とも私の姿を見て必要以上に動揺していた事は間違いない。

 全ての人の紹介が終わったところで私はぐるりと一周視線を巡らせると一息吐き出し、立ち上がる。


「初めまして、私がマルビスの上司、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します。

 上司と言ってもこの度の事業計画の発案者であるためにシンボル的な役目を果たしているというのが正しいのかも知れません。詳細については公に発表されているわけではないので詳しい話は我が領地に来て頂いてからになります。

 私は見て頂ければわかるようにまだ子供の身でありますので信用できない方もいることでしょう。その際にはどうぞ私の周りにいる者に私の人となりを貴方達が納得するまで聞いて下さい。

 それを止めるつもりも咎めるつもりもありません。

 私が求めているのは一緒に仕事ができる仲間であり同僚です。

 貴族と平民の区別なく話し合い、意見を交わすことのできる人材です。

 私への意見、反論、大いに結構。

 それが私と私の周囲の者を納得させられるものであれば一考します。

 但し、裏切りと仲間を陥れるような行為を許容できるほど大人ではないのでその場合にはその覚悟を持って行動をお願いします。 

 様々な場所で活躍するスペシャリストのみなさんを歓迎します」

 お決まりの演説後の拍手が上がり、再び腰掛ける。

 私の裏切りという言葉にどう反応するか知りたかったのであえて口に出したが大きく動揺した様子も見られない。僅かに反応したのはゴーシェだけ、ジェイクは裏切るというより利用してのし上がるつもりなのかも知れないが、だとしたら薬物投入は浅はかすぎる。


「マルビス、みなさんにワインをお注ぎして。この出逢いと再会に乾杯を」

 マルビスと各テーブルの人達が動き出し、食事をし始めたのを確認してから私は後ろを向く。

「ダグ、私にはワイン以外に何か飲み物をお願い。めでたい席とは言えさすがに私にワインはまだ早い。イシュカ達はどうする?」

「私達は任務中ですので」

 私の意図するところを読み取ったらしいイシュカが答える。

 ここ数日間、お酒が出れば勧めていたからだろう。

「そう。では折角用意したものを無駄にする必要はない。

 ロイ、こちらのワインはみなさんにお配りして」

「かしこまりました。ハルト様」

 ロイが私の言葉に従いテーブルの上の瓶に手をかける。

 それと同時にジェイクがガタリと音を立てて立ち上がった。

 その顔が明らかに青ざめている。


「どうかなされましたか?」

 素知らぬ顔で尋ねると何か言おうとしたものの、結局何も言えず終いで再び椅子に座る。

「・・・いいえ、なんでもありません」

 一応、かつての仲間に対する情くらいは持ち合わせているらしい。

 正当な手段を踏んで追い落とすなら商売も勝負の世界、止めはしない。

「確か名前はジェイク、でしたか。

 ロイ、ご挨拶代わりに空のグラスにワインでもお注ぎしたら?」

「そうですね。ではどうぞ。先ほども良い飲みっぷりでしたからイケる口でしょう?」

 ロイが空いたグラスになみなみと持っていたワインを注ぐ。

 自分から仕掛けたことといえどこれはさぞかし恐怖に違いない。何を入れたのか知らないがまともなものでないことがこれで明白だ。


「どうかなさいましたか? 顔色が悪いようですが」

 ロイが心配を装い、覗き込む。

「私はこれから一緒に働く事になるであろう初めて会った見知らぬ人に一服盛るような不粋な真似は致しませんよ。そんなことで相手の信用を失墜させるなど馬鹿の所業、戦うのなら正々堂々と決めています。

 誰かに咎められる隙をつくるつもりは微塵もございません。

 むしろ腹芸を覚えろと周りに叱られるほどですから、ねえマルビス」

「ええ、その通りです。

 領民からの信頼も厚いハルト様がそんな事をなさるはずもありません」

 マルビスの言葉にいよいよ追い詰められたジェイクの手がガタガタと震え出す。

 折角相手から手を出してくれた事だし、ここはジェイクにはブラフになってもらうとしよう。天井や壁で聞き耳を立てている本命の密偵達に安心してヘネイギス報告に帰って頂くために。


「そのワインを飲みますか? 

 それとも飲めない理由をここで白状なさいますか? 

 私は甘いとよく言われますが敵対する者に対してはその限りではありません。

 味方ならば庇いもしますが敵にまで情けをかけてしまったら私を信じてついてきてくれる者に対して失礼でしょう?

 ちなみに私のオススメはそれを飲み干すです」

 ガイが入れ替えてくれてあるしね。

 いくらなんでも殺してしまっては寝覚めが悪い。

 彼が任務に失敗すれば少なくとも一人は密偵が動き出すだろう。

 イシュカ達が戦闘態勢に入る。

 小さな声で捕まえるのは動き出した者だけだと伝えておく。

 マルビスが不審そうな顔をしている。まさか自分の集めてきた者の中に私を害そうとしている者がいるなんて思ってもいないに違いない。

 大丈夫、これはマルビスが悪いわけではないと理解している。

 どんなに言葉で尽くしても一定数はいるのだ。

 こうして楽してのしあがろうとする人種が。

 ざわざわとあたりが不安そうに声を潜め、囁き出す。

「何かジェイクがお気に触るような事をいたしましたか?」

「それをこれから彼に喋ってもらうんだよ。

 彼がそのワインを飲んだのならその場限りではないけどね」

 不安そうに私に尋ねてくるマルビスにそう答えるとロイがジェイクを思い切り見下した醒めた目で見下ろし、言い捨てる。

「だから貴方はまだまだ甘いとお父上から言われるのですよ。

 このような者は即刻断罪すべきです。どのような甘言で唆されたのかは知りませんが貴族がみなハルト様のように平民を貴族と平等に扱ってくれるわけではありません。ここを出れば捨て駒にされて後々足がつかないように消されるのがオチです」

「そうです、王都を救ってくれた貴方に対して許されていい所業ではありません」

「イシュカ、救ったのは私ではなく騎士団のみんな」

 誇大評価だよね、明らかにそれは。

 私は結局現場に一度も出てないし。

「貴方の指揮なくして成し得なかったことです。

 それは魔獣討伐部隊の所属であるのなら共通の認識です。

 だからこそ陛下も団長も私を貴方の護衛につけたのですから」

「それは一応秘密じゃなかった?」

 まあ公然の秘密であって魔獣の死体が大量に運び込まれている以上いずれ知れ渡ってしまうことだろうけど。済んだ後なら流石我が国の誇る部隊だという話で終わるものだろう。ほぼほぼ片付いてはいるけれど。

 後ろにいるダグとシエンまでそうだそうだと言わんばかりに頷いている。

 話の中に出てくる単語に部屋の中のざわめきがいっそう酷くなる。

 これは先にイシュカの紹介を済ませておくべきか。

「ああ、紹介が遅れてすみません。

 彼はイシュガルド・ラ・メイナス、ご存知の方も多いでしょうが緑の騎士団、副団長を務める男です。つい先日より暫定で二年間、私の護衛任務についてくれることになりました。以後お見知りおきを。ダグとシエンは領地に戻るまでの間だけになりますが彼等も緑の騎士団所属になります。それからイシュカが語った件についてはくれぐれもご内密に。陛下も絡んでいる事ですので」

 三人が揃って軽く頭を下げると益々ジェイクの顔からは血の気が引き、顔色は真っ白だ。

 まあそれはそうだろう。

 私が何歳かまでは知らされていなかったようだが薬をちょっと飲ませるだけの簡単な仕事のはずが王都最強と名高い騎士団の三人、しかもその一人は副団長、おまけに陛下なんて言葉も飛び出しては逃げ場などあろうはずもなく。

「さて、話はだいぶ横道に外れてしまいましたが。覚悟はつきましたか? ジェイク」

 この場でワインを飲んでも無事に済むわけもなく、やり過ごしても外に出れば証拠隠滅とばかりに消される可能性も高い。自分の命運は冗談ではなく風前の灯なのだ。

 私は大きくため息を吐いた。

「覚悟がつかないようですのでもう一つ選択肢を差し上げましょう。

 私は正直、貴方がこの会場を出た後どうなろうと知ったことではありません。

 ですが、マルビスがこの数ヶ月、私に尽くしてくれた事を思えば一度だけチャンスを与えても良いと思っています。私は彼が貴方達を以前不幸な事故に巻き込んでしまったとずっと心を痛めていたのを知っていますから。

 マルビスに感謝することです。二度目はありません」

 同じ事をしてもまた赦されると思って貰っては困る。

 クギを刺しておかなければこういった人種は何度でも繰り返す。マルビスは私の言葉に彼がした事は察したのか驚いて私と彼を見比べたのでガイの小さなメモを渡した。それを見てマルビスは自分が暗殺者を引き入れてしまっていた事を知り、言葉を失っている。

「但し、卑怯な手段や安易な誘惑に乗っかってしまった貴方と他の方々を同じに扱う事はできません。

 一番下っ端の誰にでもできる事から始めてもらいます。

 貴方にはこれからずっとそういう誘惑に簡単に負ける愚か者だというレッテルと周囲の監視の目がつきまとい、何か不都合な事が起これば真っ先に疑われることでしょう。

 自分の身も自分で守って頂きます。

 勿論真面目に働いて頂けるならチャンスも与えますし、給料もお支払いしますがその仕事に見あったものになりますので当然ですがみなさんより低くなります。貴方が上に昇るには他の方々以上の努力と失った信用の回復に努めなければなりません。それでもやる気があるのであれば私は貴方を受け入れても良いと思っています。それは貴方が全て自分の罪をこの場で包み隠さず自分の口から伝えることが条件ですが」

 甘い事ばかりではないことを肝に銘じておいてもらわなければダメだ。

 この場では許されたとしてもそれは仮だ。彼が代償を支払うのはこの先なのだ。

 周囲の目が彼を監視し、遠巻きに眺め、関わりを避けるようになり、孤独を味わうようになるかもしれない。

「プライドを取ってこのグラスを飲み干すというなら止めはしません。

 今、この場で全て貴方が自分の責任で選んでください。

 今後誰かのせいにすることは絶対に許しません。それが今回の貴方の罪の代償です」

 これが最大の譲歩、殺人未遂だったかもしれない所業を見逃す以上妥協しない。

 その時、いないはずの隣の部屋でミシリと音が鳴った。イシュカ達もその音に当然気づいているらしく視線だけをそちらに向ける。窓か、戸口か、警戒が強まる。足音を忍ばせてイシュカが窓際へ、ダグとシエンが戸口へと移動する。

 おそらくタイミングはジェイクが決心して話し出す前の瞬間。


「・・・全て話します」


 密偵、この場合は口封じのための刺客になるのか、が、窓から飛び込んできた。だがそこに待ち構えているのはイシュカ、当然のことながら奇襲など成功するはずもなく。

「今逃げた奴を捕まえて。ガイもいるんでしょ。

 手伝って、殺しちゃダメ、全て自供させるから」

 空ぶった刺客は二階から飛び降り、逃げて行く。

 その後を追い、飛び降りたイシュカに慌てて風の強化魔法をかけるとそれに気づいたイシュカが一瞬だけこちらを向いたがすぐに前を向いて走り出した。そして呼ばれたガイが入り口の扉を開けて文句を言いながら飛び込んでくる。

「人使いが荒いねえ、ウチの御主人様は」

「上手くいったら後でとびきり美味しいお酒ご馳走してあげる」

「よっしゃ、忘れんなよ」

 横を通り過ぎる瞬間に毒消しと回復薬を渡すのも当然忘れない。

 捕まえた途端証拠は残さないとばかりに自決されても面倒だ。それを受け取り、ガイも窓から飛び出し、屋根を軽快に飛び渡り、イシュカの後を追いかける。

「ウチの中でも特に腕利きの二人が向かいましたので話を本題に戻します。

 全て話して頂けるんでしたよね。ジェイク。

 その後なら貴方も居心地が悪いでしょうから逃げてもらっても構いません。

 最も私に危害を加えようとした事は陛下達の耳にも入るでしょうからマトモな職にありつけるどころか指名手配がかかるのがオチでしょうが失敗して逃走した暗殺者の末路に興味はありません。

 彼等がいなくなったからといって話す前に逃げられるとは思わない方がいいですよ。彼らと真剣勝負したことはありませんから勝てるかどうかまで判断しかねますが一応、私もこういう物を持っていますので」

 俯いている彼にだけ見えるよう上着の内ポケットに刺さっているド派手な冒険者カードを見せつけるとジェイクの目が溢れ落ちんばかりに見開いたのでニッコリと笑って余裕を見せつける。こういう手合いにはどうあっても勝てないと思わせてマウントをとって置くのがいいだろう。

「ああ、これも公式にはまだ広まっていないので王都では内密にお願いしますね。

 私はウチとその近隣の領地の中ではちょっとした顔でして、向こうにつけば尋ねなくても領民から様々な武勇伝が耳に入ってくることでしょう。

 まあ殆どは過大評価だと私は思っているのですが」


「そう思っているのはハルト様だけですよ。

 いい加減認めて下さいって、恥じゃないんですから」

「まあ多少の脚色はされているものもありますが大筋は大体間違っていませんから」

 シーファとランスに呆れたように立て続けに言われて私が背後を振り返るとダグとシエンがその会話に加わる。

「ああ、例のワイバーン単騎討伐最短時間最年少記録更新の件ですか。

 騎士団でも有名でしたからねえ、団長の持つ記録を大幅に塗り替えたと。

 随分と沢山の団員に質問されていましたよね。ナイフ一本も使わないで倒したと聞いていたのでさぞかしクソ生意気なガタイのイイ子供だろうとみんな想像していたのに、団長が連れて来たのは少女と見間違えんばかりの美少年でしたから最初疑っていたんですよ」

「でも最後には納得しました。あれじゃあ全力出す前に速攻やられたんだろうからハルト様の御屋敷強襲した時点でソイツの命運は尽きてたんだろうって。ワイバーンも気の毒にって同情すらされてただろ」

「バリウス団長は武闘派、ハルト様は頭脳派。

 戦闘スタイルとタイプが違うということです」

 更にそこにロイが加わり自慢げに胸を張って頷く。

 何故そこでロイが自慢するのかわからないけど。

「実際、外見だけ見てたら俺らでも勝てるかもって思いがちだけど、騎士団のみんな絶対ハルト様だけは絶対敵に回したくねえって言ってたよな。同じ負けるでも団長相手なら派手に散って終わりだけど、得意技封じられ、逃げ道全部塞がれて罠張って追い詰められるなんて怖えよ」

「でもパワー勝負に弱い奴等には憧れと羨望の的だったぜ? 

 副団長もどっちかていうとテクニック寄りの闘い方だからな。初日から崇拝モード入ってたし専属護衛への出向依頼も即決って聞いてさもありなんだったよな。そっち系統でハルト様見て拝んでいた奴、いただろ」

「いたな、確かにいた。騎士団辞めたガイのヤツがハルト様に雇われたってんですっげえ羨望の的になってて、自分をあざ笑っていた奴等に妬ましそうに睨まれて最高に気分良かったって。俺の御主人様って連呼する度歯軋りするのが面白くてたまらなかってアイツ高笑いしてたぜ」

「テルの奴がファンクラブ創設したって話も聞いたぞ」

「確かに最初は多少人見知りで取っ付き難いとこもあったけど、あれだって俺らが不信感丸出しで怪訝そうに眺めていたからだろ? 

 居心地悪そうにしてたもんな。

 まあ、それも半日も経たず自分で覆しちまってさ。強くて頭良くて、身分の上下関係なく平等に接してくださる気さくで男前な性格、敵対すれば容赦しないけど仲間思いで気前も気風も良く料理も上手い、おまけに最高に可愛くて綺麗なんだぜ。そりゃあテルじゃなくても普通に男として惚れるだろ? 特に騎士団ってのは『華』ってもんがなくて男臭いからな」

「グラスフィート領には確認されているだけで既に三つありますよ。

 統合される予定があるので公式にしてくれと御父上のところに申請許可願いが来ていたようでどうしたものかと先日相談されましたからそういうものはマルビスに仕切らせておけば良いのではと申し上げておきましたけど」

「俺ら二人、護衛任務終って帰ったら妬まれて団の奴等に袋叩きに合うんじゃね?」

「ハルト様、何を言われても魔獣討伐部隊のヤツら相手に一人でのこのこと部屋に付いていっちゃダメですからね。

 男は見境ないですから。

 まあ簡単にヤられるとは絶対到底思えませんし、死んだ方がマシな目に合わされそうですけど、なんとかそこは半殺しで止めてやっていただけると助かります」


 ・・・いったい私は何者になろうとしているのだろう。

 恐れられ、怖がられて、拝まれて、英雄扱いの次はファンクラブって。

 おまけに天下の最強部隊の威厳がダダ下がりだ。

 それでは六歳男児を狙う変態集団ではないか。

 しかも心配されているのは私なのか、襲ってくる相手なのか、その辺も理解し難い。

 だが、最早修正不可能なほど私が色々としでかし過ぎているのは充分に理解した。

 周りも彼等の会話についていけないのか呆気にとられている。

 まあおかげで深刻そうな顔をしていたマルビスが笑い出したので良しとしよう。


「ロイもランス達もそういう話は後にしてもらえる?」

 軽く咳払いをして注意すると五人は声を揃えて謝り、もとの位置に戻る。 

「とにかく、見張っていた者はもういませんので安心して話してくださって構いませんよ、ジェイク」


 貴方をという言葉を敢えて省く。密偵は店の出入り口に一人、天井に二人残っている。

 なのにこの緊張感の無さはなんだろう?

 イシュカがこの場にいれば少しは変わったかな?

 少し考えた後に更に悪化していそうな予感がして首を振った。

 


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