表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/368

第三十八話 無礼は承知の上です。


 馬車が王城に着くと馬車から降りてすぐバリウス団長が私を右腕に抱え上げ、スタスタと歩き出す。

 その後、団服を着て眼鏡を外し、いつも緩く横で結んだ長めの髪を後ろで凛々しく結い上げ付いてくる。

 いかにも秘書か文官のようなイメージが強いロイだがなかなか様になっていてカッコいい。

 途中何度か呼び止められはしたものの団長と一緒なのでそう怪しまれることもなく進んで行く。

 どこの御令嬢かと聞かれれば設定通り、姪っ子と紹介されたので微笑んで見せれば私を男の子だと疑う者は一人もいない。即座に陛下の執務室とはさすがにいかないらしく、連れて行かれたのは先日陛下の後ろに控えていた宰相の部屋だった。部屋の中では数人の文官が忙しそうに働いている。


「緊急ですまないが陛下に取り繋いでくれ。至急相談したい事がある」

 怪訝そうに私の方を眺め、確認してくる。

「そちらはどちらの御令嬢ですか?」

「身元は俺が保証する。

 陛下も、お前も会った事がある筈だぞ? それもつい最近、な」

 ニッと笑った団長が私を床の上に下ろしてくれたので出来るだけ優雅に見える様にお辞儀をしてから顔を上げる。よく見て貰えばわかる筈だ。こんな格好をしているとはいえ、つい二日前に見た顔なのだから。ジッと見つめてくる視線から逃げることなく真っ直ぐに見つめ返すと宰相は気がついたらしくハッと顔色を変えた。 

 それに気づいた団長が宰相の口から名前が漏れる前に設定を口にする。

「俺の姪っ子だ、宜しく頼む」

 訳ありに気付いた宰相が頷いて上手く話を合わせてくれる。

「これは大変失礼致しました、レディ。あまりにお綺麗になっているので気づかず、申し訳ありません」

「こちらこそ、急の来訪、申し訳ありません。私がつい叔父様に我儘を言ってしまって」

 できるだけ女の子の声に聞こえるようにワントーン上げて答える。

「いえいえ、こんな可愛らしいお客様でしたら大歓迎ですよ。

 今、陛下に確認して参りますので場所を変えてお待ちいただけますか? 

 美味しいお茶とお菓子でも用意致しますよ」

「まあ嬉しいわ。ありがとうございます」

 先を歩く宰相の後を私達は歩いてついて行くとやや小さめ、とはいえ私の自室よりは大きな二十畳ほどの大きさの部屋へ通され、宰相が陛下に連絡するために出て行く。

 ほっと一息ついて大きく背伸びをする。

 こちらの女の子の服は結構重い。スカートの丈が床につく一歩手前の長さだからっていうのもあるけど軽い素材とかが開発されているわけではないのでドレスの下にはいているスカートを膨らませるための下着も入れると結構な重量だ。

 お洒落は我慢という言葉があったけどまさしくそれだ。

 サッサと着替えたいがそうも行かない。

「お前、役者になれるんじゃないか?」

「そんなもの無理に決まってるでしょう? 

 こっちは化けの皮が剥がされないように必死なんですよ」

 ボソリと漏らした団長の言葉を即座に否定する。

 この人は何を言っているのか、馬鹿らしい。

「いや、ホント、可憐な女の子にしか見えん。

 第二王子の好みど真ん中だぞ、絶対顔を合わせるなよ?」

「知りませんよ、それに会ったこともないんですから区別出来ないでしょうが」

 第二っていうと噂で聞く馬鹿王子の方か。

 どちらにしろ馬鹿は私の好みではないのでご遠慮申し上げるけど。

「男の子供を見たらとにかく隠れろ、面倒になりそうな未来しか見えん」

「可愛らしくし過ぎてしまいましたかね、失敗しました」

 真剣に悩まれるロイにどう返せばいいかわからない。

 可愛くないよりは可愛い方がいいに決まっているが自分から言い出したこととはいえ、なんだか恥ずかしくなってきた。

 無言で俯いていると扉がノックされ、宰相が入ってくる。


「お待たせ致しました。陛下をお連れ致しました」

 続いて入ってきた陛下が私の姿を見て目を見開く。

 どうやら女装しているとは聞かされていなかったようだ。

「これはこれは、随分可愛らしいお客様だ。お待たせしてすまないね、小さなレディ」

「お忙しいところ申し訳ございません、陛下。お時間を割いて頂き、ありがとうございます」

 私が女性の仕草でお辞儀したのを見て、ついて来ていた護衛達をバリウスがいるから必要ないと下がらせる。

 陛下がソファに腰を下ろすと勧められてその前に座った。

 謁見の間で見た時よりも一段と近い距離。

「君には色々と世話になったからね。それに何か緊急の用事があって来たのだろう?」

「はい、御相談したく参上致しました。走り書きで申し訳ないのですがまずはご覧頂きたいものが御座います。話はそれからでよろしいですか?」

「拝見しよう」

 ロイに持っていて貰った紙の束を受け取り、それを陛下と宰相の前に差し出す。

 まずは宰相が受け取り、目を通した物を陛下が受け取り読んでいく。二人の顔は次第に曇り、嫌悪に眉を顰め、全てを読み終えるとそれをテーブルの上に置き、深く溜め息を吐いた。

「確かにあの男、へネイギスには黒い噂も多くてね。でもなかなか尻尾を掴ませてはくれなかったのだが、よくこんな短時間でこれだけ調べ上げたね」

「新たに一人、そういう事に長けた男を雇いました。ウチにもチョッカイをかけられたので陛下に頂いた報奨金を有効活用させて頂きました」

 ようは金にモノを言わせたわけだがある物を利用して何が悪い。

「ウチの諜報機関でもなかなかこうはいかないよ」

「彼が言うには『お貴族様と庶民のナワバリは違う』と」

 私も不思議に思ってガイに聞いたのだが、そう答えられた。

 お上品な貴族は小汚い場末の飲み屋に入ってくることはないし、見たこともないヤツがうろつけばみんな警戒するのでロクな情報は得られないだろうと。

 それにお貴族様のオイタの片付けをするのはほとんどが庶民。

 彼らには彼らの情報網がある。

 どんなに脅しつけようとも彼らは人形などではなく口は滑るものであり、言葉はこぼれ落ちるものだ。だが彼らはそれを理解していない。何故ならそういう貴族にとって平民とは使い潰すモノであり、道具であり、同じ人間として認識していないからだ。道具に心があるとは思っていない。

「なるほど、なかなか優秀な男のようだ。

 君の周りには随分有能な者達が集まっているらしいね。そこの彼を含めてね」

「ありがたいことだと感謝しております」

 私一人でできないことはみんなが助けてくれる。

 だからこそ私もそれに報いたいと思うのだ。

「それで、君はどうしたい?」

「それにお答えする前に陛下にこれをどうなさりたいかお聞きしてもよろしいですか」

 尋ねられた問いをそのまま返す。

 私は陛下が、この人がこの状況を赦すのか確かめたい。

「何故それを?」

 だが問いかけは更なる問いによって返される。

 やはりそんな簡単に思い通りにはさせてくれないということか。

 でもそんな事は関係ない。

 私は私の道理を通すだけだ。

「私達はこの男を許せませんし、私達を脅かそうとしている存在を放置しておくつもりもありません。ですがそれはこちらの事情です。多数の貴族が関わっている以上事を明るみに出せば国の上層部の人事が一気に変わる可能性も否定できません。このままこの男を放置なさりたいのか、処断なさりたいかで話が変わってくるからです」

「放置すると言ったら?」

「私は私の護りたい人達を守るだけです。あらゆる手段を使って。

 ですが二度と国のために働こうとは思わないだけです。

 義務を果たさない方に、私達を守って頂けない国家のために力を尽くすつもりはありません」

 無礼? 

 言葉が過ぎる? 

 そんなもの知ったことか。

 真っ直ぐ前を向く私に陛下が溜め息をついた。

「まあ、正論だな。ただ私に面と向かって言うその度胸には驚いたがね」

 怖いもの知らず、よく言われた。

 納得できないとくってかかる下っ端は上からすればかなり面倒だろう。

「君にならって正直に言おう。ここは会議室でも謁見の間でもないからね。

 咎める者も今この場にいない。

 あの男の所業についてはある程度こちらでも把握していた。

 ここまで酷いとは流石に知らなかったがね。

 ハッキリ言えばこちらとしても捕らえて尋問にかけたいのだが証拠を隠すのも上手ければ、こちらの手の内が知られるのも早くて今までも散々逃げられているのだよ。困ったことに近衛の中にも飼い慣らされている者が多くてね。私としてはたとえ一時的に王宮の中が混乱して仕事が滞ったとしてもそういった輩を一掃できるのならむしろありがたいくらいなのだよ。そういうろくに仕事もせずに甘い汁を吸うだけの腐ったジジイ共がのさばっているせいで、若くて優秀な人材を雇用できない。だが証拠もなくクビにすることも出来ない、そういうことだ」

 実にありがちな、どこにでも転がっている話だ。

 そうして下の者は使い潰され、泣き寝入りする。

「証拠が得られれば問題ないと?」

 確認のために聞いてみる。

「問題ないよ」

 キッパリ陛下は言い切った。

 言質はとれた。

「ならば話は簡単です。現行犯なら証拠も何も関係ありませんから」

「近衛を動かせば気づかれる、聞いていなかったのかい?」

「聞いていましたよ。

 動かすのは近衛じゃありません、緑の騎士団、魔獣討伐部隊です」

 スタンピードがほぼ沈静化しているとはいえまだ完全に沈黙していない、この状態だからこそ使える手がある。


「話を聞こう」



 陛下達との話し合いと打ち合わせも終わり、団長と一緒にホテルに向かう。

 怪しまれないためにロイは団服からいつもの秘書スタイルに戻し、主人の買い物を終えて戻ったふうを装って両手に荷物を抱えて通りを曲がる前に降ろし、先に歩かせる。一応何かあったら困るので影からホテルに入るのを確認し、その後、暫し時間を空けてホテルの前まで馬車をつける。

 団長はどうやっても目立つのでこの際堂々と入る事にした。

 ちょっと恥ずかしい設定ではあるが贅沢は言ってられない。

 貴族の間では私は有名人だし、団長のお気に入りとして認識されているので王城に入った時の設定をそのまま利用して団長の姪っ子が私の話を聞いて会わせて欲しいと我儘を言って連れてきて貰ったということにした。どうせホテルに入るまでの短い間だけ、こうなったらなりきってやるだけだ。可憐な少女を演じて見せようじゃないか。


「ねえねえ、叔父様、早く早くっ」

 私はぴょんぴょんとタラップを軽快に飛び降りて、落ちそうになる帽子を押さえ、馬車を振り返る。

 のんびり降りてくる団長の腕に軽く自分の腕を絡ませる。

「ハルスウェルト様に会わせてくれるって約束でしょう? 折角お母様に同じホテルを取って頂いたのに、御迷惑になるからやめなさいって言うのだもの。つまらないわ」

 ちょっとだけ唇を尖らせて拗ねた口調で言う。

 それを見て団長の手が頭の上に乗り、ポンと軽く頭の上に手を置かれる。

「少し落ち着きなさい、ハルトが好きなタイプは落ち着いた大人の女性だ。

 あんまり子供っぽいと嫌われるぞ」

 ムッ、どうして団長がそんな事を知っている?

 だが可憐な少女はそんな事では怒らない、はず。

 私はシュンとしおらしくしょげてみせる。

「私、そんなに子供っぽいかしら?」

 すると団長は私を片腕に抱え上げ微笑んだ。

「そんなことはない。お前は俺の自慢の姪っ子だ、きっとハルトも気に入ってくれるさ」

「そうだと良いのだけれど、ねえ叔父様、早く行きましょう」

 そんなわざとらしいばかりの設定を演じてとっととホテルのロビーに入って行く。

 これで私が酷いダイコンでない限り、そう怪しまれずに済むだろう。

 団長は見張りの気配に気づきつつもあえて気付かぬフリで視線を流す。

 どうやら作戦は成功したようで見張りが連絡に動く様子はない。


「・・・やっぱり、お前、役者になれると思うぞ」

「冗談はやめて下さい」

「いや、わりと本気なんだが」

 まだ夕方には少しだけ時間があるけれどマルビス達が集まり始める前に作戦行動の打ち合わせと段取りの確認をしておかなければならない。ガイも新しい情報を掴んできているかもしれない。

 だからと言って外から見える階段をかけ上がっても怪しまれるので最上階に上がるまでは我慢する。

 この辺りでこの部屋を覗き見ることの出来る高さの建物はない。

 

 最上階に到着すると先に団長に空き部屋に向かってもらい、私は着替えることにした。

 この重いドレスを早く脱いでしまいたいのだが背中のボタンが上手く外せない。どうしようかと悩んでいるとノックが二回聞こえてきた。失礼しますという声と共にロイが入ってきた。

「お着替えをお手伝いした方がよろしいでしょう?」

「ありがとう。助かったよ、後ろのボタンが外せなくて」

 正直助かった、助かったのだが後ろの御一行様は何?

 扉の入り口に鈴鳴りで顔を覗かせている三人、イシュカとダグ、それにシエンだ。

「覗きに来ている暇なんてあったっけ?」

 ここ数日で麗しの副団長様のイメージ、ダダ崩れだ。

「いや、その、団長がハルト様のドレス姿がお可愛らしいと見たことを自慢なさるのでつい気になって。それでそんなに気になるなら一目見てすぐ戻って来いと。すみません」

 広くて大きな肩幅を小さく縮めている様子はなんだか凄く可愛い。

 団長もなにを考えているのか。

「まあいいよ。確かに団長の言うことも尤もだしね。入ってきなよ。

 でも見たらすぐ仕事に取り掛かってね」

「はいっ」

 三人は感嘆しながら入ってくるとジイイと私の格好を眺める。

 確かに我ながらなかなかの美少女ぶりだとは思うのだけれどここまで無遠慮に真正面から見られると居心地が悪い。しかし早く仕事に戻って欲しいというのもあるので出血大サービス、三人の前でくるりとドレスの裾を翻してまわり、とびきりの笑顔で微笑んだ。

「どう? 似合う?」

「大変お可愛らしいです。すごいです、完璧にどこから見ても美少女ですっ」

 一応私は今、男なのだが。

「それ、褒めてるの?」

「はいっ」

 見事な三重奏を奏でる三人。誉めてくれているのならまあいいや。

「じゃあお仕事にさっさと戻ってね。ロイ、追い出して鍵閉めて」

「かしこまりました」

 名残惜しそうにこちらを振り返っている三人の背中を押し出し、ロイが扉を閉めて鍵をかける。

 面倒臭いと思いつつ、可愛いところもあるもんだとくすくすと笑いが漏れる。

「・・・嬉しそうですね」

 嬉しい? 少しはそういう気持ちももしかしたらあるのかもしれない。

 可愛いなんて言われたことなかったから。

 だけど溢れた笑顔の理由は別にある。

「だって、なんか可愛いな、って思って」

「可愛い、ですか?」

「うん、完璧そうに見えて意外に抜けていたり、だらしないところがあったり。

 親近感わくよね」

 お堅い副団長のままではずっと側にいられると肩凝りそうだ。

 仕事で抜けているのは少々困るけど完璧でないならそれをフォロー出来る人間を置けばいいことだし、大概抜けてる私が言う事ではないかもしれないけど。

 黙々と着替えを手伝ってくれるどこか不機嫌そうなロイが目に入り、私は首を傾げる。

 何か彼の気に触るようなことがあっただろうかと考えるが思い当たらない。けれどロイのこんな顔も付いてもらった始めの頃は見られなかった。冷静沈着で綺麗な執事様は隙がなくてどこかとっつきにくいところがあったけど次第に角が取れ、随分と人間らしくなった。私はこっちの方が好きだけど。

「ロイ、どうしたら機嫌直してくれる?」

 不機嫌オーラ漂うロイに首を傾げて尋ねる。 

「私はそんな顔をしていましたか?」

「自覚なかったの?」

 困惑した様子でロイが自分の顔を押さえる。

「貴方がイシュカ達にあんまり笑いかけるので、なんだか面白くないと、そう思ってしまいました」

「まるで嫉妬してるみたいな言い方だね」

 私の言葉にロイが顔を苦しそうに歪める。

 罪悪感に満ちた表情が少しだけ気になった。

「嫉妬、そうかもしれません。申し訳ございません、みっともないところを」

「どうして? 私は嬉しいよ」

 私の言葉にロイの表情が一瞬抜け落ちる。

「嬉しい、ですか?」

 なんでそんな意外そうに聞き返すのか。

「だってそれは私が特別ってことでしょう。私は自分が鈍いってことわかっているからストレートに感情ぶつけてくれる方が嬉しいよ?」

「でも嫉妬だなんて、私は平民で、部下で、貴方よりずっと年上で」

「そんなの関係ないよ。相手に押し付けたり、相手を困らせるようなことをしなければ私は構わないと思うよ」

 何歳になっても変わらない。

 大事な物は独り占めしたいし、大切な人にはできれば自分だけを見ていて欲しい。それは恋人だけの話じゃない。友達だって、家族だって一緒。

「押し付けたり、困らせなければいいんですか?」

「だって相手に嫌われたくないって思えばそんなことできないと思わない? 

 嫌われてでも押し通したいことなら別だけど。

 ちゃんと相手を見てこれ以上言ったら嫌われるって思えば謝って引けばいい。聖人君子でもあるまいし、好きな人や大事な人が取られそうになったら嫌に決まってるもの。

 もっとも、私も甘えるの下手だから偉そうなこと言えないんだけど」

 それでいつも失敗していた。可愛くないと。

 嫌われたくなくて我儘言えなかった。

 私の場合、その見極めが下手過ぎて、つい、自分が我慢すればいいと思ってしまった。でもそんな我慢が続けられるほど人間出来ていなかったから破綻する。結局いろんな意味で不器用で臆病な意気地なしだったわけだけど。

「それで、ロイのそれは私を困らせるようなものなの?」

「いえ、ただ私は自分の居場所を奪られるのではないかと。

 イシュカ様が羨ましく思っただけです」

 決まり悪そうにロイの声が次第に小さくなる。

「ロイも可愛いって言われたかったの?」

「違いますっ、いえ、そうではなくて。

 でも、もしかしたらそうなのかもしれません」

 否定したものの自信がなくなったのか仄かに染まる頬が何とも色っぽい。

 でも思わず他愛もない言葉でイシュカに嫉妬してしまうほど好きでいてくれるのは素直に嬉しい。

 どう言ったらそれが伝わるかわからない。恋愛対象として見られていて、尚且つ両想いであるのならここでキスでもかませば丸く収まるのかもしれないけど今の私では対象外もいいところだろうし、恋愛音痴の私にそんな器用な真似ができるはずもなく頭を抱える。

 子供という存在でいるのはなかなか難しい。

 でも伝える努力はすべきだ。

 前世でもそれで散々失敗したのだから二度目(?)の人生、少しくらい進歩はしなければ駄目だろう。

「私はロイも、マルビスも大好きだよ。きっと長く一緒にいたらイシュカも大好きになるんだろうけど、今はロイ達の方が大事。

 私は欲張りなのかもしれないね、大事なものがたくさん欲しいだなんて。

 最近、思うよ。私は私の好きな人は自分の手で捕まえたい。それは変わらないんだけど、でも、みんなが側にいてくれるなら私はそれでもいいかなって」

 前世の男運の悪さが信じられないほどの男運の良さ。

 女で生まれて来なかったのを悔やみたくなるほどだ。

 しかし逆説的に考えるなら、もし女に生まれていたなら出会えなかっただろう人達だ。

「あっ、別にロイ達の恋路を邪魔するつもりはないから安心して。

 ただ大切な仲間や、自分を大事に思ってくれる人が側に変わらずいてくれるとしたら、それは間違いなく幸せなんじゃないかなぁって。だから少しだけ頑張ることにしたんだ。みんなに側にいたいって支えたいって思ってもらえるようにならないと。

 我儘言って、甘えてばかりで嫌われたら困るもの。

 私はみんなが自慢出来るような人間になりたいんだ」

「貴方は既に私達の自慢です」

 うーん、上手く伝わっていない気がしないでもない。

 やはり私はこういう説明じみたものが苦手だ。

 何かいい手がないものかと考える。

 そしてふと思い出したのは、最近ロイがしてくれるようになった朝の挨拶だ。

 親しい者の間では当たり前だと教えてくれた。

 けど、私は自分からまだしたことはない。

 前世も含めてそういう習慣がなかったからいまだに慣れないアレである。

 いいや女は度胸、もといっ、今は男なのだから何を照れる必要がある。

「ロイ、ちょっと屈んで」

 しかしながら悲しいかな、圧倒的な身長差は如何ともし難い。

 なんともしまらないことだ。

「いいから屈んでっ」

 私はロイの右腕を引っ張った。

 怪訝そうにしながらも屈んでくれたロイの右の目元目掛けてキスをした。

 歯が当たってしまったのもなんとも情けないがこんなことをするのは初めてなのだ、勘弁してほしい。

 驚いて見つめてくるロイの瞳にはきっと真っ赤に染まった私の顔が映っていることだろう。

「親しい間柄では当然のことなんでしょ、初めてなんだからちょっとくらいの失敗は大目に見てよね」

 着替えも終わったので照れくさくなってロイに背を向けて部屋を小走りに出て行く。

 本当はこんなことをしている場合ではないのだが、ロイの表情を見て放っておけなくなって我ながら恥ずかしいことをしてしまった。赤くなった顔の熱を引かせるためにパタパタと手団扇で仰ぐと団長やイシュカ達の部屋に向かう。作戦行動については団長も知っていることなので別に私がいなくても話は進むのだがやっぱり言い出しっぺがいないのはよろしくないだろう。ガイからも新しい情報が入っていれば修正した方がいいかもしれないし。

 私は気分を入れ替えるために両手でパンっと頬を強めに叩くとイシュカ達のもとに向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ