第三十四話 ガイリュート・ラ・シレイユスという男。
ガイリュート・ラ・シレイユス。
子爵家の五男で、元緑の騎士団所属の問題児。
よくある貴族子息が食い繋ぐために騎士団に入団してきたという話だ。
今は騎士団を辞めているので扱いは平民になる。
腕も立つし、頭もいい。
当然周りは彼に期待した。
だがこの男はとんだ天の邪鬼でやれと言われれば逃げ、やらなくてもいいと言われれば本気を出す。ならばやらなくてもなくていいと放っておけば訓練も遠征任務も平気でスッポかす、困った男だったらしい。彼が本気で逃げようとしたらあのバリウス団長でもなかなか捕まえられなかったということだ。
そんな男が騎士団に所属していればどうなるか。
当然風紀も規律も乱れてくる。
真面目に働くか辞めるかどちらかを選べと言われてあっさり騎士団を辞めたという。
なのに何故彼が候補に上がってくるのか。
それは彼が現在生業としている職業が情報屋だからだ。
裕福な暮らしをしているわけではないが王都の下街に棲みついて夜な夜な酒場に姿を現し、安酒を引っかけ帰って行く。金がなくなるとどこからか仕入れてきた情報を売りつけたり、面白いと思えば気まぐれに仕事を引き受ける。
彼曰く、俺より強くて面白いヤツなら一緒に仕事をするのもやぶさかではない、ということだ。
「どのくらい強いの?」
「剣の腕だけなら私の方が上ですが魔術の使い方が上手いというか、躱すのが上手いんで判断出来かねます」
「ダルメシアを知っているみたいだったけどダルメシアとイシュカってどっちが強いの?」
「私では彼の方には敵いませんよ、彼と互角に打ち合えるのはバリウス団長くらいです。魔力と魔術ではバリウス隊長に軍配が上がりますが経験値でいうならダルメシア殿です」
つまり同じくらい強いってことか。
「イシュカって冒険者登録ってしてるの?」
「今はしていません。冒険者は騎士団に入る時に義務が果たせなくなるので辞めました。最終ランクはB級です」
でも何年か前になるだろうから今はもっと強いよね。
「ロイ、結局よくわからないんだけどガイリュートって人はどのくらい強いってことなのかな?」
私が知っている中で一番強いのはダルメシアと団長が同格、多分、イシュカがその次で父様、ダグ、ランスで、シエンとシーファが同じくらい、次いでロイってことで、私ってどの辺りになるんだろう。
「私も自分がどのくらいの強さかわかってないし。剣術じゃロイに全然敵わないもの」
みんな強い強いと持ち上げてくれるけど対人戦闘の経験値は圧倒的に低いし、最弱だろう。
「しかし私では本気のダルメシア殿から半刻も逃げきれませんし、ワイバーンは倒せません」
「みんなすぐにワイバーンの事持ち出すけどあれは運が良かっただけだと思うんだけどな」
「運ではなく、貴方は立ち回りと先手を取るのが上手いのだと思います。
要するに先読みですね。
戦っている時も常に相手の行動を予測しながら動いているでしょう?
ここでこうするとこう避けられるだろうからこうすると逃げられないだろうというふうに。それが相手からすると厄介極まりないのですよ。
そのガイリュートという男も多分貴方のタイプに近いのでしょう」
つまり相性の問題?
確かに小細工を弄してくるような相手より力押しで来るタイプの方がわかりやすいけど。
私と似たタイプって事は行動が読みづらいってことだよね。
「ってことはそのガイリュートって人を雇うのは難しいんじゃない?」
「勝利条件によっても変わるでしょうね。貴方は基本的に対人戦闘はお好きではないですから。私は貴方が非情になれるなら一対一では負けることはないだろうと思っています」
「それはロイの買い被り過ぎじゃない?」
勝てるって言わないってことは逃げ足の評価だろうか。
確かに翌日の筋肉痛を覚悟すれば無理でもないかもしれないけど。
「イシュカはその人の魔力属性って知ってる?」
「風と土、闇だったかと。入団試験では魔力測定と属性診断がありますから。それによって討伐派遣人員も変わってきますので」
それって結構隠密行動には適してるよね。
風で逃げ足の強化と土で防御力強化、隠れ、惑わすための闇。
「会ってみる価値はあるんじゃない? 繋ぎはつけられるの?」
「よく出入りする酒場も寝ぐらも知っていますので」
ならば話は早い。別に決闘や殺し合いをするわけでもなし。
「じゃあお願い。個性的で面白そうな人だし会ってみたい。
変わり者というなら叔父さんと大差ないでしょ?」
「彼の方とはまた人種が違うでしょう」
ウンザリしたような顔。すっかりロイは苦手意識を刷り込まれたようだ。
あんまり個性的な人員増やしても世話焼きのロイの胃に穴が空くかな?
「叔父さんとは?」
「サキアス・ラ・フェイドル様、魔素研究の権威だった方です」
ロイが答えるとイシュカ達の表情が一瞬固まった次の瞬間、
「あそこまでは変わっていませんよっ」
あ、ハモった。
そんなに有名なのか、叔父さん。
いったい何があったのか知らないがダグとシエンに至っては明らかに怯えている。
色々と最早武勇伝に近い噂は聞いたけどその被害者だったとみるべきか。
お気の毒に。
叔父さんみたいな人はまともに対応しては神経擦り切れるだろうから適当に流した方がいいのに真面目君なんだろうなあ、三人とも。いや、ロイも入れて四人か。
「サキアス様を軽くあしらう貴方ならそのガイリュートという男も手玉にとってみせそうですが」
手玉って人聞きの悪い。
悪女か女性を食い物にするヒモみたいな言い方されるのは些か心外だ。
ロイの言葉を聞いた三人はと言えば驚愕して私を見ている。
よっぽど酷い目に合ったのかシエンに至っては尊敬の眼差しでこちらを見ている。
いったい何をやらかしたんだろう、あの人。
「結構わかりやすいよ、叔父さん。確かに面倒だけど」
「面倒で済ませられる貴方が凄いんです」
そんな、人を猛獣使いか調教師みたいに。
「まあいいや、叔父さんよりマトモだというなら話もしやすいでしょ。
お酒が好きならちょっとイイお酒でも何本か用意して置こう。
私の部屋ってキッチンついてたよね。ちょうど今日買ってきた調味料も試してみたいしついでに食材も仕入れて来よう。つまみにオニオンとポテトフライ、サラダは定番として味噌と醤油使ってみたいし。食材売っているとこ近くにあったよね?」
折角マルビスが手配してくれた調味料もまだほとんど試してないままこっちに来ることになってしまったし。
今日手に入れたものも前世と全く同じかわからない。
使ってみて良かったら追加して買って帰ってもいい。生姜醤油に漬け込んだ唐揚げもいいかもしれないなあとも考える。
「でも今日捕まるかどうかわからないんだっけ?」
「基本的に出無精な男なのでおそらく大丈夫だと思いますが、聞いたことのない名前の料理ですね」
イシュカが首を傾げて聞いて来たその問いに、私よりも先にロイが答える。
「美味しいですよ。醤油と味噌とかいう調味料を使った料理を食べたことはありませんがハルト様の作る物で不味かったものはありません。特にあのカツサンドというものが私は・・・」
熱弁を振るうロイの好物はカツサンドか。
意外だ。
イメージからするとあっさり系が好きそうに見えるけど。普段の振る舞いが落ち着いているから忘れがちだけどロイもまだ二十代前半だもんね。ガッツリ系が好きでもおかしくない。
自分に注目している視線に気がついたのかロイが軽く咳払いする。
「大変失礼しました。とにかく王都で食べたどんな料理もハルト様の作って下さった料理にはかないません」
「それは褒め過ぎでしょ。物珍しいだけだと思うけど。覚えれば簡単だよ?」
「では是非帰ったら御教授を」
教えるのは構わないけど覚えたらそのうちロイの方が上手になりそうで気分は複雑かも。
「最近のメシが美味くて忘れていたけどハルト様達が帰ったらあの不味いメシに戻るのか」
二人は私達があそこにいる間、そういえばずっと一緒にご飯食べていたっけ。
いつもの食事に戻るのを思い出したのか頭を抱えたダグの言葉にシエンの肩もガックリと落ちた。
「騎士団では作っていませんでしたよね。あのメシも美味かったですけど」
「ハルト様には騎士団の調理台が高すぎて使えませんでしたのでマルビスと私で作らせて頂きましたが、騎士団にお邪魔していた中で一番料理がお上手なのはハルト様です。マルビスもランスもシーファもすっかり胃袋掴まれてますよ。勿論、サキアス様と私もです。
もっともマルビスが売り出しを考えているようなので、くれぐれも御内密に」
結局、ホテルの裏手にある食料品の取り扱い店に五人で買い出しに出掛けることになった。
私をホテルに送り届けた後、イシュカはガイリュートを連れて来るために出掛けて行った。
夜中に帰って来るであろうマルビス達の夜食も入れて全部で九人分。
大家族の食卓みたいだ。
大量の食材を前に私は調味料の買い足しを決意した。
ホテルの部屋にある小さなキッチンでロイに下拵えを手伝ってもらいながら夕食の準備をする。
話を聞いているとかなり気まぐれな人であることは間違いなさそうなのでイシュカが説得して本当に連れて来られるかどうかわからないが、ロイの誇張にみんなの期待の目が向いていることだし作らないという選択肢はない。それに少なくともロイ達は美味しいって言ってくれているのだ。
それは素直に嬉しいし作り甲斐もある。
なんとかガイリュートって人を引っ張って来られるといいけど無理なら無理で仕方がない。
やらなきゃならない事はたくさんあるし、今は止まっていられない。
出来上がった料理をテーブルに並べながら考えていると扉をノックする音が聞こえ、シエンが対応してくれる。ノックの相手がイシュカである事を確認すると扉が開けられ、見た事のない男が入って来る。
闇色の髪と金色にも見える琥珀色の瞳、日に焼けた浅黒い肌、目つきは鋭いのに気配が薄い。足音がしないのだ。肩幅はあるけど思ってたより随分細身だ。タイプで言うとワイルド系の男前、一匹狼みたいな人を想像していたけどどちらかといえば猫科の肉食獣を思い起こさせる。長い髪を後ろで無造作に束ね、全身黒尽くめなのもあって瞳以外は闇に溶けてしまいそうだ。
「よう、上手い酒とメシを食わせてくれるって言うんでやってきたぜ。
アンタか、俺に会いたいって奴は」
ガイリュートは真っ直ぐロイに向かって歩いていく。
別に驚くほどのことでもない、想定内だ。
普通に考えれば六歳児の子供が呼びつけるとは思わないだろうし、特にテスラのように背が高い人の目線からは私は外れがちだし。
「いえ、私ですよ。初めまして、ハルスウェルトと申します」
ガイリュートの視線がロイから下方にいる私に移動する。
そして私を見た途端、混乱したように頭を抱える。
これは最早定番だ。
「嘘だろ? いや、待て、確かに若いとは聞いていたがこれは若いなんてもんじゃないだろ?」
「イシュカから聞かなかったのですか?」
「聞いていた、聞いてはいた。あんたはここ最近では噂の絶えない有名人だからな。この界隈でチョット情報に詳しい奴ならアンタを知らない奴はいない」
いろいろ目立っていたし、仕方のないことだ。
「ではよろしければどんな噂か是非お聞かせください。
酒も食事も用意してありますから」
「その敬語をやめてくれよ、聞いていると身体中痒くなりそうだ。
俺に礼儀や敬語は期待するなよ」
そのスタンスの方がいいのか、ならば合わせよう。
私としてもその方が楽だし。
「勿論構わないよ、私が頼みたいのはそんなどうでもいい事じゃないしね。ガイリュート」
「ガイでいい」
素っ気なく返される。
略称呼びの許可も出たし、気楽に行こう。
駄目でもともと、こう言った人種は腹の探り合いをするより率直な会話のほうが良さそうだ。周りくどい言い方をしても警戒されるだけだ。
私は料理を並べてテーブルを指し示す。
「まずは折角用意したのだし酒のツマミにどうぞ。御飯は暖かい方が美味いでしょ? みんなも一緒でいいよね? 私達も夕飯がまだなんだ」
ロイがソファからクッションを持ってきて椅子の上に置いてくれたのでその上に座る。
いつもの様にロイが私の横に座るのを見てイシュカ達も席についた。
それを見て更に目を丸くする。
「普通従者や護衛ってもんは後で食うもんだろ? アンタ、変わってんな」
「よく言われる。私は細かいことは気にしないよ」
「普通伯爵家御子息様って奴はお高くとまっているもんだと思ってたんだが」
「時と場所を弁えているだけで私も堅苦しいのは趣味じゃないし、好きにやらせてもらってるよ」
まずは食事が先、初めて見る食事にイシュカ達は食べ方に迷っている様だがロイと私が普通にフォークに刺して食べているのを見ておそるおそる口に入れる。ガイは特に気にした様子もなく始めから齧り付いていたけど。前世での私の宅飲み定番のツマミ、ポテトとオニオンのフライと肉の生姜焼き、鳥の照焼と野菜の甘味噌炒め、厚焼き玉子と和風サラダ。
一口食べて怪しいものではないとわかったのか、みんな一斉に勢いよく食べ始めた。ロイに頼んでお酒も開けてもらう。イシュカ達も最初は警護があるからと遠慮していたけれど一杯だけとコップに注いでいた。下戸ならともかくみんなウワバミなのは聞いている。たかが一杯程度で酔うような人達ではない。
ガイは最初からガンガン飲んでいたけど彼も相当強いのか赤くもなっていない。
ただ機嫌はかなりよくなったようで剣呑としていた視線が和らいでいた。
ガイは特に照り焼きとオニオンフライがお気に入りのようだ。さっきから食べているのはそればかり。他のみんなもそれぞれ好みが違うようだけどやっぱり人気は肉料理、減り方が違う。
「美味いな、コレ。酒にも合う、食った事ないもんばっかりだ」
「それは良かった。腕を振るった甲斐があったよ」
にっこり笑って答えるとガイの手が止まる。
「・・・コレ、アンタが作ったのか?」
「そうだよ。そこまではまだ情報がまわっていなかったんだ。
意外に私の噂って広まってないんだね」
普通従者のいる貴族は食事など作らない。驚くのもわからないでもない。
実際、ロイ達も私が手早く料理しているのを見て最初吃驚していたし。
「アンタの噂は秘匿されているもんが多いからな。
王家と騎士団で極力広めないように情報操作されてる。
まあ、やってることが派手すぎてそのほとんどが徒労に終わってるみたいだが。
実際会って納得したよ。
この国では十二歳以下の子供の戦争への参加は認められていないからな。公にできないのも当たり前だ」
なるほど、近隣に知れ渡っていると聞いていたわりに騒がれなかったのはそういうわけもあったのか。
助かるけど。
私が王都を出て行ってからなら噂になったとしても本人がいなければそんなに騒ぎにもならないはず。
とりあえず今気になっているのはガイの『アンタ』呼び。
「アンタじゃなくてハルト。ハルトって呼んでよ。ガイ」
「様はつけなくていいのかよ」
「いいよ、一応公の場ではつけてもらう必要もあるけどガイはそんなところに出るつもりないんでしょ?」
「ねえな。だが従者と護衛達の目がこっちを睨んでるぜ?」
視線でロイ達を指しながらニヤニヤと笑っている。
だろうな、とは思っている。
「でも、ガイはそんなこと気にしたりしないでしょう?
敬称っていうのは尊敬すべき人に対して自らつけるべきものだと私は思ってるからね。無理強いするものじゃない」
良く知りもしない人間を、しかも自分より遥かに年下の子供に敬意など持てるわけがない。
「やっぱり変わってるよ、ハルトは」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
会ったばかりの時とは違う響きに嫌味は感じない。
「で、俺を雇いたいって?」
「ガイが雇われてくれるならね」
「俺に拒否権はあるのか?」
「当然でしょ。自分の意志でないのなら意味はない。
やる気がない者に無理強いしたところで半端な仕事をされても困る。自分の仕事には責任は持ってもらわないと。言っておくけど責任ていうのはお金や命のことじゃないからね」
よく責任をとって辞めますって言う人もあるけど私的にはそれは責任を取った事にならない様に思える。自分が辞めることによって収まることならばそれでもいい。だけどそうでないならそれは自分のすべき仕事から逃げて他人にそれを丸投げして押し付けているだけじゃないか。
「タダメシ食いのタダ酒呑み、無駄になっても気にしないのか?」
そんな事気にしているとは意外に律儀だ。
始めから逃げるつもりならそんなことは言わないだろう。
誘ったのはコッチ。ダメもとで呼んだのだから。
「気にしないよ。私はイシュカに会ってみたいってお願いしただけだもの。
無駄だとは思わない。話してみなきゃどんな人かわからないじゃない?
腕が良くても気に入らない人を側に置くつもりないし」
気を遣いながらの仕事なんてできるならしたくない。
選べる立場にいるなら尚更だ。
自分の選んだ人選ならある程度の苦労しても後で仕方ないと諦めもつく。
「普通、俺みたいなヤツはみんな嫌がるんだぜ」
「面白そうじゃない、ガイは。私は個性的な人が好きなんだ。得意分野が違うスペシャリストが大勢いた方が色々な意見が聞けて面白い仕事が出来ると思うんだ。
で、私と一緒に働いてくれるつもりはあるのかな?」
「私の下で、とは言わないんだな」
「みんな仲間だと思っているからね。
側に置いている人間は部下であっても下だと思ったことはない。
私は上の人間に意見できないお人形が欲しいわけじゃない。自分の意志で考えて動ける人でないと私に振り回されるだけになるだろうし、自分のやるべき事をやってくれるなら細かい事は気にしないよ。
仲間を傷つけて騙したり、裏切る人じゃなければって言う注釈はつくけどね。当然、そんなヤツには容赦しないし、それ相応の代償は支払ってもらうからそんな事をするつもりがあるならこの話は断ることをオススメするよ」
これだけは断言しておかないと駄目だろう。
ナメられたら終わりだ。締めるべきところは締めておかないと対等な仕事は出来なくなる。利用されるだけなんて真っ平ゴメンだ。
「へえ、甘いだけじゃねえってことか」
「世間でなんと言われてるかくらいは知っているけど私は生憎正義の味方でも英雄でもない。名誉も地位もどうでもいいし、正直面倒臭い。
騎士団の人の前で言うことじゃないけど私は基本的に他人がどうなろうと自分に不都合が発生しなければあまり気にしない、可哀想だと同情はするけどね。
大事な人のためなら命は張ってもその他大勢のためにはできない。勿論、負うべき責任から逃げるつもりはないし、一度引き受けたなら全力も尽くす。自分の届く範囲なら手を出すことも考えるけどスタンスとしては手に負えないものや余計なものまで背負い込むつもりはないんだ。
売られた喧嘩は買ったとしてもね。
でも私は不本意にもトラブルメーカーみたいでね、だから巻き込まれて手を貸せと言われても極力その責任は押し付けられないように手を打つことにしている」
そう、すっごく大変不本意なんだけどね。
誕生日過ぎてからというもの、ウンザリするほど巻き込まれているし。首を突っ込むつもりはないのに結果として突っ込みまくっている。
「綺麗事を言わねえんだな」
「そんなもの何の役にも立たない。流石に対外的には口に出さないけどイシュカ達もそれは知っていると思うよ。私は騎士団に連れて行かれた初日に責任取れないから念書を寄越せって言ったもの」
「俺が言いふらすとは考えないのか?」
「ガイはそんな事しないでしょ? 言ったところで今の私の言葉とガイの言葉、人がどっちを信じるかなんて頭のいいガイにわからないわけないもの」
ふふっと笑うとガイが思いっきり嫌そうな顔をした。
「結構いい性格してんな」
「ありがとう」
「褒めてねえよ」
わかってるよ、勿論。
でもその返答が気に入ったのかガイは景気良く腹を抱えて笑い出した。
そりゃあもう楽しそうに。
「いいね。気に入ったぜ、ハルト。考えてやってもいい。
但し、俺は自分より弱い奴の言うことを聞くつもりはない。
噂通りかどうか腕は試させてもらう」
やっぱりそうなるのか。
私はため息を吐いた。
「ここでいきなりは勘弁してよ?
このホテルの内装を弁償したらひと財産吹き飛びそうだ。
ガイが払ってくれるなら構わないけど」
「そんな金、逆さに振っても出ねえよ」
だよね。
擦り切れた袖口を見れば察しはつく。
自由気ままと言えば聞こえはいいけどようするにその日暮らし。
衣服に回す金をケチって酒代に消えるタイプだ。
自由というのは代償もそれなりにある。全てが思い通りの人なんて探す方が難しいだろうし。仕事を選べば当然収入は少なくなるし、目が回るほど忙しく働いて稼いでも使う暇が無ければお金を払ってでも休みが欲しくなる。
何事も程々がいい。
とりあえずその程々の幸せを手に入れるにはガイを是非仲間に加えたいところだ。
商売は情報戦も大事だし、身の安全も確保しておきたい。
腕のいい情報屋は是非とも欲しい。
「イシュカ、この辺で問題なさそうなところはある?
できれば人目につかないとこがいいんだけど」
動きやすい格好に着替えるべきかと考えて寝室に目を向けるとロイが気がついて支度をするために席を立った。ロイは私が聖属性持ちだって知っているし、おそらく止めても無駄だと思っているだろうけど。対して慌てまくりなのはイシュカ達だ。
ガイの腕を知っているせいもあるのだろうけど。
「本気ですか?」
イシュカに尋ねられて私は頷く。
そこそこの怪我なら自分で治せるし、一応まだ上級ポーションもある。
問題ないだろう。それに、
「何事もやってみないとわからないし。
殺し合いはゴメンだけどガイもそこまではするつもりないでしょ?」
「王家と騎士団を敵に回すつもりはねえからな」
だよね。私と一緒で面倒事は極力避けたいタイプだろうから大怪我をさせられる心配はしていない。
「じゃあ問題ないよ。一対一でいいんだよね。ガイ、勝利条件は?」
寝室でロイが用意してくれた服に着替えながら問いかける。
「逃げ足自慢はお互い様みたいだからな。一発即死や再起不能になるような攻撃は無し、相手に参った言わせるか先に両膝つかせた方が勝ちっていうのはどうだ?」
逃げ足の速さはさすがに知られているらしい。
「魔法は使っていいんだよね」
「当然。それも込みの強さだろ?
但し、足もと崩されたり穴に落ちてついたっていうのは無しだ。穴ん中じゃ確認できねえし、高く飛び上がるには膝もつく」
確かにそうだ。私も土魔法を使う時には地面に手を着いたりするからそれで負けにされても困る。
「つまり打ち負けるか先にスタミナ切れした方が負けっていう認識でいいのかな。制限時間はなし?」
「一刻だ。決着がつかなかった場合は俺の負けでいい」
「いいの?」
思わず確認してしまった。
意外だ。
どちらかといえば勝てなかったからの駄目だと言いそうな気がしてたのだけど。
それが顔に出ていたのかガイがその理由について教えてくれた。
「今の時点で同格なら数年後には俺は勝てないだろ。
ハルトは成長期のガキだからな」
ごもっとも。
ガイの魔力量はイシュカに聞いたところ騎士団を辞めた十五の時で千七百程度。今十八くらいらしいが年齢からすると魔力の伸びはもうほとんど期待できない。経験などを積めば立ち回りなど多少は変わるがそれは相手にとっても同じこと。同じくらいの年齢ならまだしも伸び盛りの私と張り合うのはきつそうだ。
ちなみに騎士団の平均は地方の兵士より若干高めの千五百、ロイやマルビスと同じくらいだそうだ。
二人とも剣術はあまり得意ではないらしいので騎士団は無理だと言っていたけど。
でも魔力量って最大値ってあるのかな?
父様とロイ、ダルメシアしか知らない私の最大魔力量はいったいどこまで増えるのか。
緑の騎士団で最大魔力量を誇るバリウス団長ですら三千五百、私よりも千以上低い。
現在生存していて確認されている中では謁見の時王様の横にいた近衛騎士隊長の四千二百が最高らしい。
つまり非公式ではあるが私がこの国トップの魔力量ということになる。
しかも全属性持ち。
知られたら非常にマズイのは間違いないがどこまで伸びるのか興味もある。
興味本位で伸ばすのも躊躇われるが計測値を誤魔化す方法があるなら試してみてもいいかもしれない。
帰ったらダルメシアに聞いてみることにしよう。
ただそれもまずはガイに勝ってからの話だ。




