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第三十三話 王都で豪遊致します。


 とりあえず謁見も終わった。

 予定より早く終わったがホテルまでの護衛はやはり付いていた。

 まあ大量の金貨積んでるし、護衛は多いに越したことはない。

 この馬車には大金である報奨金、金貨一万七千枚のうち五千枚が積まれているのだ。

 残りは毎月五百枚ずつ、領地まで運んでくれるそうだが裏がありそうな気がしないでもない。

 勿論、ロイとマルビスにもそれぞれ金貨二百枚の褒賞が与えられた。


「父様、報奨金ってこんなに多いものなの?」

 だって平民の平均給料って確か金貨五枚くらいって聞いたよ?

「確かに少なくはない、が、多すぎるってほどでもないな。

 おそらくワイバーン討伐報酬はお前が討伐しなかった場合に発生する騎士団遠征費用相当だ。もしお前が取り逃し、被害が出ていたら補償や復興に更に経費が掛かることになる。

 つまり、王室としては更なる余分な経費が出なかったということだ。

 今回に対しては戦闘に直接参加した訳ではないが、軍師としての功績が認められ、更にその策により、本来このような事態になれば赤字になるのが普通のところが黒字に転じるというおかしな展開に対する謝礼として考えると寧ろ少ないくらいだ。

 だが、ウチの領地の税金支払い一年免除というオマケもあって、伯爵位と軍事顧問の名誉と専属護衛の派遣付きを考えると妥当なところだ」

 つまり王室的には出費を抑えられたその分は功労者に還元しようということか。

「一夜にして大金持ちという夢を見せる事によって他の者にも奮起させる意味もあるんですよ」

 いつかは俺もってヤツか。付け加えられたロイの言葉に納得する。

「それに今回は平民にスタンピードについて伏せられていましたからね。

 本来この様な大規模災害後はパレードが行われて活躍した騎士や功労者を労い、市民に平和が戻った事をアピールするものですがそれもない。パレードにかかる費用も浮いているわけです」

 マルビスの言葉に更に納得した。

 ああいうものもタダじゃできないもんね。

「それに本来、貴族というものは部下や使用人を多数持っている。

 こういう事があった場合、その仕事に携わった者にも多少なりともボーナスを出すのが普通だ。そうなると多いように見えてそうでもない。例えば百人の兵を出兵させればその百人に金貨五枚ずつ配れば五百枚、千人いれば五千枚だぞ。

 お前の場合は関わっている人間が極端に少ないからそうなるだけだ。それも考慮された金額であろう。これからお前も配下や使用人が増えればわかってくる」

 言われて気がついた。

 金銭管理は全部マルビスと父様がやってくれているから考えたことなかった。

「そっか、そうだよね。これからはそういう事も考える必要があるんだ」

 雇う人間が増えれば払わなければならない給料も増えてくる。仮に十人雇えば単純に考えても一月金貨五十枚、この世界は一年が十ヶ月だから一年で金貨五百枚が必要になる。そう考えると確かに大金に思えた金額も然程ではないように思えてくるから不思議だ。これから二日の商店街めぐりで美味しい物をたくさん食べて、向こうでは買えないものも買い込もうとしてたけど控えた方がいいかな。

「出発は王都ならば多少暗くともそう問題もないだろうから夜明前にした。その時間に出発すればレイオット領の検問も朝には抜けられるだろうし宵の口には屋敷にも戻れるだろうから侯爵に捕まることもなかろう。

 詳しい話は領地に帰ってからになるがお前にも伯爵位がついたからな。

 今後は財政管理も分けることになる。まあそれについてはマルビスもいるから心配はないだろうが最低目は通すようにすることだ」

 私は頷いてしっかりと心に刻む。

 守らなければならない人はもっと増えていくだろう。

 考え方を変えていかなければならない。

 適当に楽しくやれれば後はどうでもいいと考えていた頃と違う。

「テスラやキールも増えるし、イシュカもいるしね」

「二年間のイシュガルドのお前の護衛任務についての給料は王室持ちだぞ。

 出向扱いだからな。そうしないと彼の戻る場所がなくなるではないか」

 ああそうか、派遣であって私が雇い入れたというのとは扱いが違ってくるのか。

 色々と難しい。

 眉間に皺を寄せ、俯いて考え込んでいると父様の手が頭の上に乗せられた。

「とはいえ、今はまだお前の部下はマルビス一人。

 折角、王都にいるのだ。残り二日、楽しめば良い。一万七千枚の金貨は大金だ。好きなものを存分に買い込んだところで宝石や骨董に興味のないお前ならしれているであろう?

 貯め込んでばかりでは経済も回らぬ。

 今日から二日、王都の商店街を見て歩くのなら市場調査も兼ねてせいぜい派手に無駄遣いしてやるが良い。それは多くの財を手にした者の責任でもあるからな」

 顔を上げると父様とロイとマルビスが微笑んでいた。

「旅先ではお金を落とすことも礼儀のひとつ。

 仕事で来ているわけではないのですよ。

 それに、使う楽しみがあってこそまた頑張ろうって思えるのでしょう? 

 そう貴方は仰っていたではないですか」

 ロイの言葉に思い出す。

 そうか、そうだった。私はそう言ってリゾート企画を打ち出したんだ。

「大丈夫ですよ。それはもともとなかった筈の臨時収入、たとえ貴方がその金貨を使い切ったとしても私が取り戻して差し上げます。

 沢山の商業登録がありますからね、腕が鳴りますよ。

 どうやって売っていくべきか考えていると楽しくて仕方ありません」

 マルビスの言葉に笑った。

 そうだ、私には頼もしい片腕がいた。

 一人で頑張る必要はない。

 


 私達の留守中にランス達がキールに会いに出かけ、マルビスの言伝通り貸し馬車を借りて床屋と洋服屋に連れて行ってくれたようだ。準備が出来ているようならホテル近くの宿まで移動させるように言われていたらしく、寮にはベッドも布団もある程度の家具も揃っているのでたいして持って行く物も無いと大きな鞄一つにまとめられていたらしい。家の中に残っていた物は処分料を払って大家に賃貸契約解除も終えてきたと言うことだ。

 一応ホテルに戻って着替えてからマルビスと護衛を引き連れて二人のところに顔を出すと直立不動のカチンコチンの状態で迎えられた。

 身なりもそれなりに整えられ、キールのボサボサだった髪も綺麗に揃えられ、少し天然パーマの入った髪が柔らかなカーブを描いてふわふわだ。大きめの瞳、ぷっくりとした唇、お母さんが痩せこけていたけど美人そうだったので予想はついたがキールもなかなかの美少年。

 なんか誕生日以降やたらと美形遭遇率が高いような気がするんだけど、男限定で。特に顔で選んでいる訳ではないのだが。

 別に周りに目の保養が増えるのは悪いことでもないし、いいかと切り替える。

 三日後の出発時間を伝えると凄い勢いで首を縦に振られた。

 この間はここまで酷くなかったと思うのだけど、私を見る視線がキラキラだ。

「ランス、シーファ、なんか言った?」

 考えられるのはこの二人、半日一緒にいたのだ。

 ジロリと見上げるとランスは明後日の方向を向き、シーファがボソボソと小さな声で答えた。

「余計な事は言ってませんよ。

 ただハルト様がどういう方か聞かれたんでここ最近の武勇伝を、ちょっと」

 いったい何を話したのやら。

 マルビスがくすくすと笑っている。

「まあ普通、こうなりますよ。ウチの領地でもそうだったでしょう? 今更ですよ」

「隠しても無駄ですって、ウチじゃ有名な話なんですから」

 すかさずランスがマルビスのフォローに乗っかった。

 ウチではみんな知ってる話。

 つまりワイバーンあたりの話か。

 そうだよね、武勇伝って言ったらあれくらいだよね。

 直接闘ったのは一匹だけだしね。男の子からすれば憧れフィルターかかるよね。

 実際、ウチにくれば嫌でも耳に入ってくるだろうし、まあいいや。

「では三日後、迎えを寄越しますので。丸一日馬車の中で申し訳ないのですが調子が悪くなったら遠慮なく言って下さい」

「ありがとうございます。大丈夫です、あれからすごく調子が良くて」

 確かに顔色は良くなっている。多分お金が底をつきかけて節約生活をし過ぎて余計に悪化していたのだろう。

 栄養を取らなければ体を構成する組織だって上手く働かない。

「お母さんが無理しないように見張るのがキールの最初の仕事だからね」

「はいっ」

 元気な返事、大変よろしい。

 私は挨拶を終えて宿を出ると少し考え込んだ。

 領地に帰るのは三日後。

 いくらお母さんの顔色が良くなってきたとはいえ、あまり無理もさせられない。

 ずっと座ったままではキツいだろうし。

 かといって荷馬車は乗り心地も良くないし、見栄えがあまり良くないので貴族ではあまり使われない。

 荷は自分の屋敷まで運んでもらうものという認識もあるせいだが、貴族がそんな物をひいていたら高価な荷物を沢山持っていますとアピールして走っているようなものだから襲われやすいという理由もある。

 さて、どうしたものか。

 万が一の場合、一番戦力のないキール達が真っ先に狙われるのも避けたい。

 だからと言って立場的に平民の彼等を真ん中にするのもマズイだろう。

 行きでは叔父さんが横になって寝てたけど、長い脚を折り曲げて窮屈そうにしていたし、健康で元気な人であれば落ちたところでせいぜい打ち身程度で問題ないだろうけど、あの細さを考えると落下すれば骨が折れそうだ。

 そう考えてふと思いついた。

「シーファ、馬車はもう返した?」

 後ろを護衛していたシーファを振り返る。

「いえ、マルビスが明日から買い物が多くなるだろうからそのまま借りておけと」

「ちょうど良かった。マルビス、この辺りに材木屋はある?」

 貸し馬車屋のヤツは乗り心地のよろしくない木製ベンチ。一番スタンダードなヤツだ。

 荷物を乗せやすいが長時間乗っていると腰とお尻が痛くなる。

 毛布やクッション詰め込めば問題もそうないだろう。

「ありますよ、三本向こうの道になりますが半刻もかからない場所に」

「そしたら欲しいものがあるんだ。

 今からすぐ図解してマルビスに説明するから頼んで来てもらってもいいかな? 

 難しいものじゃないし、木箱を二つほど指定したサイズで二日後の夕方までに作ってもらってくれる?」

 落ちて困るなら落ちないように塞げばいいだけ、難しく考える必要はない。 

「また何か考えついたのですか?」

「たいした物じゃないよ。病人をずっと座らせておくわけにもいかないでしょ? 

 既に市販されているならそれでもいいんだけど。部屋で説明するよ」

 結局近い物はあったけどそれに相当するものはなく、結局作ってもらうことになった。

 真似されて商品化されても困るとマルビスが言うので使用用途がわからない程度まで作ってもらい、カットした木材を私の部屋に持ち込み、最終的にランスとシーファが組み立ててくれることになった。

 組み立て式とか折り畳み式と言う考え方はまだあんまり根付いていないようだ。

 考えてみると前世でも確かに古い家具を骨董屋や博物館で見たときもそういうものは見なかったような記憶もある。これでマルビスがもし商業登録申請したらまた一つ増えるわけか。

 すでに十分過ぎる程目立っているし、今更と思い直した。


 

 翌日から二日間は父様のお許しも出たし、王都の町へ買い物に出る事にした。

 今日はいつものメンバー勢揃いと他、イシュカ達三人も一緒だ。

 さすが有名ホテル、前はメイン通り。観光地巡りではないので馬車の必要もない。

 帯剣はしているみんな普段着、なのだが。

 ロイは外でも三揃で、パリッとしていてかっこいいし、マルビスはいつも小物にまで気をつかうお洒落、ランスとシーファもお供でついてくることが決まった時に持っている服で一番いいのを持って来たと言っていた。ダグとシエンも王都育ちだけあって垢抜けている。

「副隊長、ホントに、その格好で行くんですか?」

 ・・・うん、似合ってない。

 激しく似合っていない。

 色の配色も悪ければ、上は緩めで、下は足首が見えててツンツルテン。

 イケメンだけに残念度が高い。

 美形だからかろうじてみられる程度になってはいるけど。

 この間は目立たないようにってお願いしたけど一応警備服だったしね。

「そんなに変ですかね?」

 自覚なし、か。イシュカのおかしなところは味覚だけではなかったようだ。

 ほとんど遠征以外で騎士団本部から出ないって言ってたし、無理ないのかも?

「まずは、洋服店から、ですかね」

 そう言ってマルビスは斜め前方の紳士服売り場に目を向けた。

 

 ドアベルを鳴らして店の扉をくぐる。

 シエンは外で警護だ。

 ほぼ開店と同時に入っただけあって店内はまだ空いていた。

 王都に来る前に入った仕立て屋もグラスフィートで一番なだけあってなかなかだったけど流石王都、品揃えの桁が違う。一階が既製服で二階がオーダー専門のようだ。

「いらっしゃいませ。今日はどのような物をお探しでしょうか?」

 壮年の紳士が接客に現れた。

 マルビスが会釈してイシュカを振り返り、背中を押す。

「彼に似合いそうな服を幾つか見せていただけますか?

 そうですね、護衛が仕事になりますので動きやすい服でお願いします。

 一着は正装にも使えそうな物がいいですね」

 そうだね、一応これから色々な席にも出てもらうことになるかもしれないし。

「かしこまりました。背がお高いようなので多少手直しが必要かと思われますが」

「すぐに直せますか? 一着はこのまま着て帰りたいのですが」

 確かにこの格好で出歩くのは如何かと私も思うけど。

「では一番最初に普段着を選びましょう。

 他の物を選んで頂いている間に急いで直させます」

 裾を直す程度ならそんなに時間もかからない。

 マルビスがハンガーにかけられて並んだラックに手をかける。

 私もその横に並んで覗き込む。

 一度やってみたかったんだよね。イケメンの着せ替え。

 ここは一つマルビスの提案に乗っかっておこう。

 男の人が自分好みに女性を着飾らせて連れて歩くのがいいっていう人がいたけど気分はまさしくそれだ。

 適当に選んで先ずは一着持たせて更衣室にイシュカをマルビスが押し込む。

「私には護衛任務が」

「その格好でハルト様の横に並ばれるのは困ります。

 必要経費で落としますから着替えて下さい」

 慌てるイシュカをバッサリと切る。

 ロイもそれに大きく頷いているし、助けを求めたダグにも明後日の方向を向いて知らぬ顔を決め込まれる。

 仕事に一生懸命なのは悪い事ではないけれど、私としてもどうせ連れて歩くならお洒落な男の人の方がいい。

「大丈夫、ちゃんとイシュカが選び終えるまで側にいるよ。シエンは外で警護してくれてるし、ダグもランスも、シーファだっているんだから。私だってそれなりに強いと思うよ?」

「それなりではなく、凄くお強いの間違いでは?」

「逃げ足だけならね。ダルメシアのお墨付きだよ?」

 強面のグラスフィート領ギルド長の名前に少し驚いた顔をしたが、その名前を聞いて観念したのか更衣室に入っていく。持たせたのはシンプルな白いシャツとクリーム色のスラックス、そうすると帯剣しているのが目立たないように羽織る薄手の長めのコートは少し濃いめの茶系がいいかな? 着飾らせてみたいのは山々だけどコーディネートが苦手みたいだから無難にまとめた方がいいだろう。

 ロイやマルビスと相談しながら次に着てもらう服を物色する。

 私は楽しくなってきて、ロイやマルビスに似合いそうな服を見つけるとついでに二人も着替えさせた。二人のラフな格好ってあんまり見たことないし、これから山や森に入る事も多くなる。余分に用意しておいても無駄にはならないだろう。ランスとシーファ達、ダグとシエンにも日頃の御礼を兼ねて一着ずつプレゼントすることにしたので護衛を交代しながら順番に選んでいく。勿論、イシュカの服が決まった後は自分の服も何着か選んだ。

 当然、成長期なので少し大きめの服にする事は忘れない。

 

 結局、ほぼ貸切状態でみんな服を選び終わる頃にはすっかりお昼も過ぎていた。

 大量に買った服はイシュカが着ていた服を含めて全部届けてもらう事にして経費で払うと言うマルビスを押し留めて私が全て支払った。

 私が支払わなければ御礼にならないし、一番の報奨金額を貰ったのは私。

 今日と明日は豪快に使い倒すと決めたのだ。

 全部で合計金貨百二十枚、景気良くその場で支払った。

 お腹も空いたので近くの王都で美味しいと評判の店まで歩いて向かう。

 会計している間に先にシーファが走って今から向かうと伝えに言ってくれている。

 マルビスが予約しておいてくれた二階の個室には八人分の席が用意され、出来上がった料理が並んでいた。

 護衛があるからと遠慮するイシュカ達を、窓と扉に鍵をかけ、一応侵入経路になりそうな入り口と窓付近の席に座ってもらう事にするからと強引に座らせる。

「こういう方なので諦めて下さい。

 そう言うと思ってわざわざ鍵の掛かる部屋のある店を選んだのですから」

 さすがマルビス、みすかされている。

「だってみんなで食べた方が絶対美味しいよ」

「いつものことです、イシュカ様も慣れた方がいいですよ」

 ロイも私達と食べる時は給仕のために横に座ってくれるけど普通に一緒に食べている。

 私を挟んでロイとマルビスが座り、前にランスとシーファが定位置だ。

 ロイの横の戸口側にイシュカが座り、窓側にダグとシエンが座る。

 大皿料理が幾つも並び、両脇に取り皿が積まれている。

「御飯もあったかい方が美味しいもの。

 マルビスおすすめの店、食べてみたかったんだよね」

「領地では食べられないようなものを食べてみたいと言う事でしたので隣国の料理にしてみました」

 なるほど、それで香辛料の効いた香りがしたわけか。

 スパイシーな南国料理の香りがする。盛り付けられたそれらの中にお米を発見して私は驚いた。

「マルビス、お米、お米があるっ」

「ご存知でしたか。はい、エレキレア王国では小麦の他にお米というものも主食で食べられているそうです」

 シルベスタ王国では小麦がメイン。お米は見ることが無かった。

「ロイ、あれ取ってっ、食べてみたいっ」

「かしこまりました。他に食べたい物はありますか?」

「少しずつ、全部食べてみたい」

 喜びはしゃぐ姿にマルビスが笑う。

「では午後からは輸入食品類を扱う店を覗いてみましょう。

 ハルト様のお気に召す物が揃っているかもしれません。

 エレキレアの他にも多国の食品や雑貨を沢山取り扱っている店もありますよ」

「行きたいっ、マルビスが取り寄せてくれたの以外もあるかなぁ」

 午後からの買い物が楽しみになった。

 私達は美味しく昼ご飯を頂いてから早速その店に向かった。

  

 当然、私は大量に買い込んだ。

 これから人数も増えてくるし、王都にも早々来られるわけでもない。

 マルビスが手配して手に入れてくれたものの中に無いものもあった。

 嬉しいことに醤油と味噌も売っていた。鰹節や昆布が無いのは残念だったが王都は港町、小魚を干した物も売られていた。お米もあったので勿論、大量ゲット。良く使いそうな物はダース買い、蜂蜜、ジャムにドライフルーツ、黒砂糖なんてものもあったのでそれらも全て買い込んでいく。

 作りたかった食べたい懐かしい様々な料理を思い出す。

 お米は日本米ほど美味しくはないかもしれないが炒飯、オムライス、ドリアにパエリア、再現したいものはいくつもある。粉に挽いてもっちりとした米粉パンも捨てがたい。

 存分に思うままに買い込み、来客用とテスラのお土産用に珍しい海外のお酒も手に入れ、精算を済ませると結構な時間がすぎていたので後はホテルに戻りながら通りのショウウィンドを覗きながら歩く。

 マルビスが言っていたように置いてある商品の種類は似ている。だけどやはり王都の店の品の方がデザインもオシャレ。その分お値段も高めだけど。

 マルビスに声をかけようとして一瞬止まる。

 通りの中でも一際目立つ大きな店、そこを見つめるマルビスの複雑な表情になんとなく察した。

 多分、その店がそうなのだろう。睨みあげるような、何処か懐かしむような瞳。 

 一緒に働いていた人達は解雇され、未だ職にありつけない人も多いと言っていたっけ。


「ねえ、マルビス。帰ったらいよいよ本格始動だね」

 一応先に手をつけられるところは取り掛かっているけどここ二ヶ月余りは専念できていない分、どうしても遅れは出ている。一年後の私の誕生日の開園を目指していたけど間に合うかなあ。学院通うようになるまではなんとか目処をつけたいんだけど難しいかな。

「そうですね、旦那様にお願いして既に道路整備も始まっていますし、資材も揃い始めています。森の入り口に職員用の寮の建設も既に取り掛かっていますから何事もなければ予定通り一年後には充分間に合うかと」

 マルビスがそういうならそうなんだろうけど。

「人手は足りてる? 臨時収入も入ったし、もっと増やしてもいいよ?」

 今は外注に出して回しているけど直属でマルビスの手脚になって動いてくれる人がまだまだ少ないし。

 これから負担も増えてくるだろう。

「そうですね、徐々に増やして行かなければなりませんが・・・」

 優秀な人物というのはなかなか見つからないものだ。大抵どこかに勤めている。

 信用できる相手を探すのも簡単ではない。

 特にマルビスみたいな過去を持つなら尚更用心深くなるのも当然。

 でもそれなら、 

「前にマルビスが一緒に働いていた人達に手伝って貰えるなら来てもらったら?」

 相手がわかっているなら仕事もやりやすいだろうし、大店で働いていたくらいなら仕事だってできるだろう。読み書き計算が出来て有能なのがわかっているならうってつけ。

 私の言葉に驚いてマルビスが目を見開く。

「・・・よろしいのですか?」

 何を今更驚く必要がある。

 私がそういう細かい事を気にしないのは知っている筈でしょう?

「優秀な人材は大歓迎だよ」

「ですが・・・」

「言っておくけど『いわくつき』だなんて迷信は関係ないから。

 ちゃんと仕事をしてもらえるなら構わないよ。

 あ、でも引っ越してもらわないと行けないのか、ウチ、田舎だし来てもらえるかなあ。その辺の手配は任せるけどちょうど王都にいる事だし、まだこちらに住んでいる人がいるのなら頼んでみたら?」

 第一、それしきの事でビビるくらいなら最初からマルビスの手を取ったりしない。

 失敗を怖がっていては前に進めない。

「それともマルビスはそんなヤツらに私が負けると思ってる?

 だとしたらそれは侮辱だよ。私は卑怯な手には屈しない。

 敵前逃亡する腰抜けならマルビスもいらないよ? 

 どうしても敵わないなら逃げる選択肢も考えるけど、私は闘う前から逃げる男は嫌いだもの」

 私は一緒に戦ってくれる人じゃなきゃ困るのだ。

 そういうヤツはこちらが何をしなくても面白くなくて突っかかってくるだろうし、田舎領地に興味がなければ放っておいてくれるだろう。こちらの動向など関係ない。

 私がジッと見上げたままそう言い放つと、マルビスは唇を引き結び、拳を握りしめた。

 瞳からは戸惑いの色が消え、強い意志が宿った。

 うん、そう来なくっちゃ。

「ありがとうございますっ、行ってきますっ」

 背中を向けてマルビスが走り出す。

「シーファ、ランス、マルビスの護衛をお願い。

 イシュカ達もいるし、ホテルはすぐそこだから大丈夫」

 直ぐに後を追って貰おうとして指示を出し、ロイに持って貰っていた金貨の袋を取り出す。

 説得に成功しても移動してもらうには手間もお金もかかるはず。 

「これ、持って行って。多分、いると思うからマルビスに渡して」

 ランスがそれを受け取ると急いでマルビスを追いかけて行ってくれた。

 二人が追いつくのを見届けてからホテルに向かって歩き出す。

 何人来てくれるかわからないけどこれで有能な人材も確保できてマルビスの仕事も少しは楽になるはず。

 ロイが呆れたようにため息をつく。

「全く、貴方は本当にブレませんね」

 そりゃそうだ。私はこの性格の自分が嫌いではない。

 正義感ではなく合理的な考え方の結果だ。

 それにその『いわくつき』はマルビスの家族から卑怯な手を使って店を奪い取ったヘネイギス伯爵とか言うロクデナシが原因でしょう?

 そういう輩は一度味をしめれば同じことを繰り返す。同じ伯爵位なら遠慮なく向かい撃てるというもの。リゾート計画が軌道に乗ればチョッカイかけてこないとも限らない。警戒しておくに越したことはない。

「そんなに簡単に人は変わらないよ。それとも変えるべきだってロイは思う?」

 尋ねる私にロイが首を横に振る。

「いいえ、貴方はそのままで充分過ぎるほど魅力的です」

「私には支えてくれる人達がいるから心配はしていないよ。

 それにたかがそんな迷信ごときで優秀な人材を放っておく方が勿体ないと思うよ、私はね」

 人を育てるにもお金がかかるし、育てたからといって期待通りに仕事をこなしてくれるかもわからない。

 すぐに戦力になりそうな人材が空いているなら説得して是非来てもらうべきだ。

「呆れてる? イシュカ。だとしたらなるべく早めに慣れてね。

 私は生き方を変えるつもりは今のところないから。

 無理だと思ったら陛下か団長に交代お願いしてね。私は望まない人を巻き込むつもりはないし」

 ポカンと私を見ているイシュカに宣言して私は不敵に笑ってみせる。

 私のは正義感というより好戦的と言われるものに近い。

 売られた喧嘩は買う主義だ。

 逃げるが勝ちということもあるけれど何もせずに戦う前から諦めてしまう事を覚えてしまったらお終いだ。諦めることはいつでもできるのだから。

 とはいえ、私のこんな性格は上に敵を作りがち。

 ついていけないと思ったなら早めに移動してもらうべきだ。

 私はたった一人でも私の味方でいてくれる人がいればそれでいい。

 イシュカが私をジッと見つめてきたので何か言いたいのかと首を傾げると綺麗に笑ってくれた。

「いいえ、絶対についていきます。必ず貴方は私が護り通してみせますよ」

 イケメンのとびきりの笑顔というのは不意打ちだとやはり心臓に悪い。

 しかも女の子であったなら口説かれていると思われても仕方がないと思えるような殺し文句つき。私の周りにはどうしてこうも天然系のタラシが多いのか。女だった頃にはそんな言葉にとんと縁がなかったのに男に生まれ変わったらこれだもの。

 ホント、慣れない。

 でもそんな言葉を言ってくれる人がいるということはありがたいことだ。

「ありがとう、心強いよ。頼りにしてる」

 ここは素直に御礼を言うべきところ。期間限定とはいえ腕っぷしも間違いないし、私ももう少し剣の腕は磨いた方がいいだろうから空いた時間があれば剣術も教えてもらうとしよう。

「でもそういうヤツだってわかってるならヤられるまで待ってることないし。とりあえず見張りか探りは入れておく必要はあるよねえ。

 そういう人材にアテはないし、誰かそういう伝手を持ってる人いるかなあ」

 害をなすつもりがないのならとりあえずは放っておけばいいことだけど、注意を怠って痛い目にあうのもゴメンだ。追い落としたはずの大店の息子が出張ってくればそういう悪党というものは大概面白くはないだろう。いつでも返り討ちできる準備は必要だ。

「でしたら私にお任せを。一人、心当たりがあります」

 さすが騎士団副団長、人脈が広い。

「ただ少々問題がある男でして」

 問題? 今更でしょう。

 大抵そういう人間はひとくせあるものだ。

 間諜、スパイといった仕事はマトモなイイ子にできる仕事じゃない。

 用心深く、疑り深い、捻くれ者じゃないと務まらない。

 腕も立って逃げ足も早く、要領良く上手く立ち回れる頭も必要だ。

 私はホテルに戻ってから詳しくその人物について聞くことにした。



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