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閑話 シルベスタ国王陛下の失策


 初めてその話を聞いた時、我が耳を疑った事は覚えている。

 

 六歳の子供がワイバーンに立ち向かっただけでも驚きだ。

 だというのに偵察個体を誰の手を借りるでもなく、一人で討伐したというのだ。

 しかもその子供の父親、グラスフィート伯爵の報告によれば討伐に要した時間は半刻もなかったと。

 それが嘘でない事はその子供の誕生日パーティに出席していた貴族達からも確認は取れた。

 我が叔父であるバリウスの持つ討伐記録はたった六歳の子供によって破られた。


 そして驚きは更に続く。

 発見されたワイバーン二十匹の討伐に向かわせた総勢二百名の騎士団と辺境伯の兵士、合計四百名で挑んだ戦いでは二十匹中九匹という数を隣のグラスフィート領に取り逃がし、それを六歳の子供が僅か三十人の兵士を指揮して騎士団達が十一匹倒すよりも早く討伐終了の合図の煙弾を打ち上げたというのだ。

 それを叔父の片腕であるイシュガルドから報告を受け驚いた。

 四百名で討伐に向かい死傷者を大勢出したと聞き、グラスフィート領に半数近い数を押し付けた形になってしまったのでさぞかし悲惨な状況であろうと謝罪に向かったという叔父は上機嫌で報告にやって来た。

 興奮気味で語る叔父の話は驚愕どころの話ではなかった。

「凄いぞ、アイツ、ハルスウェルトは天才だっ、三十人の兵士に死傷者はいない。

 いや、運搬の際に負ったかすり傷一つで九匹のワイバーンを倒したその日の晩に兵士達と打ち上げなんかしてやがった」

 いったいどういう神経をしている?

 騎士団では多数の死傷者が、と言いかけて、彼等がそれを知る筈もない事に気付く。

 そうだ、隣の領地、しかも自分達の十倍以上の兵士が対応しているのに自分達が無傷でこっちは死傷者多数などと考えるはずもない。彼等からすれば我々が取り逃したワイバーンを押し付けられた側だ、感謝と謝罪をすべき相手であって文句を言うのは筋が違う。

 いったいどんな魔法を使ったのかと問えば叔父は違うという。

「地形を利用して罠を仕掛け、討伐したんだ。信じられない」

 叔父はグラスフィート領で聞いてきたというその方法について語った。

 側近達の手前、努めて平静を装っていたが心の中では驚きの連続、それはハッキリ言ってしまえば、おそらく騎士や兵士でなくても使える手段ばかり。

「俺はアイツが欲しい、絶対。騎士団に引きずり込んでやるぞ、絶対だ」

 叔父の興奮は最高潮、どうやってその気にさせるかと、もうそれしか考えていない。

 だが騎士団の尻拭いをさせてしまったというのならその子供に褒美を与えない訳にもいかない。

 私としてもそれほど優秀ならば今後のためにも顔を繋いでおく必要がある。

 王都へまずは招待する事を宰相達を交えて話し合い、決定した。


 だが問題と言うものは時に集団でやって来るものだ。

 彼との謁見を三日後に控え、王都は私が即位して以来の最大の危機に直面することになった。

 

 事の起こりは沿岸警備隊が海上で目撃したイビルス半島にある火山の噴火だった。


 ここ二百年くらいの間、噴火したという記録はない。

 昔の文献によれば三百年程前は何十年かに一度の噴火があったらしいが今はそれも観測されていないのでおそらく活動は停止したのではないかと言われていた。

 国境にほど近い位置にあるイビルス半島、別名魔獣の森と呼ばれているその地は、ハッキリ言ってしまえばこの国にとって迷惑でしかない存在だ。細い陸地で我が国と繋がっているために一応はウチの国の管轄となっているが密林に囲まれたそこは人という天敵のいない、魔獣達の楽園だ。その侵入を阻むため毎年外壁は増築、補強されている。

 陸地からの侵入は無理でも海からの侵入が防げないのでは意味がない。

 海に棲む魔魚の捕食を逃れ、泳いで渡って来る魔獣も年数匹は確認されているからだ。それでも今の長さになってからは少なくなった方なのだ。以前の父の代では毎月数十匹の侵入が確認され、沿岸警備隊や辺境警備隊の手を煩わせていたために被害が出る度に増築は繰り返されてきた。

 ならば何故王都を遠く離れた位置に移転しないのかと問われれば、ここには海も川もあり、他国との貿易や交流に適しているからだ。父の代でも度々その話題は出ていたがこの場所の利便性を考えるといつもそれは棄却され、外壁を伸ばす方に提案はすり替わる。移転したとしても民への被害を減らすためには結局外壁を伸ばさざるを得ないからだ。年数匹程度の侵入ならば十分警備隊でも対処出来る数だ。

 そう、数匹ならば。

 だが噴火により逃げる場所を失った魔獣達は自分達にも危険である海を渡り、他の陸地を目指さざるを得なくなった。

 溶岩から逃れ、高い外壁に阻まれ、魔獣達は海に進路を取った。

 こうして沿岸警備隊によって目撃された噴火とそれによるスタンピードは王都を揺るがす事態となったのだ。

 

 外壁の向こう側には追突して死亡した魔獣の死体が積み上がり、海からはかつてないほどの魔獣が浜辺へと上がってくる。今はまだ数も少なく、沿岸警備隊と辺境警備隊で対処できている。

 だが、それもいつまで続く? 

 こらから数が増えるだろうことも間違いない。

 緊急に集められた全騎士団隊長との会議でもとりあえず暫くは魔獣達が泳ぎ疲れている海岸上陸直後を狙って討伐するのが最善、外壁に積み上がる魔獣の死体による階段については対策も殆ど出なかった。

 この後に開かれる貴族を集めての王都住民避難についての会議が待っているが、この状況を聞きつけた貴族の中には既に金品をまとめてバカンスと称し、王都から逃げ出した者も大勢いる。こういう非常事態に平民を守るのは貴族の義務、そのための特権であり、平民から集めた税金によって生活する事が許されている。それなのにも関わらず、自らの役目を放棄して逃げ出すことなど許されない。勿論、事が済めばこの者達には責任放棄として重い処罰を与えるつもりだが、それはあくまでも無事に済めばでの話である。

 どうする、どうする、どうする?

 悩んでいても一向に対策は浮かばない。

 そんな時だった、叔父のバリウスが執務室に息を切らして飛び込んできたのは。


「書状を、許可証をくれっ、ハルトを、ハルスウェルトを連れてくるっ」

 叔父の言葉に思い出したのはワイバーン九匹を知恵を使い、罠を張って倒したという子供の存在。

 この国の法律では学院卒業前、十二歳の子供を戦場に駆り出すことを法律で禁じている。

 子供は守るべき存在であって、未来をつなぐ存在であるからだ。

 だが、もしこの非常事態を覆せるとしたら、それは彼だけではないのか?

 そんな考えが頭を過った。

「しかし、彼はまだ六歳だぞ。戦場に駆り出すわけには・・・」

「知恵を借りるだけだ。騎士団本部から出さない。

 俺が責任を持ってアイツを守る。

 王都市民何十万の命がかかっているんだ。

 使えるものは何でも使う、それがたとえ俺の命であってもだ」

「わかった、今書状を用意する」

「もし、ハルトでも対処できない事態になった時はアイツは俺がどんな手を使ってでも王都から逃す。そのためには王室特権許可証がいる。

 できれば最上級のヤツを頼む」

 今は迷っている暇はない。

 叔父の言う通り、彼にかけるしかないのかもしれない。

 私は叔父、バリウスの言葉を信じ、彼、ハルスウェルトに賭けてみることにした。


 そして、その賭けは見事に勝利を納めた。

 バリウスに連れられて来た彼は、私達が考えもしなかった対策を次々と打ち出した。

 到着後、一刻も満たない時間で彼が示した作戦は外壁の魔獣の山を崩し、海からの上陸に対しての対処方法を提案し、兵の消耗を一気に下げる事に成功した。

 その後も第二、第三の防衛ラインを構築、資材集めや、足りない物質の代替え品、運搬方法に至るまで彼の思考は止まる事がない。圧倒的不利な状況は彼によって覆され、罠に掛かり捕えられた魔獣は次々と王都に素材剥ぎ取りのために運び込まれている。通常こんな魔獣が大挙する様な事態では素材を手に入れる事は後回し、その場で焼かれる事がほとんどで、こんな余裕などない。

 戦闘によって消費されるはずの国庫はその素材の回収により潤い始めている。

 どう考えてもスタンピードが起こり始めた頃から考えると別の意味で異常事態だ。

 叔父、バリウスの見る目と判断に間違いはなく、戦況はまさしく一変した。


 彼、ハルスウェルトの使う手段は独特だ。

 普通戦争や戦闘に於いて魔法の使用方法は最も重要で、魔力の多い、制御の上手い魔術師がどれだけ集められ、それをどの様に効果的に使うかが勝敗をわける。

 だが彼の使う方法は魔法に重きを置いていない。

 ハッキリ言えば自分の身を守る手段さえ持っていれば兵士でない者にも使える手段が多い。ただそれを強化するためにはそれなりの者を必要とするだけなのだ。余力を残す事により逃走手段を確保し、後方に控える兵士と交代することで兵力は維持され、死者も今のところ出していない。イビルス半島は国境に位置しているので隣国でも対応には手を焼いている事だろうがこうなってくるともう一つの問題が持ち上がってくる。

 事態終息後の彼、ハルスウェルトの扱いについてだ。

 この事を近隣諸国が知れば是が非でも彼を手に入れようと動き出す可能性も考えられる。

 他国に絶対彼を渡してはならない。

 バリウスの話によれば彼は横暴な貴族階級の特権を振り翳す者を毛嫌いしているという。

 権力や貴族としての身分にも執着を見せず、自己顕示欲、出世欲も見られない。

 自分が大事だと思った者のためには命も張るが、見ず知らずの他人や敵対した者の行く末にも自分達に害が及ばない限りは興味もないようだ。領地運営も自分には向いていないので領主になる気はないと言っていたと王都招待の文を持たせ、遣いに出した者に言っていたという。

 そうなると彼をこの国に縛りつけておく手段がない。

 いや、娘の婚約者の席が空いているではないか。

 輿入れさせてしまうのはどうか、いっそ婿入りさせてしまうのもありだ。

 上の息子は病弱、下の息子に王としての器はない。彼ならば王としてこの国を治める事が出来るのではないか? だが自分の領地の運営ですら関わる気もない彼をどうやってその気にさせる?

 イビルス半島での噴火が収まり始めると私と宰相は執務室ではそんな話を繰り返していた。

 執務室を一歩出ればそんな訳にもいかないからだ。

 とりあえず彼の功績を疎ましく思う貴族から守る事は絶対だ。

 さりげなくそういう連中には脅しをかけておく必要もあるだろう。

 腕の立つ護衛をつけるのも外せない。

 グラスフィート領では彼の護衛を募集しようとしているという話もある。

 彼の功績に憧れ、応募が殺到しているようで王都から帰ったらその選抜が始まるらしいという情報も入っている。となれば、まずはそこに何名か潜り込ませる必要もあるだろう。彼が重用している者の中には情報収集に長けた者もいるらしいので極力怪しまれない様な人材であることも不可欠だ。

 いつまでも彼を騎士団本部に閉じ込めて置くことも出来ない。

 まずはその功績に見合った褒美を与え、王室に敵意を持たれない事が最優先だ。

 彼は敵対した者に対して手を出さない限りは攻撃しないが興味を失うからだ。

 また今回の様な事態になれば彼の力が必要になる。

 叔父が軍事顧問に就いて欲しいと言っても嫌だと断られ、ならば戦略についての講義だけでもと頼めば説明下手な自分では無理だと言ったらしい。そんなに酷いのかと叔父に聞けば壊滅的で、彼を補佐する平民二人の存在は欠かせないという事だ。ワイバーンを倒したと時に彼が用いた方法については叔父から聞いていたがあれだけの作戦を、最初『丸太で叩いて残りは丸焼き』と答えたそうだ。意味がわからなければこちらから聞けばちゃんと応えても、一旦思いつくと一気に喋り始め、自分が一度納得してしまうと省いてしまう癖があるらしい。

 だが、彼独特の発想を理解し、その場で覚えてすぐに文章や形にしてくれる頭のキレる部下を側に置くことでそれをカバーしていると言っていた。

 ああでもない、こうでもないと頭を抱えていると執務室をノックする音が響いた。

 叔父のバリウスだ。彼のノックの仕方は特徴があるのですぐにわかる。

 すぐに入室の許可を与える。


「ハルトの護衛にイシュガルドをつけるのはどうかと思って推薦しに来た」

 入って来ていきなり叔父はそう言い出したのだ。

「確かに彼ならば申し分ない。だがいいのか? 片腕だろう?」

 叔父が彼を重用していたのは知っている。

 実際、戦闘力では叔父に及ばないがその他、書類整理や様々な手配において緑の騎士団を支えているのは彼だと言っても過言はない。

 それを誰よりも叔父が知っているはずだ。

「確かにアイツに抜けられるのはキツイ。だが実はハルトにお前の考え方が身につきそうな奴がいるかと聞いてみたんだ。そうしたら真っ先にイシュカの名前が上がった」

 確かに彼は頭がキレる。

 作戦参謀的なものは適しているかもしれないが頭のいい者なら他にもいる。

 何故彼なのか?

 疑問に思ったが続く叔父の話に納得してしまった。

「ハルトが言うにはやる気のない奴に教えても身につかないし、自分の使っている策は難しいものではなく、非力な者が日頃から使っているものを工夫しているだけだから自分より下の者の意見もちゃんと聞けて、現場の意見を汲み取り、改良出来るヤツでないと難しいそうだ。自分の提案したものを妄信せず、部下の声を聞いてそれを迷わず変更出来るって事はイシュカにもそれが出来るんじゃないかと。

 実際、その条件をクリア出来る者がいるかと考えたが他に思いつかん。

 だからイシュカを護衛につけてハルトの側で話を聞き、学ばせればどうかと思ってな。

 ハルトの考え方は騎士団のこれからの闘いに必要なものだ。

 俺やイシュカの代わりはなんとかなってもハルトの代わりは今この国にはいない。イシュカを付けることでアイツがハルトから学び、それを俺達に伝えてくれれば少しは変えられるんじゃないかと思った」

 なるほど、自ら自分の片腕を手放そうと言い出したことにはそれなりの意味があったということか。

 下の者の声をしっかりと聞くことの出来る人間、それはプライドの高い貴族や自己顕示欲の強い騎士には確かに難しい。そしてそういった作戦を考える程の頭脳を持っている者にはそれが出来ない者に対して侮蔑を抱きがちだ。

 しかも教わろうとしているのは自分より遥か年下の子供、彼を見下すようでは話にならない。そうなってくるとそれらの条件を兼ね備えている者となればかなり絞られる。

「イシュカに打診してみたが即決だ。是非行かせてくれだとさ」

 学ぶ気がなければ身につかない、か。

 確かにそうだ。ここで迷うようならその資格も素質もないだろう。

「まあ、ただ、心配はある。

 おそらくイシュカは騎士団には戻って来ないだろうなぁと俺は思っている」

 頭をかきながら叔父は言った。

 彼は責任感も強い。与えられた仕事を簡単に放棄したりはしないだろう。

「何故だ?」

「ハルトは生粋の人タラシだ。今でさえアイツはハルトに傾倒し始めている。

 だから一応釘は刺しておいた。

 辞めるならアイツが王都の学院にいる間に自分の代わりの者を必ず仕込めと。

 そうすればとりあえずは俺達の目的は達成出来るからな。

 後は極力ハルトに敵対せず、この国から離れない様に引き留めるか、だ」

 それが一番難しいのではないか?

「何かいい手はないか?」

「ないな、というか、思いつかない。

 見ていると基本的にアイツは束縛されるのを嫌う傾向がある。

 下手に押しつければ仲間を連れて国外逃亡を計りかねないな」

「それはマズイ」

「そしておそらくアイツが本気でそうしようとしたら俺達では止められない。

 この国でアイツの裏をかいてダシ抜けるような奴がいるか?」

 そう言われて考える。

 確かに私達ではすぐには思いつかない様な手段を使う彼ならば私達の包囲網など張る前にするりと抜けてしまうだろう。

 それを止められる人間に心当たりはない。

「なっ? 思いつかないだろう? アイツはこちらが対等の立場に立ってそれなりの敬意を払い、対応すれば不条理な要求を突きつけてくるようなヤツではない。実際、一度しか会った事のない俺にでも道理を通せば今回のように助力してくれた。

 だから極端なご機嫌取りはアイツも嫌うから必要ない。

 敵対すれば恐ろしいだろうが味方につければあれほど頼もしい奴もいない」

 今回の件についても彼からの自分の仕事に対する報酬の要求は一度もない。

 他人のために何かしても自分からしたことであればけろっと忘れているらしい。それは叔父からの情報だけではなく、他の騎士達からも話は聞いている。彼がしてくれたことに対してお礼を申し出ると、『別にいいよ、自分がしたくてしたことだし』と、言われたと。こちらが頼めばそれに見合った要求はするが彼が率先して動いたものに対しての要求はされた事がないと。恩着せがましくもなく、普通に、当たり前のように差し伸べられる手に、最初は所詮子供と侮っていた者の目も変わっていき、彼等を見下す者はもういない。

 そしてたった一人、彼を侮り、殺害を企てた者は地下牢の中、終身刑で流刑地送りが決められた。

「それから一つ、忠告しておくが国同士の戦争にアイツは巻き込まないことだ。これだけの戦略を立てて功績を上げれば貴族の中には他国の侵略に駆り出そうとするヤツも出てくるだろう。だがアイツにそれは無理だそうだ」

「何故だ? 彼なら望めば世界統一も夢ではなさそうに思えるが」

 不思議に思った宰相が尋ねる。絶望的と思わせた事態をひっくり返せるだけの知略と知謀を持ちながら、宰相にはそれが不思議に思えたようだ。

「人は感情や本能だけで動く生き物ではなく、意志と信念、プライドなど様々なものを背負って闘うので予測がつかないから難しいんだと。しかも自分は人のそういうものを読むのが苦手で考え無しに動くので部下によく呆れられたり叱られるからだとさ。

 それに自分は人殺しになる気はないってよ」

 他人に対して配慮も考慮もする。

 だが、それは自分がしたくてやっている事であって興味のないものに対しては食指を動かさない。その行動パターンはある種の人間に近い。

 そう、紙一重の天才だ。

 だが近いものはあっても彼の行動はまたそれとも少し違うようだ。

 実に不思議な存在、その不思議さが周囲の者を惹きつけるのだろう。

 

「バリウス、一つ、頼みがあるんだが」

 もう一つ、私達には頭を抱えている問題がある。

 それを彼ならばどう解決しようとするか聞いてみたかった。



 ハルスウェルトとの謁見では更に驚かされることもあったが今更だ。

 とりあえずこちらが望んでいた最低ラインはクリアした。

 イシュガルドの護衛派遣と緑の騎士団軍事顧問への就任、簡単に他国へ移動されないための伯爵位授与。

 グラスフィート領での計画にも驚いたが彼がこの国で根を下そうとしているのなら都合もいい。

 望まれれば援助の手を差し伸べることもやぶさかではない。

 だがあれだけの商業登録を持っていれば失敗はありえない。

 それを補佐する優秀な者もついている。

 私と宰相は謁見が終わると急いである部屋に向かった。


 

「ちょっとハルト、来てくれないか?」


 叔父の彼を呼び止める声が聞こえた。

 私達は息を潜め、渡り廊下横の部屋の中にいた。

 そこは中庭と呼ぶには小さすぎる箱庭のような場所。

 彼の声が聞き取りやすいように王城の中でも特に狭い地面のある場所を選び、そこに彼が使うと言う土で作った地図を用意しておいたのだ。

「これって、イビルス半島とその一帯の地形だよね」

「ああ、そうだ。参考までに聞いてみたくてな。今後こういうことがまた起こった時のために対策を立てようと思っているんだがなかなかいい案が浮かばなくてな。

 お前ならどうするか聞いてみたい。

 勿論、あくまでも参考であって、何かそれによって不都合が出たとしてもお前に責任を押し付けるつもりは一切ない」

 私が彼に直接聞いても良かったのだが、ある程度親しいものの方が話しやすいだろうし、私がいては定型通りのものしか聞けない可能性がある。それならばいっそ私がいないと思っているところなら率直な意見も聞けるかも知れないと思ったのだ。

「なんなら念書でも契約書でもなんでも書くぞ?」

 おどけて言った叔父の言葉にため息が聞こえた。

「いいですよ、もう。団長が約束は必ず守ってくれる人だと分かりましたから。

 これは貸しですからね」

「ああ、いつでも取り立ててくれ」

 土の上を歩く音が聞こえる。

「そうですね、まず聞きたことがあります」

「なんだ?」

「もし半島を切り離すとしたら王国としてはどの位置まで土地を捨てられますか?

 あの辺りに村は無いって言ってましたよね。

 資源採掘などの重要性の高い拠点は近くにありますか?」

「ああ、それならここだな。丁度中間辺りに鉱山がある」

「ではこの山より後ろならば良いと考えても大丈夫ですね」

 切り離すとはどういう意味だ? 

 出来るものならばやっている。

 崖を利用して強化された外壁がある、切り離す事が出来る様な平地はその向こう側だ。

 私と宰相は開けられた窓から見えない位置、敷物を敷いた床に座り込んで聞き耳を立てる。こんな姿は他の者には見せられないのでしっかり部屋の入り口には鍵をかけてある。

「まず私ならこの外壁を横ではなくイビルス半島を囲うように伸ばします。

 勿論全部を囲うのは無理ですから緩やかな弧を描き再び半島に向かい泳がせるように誘導します。海上ならば地面の上ほどのジャンプ力は出ないでしょうから高さもここまで必要ないでしょう。

 魔獣によって泳ぎ方にも特性があるでしょうから確認の必要はありますが。

 それから陸地をこの位置、半島内部、壁から十メートルほど地面を残し内部三十メートル程を切り離します。そうすれば今回の様に突撃して壁に激突したとしても助走が足りないし、死体がある程度積み上がったとしても波で流されると思うので今回の様な事態になるのにはかなりの時間を要するかと」

「だがそれでは半島内部に作業員を送り込む必要があるではないか」

 そうだ、それが聞きたい。

 よくぞ聞いてくれたと拍手を贈りたいがそれはできない。

「下ですよ。

 外壁がどのくらいの深さまであるか知りませんが地中を掘って進めば地上に何匹魔獣がいようと関係ありません。外壁の中央辺りから一ヶ所を掘り進め、その位置まで辿り着いたら後はそれを左右に伸ばしていきます。

 全てを掘る必要はありません。

 魚の骨の様に掘り進め、穴が完成したら外壁付近の穴を塞ぎます。

 魔力が切れて浸水しても困るので魔力以外の方法で。

 後は海、もしくは上からその位置目掛けて攻撃などを加えて一ヶ所を決壊させれば後は波の力で侵食して放っておいても溝は完成します。外壁を保つために内側の地面は必要なので可能ならもっと奥でも構わないでしょうが地中は空気も薄くなるでしょうから限界もありますしね。

 そしてこの崖の出口の位置、今回は海岸線を抜けてくる魔獣の討伐に利用しましたがここを塞ぎます。この崖に登るルートは全て潰しこの崖を旋回させる道筋を作り、逃げ道を作って誘導することで崖を登る手段以外の方法を取らせます。

 崖を登る魔獣もいるでしょうから崖の上には鉄板のような平たい物で直角に屋根を作り固定します。それを支える支柱や筋交などは全て上方で作る事も絶対ですね。そうすれば天井に取りついて登ってくるようなものでない限りは防げるかと。

 その後に可能ならこの位置、崖から少し離れた所に橋を作った後に魔法で土を削り断崖を作ります。壁などは魔力が抜ければ崩れる心配もありますが削る分には問題ないと思うので。橋も地面がある状態で先に作っておけば建設も楽だと思いますし、後はこちらの河川にダムを作っておいて万が一の場合こちら側に水を引き込めば下に降りて渡って来ようとしても水流に押し流されるでしょう。

 そうすれば今回のように網を張ってこの先で捕獲できる。

 橋を渡ってくるとしても一度に大挙して渡ってくるのは難しいので対処しやすいかと。どうしようもない時は橋を破壊してもいい。

 勿論これらの仕掛けを監視し、有事の際は稼働させなければならないのである程度の警備と点検、見回りは必要でしょうがすぐに思いつくのはこれくらいです」

 叔父が話を持ちかけてからほとんど間を空ける事なく喋り出し、ここまでで時間にして半刻も経っていない。

 いったい彼の頭の中はどうなっているのだ?

 私と宰相は二人で必死になって彼の提案を書き留める。

 王の威厳? 

 権力者のプライド?

 知った事か。どうせこの姿は叔父と目の前の宰相しか知らない。

 長年の苦労がこれしきのことで変えられるなら安いものだ。

「これくらいって、よくもまあこんな短時間でこんな方法をこんなに思いつくなあ」

「自分がやられたら嫌だと思うことを考えただけですよ。

 少し考えれば誰でも考えつく事でしょう?」

 それは違うと言いたい。

 誰にも考えつかなかったから今の現状があるのだ。

「もう失礼してもいいですか?」

「ああ、恩にきる。イシュガルド、後は頼んだぞ」

「わかってます」

 複数の足音が遠ざかって行く。

 人の気配に敏感な騎士であるイシュガルドならもしかしたら人の気配くらいは感じとっていたかもしれないが叔父が動こうとしなかったので大丈夫だと判断したのかもしれない。

 暫くの間を空けて叔父が外からひょっこりと顔を覗かせた。

「だ、そうだ。聞いていたか?」

「ああ、勿論だ」

 私達では考えもしなかった何重にも及ぶ防衛ライン、これが構築されればまたこの様な事態に陥ったとしてもかなり楽になるのは間違いない。

「どうだ? 使えそうか?」

 ニッと笑った叔父にはもう私の答えはわかっているのだろう。

「この事態が終息したら早急に取り掛かる」

「あれだけの知恵も判断力もあって、地位や権力に興味がないとは、実に惜しい」

 宰相の言うことも最もだ。

 叔父は窓の桟に肘を掛けこちらを見下ろしながら言った。

「まずはアイツを怒らせないことだ。

 そして信頼を得て出来るだけその懐に入り込むことだな。

 親しい者への助力をハルスウェルトは惜しまない。

 姫様がアイツに興味を持って口説き落としてくれると助かるが難しいだろうな」

「何故だ?」

 親の欲目も多少はあるだろうがあの子は可憐で可愛いだけではなく、次男と違ってそれなりには頭もいい。多少我侭なところはあるがまだ子供、落ち着いてくればどこに出しても恥ずかしくない王女になるはずだ。

 確かにハルスウェルトほど落ち着いた大人のように振る舞えるようには時間はかかるだろうし、彼ほどの才覚は望めないかもしれないが。

「あくまでも噂だが、アイツの好みは理知的で仕事の出来る大人だそうだ。

 ちなみに綺麗で色気のある顔は好きな様だがあくまでも観賞用としての興味程度、メンクイではないらしいので姫様では少々荷が重い」

 ・・・反論出来なかった。

 年上好き、しかも好みの顔は色気のある綺麗な顔?

 確かにうちの娘では厳しいかもしれない。

 娘は世界一可愛いが綺麗という言葉はまだ似合わない、色気が出てくるのもまだ先だ。

 妃に似ているので十年後くらいにはなんとかなるかもしれないが、とりあえずは彼の好みからは大きく外れていることはわかった。娘の好みは綺麗で強くて頭のいい大人の振る舞いの出来る人、聞いた時は随分と望みが高いことだと思ったが。

 いたな、一人。

 先程まですぐそこに。

 伯爵によく似た優男系の顔、しかもワイバーンを単独で討伐する強さ、そして大人顔負けの度胸と振る舞い。多少の欠点があってもそれをカバーするどころか凌駕する才能と才覚。

 娘の好みドンピシャだ。

 しかもあの子供の好きそうな遊具と女子供の喜びそうな色鮮やかな染め物のお土産つき。それもただのお土産ではない、彼の発案したものだ。

 それを知れば興味津々、本人を見れば夢中になって追いかけ回すこと請け合いだ。


 どうやって娘の暴走を止めるべきか。

 とりあえず面食いであることは間違いないので彼が美少年であることは妃達に口止めしておこう。

 私は密かにそう決意した。

 

 だがそれは、三日後、彼が王都から出た後に娘の耳に入ることとなった。

 皮肉にも叔父であるバリウスによって。

 そう、私は叔父の口止めを忘れていたのだ。

 それから一週間、娘には口を聞いて貰えないという手痛い仕打ちを受け、己の失策に嘆いた。

 


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