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第三十二話 ひょっとしてこれは陛下の掌の上ですか?


 謁見のために登城するその日、食事を済ませるとマルビスに手伝ってもらい、身なりを整えた。

 ロイは新しい執事のケイネルに指導も兼ねて昨日の夜ホテルに到着した父様のところだ。


 昨日仕立て上がってきたばかりの衣装は一番高価な艶のある碧いシルクの布で仕立てられたタキシード。襟には淡い色の金髪が映えるようにと銀色糸がメインに使われた刺繍が施され、長めの髪はこれまた刺繍が施されたやや細めのリボンで結ばれ、白いドレスシャツの胸元には瞳の色に合わせた大きめのエメラルドの嵌め込まれたブローチが飾られている。

 これが全部王室持ちのプレゼントというのだから太っ腹だ。

 いったい全部でいくらになるのだろうかと思うが恐ろしくて聞く気にもならない。

 だって私は只今成長期真っ盛り、いったい何回着られるかわからないようなものに大金を注ぎ込むのはどうかと思うのだ。それを最初に寸法を測っている時に仕立て屋に言ったところ目を丸くして笑われたがお直しして数年は着られるようにしてくれるし、お直しの時の仕立て代もサービスしてくれるといったのでありがたく受取ることにした。

 しっかり着飾って整えられ、みんなの前に出たらすごく似合っていると褒めてくれたが、ここまで豪華だと衣装に着られているような気がしてどうにも落ちつかなかった。お似合いですと言ってくれたみんなの言葉がリップサービスではないことを祈るのみだ。


 謁見自体は午後一番に予定されているが王様というのはなかなかに忙しい仕事だ。

 当日その日の予定の進行具合によって時間が前後するのは当たり前なので予定より早い時間に行くのは当然で、待ち時間の間に身体検査や持ち込んだ献上品などの検査も立ち会いのもと行われる。待機するための別室には軽食などが用意されているらしいので食事についても問題はないらしい。

 向かうのは私と父様、それに私達二人の秘書としてロイとマルビス、御者としてケイネル、後は父親様の護衛が二人、後は団長がつけてくれた護衛の三人、イシュカとダグ、シエンの合計十人。それに城からのお迎え兼護衛が五人。

 十人の騎馬が警護する馬車はかなり街中でも目を引いていた。

 王城に向かうので身分や家柄の提示は必須、我が家の紋章の旗は一番目立つ場所に立てられ、夏の匂いを漂わせ始めた風にたなびいていた。

 通常馬車は街中を走るだけならば余程の上位貴族であってもせいぜい一台に二人程度。

 なのに父様の護衛の二人はまだしもイシュカ達三人も正装であるあのド派手な白の騎士服、そして護衛の近衛騎士も装飾つきのきらびやかな正装の騎士服、目立つことこの上ない。

 お祝い事や報奨、勲章の授与式等で呼ばれる場合には罪人の連行とは違うと周知させる意味もあり、こういう状態になるので特に珍しいことでもないそうだ。

 確かに説明されればわからないでもない。

 沢山の騎士達に囲まれた馬車となれば引っ立てられてきた罪人と間違えられ、変な噂が撒き散らされてもおかしくはない。だが通常はせいぜい二、三人ほどらしく、この人数の護衛の数は稀だそうだ。

 街人達が何事かと振り返り注目の的になっている。

 ここまでくると既に諦めの境地だ。

 当初の予定はもう遥か彼方、どうにもならない無駄なことはしない主義である私は開き直りつつある。

 目立つことはもう仕方ないとして、次の問題は妬みや僻みを受ける立場になってしまったからにはそれをどう避けるか。眠る時には結界を張ってからという手が使えなくもないが結界は空気も通さないことがわかっているので酸欠になるのも困るし、万が一暗殺者達が前もって忍び込んでいたとしたら結界に阻まれて護衛が駆けつけることも出来ない。何かの非常事態が起こったときに私に連絡するため入ってこれないのも問題だ。リゾート施設建設関係者の寮と一緒に防犯対策施した屋敷でも建てるべきか?

 幹部が一般社員と同じ寮というのも対外的にあまり良くないだろうし。

 その辺りは予算等を聞きつつ王都から領地に戻ったらマルビスと相談してみよう。

 そんなことを考えながら私は馬車で城に向っていた。


 相当時間がかかるだろうなあという予想に反して身体検査以外時間もたいして取られることなく別室に通された。考えてみれば既に献上品の馬車はバリウス団長の緑の騎士団護衛のもと運び込まれているのだから検品も済み、厳重に管理されていたのだろう。私達が謁見の間に入ると同時に運び込まれるそうだ。

 軽食も並べられてはいたけれど高価な服を汚してしまわないかと気になって手をつける気にもなれず、緊張で胃が痛くなりそうだった。

 陛下との謁見ということは前世でいうなら皇室か総理大臣あたりとの面会に等しい。そんなお歴々とお会いするとなれば小市民の私がビビらないわけがない。

 はっきり言って面倒だ。

 マナーの勉強とかもしているけどああいったものは一朝一夕で身につくものではない。

 父様に比べたらまだまだガサツではないかと思うのだ。

 その辺りは承知していると言っていたが限度というものもあるだろうし、極力余計なことはしない方向でとは思っているが自分の性分を考えると余計な問題を抱えるような事態になりそうな気がしないでもない。今回もレイオット侯爵閣下の時のように返答に困るようなものはできるだけ父様に回してしまおう。


 すると長時間待たされるであろう予想に反して、お迎えは半刻も待たないうちにやってきた。

 私は父様の背中を追って絨毯の上を歩き、ロイとマルビスは私達の後ろに続く。イシュカを除いて他の護衛はここで待機となり、謁見の間に続く長い廊下を私達は歩いて向った。

 一際立派な扉の前までやってくると大きく扉が左右に開かれる。

 白が基調の豪奢なそこは、ウチの広間がスッポリ八つは入りそうなほど広い。

 大きな窓硝子や天窓からは眩しいほどの光が入り込み、玉座へと続く途中の柱の一本一本には見事な彫刻が施されている。

 父様の後を付いて落ち着いたワイン色の絨毯の上を歩き、玉座の手前、十メートルほどのところで止まり、父様が片膝をついて俯いたのに習ってそこに膝をついた。

 広間にいるのは私達を含めて三十人もいない。

 思っていたよりも少ない人数だ。

 まあそれもそうか、大々的な行事でもない。身体検査もされて武器の持ち込みも許されていないのだから人手が余程余っていない限りは必要以上の警護もいらないはず。

 音で後ろに持ってきた荷物が運び込まれたのを知る。


「面を上げよ」

 そう言われて顔をゆっくりと上げると玉座には王冠を被ったバリウス団長と面差しがよく似た人が座っていた。

 だけど声が違うし、団長よりも体格は一回りほど線が細く、髪の色も豪奢な金髪、年嵩も違う、少し団長よりも若そうだ。別人なのは間違いないが何故こんなに似ているのかと思ったものの、そういえば団長は侯爵家出身だったはず。縁戚にあたるのかもしれない。

 視線を少しずらしてみると陛下の左にはバリウス団長と右には見たことのない人が立っている。

 鮮やかな青い色のマントと胸の階級章から判断すると第一近衛騎士隊隊長か。

 この人も結構男前だ。

 見栄えで選んでいるのではないだろうかと疑いたくもなるが醸し出す雰囲気と迫力は間違いなさそうだ。あまりキョロキョロするのも失礼だろうがこちらをジッと観察しているような陛下の視線は居心地が悪い。相手が王様ではふてくされるわけにもいかないのでとりあえず笑顔でいれば間違いなかろうと微笑みを浮かべると陛下が面白そうに笑った。


「なるほど、バリウスの言っていた通りなかなか肝が座っているようだ。多少の緊張はしているようだが周囲を見渡す余裕も、私を真っ直ぐに見る度胸もある。

 大抵そなたくらいの年の子供はびくついて父親の影に隠れるか、俯いたまま顔を上げようとしないか、上げても目を合わせようとしない。なかなかの大物になりそうだと思わせる息子ではないか。

 さぞかし自慢であろうなグラスフィート伯」

 ニヤリと笑いこちらを眺め下ろす姿は流石権力者、なかなかの迫力だ。

「まだまだ足りないところも多い息子でございます。

 過分な評価に息子共々大変に恐縮しております」

 父様のいう通り、私には度胸はあっても威厳は無い。

 ナメられ無い様に睨み返すくらいの度胸しかない。

「いや、それは謙遜にも程が過ぎるであろう? 

 ここニヶ月ほどの功績を思えば既に大物と言っても過言ではないではないか。前回のワイバーン討伐、そして今回のイビルス半島の一件についての助力、この国を治める立場の者として礼を言わせて貰う。真に大儀であった」

「勿体なきお言葉、光栄に存じます」

 視線を向けて言われたので定型通りの言葉を返して頭を下げて黙っておく。

 こういう場で私が口を挟んでもロクな事にはならない事は知っている。

 サッサと渡す物を渡して帰りたいのが本音だがそれが伝わったのかどうかは定かではないが話は後ろの献上品に移った。

「それに伯の領地では王都で見ないような物が出回っていると貴族の間でも評判だ。今回土産に持ってきてくれたのはその話題の代物の一部かな?」

「はい、陛下のお気に召すかどうかは解りかねますが、物珍しいものとは思いますのでこの度持参致しました。まずは御覧頂ければと」

「妃達が楽しみにしているのでな、悪いが先に見せてやってはくれまいか?」

 陛下の向けた視線の先には美しく着飾った女性が二人、私達の後ろにある箱を見て嬉々としている。

 女性というのはやはりどこの世界でもあまり変わらないものなのだろう。新しい流行の匂いには敏感で目がないのだ。見る目は厳しくとも気に入ればこちらが黙っていても率先して自慢し、広めてくれる。

 商売するためには欠かせない存在だ。

「畏まりました、どうぞお手にとって御覧になってくださいませ」

 その言葉を受け、父様がマルビスとロイに視線で合図すると二人が布の入った木箱を持ち、父様の前に置くと蓋をズラし、中に入っている物が見える様に置いた。女性達から黄色い歓声が上がり、箱ごと側仕えらしき男数名の手によってその足もとへと運ばれる。

「三日前に運び込まれた時に検品した者が美しい染め物だと話していたのを聞いて妃達が待ちかねておったのだよ。それにそちらは貴族の子供の間で最近話題になっているものであろう?」

「ブランコという子供の遊具で御座います。組立方法と使用上の注意事項を書いた説明書も用意しておりますのでこちらをお確かめの上お使い頂きたくお願い致します」

 箱には入っていない脚の無い椅子についての話題は既に伝わっていたようだ。

「して、そちらは?」

 そして最後に残った木箱の中身が気になったらしくそちらに目を向ける。

 こちらはまだ市場には出回っていない。

 組み立てなければ形もわからないそれの話は検品した者からも伝わってはいなかった様で再びロイ達によって前に運ばれたそれを物珍しそうに眺めている。

「野外で使う事を念頭において持ち運びやすく改良されたコンロになります。染め物と一緒で最近作られたばかりでまだ売りに出されていない代物で御座います。御庭でのガーデンパーティーや騎士団の方々の遠征の際にでも御利用頂ければと思い、お持ち致しました」

 野外用と聞いてバリウス団長が面白そうに身を少し乗り出した。

「どのように使用するのだ?」

「許可を頂けるようで御座いましたらこの場ですぐに組み立てて御覧にいれます」

「許可する」

 即座に降りた許可にロイ達が前に再び歩み出て箱から取り出すとそれを二人がかりで組み立てる。

 もともと一人でも問題なく簡単に組み立てられるそれは五分も経たない時間で形を変える。

「なるほど、よく考えられている。これならば持ち運びも片付けも簡単、しかも地面の上に置く必要もないので場所も選ばない。

 どうだ? バリウス」

 団長の目は釘付け、こちらの思惑通りだ。

「どうって、欲しいですよ。これがあれば遠征先で固くて不味い携帯食や冷たい飯を食わなければならない回数も減るでしょうね」

 すかさず、マルビスがもう二組をロイと一緒に前に差し出し、父様が付け加える。

「ではよろしければこちらをお持ち下さい。遠征先でお試し頂ければと全部で三組持参して参りました」

「これはありがたい、是非今度の遠征で使わせてもらおう」

 喜ぶ様子はまるでオモチャを手に入れた子供のようだ。

 その横ではお妃様達が色とりどりのシルクを手に持ち、あれもこれもと自分の肩や腕にかけて見比べている。

「ねえねえ、陛下。こちらの染め物も凄く素敵でしてよ。

 この複雑な色合い、美しいわ。

 グラスフィート伯、この染め物はまだ売りに出されていないのでしょう?」

「はい、お恥ずかしながらまだ試作段階で、商業登録したばかりの物でございますので」

「嬉しいわ、私達が一番最初、まだ誰も持っていないということね」

 今回の衣装に合わなかったのでして来なくて正解だった。

 私のスカーフが最初だという事は黙っておき、暫く使うのはやめておこう。売りに出されていないのは事実だし問題ない。折角喜んでもらっているのだ、水をさす必要はない。

 父様もそれを知っているが何食わぬ顔で肯定する。

「左様で御座います」

「ドレスも素敵だと思うのだけれど、ショールに仕立てて羽織るのも素敵よね。ねえ、どっちがいいかしら?」

「王妃様であればどの様な物でも着こなしてしまわれると思いますのでどちらでもよろしいかと」

 それって褒めている様で実は違う言葉だよね。

 お好きにどうぞ、御勝手にって事だもんね。

 下手に答えて本人の思いと逆になるより無難だけど。

「まあ、お上手ですこと。それでこの染め物の名前はなんというのかしら?」

 自慢するには名前は必須。

 ブランドがあるかないかでは大きく違う。

 商業登録しておいて良かった。

「スウェルト染めと申します」

「新しい物が出来たらまた拝見したいわ」

「是非」

 なんとか無事に納品は済んだ。

 全て陛下達のお眼鏡にはかなった様でホッとする。

 きゃっきゃっと騒いで盛り上がるお妃様達に陛下がやや顔を顰める。

 うん、わかるよ、その気持ち。

 女性のこういう買い物みたいなのって長くなるのが普通だし、男の人からしたら退屈だしね。よっぽどオシャレに興味がある人でもない限り付き合うのはキツイだろう。

「もう良い、そなた達がいては話が進まないではないか。

 それを持って下がり、向こうで好きなように分ければ良かろう。グラスフィート伯、そなた達からの贈り物は有り難く全て受け取っておこう」

「光栄でございます」

 用意した貢ぎ物と一緒にお妃様達が側仕え達と一緒に退室して行く。

 女性達のパワーはいつの時代でも凄いと思う。

「騒がしくてすまないな」

「いえ、とんでもございません」

 途端に静かになった部屋で話は本題に戻される。

「では、話を戻そう。

 前回のワイバーンの群れの討伐についての報告は既に済んでおるが、今回のイビルス半島で起きたスタンピードの件についてはそなたの子息には特に世話になった。

 この度の事態については城下の平民達には知らされていない。

 あのままどうにもならないのなら避難をどう行うか検討していたのだが、大事になる前にそなたの子息が様々な手段を考案し、未然に防いでくれた。

 あの様な事態が起こったにも関わらず、現時点で死者が一人も出ていないのは最早奇跡に近い。一度は王都が魔獣の群れに呑み込まれることも覚悟した程だ。グラスフィート領地には資材、その他についても協力してもらった事、バリウスからの報告で聞いている。

 そなた達のお陰で多くの民を救う事が出来た。感謝している」

「お役に立てたのならそれで充分でございます」

「そこでグラスフィート領には今回の褒美として向こう一年間の国への納税の免除をと考えているのだがどうかな? そなたの領地は以前の干ばつからの復興が進んでいない地域もあると聞いている。それに使って貰うのが良いのではないかと宰相が申していてな。

 他に欲しい物でもあれば考慮致すがどうであろう? 伯爵」

「いえ、誠に有り難く存じますがよろしいのですか?」

 これって結構な褒美じゃないの?

 確かにうちは農業がメインだから他の領地と比べるとそんなでもないかもしれないけど。

「何、文句は言わせんよ。

 多くの貴族が王都から逃げ出そうとする中、協力してくれたのはそなた達の領地だけだ。それにそなたの子息が様々な手段を講じて魔獣を捕え、討伐もできた。その素材が収入源となり、国庫は今までになく潤っておるのでな。

 殉職者も無く、補償金の支出も少ない。問題はない」

「では有り難くお受けさせて頂きます」

 これで道路の整備も進むだろう。期間限定とはいえ財源もできた。

 我が領への褒美が決まったところで私に視線が向けられる。私も勿論それに異存はない。

「そして前回のワイバーンの件と今回のイビルス半島の件で一番の功労者であるそなたの息子にはどんな褒美が良いかと悩んでいてな。

 領地を継ぐ意思が無いのは聞き及んでいるので迷っているのだよ。

 領地と爵位を与えるには幼すぎるので困っている。望むのであれば我が娘の婚約者の席が空いているのでどうかとも思ったのだが本人に聞くのが一番良いとバリウスが言うのでな」

 えっ、私への褒美って別口なの?

 王女と婚約? 

 冗談でしょう? 

 勿論領地も爵位も特に欲しいとは思っていない。

 領地経営に興味はない。

「何か欲しい物があれば申してみよ。考慮しよう」

 欲しいものといきなり言われても、あえて言うなら施設建設のための資金援助だけど父様への税金免除のこともあるし、あんまりガメつくお金を要求するのも如何なものかと考える。

 それ以外で欲しいものと言われてもすぐには思いつかないし、あんまり領地が豊かになり過ぎるとまた余計な縁談が・・・

 そうか、お金じゃないもので困っている事が一つあったではないか。

 この際、権力をお借りしてあの山を片付けてはもらえないだろうか?


「なんでもよろしいのですか?」

「まずは聞いてみねばわからない」

 さすがに用心深い。

 ものは試し、頼んでみるだけならタダだ。

「自由を、私は何よりも自由が欲しゅうございます」

「どういう意味だ?」

 ハッキリ申せとばかりに聞き返されたので事情をそのまま話してみる。

「私は私の望む者を人生を共に歩く者として迎えたいと思っています。

 ですが、父上のもとには現在沢山のお見合い話が持ち込まれていると聞きました。それだけ私を見込んで下さることと思えばありがたい事なのでしょうが私としては申し訳無いのですがその方の人となりも知らず、お受けしたくはないのです。ですが我が家は伯爵家、上位の方のお話はなかなかお断りし難いのが現実です」

「どこぞに思う者でもおるのか?」

「いえ、ですが私は私が自分で選んだ方と一緒になりたい。そう、思っています」

「では思う者が出来た時にそなたに嫁がせる様に取り計らって欲しいと?」

 そこまで要求するつもりはない。

「いいえ、自分が惚れた相手は自分で口説き落とします。

 陛下の御手を煩わせるつもりはございません」

 相手にも私を好きになってもらわなければ意味はない。

「つまりそなたに見合い話がこない様にして欲しいと?」

「叶うならば。

 私には現在、父上から任されている仕事もあります。まずはそちらに全力を注ぎたいと思っていますのでそれが軌道に乗るまでは恋人も、婚約者も作るつもりはございません」

 子供には興味ないし。というのは黙っておく。

「なるほどな、それで伯爵、子息に任せている仕事というのはどの様なものか聞かせてもらっても構わないのかな?」

「はい、平民向けのリゾート施設の開設になります」

 興味深そうに陛下の目が細められる。

「遊び場、宿泊施設、商業施設、将来的にはもっと幅広い意味での娯楽施設を兼ね備えた事業を考えております。既に計画段階は過ぎ、現在着手し始めたばかりではございますが」

「また面白いものを考えついたものだな。

 それもそなたの子息の発案か?」

「折角我が領地は多くの美しい自然に囲まれているのだからもっとそれを活用すべきだと」

 父様の言葉に陛下が頷いた。

「確かにそうだ、田舎と馬鹿にする者も中にはいるが、それはそなた達の領地をよく知らぬ者の言う事だ。春は多くの花が咲き乱れ、夏には山々の緑も美しく、秋には麦の穂が黄金色に輝き、冬には空気が澄み渡り夜空を見上げれば満天の星が輝く。

 美しい土地だと私も思う」

 良かった、ちゃんとウチの良さを知っていてくれている。

「その美しさと自然の楽しさをもっと知り、楽しんで欲しいと。

 一年後の開業を目指し、準備を進めております」

「もしかして今日持参したのもその関連のものか?」

「人を呼び込むためには魅力的な商品もいると、様々なものの開発に着手しているようでして。

 息子はその開発と運営の責任者でもあります。

 ですので我が領地としても息子を連れて行かれるのは困るのです」

 陛下は暫し考え込み、お妃様達が出ていった方角に目を向ける。

「先程の染め物、スウェルト染めと、言っていたな」

 さすがに隠せないよね、本人ここにいるし。

「ハルスウェルト、そなたの息子の名前が入っているな。あれがそうか?」

「今日持参した物全てでございます、陛下」

 少しだけ目を見開いたが大きな動揺は見せない。

 父様は懐から一枚の封筒を差し出した。

 商業ギルドのものだ。しっかり封をされ未開封であること示す印が押されている。

「こちらを。一昨日商業ギルドで発行させた息子の持つ商業登録一覧表でございます」

 一度自分の目で確認したあと、それを隣の団長に渡し、開封させて中身を受け取った。

 何が仕込まれているとも限らないというわけか。

 なかなか王様というのも大変なようだ。

 だが平静を保っていられたのもそこまで。

 四枚に及ぶ書かれた一覧に目を通し、明らかに動揺して隣にいた文官らしき男性にもそれを見せるために手渡した。手渡された方も目を見開いて何度も見返している。

 普通、驚くよね。

 その数の多さには本人である私でさえ驚いたし。

「なんなのだっ、この数はっ、八十を超えているではないかっ」

 へっ? また増えてる。

 そういえばこの間、馬車の中で書類書いていたっけ、マルビス。

 あれも完成して届けられ、父様が提出したってとこか。

 驚いている陛下に父様が申し伝える。

「お恥ずかしながら、私も知ったのはつい最近の事なので御座います。リゾート施設建設の計画の際、こちらに控えているマルビスという男を息子の補佐として新たに雇い入れたのですが、彼が言うには既に常日頃息子が使用していた物が殆どだと」

「どういう意味だ、マルビス。発言を許可するから申してみよ」

 話を振られてマルビスが口を開く。

「はい、ハルスウェルト様が日常的にその商品価値を知らずにお使いになっていたものが殆どなのです。それはお使いになっていて不便だからとか、この方が使い易いからだとか、食べ物であれば食べてみたかったからだとかそういう単純な理由から工夫し、手を加えていたものなのです。

 複雑な物は殆どありません。

 ですがアイディアとしていうのなら実に画期的な物が多いのです。コストも低価格の物が多く、まだ生産ラインや売り出し方法は模索中でありますがこれらの内の複数を商業施設の目玉商品として販売を考えております。ですのでハルスウェルト様はリゾート施設開設するにあたって欠くことは出来ないお方なのです」

 低価格、低コスト。平民相手なら絶対条件だ。

 大量すぎて生産が間に合っていないのも事実だけど。

「つまり責任者としても、開発担当者としても動かす事は出来ないというわけか」

 ほぼ筋書き通りに進んでいるのはありがたい。

 陛下もこの理由には納得したようだ。

「なるほどな。このように常日頃より知恵と工夫を凝らし、生活していたからこそ今回の様な事態にもその才能を活かし、対応して見せたという事か」

 ちょっと違うけど大きく意味的にはズレているわけでもないので黙っておく。

「これでは目敏い者だけでなく、私欲に満ちた連中は是が非でもそなたを手に入れたいと企むであろうな。利権に絡もうとするなら自分達の娘を強引に嫁がせようとしてもおかしくはない」

「ですが私はそれを望みません。

 商売というものは波があります。いい時ばかりではございません。大変な時に私を捨てて逃げるような方では困るのです。私は一緒に苦難にでも立ち向かってくれる、私自身を愛して下さる方を自分の力で手にしたいのです」

 他は諦めたとしてもこれだけは譲れない。

 下で働く者に還元せず、贅沢ばかり望むような相手もゴメンなのだ。

「そなたの言いたい事はわかった。

 出来る限りはなんとかしてやりたいが、何か妙案はないものか」

 確かにただ見合い話を持って行くのはやめろとは言いにくいし、理由付けがないと言い訳を用意して強引に押し進めてくる輩には通用するかどうか怪しい。やっぱり厳しいかと思っていると陛下の斜め後ろに影の様に控えていた男性が歩み出た。

「陛下、私に一つ妙案が御座います」

「なんだ? 宰相、申してみよ」

 文官っぽいなあとは思っていたけど宰相だったのか。

「此度の件は貴族の間では有名な話でございます。

 先程陛下が申された様に姫君の婚約者として考えておられるという噂を流すのですよ。

 勿論、あくまでも噂レベルの話として。

 陛下が目をかけているという話を流し、そう言えば、姫君のご婚約者の席が空いていたなと言っておられたと流せば、後はそれを聞いた者が勝手に解釈し、広めてくれるでしょう。そうすれば姫様の婚約者候補に見合い話など持って行きにくいはず。それを肯定せず曖昧にぼかしておけば後で何か言って来た者がいたとしても、あれはただそれもいいかもしれないと思っただけでそんな話はしていないと言えばいいのです。ちょうど姫様にもお断りしたい縁談が持ち上がっていますので宜しいのではないかと」

 ようは互いが互いの風避けという事か。

 でもそれはそれで問題が他に出て来そうだ。

「ですがそれではハルスウェルトの排除に動こうとする者が出てくるのではないか?」

 そうそう、それ。

 姫君の婚約者となれば逆玉だ。狙っている貴族がいない訳もない。

「どちらにしても今回の功績によりハルスウェルト殿を邪魔だと考える者が出て来ます。これから先の事を思えばハルスウェルト殿の護衛は必須です。腕の立つ者を護衛に付け、護らせるべきかと」

 確かに護衛増強の件は父様達も考えていたし、いつまでも父様の護衛を借りているわけにもいかない。

 私も必要だろうとは思っていたけど、わざわざ陛下に心配して頂かなければならないほど危ないものなのか?

 するとすかさずバリウス団長が割り込んでくる。

「でしたらうちの団のイシュガルドが相応しいかと。

 ハルスウェルトは今回我が騎士団と深く関わっておりますので、仮で名誉軍事顧問の地位を与え、警護させる名目を作れば騎士団内での反発も少なくなるかと」

「どうだ? イシュガルド。やってくれるか?」

「謹んで拝命致します」

 あれっ? なんか変な方向に話が進んでない?

 私の意見聞かれてないよね?

「だがそれだけでは報奨としてわかりにくい。

 噂とはいえ、跡取りでないというのなら娘の婚約者候補としての体裁は整えて置く必要があるな。領地についてはまだ思案中ということにしておいてとりあえず伯爵の位は付けておくべきか? 

 父上が伯爵であれば特に問題はないであろう?」

「後は褒美として前回のワイバーンで七千枚、今回の件で一万枚、合計金貨一万七千枚程が適当かと。

 さすれば姫様のお輿入れのための結納金と勘違いする輩も出てくるでしょう。その金貨でイシュガルド殿を中心に警備を増強して頂くというのは如何かと」

 ちょっと待って、合計金貨一万七千枚って大金だよね。

「なかなかの手ではないか、宰相。採用するぞ」

 そして私の意思は無視されたまま、話はまとめられた。

「というわけで伯爵もその辺りは上手くボカして押しつけてくる見合い話は断れば良い。なに、私がそなたの子息にはいい相手を紹介してやらねばならないと言っていたとでも返しておけばいい。後は勝手に向こうが勘違いしてくれるであろう」

 これって私達の予定通りに進んだ様に見えて実は陛下の手の平の上って事なのかな?

 見合い話を断る名目も、腕ききの護衛も、金貨一万七千枚の大金も手に入れたけど結局、緑の騎士団の名誉軍事顧問の役職と伯爵位を押しつけられ、今回の謁見は終わった。



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