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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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閑話 ガイリュート・ラ・マリンジェイドの誤算 (4)


 最初に穴から顔を出したのはレイン。

 そして王子で御主人様、イシュカの順だ。


 レインが全員の無事を伝え、王子が出てきた時点で捕縛して監禁しているマイエンツ達の事情聴取に王子は席を外した。

 そうして穴から腐臭を漂わせ、ひょっこり顔を出した御主人様の姿を見て、俺は密かにホッと息を吐く。

 それと同時に僅かに感じた手の痛み。

 見れば握りしめた掌に爪が食い込んでいたらしい、僅かに血が流れ出ていた。

 無事を疑っていたわけじゃない。

 だがこの目で見るまでは安心出来なかった。


 奴隷として拘束されていた連中はマイエンツ邸内から回収されてきた奴隷契約書は王子の元に届けられ、事情聴取と確認作業が済み次第、どう扱われるかが決定される。想定していた以上に多い数に、とりあえず女子供だけをマイエンツ邸に乗り込んだ面々で先に地方監査局に船で運ぶことになった。

 先に取り調べをソイツらで始め、無罪、もしくは罪が軽微であると判断された時点で本人達の意向を聞き、故郷に帰る者、行き先がない者には拒否権付きでハルウェルト商会への就職が斡旋される。マルビスとロイが今頃その受け入れ準備を始めているハズだ。既に開園が決まっているデキャルト領での主力となる人材を育成したいらしい。

 解放された奴隷には大抵行き先、帰る場所が無い。

 世の中ってのはそんなに甘くねえ。 

 生きる術を持たずに放り出されればすぐに野垂れ死ぬかホームレスでほぼスラム行き、家族などの保証人や住処がいなければマトモな職に就けないことも多いからだ。そうなれば国の治安は悪化する。だからこそ尚更あの腹黒陛下は御主人様へ協力を要請したんだろう。御主人様に奴隷達が解放後の雇用をさせるために。故郷に帰るにしても旅費が無ければ帰れない、ソイツらには日雇いで資金を稼がせるつもりのようだ。ハルウェルト商会には年がら年中どこかしらで道路整備や開拓作業、人員整理などのイベント応援要員などの仕事を募集しているからだ。働き場所には困らない。

 腹黒陛下も御主人様達も相変わらず抜け目がない。


 だが問題は既にあの世に逝っているヤツらの分の奴隷契約書が既に残っていないことだ。マイエンツ達が不要と処分した奴隷の数が正確に判らない。

 相当数いるとは思われるのだが証拠が無ければ誤魔化しし放題だ。所有していただけの数が罰則金として加算されることを思えばアイツらが素直に吐くとは思えない。

 それでどうするかという話になったわけだが。

 アンデッドの巣窟から見事無傷で生還した御主人様は早速現状確認。

 それでどうするつもりなのだと尋ねた俺に落とされた先で見た光景を思い出したらしくウンザリとした顔で答えた。

「暗くて数はハッキリしないけど両手両足で数えきれないのは確かだね。そのまま浄化しても良かったんだけど、そしたら灰になって正確な数判らなくなっちゃうじゃない? 一緒にいた魔物化した蛇まで浄化は無理でしょ。だったらアレに払わせる賠償金の額をわざわざ減らしてやるのも癪だと思って」

 やられたらやり返すってのが御主人様の流儀だ。

 苦手なアンデッドと虫の群れに落とされて相当ド頭に来ているようだ。

 ビビりながらも頭だけはしっかり回してるってのが御主人様らしいっちゃあらしいんだが。

 だからいつでも浄化は出来るんで魔素祓いにしたってか?

 そりゃあ最高に傑作過ぎじゃねえ?

 やっぱマイエンツ達は大馬鹿決定だ。

 御主人様を敵に回した時点で人生終了間違いなしだろ?

 浄化しちまえばアンデッドは灰、犠牲者の数はカウントできねえ。

 数が判らなきゃ誤魔化されて罰則金額が減額される。

 だから浄化で一気に片付けりゃあ早いところをわざわざ手間かけて魔素払いで弱らせ、そのままに現状保存してきたってんだから。

 で、当然吐かせるための何か愉快な手を思いついてるんだろうと期待に満ちた目でニタリと笑って問い掛ければ微妙に嫌そうな顔で御主人様は三つの提案をしてきた。


 『並』は鎖で縛った上でアンデッド共が届かない高さで吊るしてビビらせ、暫く放置、反省を促す。

 『上』はマイエンツ達を闘技場中央に設置した檻にまずは閉じ込める。ここは魔獣との戦闘も見世物としている場所だ、観覧席はそれらの逃走、襲撃を防ぐためそれなりの高さがある。それを利用して入場門を閉鎖、夜中にアンデッド達を穴ぐらから誘い出し、這い出て来たその数を数え朝になって陽が昇ればついでにアンデッドは灰になるってわけだ。

 そして『特上』に至ってはかなり悪趣味と言えなくもない。

 それらを説明を聞いた時、『上』あたりからニヤニヤ笑い出し、『特上』の方法を話すと吹き出し、俺らは爆笑し始めた。

 それはある一定のアンデッドやリッチの特性を利用したものだが間違いなく犠牲者の数も把握しやすく、ヤツらが何か企んで結託してもその恐怖に竦んでゲロッちまうこと間違いなしだ。

 つくづく面白えこと考えやがる。

 流石は観光娯楽産業をメインとするハルウェルト商会オーナー様ってヤツだ。


「当然『特上』だろ。ロクデナシの下衆野郎に手加減の必要ないんじゃね?」

 笑い過ぎて腹が痛い。

 最高に傑作な見世物になるだろう。

 やはり御主人様を敵に回したのはアイツらの人生最大のミス。

 それには概ね他のヤツらも賛成のようで渋い顔をしている御主人様には悪いが、俺らからすれば『特上』以外あり得ねえ。

 王子にそれを提案すると王子も悪ノリして来やがった。

 その辺は流石腹黒陛下の息子にして御主人様の親友ってとこだろう。

 俺ら以外にも観客を増やそうってんだから。

 そうして王子達は班を二つに分け、ひとまずマイエンツ邸の様子を見に行き、残りはここで捕縛してある奴隷その他の人員整理などに当て、俺らにはその御主人様の提案を実現するための舞台準備に取り掛かる。

 染み付いたクセえ悪臭にクンクンと鼻を鳴らして顔を顰め、まずはイシュカとレインを連れて風呂に行ってくるというので王子の許可を得て借りた一室で先に設営の話し合いをしててくれということになった。

 闘技場の見取り図を広げ、そこに俺とケイが見つけた情報などを書き足し、ライオネルとランスを中心に計画を立てる。

 何せ御主人様の提案は観客無しのほぼ戦闘員で囲い安全を確保した上で練られたものだ。王子提案の観客に配慮するとなれば警備にも人員を割く必要が出てくる。しかも日中となれば陽の下を歩かせればアンデッドは灰だ。となれば日差しを避ける屋根が必要になるわけで、ああでもない、こうでもないと議論は熱を帯びる。

 だがまあコイツらも御主人様のやり方には慣れている。

 ライオネルは行動を共にしているし、ランスはルストウェル支部で討伐部隊を仕切っている。シーファも御主人様の側近に堂々と胸を張って入るべく努力をしている。アイツらに任せておけば間違いない。

 俺とケイがその様子を見つつ、ならば途中になっていた見回りの続きをしようかと算段していたところでイシュカが戻って来た。

 いつも長湯のはずの御主人様が湯あたりを起こして倒れたという。

 どうやら苦手な虫とアンデッドの群れの中に落とされて、御主人様太い神経にもそれなりに疲労が蓄積していたらしい。ここは自分が監督するので御主人様の警備を俺らにしろという。

 それ自体は文句はねえ。

 俺らは二つ返事でそれを引き受け、場外に停めてあるという馬車に向かう。

 御者を務めているギイスが俺らを見つけて手を上げて合図すると同時に『静かに』という合図を送ってくる。

 身振り手振りから察するに御主人様は眠っているようだ。

 馬車の揺れでも目を覚まさねえ、周囲の喧騒も耳に届かず眠っているヤツが俺らの足音程度で起きるとも思えないが、そう言えば、御主人様は集中して周りの声が遮断されている時でも名前を呼べば反応することがあったと思い出す。

 ケイと二人顔を見合わせてクスリと笑うと静かに馬車に近付き窓から覗き込むとスヤスヤとレインの膝の上で眠っていた。俺らの視線に幸せそうなツラして御主人様の寝顔を眺めていたレインが顔を上げる。


 なんとなくムッとした。

 別に御主人様が俺らの膝で寝コケることは珍しくない。

 働き者の御主人様は起きているときはいつも忙しそうに何かしら仕事をしていることが殆どで少しもじっとしていない。じっとしている時は大抵何か考えを巡らせている時で、ブツブツとその思考が小声で漏れ出てロイやテスラ達がその声に静かに耳を傾けている。要するに身体は動いていないが頭がフル回転して動いているというわけだ。そして限界近くまで動いた結果が疲れて寝落ちではないかと俺らは検討をつけている。

 身体か頭か、それともその両方か。

 とにかくこういう無防備を晒すのは余程疲れているということだ。

 それも頼れる誰かがいない限りは気を張っているのか絶対起きていることを考えると御主人様は既にレインにも気を許している証拠だろう。些かイラッとはしたものの気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも躊躇われて俺は馬車の後ろにケイはギイスの横に分かれて乗ると、ギイスがゆっくりと馬を走らせた。

 ゆらゆらと揺れる馬車は今の御主人様にとってゆりかごみたいなものなのだろう。小さな小窓の向こうで相変わらずレインの膝の上で目を覚ます気配もない。大きな図体を丸めて惚れてるヤツが眠りやすいように膝に抱えている様は側から見れば微笑ましくも砂を吐きそうなほど甘ったるい光景だ。


 御主人様は甘えたがりだ。

 マルビスやロイはその原因を愛情をあまり受けて育って来なかったからではないかと分析していた。現在では貴族の三男、前世でも親に弟妹の世話を押し付けられてロクに遊ぶこともせずに両親に可愛がられている弟妹を横目で見て育っていたらしい。

 つまり現在と似たような状況だ。

 愛されることを知らないわけじゃない。

 だが存分に与えて貰った記憶が薄い。

 だから甘え方が下手で、最初の頃はどこまで我が儘を言っても許されるのか様子を伺いながらそっと手を伸ばす。そんな感じだった。

 そしてその手が振り払われないことを確認すると安心してきゅっと力を込める。

 そんな仕草を見ると少しだけ心が痛む。

 可愛くないと言われ続けたから自分に自信が持てない。

 自己評価が恐ろしく低い原因は多分それだ。

 いつも誰かの後回しにされていたから自分を一番に優先されると嬉しくて満面の笑顔で礼を言う。

 『嬉しい』、『ありがとう』と感謝の言葉を惜しまない。

 それが当然ではなかったから。

 負けず嫌いと面倒見の良さが更にそれに拍車をかけたのだろう。

 世話をするのが当たり前、自分でやるのが当然。

 『男より男らしい』、つまり頼り甲斐があるとされていたわけだ。

 そうなると大抵アイツなら大丈夫だと放っておかれるんで黙って待っていては他人の手は借りられない。

 だから頭を下げてお願いするというわけだ。

 御主人様の貴族らしからぬプライドの低さはこの経験と記憶による一種の処世術みたいなもんじゃないかと。


 アイツらの推測が当たっているかどうかはわからない。

 それは案外良いところをついているのではないかと思うのだ。

 御主人様の優柔不断さは今まで与えてもらえなかったものを差し出され、嬉しくて全部離したくないと抱え込む子供のようだ。

 あれもこれも全部欲しいと。

 自信がないから手を伸ばすのを躊躇う。

 だが強引に迫られると欲しくてたまらなかったものだから拒絶出来ない。

 そして手に入れたものを何一つ手放したくなくて必死になる。

 と、こんなところか。

 弱者の気持ちがわかるのは自分の立場が弱かったから。

 それでも強くあろうとした故のあの性格なのだろう。

 

 男として見るなら頼り甲斐のある最高の男。

 女として見るなら気が強くて可愛げのない女。

 性別が変わるだけで評価ががらりと真逆に変わる。

 俺はそういう女が好みだが大多数の男は自分を頼ってくれる可愛い女に弱い。

 男は総じてプライドが高い。だから自分が下であることが気に食わない。自分が上でいるために自分よりも弱い女を探そうとする傾向がある。


 わかってねえな、って俺は思う。

 強い女も全てにおいて強いわけじゃない。

 そういう女が自分だけに見せる弱さ。誰にでも可愛いんじゃない、惚れた男にだけ甘える強い女なんて特別感があって最高だろ?

 『なんでアイツの前でだけ』って優越感がイイ。

 御主人様がまさにコレだ。

 つまり、とびっきり俺好みってヤツだ。

 俺だけじゃないってのが少々引っ掛かりはするけどな。

 

 見ていて一番安心して御主人様が甘えているのは多分ロイだ。秘書兼執事という仕事もあって甲斐甲斐しく世話を焼かれているからってのがあるんだろう。次が仕事で信頼を置いているマルビス、何かあるとすぐに自分の前に出て背中に庇ってくれるイシュカってとこか。

 この三人は特に言葉も行動も砂糖菓子にハチミツをかけたように甘ったるい。

 テスラも御主人様に言わせると時々無自覚に口説き文句を垂れ流しているらしい。あの声で囁かれると心臓に悪いと言っている。

 どうも御主人様は声フェチらしい。

 低音の透明感のある甘く響く声が大好物らしく、テスラの声はまさしくドンピシャ、時折不意をつかれて耳元で囁かれると声にならない悲鳴を上げ、真っ赤になって這って逃げている。

 アレは既に凶器だ、反則だ、私を殺す気なのかと喚いていたな。

 レインは言わずもがな、婚約者になる前もなった後も変わらない。

 自分は出遅れてるからもっと意識してもらうために努力するのだと。

 それを聞いた時、『違う』と思った。


 多分、一番出遅れているのは俺だ。

 

 好かれているということの上に胡座をかいて、自分が婚約者という立場に甘えていたことに気付く。

 

 好かれているのは間違いない。

 頼りにされていることも疑っちゃいない。

 だが御主人様は俺の本気を信じているか?

 

 その答えはおそらく否だ。

 それは自業自得、御主人様の寛容さに甘えてきたツケだ。

 俺は縛られるのがキライだ。

 鳥籠の中に入っちまったら自由に飛べねえ。

 だから巣は持っても、そこを守ることを怠っていた。

 だが宿主の帰らない巣は荒れる。

 長く放っておけば荒れて居心地が悪くなることも、誰かに奪われることもあるんだと忘れていたんだ。

 貧民街を寝ぐらにしていた時はそうだったじゃねえか。

 長い間留守にすればホコリが溜まる。

 風が通らなければ傷んで床が軋む。

 治安が悪けりゃ留守中に知らねえ誰かが居着いていたことだってあっただろ。

 誰にも盗られない柔らかな寝床。

 願えば当然のように出される美味い食事。

 何よりも自分を温かい笑顔で迎えてくれる俺の住処。

 あんまりにも居心地が良過ぎて忘れていた。

 そこがいつまでも約束された場所なんかじゃねえってことを。

 誰か、他のヤツが割り込んでくるかもしれない可能性を。

 御主人様に惚れてるヤツは山のようにいる。


 顔にこそ出しはしなかったが俺はそれに気がついて動揺した。

 だから宿屋に着いて腹を満たし、それぞれの個室で休むために御主人様が部屋に入った瞬間を狙ってその部屋にスルリと入り込んだんだ。

 背中から抱き締めれば、ふふふっと小さく笑い声が漏れた。

「ガイがこうしてくれるってことは、臭いは落ちたってこと?」

「あれはっ・・・」

 それは他のヤツらみたいに素直に喜びを表せなくてつい照れ隠しに漏らした言葉。確かに臭いは染み付いちゃあいたが、本当はそこまで気にしていなかった。スラムや裏酒場の奥にある路地裏に行きゃあもっと強烈に臭ってくる時だってある。たいしたことなんかねえ。

 だが所詮それは言い訳、口にするのはカッコ悪ィ。

 思わず俺は言い淀む。

 そんな俺に別に気にしちゃいない、自分達の心配をしてくれてたことくらい解ってるし、俺が不器用な意地っ張りの照れ屋で、恥ずかしがり屋だってことは知っている、大事にされていることを疑ってない。唯一でなくてもいいから唯一だって信じさせてくれればそれでいいと、俺が家族でいてくれるならそれでいい、帰って来てくれるんでしょうと聞いてきた。

 御主人様はどこまでも俺に甘い。

 俺らに甘えてると言いながら、その実、甘やかされているのは俺の方だ。

 こんなヤツに勝てるわけがねえ。

 俺はとっくに捕まっているんだから。

「・・・帰ってくるに決まってんだろ。惚れてんだから。 ホント、こういうところは敵わねえなって思うぜ。大人の女の余裕ってヤツか」

 子供じゃあり得ないこの落ち着き。

 あの時聞いたあの話が事実なんだと、こんな時は実感する。

 だがそんな俺に御主人様は微笑う。

「余裕なんてないよ」

「普通女ってモンは俺みたいな態度を取られるとキーキー喚くもんだろ?」

 アレに俺はゲンナリするんだ。

 疲れて帰ってきたところにそれかよ、と。

 ちったあ休ませてくれよと。

「キーキー喚くは失礼だと思うよ。それは相手に聞く気がないから自分の方を向いて欲しくて女の人は訴えてるの」

 なるほど、女目線ではそうなるのか。

 面倒だって思えば女のヒステリーに付き合おうなんて思わねえ。だからああやって泣き喚き、怒り散らすのか。俺に聞く気がねえって感じて。気が済めばそのうち黙るだろうといつも適当に聞き流してたが、それを聞けば俺のあの態度は火に油を注いでるようなもんだなと思った。

 今更それを知ったところで後の祭りってヤツだが。

 それでもあの時もっと話を聞いてやれば良かったと思わないあたりは俺も大概ロクデナシの男だろう。逆の言い方をすればその労力を払ってまで引き留めたい女がいなかったわけなのだが。

 だからなんでだって思うんだ。

 男だから女とは考え方が違うんだろうって考えてた。

 御主人様も俺ほどじゃないがシルベスタ各地を飛び回っている。領地をシュゼットに任せてあちこち仕事で出掛けている。

 だが思い出してみれば男同士のカップルでも揉めることは珍しくもねえ。互いの立場が判っていたって離れてりゃ不安になる。なのに御主人様は俺にそんな態度を取らなかった。

 その理由は理解している。

 それはそういうのを俺が嫌うって解ってるからだ。

 問えば俺の性格を知った上での妥協と打算だという。

 大切にしてくれるから大事にしたいと思うんだ、互いの努力無しには関係は続かないと言われて反論出来ない。

 俺が今まで女に捨てられたのは大事にしようなんて気持ちがなかったからだ。別に相手に困っちゃいないからと、その女の機嫌を取るより次の女を探して口説いた方が楽だって。

 女を苦手と言いながら子供(ガキ)のくせに女心ってヤツをよく理解してるなあと思っていたんだ。

 当然だ。

 中身は大人の女だったんだから。

 だがそうなると男心をよく理解しているあたりが今度は納得いかなくなる。


「俺からするとその両方を理解してる御主人様が驚異だぞ」

 それでモテなかったというのはやっぱり嘘だろう?

 今の調子で上手く手玉に取れば男の一人や二人、引っ掛けられたんじゃねえのか?

 そう言った俺に御主人様は小さく微笑う。

「理解なんかしてないよ。あくまでも想像、一つの意見。

 そんなのわかっていたら恋人の一人くらいはきっと前世でもいたと思うよ。

  私は壊滅的にモテなかったって言ったでしょ?

 逆説的に言うなら常に観客だったってことだよ。男と女、両方の言い分を傍から聞いていた第三者だからこそわかることも多い。

 だけど大概そういう時は既にどうしようもないほど拗れてて、修正きかないことも多かったけどね。 だから手遅れになる前に原因は早期解決すべきなんだ」

 そういうことか。

「だからこその即日即時実行か」

「魔獣討伐も痴話喧嘩も問題解決に違いはないでしょ」

「俺からすると女のヒステリーの方が厄介だ」

 アレは辟易する。

 だがそんな話を聞けば女が怒るのも当然だったのか。

 俺はまともに話を聞こうなんてあの頃は思っていなかった。

「ならばまずは女性を怒らせないことだね。

  関係を終わらせたいならキッパリそれを伝えない男が悪い。 傷つけたくないとか、嫌いになったわけじゃないとか、カッコつけて期待を持たせるからそうなるんだよ。謝罪して、誠意を見せて、責任取って、慰謝料払うなり、ボコボコにされるなりしてみっともない姿を晒せば女の人も幻滅して少しは気が晴れるんじゃない?」

 その意見は間違いなく女の立場からの意見だろう。

 男は保険を掛けたがる。

 他にイイ女がいてそっちにすっかり気が移っていたとしても、穏便に済ませられればアッチがダメでもバレなきゃ大丈夫とタカを括って浮気する。バレても謝りゃあコッチに戻って来れるだろうと。そう自分に都合良く考えてる小狡い男もいる。

 『俺に惚れんだから許されるハズだ』と。

 それは根拠のない自信だ。

 だが俺の場合は少し違う。

 御主人様には俺以外にも男がいる。

「それは俺に対する脅しか?」

 俺の疑問に御主人様は首を傾げる。

「どうだろう? ガイが私を上手く騙してくれなくて、大事にされてないって思ったら私の心の中の花も枯れるかも?

 そうしたらイシュカやロイに慰めてもらおうかな」

「それはやめろ。流石にそれは面白くねえ」

  ムッとした口調で俺がそう言うと御主人様はクスッと微笑った。

 あっ、コレは俺の反応を試したな、多分。

「面白くないんだ?」

「ったり前だろ」

 おそらく御主人様は俺の本気を信じてねえんだ。

「じゃあ上手く騙してね。私の前では私だけだって思わせて?」

 その言葉にそれが確信に変わる。


 大事に思ってるのは伝わっている。

 御主人様に大切に思われていることもわかってる。

 だが俺の曖昧な態度にどういう意味で『惚れてる』のか伝わっていない。

 最初に婚約したのは家族になる約束、恋人になるという意味じゃなかった。

 それが年月を経て変化した。

 ただの家族で居られるほど優しい関係では既にない。

 俺は御主人様の特別でいたいんだ。

 聞き分けが良いのは俺を引き留めておくための手段ってことか?

 それでも俺を側に置いておきたいんだってことなのか?

 どちらにしても俺の本気は伝わっていない。

 以前ならそれでもいいかと割りきれていたんだ。

 だがこんなヤツ、俺の人生で二度と出会えない。


 『唯一でなくてもいいから唯一だって信じさせてくれればそれでいい』と。


 自由でいたい俺にとってそれは都合が良いはずだった言葉。

 だから『判った』と頷いて軽い気持ちで側にいられた。


 だがそれが俺の誤算だ。

 他に女が出来たとしても隠せばいい。

 バレなきゃ構わねえ。

 俺なら上手くやれるハズだと油断した。

 本気になった瞬間、それは『嘘かもしれない』と思わせてしまう枷になった。

 御主人様は俺に対して期待し過ぎていない。

 俺の曖昧な態度と言葉が足りてないせいもあるんだろう。

 それはつまり六人の婚約者の中で俺の位置が低いということだ。


 ・・・上等だ。

 ならばここから一発逆転かませば良いだけだ。

 絶対逃してなんかやるもんか。

 一番俺がケツだっていうのなら、ここから這い上がればいい話。

 それこそ最高に燃える状況じゃねえ?

 『上手く騙してくれればそれでいい』なんて、

 もうそんなこと言わせやしない。

 御主人様が真っ赤になってたじろぐほどの本気を、これから俺が思い知らせてやればいいだけだ。

 

 それを本当の意味で理解した時、

 御主人様はいったいどんな顔をするんだろうな?


 そう思うと俺は楽しくてたまらなくなった。



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