閑話 ガイリュート・ラ・マリンジェイドの誤算 (2)
それからも御主人様は俺の望み通り縮こまったりなんてしなかった。
自分に突っかかってくる悪党、魔獣魔物を薙ぎ倒し、蹴散らし、突き進む。
愉快痛快、毎日が楽しくてたまらねえ。
設立されたハルウェル商会諜報部も陛下に押し付けられたアンディを頭に上手く回りだし、俺もケイも格段に動きやすくなった。
面倒くせえ政治や経済の話なんてそこそこに情報として頭に入れとく以外に俺は知ったこっちゃねえ。マルビス達に任せときゃ間違いねえし、俺が御主人様の側にいられない時はイシュカ達がバッチリ周囲に目を光らせて護っている。
御主人様は俺達を家族だと言った。
成程、そう考えると上手くいく。
俺の手が回らないところはイシュカが、イシュカが及ばないところはロイやマルビス、テスラが補ってくれる。御主人様を独占できないのは少々癪だが、イイ男には黙っていても女がゴッソリ付いていくモンだし、男も寄ってくる。要は団長がムサ苦しい男共に好かれ、囲まれているようなモンだ。
団長をそういう対象で見ているヤツがいるかどうかは定かじゃないが、まあ物好きはどこにでもいる。一人や二人はいるかもしれないが俺の知ったことではない。ベクトルが俺に向いてなきゃ関係ねえし構わねえ。
とにかく例えは悪いが高級娼婦に複数の男が付くのは普通、特に嫌悪感もねえ。余程の金持ちでもない限り破産、借金してまでその女を水揚げしようなんて思わない。それを考えると御主人様を独占しようとするならば金はかからないかもしれないが、その分だけ手間と面倒はかかりすぎるくらいかかるだろう。
アレは天下を奪る器だ。
ただ本人にその自覚もその気もないだけで。
頭脳に魔力、気迫、気風、度胸、圧倒的なカリスマ性。
どれをとっても一級品、王者の風格だ。
とてもじゃねえが俺だけじゃ手に負えねえし、手に余る。
独り占めする代償と手間を考えりゃあ他の婚約者がいるのは都合がいいのも間違いない。
ならば早々に割り切るべきだ。
独占できない代わりに得られるのは自由に動き回れる環境。
退屈しない毎日だ。
雁字搦めになって束縛されるのも性に合わない。
常に側にいて守ってやるのも難しい。
そう考えれば天秤に掛けるまでもなく現状を受け入れた方が得だ。
御主人様提案のビニールハウスによる農業改革も腹黒陛下の後ろ盾が付き、そのお供として各地に赴くことも多くなった。
とりわけ面倒事を引き寄せがちな御主人様はその先々でもいろんなことに巻き込まれちゃいたが、本人はたいして気にしてないようだ。
まあそりゃあそうだよな。
団長率いる国の最高魔獣討伐部隊が手古摺るようなSSランクの魔物相手でも犠牲者無しで生還するような俺の御主人様が多少のことでビビるはずもねえ。SランクはまだしもAランク程度の魔獣数頭など屁とも思っちゃいねえ。日常茶飯事だとくらいにしか考えちゃいないだろう。
相変わらず王都の貴族には魔王と恐れ慄かれている御主人様だが、そのお陰で地方領主に味方も増えてきた。マルビスが契約を持ちかけ、ハルウェルト商会がバックアップについての提携となれば領地繁栄は半ば約束されたようなモンだ。断るヤツはほぼいない。
そうして着実に味方を御主人様は増やしていく。
いや味方っていうよりもあの地方領主達の崇め奉るような崇拝ぶりからするなら信者と言うべきか。経済が循環し始めれば狭い王都にひしめき合うように暮らしてる貴族より金回りが良くなるのも当然で、三年経った今では貴族の間に蔓延る三大派閥のひとつだ。
アレク派。
アレキサンドリア領派を略して付けられたそれが、御主人様の味方である貴族達が呼ばれている派閥、忠犬達だ。
味方が増えれば敵が減る。
各提携領主達の領地を抜けるのにも商会には特別通行手形が発行されているし、ソイツらの領地も経済が潤い始めると、そこに住まう平民達が自分達の暮らしをより良く豊かに変えてくれた恩返しと話のタネに御主人様の娯楽施設に家族サービスも兼ねて足を運んでみようということになる。その話が出回れば『なら俺も』ということになるわけで、コレに目をつけたのがマルビスとゲイルだ。
観光客の取り込みだ。
ウチとそことの商売のやり取りで行き来する馬車や客船を利用して素泊まりの格安、雑魚寝の格安宿や休憩所を提供し、仕入れのついでに観光客も運んじまおうって寸法だ。
遠方であるなら運河なら途中素通りする領地の入領賃の支払いは要らねえ。代わりに港で使用料として払うことになるわけだが御主人様とその父親の領地は他と違って格安だ。入領賃で儲けようと考えてないからだ。
むしろ大勢の客に来てもらうために単価を下げて数で稼ぐ。
途中の領地を経由する度に通行料を払う馬車より多少船賃が高かろうが旅費が格段に安く、旅の日程も短縮出来るとあっては利用客は常に順番待ち。御主人様とその父親の領地に領境は無い。街道が一本あるだけだ。つまり少し長めの休暇が取れたなら二つの領地にある三つの観光地に馬車で向かえばこのニ領は行き来自由、通行料金は取られない。その上御親切にも各施設をつなぐ定期馬車まで安価で運行されている。
単発で行くより遥かに安上がりになるってわけだ。
しかもそれを狙った上で各観光施設の入場料を抱き合わせて購入することで更に割引価格にしようという御主人様の提案を採用。となればお得ならついでに他の話題の施設に行かない手はないってヤツだ。
年数が経てば客足が落ちるだろうと言っていた予想は見事に大ハズレ。
遠方の客も取り込むことでいまだに満員御礼、午前中には当日券が売り切れるって寸法だ。
発想の御主人様と並外れた経営手腕のマルビスのコンビは最強だ。
コレで繁盛しない訳がない。
大店と呼ばれる大方の商売人は貴族や金持ち相手に単価の高い物を売りつけて、平民はそのおこぼれ、ソイツらに売れない物を価格を下げて処分、稼ごうとする。
だが御主人様とマルビスは考え方が全く逆。
基本は平民相手の薄利多売。良い物をより安く。
そのついでに高品質のものにプレミア感を演出して貴族相手に高額で売りつけ、ボッタくる。
一人の金持ちに金貨百枚を使わせるのではなく、
千人の平民に金貨一枚を使わせて千枚の金貨を稼ぐ。
シルベスタ王国民の大多数は平民だ。貴族はその1パーセントにも満たない。しかも大抵は下級貴族、金にゆとりがあるヤツとなれば更に1割以下になる。僅かな数の金持ちに商売するのではなく、圧倒的多数の平民を相手にすることで利益を得る。
だが光が強くなれば、当然影も濃くなるわけで、御主人様の敵は相変わらずそれなりに多いし、時々暗殺者が紛れ込むのも変わらねえ。ただ味方が多くなった分だけ敵も警戒して闇に潜み、潜り込む。
格下、下っ端を送り込んだところで成果は得られない。
となれば送り込まれてくる刺客も徐々にランクアップしてくる。
まあグレードアップしてるのはソイツらだけに限ってことではなく、羽振の良いウチの領地、商会はカネに飽かせてガンガンとこの国トップクラスの頭脳(扱い難さもそれに比例しているが)を誇るサキアス、ヘンリーに防犯装置を開発させ、何重にも張られたトラップ、防御壁に阻まれて侵入さえ困難極まりない。
もっともそういうヤツを送り込んでくるヤツは諦めも悪ければそれなりに頭が回ることも間違いない。そして邪魔者は消すなんて物騒な考え方をするヤツは手にしたコマを使い潰すことを厭わない。一人で駄目なら複数で、ってヤツだ。そうして徐々に攻略方法を探し出す、イタチごっこだ。
ただここでマルビス達がちゃっかりしてると思うのはその破られた防犯装置を腹黒陛下に高値で売りつけてるあたりだ。コレで開発費用を回収し、新たな仕掛けをサキアス達に作らせる。
こうして鉄壁の牙城を構築していくわけだが、手駒を潰しながらコレらの仕掛けを突破したところで、気付かれた時点で厳選されたアレキサンドリア騎士団警備兵がすぐに駆けつけてくる。そしてコイツらをやり過ごせても待っているのは最終防衛ライン、イシュカとライオネル、出払ってなけりゃあそこに俺とケイが加わってツミだ。
殺し屋、暗殺者なんてモンは闇にコソコソ隠れて動いてこそ最大限の力を発揮する。見つかってしまえば普通の兵士と大差無い。真正面からブツかって勝てないからこそ影に潜むヤツが殆どだ。真っ向勝負で勝てるくらいならそもそもそんな道を選ぶヤツは少ない。逆に言えば闇に潜まれると厄介だからこその仕掛けなわけだが、そこから引っ張り出して自分の土俵に上げてしまえばイシュカ達が負けるわけもねえ。
御主人様が侯爵地位を賜って三年。
王都での講師業終えて商会運営事業に本格的に乗り出す。
そろそろ一流と言われている暗殺者も尽きるか、頭の良いヤツなら依頼が来ても断りだす頃合いだ。
殺し屋稼業も捕まってしまえばその商売もそこまでだ。
暗殺者はその場で始末されても報奨金付きでお咎め無し、生きて捕縛されても拷問の末に火炙りか縛り首、斬首刑、死刑以外の選択肢は無い。そこまでの危険を犯してウチの御主人様を暗殺する理由も無い。
おそらく搦め手、別の手段を講じ始めるだろう。
そんな時に入ったランス達がいるアレキサンドリア騎士団ルストウェル支部から入った応援依頼、事の発端はここからだった。
御主人様が即座に行動に移すのは毎度のこと。
特別変わったことでも無い。
たとえSランクと言われるウォーグが数頭現れたとしたところで、いつものようにあの手この手で仕掛けて、仕留めて犠牲者ゼロも驚くほどのモンでもない。
魔素強化されたその群れのウォーグに聖水入りの卵を雌鶏に仕込んで喰わせて弱体化、生捕りにしたこと以外には。
なんか話がおかしいだろう?
そんなのは毎度のことだが今回ばかりは驚愕を通り越し、最早冗談の域だ。
辺境伯が飼っているDランクの魔獣馬とは訳が違う。そのクラスの魔獣でさえ捕獲は困難極まりないのが普通だ。仕留めるなら然程手はかからなくても生捕りとなれば話が変わる。だからこそ辺境伯が捕まえたら脚が欠けてても構わない、高値で買い取るから連れて来いと言ったくらいだ。それを見事生け獲って運んだ時には検問所を通れず待機して辺境伯邸にステラート領の衛兵が連絡に走ったわけだが、話を聞いてスッ飛んで来た時に、ほぼ無傷のソイツを見て辺境伯は目を剥いて驚いていたという。
常識が通じないのがウチの御主人様の恐るべきところだが、Sランクであるはずのウォーグが御主人様の威嚇にキャインキャインと鳴き声を上げてビクビクと怯えているのには腹が捩れるほど笑った。
ここまでくると冗談どころか出来の良いギャグだ。
御主人様は団長の許可を取り、コイツに『ポチ』という緊張感のない名前をつけ、危険と判断したら即処分という条件付きではあるものの飼うことになった。しっかり躾けて番犬(?)にする算段らしい。前例は無いと言っているが俺は然程問題なくそれも可能だろうとふんでいる。
魔獣や魔物は魔力量の多さこそ正義。
野生では強者からは逃げ出すか、もしくは従うか、喰われるかだ。逃げられねえなら命が惜しけりゃ従う他無いのが現実だ。ルナやシンのような桁外れの魔力量を持つ獣馬を乗りこなしておいてコイツが無理ということはないだろう。
どちらにしても取るはずだった冬季休暇は延期か。
温泉に浸かっての晩酌が楽しみだったんだが、まあいい。
延期であって中止じゃない。
団長のすぐ後にすっ飛んできたレインに心配されて真っ赤になって狼狽えて走って逃げた御主人様も想定内。貴族の間では既に公認状態、もう婚約してると思っているヤツも多かった。ただでさえ寄せられる好意に弱い御主人様の性格を考えりゃあレインが新たに婚約者に加わるのも時間の問題だと考えていた。
もともと俺達がその座に座ったのも虫除けの意味合いが強かったことを考えれば驚くほどでもない。むしろ御主人様贔屓のヤツらから見れば俺らは棚ボタ的に婚約者になったと言っても過言じゃないわけで。
独身で身寄りがなく、プライドの高い貴族連中が嫌がりそうな身分の低い婚期を逃した年上の男を第一席、所謂正室に置き、更に複数の歳上男を側室に置くことで押し寄せる見合い相手を減らすのが目的だった。それを思えばレインのヤツは自分でその座を勝ち取ったんだ、上等ってモンだろう。名門レイオット侯爵家の次男であることを鑑みれば拒む理由は無い。
ただ御主人様は俺達が本気とは考えていなかったらしい。
なんでそんなに自信が無いのかは謎だが自分が『モテるわけがない』と思っている。自分の後ろにある地位、名誉、財産その他諸々が魅力的なのだろうと。
実際、女共が色めき立つような、一国の王子と並んでも遜色ない好条件が総浚いで揃っていることを考えればそれも理解できる。しかも国母になる重責が無いとなれば贅沢三昧、玉の輿狙いであれば狙い目は御主人様ってなるだろう。多少貰い遅れの男が複数いたところで気にしない女は多いはずだ。他に女がいなけりゃ子を孕めば次代のアレキサンドリア領領主の母君ってわけだ。こんなオイシイ話はない。
よく御主人様が下心というものは隠せという。
表に出てるとゲンナリする、好意を疑いたくなるからと。
金は山程あるってのに然程贅沢なことに興味がない。
だが俺らは御主人様にそれらがなかった頃から既に側にいたんで除外していたってとこか。まだまだ子供の自分がそういう対象になるわけないと。
確かに御主人様はまだ身体的には子供だ。
だがその言動、強さ、機転、常識、振る舞い、行動力。その他諸々どれをとってみても子供どころか既に大多数の大人を凌駕している。
子供扱いしろっていうほうが無理だ。
っていうより子供扱いしてナメてかかれば手酷いしっぺ返しを喰らう。
そんなヤツをどう子供扱いしろって?
無理に決まってるじゃないか。
ロイやイシュカ達に迫られてタジタジになって尻で後退り、俺に救いを求めてきたが、ハイ、残念。
俺も同じ穴のムジナってヤツだ。
思い切りキスをカマして本音を伝え、アイツらが御主人様が寝入った後にしていた所業をバラしてやるとピキリと固まった。
油断大敵ってヤツだ。
案の定、混乱極めて部屋に閉じこもった御主人様にイシュカ達が慌てる。
さて、この中で一番最初に御主人様の唇を奪ったヤツは誰なのか。俺は初めてだとか初めてじゃないとか気にしないが、こういうのは知らぬが花というものだと思うのだ。
追求しない方が互いのため。
落ち着くまで一人にしてくれという御主人様にイシュカ達は吐息を吐いて扉の前から離れるとそんな口論を繰り広げている。
明らかにしたところで禍根が残る。
御主人様が判っちゃいないんだ、全員が『自分だ』と思ってりゃあ平和だろ?
それでいいじゃねえか。
むしろこういうのは曖昧にしておくべきだろう。
俺は自分が一番でないのは判っちゃいるが、自覚有りの状態で、という限定的な条件なら今日あの時、あの唇を奪ったのは俺、それで満足だ。
だがここでそれを言うとトバッチリ受けて俺が槍玉に上げられる、ここは黙って蚊帳の外でいるのが正解だろう。
御主人様からすれば保護者がいきなり自分の貞操を狙うオオカミに変わったってなもんだ。
青天の霹靂に違いない。
だが御主人様に嫌われるのが何より怖いコイツらだ。
同意なく無体なことはしないだろうし、しようとしたところで他のヤツが邪魔をするに違いない。当分御主人様の貞操は無事だろう。
そんなことを考えていると壁の向こうの気配が動くのを感じた。
まだ静かな意見交換と事実確認という名目の言い争いをしているコイツらを尻目にそうっとその場を離れると、その気配を追い掛ける。多分ケイあたりは気付いていそうだがアイツの気配は俺でも読み難い。一定の距離内に入ってくればわかるが、それは一流の密偵の証。茂みの影にその姿を見つけて視線を向けると俺に気が付いてスッと姿を消した。俺が側にいれば大丈夫だと判断してのことだろう。
アイツは確かに御主人様の奴隷だが、おそらくその奴隷紋がなくてもケイは御主人様のためとあらば顔色ひとつ変えずに自分の首を即座に一瞬の躊躇いもなく切り落とすんだろう。
それだけの恩義と忠誠を誓うだけの理由がある。
俺がそうっと御主人様の様子を伺っていると、不意に顔を上げて俺を呼ぶ。
気配は断っていたはずだ。
何故気付いたのか問えばまだ俺を欺けるほどの腕は無いから、なんとなくそう思ったのだと。
これが御主人様の強みだと俺は思うのだ。
確かに気配察知、索敵能力はザルだ。
だがそれらを補って余りある状況判断能力と対応力。
それこそが御主人様最大の武器。
あの魔力量からすれば一発最上級魔法を放てば大抵の魔獣は仕留められるだろうけど、あの威力はマジでシャレにならねえ。自然災害、ともすればそこにいる俺らまで巻き込むレベルだ。大国シルベスタの最強であるということは、近隣諸国でも最強であるということとほぼ同意。
なのにそこにいたのは年相応の、不安気な表情を見せるただの子供。
ポツリポツリと漏れる言葉と表情は不安を隠せない。
こういうところはまだまだ子供だ。
「・・・私、ガイだけを選べないよ?」
そう問い掛けられて俺は答える。
「ああ、知ってる」
「良いの?」
恐る恐る尋ねた御主人様の頭にポンッと掌が乗せ、クシャリと髪を撫でる。
良いのかと聞かれれば正直面白くねえ。
だが、
「仕方ねえだろ? そういうヤツに惚れちまったんだから。
それに前にも言ってただろ?
俺達は御主人様に足りないものを補うために集められた。俺と御主人様に足りないモンはイシュカやテスラ達が持ってる。俺等は御主人様を中心に形作っていることを思えば誰が欠けてもイビツになる。
俺にその穴は埋められねえよ。
それを望まれても困るしな。だったら割り切った方が早い」
その方が気楽に楽しい毎日が送れる。
何事も自分の思い通りになると思うほど俺は馬鹿じゃない。
世の中はままならないことの方が多い。
大方のヤツらは妥協して、取捨選択を迫られる。
無理を通せばどっかが凹む、そういうもんだ。
「ガイらしいね」
「俺はおためごかしは嫌いだ」
どんなに綺麗事を並べたところで仕方ない。
それでも側にいたいと、俺は、俺達は思ってしまった。
「こういうのは理屈だけじゃ片付けらえねえよ。
それにアイツらがいてくれた方が面白ェ毎日が送れる。
俺がもともと御主人様のところに来た理由はソレだっただろ?」
御主人様を主人に選んだ理由。
その俺の願いは叶ってる。
ならば文句を言うのは違うだろう。
「そう、だったね」
御主人様は小さく笑って語り出す。
「私、ガイもイシュカ、マルビス、ロイ、テスラ、レインはまだよくわからないけど、みんなそういう意味で好きだよ。我ながら欲張りだなあとは思うけど」
欲張り?
男なんてもんはそんなものだ。
この国では法律で重婚も認められているし、責められている男は大抵が責任が取れねえヤツだ。甲斐性のありすぎる御主人様なら何人いたところで問題にもならねえだろう。
しかも男を見る目はしっかりしてやがる。
イシュカもロイも、マルビス、テスラもそれぞれ得意分野こそ違うが一流、身分こそ低いが上等と言っていい部類のヤツらだ。レインにしても御主人様を目標としてレイオット侯爵閣下に鍛えられただけあって同年代の子供から頭ひとつぶんどころか飛び抜けている。今後御主人様を守る太い柱の一本に育っていくだろう。
クシュンッと小さくクシャミをした御主人様の後ろに座り、腕にその一回り小さな身体を抱き込んで、俺は意見として語る。
「別に個人的な感情ならそれもアリだろ。
男ってヤツは強欲だからな。一人で満足出来ないヤツは他にもいるし、一人だけで満足しててもそのたった一人に強烈に執着するヤツもいる。
人それぞれだろ。
まあ恋愛が全てじゃないヤツもいるから一概には言えないだろうが要は相手がそれを許容できるか否か、だろ?」
俺らは許容っていうより打算だが。
「ガイは許容範囲ってこと?」
そう問い掛けられてギュッと尚更強く腕の中に抱き込んだ。
「正直言やあ面白くねえところもある。
だが言ったろ?
アイツらがいたほうが都合が良いことが多い。
六年近く一緒に暮らしてりゃあ情もわくしな。
要するに妥協だ。取捨選択の結果、俺等は選んだ。
それだけだろ?
別に強制されてもいねえしな。
多分、アイツらも似たようなモンじゃねえの?」
面白くない。
だが、いてくれた方が都合が良い。
全てが上手く、丸く収まるなんてことは御伽話だ。
御主人様は少し思案して口を開く。
「だったら、さ。ガイ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
今度は何を言い出すんだ?
「他所に女を作る時は隠して私を騙し通して。
私の前では私だけだって信じさせて」
・・・・・。
今、なんて言った?
御主人様が斜め上のことを言うのはいつものことだが、これは流石に予想外。
「他に女を作るなとは言わないのか?」
普通はそうだろう?
だが御主人様は曖昧に笑う。
「勿論私だけのものでいてくれるならその方が嬉しいよ?
でもガイ一人のものになれないのに、ガイには私のものだけでいてくれなんて都合のいいこと、言えないでしょう?」
俺らは婿入りする側だ。
貴族社会なら家のために嫁ぐ、婿入りなんてのも珍しくない。
入った家で勝手が許されるのは降嫁した場合くらいだ。
命令することも出来る立場でありながら、相変わらず腰が低い。
それは言い換えれば『浮気するならバレないようにしてね』ってことだろう?
要するに浮気するなら絶対隠し通せよって言ってるわけだが。
自分にできないことは他人にも望まない。
こういうところが殊更面白いと思う。
俺は腹を抱えて笑い出した。
そういうところが御主人様らしいというか。
とりあえず御主人様で手がいっぱいだから今んとこ作る予定は無いが了承した。
そしてもう一つ。
気持ちの整理出来たが慣れてないから色々な覚悟はまだ出来てないんで心が追いつくまで少しだけ待って欲しいと。
まだそういうところは子供ガキってとこか。
俺は笑うのをやめて、きゅっと御主人様を抱え直した。
まあ俺も人のこと言えねえし、仕方ねえ。
俺も他人の人生まで背負う覚悟をしたのは初めてだ。
そう思える相手が、この歳までいなかった。
結局、その場限りの恋をして、俺もオンナを知っているというだけの、本当の恋を知らなかったってことなのかもしれない。
ならば初めて本気になったヤツの望みなら聞いてやるのが男だろう。
待っててやるよ。
但し、成人して結婚したら遠慮はしねえけど。
それ以上は待たせるつもりはないって言うなら構わねえよ。
ただ大人しく待ってるだけのつもりは無いけどな。
勿論、手加減はしてやるさ。
だがその匙加減は俺次第ってことだろう?
片想いじゃねえってことは判ってんだ。
惚れた相手を口説き落とすのになんの遠慮がいるものか。
恋敵は山程いる。
俺はどう優位を取るべきか、頭の中で算段し始めた。




