第七十九話 暴利、ボッタクリにも程がすぎると思うのです。
シーファの伝言通り、いくらも経たない内に縄梯子とロープがスルスルと降りてきた。そのロープをイシュカが握る。
まずは万が一の場合を考慮して安全確保のためにレインが先頭に。
先に登るのを渋っていたレインに私は、
「上での安全確保、お願いね。頼りにしてるよ、レイン」
「わかった、僕に任せてっ」
そう伝えるとレインは嬉しそうに二つ返事で梯子を登っていった。
それを見ていたフィアが呆れた様子で宣う。
「ハルト、タチ悪いんじゃないの?」
「かもね。でも、嘘は言ってないよ?」
ああ言えばああいう反応するだろうなって思っていったのは認めるよ?
だけどレインは充分強いし、その上、レイオット侯爵家の子息。閣下は私ほど貴族の方々に嫌われていないので閣下を好んで敵に回そうって輩はいないだろう。
「レインはもう少し自分に自信を持っても良いと思うんだよ」
「だから重要な役割と思わせて、あえて振ると?」
それを狙ってないとは言わないけど。
フィアに尋ねられて私は答える。
「それもあるよ。でもレインはいつも私優先で、何があっても私を一番に護ろうとする傾向があるからね」
多分、閣下の教育の賜物なのだろうけど。
「嬉しいことじゃないの?」
「嬉しいよ? 勿論。でも私は女の子じゃない」
閣下の教育が間違っているとは思わない。
それが女の子や上品な貴族子息であるならば。
私は護られるだけの弱い存在でいたくない。
レインにはレインの、私には私にしか出来ない仕事もある。
ただ護られているだけじゃその役割は果たせない。
「私が欲しいのは全ての危険から護ろうとしてくれる騎士じゃなくて私と一緒に戦ってくれるパートナーだから。レインには私を危険から遠ざけるだけの存在にはなってもらいたくない。
出来るなら自分の強さを信じて、私の強さも信じて欲しい。
レインに足りないところは私が支えるし、私の弱いところを補ってくれるような男の人になってくれたらなって」
そしたら今よりもっと、いい関係になれるんじゃないかなあって思うのだ。時には甘えて、寄りかかっても良いけど、互いに支え合えるような、頼もしい存在に。
とはいえ、
「まあこれは私の勝手な言い分で、贅沢なわけなんだけど」
だからって余計な心配するなとは思わない。
大切に思われているのはちゃんと伝わってくるから。
「だから自分好みに育ててるってこと?」
そう、なるのかな?
だからって私好みに育たなくても、レインらしくいてくれたらそれでいい。
でも些か気分は複雑だ。
「う〜ん、なんかその言い方だとさ。私が純真無垢な子供に下心を抱いて育ててるスケベジジイみたいに聞こえないでもないんだけど」
私が嫌そうな顔でそう言うとフィアがブッと吹き出して笑い、落ち着き出していたアンデッド達の結界叩きが再び始まって慌てて口許を押さえた。
そんなにおかしなこと言ったかな?
素直な感想を言っただけなんだけど。
首を傾げる私にイシュカが声を掛けてきた。
「殿下、ハルト様。レイン様から合図が来ましたよ」
ピンと張ったロープを二回引っ張って、一呼吸おいてまた二回引っ張る。
それが上に到着した合図。
「じゃあハルト、上で待ってるから」
笑いを抑えながらフィアがロープを身体に結び、縄梯子を登っていく。
激しくなった打撃音に私は念のため結界を張り直し、イシュカがレインの張った結界に重ねて張る。
暗いのにもだいぶ目も慣れて来たものの、やはり灯りのあるところのようにはいかないわけで、だがジッと見る私の視線を感じる。
「何か言いたそうだね、イシュカ」
私がそう声をかけるとポツリとイシュカが呟く。
「少しだけ、レイン様が羨ましいと、そう思っただけです」
「どうして?」
またなんでそんなことを?
「そうやってハルト様好みの男に育てられて、私よりもずっとイイ男になりそうだからです」
これは妬いてくれてる、ってことなのかな?
多分、だけど。
この間、ロイにも内容は違うけど似たようなこと言われたし。
自分よりサイラスの方が良いのか? みたいな?
ロイに納得してもらうには苦労したけど、これも欲張った私の背負うべき業と説明責任だよね。
イシュカはなんと伝えればわかってくれるかな?
とりあえず思っていることを素直に言って、反応みるしかないか。それって私の不得意とするところなのだけど、それに甘えては駄目だろう。
誤魔化して拗れて修復できなくなるのは絶対に嫌だし、今が無理でも今日中にはしっかりと誤解(?)は解いておかないと。
イシュカがレインを羨ましがる理由なんてないんだって。
「でもイシュカは今でも充分イイ男で、既に私好みだもの。だから育てる必要もないでしょ?」
私好みどころか私には勿体無いというか。
文句言ったら天罰下るよ、絶対。
「・・・好み、なんですか?」
どうしてそんなに自信無いんだろう?
やっぱり私が欲張ったせいかな。
「なんで疑問系?」
「貴方の好みはロイのような外見とテスラのような声で」
まあそうだね。
あの上品な色気を纏ったロイのビジュアルは間違いなく私の好み、ストライクゾーンド真ん中だし、声フェチの自覚がある身としてはテスラの甘い囁きはウッカリしてるとついほけっと聞き惚れる。
それは否定しない。
けど、それは絶対ではないし、イシュカの凛と響く声もすごく素敵だと思うし、イケメン騎士様なんて少女漫画の王道、憧れそのものではないか。
どこにヤキモチ焼く理由が?
「イシュカ、私の好きなタイプの男の人は? 知ってたよね?」
みんなと出会って間もない頃、よく人に聞かれたから答えていた。
だからそれはイシュカもよく知っているはずで。
「はい。細身で、頭が良くて、仕事のできる男。容姿は二の次、三の次です」
その通り。
それは今でも変わっていない。
顔がどんなに好みであったとしても中身が空っぽの男に興味はない。
「じゃあイシュカの当て嵌まっていないところは?」
イシュカは答えない。
だってそれらは私がよくイシュカを誉める言葉だ。
三つの条件揃っている上に二の次としている顔までハンサムだなんて、文句のつけどころないどころか拝んで御礼言うべきレベルでしょう?
私を選んでくれてありがとうございますって。
「困っちゃうよね。私の婚約者のみんなって、ほぼこの条件当て嵌まってるんだもん。だから結局誰か一人だけを選べなくなっちゃって。
なんて図々しいんだろうって自分でも思ってる。
でも嬉しかったよ。それでもみんなが私を選んでくれて」
そのうち御嬢様方に恨まれて背中から刺されそうだけど。
「それに好みと現実は違うよ。好みなんてものは変わることだってあるし、タイプだから必ず好きになるってわけじゃない。だからって嫌いなタイプだから好きにならないとも限らないんだ」
凄く好きだと思っていた人がキッカケ一つで大嫌いになることも、憎んでいたはずの相手に夢中になることもあるし。
だってイシュカ達だって、私みたいな年の離れた、太々しくも生意気な手がかかり過ぎて困るような、しかも男の子を選ぶ未来なんて想像してなかったでしょう?
私みたいなのは普通お近づきになりたくないよね?
だって面倒なことこの上ないもの。
「確かに、そうですけど」
「もう一度思い出してみてよ、私の好きなタイプ。
レインってイシュカを含めた他の五人とは違って私の好みから大きく外れてるところがあるでしょう?」
私がそう言うとイシュカはそれにすぐに気がついて、『あっ』と声を漏らした。
すると同時に握っていたロープが動いたのか上を見上げた。
次は私の番。
こんな時はいつもイシュカやガイがしんがりを務めてくれるのは本当にありがたいと思う。
だから私はいつも安心して前を向いていられるのだ。
絶対背中は二人が守ってくれる、大丈夫だって。
そんな人を好きにならない理由がない。
イシュカは私の肩を抱いて縄梯子に誘導する。
促されるままにそれを掴んで私は言葉の先を続ける。
「でも今ではレインのこともちゃんと好きだし、大事だと思ってるよ。
私の好みの体型のイシュカとは違う、どちらかといえば苦手だったガッチリ、ムキムキ筋肉体型でもね」
まだイシュカ達には及ばないけど、このままずっと側にいてくれたら、同じくらい好きになるんだろうなと思う。
私は縄梯子に足を掛け、上を見上げる。
「まだ不安があったら後で教えて? イシュカの不安がなくなるまで、私、ちゃんと全部答えるから」
それで呆れられたらどうしようって思わないでもないけれど、不安にさせておいたままで良いことなんかないと思うのだ。
何事も会話をしなきゃ始まらない。
特に『察する』ことは私の苦手なのだ。
だからこそたくさん話をしようと思うのだ。
話を聞いて、聞いてもらって、歩み寄って。
距離を少しずつ縮めていけたならきっと長く一緒にいられるはず、そしてこんな私をもっと好きになってくれたらいいなと思うのだ。
言葉にしたって気持ちが上手く伝わる時ばかりじゃない。
それでも伝えようとすること、相手の話を聞くことを面倒くさがって諦めたらそこで終わりじゃないかなって。どんなに長い時間一緒に過ごしたところで違う人間なのだ。考え方が一緒であるわけがない。
でもだからこそ好きになるのではないだろうか。
もっと知りたいと思うから夢中になる。
「だからこの件が片付いたらゆっくり話をしようよ、イシュカ。
私はいっぱいイシュカと話がしたい。
駄目、かな?」
絶対手放したくない存在だから不満があるなら教えて欲しい。
至らないところは直す努力だってする。
イシュカ達が私を大切に思ってくれているように私もイシュカ達を大事にしたいのだから。
それは無償の愛なんて綺麗なものなんかじゃない。
明らかな打算だ。
好きな人を大切にすることで想い返してもらえるんじゃないかって、下心付きの呆れた所業。別に返ってくるのが十渡した内の八でもニでも構わない。
私の側にいてもらえるなら。
でも実際は五を渡して十も返って来ているような?
暴利、ボッタクリにも程が過ぎてるのではないかと思うのだけれど。
私はイシュカの手を握って暗闇でハッキリ見えないその顔を見上げる。
「いえ、是非。私もお話したいです」
イシュカ、微笑った?
多分だけど。でもそう信じたいから私は御礼を言う。
「ありがとう、じゃあ上で待ってるから」
そう告げて縄梯子を登っていく。
暗闇はドキドキ感で二人の距離を縮めるなんて話もあったけど、こんな腐臭漂うアンデッドや物騒な魔物魔獣が蠢く物騒な場所なんて、夢やロマンのカケラもない。
こんなところはサッサと退散。
染み付いた臭いを落とすためにも香油を落としたお風呂にゆっくり浸かってのんびりしたい。いやその前に、あの腐った悪徳貴族にキッチリと灸を据えてやらないと。
幾つかプランはあるけれど、どれが効果的だろう?
私はビビッて尻で後退るマイエンツ達の姿を想像して、とても人様にはお見せできないであろう崩れた顔でムフフッと破顔った。




