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第三十話 腹が減っては戦はできぬ?


 ロイとマルビスの二人は私が地図の周りを彷徨き始めた頃に到着していたらしい。

 らしい、というのはどうしてかと言えば私が対策を考えるのに夢中で気付かなかったからだ。

 二人はすぐに側までくるとブツブツと呟いていた私の独り言をロイは文章や図形にして紙に書き起こし、マルビスはそれを見ながらロイの図形に足りない物を書き足し、必要な素材を書き出していたようで私が空腹に耐えかねて思考するのを一時中断した時には既に私が説明するまでもなく周囲にほとんどが伝わっていた。

 二人とも、私の扱い方と対応にかなり慣れてきてるよね、助かるけど。


「すみませんがお腹が空きました。

 昼食を取らせていただいても構わないでしょうか? 

 空腹のままだと頭も上手く働かないので」

 団長は席を外しているのか姿が見えなかった。

 初めて私がここに来た時、私を訝しげに見ていた人達は呆けたように私をコチラを見ていたが私の声に驚いたように我に返り、とたんにバタバタと動き出した。

 考え込んでいる間に何かあったのか刺々しい空気はなくなっていた。

 おおかたこんな子供に目くじらを立てるほどでもないと気づいたのだろう。

 なんにせよ、居心地が良くなるのは悪いことではない。

 恥も外聞もなく、ぐうと大きな音をならして食事を催促した腹のムシの鳴き声にイシュカと呼ばれていた彼が近くまで駆け寄ってきた。

「すぐに用意します」

「非常事態ですので自分達で外に食べに出ても構いませんよ?

 食事を済ませたら戻ってきますから」

「いえ、こちらの都合を押し付けてしまったのですから」

 まあそうなんだけど、忙しい中、団員の方の手を煩わせることもない。

 彼が踵を返し、奥に向かって歩き出した途端、ぎょっとして他の団員達が駆け寄ってきて、彼を少し離れたところに引き摺っていった。

「副団長、ウチの食堂の食事はヤバいですって」

「そうですよ、俺がソッコー外で買ってきますから」

「ですが近くには適当な店や屋台はありませんよ」

「俺達はあのメシに馴れているからまだ平気ですが、協力者の方々に対して失礼ですって」

「そんなにヒドイと私は思わないのですが」

「副団長はここのメシに慣れすぎですっ」

「間違いなくマズイっす」

「たまには面倒がらずに外のメシを食いに行くべきです」

 丸聞こえのヒソヒソ話。

 イシュカさんはどうやら副団長らしい。

 話を聞いて判断するとこの騎士団の食事環境はあまりよろしくなく、出不精の副団長はここの食堂の御飯に慣れすぎて味オンチになっているために、団員内でも不評の食堂の御飯を私達に提供しようとしているってことでいいのかな?

 別にグルメというほどではないけど、副団長以外の人がみんな止めるほど不味い食事は出来れば御遠慮したい。私達が外出すれば、当然それに対する護衛にあたる人間も必要となるわけで、この人手が少しでも欲しいであろう状態でそんなことを頼むのもどうかと考える。

 ならば私達が外に出なければ済む話だろう。

「あの、外食が無理でしたら材料を分けて頂ければ厨房の隅をお借りして自分達で用意しますけど」 

「しかし・・・」

「三人とも料理は出来ますから問題ありません。

 忙しい中ですので自分達で出来る事は自分達でなんとかします。

 どうぞ仕事に戻って頂いて構いませんよ? 

 急ぐ仕事もあるでしょうし、私達より先ずは街を護る事が先でしょう? 

 謝礼は後でまとめて請求致しますのでご遠慮なく。厨房をお借りできるよう、一筆書いて頂ければ後は自分達でなんとかします」

 タダより高いものはないという言葉もある。

 無理を通させた上での配慮は義理堅い人間なら恐縮するだろうし、もしくは疑り深い人なら警戒するかもしれないが後でその借りは支払わされるとわかっていれば多少安心するだろう。

 前者であるのならあっさりとこの提案は受け入れられるはず。

 我ながら性格が悪いとは思うが安全を確かめるためにも試させてもらおう。

 私は彼の反応を待った。

「ありがとうございます。ではこちらをお持ち下さい」

 彼は持っていた紙の切れ端にサラサラとペンを走らせるとそれを私達に向かって差し出した。

 良かった、一先ず、この騎士団内の上位二人は信じられそうだ。

 ロイがそれを受け取ると私は彼に背を向けた。

 マルビスが近くにいた騎士に食堂の位置を確認する。

「じゃあ行こうか、ロイ、マルビス」

「はい」

 私のすぐ近く、左斜め前にマルビス、右斜め後ろにロイがついた。

 この何気ない配置に二人がこの場所を警戒して私を守ろうとしているのがわかる。

 いつもなら、二人は私の真横か一歩引いた位置を歩くからだ。

 見知らぬ場所、見知らぬ他人に囲まれている上に今はランスとシーファの二人がいない。ある意味当然かもしれないが、シエン、ダグ、レスティと呼ばれていた後をついてくる三人に目を向ける。

「あの、自分達の仕事に戻って頂いてもいいですよ?」

「いえ、私達は団長から御三方の護衛の任を賜っておりますので」

 団長が道中だけではなく、騎士団内での護衛をつけたからにはここも絶対安全とは言い切れないとみるべきか、魔獣討伐部隊は基本実力主義だと聞いたが緑の騎士団には圧倒的に貴族が多い。子供の頃から剣技等を習う貴族の子息に比べて平民がそういった教育を受けられるのは親が兵士でない限り、学院入学後からが普通なので差がつくことはある程度仕方ないけれどこの選民意識が強そうなこの雰囲気は苦手だ。同じ団員であるはずなのに付けている階級章は変わらないにも関わらず態度が違いすぎる。

 全部がそうだとは言わないが歩き方、態度、仕草にはそういったものが現れる。私は鈍いが自分に向けられる悪意や嘲笑には比較的敏感だ。前世でそういった目に散々晒されたせいでそういったものはある程度見慣れている。疑り深く僻みっぽいともいえるが。

 三人のうち二人からは何も感じられないけど一人だけ、私のアンテナに引っかかっている。

 どうせスタンピードが片づくまでの付き合いだ。仕事と割り切ってまともに護衛の任務を果たしてくれるというなら構わないけど、果たしていかがなものか?

 私達は静かに食堂に向かった。


 食材は分けて貰えた。

 厨房も貸して貰えた。

 だが一つ問題があった。私には調理台が高すぎて使えなかったのだ。

 さすがガタイのいい騎士が集まっているだけある。食べる量がハンパないために作る量も多いので体の大きな料理人が多く、彼らが使っている鍋やフライパンも大きかった。

 貸してもらえたのは時間外に腹の減った兵士達が使うことのできる厨房の一角に作られた小さなスペース。そこには普通サイズの調理器具も置いてあったが騎士達が使い易いように作られたそれは私の身長には合わなかった。不本意そうに顔を顰める私からロイは包丁を取り上げるとクスクスと笑った。

「先日は私が御馳走になりましたからね、今日は私達にお任せ下さい。

 貴方には敵いませんが私の料理の腕もそれなりですよ」

 知ってるよ。

 まあここは意地を張らずにロイの言葉に甘えておこう。

 食べた後にはまたさっきの場所に戻って考えた策の足りないところや工夫出来るところを考えなければならないので今のうちに頭を休めておくとしよう。

 私は厨房に一番近い食堂の机に座って待つことにした。

 ついてきたのは一人だけ、レスティと呼ばれていた私のアンテナに引っかかった一人だ。

 予想はしていた、気位の高そうなこの人なら平民の二人の護衛は嫌がるだろうから子供とはいえ伯爵子息である私についてくるだろうと。

 私は彼に話しかけるでもなくロイ達が見える位置に腰掛け二人の様子を見ていた。

 ロイには護衛の人達を加えた六人と一人分の差し入れ、合計七人分の食事をお願いしてある。楽しそうに話をしている四人の姿が見えて私がホッとして微笑むと斜め後ろに立っていた彼から話しかけられた。

「あの、いつも一緒にいるとお伺いしましたがあの二人は平民、ですよね?」

「そうですよ」

 ずっとではないけど出掛ける時には必ずどちらかが一緒だ。

 間違いではない。

「なのに貴方が食事を作ることなどあるのですか?」

 平民の使用人が一緒にいるのに何故私が作る必要があるのかって言いたいのか。

 それは差別であり、思い込みだ。

 私は自分が気に入れば立場など気にしたことはない。

「この間は休みの日に好意で護衛を引き受けてくれた兵士のみんなにも御礼に手料理御馳走しましたよ。美味しいって全部平らげてくれました」

 それはもう、物凄い勢いで美味い、美味いと目の色変えて。

 物珍しい料理だったこともあるだろうけどあれだけ喜んでくれたら作るほうも嬉しいものだ。

 だが信じられないという目を彼は私に向けてくる。

「グラスフィート伯爵の御子息、なんですよね?」

 私は訝しげに見ている彼に向き直った。

「貴方は貴族の方ですか?」

「はい、一応子爵になります」

「あの二人は?」

 私はロイ達と一緒にいる二人に視線を向ける。

「シエンとダグは男爵になりますが。

 あの、ワイバーンを討伐したという噂は事実ですか?」

 あちらの方が爵位は下ということか。

 とはいえたった一つしか爵位は変わらない。

 身分や力をひけらかすようなやり方は好みではないが時と場合にもよる。

 ここは力の差をはっきりさせておくべきだろう。

「ええ、今更隠し立てしたところで数日後には知られてしまうでしょうし仕方ありません」

「凄いですっ、貴方がいれば百人力ですね。

 いったいどんな手をお使いになったのか、是非、お聞かせ下さい」

 目を輝かせて身を乗り出す様は、見ようによっては武勇伝を単に聞きたがっているようにも見える。

 だけどこの視線、好奇心とは別物だ。

 私に利用価値を見出しているのだろう。

 この王都が脅かされ、いつ出撃命令を下されてもおかしくない状況下で貴族の子息の護衛。考えようによっては非常にラッキーな配置だ。

 ここは騎士団本部内、少なくとも前線より遥かに安全だ。

 しかも実際に強いかどうかは横に置いておいたとしても護衛相手はワイバーン相手に勝利を勝ち取った私。

 ここは一つ、引っ掛けてみよう。

 彼が自分の仕事を全うするつもりなら非常事態だ、多少は我慢もしよう。

 だが私を利用しようとしているなら即刻退散していただく。

 私は嬉々とした彼の目をじっと見るとため息をわざとらしく一つ吐いて、にっこりと微笑んだ。

「先に申し上げておきますが、万が一の事態には私はロイとマルビスの安全を最優先に確保しますので私に戦力としての期待はせず、貴方達は御自分の身は御自分でお守り下さいね」

 暗に私は貴方を守りませんよと匂わせた私の言葉に彼の目が見開いた。

「私達は貴族ですよっ」

「それが何か?」

 やっぱりね。そうじゃないかと思ったよ。

 何故この人は騎士団に入ったんだろう?

 騎士とは他人の命を守る仕事のはずだろう? 

 多分子爵とはいえ、家督を継ぐ資格の薄い私と同じく三男坊以降で、貴族の地位を守りたかったから入団したのだろう。家督を継がない以上、城勤務の官僚か騎士団に入らなければ貴族位は剥奪、城勤務は狭き門だが騎士団入りすれば自分一代限りとはいえ何事もなければ身分は貴族のままでいられる。

 私なら迷わず身分を捨てる方を選ぶけれどね。

「貴方達は私達の護衛、なんですよね? しかも貴方の大好きな身分差でいうのなら私の方が爵位は上、何故私が貴方を守る必要があるのですか?」

「しかし、あの二人はっ」

「はい、平民です。ですが私にとって貴方よりも遥かに大切で欠くことのできない存在です。当然でしょう?

 それとも貴方は騎士団に所属しながら本来戦争に参加させるべきではないとこの国の法律によって定められている六歳の子供である私に自分を守ってほしいとでも言うおつもりですか?

 でしたら護衛は結構です。

 団長には告げ口するつもりなどありませんのでどうぞ安心して御自分のお仕事にお戻り下さい。護衛する気のない、私に護衛されたい貴方に側にいて頂きたいとは思いません」

 真っ赤になって怒っていた顔に驚きの表情が浮かんだ。

 何を驚くことがある? 

 所詮子供と貴方が私をナメていただけの話でしょう?

「顔に出ていましたよ。

 何かあったとしてもこの子供の側にいれば安全だろうと。

 私は人の感情に鈍い方ですが、さすがに貴方ほど露骨だとわかります。

 隠すつもりならもう少し上手く隠していただけませんか? 

 私は私の大切な者を守るためだからこそ必死になって戦い、ワイバーンにも勝てました。ですが私は生憎騎士ではないので見知らぬ他人、ましてや私の大事な者を蔑む貴方のような人に対してまで命を張れるほどお人好しではありません。なんなら団長にあんな生意気な子供の面倒は見れないと仰って頂いても構いませんよ?」

 但し、そんな事をいったところ無駄だろうし、自分の評価を下げるだけだと思うけどね。

 血相変えてわざわざ自ら迎えに来て、しかも頭を下げてまで連れてきた子供と、感情で苦情を申し立てる下っ端の団員、どちらを取るかは考えるまでもない。

 明らかに不愉快だという表情を隠しもせず、踵を返して出て行こうとする彼の背中に声をかける。

「一つ、御忠告しておきますが、あの二人には危害を加えない方が貴方達のためですよ? 

 貴方もお聞きしたはずです。

 私はともかく、あの二人の安全には団長の生命がかかっています。

 私を甘く見ない事です。約束は必ず守っていただきますよ。

 ですから狙うのならまず私をお勧め致します」

 振り向いた彼に私はニヤリと笑い、彼の敵意を私に向けさせた。

 『私はともかく』という言葉を聞けば私の命には団長の生命が賭かっていないとわかるだろう。

 回復魔法持ちの私ならある程度まで自分で治すこともできるし、後で団長の顔を見たら念のため上級のポーションと毒消し、三人分の結界が保持できる程度の魔石を買ってきて貰うとしよう。

 さて、とりあえず、目に見えて明らかな不穏分子の排除には成功したし、ロイ達のつくってくれる御飯を待つとしよう。七人分の内、一人分が必要なくなってしまったが差し入れを二人分に増やしてもらっておこう。きっと副団長以外にも食事を取る暇なく動いている人がいるはずだ。

 私は変更を伝えるために椅子から立ち上がった。


 

 昼食を取って最初に連れてこられた訓練場に戻ると団長と副団長が揃っていた。

 私の立てた策についての話し合いをしている二人の側までくると漂う匂いに彼らの腹の虫が食事の催促をして鳴り響いた。

 どうやら食事を取っていなかったのは二人ともらしい。

 先程にはなかった机と椅子が運び込まれ、すっかり臨時の作戦会議場と化していたその机の隅にロイが運んできた二人分の食事を置いてもらった。

「二人に余分に作ってもらいましたので差し入れです。

 食事は大事ですよ。空腹では上手く考えもまとまりませんから。

 食べながらでも話は出来ますのでどうぞ」

 お腹が空けばイライラもするし、ろくなことにはならない。

 長丁場が予想される以上体力と気力を保つためにも食べることは必須だ。


「気を遣わせてすまない、助かった」

「ありがたくいただきます」

 二人はそれぞれ礼を言うと椅子に座り、食べ始めた。

 机の上にある資料等を見てもいいか確認してから私達はそれに目を通し始めた。

 ロイとマルビスが書いてくれた作戦資料にはいくつもの走り書きが加えられている。使いやすいように改良されているものもあって私も勉強になる。やはりこういうものは一人の知恵だけではなく、大勢の人間が関わって一緒に考えるべきだと思う。手を加えたことに対する謝罪が副団長からされたが私はむしろ現場で使いやすいようにどんどん改良を加えるべきだと返した。

 誰の手柄だとか、誰が考えた案だとかそんなものより結果を出す方が大事なのだから。

 

 二人が手早く食事を終えた後、食器をシエンに片付けて貰うように頼むと彼は快く引き受けてくれた。

 誰かさんとは大違いだ。

 するとふと、団長が護衛の数が一人足りない事に気付き、尋ねてきた。

 あまり余計な事を言ってコトを荒立てるのも面倒だ。

 ここは適当に誤魔化しておこう。 

「私が彼を怒らせてしまいましてね、頭を冷やすためにも暫く離れていただくことにしました」

 別に嘘はついていない。全部は言っていないだけで。

「それだけか?」

「さあ? どうでしょう? 私には彼の真意までは測りかねますので」

 訝しげに視線を向けて聞かれたがとぼけておくことにした。

 一応団長に告げ口も苦情もまだ言ってないようだし、関わらないで済むのならそのほうがいい。

 すぐに代わりの護衛を二人、追加で付けてくれた。

 空気がピリピリしているので万が一のためのポーション等の手配をお願いすると騎士団管理の保管物資を譲ってくれたのでその金額を払おうとしたら、それ以上のものを既に貰っているのでいらないと作戦表の山を指し示された。

 なので有り難く協力料として頂くことにした。


「何か状況に変化はありましたか?」

 食事時間程度ではそう変わらないだろうが新しい報告が届いている可能性もあるので聞いてみる。

「いや、まだ特に大きな変化はないが取り急ぎまずは外壁の山を崩しに向かった。油を用意するのに時間がかかりそうなんでまずは水魔法で押し退け、準備が出来次第油で焼くことにした。第三班以降はそろそろ現場に到着する頃だろう。入れ替わりに帰る手筈になっている警備隊に詳しい状況は確認しようと思っている」

 確かに不確かな状況で判断するよりはそのほうが間違いないだろう。

「それで私の考えた策は使えそうですか?」

「はい、非常に助かっています。

 今、必要な資材を集めさせ、揃い次第現地で準備に取り掛かります」

 それなら良かった。最初の王都到着猶予は五日、死体の山を崩せば時間は稼げるだろうがそれはあくまでも予想だし、想定外のことが起これば狂うことも考えられる。安心はまだ出来ない。

「縮尺地図に立てられたあの旗はなんの目印ですか?」

「折角誰にでも一目でわかる状態になっていますので作戦の進行状況がわかるように旗で色分けしておくことにしました。青が現在作戦執行中、黄色が準備中、赤が検討中になっています。危険発生地点には黒を立てるつもりです」

 つまり青と黄色の旗が立てられた位置では迎え撃つ準備がある程度用意できつつあるということか。

 イビルス半島付近はこの二色の旗が多い。

 だけど、まだ半数近くが赤いままだ。

「ここの赤い旗の場所が検討中になっている理由は?」

 崖の入口を突破された場合の森林と川の対策がまだ進んでいない。

 ここは時間を稼ぐためにも重要な地点だ。

 無理なら他の手を考える必要もあるが地形上、なかなか考えるのには難しい位置だ。

「そこは資材不足です。ワイヤーの網の数がどうしても足りません。今急いで作らせていますが早くても一枚二日はかかると。王都中の工場に手配したとして何枚間に合うか・・・」

 副団長が眉間に皺を寄せて教えてくれた。

 私の策は先回りして罠を張るという考え方が多いのでどうしても仕掛ける網を多用しがちだが、

「マルビス、この間のワイバーンの時に使ったやつってどうしたっけ?」

 あるではないか。馬を飛ばせば二日かからず往復出来る距離に。

 私の言葉に二人がガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。

「五枚は屋敷の資材置き場に仕舞ってあります。使用しなかったものは冒険者ギルドが有事の際に必要になるかもしれないので買い取りたいとのことでしたので三枚納品しました。商業ギルドが荷物を運ぶ際に使用できそうだというのでそちらに二枚」

「屋敷の資材置き場って私の方?」

「いいえ、旦那様の屋敷のほうです」

 そう、王都(ここ)にはない。

 だけどウチにはあるのだ。先日作ったばかりの、まだ使用に耐えるものが残っている。ワイヤー網は消耗品ではない。

「で、どうします?」

 答えは聞くまでもないだろうが一応尋ねてみる。

「すぐに伯爵に連絡を、ただちに馬で取りに向かいます」

「重量がそれなりにあるので馬では帰りはキツイと思いますよ。

 それに往復では馬が持たない」

 慌てて手配しようとする副団長を引き止めると団長が私を伺い見た。 

「ではどうしろと?」

 ワイヤー網は決して軽くはないし、折り畳むのにあまり向いていないので結構嵩張る。一頭に一枚もキツイだろう。

「行きは早馬で少人数で向かわせ、帰りは貸馬車屋で馬車を借りることをお勧めします」

「しかし馬車では走らせるにも限界が」

 焦った様子の副団長に焦らず、待ったをかける。

「ロイ、普通馬車を荷物を積んで全力で走らせるとどのくらいの距離が進める?」

 少しだけ考えてロイが答える。

「そうですね、だいたいウチから王都までの三分の一が限界かと」

「四分の一なら余裕はある?」

「はい」

 うん、それなら多分イケるだろう。

「一台の馬車に網を全部載せたとしても同じくらいかな? マルビスはどう思う?」

「私もそれくらいなら問題ないかと」

 私は机の上に広げられた、土で作られた縮尺地図にない、私達が王都に来るまでに通って来た道を一度指で辿った後、足もとにあった小石を三つ拾い、自分が指し示した場所に一つずつそれを置いていった。

「では馬車の馬をこことここ、後、この位置に待機させて下さい。

 一台分の馬車の馬で無理なら四台分の馬で対応します。

 中継地点で馬を入れ替えて下さい。それくらいならたいした手間ではないはずです。まずは一人か二人をすぐに向かわせ、両ギルドにお願いした上で協力を仰ぎ、馬車の手配を。一人は父様の許可と書状をもらいに走らせ、そのままウチの屋敷へ、向こうで合流を。あちらで人手が必要ならば冒険者ギルドで依頼を出し、人員の確保を。相場より高値で依頼を出せばすぐに飛びつく冒険者がいるはずです」

 予算にゆとりがあるのなら、急いで戻る馬がへばる前に途中でリレーのように交代すればいい、足りない人員ならば現地調達すれば済む話だ。何も難しいことではない。

「それから父様にお願いして借りられるようならウチの紋章の入った旗を借りて持って行って下さい。ダルメシアが言うには今ウチの領地付近で私は有名人らしく、我家に喧嘩を売るバカはまずいないそうですからコケ脅しくらいにはなるかと。それから緊急事態対応のため少なくとも一頭は必ず早馬を馬車に並走させ、中継地点には故障の場合にはすぐに交換できるように馬だけでなく荷台も一緒に用意して待機させて下さい」

 使えるものはなんでも使う、間違いがあって困るのなら危険や危機対応の用意は当然だ。

 するとマルビスがスッと、一歩前に出た。

「枚数がもっと必要ならばウチの領地の職人に依頼を出すことをオススメ致しますよ。運搬の手間はかかりますがウチは山に囲まれているので職人はそういったものを作ることに慣れています。前回私が出した十枚の網を彼らは三日かからず仕上げてくれました。商業ギルドに協力を依頼し、頭ごなしに言うのではなく、領地の全工場に特急料金を積んでお願いすれば張り切って頂けると思いますから数日もあればそれなりの数が集められるかと」

 ガタガタッと周囲にいた団員達が団長の指揮のもと一斉に動き出した。

 どうやら副団長の方が主に事務仕事や物資の手配を主に行っているようだ。

「後、足りないものは? あれば代用品を考えてみます、教えて下さい」

「まだ回収に回っている途中なのでハッキリとは」

「では分かり次第、マルビスに相談して下さい。前回彼は私の資材集めの手配と代用品の検討に関わっていますので対応できるはずですし、資材調達に関しては私よりもずっと詳しいのでお役に立てるはずですよ。私はまだ打てる手がないか考えてみます」

 私は椅子から立ち上がると地面の縮尺地図に向かい合う。

「ロイは私に付いてきて側でメモをお願い」

「承知致しました」

 すぐに紙とペンを持ち、私の側にロイが立った。


「あの、質問してもよろしいですか?」

 歩き出そうとしたところを副団長に止められ、振り返る。

「どうぞ」

「貴方は何故、次から次へとこのような策が思いつくのですか?

 何か手段や方法があるのなら是非お伺いしたいのですが」

 私の考え方は前世の魔法が使えなかった頃のものだ。

 すぐに理解しろと言っても難しいだろう。

「そうですね、まずは考え方を変えることです。

 自分が、非力で魔法を使えないと仮定し、剣や魔法以外で出来ることがないかと模索した上で自分の持っている力をそれらを上手く扱うために利用する事を私は考えるようにしています。そうするためにはある程度の知識も必要なので本もたくさん読むといいですよ。

 人間はどうしても必要以上の力を持っていればすぐにそれを利用しようとしがちですが、それが使えない事態になった場合には対処が遅れてしまう。ならば最初から無いものとして考えて策を立てれば余力を残す事も出来るし、持っている力で考えたそれを強化することも出来ます」

 非力だからこそ勝つために工夫する。

 出来ない事を可能にするために知恵を絞る。

 この世界の人達は魔法という大きな力を持っているからこそ、その力をアテにしてしまう。それがこの世界で戦略というものが発達しなかった大きな理由ではないかと私は考えている。

「わかりませんか? 私の使っている手段の多くは子供のイタズラや地方の猟師などが使っている手段を応用して大規模にしているものがほとんどです。

 まずは力なき者に学ぶことです。

 今は非常事態で時間もありませんので私から言えるのはこれくらいです。

 事態が終息したらゆっくりお話が出来る時にでも私の所に遊びにでも来て下さい。暫くは私も仕事が忙しいのであまり時間は割くことができないかもしれませんが前もって御連絡頂ければ少しくらいは融通をきかせますよ」

 作戦表に書き込まれた沢山の文字の殆どがこの副隊長の筆跡と似ていた。

 つまり、彼にはそれを考えられるだけの柔軟な意識と頭脳、もしくは他人の意見を取り入れるだけの度量があるということだ。

「じゃあマルビス、ロイ、二人ともお願いするね」

「はいっ」

 私は再び足もとに広がる地図の周りを彷徨き始めた。



 それから五日間、まさしく寝る暇もないくらい忙しく動いた。


 私達は騎士団内の寮に寝泊まりしてほとんどの時間を騎士団内で過ごした。

 三日目に一度父様が来たので会議室を借り、相談して考えた上で父様には一旦領地に戻ってもらい、リゾート開発に必要な手配を先に進めてもらう事にした。持って来た献上品を乗せた馬車と私達の私物などが乗ったもう一台は騎士団で丸ごと預かってくれたので再度父様がくる場合には連れ立ってくる人数も少なくて済む。

 必要なワイヤー網は結局ウチの領地で手配する事になった。

 父様との連絡は運搬係の彼らに手紙やその他の物を託してやりとりする事になり、ランスとシーファは私の護衛として置いていってくれたので私も少しだけ気が抜けるようになった。今のところ上手く私の考案した罠や仕掛けが上手く機能しているようで負傷者は出ているものの死者は出さずに済んでいる。イビルス半島の噴火が終息に向かい始めると外壁にも追突して積み上がる死体も少なくなり、海から上陸してくる魔獣の数もだいぶ減ってきているそうだ。

 魔物や魔獣が街に侵入したという話は聞いていないのでホッとしているが、連日大量の魔獣が騎士団から運び込まれているので解体業者や各ギルドでは目がまわるほど忙しいらしい。だがイビルス半島で発生したスタンピードは無事我が国の王都を脅かすことなく終わりを迎えそうだ。

 私が騎士団に滞在して十日が経った頃、突然王城から呼び出しがかかり、三日後、父様の王都到着を待って登城することになった。

 いよいよ私もお役目御免、謁見の準備を整えるために王室が用意してくれたホテルに移動することにした。騎士団で預かってくれていた献上品を乗せた馬車に異常がないことをしっかり確認するとそれはそのまま騎士団で城に届け、謁見まで預かってくれるというのでそれに甘えた。私達の私物を乗せた馬車の御者台にランスとシーファが乗り、ロイとマルビスは乗ってきた馬に跨り、いつもと同じようにロイに乗せてもらおうとしたところで団長と副団長の二人がきらびやかな白い騎士服(後でマルビスに聞いたら式典用の正装だったらしい)を身に纏って姿を現し、駐在していた団員達が駆け足で街に向かう道沿いにズラリと並んだ。

 吃驚して固まっていると二人のもとに立派な白馬が連れてこられた。

「一同、ハルスウェルト・ラ・グラスフィート殿とその協力者殿に敬礼っ」

 団長の号令がかかり、一斉に並んだ騎士達が自分の左胸、心臓の位置に手を添え、

「ありがとうございました」

と、大きな声が揃って響いた。

 驚いた。来たばかりの頃は胡乱げな視線で遠目に眺められていただけだったはずなのに。

 そういえばここ何日かは居心地の悪い視線をあまり感じた覚えがない。

「貴方のして下さったことに比べたらたいしたことはできませんが」

 副団長の言葉に無言で頷くと彼にヒョイッと抱え上げられ、白馬に跨がる団長に引き渡され、その前に乗せられた。

「胸を張れ、お前はそれだけのことをしたんだ。

 ホテルまで俺達がお前達の護衛だ。伯爵とも約束したからな、必ず無事御子息をお届けすると。王都に滞在している間はイシュカとシエン、ダグをお前達の護衛につける」

 シエンとダグはまだしも副団長までって、大丈夫なの?

「時間が空いている時で構いません、是非私に貴方の戦術論をお聞かせ願います。どうぞイシュカとお呼び下さい」

 にこやかに微笑みかけられて言葉に詰まった。

 なるほど、副団長をつける意味はこれか。

 そう言えば団長に私の考え方を吸収できそうな奴はいるかと聞かれたので彼の名前を上げた覚えがある。シエンとダグは騎士団に詰めていた間ずっと私達の護衛と世話を焼いていてくれたから私達と馴染みやすいだろうという配慮か。

「ではいきましょうか」

 正装の団長は立派な体躯もあって見栄えはするけどこれはどう考えても目立ち過ぎだ。

 できれば遠慮したいと一瞬考えたが、ここは王都、どうせ一週間も滞在しないのだ。ここは思い切って開き直るとしよう。ゆっくりパレードでもするかのように歩き出した馬に揺られ、用意されたホテルへと向かった。



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