第七十八話 その御要望、是非添えさせて頂きましょう。
それでは周囲に配慮しつつ小声でコソコソと説明完了。
イシュカに手直しを加えてもらった。
ということで、合図はイシュカに任せて私は詠唱を開始する。
一番長い詠唱を必要とするのが私だからだ。
まずは念には念を。
みんなには各種強化魔法、持っている武器には聖属性の加護を付与しておく。
さて、ここからが本番だ。
この魔物達が支配するこの空間の何割かを彼等から奪い取る。
ライオネル達が救出を考えてくれるにしても、落ちた以上考え無しに無闇に飛び込んでは犠牲者を増やすだけ。まずはマイエンツ締め上げて内部構造を吐かせたとしても準備に多少の時間は掛かるだろう。
イシュカ達がガッツリ教育してくれているのだ。助ける手段を講じるにしても私達の様子や状況の確認をしようとするか、天井を崩すにしても中にいる私達がその下敷きにならないようになんらかの手段で連絡を取ろうとするに違いない。
となれば確保すべき場所は落下口の下。
そうすれば生存に必要な酸素も確保できるはず。
アンデッド系の魔物の多くは音と臭い、光に反応する。
視認するための眼球が腐り落ちているからだ。
音とは振動、光とは温度、臭いとは空気中を飛んでくる揮発性の低分子の物質だ。
臭いはコレだけの強烈な腐敗臭が漂っていることを考えれば除外してもいいだろう。音に反応するのはそれが動いていると認識するからなんじゃないかと思うのだ。動いているということは生きているということ。特にこんな閉ざされた暗闇であれば風で何かが揺れることはない。微かな音であれば蝿などの虫の羽ばたき音でかき消される。腐り落ちる寸前の血肉を纏ったアンデッドであるならばそれは日常、常態化しているはずなのだ。
だとするなら集団を動かすにはそれ以外の、ある程度の大きな音。
魔物であるということを考えるなら威嚇するというのも手段の一つだが、この大漁御礼状態だと上手くいく確率は六割といったところか。
所謂集団心理というやつだ。
一瞬は怯むかもしれないが纏めてかかればイケるかもと思われたらアウト。
威嚇というものは脅しみたいなものだ。怯むヤツが圧倒的に多いけど、中には一か八かとかかってくる個体も稀にいる。そういうヤツがいるとそれに感化され、引き摺られ、一斉に押し寄せてくることがある。
いつもならメインボス以外はみんなが分担して私に注意が向かないようにしてくれているからこそ苦手な多対一状況を回避できているわけで、私がボスとタイマンに近い状態に持っていって、その私をサポートしてくれるのがイシュカやガイ、ライオネル達だ。つまり一点集中型の私にとって周囲をぐるりと囲まれたこの状況はもっとも苦手とするところ。
みんなが助けがなかったなら私はとっくにあの世に逝っていたと思うのだ。
アンデッド系の魔物はある程度生前の戦闘能力が反映されているというのも厄介で、中には明らかに体格が良い個体がいる。ここが闘技場であることから鑑みても討伐ランクはマチマチではないかと推測される。灯りを消してから結界への打撃が激減しているけれど実際何度もレインが張り直してくれている。戦闘ではまだ足下にも及ばないとはいえレインの今の総魔力量は既に団長クラス。
それなりに強固であるはずなのにも関わらず、だ。
私が魔素祓いの詠唱が半分ほど終わるとそれぞれが自分の担当の仕事の準備を始める。
この魔法は浄化よりも使用魔力量が低く、より広範囲に展開できるのがポイント。
魔素濃度が急激に下がると魔物、特にアンデッド系の魔物は一瞬動きが止まり、動きが鈍る。サキアス叔父さんの推察では下がった魔素濃度に身体を順応させるためではないかという。
それを聞いた時は登山で酸素不足や気圧で体調を崩しす高山病みたいなものかとも思ったが、考えてみれば魔物、魔獣というものは日中よりも夜の方が動きが活発になることを思えばまだまだ解明できない謎は多いのだ。魔素自体も結局詳しいことは解明されていないわけで、推論と実験、検証の繰り返しだったと言っていた。
それを考えると魔素というのは一種の病原菌、微生物に近いのかもしれない。
取り憑いた物質を変化させ、その細胞を別のものに作り変える。
まあその辺りは私の専門外、サキアス叔父さんに丸投げということで、前世の知識をもとに色々な推測を立てる私の話を叔父さんはいつも面白そうに聞いている。
そりゃあ目に見えない微生物の動きが観察できるようになった前世でも解明されていない謎も、不治の病と言われるものも山ほどあったことを思えば魔素も研究が然程進んでいないのも特別驚くほどでもない。
現在わかっていることと前世の雑学を利用して推論と推察を繰り返して策を組み立てる。それがいつもの私のやっていることだ。
そのせいでたまに変わった討伐方法を取るとサキアス叔父さんがテスラと私の仕事部屋、商品開発室に押しかけてきて質問責めにされることがあるわけだが、叔父さんにとって私の持つ文明がここより遥かに発展した前世の話は面白くてたまらないようだ。それはテスラも同じだけど。
おそらくヘンリーが側近になりたいと駄々を捏ねだしたのもヘンリーが入室を許されていないそこに嬉々として出入しているのを目撃したせいではないかと思うのだ。
まあ横道に多少話がズレたが、つまり魔素とはアンデッド達を動かしやすい細胞に作り替えた上で、電池というか、電気や電流みたいな役割を果たしているのではないかと思うのだ。だからこそ魔素濃度が下がると動きは鈍くなるし、陽光が当たって魔素が消えれば形が保てなくて消滅する。
ならばこの魔素祓い魔法を直接ぶつければ倒せる可能性もあるが、それでは面白くない。そもそも退治するなら浄化魔法の方が早いわけで、ここにいるアンデッド達のより正確な数を把握するための弱体化が目的であるなら天井目掛けてに放ってそれがコイツらに降り注げばそれも可能なはず。
だからこその浄化ではなく魔素祓いの呪文。
全ての準備が整ったところでイシュカが落下口とは逆方向寄りに、フィアとレイン、私が落下口寄りに分散する。そうして右手に剣を持ち、結界の壁を拳でガンガンと叩くと音に釣られて魔物達がイシュカの側に移動し、だいぶ収まっていたアンデッドによる結界叩きがイシュカ側に集中する。とは言っても大量にいるので全部というわけにもいかず、密集して寄っているというのが正しいのだけれど。
そうしてガンガンと叩く音が激しくなるとその音に引き寄せられて益々そちら側にアンデッド達が集中し始めたところでそっとイシュカはその場所を離れて私の側にやってくると石畳の床の上に左手をつく。
そしてその手許からピキピキと音を立てて私達の周囲を除き、結界内を凍らせた。
これで全ての準備は整った。
「行きますよ。スリーカウント、GOで動きます」
その言葉に私達が頷く。
大丈夫、落下口下の場所が確保できればひとまず成功なんだから。
イシュカがゆっくりとカウントを始める。
「3、2、1、GO!」
その合図と共にレイン結界を解除、私が待機させていた魔素払いの魔法を解き放つ。一瞬そこにいた魔物達が動きを止めた瞬間、レインが前方に向かって風魔法を放ち、そこにいた魔物達を風で吹き飛ばし、それと同時にイシュカが床に張った氷を更に私達の進行方向を極力避けて行き渡らせた。
そうして円柱形のこの部屋を一直線に落下口下までの駆け抜ける。
フィアの警護は右にレイン、左を私、一番危険な後ろをイシュカが担当する。
私達目掛けて寄ってくるアンデッド達は魔素濃度の低下で動きが鈍り、イシュカの張った氷で滑り、押し寄せてくるスピードが格段に落ちる。それでも完全に排除出来るはずもなく、フィアは魔法で、私達は寄って来たものは剣で薙ぎ払い、目的地点に到達したところで魔力量上位二人であるレインと私が落下口を背に真っ直ぐに壁状に天井まで結界を張る。
要するに壁と二枚の結界でその場所を三角錐状に切り取ったのだ。
例えるならホールケーキをショートケーキ状に陣地を確保したわけだがコレで酸素確保は出来た。
まずは一旦、安全確保は出来た。
排除しきれずにその空間に入り込んできた数匹の蛇を聖属性が付与された剣でイシュカとレインが薙ぎ払い、その頭を切り落とす。
「なんとか成功、かな?」
フィアの言葉に私は頷いて応える。
「まあ第一段階は、なんとかね」
ここに落とされてどのくらいの時間が経っているかわからない。
でもおそらくそろそろ上で何か動きが出てくるはずだ。
ホッと息を吐いたところで上からシーファの声が降ってきた。
「殿下、ハルト様、レイン様、イシュカ、みんな無事ですよね〜」
体にロープを巻き、片手にランプを持って下を覗き込むシーファを私達は見上げる。
「うわっ、気色悪ィ。すげえ数ですね、これ」
シーファの呑気な口調に微かな笑いが漏れた。
だが結界をアンデッド達が叩く音が背後で一際大きくなり慌てて私はシーファに声を掛ける。
「灯り消してっ、シーファッ! 声も抑えてっ」
「あっ、そうか」
シーファは慌ててランプの灯りを消した。
「今、そこに降ります」
ようやく私達に届くか届かないかの声でそう言うとシーファは綱を伝って降りてきた。
「既にマイエンツ達は確保しました。
殿下の護衛と監査官は上でお待ちですよ」
そうか、良かった。
あの騒ぎに乗じてドサクサ紛れに逃げ出されていたらどうしようかと少しだけ心配だったけど、よしんば通路を抜けられたとしてもその先にも警備が待機している。そこで捕まるだけだろうけど。
でも何人かは私達、っていうか、フィアを追って飛び込んでくるかと思ったんだけど予想に反して一人も落ちてくることはなかった。
「よく大人しく待ってたね。フィアが落ちたっていうのに。
私は数人は慌てて飛び込んでくるかと思ったんだけど」
「飛び込みそうでしたよ」
疑問に思った私がボソボソと小声で尋ねるとシーファがケロリと言った。
「でも俺とランス、ライオネルで止めました。
まずはマイエンツ達の捕縛と状況確認が先だって」
上がった名前は今回一緒だった同行者の中でも、特に私と関わりが深い三人だ。
「だってハルト様が一緒だったんですよ。絶対御無事に決まってるじゃないですか。そりゃあ多少の怪我はしてるかもしれないけどハルト様は聖属性持ち、治療だってできるし、イシュカとレイン様もいるんだから生きてないわけないって。
魔力量五千を超える化物を無傷で退治できるあの人が一緒で、たかが低ランクの雑魚数匹いたとしても負けるわけないでしょうって言ったら不承不承ですけど納得してくれました」
実際は数匹程度、ではなかったんだけどね。
そうかシーファ達が説得してくれてたんだ。
「それよりもマイエンツ達を逃したら絶対怒鳴られますよって言ったら殿下の護衛達は慌ててヤツらを取り押さえてました」
殿下と私達をここに落とした時点で既に罪人確定だもんね。
どう言い訳しようとこの罪だけは誤魔化しようがない。
「それでとりあえず一番身軽な俺がまずは偵察っていうか、様子を見にきたんですけど」
今回一緒に来た私の騎士団の中で一番小柄で小回りがきくのはシーファに間違いないけど意外といえば意外だった。
「ガイとケイは?」
こういう時に飛び込んでくるのは大抵その二人だったから。
「ここへの他の入口がないか探してくるって。
マイエンツ蹴飛ばして、『馬鹿か、お前は。俺の御主人様がこの程度でくたばるわけねえだろ。魔王様の報復覚悟して震えて待ってるんだな』って、ケイと二人で」
成程。確かにあの二人は今回踏み込んだメンツの中で一番ここに詳しい。図面で見て知っているだけの私達よりも怪しいと思われる場所の検討も付けやすいに違いない。
でもその台詞は如何なものか?
どっちが悪役かわからないじゃないか。
まあいいけど。
クスクスと私は微笑いをもらす。
「ガイらしいね」
「本当に全く、あの男は」
イシュカが左手で額を押さえてそう呟いた。
だけど次に続いたシーファの言葉に私達はピタリと一瞬動きを止めた。
「でも俺はアレは強がりだと思うんですよね?」
えっ・・・?
「だって握った拳が震えてたんで。単に殴り殺したいのを我慢してただけかもしれないですけど。ケイなんて完全に目が殺気立ってましたよ。
けど、とりあえずハルト様の救出が先だからって」
シーファが言う通り、殴り掛かろうとするのを押さえていただけかもしれない。
でも・・・
「で、どうしますか?
俺が先に戻っても良いんですけど、殿下が先の方が?
縄梯子も今取りに行ってるんで、もうすぐ降ろせると思うんですけど」
「じゃあ梯子を待ってるよ。みんなには無事だって伝えておいてくれる?」
問い掛けたシーファにフィアが答える。
「承知しました。んじゃ、来たらすぐ降ろします。一応安全も考えて縄も一緒に下ろしますね」
そう言ってスルスルとシーファは縄を登っていった。
「いいの?」
フィアの運動能力なら梯子を待たなくてもたいして苦もなく登れると思うのだ。
普通なら何を置いても先に救出すべき存在だと思うのだが。
「構わないよ。彼の言う通りだ。ハルト達が一緒なんだ。心配は要らない。
それよりもどうするんだい?
これから『魔王様』なハルトとしては」
如何にも楽しくてたまらないといった感じでフィアが尋ねてくる。
多少その言い方がひっからないでもないけれど。
「勿論とびきりの報復措置を取るに決まっているでしょう?」
なんのためにここにいるアンデッド達を浄化せずに置いたと思ってる?
アイツらにシラを切り通させないためだ。
ここはコロッセオ。
死体が山積みになっていたとしても言い訳できる理由がある。
闘いの場である以上死傷者はつきもの、身寄りの無い者などの遺体の引き取り手がない遺体の処分に困って放置していたとでも言い逃れされかねない。
「当然『魔王様』らしく降臨致しますよ?
二度と私に喧嘩を売ろうなんて貴族が出てこないようにね」
しっかりバッチリと心に深く刻んでもらいましょう。
丁度特別観覧席には彼等の招待客がいらっしゃることですし?
楽しみにしていらしたであろう、コロッセオでの第二部、第三部を中止させてしまいましたから。
「ほどほどにしといてあげなよ?」
「アイツらが素直に自分の罪を吐けばね」
フィアの言葉にそう返すとフィアは少し間を空けて口を開く。
「それは・・・厳しそうだね」
でしょうね。
それは監獄、島送り、国外追放へ一直線の道。
だからこそ自分からその罪、告白したくなる状況にして差し上げましょう。
大丈夫。
そのプランは既に練ってある。
こんな場所に私を落としてくれたオトシマエ、
キッチリ、ガッツリ、付けさせて頂きましょう。
お応え出来る御要望にはバッチリと。
魔王様は魔王様らしく、ね?




