第七十七話 意外なところで戦力増強ありました。
常識的に考えて坂がいつまでも続くわけもなく、然程長くもないそれを滑り落ち、完全に真っ暗闇に飲み込まれた瞬間、私達は宙に放り出された。
上の、地面の上では大騒ぎになっているようだ。
とりあえず重力に逆らえず落下し始める瞬間、イシュカが光魔法で中を明るく照らすと眼下に広がった光景に私は目を剥いた。
んぎゃああああああ〜っ!
最悪だ、最悪だっ、最悪だあ〜っ!
何が最悪かって?
だってイシュカが放った光に照らされ、姿を現したのはアンデッド、スケルトンなどの闇属性の魔物と魔素憑きで肥大化した毒蛇と思わしきもの、大量のそれらにたかる蝿などの昆虫、その他諸々私が苦手としているそれらがオンパレードとなって、魔素を纏い、落ちてきた獲物を見上げて騒めいたのだ。
絶対、絶対っ、絶対にあんな上に落ちたくないっっっ!
私はレインに抱きかかえられたまま、下に向かって全力で風魔法を叩き付けた。
ズドンッと音がして私達の落下地点、中央付近がその風に吹き飛ばされてぽっかりと穴が空き、そこに集まってきていたそれらの魔物は地下のその空間に叩き付けられ、へしゃげ、潰れた。
当然その程度で蠢く死者達が全滅するはずもなく、風圧を利用して衝撃を和らげ、そこに着地したところでレインが即座に周囲に結界を張った。その半球状に張ったレインの結界にベタリ張り付いて、虫や魔物達がドンドンとその結界の壁を叩く様を見て、思わずヒッと悲鳴を上げ、咄嗟に身近にいたレインに抱きついた。
不思議そうにそんな私を見つめているレインにイシュカが声をかける。
「こういったものがハルト様はあまり得意ではないのですよ。そういえばレイン様はまだ御一緒した時には出会したことがありませんでしたね」
・・・スミマセン。
いまだに心構えなく出現されると苦手です。
特にうらみつらみの怨念こもってそうな類は。
前世のオカルト映画が影響しているのだろうとは思う。画面の中なら怖いモノ見たさで済むけれど、現実となると怖い、グロい、キモイ、更にそこに腐敗臭のオマケ付きで無茶苦茶臭く、臨場感を伴って一瞬身体が竦むんです。
いやね。
時間を頂いて慣れれば平気なんですよ。
この光景に目が慣れれば。
ついでにこのニョロニョロと動く細長い生き物も。
ゲテモノ食いは平気ですよ?
美味しければ。
料理されていれば動かないから。
まあ数匹くらいなら目を離さなければ避けられる。集団でなければ対処できる。蝿やゴキ◯リみたいな虫もチョロチョロ飛んでいるのはどうということもない。地面びっしり這っているのもギリなんとか。だが目の前が真っ黒になるほど集団で迫って飛んで来られるとかなりの恐怖、叫び逃げ回るほどではないけれど、身体が一瞬竦むのだ。
こういうのは理屈じゃない。
何回もこういう目に遭えば多少慣れてはきました。
とはいえ大嫌いだったモノがすぐに平気になるはずもなく心構えが必要なんです。
いきなり現れないで下さいよ。
私の太い神経も縮み上がるでしょうっ!
イシュカの指先から放たれる光が煌々と辺りを照らし、それはもうくっきりハッキリと、3D画像どころか現実として。
「大丈夫です。すぐに落ち着かれますから。
ハルト様が仰るには何が出てくるか解らない雰囲気や対処に余るほど集団で襲い掛かられるのが苦手なのだと。状況を把握して理解されればいつものハルト様に戻ります。私は手が離せませんので抱きしめて差し上げて下さい。そうすれば安心されて、冷静を取り戻すのも早いです」
「わかった」
いつもなら抱きしめて視界を閉ざし、落ち着くまで背中を軽く叩いてくれるイシュカの左手はフィアを庇い、右手の人差し指で周囲を照らしている。両手は塞がった状態だ。私も咄嗟に一番身近にいたレインに思わずしがみついてしまったわけなのだが、イシュカにそう進言されてレインのガッシリとした胸板に抱え込まれた。
そういえば穴から落ちた時も庇ってくれてたっけ。
背こそイシュカよりまだ低いけど、ガチムチ体型のレインは実際の身長よりも高く見える。
以前はこういう筋肉ムキムキ体型は苦手だったのだ。
押しつぶされそうに暑苦しい感じで。
だけど今は側近のライオネルもムッキムキ、ミゲルも団長の家系の血が色濃く出たのかマッチョ系、レインは言わずもがなである。そんな彼等に囲まれて生活してればそれが畏れるものではないのだと頭と心が認識する。敵方に回れば厄介な筋肉も味方であれば頼もしい限りだというのをここ数年で実感している。
決して怖いものではないのだと。
だからマッチョ体型も昔ほど苦手ではない。
こんな状況だというのに嬉しそうにニコニコと私を抱えるレイン。
なんか少しだけドキドキするのだ。
「意外だなあ。ハルトにも苦手なもの、あったんだ」
ありますよ、それなりに。
そんな私の姿にフィアが物珍しそうに繁々と見ている。
かなり気恥ずかしい状況に俯いてレイン服をキュッと掴むと、レインはそれを怖がっていると思ったのか益々深く抱き締められてなんだか酷く居心地が悪い。
イシュカが小さく微笑って口を開く。
「内密にお願いしますよ、殿下。公になればそれを狙ってくる輩が出て来ないとも限りませんから」
「大事な親友の弱点をわざわざいいふらしたりしないよ」
言いふらさないかもしれないけど面白がりそうな気がしないでもない。
何せフィアはあの陛下の血を色濃く受け継いでいる。
「見たところ、数こそ多いですがあまり高ランクの魔物はいないようですね」
周囲をぐるりと見渡して天井を見上げ、イシュカがそう呟くとフィアも冷静に落ち着いた仕草で観察する。
意外だったのは今ここでビビッているのは自分だけということだ。
イシュカとレインはともかく、フィアがこの光景にビクともしていないのに驚いた。こんなのは城とかにいたら見たことないはずなのに。
「状況から察するに最初は毒蛇を何匹かここに放り込んでおいて、生存者をここに落として騒がれることなく殺害したってことだったんだろうけど。それが積み重なって奴隷の遺体処分場になったってところか。
それにしてもスゴイ量だ。怒りが湧いてくるよ。
でも、ただ殺害するためだけなら私達が落ちてきた穴をわざわざ傾斜にする必要がないと思うけど」
全くだ。フィアの言い分に賛成だが、傾斜に関しては理由は想像できる。
その言葉にイシュカが少しだけ考えてそれを口にする。
「多分、ですが。だからこそではないかと」
イシュカもそれに気がついたようだ。
疑問符を浮かべるフィアにイシュカが答える。
「死者に食糧は必要ありません。けれど何故か生者は襲う。サキアスに言わせると死者である彼等は本来腹は空かないはずですが、生きていた頃の記憶や習慣で空腹というものを知っている。だがそれを消化する器官は腐り落ちているけれど元が人間であるが故にその習性が残っていて生者を喰らおうとするのではないかと。
つまりここに落とせば己の手を汚すことなく必要ないと判断した者を処分できます」
全くたいしたクズだ。
いったいどんだけの人間をこうしてここに捨ててきたのか。
直接手に掛けていないとはいえコレは立派な殺人だ。抵抗するする術を持たない者がこんなところに落とされれば生き延びることなどできるはずもない。生き残る力を持っている武人だったとしても厚い天井をブチ抜くか、さもなきゃ垂直の石の壁を這い上がれなければ抜け出せない。しかも多数の死者の骸からの追撃を交わしながらだ。
ある意味Sランクの魔物を倒すよりも厳しい。
道具も無ければ空も飛べない。討伐手段も限られる。周囲が石では土属性魔法の効果は薄い、業火で焼けば酸素不足で一酸化炭素中毒死、凍らせて動きを止めたところで今度はその寒さに凍える未来が待っているし、風魔法で噴き上げたところで頭を潰さなければさっきみたいに復活する。光属性と聖属性を駆使すれば倒せるだろうが、そもそもそれを持っている人間は少ない上に全てを倒しきる前におそらく魔力切れになるだろう。あらゆる意味で状況的にここは詰んでいる。
私は全属性持っているし、イシュカとレインも光属性持ちだけど、そもそもここにいる魔物達を全滅できたとしても石壁では地面を迫り上げることも出来ない。ここから抜け出せないのなら飢え死に確定だ。
天井をブチ抜けば今度はその土塊や石壁、瓦礫が一気に上から降り注ぐ。それを全て避け切るなんて漫画じゃあるまいし無理がある。結界を張ってそれを一時的に防いだところでその瓦礫を避けてくれる人がいなければ今度は結界内の空気が無くなり酸欠による窒息死が待っている。
幾つか抜け出す手段が思いつかないでもないけれど、それもイシュカやレイン、私みたいに効果的な複数属性持ちがいてこそできる手段。一般的な平均二属性持ち一人や二人では厳しいだろう。
ただ、その思いついた手段もここにいる魔物を一掃するか、動きを止めないと使えない。とりあえずその内一つは骸骨と虫と腐敗肉に塗れること確定なので絶対使いたくないけれど。
ケイからの報告で死体処理しているにしても遺体の廃棄場所が見つからないとあった。土に埋めた形跡もなければ海に廃棄しているにしても海岸に打ち上げられる死体の目撃情報もないと。
その不明だった隠し場所は判明したってわけだ。
どこまでも悪知恵というのが働いているというのか。ここは闘技場だ。こんなことをしていればいずれ取り返しのつかないことになるであろうに。
上では激しい戦闘が繰り広げられることもあるだろう。何かの事故とかで、たとえば団長クラスの剛力戦士が地面を割るなどして崩れてコレが溢れ出したらどう言い訳するつもりだったんだろうなあとは思う。落ちた時の滑走距離からすると天井の厚さはその対策のためか、かなりの厚さがあると思われるけれど、何事にも想定外の事態というのは起こり得るものだ。
日中の陽がある時間帯ならまだマシだ。陽光に晒されれば灰となって崩れるから。だけど全部は無理だろう。折り重なった瓦礫の影に潜んで夜を待ち、この場所から溢れ出したらどうなるのか?
それにここには魔素強化された蛇も多数いる。コレは多少弱体化するだろうが陽の光を浴びたからと浄化される可能性は低い。
きっとそこまで深く考えていないのだろう。
イシュカの推測にフィアが更に疑問を投げかける。
「その理屈は解らないでもないけど、だったら真っ直ぐ下に落としてもいいんじゃない?」
それじゃあ夜しか捨てられない。
その疑問には私が答える。
「死者達は陽の光で灰になっちゃうでしょ。それじゃあ繰り返し利用出来ない。でも傾斜をつければそれも遮られて光はここまで届かない。後先考えていない悪党らしいといえば悪党らしいけど」
なんとか頭も回り出した。
レインの張ってくれた結界の中の空気だっていつまでも持たない。
外にはガイやライオネル達もいる、助けはくるはずだ。
となれば現実的に考えて、アンデッド系の魔物をなんとかして魔素付きの蛇を弱体化すれば次の手も打ちやすい。
「ありがとう、レイン。もう大丈夫だよ」
そっとその胸を押してそこから抜け出す。
相変わらず目に前には気持ち悪い光景が広がっているけどタイムリミットは刻一刻と近づいてる。空気が薄くなれば呼吸も困難になるし、頭だって酸素が行き渡らなくなれば上手く働かなくなる。
「要するに、マイエンツは国への届出無しで、ここに魔物が棲みついていると知っていて飼っていたってこと?」
フィアの見解は判断し難い。
それに対してイシュカとレインが意見を述べる。
「飼っているというのは語弊がありますが。これを知って放置していたのか、それとも馬鹿で考え無しの結果がこの状況なのは微妙でしょうけど」
「馬鹿で考え無しの方じゃない?
ハルトの威嚇にビビッてたくらいだもん。自分の足下にこんなのがあるって知ってたら、あんな普通の顔してない思うけど」
・・・うん、レインもなかなか辛辣だが、私もそう思う。
せいぜい最初に投げ入れた毒蛇に餌をやっている程度の認識だと思う。
「でもよく魔素が漏れ出なかったね」
フィアも色々と考えているようだ。
この先のことを考えて偶然とはいえ魔物退治の最前線を見学し、勉強してるといった感じだ。ある意味私より肝が据わっているのではなかろうか。
これが将来の国王継ぐ者の度胸というヤツか。
気持ち悪いとビビッている時点で私には国王など到底無理だろう。絶対フィアの安全は確保して、将来その座に就いてもらわねば。
フィアのその疑問には一つの仮定が推測される。
「これもおそらく、だけど、多少は漏れていたと思うよ。魔素は石や地面の深層部に染み込んだりしないからね。魔素ってのは結局魔物の素みたいなものじゃない? だから陽光を嫌って日陰や夜に漂うことが多いし、濃度が濃くても陽の光に当て続ければ浄化して少しずつ薄くなる。それを考えると私達が落とされたあの位置に落とし口を作ったのは正解だと思うね」
「ここはコロッセオ、闘技場ですからね。殆ど屋根がない。つまり陽の光を遮るものは殆どない、ということですか。となれば多少漏れ出ても陽の光で浄化されると?」
頭の良いイシュカは私の言いたいことが伝わったようだ。
「あくまでも推測で、マイエンツがそれを狙って作ったかどうかは疑問だけど」
「偶然でしょ。あの馬鹿にそんな頭はないよ。多分通路前に作ったってことは闘技場から逃げ出そうとしたヤツの逃走防止策だと僕は思うけど」
頷いて続けた私の言葉にレインが更に毒を吐く。
いつものレインらしくないような?
チョットだけ不機嫌な感じがするのだけれど何故だろう。気になることはなるのだけれど今はそれどころではない。
ここを出た後にゆっくり話を聞こう。
「とりあえずこの状況を少しだけでもマシにしよう。
このままじゃ助けがくる前に全員窒息死確定だよ」
「どうするの?」
フィアが面白そうな顔をして私を見る。
上に残っているみんなが対策打って助けに来てくれるとするならば、
「まずは一発魔法カマして魔素濃度を下げる」
「退治するんじゃないの?」
まあそれが一番手っ取り早くて確実なんだけど、それをしたくない理由がある。
「そしたらアンデッドは灰になっちゃったら正確な数わからなくなっちゃう。
マイエンツにはキッチリこのアンデッド化した人達の数だけ賠償金支払わせないと殺された人も浮かばれないよね。やってみるだけやってみようと思って。
まあ無理なら諦めるけど。何事も命あっての物種だし」
私はニヤリと笑った。
「イシュカは照らしてる光を消して、レインはそのまま結界保持。落っこちてきた穴の下までの道を作る。壁際に移動しよう。まずは空気の確保しないとね」
おそらく落ちた扉は空いている。
上を漂っている魔素が揺れて流れていたし、飛んでる蝿が幾らか落下口に向かっていた。虫の多くは光を好む習性があるからだ。だからこそイシュカの放つ光に誘われて寄ってきたのだろうし。集団で向かってくるアレは恐怖以外の何物でもなくて思わず風で全力吹き飛ばしちゃったけど。
助けが来るとするならば上を崩すか落ちて来た穴からだと思うのだ。他の道は見当たらない。だとするなら、ほぼ中央のこの位置はあまりよろしくない。
結界を張れるのは単純な形だけ。
真っ直ぐ壁を上下左右に伸ばして壁を作るか、もしくは球体やオバール型、半球だ。ならばこの場合結界を張って防御、広い空間、陣地を確保するならば最も効率的なのは・・・
「ハルト、私にも出来ることがあれば手伝うよ」
「フィアの持っている属性は?」
「光、風、土、水の四つ。魔力量は二千五百、一応それらの最上級魔法は使えるよ。剣の腕はまだあんまり自信ないけど。あまり公にはされていないから口外しないでね?」
・・・・・。
フィアってもしかしなくても結構強い?
そりゃそうか。
小さい頃から一流の家庭教師に英才教育受けてるんだもんね。
公にされていないのは万が一の場合に備えて手の内を明かさないためかな?
また知りたくもない王家一族の秘密を知ってしまった。
今更だけど。
とはいえ使えるカードが増えるのはありがたい。
これならなんとか魔物や虫まみれにならなくて済みそうだ。
心の中でホッとしつつ、私は作戦を語り出した。




