第七十二話 それは穴の貉の値段です。
「ありがとう、ハルト」
そうして各自が割り振られた担当屋敷の邸内地図を持ったウチのメンバーに先導されて、それぞれ会議室に向かって行ったのを見届けて、私達もコロッセオ突撃班と合流しようと歩き出そうとしたところでそう、フィアに引き留められた。
「私は御礼を言われるようなことはしてません。
ただ思っていることを正直に言っただけですよ」
いつものように言いたいことをズケズケと遠慮なく。
そりゃあストレートに言いすぎては反発を買うからなるべく受け入れてもらいやすく言葉を変換したつもりではあるけれど、それが成功してるかは疑問だ。
それを考えれば彼等を動かしたのは私ではなくフィアの言葉と覚悟だと思うのだ。
「それでも、だよ。
多分、私一人では彼等全員を説得出来なかった」
「そんなことないと思いますよ? 私は選択肢を彼等に示しただけです」
やると決めたからにはやり通せ、それが初めて会った時からの約束。
違えることは赦さないと遠回しに脅迫したようなものだ。
私の言葉にふふふっとフィアが微笑う。
「大事な人達に誇ってもらえる自分でいたい、か」
そうですよ?
たとえ誇ってもらえなくても、せめて恥ずかしいと思われたくない。
「フィアは違うんですか?」
私がそう尋ねるとフィアは少しだけ間を空けて、静かに首を横に振った。
「・・・いや。私も父に、家族に、そしていつか君にも。
誇ってもらえる王になりたい、そう思っているよ」
それがフィアの目指していた夢。
私はそれを知っている。
「ならば是非頑張って下さい。
石に齧り付いてでも必ず。
我がハルウェルト商会が主としている事業は観光娯楽産業。
それは平和な世の中でこそ、より栄えるもの。
殺伐とした生活の中でそれを楽しむゆとりは生まれません。つまりフィアが平和な国を作り、護ってくれてこそ繁栄、拡大する産業なのですよ。
要するに私達にもフィアに協力する利がある、そういうことです」
フィアの夢は私の夢と連動している。
方向性は違うけど、フィアの大きな目標が達成された時にこそ私の野望は実現する可能性が大きくなる。
だからこそ協力は惜しまない。
それは下心ありきなのだと伝えるとフィアが破顔する。
「わかった。必ず私が現実にしてみせるよ。
一人でも多くの民がハルトの作った娯楽を楽しむことができる、そんな国に」
そうしてフィアが会議室に向かって歩き出す。
善意ではないのかと責める人もいるかもしれないけれど、世の中ギブアンドテイク、持ちつ持たれつだ。全く違う方向を向いているより悪くはないと思うのだ。
それは友としてだけじゃなく協力者、相棒にもなれるということ。
利害が一致すれば、より絆は強固になる。
各班には一応ウチの騎士も頭脳戦が得意な者と脳筋系をイシュカとライオネルと相談して等しく配置した。何か不測の事態が起きても対処できるはず。
魔獣討伐と違って今回は誘い込むのではなく踏み込むのだ。
私の得意は待ち伏せ。でも今回はそれが出来ない。
いつもと勝手が違うし、それなりに広い屋敷も多いから目の前で全て完結しない。調査報告に基づいて踏み込んだ部隊を証拠書類の押収と奴隷保護を同時に進める必要があるところも多いので二つ、三つに人員を分ける必要も出てくる。
そして私達担当のコロッセオはそれらの仕事に加えてフィアの護衛、戦闘に突入すれば観客の避難誘導も加わってくる。魔獣のように向かってくれば叩き斬るは流石にマズイ。それは無理矢理契約させられている奴隷も殺してしまうことになる。
さてどうしたものかと頭を捻っていると後ろから呼ぶ声が聞こえた。
「ハルト」
沈み込みそうになる思考を引っ張り上げられてレインを振り返る。
するとそこには何かに燃えるレインの目があった。
なんだろうと思いつつレインの顔を見上げると両の拳を握り締め、レインが口を開く。
「僕も、僕も必ずなってみせるよ。今は無理でも、絶対にハルトに胸を張って、自慢してもらえる男になる」
ああ、成程。そういうことね。
フィアと私の会話を聞いていてレインのやる気に火がついたと。
ならば掛ける言葉は一つだ。
「楽しみに待ってる」
そう言った私の顔を拍子抜けしたような顔でレインが見る。
何故その顔?
「頑張れって言わないの?」
レインの問いに意味を理解する。
さっき私はフィアに『頑張れ』と言った。
でも今私はレインにそう言わなかった。
だからか。
少し不満そうな顔が私に何故だと語りかけている。
そうだね、説明しなきゃ納得できないよね。
私はレインに向き直る。
「だってレインは充分に頑張っているでしょう?
私は今も一生懸命頑張っている人にそれ以上頑張れとは言わないよ」
閣下に踊らされているっていうのもあるだろう。
だけどそれだけでずっと努力し続けられるなんて思ってない。
そこにはレインの強い意志がある。
「どうして?」
「失礼でしょう?
既にこれ以上無いってくらい頑張っている人に、もっと頑張れだなんて。
それじゃまるでその人が頑張ってないみたいじゃない」
レインはなんでも全力だ。
いつでも本気、手を抜かない。
というより手を抜くこと自体を考えていない。
「勿論その人が挫けそうな時とか、応援してほしいんだろうなって感じた時は『頑張れ』って言うようにしてるけど、私はレインがいつもどれだけ頑張っているかよく知ってる。
だから『頑張れ』じゃなくて『待ってる』って言ったんだよ。
人から押し付けられた『頑張れ』は限度を超えたら重荷になる。
もう限界まで頑張ってるのになんでって。
だから私はその人を信じて『待ってる』って言うようにしてるんだ。
前ばっかり見て走り続けていたら息切れだってするでしょう?」
無理すれば後で付けさせてが回ってくる。
サボリと一休みは違う。
「疲れたら少しくらい休憩してもいいと私は思うんだ。
そしたらまた走り出す力も湧いてくるでしょ。
だからレインには『待ってる』って言ったんだけど、もしかして『頑張れ』の方が良かった?」
ひょっとして言葉のチョイス、間違えたかな?
私はそういう感情の機微にとてつもなく鈍い自覚もある。
そう伝えるとレインは目を輝かせて大きく首を横に振る。
「ううん、そんなことない。
僕はハルトに信じて『待っていて』ほしい」
嬉しそうに言うレインの頭に耳が、お尻に尻尾が見えた気がした。
もう子犬とは言えない体格ではあるけれど、相変わらずその行動はわかりやすくてまっすぐで。本当に尻尾が付いてたら全力で振っているんだろうなと考える。
私は必死に微笑いを押さえつつ付け加える。
「私はそうやって自分の意志で一生懸命努力し続けられる人って、最高にカッコイイって思うけどね」
それは一つの才能だと思うのだ。
私のその言葉にレインはほんのりと赤くなり、尋ねてきた。
「それってハルトは僕のことカッコイイって思ってくれてるってこと?」
「そうだけど?」
何を今更。
「本当っ? 嘘じゃない?」
「心外だなあ、嘘なんて吐いてないよ。
それに私はレインにカッコイイねって言った覚えはあるけど、カッコ悪いって言った覚えは無いんだけど」
子供は褒めてやる気を煽り、伸ばすのが基本だろう。
それも閣下がしっかりシメるとこはシメていてくれていたからこそだけど。もう子供とは呼べない体格と年齢、っていうか体格ならばもう既に大人顔負け、ウチの騎士達と並んでも遜色ない。十二歳でコレだと二十歳になる頃は多分ライオネルや団長と並んでも見劣りしないくらいになりそうだ。標準(よりやや小さい)体型の私が貧相に見えるのは泣きたいところだが。
レインは記憶を掘り起こしているのか黙り込む。
そしてそれに気がついたのかポツリと呟いた。
「・・・ホントだ。無い」
「でしょう? だってレインはいつも一生懸命頑張ってるのを見てたから、それをカッコ悪いなんて言わないよ。
私がカッコ悪いと思うのは口先ばかりで大口叩いてる中身の空っぽなヤツや簡単にやらなきゃいけないことを諦めようとするヤツだもの。
自分の意志で頑張ってるレインがカッコ悪いわけないでしょ」
そう返すとレインは照れたように笑って、それを誤魔化すようにフィアの後を追った。
ああいうところはまだまだ微笑ましい。
可愛いなあと思うけど、それは明らかに禁句だ。
すると私達のやりとりを見ていたイシュカとライオネルが小さく笑った。
「そういえば私は以前一度だけ貴方にカッコ悪いって言われたことがありますね」
「それは俺もです」
あったっけ?
覚えてないけど。
私は難しい顔をするとライオネルが微笑いを押えて口を開く。
「『まだ出来ることがあるのに諦めるの? そういうの、カッコ悪いよ』と。カッコ悪い男のまま死にたいなら好きにしなよって言われて、あの一言で俺達は『絶対嫌だ、死にたくない』と思いましたからね。
最悪の状況でも諦めず、活路を探して前を向く。
あの時、そんな貴方の小さな背中を、俺達は最高にカッコイイと思いましたね」
・・・覚えてない。
会話からすると魔獣との戦闘中だろう。
今まで全てが順調に討伐できたわけじゃないから危険な場面もそれなりにあった。それを考えると、私が言いそうなことではあるけれど。
言ってたとしても随分と前の話だと思うのだ。
おそらく相当にビビってて、自分に言い聞かせる意味もあって言ったのではないかと思うのだ。
だとすれば、きっと・・・
「ガタガタ震えていたとしても?」
「ええ。ガタガタ震えていても、です。
それでも逃げずに意地でも前を向く。
そんな男を、貴方はカッコイイと思いませんか?」
即座に返ってきたライオネルの言葉に私は考える。
危機、困難に直面しても俯かずに闘志を捨てずに前を向ける男?
・・・確かに。
「そうだね。ちょっとだけ、カッコイイかも」
私はそう自分でボソリと小声で呟いて、
真っ赤になって俯いた。
それが強がりだったとしても、きっと私は『カッコイイ』と思うだろう。
気合い一つで全てがひっくり返せるなんてことがあるわけないけど、そもそも気持ちで負けてしまったら残った僅かな勝ち目も見つからない。
負けるもんか、負けてたまるかと前を向く。
それが気の強い、可愛げがないと言われ続けた前世の私の姿と重なって、恥ずかしくなった。
理不尽な要求を押し付ける、己の責任を部下に押し付ける、そんな上司に食って掛かって前に出て、可愛くない、女じゃないと罵られていた。
女らしくも可愛くもなかった私は確かにモテなかったけど、それでも、もしかして、もしかしたら、そんな私の強情な後ろ姿は、誰かに一歩踏み出す勇気くらいはあげられていただろうか?
「では私達も殿下とレインの後を追って行きましょうか。
そろそろ状況説明も終わっているはずです。
ここからが正念場ですからね」
そうイシュカに促されて、私達は私達の会議室に向かった。
でも、幾つか気になっている点はあるんだよね。
今回の捕縛劇、ウチが巻き込まれるのは想定内。
もともとウチから持ち込んだ話だし。
閣下と辺境伯に振ったところに貴族宅はない。主犯格とも領地から離れていることもあるのか今のところヤツらとの見つかっていない。既に下調べも済んで報告書付きでウチの諜報部を送り込んでいるから然程問題も出ないとも思う。
連隊長担当の王都内は二件が貴族で二件はその貴族と繋がりのある大地主。逆にこういう仕事に慣れているので当日朝に部隊編成し、用意が万端出来ないところは数に任せて押し通るから大丈夫だといっていた。
だから連隊長達の捕縛、調査は心配していない。
難関なのはフィアとウチの担当なのだ。
ケイはマイエンツ侯爵邸に潜入済み。
ガイも先に向かっている。
一つ一つ潰していては噂や横の繋がり、連絡網で取り逃す可能性があるからこその一斉検挙。国の行政機関であることを考えれば抵抗する勢力も限定的だろう。厄介、面倒ではあっても命の危険までは少ないはず。押し退けたところで監査が入るということは既に陛下にバレているということだ。それを考えれば武力行使に出るよりも財産隠しや隠蔽に全力注ぐか夜逃げの準備に勤しんだ方が効率的だからだ。
ならばなんで陛下はレインを巻き込んだ?
それも学院高等部に連絡入れてまで。
レインも既に十二歳を超えている。今回の案件に出るのに問題はないけれど、経験を積ませたいというのであれば保護者である閣下の部隊に配置されるのが妥当だし、そもそもウチに婿入り予定のレインは国の重要機関に就職予定もない。
ところがまさかの一番危険と思われる私と一緒の配置指定。
陛下は何を企んでいる?
閣下は手伝わせても問題ないというが経験だって浅い。
私も魔獣討伐の経験は多少あっても人間の捕縛経験はあまり無い。ただ私の場合は私が動くことでもれなく付いてくる特大のオマケ、イシュカやライオネル達の戦力が魅力的だからだと思うのだ。
何かあってレインに危険が及んだらどうするのかと閣下に尋ねたら、それで果てるならそれまでの男、責任を取れなどというつもりは毛頭ないので好きに使えと言われた。
相変わらずのスパルタ教育ぶり。
すっかりレインもその気で張り切っている。
いざとなればフィアの側にいる私の近くにいてくれれば纏めて結界張れば問題ないかと開き直る。
そしてフィアの功績を積むというのなら危険が及ぶ可能性があるコロッセオではなくマイエンツ邸でも良いと思うのに、フィアをコロッセオに踏み込む私達のところに陛下は配置した。
そりゃあ悪巧み主犯格二人の揃い踏み、更にはその仲間であろう三人も雁首並べている上に観客聴衆は山のよう、宣伝(?)効果も高かろうが人が多い分だけ危険も多い。証拠書類を押える方が貴族連中へのアピール度は高いように思えるんだけど。
・・・・・。
まあいいや。考えたところで腹黒陛下の考えの底が、私のような凡人に理解出来るわけもない。
その辺は随時対応ということで。
なんかまたハメられそうな気がしないでもないけれど、どちらにしてもマイエンツ達を締め上げないことにはこっちも色々と問題が出てくる。
正義感などという御大層なものは持ち合わせてはいないが、自分達が間違いなく救えると知っていて、日々不当な扱いを受けて殺されていく奴隷を放っておくのも寝覚が悪い。
ならばこの際、新たな従業員確保に動いた方がスッキリする。
来年にはデキャルトで新しい観光施設のオープンも控えているし、それまでにウェルトランドやルストウェルで修行を積ませてからそこのスタッフに起用すれば・・・
ムフフとそんな穴の貉を値段しつつ、私は会議室に向かった。




