第二十八話 まだまだやることは山積みなんですが?
王家に依頼され、侯爵の用意してくれた宿は流石に格が違った。
侯爵家領地の町は王都に近いだけあってかなり賑やかで夕闇に閉ざされてからも窓の外は夜中まで灯りが煌々とついていた。
外に出てみたい気持ちがないでもなかったがさすがに侯爵と一緒の馬車は気疲れしたのか目蓋は重力に逆らえず、窓辺でウトウトしているうちに眠り込んでしまったようで、目が覚めるとベッドの上、ロイにおはようのキスで起こされた。
一度目ほどは驚かなかったが真っ赤になっているところをマルビスに目撃され、ロイばかり依怙贔屓だと騒がれ、ロイと反対側にキスされた。
慣れなくてロイにされた時と同じように真っ赤になると、目を丸くしてその後ギュッと抱きしめられた。
「貴方のこんな顔を見られるなんて最高ですね」
すぐにロイに剥がされたがマルビスは御機嫌で部屋を出ていった。
それを見送った後、ロイはジッと私の顔を見つめてきた。
「私だけの特権ではなくなってしまいました」
はあっと小さくため息をついた。
私だけのって確かに私におはようのキスをするのは生まれたばかりの頃、母様にされた以外はロイだけしかいなかったけど。
それってまるでヤキモチか独占欲みたいに聞こえるんだけど自意識過剰だよね?
気のせい、気のせい、いくらなんでもそれはロイに失礼というものだ。
年の離れた弟を取られそうになっている兄みたいなものだ、きっと。うん。
「いえ、でもまあ少しくらい慣れて頂いたほうが良いかもしれませんね。
貴方は大人顔負けの知識や技術、度胸等を持っていてもこちらの方面に関しては不慣れですから」
褒められてるんだろうけど褒められている気がしない。
確かに私は恋愛方面にはとんと疎いし、慣れてないけど六歳児で馴れているほうが問題でしょ?
まあ前世のオバサン時代からも経験不足で馴れていないけども。
とりあえず支度のためにベッドから降りるとロイが用意してくれた服に着替えながら尋ねた。
「それが何か都合が悪いの?」
「私としてはお可愛らしいのでこのままでいて頂きたいと思わないでもないのですが、その初々しい色香に血迷う不届き者が増殖しないとも限りません」
いやいやいや、六歳児に色香とかありえないよね。
ましてや前世からお前には色気がないと散々言われてきたのだ、そんなものないと思うよ?
それともこちらでは色気の基準が違うのか?
いや、そんなことはないはずだ。
「貴方はご自分が大変魅力的であるということに自覚がありませんからね、無自覚に誑かしてくるので困ります。目の届く範囲であれば対処も致しますが侯爵家御子息のような事態もありえます」
それって真面目な顔して注意されるような事案なワケ?
明らかにロイの欲目でしょう?
レインのプロポーズは突発的事故に近いものだ。
あれは吊り橋効果や雛鳥が初めて目にした物を親と勘違いして追いかける擦り込み現象と似たようなもの、放っておけば熱もいずれ冷めるんだから大袈裟にするようなものじゃないって、多分。
自分の仮定に自信がないのはコッチに転生してから当初の予定や計画が狂いまくっているからだ。
「自覚して利用するならば問題はありません。
ですがこれからリゾート開発企画が進行すれば利権に絡んでこようとする輩が手練手管を使い、貴方に取り入ろうとしてこないとも限りません」
自覚して利用・・・それもある意味問題だと思うよ、ロイ。
仮にロイの言うように私が他人を魅了できるほど魅力的だったとして、今の私が色仕掛けっていうのは現実的にも倫理的にも無理があるよね。
それに私は人間としてみるなら評価基準範囲は結構広めの自覚はあるけど恋愛相手として見るならば相当疑り深いという自覚はある。前世で男運最悪だったせいでそういう意味で近づいてくる男に対してつい、裏がないかと警戒する癖があった。
第一、今の私にそういう手段を使ってくる時点でどう考えても怪しいことこの上ない。
「逆に分かりやすくていいんじゃない?
私は公私混同するつもりは全くないよ」
そういうことに馴れていないのは認めるけど、それで相手が油断してくれるならむしろ好都合。
私はどんなにイイ男や女でも、中身がないのは好みじゃないし、見惚れるのと好きになるのは別。
一目惚れしても性根が悪ければ百年の恋も一瞬で冷めるね。
恋は盲目とかいうけど私には無理。
アバタはエクボになんてならない。私にも駄目なところはたくさんあるから相手に完璧なんて求めてないけど、許容範囲というものがある。例えば多少だらしないところは許せてもゴミ屋敷にするようなものぐさは却下、みたいなものだ。
叱られるのは自分に否があるなら当然として受け止めるが馬鹿にされたり怒鳴られるのは嫌いだ。
好きな人には目一杯優しくされたいし、甘やかされてみたい。
でも好きだからって全てが許されたいわけじゃないから私の悪いところは悪いってロイやマルビスみたいに指摘してくれる人のほうがいいと思う。ある程度譲り合い、助け合い、我慢するのは当たり前だけど片方だけに負担がかかるのは違うと思うし、それでは長く続かないんじゃないかと思うのだ。何事もお互い様だ。
それにハニートラップを仕掛けるにしても私って相当面倒な相手だと思うよ?
子供の私にそういう手を仕掛けてくる時点で怪しさ満載、突っ込みどころありすぎだ。神聖化して理想を押し付けてこられるのも正直迷惑だし、それには応える義理も義務もない。幻滅されても赤の他人なら気になどしない。逃げられないのなら出来る限りの全力は尽くすけど、基本的に私は私の目の届く範囲、出来る範囲のことしか手を出すつもりはない。
「私、綺麗な人を見るのは好きだけど、別に面食いじゃないし。外見なんて体型や着ている服、髪形、特に女の人なら化粧でも印象変わるでしょ? 辺境伯婦人とのファーストダンスの件で年上好きの面食いだって思われてるならかえって好都合でしょ。美形を見ているだけなら実害ないし」
顔だけのイイ女、イイ男が来ても私の目の保養になるだけだ、問題はない。
するとロイが意外そうな顔をした。どうやら面食いだと思われていたようだ。あながち間違いでもないがあくまでも観賞用としてだけど。いくら綺麗でも性格の悪さが顔に出ているようなのはゴメンだが。
「どういうタイプの方がお好きなのですか?」
シャツを羽織ってボタンを留め終ると後ろからロイがジャケットを掛けてくれながら聞いてくる。
私が前世から憧れていたタイプといえば・・・
「性格がサッパリした男前タイプか、色気があるけど理知的なタイプかなあ。そういう意味では三番目の母様とかカッコイイって思うし、ステラート辺境伯婦人とか素敵だなあって思う。我儘で他人を振り回したり、理不尽を他人に押し付けるようなタイプはカンベン、かな」
仕事と私、どっちが大事? なんて言うのはもってのほか。
命が左右される事態ならまだしも生活するためにはお金がなくては無理なのだ。
私は彼氏と呼べるほどの付き合いをする前、それを言うマザコン男を前世でバッサリその場で捨てた。私を養えるだけの甲斐性があればそれもまだ聞く余地があるが母親ベッタリで辟易してきたところにその言葉を言われ、堪忍袋の緒が切れた。
迷わず仕事を取った私にその男は女のクセにと暴言を吐いた。
どんなに男女平等をうたったとしてもどうしても差違というものは出てくる。
それはある意味仕方がないことだ。
体の造りも違うのだし、逆に女だからこそ出来ることもある。
女なのだからと諦めるのではなく、辺境伯婦人のように女だからこその武器を持って戦う人も凄く魅力的だと思うし、それでも男に負けたくないと戦う三番目の母様みたいな姿も私にとって格好いい女の条件だ。
「男なら?」
私が男女共に守備範囲だと言う認識なのだろう。
あながち間違いではないけれど。
掛けてもらったジャケットの襟を整えながらロイの問いに応える。
「仕事が出来て同性に好かれるタイプか、頭の切れる文官タイプ。
でも結局私って飽きっぽいところがあるから一緒にいて楽しいと思える人か、落ちつける人に弱いかも。
私って鈍いとこあるからよく気がつく人なんかも素敵だよね。
自分の価値観や都合を押しつけて簡単に他人を傷つけたり、蹴落す人は大嫌い。後はゴリマッチョは押し潰されそうだから嫌いというほどではないけど苦手かな?」
実際のところ、私自身もよくわかっていない。
女であった前世から格好いい女の人に憧れていたけれど、それが恋かと問われると疑問だし、かと言って現実の男に恋い焦がれるほど夢中になったこともない。ご贔屓の二次元キャラは男が多かったけれど好きだったのは中性的な美形が多く、筋肉の鎧を纏ったようなタイプは好きじゃなかった。
格好いいイコール好きなわけではない。
一般的に考えて嫌いなタイプに恋することは少ないだろうけど、嫌っていた相手の意外な一面に感情が逆転することもあるかもしれないし、全ては仮定でしかない。
ただ好みから考えるなら今の私にはかなり厳しい。
「条件から考えると同年代の人だと難しいよね。
私が大きくなれば別かもしれないけど」
仕事が出来るって条件からすると子供で仕事を持っていること自体が稀だし。
「年の差は気にしないのですか?」
「別に? 気にしたことないよ。
父様より上は離れ過ぎかもって思うくらいでしかないけど」
見た目通りの年齢とも少し違うから本当はもっと上でも構わないのだが自分の父親より上の義理の息子や娘を持つ父というのも微妙だし、妥当なところだろう。
だが私が結婚出来るようになるまでまだ先は長い。
一年や二年なんてものじゃない、もっと先なのだ。
「ただ現時点では難しいよね。私は私だけを好きでいてくれる人が理想だから、年の離れた人に未婚のまま成人まで待っててくれっていうのは厳しいかなって」
「そんなことはありません、貴方には待つ価値があります」
ロイに即座に物凄い勢いで否定され、私は驚いた。でも、
「ありがとう、お世辞でも嬉しいかも」
「お世辞ではありません。
私なら貴方に待っててくれと言われたら喜んで待ちますよ?」
その言葉に朝食を摂るために広間に向かいかけてた足を思わず止める。
「ロイといい、マルビスといい、どうしてそんなに簡単にプロポーズみたいなコト、言うのかな?」
「貴方にしかいいませんよ?」
「タチ悪いよ? それ」
私が本気にしたらどうするつもりなのか、単なるリップサービスみたいなものだと思っていてもドキッとするよ?
貴族社会の美辞麗句を並べ立てるこういった会話はまだ慣れない。
まともに受け取ろうものなら大火傷しそうだ。
前世でも取引先相手の会話で相手を気分よくさせるために多少のヨイショはあったけど貴族のこういった会話を引用したら美人局とか恋愛詐欺で警察にしょっぴかれそうだ。
「朝御飯冷めちゃうよ、早く行こう」
ドアを開けるとテーブルの上に並ぶスープから立ち昇る湯気が目に入り、腹の虫が催促する。
私にとってはいつものメンツ、マルビスとランス、シーファが待っている。
背後からロイの小さなため息が聞こえた。
「タチが悪いのはどちらですか?」
「何か言った? ロイ」
ボソリと漏らされた言葉は上手く聞き取れなくて振り向いて聞き返す。
「いいえ、たいしたことではありません。早く朝食に致しましょう」
結局、ロイの呟きの内容は聞きそびれてしまった。
今日はいよいよ王都入り、兄様達と姉様とは暫くお別れだ。
関所を抜けたら馬車も二手に別れると聞いている。
二年後に私が通う頃には兄様達が卒業して入れ代わりになる。上の学校に進学したとしても校舎も変わるし学院で顔を合わせるのは姉様だけ。学年が違うからそんなに接点もないだろうけど、三つ違いの妹達とは学年にすると四つ違うので私はとことん兄弟と接点が少ない。
比べられるのも面倒なので別に構わないけれど。
寮生活とはいえ、貴族はメイドや小間使い付きは普通で特に珍しくないし、不自由はないけど親元を離れての生活は慣れないうちは寂しいだろう。兄様達が在学中なので幾分か姉様も心強いではあろうが卒業すればどちらにしろ婚約者のもとに花嫁修業に出されることになる。そのためにも今からある程度慣れておく必用もあるのだと聞いた。
この国の貴族の女性の結婚適齢期は十八歳前、二十歳を超えると売れ残りと呼ばれるらしい。
日本でも大昔は結婚が早かったのだから驚くほどのことはない。
そう考えるとやはり男に産まれたのは幸運なのかもしれない。
十二で人生決められたくないし、貴族に多い政略結婚の的にもなりにくい。三男であればなおさらだ。
ただ今回のワイバーン討伐の件で目立ち過ぎたので現実問題として見合い話が大量に持ち込まれているのは間違いないようだ。父様達がいろいろと手を打ってくれているが、昨日の侯爵閣下のように強引な手を使ってくる貴族が出てくる可能性もあるわけで。さすがにレインとの縁談話はされなかったけれど、この先もそうならないという保証はない。
支度を済ませて宿を出ると既に用意されていた馬車に乗り込んだ。
今日は昨日と乗りこむ馬車と人員が変わった。
一台目の馬車に父様とロイとマルビス、それに私。
ニ台目の馬車には主に献上品。
三台目の馬車に母様と兄様達と姉様、それにサキアス叔父さんが御者台横に。
四台目、五台目は変更なしだ。
前二台が王城行き、後ろ三台が学院行きだ。叔父さんが地理に詳しくない新しい執事のケイネルの道案内役となったので予定と少しメンバーが入れ替わったものの大きな変更はない。
「母様達は今日泊まる宿の場所って知ってるの?」
馬車に揺られながら父様に尋ねる。
「ああ、ダイアナは王都の街生まれだからな、問題ない」
「それにアメリナホテルは王都の中でも随一ですからね、知らない者はほとんどいません」
マルビスが目を輝かせて言った。なるほど超一流ってことか。
レイオット領のホテルも凄かったけど、それ以上ってことかな?
「旦那様、途中で商業ギルドの前を通るのでそこで降ろして頂けますか?
例の証明書の申請を手続きしてまいります。
テスラが王都のギルドは仕事が遅いと言っていたので早い方が良いかと」
この間の商業登録一覧のことか。
マルビスにとって王都は生まれ育った故郷だ。私達より詳しいことは間違いないだろうけど。
「わかった、一応ランスとシーファを護衛に連れて行け」
「ありがとうございます」
私が心配するまでもなかったか、流石は父様だ。
マルビスに万が一のことがあれば大変だもの、用心に越したことはない。
「例の染物の登録が通れば良いのだが」
そういえば献上品として王城に持っていくって言ってたっけ。父様としてもどうせ持っていくのなら登録が通ったばかりの品の方が印象が違うし、売り込みもしやすいってところだろう。
「十中八九通るとは思いますよ。テスラが大丈夫だろうと言ったもので通らなかったものは今のところありませんので」
マルビスが欲しいと言っていた人材だから間違いないだろうけど絶対ではないとも言ってたっけ。
私としても通ればブランド力が上がるのでありがたいけど、単純な絞り染めとしての登録使用料支払い期限は過ぎているらしいので商品として売り出すのは問題ないらしいから主力商品の一つになればいいかなって思っている。その辺の宣伝や売り出し方についてはマルビスに任せておけばいい。
そういえば登録の一覧って言ってたけど結構な数のサインをしたような気がする。いちいち数まで数えてなかったがテスラは百を超えると言っていた。
実際に通ったのはどのくらいあるのかな?
提出しても通らないことも多いって聞いたことあるからそんなに多くはないとは思うけど。
「あのさ、私の商業登録って幾つあるの?」
単純な興味。
「一昨日の時点で六十八、まだ手続き中のものもあるようなので今はもっと増えているかもしれません」
げっ、何、その数。
普通、半分も通らないって聞いたことあったような気もするんだけど。商品として売り出す前に登録に引っ掛かっていないか確認するためにも自分で調べるより早いので申請することがあるからだと。つまり、私が適当に手を加えて改造していたアレコレは、まだ商品として存在していなかったということで。
もしかして私はまたしてもやらかしてしまったのでは?
「ギルドで商業登録持っている人ってどのくらいなのかな?」
おそるおそる聞いてみる。
「商業ギルド登録者の百人に一人持っているかどうかってところですね。
持っていても一つか二つ、多くても五つがいいところです。
個人で十を超えると相当に珍しいです」
「ってことは私って・・・」
顔から血の気がひいた。
「はい、歴代最高登録保持者ですね。
ちなみに以前の個人での最高登録数は十九だそうです。
昨日聞いた発明品も完成次第商業登録手続きの準備は整っていますのでまだまだ増えますよ」
にっこりと笑ったマルビスにトドメを刺された。
「まだあるのかっ」
驚きに父様が声を上げた。
「はい、昨日のは金属加工場でのものだけで十六。木材加工業者とガラス工房でも何か発案があるみたいですから記録はまだまだ伸びると思いますよ。
本当に私は素晴らしい主に恵まれました」
感心というより感嘆に近いマルビスの様子に父様があんぐりと口を開けている。
うん、まあ、もういいや。
極力目立ちたくなかったが今更だ。
色々とありすぎて最早噂として広がったとしても胡散臭いことになるだろうから逆に信じない人も出てきそうだし。
この際、開き直ると決めたではないか。
「そういえばマルビスに聞きたいことがあったんだ」
全部の工房で共通に感じた問題点、改善のための一手。
「なんでしょう?」
「あのね、肖像画や風景画じゃない、デザイン専門の画家っているのかな?」
「デザイン、ですか?」
私の問にマルビスが首を傾げた。
「緻密で繊細なのじゃなくて、もっと単純な模様とか、柄や絵とか描くのが専門の人。
工房とか見てて思ったんだけど、ウチの領地の職人って腕はそんなに悪くないと思うんだよ。ただ流行から外れてたり、デザインが古臭いだけで。だからそういう絵心のある人がいれば随分変わるんじゃないかなあって思ったんだけど難しいかな?」
王都から離れているという理由だけでなく、垢抜けていない。
ハッキリと言ってしまうのならダサイのだ。
一つ一つは丁寧に作られ、仕上げられているのにそれを台無しにしてしまっているセンスの無さ。
私の提案に頷きながらも顔を顰める。
「職人は気難しいところがありますから、そういう事に口出しされるのを嫌がることが多いですね。ガラス工房のように買収をかけるか、いっそ買い上げて新しい工房を立ち上げてしまえば可能かもしれません」
そうなるか、やっぱり。
でも地域活性化も狙っている以上、出来れば今ある工房を改善していった方が後々問題も起こらないし、いらぬ摩擦を産まなくて済みそうだけど全てが思い通りにはいかないか。
とりあえず最初は既存の工房に声をかけ、マルビスが言うように難しければ新しい工房を立ち上げる方向で考えた方が無難だろう。ロープライスのブランド化を狙って、少しずつ協力を申し出てくる工場があれば徐々に受け入れ、規模を拡大していく方向がベターかな?
上手くいくかどうかわからないけど、食器や小物のデザイン等以外にも頼みたい仕事もあるし、一人くらいは絵心がある人がいてくれるのは助かるのだけれど。
「私、絵がそんなに得意じゃないから言ったものを形にして描いてくれる人とか、思いついても形にする時に職人ほどじゃなくてもある程度簡単な物を工作してくれる人がいると助かるんだ。いつもラルフ爺にやってもらってるから」
庭師の仕事を毎回邪魔するわけにもいかないし。
「それならテスラが適任ですよ。
デザインは無理ですが手先はそこそこ器用ですし、発明品には目がないので率先して手伝うと思います。テスラが来たら貴方の登録申請書類等は彼に任せようと思っていたので調度いいでしょう。
作っていれば構造の理解も早いので書類を書くにしてもわざわざ第三者に説明する必要もなく無駄がない。量産体制に入るようなものなら彼に説明させれば済みますし、一石二鳥どころか三鳥です。
デザイン画家については少し探してみます。
有名でなくて構わないのですよね?」
「むしろ無名でこだわりがない方が向いてるんじゃないかな。
お願いしたいのは芸術品じゃないもの」
下手に芸術性を追求されても困るし、加工工程で変更せざるをえないことも充分ありえるので、元絵に手を加えたりした時にゴネられても問題になる。
こちらの要求を仕事と割り切ってくれる方がいい。
「選別方法はどうします?」
「やる気があるかどうかが最優先だけど、そうだな、とりあえず花と動物とかをできるだけ簡単にいくつか描いてもらってみたらどうかな?」
「そうですね、商品の絵柄等によく使われるモチーフを描いて見てもらうのが早いでしょう。王都に売れない画家やタマゴが描いた絵を並べて売っている通りがありますから明日、そこに行ってみますか?」
面白そう、行きたいっ!
「通りと言ってもそんなに長くありませんし、いるのはせいぜい二十人そこそこです。目に留まるような人物がいるとは限りませんが」
五日もあるんだから充分見て回れるよね、私は呼ばれているのは明後日だけだし。
予定外の用事さえ入らなければ。
そう思ったところでなんとなく嫌な予感がした。
ゲームで言うところのフラグが立つって言うやつだ。
この一ヶ月、何度も予定外のことに予定を狂わされた。
今回も何事もないとは限らない。
嫌な予感というものは得てして外れないものだ。
外れて欲しいという私の願いも虚しく、見えてきた検問所に見覚えのある人影がいた。
忘れもしない、立派すぎるあの体格と遠くからでも目立つ紅い髪。
「アイゼンハウント団長だ」