第六十話 屋敷での重役会議は御勘弁願います。
連隊長とフリード様が戻らないまま、先に魔物解体のための職人達が先に到着した。
なんとか時間稼ぎをしておいてくれといっていたお二人の言葉に従い、まずは歓迎の宴を催し、強い酒でカクテルを作り、アルコール度数が強いと思わせずにしこたま飲ませて夜遅くまで騒ぎまくり、翌朝二日酔いに持ち込ませた。
こうしてまずは二日時間を稼いだところで朝早くに私が倉庫の鍵を持ったまま急用が出来て出掛けてしまったことにして更に一日、明日はどうやって時間を伸ばそうと頭を抱えていたところ、その日の夕方に二人がお戻りになってホッと息を吐く。
「遅くなってすまない」
まずは伸ばしに伸ばした解体作業は明日から取り掛かって問題ないということで、ギルド担当者にはゲイルが連絡に向かってくれて、三階の会議室に主要メンバーに団長、閣下、辺境伯が揃ったところで報告が始まった。
結果から言えばフリード様の提案が採用となった。
そしてあの化物が出て来たのが神殿地下という事実は対外的に伏せ、神殿ではなく遺跡として処理、研究員達も遥か昔の遺物で断定出来ないところに付け込んで、既に跡形もなく崩れた物がどうして神殿だと言い切れるのかと押し通し、丸め込んだようだ。
陛下を含めた国の重要人物達が黒いものを白だと言えば宮仕の研究員達は白と言うしかない。
突然化物が現れたこともあって追い立てるように洞窟に押し込んだこともあり、彼等は調査資料を紛失したと思っていたのだが、実はサキアス叔父さん達がドサクサに紛れてガメていたのも判明した。借りていただけで読むか書き写した後に本人達は返すつもりだったと主張したのだが、今回はそれが幸いしたのでこれについてはお咎め無し。資料が無ければ報告書も作れない、暗号がまだ解かれていなかったことも都合が良かった。但し、何かわかれば報告だけはするようにと申しつかった。
五千クラスの魔石はウチから陛下が買い上げることになったのだが、その支払い方法は帳簿に記載することが出来ないのでまた後日検討ということになる。
ウチにある魔石も結局マルビス達が露天や骨董品店で見つけた空の魔石を国内外から買い漁ったものに私が魔力を補充した物であって商会の帳簿には載っていない在庫、私個人の資産として現物保管されている。
「それで、在庫は間違いなくあるのですよね?」
連隊長に尋ねられて私は頷く。
ハッキリ言わないけれど七つほどゴロゴロと。
「ありますよ。ロイ、持って来てくれるかな」
「かしこまりました」
頷いてロイは立ち上がると私の私室に向かった。
現在私の部屋には三つの隠し部屋がある。寝室とクローゼットの奧、そして改造した屋根裏だ。
特に深い理由はない。一緒にすると管理がわかりにくくなるからだ。
寝室奥は商業登録使用料や寮費、給金など商会関係の収入。
クローゼット奧は既に引退した冒険者として得た利益。
屋根裏はまだ商業登録前の重要書類やその他貴重品、空の大きな魔石はここに保管してある。魔力を補充した五千クラスの魔石はこれらにわけて入れてあるのだが、多分、公に出来ないというのであればロイはクローゼット奥の冒険者収入管理のところから持ってくるだろう。一番融通が利いて誤魔化しやすいのがここの資産だ。
既に私個人の総資産がどの程度なのか既に把握していないが管理してくれているロイはおおよそわかっているみたいなので聞けば教えてくれると思うけど最早どれほどの金額なのか怖くて聞けやしない。
ロイが布に包まれたそれをすぐに持ってくると、それを連隊長に差し出して確認してもらう。一般人なら滅多に見ないそれも国の要職につく皆々様なら見たことはあるだろう。とはいえ珍しいことは珍しいので閣下や辺境伯はしげしげと穴が空きそうなほどに眺めている。
「確かに。ではこちらは陛下からの受取証です」
そう言って差し出されたのは王家の紋章と陛下のサイン入りの証書。
支払い方法、金額については後日相談となっている。それをそのままロイに渡すと再びロイはそれを持って私の私室に入っていった。
「ではヘンリー、これの加工は貴方がサキアスと一緒に行ったということにしてもらっても良いか?」
尋ねたフリード様にヘンリーが頷く。
「構わんぞ。ハルト達が狩った大型魔獣の魔石加工は我々がいつも行っているしな。
それでその化物から採れたという空の魔石は見せてくれるのだよな?」
やや喰い気味で身を乗り出し、詰め寄るサキアス叔父さんとヘンリーに連隊長が仰反る。
「まだ見てないのですか?」
「ハルトが二人が戻って来るまで待てと言うから。
見せたら私達はフラフラと近付いてうっかり触れたり、ゴネて研究室に持ち帰ろうとしかねないから駄目だと。我慢出来ないならウチの取り分であるあの素材は売り払うぞと脅された」
それを聞いた連隊長とフリード様が乾いた笑いを浮かべる。
当然でしょう?
この二人は飛び抜けて頭が良い。結託して丸め込みに掛かってこられたら非常にマズイことになりそうじゃないか。
扱いも決まっていないものに何かあればどう責任を取る?
「お前、年々この二人の扱い方が上手くなってないか?」
団長が私を見てボソリと言った。
そりゃあ何年生活を共にしていると思っているの?
上手くなったのは私だけじゃありませんよ?
側近、大幹部、ウチの屋敷の執事達ならば既に慣れてます。
いちいち反応してたら心臓が持ちませんって。
「仕方ないからサキアスと二人で先に暗号を解いていた」
ヘンリーが溜め息混じりにそう言うと今度は連隊長が驚いた。
「解けたんですか?」
「一応。文章だけなら解けたぞ。
でもまあ内容的にはあの化物の出現時の記録とその恐ろしさ、当時の生活や被害状況みたいなものが書かれてただけだ。
要約するなら『こんなにも怖しいヤツが封印してあるのだぞ、絶対開けるなよ』みたいな感じだな。アレの出現により当時の国の九割近くの人間が犠牲になったようだぞ。なにせ傷を負ったり、暴れて魔力を消費する度に人を喰らって魔力を補充していたようだからな。倒そうとすればするほど魔力消費されて魔力が減った分だけ人を喰らうとなれば際限が無いだろう?」
自分を倒そうと向かってくる相手もあの化物にとっては魔力を補充する栄養源。
ヘンリーの大雑把な説明にゾッとする。
私達は聖属性魔法で弱体化させた上でワイヤー網を掛けて動きを封じた上で剣や弓で突き殺したわけだがワイヤーの網目が大きかったり、破られ、手を伸ばして掴まれたりしていたらヤバかったということか。
「年代的にはおよそ千年近く前ってとこだろうな」
「その根拠は?」
ボソリと付け加えたサキアス叔父さんの言葉にフリード様が尋ねる。
「文字の形だ。現在魔術で使われている古代文字よりも更に古い。文字というものは簡略化されたり、より複雑化されたりと形を変える。今確認されている古代文字の最古のものが八百年前、それよりも更に古いと思われるものだからだ」
古代文字は叔父さんの得意分野だ。
「成程。ではそのあたりの見解はまた資料に纏めておいてくれ。急がないから私かバリウス、リディの誰かに渡してほしい」
「わかった」
連隊長の要請に叔父さんが了承する。
そして話のキリがついたところで閣下と辺境伯が木箱に入った空の魔石をリビングに運びこんでくれた。そして木箱の蓋を開けると案の定、二人は思い切り前屈みになり、くっつきそうなほど箱の中を覗き込んだので、それをフリード様とキールが引き剥がした。
やはり叔父さん達の扱いはどんなに私達が慣れたとしてもこの二人には敵わない。
フリード様に襟首を掴まれたままヘンリーが尋ねる。
「それで空の魔石が満タンになっている言い訳はどうするのだ」
「ハルトの魔力量を六千前後であると公表する」
やはりそうなるのか。
連隊長の言葉に私は諦めて肩を竦めた。
これ以上目立つのは避けたかったが今更だ。既にこれ以上ないほど目立っている。今更一つ二つ増えたところで大差ない。
だが当然驚いたのはそれを知らなかったこの二人。
「六千っ⁉︎ それはどういうことだっ」
閣下と辺境伯が驚いて目を見開き私をチラリと見てすぐに連隊長に詰め寄る。
「そのあたりの事情についてはこれから説明する。
但し、極僅かな者しか知らない国家機密だ。レイオット侯爵、ステラート辺境伯。内密にすると約束できないのであれば二人はここに待機していてくれ」
国家機密というほどではないと思うのは私だけ?
どうせ私の魔力がそれなり(?)に多いのはウチの騎士団、団員、近衛の一部にはバレている。彼等がそれを言わないのは正確な数値を知らないのと気付かないフリをしてくれている好意からだ。しかしながら直接私のそれらを見たことのない二人がそれを知らないというだけの話で。
閣下と辺境伯は顔を見合わせて頷く。
「了承した。私の誇りに賭けて誓おう」
「ワシもだ、絶対に口外せんと約束する」
そこまで大袈裟なものでもないけれど。
ここまでくると総魔力量がバレるのも時間の問題のような気がしないでもない。
まあ秘密なんてものはいつまでも隠し切れるとは思っていないので、比較対象がいないあたりの設定で公表しておけば本来の魔力量がバレることは少ないという判断だと思うのだ。
今までそれを知らされていなかったキールとレインはあんぐりと口を開けている。
この二人も最早身内、知っていてもらっても差し支えないし、バレたらバレたでどうということはない。
ただ余計な厄介事が更に舞い込むだろうなってくらいか。
今の陛下もフィアも国外侵略するつもりがない平和主義だし、国家間の戦争に駆り出されることもないだろう。二人には私は人殺しに参加するつもりはないと宣言してあるし、上級魔法を一発放てば災害クラスのバケモノがいるところにわざわざ戦争を吹っ掛けたりはしないだろう。
それが抑止力となるのなら、むしろ『喜んで』だ。
だがいきなり突飛もない数字を公表するのも胡散臭い。
それ故、五千クラスの魔石を満たしても余力がある数値にしておこうという狙いの六千だろう。入学当初三千超えで話題になった。四年間で増えたとしておくにしてもギリギリってとこか。
「ハルト、魔力量測定の石碑はどこにある?」
とっくにそれを超えていると知っているのに連隊長がそう言うということは、それでもある程度は正確なところを把握しておきたいということだろう。
「三階に上がる階段下の物置に」
あそこは窓がないし、壁も厚いので色々と都合が良い。
特に狙ったわけではない。最初物置として使っていたのだけれど真っ暗で光が漏れにくいと気がついて、光があんまり漏れてほしくない空の魔石への魔力補充と魔力測定に丁度良いと思って物置を他の部屋に移し、光が当たると劣化しやすい貴重素材の置き場になっただけのこと。
だが私達がここを離れるとこの空の魔石の見張りをどうしようとチラリと視線を向けると、それにガイが気がついて口を開く。
「その間はコイツは俺とライオネルで見張っててやるよ。どうせ御主人様の魔力量を計測したら戻ってくんだろ?」
ライオネルもそれに頷いて了承する。
「ええ。ではお願いします」
二人に頼んだところでゾロゾロと階段を降り、私達はその物置に向かった。
薄暗く狭い物置にぎゅうぎゅう詰めに近い状態で十四人が入ると最早息苦しさすら感じるが仕方ない。狭いからと石碑を動かして光が漏れるのもあまりよろしくない。
「まずは私が測ろう。計測に間違いないと確認する意味も込めてね」
そう言って連隊長がそれに触れるといつものように一瞬の間をおいて眩い光が下から上がり、それは四千二百辺りを示したところで止まる。
「流石だな。国内最高保有量と言われるだけある」
感心しきりでそれを見ながら辺境伯が感嘆息を漏らす。
「それも今日までの話ですけどね」
そう苦笑して連隊長が私の前に道を開ける。
わかってますよ、次は私の番ですよね。
ここ数ヶ月は測っていない。だが他領のビニールハウス建設受注を受けて、幾度か貯水池や砂防作りのために魔力を限界一歩手前まで使っている。更に先日の化物退治でも。間違いなく増えていると思うのだ。
嫌な予感を感じつつも私以外の十三人の視線を一身に浴びつつ軽く石碑に触れる。
するとそれは一気に下から光の柱を伸ばし、連隊長の計測値を軽く超え、恐ろしいことに八千のメモリを五百も越えて止まった。
うっ、嘘っ、嘘でしょうっ!
誰か嘘だと言ってっ!
いくらなんでもコレは増えすぎでしょうっ⁉︎
「やはり八千を超えてきましたか」
イシュカのそんな呟きに唖然呆然としているのは閣下と辺境伯だけではない。団長、連隊長、フリード様のみならず、イシュカを除いたほぼ全員だ。
「数ヶ月前までは、これほどではなかったのですけどね。
多分先日の戦闘の際、限界まで魔法を行使したせいでしょう。だいたい一割を切る
まで魔力を使うと増えると仰っていましたから」
惚れ惚れした様子でうっとりと眺めているイシュカの姿は別の意味で怖い。
イシュカの目にはいったい私はどのように映っているのだろう。
聞いてみたいような、聞いてみたくないような?
「どういうことだ?」
疑問符を浮かべる閣下に、とりあえず計測の終わったので話は上に戻ってからにしましょうと部屋の扉を開けると入口付近にいたキールから順番に再び四階へと上がって行った。
「そういえば、胎内魔力量が一定値を低下すると魔力量を器である身体が錯覚して容量を広げやすくなるという論文が以前発表されたことがあったな。
かなり前の話ではあるが」
四階のリビングに戻り、落ち着いたところでロイがみんなに水を配ってくれた。
血虚期幾つだったのかというガイの質問にイシュカが耳打ちすると一瞬目を見開いてガイがニタリと笑う。
コレは絶対面白がっている顔だなと思う。
思い出したようにそんな話をしたサキアス叔父さんに視線が集中する。
私がそれを知ったのは父様の書斎にあった書物だ。それを叔父さんも目を通していたとしても不思議じゃない。まして叔父さんは研究者、そうでなくても耳にしたことがあってもおかしなことでもまい。
「そんな話、聞いたことがないぞ」
目を見開いて驚き閣下に叔父さんが苦笑する。
「だろうな。当時も証明出来なくて否定されたものだ。
今も眉唾物の話とされている」
やはりそうなのか。
確か父様の書棚でも一番下の端っこの方にあったのはそのためか。
魔力の伸びには個人差があるとされていて、それは才能の差だと言われている。鍛錬、訓練でも伸びることは伸びるが限界があると。それが本当かどうかはわからないが私個人に於いてなら間違いなくあの書物の説はあっている。
「人にも魔獣にも生命維持に必要な魔力量があるのは知っているか?」
「それなら勿論知っている。人間は胎内魔力がある程度のラインを割り込むと生命活動保持のために昏倒する。ワシも三百を切るとかなりキツイ。それは学院時代にも習うことだろう?」
サキアス叔父さんの問いに辺境伯が答えると頷いて更にその先を続けた。
「そうだ。生命維持に必要なのはおおよそ学院入学したての子供で百程度、成人で二百から三百程度、体格や職業によっても若干変わる。辺境伯の魔力量は確か二千五百程度、だったか」
「魔力量の差違は経験と技術、鍛錬で補える」
サキアス叔父さんの言葉に辺境伯がムッとして言い返す。
「私は魔力量が低いから弱いと言っているわけではない」
そう、その通り。
魔法には呪文詠唱でタイムラグが出来る。不意をつかれれば体術や剣術には敵わない。戦闘は総合力だ。魔術だけが優れていても勝てるとは限らない。
「例えばだ。辺境伯の体格だとおおよそ生命維持に必要なのは三百前後。それを下回ると身体が悲鳴を上げてキツイと感じる。だからこそそれを超えて昏倒しないように加減を覚えるだろう?」
「当たり前だ。戦場で倒れては皆に迷惑が掛かる」
尋ねたヘンリーに頷いて辺境伯が頷く。
戦場で倒れるということは、即ち死に直結する。
ましてそれが辺境伯のような強者であれば単に辺境伯が欠けた分の戦力が落ちるだけでは済まない。味方の戦意喪失が起きれば負け戦は確定だ。だからこそ団長や連隊長、閣下や辺境伯のような一軍の将と成り得る者は絶対負けてはならないのだ。彼等はそこにいるだけで味方を鼓舞できる貴重な存在なのだ。
だが三百を下回ると厳しいということは、総量二千五百となれば一割を切ると昏倒する危険があるということだ。一割を下回るのとそうでないのとでは伸び率が違う。
まして辺境伯はまだまだ現役といえども魔力の伸びが期待できる年齢をとうに過ぎている。
「だがハルトは違う。ハルトの体格からするとそれに必要な魔力量は二百以下。今の魔力量からすればおそらく胎内魔力量が一割どころか更にその半分を切っても命に問題はないだろうな」
そうですよ。ヘンリーの言う通り。
多少フラつきますけどね。少し休めば特に問題ありません。
「人間は限界まで魔力を使ったとしても総魔力量に関係なく多少の差はあれど三日でほぼ全開する。つまりはハルトは仮にそれを割り込んだとしても生命維持に必要な魔力が回復するまでの時間が短い」
まあそうですね。
サキアス叔父さんの御指摘通りです。
叔父さん達の言いたいことを理解したらしい連隊長が呟く。
「要するに、私が一日で千三百前後回復するところ、ハルトはその倍回復する。一刻ならおおよそ二百前後。生命維持に必要な最低限の魔力を多少割り込んでもすぐに回復して動ける、ということだろう?」
「そうだ。ハルトは言葉も覚束ない内から魔法を使って倒れ、よくロイに抱き抱えられていたと聞いている。幼少期からそれが続けばジワジワと魔力量は増える。ハルトは学院入学試験時には既に連隊長の魔力量を超えていたはずだ」
ヘンリーの発言に閣下が首を傾げる。
「その当時は三千百程度だったと覚えているが」
「おおかた陛下に言われて目立たぬようにと調整したのだろう。アレは計測する時点での体内保有量を計るものだ。私を含めた三人の魔術師相手に圧倒出来る人間がその程度の魔力量である筈あるまい。少し考えればわかることだ」
やはりあの時バレていたか。
そんな反応してたもんね、ヘンリー。
でもそれを今まで口に出さなかったというのは口が堅いということか?
いや、そうじゃないだろうな。多分関係ないと思っている第三者にそれを言うほど興味がないだけだ。ヘンリーは至極自分本意で自分の欲求に忠実だ。確証のないことを吹聴して回る趣味も他人の噂にも興味がない。
「もし、胎内魔力量が一割割り込めば増える可能性があると知って、辺境伯は現在の魔力量でそれを行使するか?」
それは命の危険を冒してでもという意味か。
サキアス叔父さんの問いに辺境伯は首を横に振った。
「・・・しないだろうな。死んでは元も子もない」
「そうだな。私達の生命は自分だけのものではない。倒れれば家族に、領民に迷惑が掛かる。そこが戦場であるならばまさしく生命の危機だ。常に余力を残しておくのは常識だ」
閣下も納得して呟いた。
上に立つ者の責任。
しがらみがなければただ強くなりたいというだけで無茶が出来ることも立場を考えれば無理がある。
「そうだ。普通であればそんな危険は犯さない。身体は無意識に生命維持するように出来ているからな。仮に使えたとしても加減を知らずに限界超えて使えば待っているのは死だ」
確かにヘンリーの言う通りではあるんだけれど、それって私が無茶無謀をしょっちゅうやっていると言っているようにも取れるのだけれど私の被害妄想かな?
だがおおかたサキアス叔父さんとヘンリーの言ってることは間違いない。
大抵の人間の魔力一割は生命維持に必要な最低限の魔力以下。
死ねば全て終わり。
そんな危険を冒さなくても人は充分強くなれる。
「だがまあハルトの魔力量が異常なことには変わりはない。正確な数値を公表すれば他国の危機感を煽りかねない。だからこその六千か」
「そうだ。それでも計測開始以降最高魔力量だ。大騒ぎになることは間違いない。だがあの化物から採れた魔石に魔力を補充出来る程度の数値は必要」
「それ故六千程度で公表するということか」
団長と連隊長、閣下の言葉みんな黙って聞いている。
なんとなく、だけど。
一番話の中心であろう私の意見が一切聞かれていない気がするのはやはり私の被害妄想かな?
私、連隊長達が戻ってきてから殆ど喋っていない気がするんだけど。
まあ国家の一大事になる可能性を考えれば私の都合や意見など、取るに足らないものかもしれないけど。
しかしながら増えに増えた魔力量はとうとう八千を超えた。
コレは最早人間辞めました状態だろう。
なんとなくショックだ。
そういえば最近、他領に出掛ける道中に、めっきり魔獣に出会さなくなった。
もしかしてそれはこの魔力量のせいか?
だとしたら便利なことは便利なのだけれど、ウッカリ人の多いところで殺気を漏らせば気絶者続出なんて事態にならないでしょうね?
今ですら要取扱注意人物なのに、そのうち危険だからと隔離されたりして?
いや隔離ならまだマシ。排除されないでしょうね?
この膨大な魔力量、減らす方法、無いのかな?
人並みとまではいかなくてもせめてバケモノ認定が掛からない程度まで。
複雑な気分で俯いていた私の耳に閣下の声が届く。
「待て。と、いうことは、だ。
ハルトであればあの空の魔石にも魔力が補充できるということか?」
弾かれたように顔を上げて閣下は私を見た。
ああ、成程。確かにそうだ。
空の魔石がこのままの状態が危険なのは間違いない。
今は満タン、補充しろということであれば一日程度、身の安全を間違いなく確保して下さるならそれも薮坂ではありませんよ?
幸いここには現在この国最高戦力が揃っているわけですし。
私が空の魔石に近づこうとすると、フリード様にそれを止められた。
「かもしれんな。
だがこんな大きさのものは見たことがない。多分推測するに八千程度であろうとは思っているが私達の判断はあくまでも推定。補充出来たとしてハルトの生命と引き換えになる可能性がある。
危険だとわかっていてそれをやらせるか?」
「絶対に駄目ですっ」
「駄目に決まってるっ」
問い掛けたフリード様の言葉に私がギョッとする前にそこにいたほぼ全員が大声で叫び、イシュカとガイが即座に私をその背中に隠した。
妙な緊張感が漂い、険しい顔をしたみんなをフリード様は見渡し、苦笑した。
「だろう?
ハルトには八千クラスの魔石以上に価値がある。
たとえこれが国家予算並みの値段がついたとしてもハルトをトップとするハルウェルト商会が動かしている金額はそれを凌駕している。
勿論、それ以外のことでもハルトの影響力は大きい。
価値が高い方を優先するのは当然だ」
その言葉にホッとしたことはしたけれど。
ちょっと待って。
まあ死にたくないからその意見に反論する気はないよ?
ないんだけどね?
それってつまり、私の生命は大国であるこのシルベスタ王国の国家予算並み?
そういうことですか?
いやいやいや、流石にそれは過大評価過ぎるでしょうっ⁉︎
「とにかく、だ。今回の調査隊についてはそういう話でまとめることにした」
「ですが、もう一つの問題が厄介なのですよ」
呆然としている私に構うことなく連隊長とフリード様によって話はサクサクと進んでいく。
あれっ?
私って国家予算並みの価値、なんですよね?
なのになんで私抜きで話がまとめられているの?
いや、待て。
面倒なことに巻き込まれないで済むのならその方が良い。
私抜きで片付くならと他人事を決め込もうとした私の希望は連隊長とフリード様に向けられた視線で一気に瓦解した。
そう、ですよね。
私を巻き込むつもりがないのなら私の屋敷で重要会議なんて、
しませんよね?
今度はいったいどんな揉め事が起きたのかと考えて、
私は深い溜め息を吐いた。