第五十九話 是非とも教えて欲しいのです。
ガイは団長達の前で全ては語らなかった。
だけど彼らも無知ではない。
容易にそれが想像できたのだろう。
その後、暫く誰も口を開こうとしなかった。
腐った貴族っていうのは何故こうも次から次へと湧いて出てくるのか。
楽して贅沢に暮らしたところで退屈だと思うのだ。
だからこそ刺激を求めて余計なことを考えるのか。
それだけ今のシルベスタ王国が平和だってことなのかもしれないけれど、政治が腐敗したら国が衰退するのなんてあっという間。国を支える圧倒的多数の平民の力を上げなくては経済が潤うはずもない。金貨百枚を稼いでもらってそのうちの六割税金で搾り取っても金貨六十枚、そして民は疲弊していく。だけど経済が潤って金貨千枚稼いで貰えたらその半分の三割税金払って貰えたら金貨三百枚、税率下げたって五倍の金額の税金が支払われることになる。
どう考えたってその方が良いに決まってるじゃないか。
まあそんな単純な話ではないのだけれど。
多くの人が生活するってことは揉め事だって多いし、整備した道や橋も使う人が多ければ傷むのも早い。でも傷んだ道を直すために新たな雇用が生まれる。そうして民が、領地が、国が潤っていくと思うのだ。
団長達がいない三階の私の書斎に場所を移し、キールとサキアス叔父さんを除く側近が集まったところでそこにアンディ、シュゼットとサイラスを混え、調査内容を教えてくれた。
町外れに建てられた闘技場で行われているのは一般的な騎士や剣闘士達による優勝者には賞金が出るトーナメント方式の試合から猛獣、魔獣との戦いまで様々。時々によって催し物が変わり、商業ギルドと冒険者ギルド、町の掲示板や大きな食堂などにポスターが張り出され、開催の期間や日時、内容、参加者募集などが知らされる。
まだまだ娯楽が少ないこの世界では、こういったものは盛況だ。
掛け金も銀貨一枚からと手軽に手が出せるが、ウチと違って一般客にも上限がないために娯楽よりもギャンブル性が高い。こういったものにありがちな一度儲かればズブズブとその沼にハマり、借金に借金を重ね、生活を持ち崩す者もいる。要は大損した輩が物を壊したり、負けがこんで機嫌が悪い者が暴れたりというヤツだ。
しかしながらこの地域は比較的治安が良い。
だが金が回るということは経済が潤うことでもあるわけで、表の大通りには賭けに勝った者達が散財する高額な品を扱う店やワンランク上の宿屋、良い酒を出す呑み屋や飲食店、高級娼館などが軒を連ねて羽振りの良い客が一攫千金の夢を見せている。
だが一本道を裏に入ればそこは貧民街。低価格の食堂や素泊まりのボロ宿、僅かな金を得るために通りに立って春を売る女達。その日の暮らしにも困る人達がそこに住んでいる。別にそれ自体は珍しくもない。ウチの領地には無いというだけで大なり小なりのスラムはどこの領地にもあるものだ。
じゃあ何が問題なのか?
それは闘技場における競技の内容だ。
一般的な戦闘経験豊富な者達による迫力ある試合もある。
だが、もう一つ多くの客を集める人気の出し物があるのだ。犯罪者達が粗末なナイフ一本で魔獣に立ち向かう所謂『公開処刑』だ。
前世でも昔は、ローマのコロッセオ以外でも処刑が娯楽とされた時代があり、日本を含む世界各国にもそのような風習があったと言われていた。悪趣味だとは思うけど自分達の生活を脅かしていた罪人達が逃げ惑い、悲鳴を上げて助けを乞う様はさぞかし滑稽に目に映ることだろう。中には笑って見ている者も少なくないという。実際の被害者が死刑執行人として高らかにその犯罪者の罪状を語り上げ、檻の扉の上に繋がれているロープを引き上げ、中にいる魔獣や猛獣が解き放たれる。
それは復讐という名のショー、一種の短いドラマだ。
重罪人が己の犯した罪の報いを受ける瞬間。
これがこの地区の治安が比較的保たれている理由だ。
罪を犯せば眼前で行われている殺戮ショーが明日は我が身となる。だからこその重犯罪の抑止力となっているというわけだ。
それだけ聞けば然程悪いことをやっているようには聞こえないかもしれない。
確かに経営方法自体は合法と言えなくもない。
但し、これが作り上げられた茶番でなければ。
ここは不合法で処分に困った奴隷の処分場なのだ。
彼等は金持ち達に裏で被害者救済基金という名目で金で買われ、その残忍な見世物を見物するための最前席に座る権利が与えられる。そうして働けなくなった奴隷はこの公開処刑の場に駆り出される。
売られ、攫われ、身体が動けなくなるまで過酷な労働を強いられた最期が魔獣に追われ、その爪に切り裂かれ、牙に食い千切られ幕を閉じる。
まさに残虐非道。悲惨な人生だ。
奴隷である彼等を道具とさえ思っていない証拠だ。
そしてこの闘技場に駆り出されるのは奴隷だけではない。
多額の借金を背負い、返済に困った騎士や冒険者達だ。
甘言でギャンブル依存症に追い込み、借金の証文と引き換えにこの闘技場で勝ち抜けば自由になれるという約束のもと、開いた扉の向こうには腹を空かせ、凶暴になっている魔獣が待っているって寸法だ。
ランクこそ高くはないが『腹が膨れている限りは』という注釈はつくが剣を向けなければそれなりにと大人しい魔獣もいる。だが人間というものはそこに危険があると判断すれば防衛本能というものが働く。
それが戦うことを生業としている者ならば尚更だ。
彼等が放った殺気は魔獣の闘争本能を刺激し、唸り声を上げて飛び掛かる。
借金返済不可能という事実は強盗殺人の罪にすり替えられ、粗末な武器で戦い、命を落とす結末で幕を閉じる。
罪人と誤認識させられている者が何を叫ぼうと観衆は耳を貸さない。
それが自分を正当化するための嘘だと思っているからだ。
足掻く姿に、叫ぶ悲鳴に会場から嘲笑が漏れる。
だが稀に屈強な武人はこの惨劇で生き残ることがある。
この闘技場で行われている事実それに謀らずも加担してしまった罪を押し付け、脅し、共犯者としてそんな彼等を飼い殺しするのだ。その闘技場の用心棒や自分達の子飼いの暗殺者などとして。
つまり魔獣との一戦はその腕を確かめ囲い込むための手段ともなっている。
表沙汰になれば家族に迷惑が掛かる、そんな罪悪感につけ込んで縛り付ける。
成程。
聞けば聞くほど実に上手く仕組みが作られているというわけだ。
立証できなければ犯罪は無罪を証明するのは難しい。でっちあげた証人がそれを涙ながらにそれを語れば尚更だ。偽証罪というものも勿論存在するが嘘である証明というのは困難だ。奴隷契約でも結べば嘘をつけなくなるのだが、それは一応国が管理しているものとなっているわけで、裁判を起こし、弁護人を雇う金が無ければそれも厳しい。
結局、弱者は泣き寝入りするしかないの現実で。
そうして統治に多少問題があったとしても明確な悪を用意して懲らしめるという場を用意することで領民の不満の行き場をある程度解消することも出来る。
一石二鳥どころか三鳥、四鳥を狙った興行だ。
その内容を聞かされた時、サイラスは眉間に皺を寄せ、嫌悪に顔を顰めたがジッと考え込み口を開いた。
「確かに無罪の立証は難しいでしょうね。
家族に売られ、他国から輸入された奴隷であれば彼等に味方はありません。
他領や国外でも治安維持のための見せしめとしての公開処刑は存在していますから興行自体は違法ではありませんし、そこでの売上もしっかりと計上され、納税されている。泣き寝入りするしかないことの多い被害者への給付金という名目で帳簿は計上され、実際にそこから支払われてもいるってことですよね?」
「まあな。それが本当に被害を受けたヤツかどうかは怪しいがな」
ガイが頷いてそう付け加えた。
でしょうね。
補償金に税金は掛からない。
それが実際は支払われていなかったり、子飼いのヤツらの懐を潤していたとしても帳簿上は帳尻が合うようになっている。
そしてまともな腕試しのトーナメント戦も日程を変えて興行、運営されている。
偽造された罪人の悲惨な末路を見せることでの恐怖政治ってヤツか。
全く反吐が出る。
「連隊長がそれを団長達にお伝えにならなかったということは公になると問題があるという認識でしょう」
アンディの呟きにイシュカ、マルビス、ロイがそれに同意する。
「当然です。無罪の者が残酷な手段で見世物として殺され、晒される。そんなことが国に広まればまともな経営をしている闘技場も疑われ、政治不信を招きます」
「ハルト様の興した興行はまだまだ完全に根付いていませんからね。
一般的になるのにはまだまだ年単位で時間がかかるでしょう」
「そうでなくてもより刺激的な見世物をと思う観衆もいますからね。それがなくなったらなくなったで別の問題も起きるでしょう」
それももっともな意見だ。
息抜き、ガス抜き、気分転換は必要なのだ。
不満は爆発するまで溜めてもロクなことはない。
娯楽が少ない世の中は殺伐としているが、その娯楽が殺伐としているのは話が違うだろうと思うのは多少困窮していたとしても私に平和な世の中で暮らした生活の記憶があるせいなのだろうか?
わからない。
実際前世の歴史にもその時代の権力者や戦争による兵士達の残虐な伝聞が残されていた。そうでなくても自分の生活を豊かにするために、小遣い稼ぎに安易に犯罪に手を染める者や詐欺、横領、様々な罪を犯す者もいた。
ひとたび災害が起きれば助け合う心を持った人達が応援に駆けつけて、支援する。そんな人達も大勢いる中で、確かに私欲に取り憑かれた人達は存在していたのだ。
世界平和なんて、そんなだいそれたことを唱えるつもりはサラサラないけれど、それでも出来れば平穏に暮らしたい、そんな願いを抱くのは贅沢なのだろうか?
そう思ってしまうほど私の巻き込まれる事件は陰湿で殺伐としているものも多い。
他人事なら関係ないと放っておけても仲間やお世話になっている人達が危険に合うかもしれないと思えば解決しないわけにもいかなくて、結局関わるハメになる。
それが陛下の思うツボにハマっている気がしないでもないけれど。
もとから魔王と嫌われている貴族のお歴々に今更どう思われようと知ったことではないけれど、コレに関われば王都の貴族の間では私の『魔王』の座は不動のものになるんだろうなあと考える。
まあ良いけど、その程度。
気にするほどでもない。
恐れ慄く魔王であればあるほど、関わりを持ちたくない輩はダッシュで逃げて下さることだろうし、むしろ都合が良いというものだ。
半端に恐れられているから敵対心を燃やされる。
だったらいっそ、近づきたくもないと思われたら面倒、厄介事も減るのかも?
私は既にたくさんの味方を手に入れている。
本当の私を知ってくれている人が周りにいてくれるだけで充分だ。
「一応関わりのある各貴族の情報は既に握っています。
陛下か連隊長からの依頼があれば手引きすることも可能ですが」
アンディが言い淀み、言葉を切った。
その理由もわからなくはない。
「かなり大掛かりな捕物帳になるよね。
捕まえるなら一気に叩かないと残ったヤツらに証拠隠滅されるか逃げられる」
できればそれは避けたい。
大もとを叩いても、ああいう輩は逃がせば手を変え品を変え、また良からぬことを裏で企む。
ゴキ◯リは巣穴に帰らせてはダメなのだ。
「それもありますが関わっている貴族が多いですからね。一気に捕縛するとまたへネイギスの一件の時のように一時的に国の行政が麻痺する可能性がありますよ」
そういやあ一ヶ月くらい混乱していたって言ってたな。
ってことは国の上層部もある程度関わっているということか?
黙っていたテスラがポツリと言う。
「だろうな。でも運営の舵を取り出したのは横のつながりがまだあまり出来てない、切れ者の若手が多いと聞いていたが」
「あれから六年間近く経っています。
勿論未だクリーンな方も大勢お見えになるでしょうが今やその方達も中堅の役職どころですよ」
もうそんなに経つのか。
あれは六歳の頃だ。今は十二歳、年月というのはあっという間だ。
マルビスのそんな言葉にシュゼットがしたり顔で宣った。
「良いんじゃないですか?
馴れ合いが常習化している連中の肝を冷やすのには。そういうことが幾度か起これば世の中そんなに甘くないのだと思い知るでしょうし、それでも汚職に手を出すということは今は目を瞑れるほどだとしてもいずれ政治がまた腐敗します」
そんなシュゼットの意見にそれにアンディが頷く。
「ですね。戒めにはなるでしょうね。
ただ慎重にコトを運びませんと一網打尽は厳しいでしょう」
流石もと国の中枢部にいた人間は言うことが違うなあと眺める。
だが要するに結託している貴族とかのの数はそれなりってことか。
「まあ良いんじゃない?
私達はあくまでも部外者だし」
案内、手引きは毎度のこと。
近衛や監察官になりすまし、彼等の前に犯罪者達の悪事の証拠を御開帳。
素知らぬ顔で後はお任せ、ドロンと消える。
それはいつものことなのだ。
バレて困るようなことをしている方が悪い。
私達では関与できないことも国の上層部ならば踏み込める。
それでも全てが正義の名の下にと解決していたら国は回らない。多少の必要悪は片目を瞑って見逃すが、それはあくまでも些細な範囲のことで国の判断に任せている。口を出すべきではないことくらい判っているので私達が動くのはあくまで要請があった場合のみ、表に出ることなく陰に徹するのが鉄則。そのあたりの調整はアンディがリディと相談してくれているからお任せだ。
いつものように極力表に出ずに裏方に回ればいいだろう。
そう考えていた私の意見を否定したのはガイだ。
「いや、そこまでコトは簡単じゃねえ。その化物の一件でソイツらの馬鹿息子達が喰われたんだろ? 多分言い掛かりを付けてくるだろうことは間違いねえな」
ああそうか、それもあったっけ。
子は親の鏡、蛙の子は蛙ということか。
「現場に居合わせた近衛達はまだウチの領地にいるんだよな?」
「ええ、お見えになりますよ。
滅多にない貴重で高価な魔物素材ですからね。今も交代で港の倉庫の警備に当たっておられます」
ガイの問いにシュゼットが返事をするとサイラスが少しだけ唇の端を上げて笑う。
「それは都合が良いですね。
何か理由をつけて正式に国の対応が決まるまでここに滞在して頂きましょう」
ウチに突発的に客が来るのも、予定外に滞在が延びるのもいつものこと。
別にそれは一向に構わないけど、
「どうして?」
「偽証されるのを防ぐためですよ。王都に戻れば今回の件で都合の悪い者達が彼等に買収を掛けてこないとも限りませんから。仔細な事情聴取が行われるまでは他の貴族との接触を絶っておいた方が無難ではないかと」
成程。
上層部を牛耳っている貴族から離しておこうというわけか。
「それならフィアの地方監査局から今日あたり調書を取りに来るはずだけど?」
「それは都合が良いですね。
聴取さえ済めば、それと食い違いが発生すれば信憑性に欠けてしまいますからね。万が一、裁判に持ち込まれてもそこから突っ込めばそこから追い込みをかけられますからボロも出やすいでしょうから」
と、いうことは、とりあえず連隊長が戻って来るまでは最低滞在してもらう必要があるわけか。そのあたりは後で団長に相談してみよう。
「でも大丈夫かな? 近衛のみんなはそれで困らない?」
ああいう組織は上下関係が厳しいものだ。
下手すればクビってことにならないだろうか?
だからって偽証されても困るけど。
「それで仮に近衛を追放になったとしても就職先に困るならウチで雇っても構いませよ。警備人員の補充もしたいですし」
マルビス、それはこちらの都合でしょ?
そりゃあ近衛に勤めているくらいだからウチの人事部に突撃訪問して来る就職希望者より腕は間違いなく立つとは思うよ?
「でも近衛を辞めると貴族じゃなくなるんだよね?
それは厳しいんじゃないの?」
近衛騎士はプライドが高い人も多いって聞いている。
だからガイがウチに来たばかりの頃、近づきたがらなかったのだし。
もっとも、それを考慮しているのか連隊長はそういうお高くとまっているタイプをウチに連れて来るメンバーに極力選抜していないようだ。そういう人達は田舎貴族からの成り上がり侯爵である私を見下したような目付きで睨むからすぐにわかるのでウチの警備と揉めるのを避けてのことだと思うけど。
私の指摘にライオネルがポツリと呟く。
「多分、ですが、問題ないと思いますよ?」
その理由と根拠は?
ライオネルにみんなの視線が集中する。
それに気がついてライオネルが微笑う。
「ハルト様の作られた食事を口にした時、目の色変わっている方が大勢見えましたから。ウチの警備と話をしていた時もしきりにここの雇用条件を聞いて羨ましがってましたし」
その言葉にライオネルに向いていた視線が今度は私に一斉に向いた。
なんでしょう?
その何か言いたげな多くの瞳。
私は悪いことはしていない・・・ハズだ。
「貴方、また餌付けしたんですか?」
「してないよっ」
ぼそりと漏らしたロイの言葉を即座に私は否定した。
なんでそうなるっ!
貴方がた、ライオネルの話をちゃんと聞いてました?
ウチの警備に雇用条件聞いたって言ってたでしょうがっ!
テスラにジト目で眺められ、その艶やかな私の大好きな声が一際低くなって溜め息と共にこぼれ落ちる。
「してないじゃなくて、するつもりは無かった、ではないんですか?」
いや、そうではなくて、そんなつもりは全くなくて。
だって兵糧の保存食って、ハッキリ言って美味しくないんだよ?
そりゃあマルビスが最高品質のもので揃えてくれたけど、それでも塩気の強い干し肉、噛むと歯が折れそうな凶器のバゲット、卸し金で細かく削れる固いチーズや腐らないように砂糖漬けした果物、乾燥して丸めた野菜、私の作る料理に鼻を鳴らして涎を垂らし、『オアズケ』させている大型犬のような様子を見て、つい、可哀想かなって思ってしまったのだ。
咎めているわけではないのだろうが集中する視線に身体を小さく丸める。
「まあな。でもわからないでもないぜ?
給料は変わらない、休みも多くなる、寮は綺麗で設備も良くて一人一部屋。女も綺麗どころが多くて男まみれの騎士団に在籍しているよりも結婚できる可能性格段に上がる。
ウチの警備のヤツらは彼女持ちが結構いるだろ?」
言われてみれば。
たまに敷地内をブラつくと女性と二人でいる姿を見かけることがある。
ガイの意見にライオネルが同意する。
「それは年頃の男には何にも勝る魅力的なポイントですからね。
更には美味い食事付きとなれば、むしろ追放にならなくても来たいという者はいるんじゃないですか?」
「ですよね。名ばかりの貴族でいるよりも目の前の実益です」
更にはアンディまで肯定した。
つまり、私の料理はあくまで興味を持つキッカケ。
それに付随する付録によろめいてるってことね。
納得した。
「オマケに人タラシな御主人様もいる。誘惑は多いよな」
ガイッ、その一言余計だよっ!
「誘惑なんてしてないよっ」
「だからしてないんじゃなくて自覚がねえの間違いだろ?」
・・・そうですよっ!
自覚なんてありませんっ!
あるわけないでしょう?
「安心しろって。要は理想の職場と上司ってヤツじゃねえの?」
まあそうありたいとは思ってますよ?
嫌な上司の下でなんて誰だって働きたくなんかない。でも、
「連隊長も好かれてるよ?」
「だが労働条件と環境はウチの方が格段に良い。しかもウチは国との繋がりも強いからな、連隊長や団長との縁が切れるってわけでもねえ。
グラつくには充分過ぎるだろ」
そうかもしれない。
あんまり有能な者を引き抜くなよと陛下に言われているので、現在、国の所属する騎士団に勤めていた人には団長や連隊長の紹介状がなければウチのアレキサンドリア騎士団には入隊出来ない。
だがとりあえずはそれも目先の問題が片付いてから。
不法奴隷所持の輩の捕縛のためのお手伝いは既に頼まれている。
ウチとしてはこの先どう動いていくべきか。
彼等が捕縛されればその地域から仕入れて食材その他の品々の供給が不安定になるかもしれないわけで。
もうすぐ季節は夏になる。
売り出し商品や屋台のラインナップも考える必要があるかもしれない。
まずは商会としての対策をどうすべきか私達は話し合った。
転ばぬ先の杖、前もって対処できるなら先にしておくべきだ。
相変わらず押し寄せてくる厄介事から逃げる方法は見つかっていない。
折角今年から学院での講義もなくなって自由な時間が増えると思った矢先の出来事に益々溜め息は深くなるばかり。
是非とも教えて頂けませんかね?
押し寄せる数多問題を押し返す方法を。
私、何か悪いことをしたのでしょうか?
そりゃあ清廉潔白とは言い難いけど、こんなに面倒事に追い回されなければいけないほどの悪事を働いた覚えはない。
それとも無意識にどこかに御迷惑をお掛けしてるのか?
思わず真剣に考え込み、それを否定しきれない自分の言動を振り返り、
深く反省したのだった。