第五十四話 色々と疑問、問題はありますが?
「ハルト様。残っているのは後片付けだけですし、もしよろしければ先に別荘に戻って頂いても構いませんよ?」
通りすがりにランスからそう声を掛けられて私は辺りを見渡す。
ここでやっているのは解体作業といっても簡単なところまで。三分の一ほどは既に運び出されている。向こうでジュリアス達がギルドに手配してくれているとは思うけど向こうでやらなければならない後始末があるのも確かで。
もう夕暮れ時、夕飯の支度も済んでいる。
今から戻れば日付が変わる前までは向こうにつけるだろうけど。
迷っていると集落から戻って来た連隊長が頷いた。
「そうだな。良ければそうしてくれ。
こんなのが倒された後では他の魔物や魔獣も暫くはこの辺りに寄り付きはしない。君もフリード様も魔力は空に近いだろう? 護衛を付けようか?」
連隊長も私達を心配してくれているのか。
フリード様は剣技も素晴らしいのでともかくとして、私のやっと三流を卒業した二流程度の剣技では魔力がなければ戦闘では役立たず、できるのは食事係くらいしかないのも確かで。とはいえこちらの人員を私の護衛で割くのも心苦しい。
そしてふとポチが目に入った。
猟犬代わりに連れて来たポチだったが、それに相応しく獲物を調達して来てくれたから今回は戦闘以外で役に立ってくれていたわけだけど。滞在日数は長くても後二日、食料は充分に持つだろう。ケイはポチの世話係、そしてポチは体格に相応しく大喰らい。となればこの場で一番一緒に連れ帰って問題なさそうなのはこの二人(?)。
「ではお言葉に甘えて。
イシュカもいますし、護衛にはケイとポチを連れて行きますから大丈夫ですよ。
ライオネル、後は頼んでも良いかな?」
「お任せ下さい」
間髪入れずに返ってきた了承に私は甘えることにした。
流石に些か疲れた。
魔力が尽きかけると身体が重く感じるのだ。
他のみんなに聞いてみたところ残存魔力が一割を切るとキツイらしい。私の場合は一割を切っても使った直後はフラつくが疲れを多少感じるくらいで比較的平気で回復も早い。それは私の持つ総魔力量に起因しているんじゃないかってガイは言ってたけど。要するに私は一割切っても平均的な平民の魔力量があるからじゃないかって。
この化物も魔力が尽きて死に絶えたし、人間も魔力を魔石に一気に吸われてしまったら昏倒して即死の可能性があるわけで、つまりはこの世界において魔力は生物が生存する上で必要な生命力みたいなものなのかもしれないなあと考える。
そういう難しいことは帰ってからサキアス叔父さんに聞けばいいとして。
もし何かが起こっても現在お役に立てる魔力は絞り出すのに厳しい以上、役立たずの私は退散すべきだろう。
「ありがとう。なら先に戻ってジュリアス達と宴会の準備して待ってるよ」
私は御礼を言って頭を下げた。
戦いの後はいつもの御褒美ということで。
上がる嬌声に近衛達の恨めしそうな視線が向く。
そんな顔をしなくても大丈夫。
「勿論、連隊長を含めた近衛のみんなの分も一緒に用意するよ。共に戦った仲間だもの。美味しい御飯とお酒用意して待ってるからから頑張って早く片付けて戻って来てね」
「はいっ、御馳走になりますっ」
うん、良いお返事。
きっとこの調子なら明日の夕方前には片付けも終わるだろう。
後のことは連隊長とライオネルに任せておけば大丈夫だ。
「じゃあお先に失礼するね。イシュカ、ケイ、ポチ、戻ろうか。
フリード様も宜しければご一緒に」
「ああ、そうさせてもらおう」
私は軽く手を振ってポチの背中に乗せてもらうと洞窟の入口を潜った。
ジップラインを使って引き上げてもらっても良かったのだが、まだ春先、風も強くて寒い。私の体重では風で吹き飛ばされそうだし、ポチは乗せられない。緊急事態ならともかく急ぐほどではない。
十二歳になった今でも私はロイやマルビス達に囲まれると埋もれる程度のガタイ。
縦にも横にも迫力のない小柄な体躯。
今のところ、『私の身長を越えないで下さいね』と言ったマルビスの希望通りではあるのだが、なんとなく釈然としない。
いやいやいや。
諦めるのは早い。
私はまだ十二歳、成長するのはきっとこれから。
そのうち私の身長もニョッキリ伸びる・・・はず。
母様は平均より低いのが気にならないでもないけれど、多分、大丈夫。
父様の遺伝子には是非とも頑張って頂きたいところだ。
しかしながらイシュカだけでなくロイ達にも軽々と抱き上げてもらえるこの体格も捨てがたい気がして、私は苦悩したのだった。
洞窟を潜って再び鉱山入口前まで戻ってくるとそこにはジュリアスとノーマン達が待っていた。
多分国境上の警備から連絡がいっていたのだろうし。
それは理解できないでもない。
だが側近達とレイン、ヘンリーまでもが何故勢揃いしている?
ハッキリ言って謎なのだが?
私達が出発した後、屋敷に戻ったハズだよね?
あの化物が出てきたの、今朝だよね?
朝から深夜までとなればほぼ一日。道が良くなった今では獣馬を飛ばせば一日弱、船なら半日くらいではあるのだけれど、どう考えても時間軸がおかしい。
どうしてここにいる?
何故だ?
「お帰りなさいませ。御無事で良かったです」
「安心したよ、また間に合わなくてごめん」
ロイ達とレインのそんな言葉とホッとしたような顔。
心配させていたのはわかる。
「・・・ただいま」
わかるのだが、往復一日強かかるのにここにいる理由が判らない。
いや、嬉しいよ?
駆けつけてくれたこと自体は嬉しい。
でも連絡行くのに半日以上、ここまで来るのに半日以上。
計算合わないよね?
オカシイよね?
「どうしました? いつもなら飛びついて喜んで下さるのに」
マルビスに言われて首を傾げる。
いや、喜んではいるけれど飛び付いたことは数えるほどもない。
こともないのか?
それほど多くはない気もするのだが、最近特にスキンシップが激しくなっているのは否めない。それに慣れつつある私も私だけど、おそらく確信犯なんだろうなとマルビス達の顔を見上げる。
だがまあ折角腕を広げて待っていてくれているし、とりあえず飛びついておこうかと考え、実行しようとしたところでサキアス叔父さんとヘンリーに割り込みを掛けられて断念する。
「ハルトッ、あの素材、分け前はあるのだよなっ」
声を揃えて顔がくっつきそうなほどに二人に詰め寄られて私が仰け反ると、サキアス叔父さんはキールに、ヘンリーはロイに襟首を掴まれ引き離された。
うん、相変わらずの通常運転。
助かったよ、ロイ、キール。
二人とも、上司の心配よりもまずそちらですか?
いつものことなのでまあいいケド。
大丈夫なのは見ればわかるのだろうし。
「連隊長に交渉と確認はしておいたよ。半分はウチにもらえるって」
私の答えにヘンリーとサキアス叔父さんは大はしゃぎだ。
「それは素晴らしいっ」
「流石はハルトッ、やはりお前の側近なれたことは生涯で三番目に素晴らしい出来事だっ」
三番目?
私は気になって叔父さんに尋ねる。
「因みに一番と二番は?」
「勿論一番はキールと結婚できたことで、二番は死に別れた妻に出会えたことだ」
成程、納得した。
確かに一番目と二番目には敵わなさそうだ。
むしろそうでなくてはならないだろう。
叔父さんはキールにベタ惚れだ。
するとヘンリーが会話に割り込んできた。
「ハルトッ、いつになったら私は側近や大幹部になれるのだっ⁉︎」
えっと。
それはどういうことかな?
確かにウチでは機密保持のため一般従業員の出入り出来ない場所もあるし、側近や大幹部と言われる人達は出入りできる場所も格段に増えることに間違いないが。
だが、受け入れるには疑問も心配もある。
「でもヘンリーは爵位持ちでしょう?」
私の質問にヘンリーはとんでもない爆弾発言を投下してきた。
「いや、既に爵位はないぞ?
実家は他の兄弟が継いでいるので、国の機関に所属していない私の爵位は消滅している。一年前、実家から戻ってくるつもりがないのなら兄と弟に爵位を継がせるが構わないかと連絡が来たので『戻るつもりはないのでそうしてくれ』と返事をしている」
・・・・・。
いつの間にそんなことに?
「別にたいして問題ないだろう?
ハルウェルト商会では在籍するのに身分は関係ない。特に報告の必要ないと思って言わなかったのだが駄目だったか?」
駄目ってわけじゃないけれど、意外と言えば意外。
そういえばサキアス叔父さんも既に弟に跡継ぎである息子もいるし、義務が発生するから面倒臭いとキールと結婚して暫くしてから爵位放棄してるんだっけ。
ヘンリーも叔父さんと同じクチなのだろう。
いいよね、簡単に放棄出来て。
羨ましいくも妬ましい限り。
私なんて当初、放棄する気満々だったのに爵位捨てるどころか成り上がり、今は領地持ちの侯爵。既に陛下にガッツリ太い鎖で繋がれてるような?
どこで進路変更させられたのか、色々とありすぎて随分と昔のような気もするが、もう諦めの境地だ。残された手段はサッサと跡継ぎ見つけて養子に迎え、教育して引退する、これしか道はない。
まだ当分先にはなりそうだけど。
早くミゲルあたりが結婚して子供できないかなあ。
それともライオネルの子供でもいけるかな?
私のことはさておいて、未練なく、言われてアッサリ爵位を捨てるとは、マイペースで我が道を行くヘンリーらしいと言えばらしいけど。
研究者として実績としては充分。お抱え職人ってわけでもないし、商業班の幹部とも違う。商品開発研究に於いて最早居なくてはならない人材であるのにも関わらず、微妙といえば微妙な立ち位置。
私はウ〜ンと唸った。
「国との約束期限が切れたらね、考えるよ」
考えるだけは。
厄介で面倒なその性格をもう少しなんとかしてくれたら即なんだけど。
「それではまだ六年以上先ではないかっ」
「仕方がないでしょう? まだ国との契約期間が残っているんだし、私もヘンリーが気紛れでウチの研究結果持ってフラッといなくなられても困るのっ」
ウチには一応三年以上居着いているけれど、国の研究室にいた時みたいなことをされる可能性もある。
「そんなことはせんっ」
「いや、わかんないでしょ」
ああいうのは性格とか放浪癖とか、そういうものではないかと思うのだ。
するとヘンリーはムスッとして口を開いた。
「あそこは食事が不味い上に退屈で窮屈だった。
私の話について来れるヤツもいなかった。
なのにアレやれコレやれだの煩くて好きな研究も出来ない。予算配分で資金も限られているし、制約も多くて居心地悪かったのだ」
ウチにも当然予算制限はありますよ?
忘れてないですよね?
それ以上欲しいなら『どうぞご自分で』となっているだけで。
帳簿管理はビスクに丸投げしているみたいだけど、ウチに就職してからの開発者権利収入はそれなりにあるはずで、多分そこから出ているのだとは思う。ヘンリーも研究者、サキアス叔父さんと似たとこがあって研究にかけるお金は惜しまない。食生活以外はあまり贅沢するタイプでもない。
「だがハルトのところは食事も美味い、サキアスやハルトとの話は何時も面白くて毎日が楽しい。オマケに無理難題も言わないし、強制もしない。城の研究室に二度と戻ろうとは思わん」
天才は天才なりの苦労と葛藤があったわけね。
成程。
今は食生活には満足しているから特に欲しいものは無いから稼ぎは全て研究に突っ込んでいると。
多分こういうことなのだろうけど。
ヘンリーの稼いだお金なので好きにすればいいのだが。
「でも仕方ないでしょう? ヘンリーが最初、国の研究室にちゃんと確認せずにウチに来ちゃったのが原因だもん」
自業自得だよ。研究者として優秀だからそれが許されるからって繰り返されても困る。
「国が納得すれば良いのだな?」
「フラッと他所に出て行かれても困るんだけど」
国の機関に戻るつもりがないのは判ったが、もとの場所に戻らなければ良いという話でもない。
「それらが解決すれば問題ないのだな?」
商会関係でのヘンリーの功績からいえば、それらがクリア出来るなら、
「まあ特に問題はない、かな?」
「わかった」
フリード様は私達のやりとりを眺めながらクスクスと笑っている。
とにかく何がどうわかったのかは知らないが、多分無理だと思うよ?
残っている向こう六年の商業登録使用料の一割収入は大きい。特にサキアス叔父さんとヘンリーが関わっているものは特殊性が高いが故に高額で登録期間も長いものが多いのだ。国がその収入源を手放すとは思えない。
それでもなんとか出来たなら、それは間違いなく本気ということだ。
特に拒む理由もない。
この春から本格的に私も領地と商会の経営に関わっていくことになるわけだし、この機会にライオネル以降三年間、誰も側近入りしていないことを考えれば、規模も格段に大きくなっているのだから改めてウチの管理体制と人事を見直す必要があるのかも?
とりあえずそういった話は戻ってからにしようということで、私達は別荘に向かって歩き出した。




