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閑話 イシュガルド・ラ・メイナスの覚悟 (3)


 表向きのハルウェルト商会との関わりは伏せられ、メイナス領での珍事は重犯罪として処理され、あの男は奴隷紋を刻まれ、死ぬまで流刑地送りとなった。


 あの男が処刑を免れたのは刑が軽くなったからではない。

 むしろ逆。

 プライドの高い貴族にとっては死よりも屈辱的な刑罰だ。

 平民よりも更に下、奴隷となって死ぬまで労役を課せられる汚辱に塗れた処罰。メイナス家の財産は全て没収。その時点で貴族籍に在籍する三親等に当たる者まで身分剥奪の上で国外追放。

 当然と言えば当然。

 あの男がその罪を重ね始めたのは七年前。

 サイラスによれば、それ以前の一年を遡り、その対象となるそうだ。その者を支え、止めるべき立場であったのに止められなかった罪という理屈、領地経営というのは貴族の身分の恩恵を受けている全ての者に義務と責任があるという解釈らしい。

 贅沢な暮らしをしておいて、知らなかったでは済まされないのが民からの税で暮らす統治者たる貴族の責任。その家の財政状況を把握し、身の丈に合った暮らしをすれば罰せられることもない。勿論全てではなく、課される罪状とその悪質さ、罪の度合いによって変わってくる。要するにその罪の責任が全て負えるのであれば情状酌量の余地も残されているということだが、違法に手にした財産は犠牲になった者への補償と罰金が課せられる。当然逃れていた税金の支払いは倍額の追徴課税、隠し財産全てで補い切れるわけもない。

 どちらにしても罪が公になれば社交界での居場所はない。国に残ったとしてもほぼ無一文では暮らせない。その日暮らしの貧乏生活と日雇い労働が待っている。

 それは贅沢と権力に溺れた代償。

 同情の余地はない。

 因みに十年以上前に籍を抜かれて放り出され、二年前に既に騎士団も退団、平民の戸籍へと移動していた私はその対象から外されるそうだ。

 もしハルト様の御迷惑になるくらいなら一塊の警備として置いて頂けるだけでも充分と思っていたのだが、それを知った時は安堵したものだ。

 外聞が悪いと言うならいつでも今の立場を返上するつもりでいた。


 だが人の口に戸は立てられない。

 そういうことは隠し通せるはずもなかった。

 王都の貴族がハルト様に恥をかかせようと、メイナス男爵家の国外追放をフィガロスティア殿下の誕生日パーティで王都の貴族達が囲み、蔑んだ表情で私とその婚約者であるハルト様を侮蔑した。

 私だけならば構わない。だがハルト様まで非難されるのは我慢ならなかった私はその場で側近の地位と婚約者の席を返上しようと口を開きかけた。

 だが、ハルト様はそんな貴族達に一切動じなかった。

 私を片手で制し、低い声で言った。


「それがどうかしましたか?」


 そう、平然と返されたのだ。

 驚いた。

 肝が据わっていることは存じ上げていたけれど。

「イシュカが今、私の隣にいるということは、その責任はないと国が判断されたということですよね? 

 ならば御忠告いたみいりますが、それは余計な御世話というものです。それとも貴方がたは陛下が私に忖度されたとでも仰りたいのでしょうか?」

 ハルト様はその貴族達をジロリと睨みつけそう言い放ったのだ。

 それは陛下を侮辱するにも等しい行為。

 途端に貴族達は口々に言い訳を始めた。

 一切聞く耳も持たず、憮然とした表情でハルト様はキッパリと言った。

「イシュカに非があるというのならその責を一緒に背負いますよ? 

 ですが、それが濡れ衣であるならばイシュカの言葉を信じ、徹底的に追求し、私の持てる全ての力を持ってその無実を証明し、疑いを晴らしてみせます。

 彼は私の大事な婚約者、その程度の些細な問題で手放すつもりは毛頭ありません。

 それよりもイシュカに罪がないというのであれば、貴方達は私の大切に思う者を侮辱したと。そう捉えてよろしいのでしょうか? 

 ならば、勿論、その覚悟もお有りになるのですよね?」

 剣呑な声でハルト様に問われてその貴族達はそそくさと尻尾を巻いて逃げ出し、私達の前から居なくなった。

 それを確認してからジッと私を見つめ、小さく息を吐いた。

 

 別邸に戻ってから私はそのあらましを白状させられたがハルト様はそれを咎めるでもなく、静かに言った。 

「イシュカ、私に迷惑を掛けたくないと思っているならその考え、今後改めてね?」

 どういう意味だろうと返答をしかねているとハルト様は両手でしっかりと私の手を握って仰った。


「私は今までもだけど、きっとこれからもイシュカやみんなに迷惑かける。だからイシュカも私に迷惑をかけられないなんて考えなくていいの。あんな程度の低い嫌味しか言えない連中なんて気にしなくていい、私はあの程度のことで動じないよ。あんな些細なことからまで守ろうとしなくても大丈夫、傷ついたりなんかしない。

 助け合い、支え合うのが仲間であり家族でしょう?

 イシュカは私の家族になってくれるんじゃなかったの?」


 だから遠慮しなくていい。

 隠さなくていい。

 もっと自分を頼れと。

 自分は私が寄り掛かったくらいで倒れるほどヤワなんかじゃないからと。

 その言葉を頂いた時、私は目の前が滲んだ。

 溢れ出る涙が止まらなかった。

 触れたその手を握り返し、何度も頷いて答え、謝罪した。

 それは私が一番欲しいと望んだ家族の形。

 手に入れることは出来ないと諦めていたものだ。


 貴方は私にたくさんの幸せを与えて下さるのだ。

 そして私を益々虜にする。

 既に夢中であるのにも関わらず、昨日よりも今日、今日よりも明日にはきっと、もっと貴方を好きになる。

 これからも私は貴方のお側にいたい。

 ずっと変わらず、胸を張り、貴方の隣に並んでいられる存在になりたい。

 私は今まで以上に貴方に相応しくあるために努力した。

 そんなに頑張らなくても良いんだよと貴方は言うけれど、私は頑張りたいのだ。

 貴方の隣にあるのに相応しいと私は言われたい。

 思われたい。

 認められたいのだ。



 そうして学院講師四年目も終わった冬。

 新たにレイン様を婚約者に加え、私は第一席の座をレイン様に譲った。

 貴方の何番目の席であったとしても私の一番が貴方であることには変わりがない。レイン様がそこに着くことで貴方を煩わせている様々な問題が幾つか解決する。

 譲る理由はそれで充分だ。

 所詮名目上のこと、本当の一番はこれから私が勝ち取る努力をすればいい。

 今までとなんら変わることはない。


 そう、それは貴方の隠されている秘密を知ったとしても揺らぐことはない。

 


 冬季休暇中、発見された洞窟の先で出会した先住民族。

 聞きなれない言葉で会話していたハルト様にそこにいた者は驚いていたが、ハルト様があらゆる言語に堪能なことは存じ上げていたので私は然程驚きはしなかった。

 それよりも腹が立ったのは集落の頭と思わしき男だ。

 

 集落を襲っていたグリズリーの脅威から救ったというのに尊大な態度の男。

 気になってはいた。だがフリード様がいるから大丈夫だろうと判断したのだが、剣呑な雰囲気に私は気になって駆け寄ると、ハルト様は心配ないとばかりに小さく微笑まれた。

「どうかしたのですか?」

「たいしたことじゃないよ。私が国の重要人物で領主だって言ったら信じてないみたいで。まあ威厳もないし、仕方ないけど」

 問いかけた私にそんな言葉が返ってきた。

 近隣諸国にまで名を馳せているハルト様の名声もこんな閉鎖された集落にまではその噂も届かない。しかし、だからといって救って頂いておいてその偉そうな態度はあり得ない。

 それに威厳がない?

 神々しい御姿を見て何も思わず、その御言葉を信じないとは呆れたものだ。

 私は目の前のソイツをギロリと睨む。

「コイツですかっ、貴方にそんな無礼なことを言ったのは」

 私の苛立った声にその男はビクリと体を強張らせる。

「落ち着いてイシュカ。私は本当に気にしてないし、そんな権力、相手をビビらせる程度には利用しても振り翳すつもりはないからいいんだよ。私はイシュカ達が側にいてくれるならそれで充分」

 貴方がそういう御方だからこそ皆に慕われているのは承知している。ハルト様の御威厳が通じないのは納得できないがこんな辺境の地だ、見る目がないのも仕方ないと仕事に戻ろうとして見つけたハルト様の顳顬の傷。

 さっきまでは無かったはずだ。

 微かに血が滲んでいたそれを指で拭って尋ねれば誤魔化すように曖昧にお答えになった。おそらく追及すれば教えて下さるとは思うが、大丈夫だと言われてしまえば無理に聞き出すほどでもない。この程度舐めておけば治るというハルト様の傷をペロリと舐めると顔を染めて飛び退いた。

 本当にこういうところはお可愛らしいと思う。

「舐めておけば治るのでしょう? そう言ったのは貴方ですよ?」

 言い返せずにそこを押さえて軽く睨むハルト様の前で片膝をつき、私は騎士の忠誠の証を示すため心臓に右手を添えた。

「私の忠誠も、そして身も心も。全て未来永劫、貴方のものですよ」

 言葉の通じないコイツにハルト様の仰ることが嘘ではないと教える手段はある。

 そうしてもう一度その男に睨みを利かせ、会話を交わし、頭を下げてフリード様にその場をお願いして私は己の仕事に戻った。

 そしてそこで虐待にも等しい扱いを受けていた子供を引き取り、連れて戻った別荘でお聞きした貴方の秘密。


 何か事情があるとは感じていた。

 だが前世の記憶があるとお聞きしても私はたいして驚かなかった。

 生まれた時から言語読解能力があったと知ったところで嫌悪など沸くはずもない。

 ハルト様は気なされていたけれど、貴方をよく知る私達からすれば、『成程、そうだったのか』と納得出来る、その程度。

 確かに貴方の前世が女性であったことには多少驚かないてもなかったけれど、貴方の持つ陽だまりのような優しさと温かさ、強靭な精神を持つ理由を知った、ただそれだけのこと。

 貴方は私が出会った頃から何一つ変わっていない。


 違う。

 よりいっそう眩しく、魅力的になられた。

 目が離せない。

 だからこそ余計にその御身を心配するのだ。

 貴方は私達を護るためならどんな危険も厭わない。

 それで勝率が上がると知れば尚更。

 私が貴方のお願いに弱いと知っていて、それを利用してくるのだ。

 


 陛下の要請で同行が決まった先住民族保護と神殿跡の調査。

 向かったルストウェルで貴方に私の誕生日プレゼントとしてねだったデート。

 お揃いのマグカップを購入したその時に、まだ他の色が複数残っているのを私はジッと見た。

 これをこのまま残しておいて良いだろうかと。

 初めての二人だけのお揃い。知られた直後にマルビスが全速全身全霊をかけて、この店を探し出し、自分達の分まで買い求めるのではと、ふと考えた。

 そうしたらこれを持つのがハルト様と私だけでなくなる。

 いや、それ以前に私達以外にもコレを使う者がいるのも嫌だ。

 私はそれが量産されていない、地方の朝市で見つけた無名の陶芸家が作った物であることを確認し、それら全てを買い占めた。

 これでハルト様と私だけの『お揃い』は守られる。

 私はその夜に行われた二人の誕生日会で渡されたそれをすぐには開けなかった。

 勿論、全員の分を含めてだ。

 今回の仕事が終わってから、ゆっくり開けると私が言うとハルト様もそうすると仰ったので、これで見つかったとしても屋敷に戻ってからになる。

 そうすれば尚更マルビスは入手困難に違いない。

 私はそうして少々浮かれ気分で調査隊に同行した。

 

 今回陛下から承った依頼は集落までの案内と国で用意した通訳の見張り。

 本来であれば、たいして問題にならないであろう案件。

 そこで遺跡と思わしき文明の跡が見つかったのは予定外ではあったものの、私達が申しつかっている仕事の内容が変わるわけではない。ハルト様のお側から少しの間だけとはいえ引き離されたのは腹も立ったが連帯長とフリード様が御一緒だ。滅多なことはないだろう。心配しつつも待っていると御無事に戻って来て下さった。

 だがその口からお聞きした報告に、私は嫌な予感がした。

 そこでライオネルと相談して万が一に備え、調査隊出発前日に張らせておいたワイヤーを使い、ハルト様が指示された物以外でも魔獣討伐でよく使う道具や装備品を国境上で待機しているランス達に早急に用意しておいてもらうことにした。

 ハルト様はとかく厄介事を引き寄せがちだ。

 今回もそうでないとは限らない。

 何事もなければなかったでただの杞憂、用意したものも片付ければいいだけの話。

 連隊長とフリード様も彼等を説得しておいてくれるという話であるし、ハルト様の忠告は無視してもあのお二人の言葉なら耳も貸すだろう。

 

 ところが、だ。

 嫌な予感というものは大抵当たるもの。

 それがハルト様ならば尚のことだ。

 だが現れたモノ(・・)は、そんな一言で片付けられるようなものではなかった。


 神殿跡の床を崩し、現れたのは圧倒的な存在感の怪物。

 その禍々しいまでの出立にそこにいる全ての者が退いた。

 あんなもの、図鑑で見たことも伝承でも聞いたことなどない。

 目の前で逃げ出して来た研究者が喰われたが、事情を聞けば自業自得、ハルト様の忠告に耳を傾けようとしなかった愚か者の末路。同情の余地はない。

 だが厄介だったのは人を喰らうことでその魔力を蓄えること。そんな化物、聞いたこともない。だが前日に話していたように闇属性を持ち、陽の光を嫌っているのは間違いないようだった。不幸中の幸いはその化物が現れたのが日中だったこと。

 即座に結界を展開してハルト様は非戦闘員を洞窟へと逃すと早速対策を検討なされた。

 相手はランクSSの、現れれば国家存亡に関わる化物。

 すぐそこにハルト様の治められているアレキサンドリア領があるとなれば、相手がどんなに強大で未知の怪物だったとしても背中を向けて逃げ出すハルト様ではない。

 今までの過去もそうだった。

 親しい者を護るためなら恐怖で体が震えても決して生きることを諦めない。

 即座に思考を巡らせ、考えた手段はポチを捕らえた時と同じく、凍らせた聖水を食わせること、そしてあの化物が嫌う陽光の下に晒すこと。フリード様の意見を取り入れつつ、いつものように大まかに立てた作戦の穴を探し、それを塞ぐ手段を模索して検討する。これの繰り返し。

 だが今回は圧倒的に時間が少ない。

 兵の数にも限りがある。

 取れる手段も限られてくる。

 そこでハルト様が提案したのは自らを囮に、怪物に上を向かせた上で大口を開けさせること。そうすれば口から胎内の胃袋にまで一直線に聖水の氷が内臓にまで届く。

 成程、聞けば実に効率的でよく考えられた手段。

 だがそれはあくまでもそれに付随する危険を考慮しなければ、である。

 当然だがリスクはある。

 怪物には両手がある。落ちる時に掴まれれば一貫の終わり。そうでなくても御一緒する私が失敗れば二人諸共胃袋の中。五年前、巨大な大蛇相手にハルト様が取られた手段と酷似している。

 確かに魔獣や魔物は表面が硬い鱗で覆われていたり、鋼のような筋肉に覆われて場合によっては刃が通らないこともある。

 しかしその内部、内蔵まで硬いわけではない。

 その内側から攻撃を加えるのは理にかなっている。

 だがその怪物の口の中に飛び込む度胸がある者は、いったい何人いるだろう?

 死と隣り合わせの危険。

 誰だって死にたくなんかない。

 出来るなら安全なところで見ていたい。

 

 だけど貴方は決してそんな恐怖から逃げない。

 私達の反対を振り切って自分でなければならない理由を並べる。

 誰にも押し付けることなく先陣切って一番危険な場所に飛び込む。

 どんなに怖く、震えていても。

 両足で踏ん張って、真っ直ぐに前を見る。

 そんな貴方だからこそ私は夢中になる。

 だからこそ私は貴方と共に飛び込んで行く。

 どんな場所であっても。

 貴方と一緒なら、たとえそこが怪物の口の中であったとしても。


「大丈夫。勝てるよ」


 不安がないはずなどない。

 だが貴方は尚も反論しようした私の声を遮ってそう断言した。

「だって私は一人じゃない、イシュカが一緒だもの。

 負けないよ、絶対」

 私が一緒、だから?

 絶対負けないと、勝てると信じて下さっているのか?

 貴方は自覚がないけれど貴方よりずっと弱い私だ。

 なのに貴方は私がいるから大丈夫だと言い切るのか?

 不安に揺れた私の瞳を見上げて貴方は微笑う。

「それともイシュカは私を護り抜く自信がない?」

「いえっ、貴方は必ず私が護り抜いてみせます」

 問われて私は即座に言葉を返す。

 貴方は私の命に代えても、貴方だけでも救ってみせる。

 そう心の中で誓う私に貴方は強張る顔で微笑みかけた。


「なら問題ないね。

 私はイシュカが護ってくれるって信じてる。

 そしてイシュカは私が護りきってみせるって決めてる。だから私達が互いの誓いを守りきれば二人とも無事に生き延びることが出来る。

 そうでしょう?」

 

 私が貴方を、貴方が私を守り抜いて二人で生き残る。

 そうだ。

 私は何を思い違いをしていたのか。

 ハルト様が会って間もない頃、教えて下さったではないか。

 それは無責任なのだと。

 私が死んでしまったら、その後は誰が自分を守ってくれるのかと。

 だから自分を頼れと貴方は言った。

 二人で生き残るために。


「私はこんなところで死んだりしないよ。

 まだまだやりたいことがいっぱいあるからね。

 最後まで生き残るのはそういう生き汚い人間じゃないかって、私は思うんだよ。

 大丈夫。私達は勝てる。

 イシュカもやりたいこと、まだまだたくさんあるでしょう?」

 

 そうだ、そうだった。

 私にもやりたいことがたくさんある。

「勿論です」

 貴方を私は幸せにしたい。

 私は貴方と幸せになりたい。

 貴方はこの先もずっと私が護り抜きたい。

 他の誰に任せるでもなく、私自身が。

 誰にもこの場所は譲らないと決めていたではないか。

 

「なら早くこんなの片付けて私達の屋敷に帰ろう。

 ロイ達が待っててくれてるあの場所に」


 あそこが私の家。

 貴方と生きると決めた場所。

 貴方のいる場所が私の帰る場所なのだ。 

 私は大きく深呼吸する。

「仕方ありませんね。貴方は一度言い出したら聞きませんし。万が一の場合でも貴方と一緒なら私は・・・」

 私の言葉の続きをハルト様は唇を掌で塞いで遮った。

「それは考えない。私達は必ず無事に戻るから」

 にっこりと笑ったハルト様に私は苦笑して頷き、歩き出す。

 布で包んだ束ねた槍を肩に担ぎ上げ、聖水の氷の入ったリュックを背負う。

 必ず生きて貴方と戻る。

 あの屋敷に。

 

「そういえば、貴方のやりたいことってなんですか?」

 所定の位置につき、私達を見上げている化物を真下に私はハルト様に尋ねた。

 相変わらず微かに震えていても自分の信念を決して曲げない心の強い人。

 私の問いにハルト様は小さく微笑って答える。

「たくさんあるよ。領地に平民の学校も作りたいし、もっともっと前世にあった再現したい楽しいこともあるし、何よりも私には叶えたいことがあるもの」

 叶えたいこと?

 こんな危険場所に自ら立ってまで?

 私は気になってその言葉の続きを待つ。

「前世の記憶があるって話はしたでしょう?

 私は全然モテない売れ残りだったって」

 その話はこの間聞かせて頂いた。

 それを聞いた時、その世界の男はどれだけ見る目がないのかと呆れたものだ。

 ありえない。こんな魅力的な御方を放っておくなんて。

 私がその世界に生まれていたならば世界中を巡ってでも貴方を探し出す。

 貴方が男でも、女でも。

 幼い子供や老女だとしても。

 そんなもの、些細なことでしかない。

 私がお慕いしているのは貴方のその生き方、在り方なのだから。

「前にいた世界でいつもみんなの幸せを外から眺めてる観客だった。どんな男の人にも欲しいって思ってもらえない、女を捨てた女だからって諦めて、言い訳して。

 羨ましいって、本当は思っていたのにね」

 貴方は私とどこか似ている。

 『家族』を持つことを諦めていた過去を持つ。

「前世の友達には見せられないけど、それでもみんなと結婚して、『いいでしょ、羨ましいでしょう? こんなに私は素敵な男の人達、捕まえたよ』って、たくさんの人に自慢したいんだ。

 だからこんなところでは死ねないよ、絶対」

 そうですね。

 私も自慢したい。

 自分が貴方のものであることを。

「光栄です。でも、そうですね。

 そういえば私にもまだまだ生きたい理由がたくさんありました」

 微笑って私はそう伝える。

 誕生日に貴方にプレゼントして頂いたマグカップもまだ使っていないし、それをマルビス達にお揃いだと自慢しなければならないことを思い出す。それにまだ婚約、貴方と同じファミリーネーム、家族になるまでは、絶対にこの世界に居座らなければならない。

 あの忌むべき男と同じ姓のまま死んでたまるか。


『なるまでは、じゃなくて、一緒に幸せになるんでしょう?』

 人生は結婚して終わりじゃないと貴方は私に言った。


 貴方は私と出会って間もない頃、もっと欲張りになれと仰った。

 貴方と一緒にいる時間が長くなればなるほど私は強欲になった。

 貴方と皺くちゃの老人になるまで生きて、今と変わらず抱き上げると約束した。

 貴方と一緒に私は幸せになりたいのだ。

 それに私達の家族の待つ家に、無事で戻らねばならない。

 私はマルビス達とも約束した。

 どんな状況になっても必ず貴方を連れて戻ると。

 大事な仲間(かぞく)との約束、破るわけにはいかない。

 それに何よりも貴方の隣で戦えるこの場所を私は誰にも譲れない。

 譲りたくない。

「じゃあやっぱり絶対死ねないね。どんなにみっともなくたって、力を振り絞って、最後まで戦って、それでも生き残った男が私は一番カッコイイって思うから」

 そうですね。

 私は貴方の前でだけは世界一カッコイイ男でいたい。

 だからこそ、


「ええ、全力を尽くします。私も貴方に最高にカッコイイと思って頂くために。

 何よりも、この先も貴方と一緒に生きるために」


 貴方と共に生きる約束。

 それは『今まで』だけじゃない。

 『これからも』だ。

 ならば私は貴方以外の全ての人間にみっともないと蔑まれ、無様な姿を晒したとしても、それで貴方に『カッコイイ』と思って頂けるのならば、どこまでも生き汚く、最後まで貴方と足掻いて、足掻いて、生き抜いて見せよう。

 貴方との約束は決して破ったりしない。


 そうして見事討伐に成功した後に、

 貴方は私の耳もとでそっと囁いて下さったのだ。


 『やっぱり私のイシュカは最高にカッコイイね』と。


 私の一番欲しかった、その言葉を。



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