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閑話 イシュガルド・ラ・メイナスの覚悟 (2)

 

 私は不安に駆られつつもガイからの連絡を待った。

 こういうゴタゴタは全部片付くまでにはそれなりの時間がかかる。調査、見聞、聞き取り、裁判になる前にも状況証拠や余罪追及その他事後処理、処分決定、貴族最低位である男爵であることを考えれば爵位降格はあり得ない。身分剥奪で平民となるか国外追放か、さもなくば罪人として死刑、もしくは島送りか重労働が課せられる。その罪が確定してもあの男の後任選定、下手をすれば私にその話が回ってくることもあり得るだろう。勿論、あの男の後釜になどなるつもりはサラサラないが、その領地の政治や経済が落ち着くまで場合によっては年単位で時間がかかることもある。

 なんとしてもこの憂いは晴らしておきたい。


 貴方と結婚して、名実共に、本当の家族になる前に。

 


 ガイ達の調査結果が届いたのは実に三週間後、その年の王都での短期集中講座一回目が終了して御屋敷に戻ってからだった。

 そよふく風は相変わらず森の芳しい新緑の香りを運び、涼しかったが陽射しは初夏の眩しさを伴い、目を細めて空を見上げようとしたその視線の先にガイの姿があった。


「よう。とびっきりのネタ、掴んできたぜ?」

 ガイにしては結構時間が掛かった、ということはそれなりに面倒な案件だったのだろう。

「私もバリウスに聞いて格別に美味いという酒を用意しておきました。貴方とケイ、アンディ達の分もしっかりと」

 手間賃代わりの報酬として強請られた酒はバリウスに聞いた後、しっかり二十ダースをマルビスに手配してもらって保管してもらってある。ハルト様に頂いた給金は殆ど手をつけていないのだ、これくらいの出費はたいしたこともない。

「だってよ、ケイ。後で一緒に一杯やろうぜ」

 ガイの後ろに隠れるように立っていたケイを振り返り、ガイはそう言った。

「御主人様は?」

「今日は朝からテスラと三階の開発室に篭ってます。

今日中に仕上げたい書類があるそうですから」

 今まで王都から帰ると山のように積み上げられていた書類は、シュゼット達の手によって整理され、ハルト様でなければならないものは要約して纏められ、王都の別邸に定期的に届けられるようになったので今はハルト様が積み上がる書類の山に埋もれて苦悩することも殆どない。商品開発業務や観光地開発事業も順調に進められるようになってきた。陛下の送り込んで下さった人材の中でも法律に詳しいサイラスと並び、ありがたい人材派遣だ。

 ハルト様とテスラは一旦部屋に篭ると大抵夕方まであの部屋から出てこない。ロイが昼食や休憩のお茶を運んでも気付かないほど熱中されていることが殆どだ。

「丁度良い。ライオネルのヤツに護衛を頼んでアンディのいる宿屋に来い。マルビスにも声を掛けてある。仕事にキリがつき次第、サイラスを連れてくるってよ」

「すぐに向かいます」

 サイラスを呼ぶということは違法な証拠が間違いなく見つかったということだろう。あの男のような輩は法律の穴をすり抜けるのが上手い。それを塞ぐ手段を考えようということか。

「一応言っておくが・・・」

「部外者の目につかないように通りではなく職人工房側を抜けて来い、ですよね。服も目立たないものに着替えてから行きます」

 ガイに言われるまでもない。

 この地は平民向けの大規模娯楽施設。

 御屋敷の正面玄関前の道路は無数の一般人が通りを歩き、多くの送迎馬車が走っている。そうでなくても私の顔はよく知られている。アンディ達がいるあの建物は表向きは一階に酒場を兼ね備えた宿屋になっているが、その実、ハルウェルト商会が所有する諜報部隊の棲家。一般人が宿泊しようとしても常に満室で断られる。この人気娯楽施設であるウェルトランドに於いては殆どの宿屋は常に予約客でいっぱいだ、特に不審に思う者もない。

 逆に言えば人の目もそれだけ多いということではあるのだが、アンディをトップとする諜報部の人間は気配の薄い者ばかりだ。

「判ってるなら良い」

 そう言ってガイは踵を返すと職人工房群へと続く扉に向かって歩いて行った。

 


 私は急いで地味な服装に着替えて工房群を抜けると、その端にある空き工房の扉を潜る。ここは表向きよく爆発騒ぎを起こすサキアスの予備研究室になっているため近づく者は殆どいないが、宿屋一階の地下室に続く道がある。そこを潜り抜け、地下倉庫の奥にある狭い階段を上がると宿屋風に設えた諜報員達の棲家に着く。更にその階段を上がり、四階の更に上、通常より広く作られた屋根裏部屋に上がると、そこには既にガイとケイ、アンディと今回の件で動いたであろう諜報員数名とマルビスとサイラスが揃っていた。

 そして早速始まった今回の調査報告と作戦会議が開かれた。


 私の記憶をもとに探りを入れた調査員の報告によれば、早い話、見つかったそうだ。隠し財産の在処二カ所と裏帳簿の置いてある場所が特定されたのだ。

 私が怪しいと睨んだのは屋敷の敷地内に四カ所、外に一カ所、全部で五カ所だ。

 手っ取り早く言うなら財政破綻など真っ赤な嘘。

 財宝の隠し部屋には金貨と金塊などが積み上げられていた。

 ならば何故そんな嘘を吐いたのか。

 それは罰金支払いにより財政が破綻した場合に適応される、民に負担がいかないための国の救済政策にある。その年から三年間、国の監察官に帳簿を管理され、領地に納税された金額がしっかりチェック、領地管理に必要な経費を除いた上で最低限の生活に必要な金額を算定され、国に規定の納税額に足りないと思われる金額に対して減免措置が設けられている。その線引きが難しいのだが陛下と裁判官の裁量によってもこれは変わる。悪質と認められれば当然これは適応されずに屋敷その他が抵当に入れられたり、家財道具全てが差し押さえになったりとその者の経済状況と財産によって算定される。

 要はどれだけその罪が重いか否か。

 罪状と心象によってもかなり変わってくるそうだ。

 同情の余地有りとされれば多少なりとも罪が軽くもなるし、悪質と判断されれば容赦なく採決が下される。

 あの男が家財を売り払ったのはこのためだ。

 民を思い遣り、自分の身を切り、罪を犯した息子を妻諸共実家に戻して幽閉させることで後悔と反省の意思をアピールした。実際、妻の実家ではほとぼりが覚めるまでは我慢しろとその息子に言い聞かせていたそうだ。

 つまり表向きは幽閉。その実、罰するどころか匿っているというのが正しい。

 悪質というしかない。

 他にも娼館で働かせていた婦女子が客を取れなくなると無理が祟って死んだと家族に報告、そして海外に奴隷として出荷。売り捌き、私腹を肥やし、更には領地に棲みついている盗賊と結託。領地内の監査で入った平民の商人や金持ちの個人情報や資産管理状況を流し、その上前を撥ねていたのだ。しかも衛兵や冒険者達にソイツらが捕縛されると他所の領地への逃亡幇助を条件に隠してある金品の在処の情報を聞き出した上で脱獄犯として処分、口封じをしていたというのだ。


「とんだ悪党ですね。反吐が出ますよ。

 あの男の血が半分この身体に流れているかと思うとゾッとします」

 よりによって組んでいたのは盗賊、罪人。

 更には自分の都合で処分して口封じ、その盗品をゴッソリ懐に入れる。

 どうりで愛人を複数囲えるほど羽振りがいいはずだ。

 私は身震いして吐き捨てるように言った。

「確かにそうなんですけど、一つ気になる点がありまして」

 そう切り出したのはアルサスというガイも太鼓判を押している腕利き諜報員だ。

「あの男は女を多く囲っていましたが子供は二人だけ、なんですよね」

 いったい何が言いたいのか解らなくて私は尋ねる。

「どういうことですか?」

 するとニヤニヤと下品に見える笑みを浮かべてガイが口を開く。

「そういうことを致せば女は子を孕むだろう?」

「それがどうかしましたか?」

 当たり前のことだろう。そういう行為をしているのだから。

 それどこがおかしい?

 怪訝な顔をしている私にガイが思わせぶりに語り出した。

「アイツは好色で囲ってる女が多いわりに孕んだ女が少ないってことさ。まあ飽きると足も遠のくんで後は大抵手切れ金を払って終いにするんだが、ザッと確認できているだけでもその数二十五人。毎日のようにどこかの女のところにシケ込んでるのにも関わらず、妊娠した女は正妻とお前の母親だけだ」

 それくらいの情報は私も知っている。

 だからこそあの男は私を母から奪い、自分の息子と認知して自分の戸籍に入れた。

 益々意味がわからない。

「そんだけ致してれば普通ならそこら中に隠し子ってモンがいる。軽く二桁、中には三桁近いヤツもいるが別に珍しいことでもないしな。金がある男が大勢の妻を抱えたり愛人を作って囲うのも。

 特に前王が戦好きだったってのもあって俺らの年頃の親世代は圧倒的に男が少ねえし」

「次代の国を担う子供を増やさねば国は滅びますからね。

 とはいえ女性に負担をかけるのは好ましくない。

 この国の婚姻制度が見直されたのは今の陛下になってからなんですよ。それまでも一夫多妻は認められていましたが、女性になんの保証もなく放り出されていました」

 ガイの言葉をサイラスが補足する。

 つまり今の法律は私が生まれた頃に今の陛下によって制定されたということか。

 アンディがそれに頷いて口を開く。

「現在では一度結婚すると離婚するのに苦労しますからね。隠し子にも保証が求められますが婚姻している場合ほどではありません。だからこそ娼館で他の男と女性を共有したくない男は女性を囲って、飽きたら手切れ金を、子供がいれば養育費付きでお払い箱にするわけですが。以前私はそういう貴族の方々の素行調査も行っていましたからそういう問題についてはよく知ってますよ。まだまだ法律の抜け道を掻い潜る輩はいますが随分とマシになりました。あの男はその養育費を払ったことが一度もないんです」

 それだけ愛人がいるのに?

 私は少しだけ俯いて考え込む。

 あの男が夜に屋敷を抜け出していたことは知っていたけれど。私は家督を継ぐに相応しくなれと山のように課題を積まれ、夜遅くまで勉学に励み、外から聞こえてくる物音によく窓辺から見下ろしていた。

 あの頃はあの男が何故夜に頻繁に出掛けて行くのか、その理由はわかっていなかったけれど。人目を忍んでいる理由を今では理解している。いつも肌荒れを気にして正妻が就寝した後にあの男は出掛けていた。伯爵家から下賜されたあの女は自分以外の妻を娶ることを赦していなかったから。それでもあの家に私が引き取られることになったのは五年経ってもあの女があの男の子供を腹に宿すことがなかったからだ。

「お前は養育費じゃなくて、母親から奪い取ったというか、渡されたのは言わばお前の買取料金みたいなモンだろう? 稀にいるんだよな。いくら頑張っても子供が出来ないヤツ。そういう男に子供がいる場合、大抵探ってみると女房が浮気してたり男に襲われてたりするんだよ」

 ガイの言葉の意味することに気付き、私はハッとして顔を上げる。

 するとアンディが苦笑して教えてくれる。

「あの男の正妻がその家の使用人と浮気していたという時期と貴方の弟が産まれた時期が丁度重なるんですよね。あの男は妻の浮気に気付いてないようですが」

 子供はそれぞれのパーツが夫婦二人のものを映すこともあるが、片方に偏って似ることもある。別に珍しいことではない。

「イシュカ。お前は母親似、だったよな?」

「ええ。それであの屋敷で生活していた時は尚更あの男の妻に毛嫌いされていましたから」

 確認するようにガイに尋ねられて私は答える。

 そう。私の顔は母親によく似ている。

 目鼻立ち、髪や瞳の色までも。

 あの男と似てないことがメイナス家を追い出された頃の私の唯一の救いだった。そうでなかったら鏡を見るたびに私は憂鬱になっていたことだろう。

「既に戸籍を抜かれているとはいえお前の弟もあの男に似ていないんだ」

 弟の顔を見た覚えは殆どない。あの屋敷で私は部外者だったから近寄らせてももらえなかった。あそこは居心地の良いものではなかったし、学院に通っていた頃も休暇は勉強したいからとあの屋敷に戻りはしなかった。学院を出てすぐに騎士団に入った私はそれ以降も弟の顔を見ることはなかった。

「絶対とは言えませんが、あの男は女性を妊娠させられない、所謂タネ無しだった可能性が高いってことですよ。貴方の母君には確認していませんので、あくまでも推測の域でしかありませんが」

 アルサスの言葉に私は微かな希望を抱く。

 それは私の父親はあの男じゃないかもしれない? 

 つまりそういうことか?

「それが救いになるかどうかはわかりませんがね。どちらにしても既に戸籍を抜いているとはいえ世間一般には貴方があの男の息子と認識されていることは間違いないですから」

 それはもう仕方がない。

 子供の頃の数年間だけとはいえ、あの男の庇護下で生活していたのだから。

 それでも少しだけ、ほんの少しだけ救われた気がした。


「いえ。ありがとうございます。

 嫌悪する男の血統でないかもしれないと思えるだけでも救いがあります」


 私は彼等に礼を言って深く頭を下げた。



 人の噂というものは大抵悪いものが先行する。

 そんな中で特に悪い評判が今までそんなに出てこなかった男から出た僅かな綻び。

 表向きは良いとは言えないまでも可もなく不可もなく、無難と言えば無難な統治を行なっていた男だ。その息子が捕縛されたとしても領民の危機感は薄い。

 マルビスもよく言っているが大多数の平民にとって、公正で平和な統治を行ってくれる統治者であれば平民は上の首がすげかわったとしても殆ど気にも留めない。自分達の生活に直接関係ないからだ。

 ハルト様のような功績も華々しく、資産家、実業者として名を馳せていれば話は変わってくるが田畑の多い田舎に行けば自分の土地を治める領主の名前さえ知らない者もいる。彼等の税を徴収するのは彼等から農作物を買い上げる地主や商人であるからだ。直接関わることがなければ名前も知らなくて当然だ。

 アレキサンドリア領が特殊で珍しいだけなのだ。

 おそらく言葉も巧く喋れない子供以外はハルト様の名前を言えるだろう。それなりの年頃であればフルネームを言える者が大多数。

 自慢の領主、雇い主であり主人(あるじ)なのだ。

 胸を張って彼の方のお側にいるために私はこの問題を片付けてみせる。

 私達は顔を突き合わせ、知恵を出し合い、策を練った。

 今回はハルト様の御手を煩わせるわけにはいかない。

 彼の方のように上手く立ち回れるかどうか不安はあるが、それでももう四年近くお側でその策士ぶりを拝見させて頂いてきたのだ。多少なりともその考え方や思考は身についている。

 必ず成功させてみせると私はそう決意した。

 

 

 策を練り、全ての準備を整えるまでに三ヶ月間かかった。

 まず取り掛かったのは王都に小さな店を構えることだ。これはマルビスが手配した。コトが成ったあかつきには業務形態を変更して利用、営業するから構わないと。とはいえ、ハルウェルト商会と繋がっていると知られるのはマズイ。

 そこでオーナーとして白羽の矢が立ったのはいずれ次の施設建設が決まればそこを任せるつもりであるコーネリアスという男。普段は国外仕入れ、買付けを担当しているので王国内では殆ど顔を知られていない、ハルウェルト商会の幹部にあたる男だ。

 小規模店舗でありながら他では手に入りにくい国内外の加工食材を扱う店として開業する。ここにウチの警備から店員として比較的愛想の良い、威圧感の少ない者を三名ばかり選出する。店に多くの客が出入りする必要はない、得意先は貴族と金持ち、外商が主だということにしておけば良い。ハルウェルト商会も顧客だということにしておけば信憑性も増すだろうし、ウチの従業員達が出入りしても怪しまれない。

 そして店をオープンして二ヶ月。

 実に計画を立ててから五ヶ月が経過した頃、メイナス家に営業をかけた。

 コーネリアスに仕立ての良い服を着せ、指に大きな宝石をゴテゴテと付けさせ、極めつけは大粒のアリキサンドリアのブローチで胸元のスカーフを留めた。如何にも成金、金持ち風を装い、ウチでも金持ち相手にしか販売しない珍しい食材と酒を挨拶代わりの手土産にその門を叩かせ、次の訪問の約束を取り付けさせる。

 そしてその一週間後、私はハルト様に五日間の休みを頂き、近衛と王都で落ち合いメイナス領を訪れた。

 既に連隊長にはサイラスを通じて連絡済み。

 情報の漏洩を避けるために近衛達には最近貴族や資産家の馬車を狙って出没している盗賊討伐と知らされている。そのことに相違ないのだが、ウチの警備が馬車と荷馬車の手綱を握り検問所近くの町にあるメイナス領のハルウェルト商会の中継地で荷を降ろし、怪しい人影を確認したところで倉庫から大きな空箱を積み込むフリをして前日から待機していた私を含めた五人の警備が武装して荷台に乗り込んだ。

 そうして着飾ったコーネリアスが馬車に乗り込んだところで馬に乗った護衛と共に二台連なって出発する。

 金持ちや資産家が通るとその情報を盗賊に流して上前を撥ねていたというなら、来るとわかっている如何にも成金風情のコーネリアスの馬車を襲撃させないはずがない。


 こうして出発した私達を乗せた馬車は人気の少ない林道に差し掛かったところで案の定、野盗に囲まれた。

 全ては予定通り、焦ることもない。

 まずは隠れている野盗を炙り出すために私達は待機する。息を殺し、気配を絶ち、身を潜めていると手筈通りに護衛役の二人は苦戦を装い、ある程度のところで雇い主を見捨てた風情で馬を駆り、御者役と一緒に逃げ出した。

 そしてカーテンを引いて閉じ籠もっているコーネリアスを引き摺り出そうと馬車を囲む。ところがこの馬車は特別製、木材製に見せかけて実は鉄板が挟み込まれている。そう簡単に壊せやしない。

 いくら人通りが少ないとはいえ街道、時間をかけては人目につく。茂みに潜んでいた盗賊達は焦って手伝いに這い出てきた。

 彼等がそこから出て、意識が馬車に集中した時点で彼等は既に詰んでいる。必死に馬車をこじ開けようと奮闘している背後で、少し間をあけて私達を追い掛けてきた一般兵を装った近衛隊が包囲網を敷き、馬車の扉が壊れされる寸前で私達はその完成の合図と共に荷馬車から飛び出した。

 慌てた盗賊達は中にいたコーネリアスを人質に取って逃げ出そうと試みたが、呆気なくコーネリアスに投げ飛ばされる。

 この男が海外買付け担当をしている理由がコレだ。

 気弱そうに見えてゴロツキ、チンピラ等数人に囲まれたところでびくともしない。

 ウチの専属並みといかないまでもかなり、特に体術の腕が立つのだ。

 アテが外れて逃走を計ろうとするも近衛の包囲網は既に完成している。逃げ切れる訳もない。盗賊達は自分達が嵌めたつもりで私達に嵌められたことを悟ると大人しく投降した。

 それでも太々しく、然程焦る様子がないのはここの領主であるあの男と取引出来ると思っているからだろう。そして領地の衛兵に引き渡したところで盗賊達に『ある方から指示を受けている』と思わせぶりに盗賊の頭と思わしき男に耳打ちし、警備の一人、ジラフに接触させ、紛れ込ませた。

 検問所にある簡易的な地下牢にブチ込んだところで見張りを上から呼び、兵が居なくなった見せかけてジラフが『これからの段取りをどうするか』と切り出すと盗賊達は聞いてもいないことをベラベラと喋り出す。

 まさしく馬鹿の極み。

 ここには大小六つの簡易的な牢がある。この牢の一つに数名の近衛と監察官が既に待機していて聞き耳を立てているとも知らずに。あらかたの事情を聞き終えたところでジラフを事情聴取という名目で連れ出し、ジラフは盗賊達に思わせぶりにニヤリと笑い、そこを後にする。

 ここまでがシナリオの第一段階。

 そして次にコーネリアスが馬車に乗り、再びメイナス邸に向かう。

 私は目立つ髪を炭で黒く汚し、帽子を目深に被り護衛としてコーネリアスに同行する。私とバレるかとも心配したが、あの男が捨てた女や子供の顔をいちいち覚えているわけもない。

 コーネリアスの無事な姿を見て当然あの男は焦った。

 馬車を襲わせ、金品を巻き上げ、その分前を頂くつもりのアテが外れ、ヤツはさりげなく最近この辺りも物騒ですから御無事で何よりですと宣った。そこでコーネリアスは道中襲われたが護衛に守られ、事なきを得たと説明する。検問所の衛兵に引き渡し、ここに来る途中、すれ違った王都勤務の知り合いの憲兵が明日、引き取りに来てくれると言っていたと付け加えて。

 あの男の表情は一瞬強張ったが、取引きはもう少し考えさせてくれと私達を早々に帰らせた。

 これが作戦の第二段階だ。


「引っ掛かって来ますかね?」

 ジラフが馬車でメイナス邸を後にしたところで小声で呟いた。

「大丈夫でしょう。あの様子なら焦ってすぐにでも動き出しますよ。もう夕暮れも近いですから」

「何故ですか?」

 微笑して窓の外を見つめながらコーネリアスが言ったので私はその理由を聞いてみた。

 すると彼は淡々とその理由を語ってくれた。

「ああいうタイプの男は取引先でも時々いますが、見かけよりもずっと気が小さいことが多いんです。小狡い悪党なのには間違いないのでしょうけど、アレはそこまで神経太くも賢くもないと思いますよ。今まで色々と上手く潜り抜けてこられたのは貴族という優位性のある立場だからこそです。

 私達がいる前で動揺したのがいい証拠です。

 本当に狡猾なヤツはこの程度ではびくともしません。一切の感情の揺らぎを見せずに笑顔のまま対応します。一瞬でも表情に出してこちらに悟らせている時点で所詮小者なんですよ」

 近衛と監査官を騙し通している男を小者と言うあたり、コーネリアスはマルビスが認めているだけあって相当な切れ者なのだろう。

「私はそれなりに鍛えていますけど、普段は極力そう見せないように取引先では振る舞います。相手にたいしたことないと思わせられれば油断してくれますしね。侮ってくれた方が相手が勝手にボロを出してくれますから何かと便利なんです。思わぬ反撃を喰らえば隙ができますから」

 コーネリアスの言葉にハルト様が仰っていた話を思い出す。

 『侮られているくらいが丁度良いんだよ』と。

 最初の頃、ハルト様を小馬鹿にして見下していた王都の貴族に私はムキになって言い返したことがあった。だがハルト様は礼儀知らずで要領の悪い馬鹿だと思わせておけば良い、自分がコキ下されていたとしても放っておけと言っていた。馬鹿と侮っていた相手にやり込められれば尚更腹が立って正気を失うでしょうと。そしたらソイツは気がついた時にはもう遅い、こっちの術中にハマってる。

 『油断して正気を失くした時点でソイツの勝ち目はないんだから』と。

 マルビスも似たようなことを言っていた。

 商談というのはある意味化かし合い。

 如何に主導権を握るかが勝負なのだと。

 ハルト様の考え方は武人よりも商人寄りなのかもしれない。

 それも遣り手と言われる類の。

 考えてみれば今までそうやって多くの魔獣魔物を化かし、騙して主導権を握っていた。

 いったいどのようにしてあのような考え方を身に付けられたのか。

 本当に不思議な御方だと思う。

 

「屋敷周辺に潜んでいる近衛と監査官はアイツが検問所に向かった時点で屋敷に踏み込む段取りなんでしょう? 隠し財産の場所への誘導もウチの諜報員をつけてありますし、問題ないでしょう。地下牢にも近衛を待機させているのですよね? ジラフと密談したつもりが隣で全部聞かれていたとあっては言い訳も赦されません。裏帳簿のある場所も特定済みなんですからそちらも既にウチの者が既に確保に動いているはずです。後は動かぬ証拠さえ突きつければ言い逃れもできません」


 そんなコーネリアスの台詞に、商人、特に遣り手と言われる人間は決して敵に回すべきじゃないなとつくづく私は思った。



 そうして日も暮れ、夜の帷も降りた頃、あの男が動き出したと検問所近くの空き家に隠れていた私達のところにも連絡が入った。

 人目につかぬように地味な服装で裏口からそっと出ると馬を駆り、街道ではなく林道を抜けて行ったそうだ。そこで連絡係の近衛は街道を通ってここまで来たという。

「既に屋敷の方には検査官が踏み込見ました。裏帳簿はそちらの諜報員の方が愛人宅から手に入れて届けてくれましたので」

 そう。私の頭の中に残って記憶の一つ。

 子供の頃、母のところに通ってきたあの男が母の寝室で時々鞄を開いていたことだ。あの頃はあの男の持ち物だと思ってたいして気にも留めなかったが、考えてみればあの男が鞄をあの家に持って家から出て行く姿を見たことがない。

 隠してあったのだ、愛人宅のベッドの下に。

 学校に通うことが殆どない平民の識字率は非常に低い。数字も二桁を超えると苦戦する。それが母に見つかったとしても内容など理解る筈もない。高価そうに見える鞄ならあの男のものと疑いもしない。勝手に開けたり捨てたりすれば叱責される。

 だからこそ、安心して隠して置けたのだろう。

 そして隠し財産の在処の心当たりは中庭の薔薇園、書斎の暖炉の中と天井裏、寝室、後は貴族邸に見られる先祖代々の墓、納骨されている霊廟だ。

 中庭の済みにある物置に地下への入口があったり、書斎の暖炉、天井裏、寝室は監査に入るとよく隠してある場所らしい。それらは冬の監査の時に調べられていて書斎の暖炉も火を消して煙突の中も調査済みということだ。時々そこが隠し部屋への入口になっていることもあるけれど書斎は角部屋で窓もあり、隠し部屋を作れるスペースもなかった。霊廟も鍵もなく、誰でも出入りできる状態であったために特に不審な点もなかったとのことだ。

 だが私が気になったのはこの中で暖炉と霊廟だ。

 あの男の書斎には真冬の冷たい夜でも滅多に火が焚べられることがなかった。薪は置いてある。他の部屋の暖炉には火が点けられ、あの男は寒がりでよく暖炉の側にいた。なのに薪が燃やされなかった理由はなんなのか、そして死者を敬うような性格でもなかったはずなのに朝早い時間などに霊廟の前で姿を見かけることがあった。使用人達は父の裏の顔を知らなかったから先祖への敬意を忘れない立派な人格者だと思っていたがあの男はよく亡くなった祖父母を私の前でクソ真面目で要領の悪い馬鹿だったと嫌悪を滲ませた顔でコキ下ろしていたことを思えばそんなことないはずだ。

 ならば何故寒がりなあの男が暖炉に火も焚べず、霊廟に足を運んでいたのか?

 つまり財産が隠されていたのは暖炉の上の煙突でも裏でもなく下。書斎のある二階の床と一階の天井の隙間。普通なら大事な場所への入口のその上で火など燃やさないだろうと考える。そしてもう一ヶ所は鍵がかかっていない霊廟の骨壷が置かれていた台座の下に隠されていたのだ。鍵が掛けられていなければ隠さなければならないようなものがありはしないだろうと人は錯覚しがちだ。そこが霊廟であるなら死者への敬意を払う人間が多いことも手伝って尚更その可能性を否定する。結果、見つかることはなかったのだ。

 要するにあの男は人間の感情と思い込みを利用してまんまと監査官を出し抜いた。

 だがウチの諜報員がそれを既に確認している。

 アイツの娼館での売り上げ利益の脱税と資産隠しは今日、白日の下に晒される。男爵以下の爵位が無い以上、あの男は貴族位剥奪は免れない。そしてこの検問所に現れて、盗賊との繋がりが立証されれば良くて投獄の末に島流し。いや、それで済まされるほど罪は軽くはないだろう。

 私達は息を殺して扉の隙間や窓の影から検問所の様子を伺っているとあの男がノコノコと現れた。衛兵とニ、三ほど会話を交わし、あの男が検問所の建物の中に入って行ったのを見届けて私達もその後を静かに追い掛ける。

 地下へと続く階段を灯りを頼りに降りようとしたところで階段を駆け上がってくる音が聞こえ、足を止めると私にぶつかってきたのはかつて父と呼ばされたあの男。


「助けてくれっ、私は嵌められたんだっ、私は無実だっ」

 そう叫び、しがみついて来た男になんの感慨も無い。

 父とは名ばかりの、私に愛情の一欠片も与えようとはしなかったその男。

 あの頃、あの屋敷(いえ)に私の居場所なんかなかった。

 私に本当の『家』を与えて下さったのはハルト様だ。

 私は醒めた目で睥睨する。

「無実? 何がですか?」

 そんな戯言、どの口が言っている?

「私は昼間に男など差し向けていないっ、無関係だっ」

 ああそれですか。

 確かにそのことだけなら知らないでしょうね。

 私は特に感情を揺らすこともなく平然と見下ろす。

「ええ、そうでしょうね。貴方の指すその男は、昼間、私と貴方の屋敷にお邪魔させて頂いた者ですからね」

 そう答えると『自称私の父親』は私の顔を驚いて凝視する。

 コーネリアスの言うようにこの男は所詮小者。ハルト様のように悪役なら悪役で構わない、魔王上等、それがどうしたというような開き直る気概もない。誰かのせいにして、誰かの影に隠れて嘘を吐き通すのだ。

「彼は『ある方の指示を受けている』と伝え、盗賊達に今後の計画を尋ねただけですから。そうしたら彼等が勝手に誤解して貴方との繋がりを勝手に喋っただけのこと。嵌めてなんかいませんよ? それはその時、隣の牢で聞き耳を立てていた近衛と監察官の方が証言して下さると思いますが?」

「私は指示など出していないっ」

 それは頭の悪い、あんな輩と組んだ貴方の責任。

 私の襟に掴み掛かり、目の前の犯罪者がそう叫んだ。

 それに動じることなく私は淡々と答える。

「でしょうね。彼の言ったある方とは私のことですよ。私が彼に盗賊達にこの先どうするつもりなのか聞いて欲しいとお願いしたんです。彼は貴方の名前など出していません。盗賊達が勘違いして貴方だと思い込んだだけですから」

 嘘など吐いていない。

 これはハルト様やマルビスが時々使う手法。

 あえて曖昧な言葉を使うことで相手の誤解を誘い、味方であると錯覚させ罠に嵌める。詐欺師のよく使う手段だと。本当に頭の良い、疑り深い相手には通じないが後ろ暗いことのある人間の多くは自分の都合の良いように解釈するからそれを利用しているのだと。焦れば焦るほどまともな思考はできなくなる。正気に戻れば何故あんなものに引っ掛かったのかと思っても、追い込み、助かりたいと踠けば踠くほどに相手の罠に堕ちて行く。だから調子に乗らされていたり、マズイ、ヤバイと思った時ほど冷静になるべきだと貴方は言っていた。

 本当の大物というのは彼の方のような御方のことを言うのだ。

 言い逃れが出来ないと悟った目の前の犯罪者はガタガタと震えながら必死になって自分が助かる方法を探しているようだ。そして何か思い当たったのか、ガバッと震える声で叫ぶ。

「そうだ、息子をっ、私の息子を呼んでくれっ」

 この後に及んでもまだみっともなくも無様な姿を晒す哀れな存在。

「息子? 貴方の息子は奥様の実家に貴方が追い出したと聞いていますが?」

 まあ多分、貴方が言っている息子とは十中八九、私のことでしょうけどね。

「あの馬鹿息子の方じゃないっ、もと緑の騎士団副団長で、今は支部の軍事顧問をやっているアレキサンドリア領領主の側近の息子の方だっ」

 やはり。

 だが生憎私は自分を貴方の息子だと思ったことは一度もない。

 今頃そんな父親ヅラされたところで虫唾が走るだけ。

 私は思い切り顔を顰めて問い掛ける。

「既に縁を切っているはずでは?」

「だとしても私の息子であることに変わりはないっ、あの成り上がり領主なら陛下の覚えもめでたい。アレの側近で、婚約者第一席の息子ならきっとなんとかしてくれる、なんとかなるはずだっ」

 どこまで悪足掻きをするというのか、呆れて物も言えないとはこのことか。

 私はキッパリと言い放つ。

「なんともなりませんよ」

「そんなことはないっ」

「なるはずがないでしょう。何故なら今、貴方の目の前にいるのがハルスウェルト様の側近であり、婚約者の私なのですから」

 私は目深に被っていた帽子を床に落とし、洗浄魔法を唱えて髪色をもとに戻して自分の父親と名乗る恥知らずな男に現実を突きつける。


「この顔をお忘れですか? 

 まあ貴方などに覚えていて頂いても胸糞悪いだけですので忘れていて頂いて構いませんが、助けを求めるからには息子と呼ぶ者の顔くらい判別できて欲しいものですね。

 それすら出来ずによく言えたものです」

 恥知らずのロクデナシ。

 やはりそれに間違いはなかったようだ。

「何より私の大事な御方を『アレ』などと言わないで頂けますか? 

 冗談じゃありません。図々しいにも程があります。彼の方は今や侯爵、貴方よりずっと位も上、不敬にもほどがあります。

 そんな男を父だと、私が認めるわけがないでしょう?」


 今自分を追い詰めているのが最後の頼みの綱である存在と気付いて男は目を見開いて愕然とし、次の瞬間、怒鳴り声をあげた。

「お前は父親を売ったのかっ、この悪魔っ」

 人聞きの悪い。

 誤解を招く言い方はやめて頂けませんかね?

 いや、私のお慕いする彼の方は貴族には『魔王』と呼ばれて恐れられている存在。ならばその御方にお仕えする私は『悪魔』に相違ない。

 構いませんよ?

 そう思えばその罵詈雑言もむしろ誇らしい。 

「売った? むしろ私に喧嘩を売ったのは貴方でしょう?

 二度と関わるなと私を捨てたのは貴方だ。

 それを今更戻れ? 

 戯言を言うのも大概にして頂けますか? 

 しかもハルスウェルト様の名声まで利用して、裏でこんな馬鹿げたことを。彼の方の顔に泥を塗るくらいなら私は死んだ方がマシです」

 もっとも彼の方はそれを許してくださらないでしょうけど。

 どんなことをしても生き残れ、みっともない姿を晒しても最後まで立っていた者が勝ちなのだと仰る貴方なら、きっと死んだら負けだと言うだろう。

「それでも貴方が私を捨ててくれたから私は彼の方に出会えた。それを思えばまともな経営さえしていたなら、金の無心程度であれば手切れ金として私の今の全財産を渡しても良かったんですがね。

 余計な欲を出した結果です。

 今後、彼の方の迷惑にならぬよう、二度と私の前に現れないで下さい。まあそれも無理でしょうけど」

 サイラスが言っていた。

 この国の法律からすれば、この男に極刑を免れないだろうと。

「もし課せられた罪が予想より軽かったとしても、二度と私の前に顔も名前も出さないで下さい。その時は、今度は彼の方に御迷惑をかける前に私がその首を刎ねて差し上げますよ。それをしっかりと覚えておいて下さい」

 崩れ落ちた男を近衛達が縄をかけ、引っ立て、連れて行く。

 そんな私の背後からジラフの声がかかる。

「久しぶりに見ましたよ、『氷結の騎士』と呼ばれていた貴方のあの瞳」

 私はその言葉に苦笑した。 

「そんな名もありましたね」

 もう忘れてましたけど。


 ハルト様に出会ってからの楽しくて充実した毎日。

 私は名目上とは言え、かつて『父』であった男の後ろ姿を見つめ、スッキリした気分で星の瞬く夜空を見上げた。

 

 この夜、ずっとどこかに棘が刺さっていたように痛んでいた心が、

 スッと晴れ渡って行くのを感じた。

 これで憂いも晴れた。

 あと五年もすれば『メイナス』の名も私から消える。

 

 貴方と同じ、『アレキサンドリア』を名乗る将来を待ち望み、

 私はゆっくりと歩き出した。



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