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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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第五十三話 魔王上等ではあるけれど?


 私は所定の位置についたところで最上級聖属性魔法の呪文を唱え始める。

 

 ここがどこなのか?

 それはある意味一歩間違えば天国(地獄?)に一番近い場所。

 あの怪物の真上だ。

 私が五重に結界を張って閉じ込めた後、更に四方の土壁の支柱の上に平らにケイが結界を張ってくれたその上。

 何故こんなところにいるのかといえば、当然囮である。

 私から目を離せないというのであれば尚更目立つ場所で私に注視させ、最低限の人間以外は森の中でずっと作業を進めてもらうことにしたのだ。

 自分の一番の栄養(魔力)、餌となるべき存在(わたし)がすぐ近くにいることで些か呑気に構えていたらしいソイツが暴れ始めたのは連隊長、フリード様、ライオネル以外の人間が自分の視界から姿を消し、一箇所に留まっていた私が動き始めたからだ。

 極上の餌である私に逃げられると焦ったのだろう。

 だが一旦視界から消えた私がイシュカと共に現れたのは自分の頭上。

 怪物からすれば絶好のチャンス。

 簡単に破れると思っていた私の頑丈な結界に苦戦しているようではあるものの、既に三枚破られた。四枚目ももうじき割れるだろう。

 囮というのなら何故眼前の真ん前じゃなく、わざわざ陽の光が届かない、怪物に有利なこの位置を選んだのか。

 勿論幾つか理由がある。

 私がここにいるということは怪物は真上を向く必要がある。そうなれば当然連隊長達の姿は視界に入り難くなり、注意を分散させなくてはならなくなる。強者が三人前方に、極上の餌である私が真上に、となれば優先させるべきは当然・・・


「アレ、やはりこちらから目を逸らしませんね」

 イシュカが真下を見てボソリとこぼす。

 そりゃあそうだろう。

 食うことで相手の魔力を吸収できるというなら見えるところにいるあの三人の魔力量合計と私とイシュカの魔力量の総量はほぼ同等。となれば、まずはより近くに纏っている私達を喰って、それから向こうとなるだろう。私達五人を喰えばほぼ空であろう魔石に魔力を蓄えた上で本来の魔力量も全回復。

 目の色も変わるはずだ。

 ただ圧倒的強者故の油断なのか、それとも気配を読むのは苦手なのか、他の騎士達を侮っているかは定かじゃないが私以外は意識の外にあるようだ。

 ある程度の回復力もある、現在は保有量が少ないとはいえフリード様の予想からすれば魔力量八千という戦闘能力、過剰な自信も頷ける。

 私から言わせて貰えばそれは単なる『驕り』だ。

 強者には強者の、弱者には弱者の戦い方がある。

 巨大な象を何千、何万という蟻が群がって内側から食い荒らして倒すように何事もやり方次第、戦い方次第だと思うのだ。

 真正面からぶつかって勝てない相手に正面から当たる必要はない。

 一対一では勝てない相手も複数の人間が集まることで出来ることがある。

 それも信頼という名の絆がなければ厳しいけれど。

 今の私には側近や部下達、協力してくれるフリード様や連隊長と近衛のみんながいる。

 これだけ頼もしい味方がいれば不可能ではないはず。

 そして何よりも、私を絶対に見捨てて逃げないイシュカが側にいてくれる。

 結界の最後の一枚が割れる前に合図を送り、呪文を唱え終えた魔法を待機させる。

 勝負は一瞬。

 私達に成否がかかってる。

「結界を張ります」

 イシュカの言葉に頷いて私はその瞬間を待つ。

 私の魔力量のおおよそ三分の一のイシュカが張った結界はこの怪物の前では脆い。おそらく割れるまで数秒。

 それがイシュカと私の制限時間。

 勿論失敗った時の次の手も考えてはあるけれど勝率はグンと下がるし犠牲も出る可能性がある。

 となればここが踏ん張りどころ。

 

 そしてとうとう最後の一枚がパリンッと割れる。


 私はギュッと拳を握りしめて覚悟を決める。

 震えるな、前を見ろ。

 現実から目を背けても逃げられない。

 ならば正面から睨み据えてブチかませっ!


 大丈夫、絶対出来る。

 必ず成功する。

 今までだってこうして様々な障害をみんなと乗り越えてきたんだもの。

 

 真下には大きく開いた真っ赤な怪物の口。

 怪物の両側からは連隊長とフリード様が剣を振り上げ、斬り込んでくる。

 二人の役割は怪物に両手を使わせないこと。

 パックリと上に向かって開いた口めがけて真っ直ぐに落ちる私達をその手に掴ませないことだ。倒す必要はない。

 これが作戦の第一段階。

 私達が真っ直ぐにその口の中に落ちること。

 大きな口にギリギリ嵌る大きさの結界に怪物の牙が刺さり、ヒビが入る。

 そして割れる手前、イシュカが担いでいた荷物を持ち変える。

 ビキッ、バキバキバキッとイシュカの張った結界が砕け散り、そして私達はその口に中に真っ逆さまに・・・


 落ちなかった。

 イシュカが布に包んで持っていたのは三十本の鋭い頑丈な槍を束ねたもの。

 それが口内の柔らかな肉に突き刺さり、上顎と下顎の骨に引っ掛かり閉じることを許さない。

 化物から声にならない、痛みによる咆哮が上がる。

 歴戦の猛者であるフリード様と連隊長に両側からその腕を狙われて使うことができずそちらに注視、真上から落ちる私達に警戒を忘れ、油断して口を大きく開けて呑み込もうとしたのが運の尽き。

 骨をも砕く強力な顎の力でも限界があることは二人目を喰らった時に背骨らしきものを吐き出したことで判っている。一本では簡単に折られるであろう槍も数を束ねることで強化、折れ難くなる。両端の剣山のように鋭く尖った槍の穂先が口腔内にメリ込み、棘のように刺さる。生物の多くは痛みを感じれば反射的に筋肉や血管が収縮し、耐えようとする。つまり余計に槍は深く食い込む結果となるのだ。

 大きな手と指先は小さいものや細いもの、細かいものを拾うに適さない。

 そしてここからが作戦の第二段階、イシュカが背負っていたリュックの底を即座に私はナイフで切り裂き、そこから落下するのは凍らせた大量の聖水。そして更に放り込んだのは切れ味抜群の我がお抱え職人、ウェルムのナイフをありったけ。

 これが真上から落下した最大の理由。

 上を向けば気道が開く。

 気道が開けば吐き出されることなく真っ直ぐにヤツの胃袋めがけてそれが吸い込まれ、氷とナイフは落ちていく。更にイシュカが風魔法でそれを喉奥に押し込み、その上でダメ押し、私がその内臓に向かって待機させた最上級聖属性の魔法を放ったのだから堪らない。

 ソイツはいきなりカマされた致命傷にもなりかねない聖属性の攻撃にたまらず私を抱えたイシュカを吐き出し、私は風魔法で地面に激突するのを和らげるとイシュカが私を腕の中に庇い、転がって受け身を取る。

 硬い皮膚と口の中から上がっている蒸気は体内から浄化された魔素。

 怪物は地面をのたうちまわり、大地が揺れる。

 柔らかな内臓を傷つけているのは溶けた聖水だけじゃない。

 暴れるほどにウェルムのナイフが刺さり、傷付けていることだろう。

 そして一番目立つところに陣取っているライオネルの合図でランスがタイミングを計り、上げた腕を振り下ろし、第三段階以降の指揮を取る。

 崩れていない洞窟の上部で待機させていた土属性持ちの騎士達が一斉に神殿跡にかかる天井を崩し、風属性持ち達がその崩れ落ちる天井を吹き飛ばす。


 するとどうなるか?

 まだ高い位置で燦々と陽光を降らせる太陽の下に怪物の身体が晒される。

 上からは陽の光に、内部からは強引に呑み込まされた聖水の氷と私の放った聖属性魔法がその身体を焼き、浄化する。爛れ、崩れていく怪物の身体に畳み掛けるために矢尻に聖水を浸した矢が次々と打ち込まれ、フリード様と私は更に聖属性魔法を発動させ打ち込んでいく。イシュカとライオネルは聖属性魔法を放つ私達の邪魔をされないための護衛。

 ランスの指揮で怪物が這々の体で這い出て逃走を図ろうとしたところに更にワイヤー網を掛け、即座にその網の端に繋いだロープを八方の大木に結んで逃げ道を塞ぎ、閉じ込める。すっかり爛れて弱くなった皮膚目掛けて近衛達の無数の剣が振り下ろされる。それはその怪物の呼吸と鼓動が止まるまで絶えることなく続き、抵抗する力が弱まったところで連隊長がその首を一刀両断。

 金色にギラリと光っていた目が白目を剥き、口から泡を吹いたところで四肢を切断、フリード様がその怪物の胸を裂き、心臓を串刺し、巨大な魔石を取り落としたところで戦闘は終了した。

 その魔石は再生しても再生しても追いつかない体組織の治癒に蓄えていた魔力を使い切ったのか、くすんだ色で地面に転がった。

 

 訪れたのは一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、そこにいた全員が嬌声を上げて集まってきた。


「やった、やった、やりましたよっ」

「俺達の勝利ですよっ」


 倒せた。なんとかなった。

 ホッとした途端腰が抜けてその場にへたり込んだ私をイシュカがいつものようにその腕に抱き上げてくれる。

「流石です。やっぱり私の貴方は最高です」

 それはイシュカの前で、カッコイイ私でいられたってことかな?

 いつも欲目全開のイシュカの曇った目なら大丈夫だろうけど。

 良かった、失敗しなくて。

 一応聖水氷と聖属性の魔法が胎内にブチ込めなかった場合の次点の策も考えてはいたのだ。

 イシュカと二人で化物の胎内から結界を重ねて張って膨張させ、皮膚と内臓を破裂させる作戦だ。だけどこれは人を丸ごと呑み込むくらいだったのだ、胃酸などの強さも想定できなかったし、内臓や皮膚がどれだけ伸びるかも不確定要素としてあったので危険はあった。ただ強靭な筋肉であるならば伸びて薄くなった皮膚ならライオネルやフリード様、連隊長の刃も通りやすくなるだろうと思っての二次的策だったわけだけど。

 魔力を満タン蓄えさせてしまうと太刀打ちできるかどうかも怪しかった。

 私達が逃げてもこの先には魔獣の渓谷がある。そこで魔獣を喰らって補給された後、ウチの領地に向かってこられたら被害甚大どころか壊滅的打撃を喰らっていただろう。

 施設が破壊されるだけならまた建て直せば良い。

 だが苦労して育てた人材補給は容易ではない。

 仲間は失ってしまってら二度と取り戻せないのだ。

 私は安心して大きく息を吐く。


「みんながいてくれたからこそ、だよ。

 私一人でも、イシュカと二人でも無理だったし。もうこれ以上暴れられたら厳しかったかも。魔力も限界、空っぽだよ、危なかった」

「それでも、です。やはり貴方は私の自慢です」

 イシュカの言葉に私は微笑う。

 震えて情けないところも見せたけど、少しはカッコイイとこ、見せられたかな?

 剣を軽く振って刃に付いた化物の血を払い落としながら連隊長が近づいてくる。


「そうだな。貴方が一番危険な役割を担ってくれたからこその成功ですからね」

「ああ、そうだ。君は自信を持ってもっと胸を張りなさい」


 フリード様の一言に私はちょっとだけ微笑う。

「ええ、そうですね。少しだけ、自信が持てた気がします」

 みんなが力を貸してくれたからとはいえ、怖いと震えつつも強大な敵に逃げ出さなかった自分を、そろそろ少しは褒めてあげても良いのかもしれない。弱い魔獣であれば威嚇して退け、強敵であれば対峙して引きつけ、囮としての役割を果たせる。

 これは私にしか出来ない仕事だ。

 みんながいなきゃ勝てないけど、私抜きでは苦戦を強いられたであろう相手。

 その一助となれたのだから。

 連隊長はそんな私に苦笑する。

「こんなのを倒しておいて少し、ですか。相変わらず控えめですね、貴方は」

 控えめ? 

 違う。

 私は他の誰かを自分の代わりにそこに立たせたくないだけの臆病者。

 自分が担うべき位置に他の誰かを立たせて危険に晒されるところを見たくないのだ。結局イシュカを巻き込んでいる時点でそれも大口叩ける理由じゃないけれど。

「一人で倒したわけではありませんから」

 それでもどんな危険な場所でも必ず付いて来てくれるイシュカ。

 だからこそ私はそこに飛び込み、立っていられるのだ。


「いつもありがとう、イシュカ」

「貴方の側で戦えることが私の誇りであり仕事、そして望み、願いですから」


 抱き上げれた腕にギュッと力がこもり、その言葉が嘘ではないと伝えてくれる。

 集まってきたランス達が化物の肉塊を蹴飛ばしつつも尋ねてきた。 

「ハルト様、コイツ、解体しても大丈夫ですかね?」

 そうだね、そうだった。

 まだ後片付けが残ってる。

 しかしながら今回はウチだけの討伐ではない。連隊長達近衛も一緒、どうすべきか逡巡して連隊長に視線を向けると頷いて了承してくれる。

「構わない。このままにはしておけないからね。

 近衛の者は解体作業が苦手だ、私達はその間に先住民達の聞き取りをハルトに手伝ってもらってやっておこう」

 そういえば非戦闘員だからって通訳を調査員や研究者達と一緒に帰してしまったんだっけ。例の貴族の息の掛かった調査員と思われる人は一番最初に喰われたようだが、この場合はどう対処すべきかな?

「良いんですか? ギルドの通訳がいませんけど」

 勝手に話を進めてしまって。

「構わんさ。聞いてもらいたいのは一つだけだ。

 シルベスタ王国の民となり、働く気があるか否か。

 後は近衛に村を少し調査させればそれで済む」

 そう言って連隊長が視線を向けた先には例の先住民達の姿が見えた。

「おそらく彼等は我々に付いてくるだろうからね」

 でも、だって。

 ずっと隠れ住んでたのに?

 連隊長の言葉にフリード様が頷く。

「騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのだろう。

 顔を見れば一目瞭然だ。こんなものが封印されていた地に住み続けたいと思う者は稀だよ。詳しい話は国に戻ってから聞けば良いだけだ」

 成程。

 確かに怖々、恐る恐るこちらの様子を伺っている。

 怪物がのたうちまわって大地が揺れ、その咆哮に木々が激しく騒めき、それが暫くして一切止まってとなれば気にならない方がおかしいか。少し離れているとはいえ何かあれば自分達の集落にまで被害が及ぶ。

 そしてすっかり跡形もなく崩れた神殿に目を向けてがフリード様が続ける。

「それにこの廃神殿もすっかり砕けて瓦礫の山だ。復元することも叶わないとなれば調査の価値もない。あるとすればアレが封印されていた部屋に何か貴重な物が残っているかどうかくらいだが。

 まあ、まずないだろうね。

 門番として飼っているならともかく、倒せない化物に大事な宝を守らせる者はいない。持ち出せないのでは護らせる意味も無いからね。

 リッチやアンデッドなどの人型であればその宝物に執着して、という可能性もあるが宝物とあんな化物を一緒に入れる者などいない」

 そりゃそうか。

 ゲームやダンジョンボス部屋のドロップ品は所詮空想の産物だよね。

 現実的に考えて、そんな上手い話は早々ない。

 まあいいけどね。

 既に財産はまさしく山ほどある。

「だがある種の人間にはコレもある意味、宝の山だろう?」

 チラリとウチのメンバーが解体に掛かっている化物の肉塊に目を向けて付け加えたフリード様の言葉で頭の中に浮かんだのは二つの顔。

 確かにサキアス叔父さんやヘンリーには金銀財宝より余程価値がありそうだ。

「素材、少しは分けて頂けるんですかね?」

 何も戦利品を手にしないで帰ったら当分あの二人に付き纏われて、ブツブツ文句をタレられそうだ。出来ればそれは遠慮したい。

 尋ねた私に連隊長が頷く。

「当然だろう。君のところの部隊が主として動いているこの場合、我が国の法律では一般的に国と領地で半々だ。通常被害者補償をした上でのことにはなるが、今回の件で言えば喰われたのは被害者ではなく、この騒動を引き起こした罰すべき罪人。

 むしろあの二人の家には賠償責任が課されるだろうが」

 口籠るように言葉を切った連隊長に私は苦笑する。

「トカゲの尻尾切り、ですか。

 責任追及から逃れる手段としては一般的ですからね」

 汚い権力者(きぞく)の使う常套手段。

 全て現場の者に罪を被せて知らぬ存ぜぬ。

 みっともないったらありゃしない。

 自分は上に立つ特別な人間だと錯覚し、ふんぞり返ったその姿。それがどんなに醜悪かなんて理解していないのだろう。己の義務も果たさずに権利ばかりを主張して醜い姿を晒してる。いくら外観を綺麗に取り繕ったところで腐ったその性格と曲がった根性が、しっかりその顔に出ていますとも。


 ある程度の年齢になったなら自分の歴史を刻む顔には責任を持って下さいね。

 やはり人間は中身が大事です。


「すまない」

「連隊長が謝ることではありませんよ。

 それに、多分今回は逃れられないと思いますけどね」

 私をこんなことに巻き込んでおいて、タダで済むわけないだろう。

 当然赦しませんとも、責任転嫁。

 キッチリ支払わせてみせましょう、この代償を当事者に。

 私はにっこりと笑う。

「ガイとアンディ達ですよ。屋敷に戻ったらあの二人に聞いて下さい。

 そういう輩には必ずといってもいいほど後ろ暗いところがあるものです。ガイが今回同行しなかったのはそのせいもあるんですよ。

 ウチの諜報部トップの腕前をナメてもらっては困ります」

 やってきた調査員達のリストを見てアンディが即座に動いた。

 ガイ宛に届けられた文を見て国境上で待機するはずだったガイが予定を変更して出掛けて行った。それはつまり絶対何か掴んでいると思うのだ。 

「許可さえ頂けるなら今回の件で国で裁けないというなら他の件で言い逃れ出来ないように暴いて差し上げますよ?

 そうすれば取り調べるために引っ張れるでしょう?」

 刑事モノで言うところの所謂別件逮捕というヤツだ。

 今回の件とひっぺがした裏の顔と罪、どっちが重いか知らないけどね。

 冤罪でないなら問題もないだろう。

「いや。これは私達の仕事だ。

 協力して貰えるなら尚更必ず捕らえて罪を白日の元に晒す」

「では手引きするように手配しましょう」

「頼む」

 話は纏った。

 私達が直接関わるよりも国が動いた方が誤魔化しも利かない。

 ワラワラと集まってきたウチのメンバーが怪物を囲んで興味深そうに眺めたり、蹴り飛ばして本当に動かないかを確認しつつテキパキと解体作業に移っている。

 イシュカに下に降ろしてもらうと連隊長とフリード様と一緒にこちらの様子を伺っていた先住民達のもとに行き、今回の目的と事情、事の次第と経緯を連隊長に指示された通りに訳し、彼等に伝えると怯えた顔で何度も頷き、近衛の調査を受け入れてシルベスタ王国の民となると決めた彼等に自分達で持てるだけの荷物の荷造りが出来次第、この場所に来るように伝えた。

 私を睨んでいた者もいたが、ハッキリ言えばどうでもいい。

 数ヶ月前に一度見た程度の雑魚の顔を覚えていられるほど私の脳味噌の記憶容量は大きくない。というよりそんなモノにその容量を割く方が無駄である。二度と関わるつもりがなかったのでさっさと記憶を削除していたのだがイシュカはしっかりと覚えていたらしく、剣呑な目でソイツを見ていた。

 それに気がついたケイが物騒な視線を向け、更には事情を聞いていたウチのメンバーにも睨まれ、ソイツはスッカリ身を縮こまらせていた。

 保護する予定地は私の領土ではないと伝えるとホッとしたらしい。

 連隊長は近衛を数名引き連れて先住民の集落に向かった。


 これで陛下依頼の私の御役目も終了だ。

 かなり予定外の事態にはなったが後は陛下達がなんとかしてくれるだろう。



 残すところは化物退治の後片付けのみ、なのだが。

 一つだけ問題があった。

 本格的な解体作業はルストウェル支部に持ち帰ってからになるのだが肉片、内臓、骨、その他も手際よく次々と滑車とジップラインを利用して運び出されていく中で一つだけ放ったらかしにされているものがある。


「この魔石、どうします?」

 私はフリード様と相談する。

 結局、化物が喰った二人の魔力は体組織の再生に利用され尽くし、魔石に残った魔力は空っぽ。この状況から察するにコイツの直接的死因はおそらく魔力切れ。再生スピードを上回る攻撃を受け続けて絶命したってところだろう。

 今まで見たことのないサイズの魔石をイシュカとライオネルの四人で囲み、ジッと見つめる。

 誰もコレに触れようとしないのも当然なのだけれど。

 空であるということは、つまりこの巨大な魔石は所謂『飢餓状態』。

 ある意味化物以上に取扱注意のシロモノ。

「どうもこうもない。空である以上下手に触れれば残った魔力を根こそぎ全部持っていかれて即死だ。直接触れないように工夫し、厳重に梱包して持って帰るしかあるまい。こんな大きさのものは今まで見たことがないからね。どのくらいの容量を持っているのか検討がつかない」

 でしょうね。

 フリード様の言葉も当然だ。魔石は一度空になってしまうと一気に満タンまで補充しない限りは霧散するという厄介な特性があるわけで。

「大きな魔石は空の状態ならまさに凶器だからね。

 陛下に御指示を仰ぐとしよう」

 興味本位で触れば良くて昏倒、運が悪ければ冗談ではなく死に至る。

 多少なりとも残存魔力があれば問題はない。少しずつ日数なり、人数なりわけて補充していけば良いのだが一旦空になってしまうと厄介なことこの上ない。今まで何度もそれなりの大きな魔石に供給してきたからわかるけど、多少なりとも魔力が残っていれば光を反射して光る。なのにこれだけの大きさで全く光らないということは言わずもがなである。だからもしも私を殺害しようとしている輩がいるなら、物騒な話だが今が千載一遇のチャンスと言えなくもない。この魔力切れ間近のふらふら状態でドンッと背中を押されてこの魔石の上に倒れ込めば一気にブラックアウトだろう。

 こんな物騒なものほったらかしにしておくわけにもいかないのだが。


「でも、この魔石。細工を施そうにもそもそも触れませんよね?

 ここから運搬するにもなかなか厳しそうですけど」

 運ぶのにも布一枚くらいでは危ないような気もするし。

「まあそうだな。非常に扱いに困る代物に間違いないが」

 魔石に魔力が吸い出されるスピードは変わらない。小さなものも大きなものもサイズに関係なくほぼ一瞬で抜き取られる。容量が大きいから満タンになるのも遅いといいわけではない、要するにそれだけ胎内から魔力を吸い出すパワーも大きいということだ。もしかしたら少しくらいは違うのかもしれないがコンマ数秒の差を計測できる測定器やスロー再生できるような高性能カメラなどあるはずもない。

「ハルト様でも無理、ですかね?」

 ボソリと小さな声で漏らしたライオネルの声にフリード様が少しお考えになった。

「多分、な。この先ハルトの魔力量がもっと増えれば先はまだわからないが」

 私と同じくらいかそれ以上ある可能性があるって、そういえばフリード様、言ってたっけ。まだまだ伸びが期待できる年ではあるけれど。

「正直、もうこれ以上は要りません」

 今でも既に過去最高記録。

 戦時下でもあるまいし、ここまで膨大な魔力量が必要とは思えない。

「何故だい? 多ければ多い方が良いと思うが?」

 それは限度を超えなければの話でしょう?

「増えるほど魔法の威力も増しますが出力の調整も難しくなるんです。加減を間違えれば大惨事、大災害なんて冗談で済まされませんよ。

 それにその内体内に収まり切らずに身体から常時余剰分が瘴気みたいに垂れ流しになりそうじゃないですか。嫌ですよ、そんな人間辞めました的な化物じみた状態になるのは」

「今でも充分バケモ・・・」

「何か言った? ライオネル」

 その先は口に出さないのがお約束でしょう? 

 一応これでも気にしてるんですよ?

 私にジロリと睨まれてライオネルが慌ててピンと姿勢を正し、口を開く。

「いえ、なんでもありません。

 頼りがいのある自慢の上司の下で働けて光栄ですっ」


 そう? 

 ならいいケド。

 まあ充分化物じみてきた自覚はありますよ?

 認めたくはないけどね。

 実際、この膨大な魔力量に助けられていることも多いわけで、微妙に複雑な気分だ。

 いくら『魔王上等』であっても本物の魔王になる気は私には無い。

 

 全く魔王様でいるのにもそれなりに気苦労が多いものだと私は更に深い溜め息を吐いた。



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