第五十二話 それでも大見栄切りたい理由があるのです。
とにかく、だ。
最優先事項はアレにこれ以上力をつけさせない事だ。
指揮をライオネルに任せて討伐のための準備を進めつつ、イシュカと立てた作戦の補強を話し合う。
その間に国境上に待機していたランス達もジップラインを使って駆けつけてくれpた。
でも、イシュカの仮説が正しいとしたら?
何故アイツはあの場所から動かない?
壁が崩れて魔法陣なり、仕掛けなりがもう作動してないってことなのか?
それとも何百年も掛けてジリジリと魔力が吸い取られていたとして、いまだにまだ魔力が残っていたってことはそれが僅かずつだからってことで、一日二日では知れてる魔力消費なのか、それでも日陰から出てこないということは、魔力消費よりも陽光を受けるダメージの方が大きいのか?
全ては推察でしかない。
「だからこそ陽光に晒されるリスクを取っても魔力を持ってる人間を喰らって魔力を補給したのだろう。捕まって喰われたのは研究者の中でも比較的魔力量が多い者だ」
背後から聞こえた声に私達は振り返る。
フリード様っ!
連隊長達と一緒にいたはずなのではっ⁉︎
「一人喰らったが閉じ込められていた部屋の天井が崩れたことで弱っていた体が僅かに自由を取り戻した。陽光を浴びるリスクと魔力補充のメリットを天秤に掛けた結果がおそらくこの状態だろう。
出てきた直後に僅かに陽光に焦げた腕が既に再生している。
皮膚の色が黒くて判り難いことは判り難いがね。
倒すならハルトが言っているようになるべく早い方が間違いないだろう」
私は気づかなかった。
だから聖属性持ちのフリード様をこちらに回してくれたってことなのか。
流石は連隊長、魔獣討伐の経験は少なくても状況判断は的確だ。
フリード様の言葉にイシュカが頷く。
「ですからアレと対峙できる力量とスピードがない者は退げて支援に専念させるべきかと。あの長い腕に捕えられて喰われ、魔力を補給されては益々倒し辛くなるでしょう。本来の力を取り戻されては勝てるものも勝てなくなります」
となると、イシュカはやはりアレは魔力量三千、四千ごときの魔物じゃないって考えてるのは間違いない。
「じゃあ本来の推定魔力量は? 幾つくらいだと思う?」
私のその疑問に答えたのはフリード様だ。
「おそらく七千から八千、もっとある可能性もあるだろうな。威圧感が五千クラスの魔物の比ではない」
その根拠はどこから?
フリード様はもと近衛連隊長で、魔獣討伐部隊所属ではなかったはず。
私の視線に気が付いたのかフリード様が苦笑する。
「何を驚いている? 私の近衛連隊長になる前の前職は聖騎士、魔獣討伐の現場経験はアインツより上だ」
そうだっ、そうだった。
フリード様は近衛の中から選ばれたわけではない、珍しい出世の仕方をした御方だった。
「ハルト様よりも多い可能性があるんですか・・・」
ポツリと漏らしたイシュカの呟きにフリード様が反応する。
「そういえば聞いてなかったが、ハルトの現在の総魔力量は幾つなんだ?」
問われて思わず口籠る。
今更隠す意味もないのだが。
「陛下や連隊長達は御存じなのだろう?
かなり多いことはこの間同行した時に気付いていたのだが」
イシュカと顔を見合わせて頷く。
フリード様は人が隠していることを吹聴して回るような方じゃない。
「ええ、公にされていませんが」
イシュカのその一言の後に私は続けて告白する。
「七千八百超えた辺りです。半年前計測した時のものなので、今はもっと多いかもしれませんが」
その数字に些か驚いた顔はしたものの、ある程度は予想していたのかフリード様はたいして動揺も見せずに頷いた。
「成程な。ならばアレの本来の魔力量は八千あたりかもしれないな。それならば納得できることもある」
「何故ですか?」
その判断理由かわからなくて尋ねるとフリード様は怪物の方に視線を向けた。
「アレが君から目を離さないからだ」
どういうこと?
「おそらくハルトを糧にしようとしているのだろう。
魔物の魔力量は体内から減ったとしても、その魔力量に比例して戦闘力が下がるわけではないからね。勿論魔力が尽きればそれまでだが。勝てる見込みがないとなれば逃走を図ろうともするだろう。
だが目がギラついている。
つまりチャンスがあれば君を喰うことができると思っているんじゃないかと考えたのだよ。極上の餌が目の前で彷徨いていて、すぐに喰えると思っているからああしてジッと動かずにいるとも考えられるからね」
そういうことか。
私達が黙ってその続きを待っていると少しだけ間をおいてフリード様は自分の経験則からくる考えを教えて下さった。
「同格の魔力量、一対一であれば魔石を体内に持っているだけ魔物の方が魔石に魔力を蓄えられる面で有利。更に体格では自分が遥かに優っている。だからこその余裕であり、居座りだろう。数人喰らえば同じ量を補充できるとしても、君がそこにいるとなればそれを喰ってる間を自分と同格である君に狙われる可能性がある。
喰っている時はどうしてもそれ以外に隙が出来る、無防備になりがちだ。
多分だが、その魔力量ならばこの群れのボスはハルトだと認識している可能性が高い。つまり、アイツはそれなりに頭が回るのだよ。群れのボスを叩けばその集団は瓦解することが多い。統率が乱れれば捕食もしやすくなる。それ故、焦る必要もなく日が翳るのを待ち、活発に動ける自分に有利な時間を狙ってハルトを喰い、本来の力を取り戻してから雑魚と侮っている我々を喰い、魔力をたらふく補充して動き出したい。或いはこちらの油断を誘っている、そんなところじゃないかな。
多分、君が目の届く範囲、この場から離れないからこそのものだろうね」
成程。
圧倒的な強者であるが故の余裕でもあるわけか。
勿論、その推測が当たっているかどうかなんて解らない。
でもそれが本当に当たっているとしたら、私が尻尾を巻いて逃げていたらアレはそれを追って暴れ出し、今頃結界も破られていたかもしれないってこと?
思わず冷や汗がタラリと流れた。
雑魚の私に気を取られ、本来警戒すべき強者の連隊長やフリード様を侮るあたりは私からすれば馬鹿の極みだが、あの場から動かないのが危機感を感じてないからこそのものなのだとしたら?
作戦が読まれた時点でアレは暴れ出すかもしれない。
私はゴクリと唾を呑み込んだ。
慎重に事を進めなければ。
イシュカと私は出していた指示を即座に撤回、変更した。
極力こちらの行動を悟られちゃいけない。
準備するなら出来るだけアイツの視界に入らないところで。
動き出すなら一気にだ。
ここからは時間との勝負。
そして、私を獲物として狙っているならばもう一つ、勝率を上げる手段がある。
多分、イシュカは猛反対するだろうなと思いつつ、どうやって説得すべきか私は思考を巡らせた。
「やはり危険ですっ、この役目は私とライオネルで。貴方は後方で待機を」
大至急で整えた、全ての準備が整ったのは昼過ぎ。
私が作戦開始の位置に着くために歩き出そうとしたところで必要な荷物を担いだイシュカが再びそれを言い出した。
この提案を出した時に即座に猛反対したイシュカ。
予想通りではあったのでなんとか丸め込も・・・違う、違う。説得しようと手を尽くし、一度は納得させたのだけれど。
「あのね、何度言えばわかるかな?
これは私が請け負うべき仕事、一度は納得したでしょう?
仕方ないじゃない、聖属性魔法が使えるのはフリード様と私しかいないし、多分アイツの獲物認定されてるのは私なんだから」
私が移動する先々に、追ってくる視線。
注視というより舌舐めずりしているかのようなゾッとする目つきが殊更気色悪い。
反対したのはイシュカだけじゃなかったけど。
それを語った時、最初はフリード様が今回の私の役目をやると申し出て下さった。そりゃあ私なんかより経験も実力もフリード様の方が上だけど、この作戦を確実に成功させるためには私でなければならない理由が複数あった。
膨大な魔力量を持ち、最上級聖属性魔法を放っても魔力に余力を残し、更に同じ魔法でも魔力量の相乗効果で威力がより期待できること、ロックオンされているのが私であること、そして餌として大口開けて丸呑みで喰らうに適した私のこの体格だ。
「ですがっ」
「大丈夫。勝てるよ」
尚も反論しようとするイシュカの声を遮って私はそう断言する。
「だって私は一人じゃない、イシュカが一緒だもの。
負けないよ、絶対」
今までだってどんな死線も危機も一緒に乗り越えてきた。
だから信じてる。
必ず今回も生き残れる。
確証もない自信だけど、正直、怖くてたまらないけど。
でも私にはやらなければならない理由がある。
私はみんなに支えてもらわなきゃ何も出来ない頼りない領主だけど、ここでコイツを倒さなきゃ私の仲間に、領民に危害が及ぶ。
あの御婦人が言っていた。
多くの人が私の幸せを願ってくれてるって。
嬉しかったのだ。
私は本当に幸せになっていいんだって周りに許された気がして。
責任、献身、奉仕、尊い言葉にも聞こえるそれは、言い換えるなら犠牲、捨て石、餌食、礎。寄与、貢献はカモ、搾取されることでもある。それは与える者と与えられる者の感情と好意の差ではないかと思うのだ。
相対するもののようで実は認識の差でしかないそれは、心一つで変わる。
差し出して当然ではなく、望んでもらえることの幸福。
私はそんな領民に対して責任がある。
そんな彼らに相応しい領主でありたいと今は思うのだ。
その役目を終えるまで自慢と胸を張ってもらえる領主に。
私はイシュカを見上げて微笑う。
「それともイシュカは私を護り抜く自信がない?」
「いえっ、貴方は必ず私が護り抜いてみせます」
即座に返される言葉。
イシュカのこういうところは六年前から少しも変わっていない。
何度この言葉に支えられ、救われ、守られてきただろう。
だから私は怖いと思っても、いつも踏ん張ることができた。
必ずイシュカが守ってくれるって信じてたから。
私が認められたいのは領民だけじゃない。
誰よりも私のすぐ側に、身近にいる人達に誇ってもらえる自分でいたい。
これは私の我が儘だ。
「なら問題ないね。
私はイシュカが護ってくれるって信じてる。
そしてイシュカは私が護りきってみせるって決めてる。だから私達が互いの誓いを守りきれば二人とも無事に生き延びることが出来る。
そうでしょう?」
正直言えば逃げ出したい気持ちもある。
でもそれをしてしまったら私は私でなくなってしまうし、みんなの側に胸を張っていられなくなる。
後悔ばかりの人生なんて私は二度とゴメンだ。
だから誰よりも幸せになるために、私は私に出来る精一杯のことをする。
全力で立ち塞がる障害を排除する。
「私はこんなところで死んだりしないよ。
まだまだやりたいことがいっぱいあるからね。
最後まで生き残るのはそういう生き汚い人間じゃないかって、私は思うんだよ」
絶対幸せになる。
大好きな人達に囲まれて、皺だらけのお爺さんになるまで幸せ満喫して。
それを叶えるためならばどんな敵にも立ち向かってみせるよ。
震える足で踏ん張って、強張る頬を何度でも引っ叩いて。
歯を食いしばって前を向く。
『まだ夢は全部叶っていないでしょう』って。
諦めたくないのなら根性出しなさいよって。
「大丈夫。私達は勝てる。
イシュカもやりたいこと、まだまだたくさんあるでしょう?」
「勿論です」
私の幸せにはイシュカも欠かせない。
だから私はイシュカと一緒にこの勝負、必ず勝ってみせる。
「なら早くこんなの片付けて私達の屋敷に帰ろう。
ロイ達が待っててくれてるあの場所に」
きっと美味しい御飯用意して、満面の笑顔で迎えてくれる。
『おかえりなさい』って。
私はあの屋敷に必ず戻ると決めている。
イシュカは大きな溜め息を吐いて言う。
「仕方ありませんね。貴方は一度言い出したら聞きませんし。万が一の場合でも貴方と一緒なら私は・・・」
言葉の続きをイシュカの唇を掌で塞いで遮った。
「それは考えない。私達は必ず無事に戻るから」
にっこりと笑った私にイシュカは苦笑して頷き、私達は歩き出す。
イシュカが大きなリュックを背負い、布で包んだ大きな荷物を肩に担ぎ上げ、私が麻袋を担いで。イシュカの持つ荷物より遥かに軽いはずの荷物の重さによろめきそうになり、やはりもう少し筋肉をつけるべきかと反省する。
今回の作戦の総指揮はランス。
ライオネルと連隊長、フリード様には担当してもらうべき仕事があるからだ。
私は自分から目を離そうとしない怪物を、グッと気合いを入れて睨み返し、全員が所定の位置に着き、全ての準備が整うのをイシュカと二人で待つ。
「そういえば、貴方のやりたいことってなんですか?」
呑気に会話していられるような状況ではないのかもしれない。
でも多分、だけど、イシュカは私に気を遣ってくれているのだろう。ある意味とても物騒で、作戦開始開始の合図と共に、先陣切って危険に飛び込む状況に必死に恐怖を押さえつけ、微かに震えてる私に。いつまで経ってもビビリな私が触れるほど近くにいるイシュカが気付かないわけもない。
本当はこんな場所、立たなくて済むなら逃げ出したい。
でも私は私の追うべき責任から逃れたくない。
これは私でなくては出来ないことだ。
偉そうなことを言ったところで怖いことには変わりはない。
それがわかっているからこそ私はいつも大見栄を切る。
自分の逃げ道を塞ぐために。
強情で、意地っ張りで、可愛げがなくて。
それでも、こんな私だからこそ出来ることがあるのだと私は証明したいのだ。
それが今までの私の生き方だったから。
私はみんなに、自分に誇れる私でいたい。
欲しいものは手にできたけど、私の夢はまだ全て叶っていないから。
やりたいこと、したかったこと、まだまだ山程あるのだ。
イシュカの問いに私は小さく微笑って答える。
「たくさんあるよ。領地に平民の学校も作りたいし、もっともっと前世にあった再現したい楽しいこともあるし、何よりも私には叶えたいことがあるもの」
花火開発に、競技の国際大会、お笑いや歌って踊れるアイドル興行。
テスラと気球を作る約束もしてる。
まだまだたくさんある。
何よりも大切な人達が幸せに暮らせる世の中。
実現するのは難しいかもしれないけど、私は一人じゃない。協力してくれる人が沢山いる。だから世界中が幸せになれるなんて、そんな大それた夢を見るつもりはないけれど、友人が、仲間が、私の領民が、大事な人達が、戦に駆り出されるようなことのない世界が実現できたら最高だと思うのだ。
とてつもない大きな夢だけど、私が幸せになるためには私一人が幸せでは意味がない。
私はとても強欲なのだ。
「前世の記憶があるって話はしたでしょう?
私は全然モテない売れ残りだったって。
前にいた世界でいつもみんなの幸せを外から眺めてる観客だった。どんな男の人にも欲しいって思ってもらえない、女を捨てた女だからって諦めて、言い訳して。
羨ましいって、本当は思っていたのにね」
たとえば、将来に喧嘩別れする未来が待っていたとしても、誰よりも大事だと思える人に巡り合って家族や友人達に祝福されて結婚する。
憧れだったのだ。
自分には過ぎた夢だって諦めて。
でも今は、こんな私を可愛いと思ってくれる人がいる。
それはすごく幸福で、ありがたいことだと私はよく知っている。
星の数ほど人がいても相思相愛で愛される確率はとても低い。
感謝しているのだ。
神様にではなく、私と出会って、私を選んでくれたみんなに。
だから私はみんなに誇って貰える私でいたいと思うのだ。
男として生まれたからにはカッコ悪く逃げ出す後ろ姿を見せたくない、私の意地とプライドと言ってもいい。
「前世の友達には見せられないけど、それでもみんなと結婚して、『いいでしょ、羨ましいでしょう? こんなに私は素敵な男の人達、捕まえたよ』って、たくさんの人に自慢したいんだ。
だからこんなところでは死ねないよ、絶対」
羨ましいって、そう思ってもらいたい。
だって私には勿体無いと思うほど、強くて、素敵で、頭が良くて、優しくて、胸を張って自慢できるみんなだから。
「光栄です。でも、そうですね。
そういえば私にもまだまだ生きたい理由がたくさんありました」
微笑ってそう言ったイシュカに私は伝える。
「じゃあやっぱり絶対死ねないね。どんなにみっともなくたって、力を振り絞って、最後まで戦って、それでも生き残った男が私は一番カッコイイって思うから」
「ええ、全力を尽くします。私も貴方に最高にカッコイイと思って頂くために。
何よりも、この先も貴方と一緒に生きるために」
イシュカは今のままでも充分カッコイイよ、とは、言わなかった。
だってカッコ悪いままで死にたくないと思ってもらえたらその方がいい。
そして二人、みんなと一緒に勝ったところで伝えよう。
私のヒーローはやっぱり誰よりも、
一番カッコイイねって、そう。




