第四十七話 是非とも一度、御検討をお願い致します。
昼食が済んだ後、しっかり人数が揃っているのを確認してから私はリステルとビルマに念のため三人の警護を付けて先に返した。
イシュカが細かい指示を書いた手紙を持たせて。
以前は薄汚れて所々破れた服を着て顔色も悪く、痩せ細っていたリステル達のツヤツヤとした肌色と見違えた姿を見せられなかったのは残念だが機会はまだ残っている。アイツらが保護を受け入れれば洞窟から出た後にビシッとキメた格好で出迎えれば問題無しだ。
送り出した五人はたいした荷物を背負う必要もなく身軽なので、おそらく陽が暮れる前にはつけるだろう。これで手紙をジュリアス達に渡してくれればすぐに用意してくれるはず。
今日中には無理だとしても明日の昼頃までには間に合うと思うのだけど。
一応同じような文面を書いたものをライオネルに頼んで国境上にいるランスにも届けてもらうようにした。これで二方向から体制を早急に整えられるはず。
予定では残り二日半。
その対策が無駄になるかもしれないが、無駄になったらなったで何事もなく平和に無事済んだということだ。むしろその方が喜ばしい、願ったり叶ったりというもの。一気にこちらの陣営から五人減ったわけだが、リステル達は非戦闘要員。危険が起きた場合には護衛人手を割かなければならなくなることを考えれば戦力的にはトントンといったところ。もともと私達は別口、案内係であり、あくまでもそのついでに私達が欲しい漆の根を採取しに来ただけの話。抜けたところで問題はない。調査員面々からも反対の声は出なかった。
そういうわけで、ライオネルとガジェットはランス達への連絡に、他のみんなは食材調達に奔走している。私はといえばイシュカとケイと一緒に変わらず食事係。下手に神殿に近づかない方が無難だろう。
多分すぐにどうにかなることはない。
前回来た時に一緒だったみんなが面白がって何かないかと探していた時も特に何も見つからなかったのだ、そう簡単に何かが見つかるとも思えない。
それに私は悪運も強いが強運にも恵まれている。
何かが起こったとしてもそれが悪いことだとは限らない。
悪いことばかり考えているとそういうことが尚更それが寄って来るという話も聞いたことがある。
ならば明るいことを考えていよう。
この一件が終わったら少しは時間にゆとりもできる。
延ばし延ばしになっていた領地内の学校設立と魔法を使った花火の開発、少しずつ育ってきたお笑い興行はまず劇団の前座から取り入れて徐々に拡大。スポーツ競技の大会をもっと大々的に、シルヴィスティアとルストウェルにも競技場を作って年に1回全国大会的なものをミゲル達企画部に運営してもらうのもいい。そうしてやがてはオリンピックのように諸外国にも波及させて。
後は念願の歌って踊れるアイドル興行の下地も作りたいところだが、これが一番の難問だ。最初はポップで明るい普通の人が真似しやすい初級レベルからかな?
いや、それでは入場料も取りにくければ話題にもなりにくい。やや難しめのヤツと一緒にそれを披露して、こっちなら真似できるかもと思わせて流行らせるってのもアリだ。運動神経抜群の上級者には高難易度で挑戦して頂いて。
昔撮った杵柄、必死で覚えたあのアイドル曲と振り付けを利用したらどうだろう?
今の身体能力なら前世では身体が付いて行けなくて諦めたあの曲の振り付けも踊れるかな?
しかし、そうなると私に作曲が出来ると思われて過大評価の上乗せも困る。そういうダンスも存在していないことを思えば、まずは私が誰かの前で踊って手本を見せねばならなくなるわけで。
そのあたりはどう誤魔化すべきかが悩みどころだ。
そんなことをブツブツ呟きながら、まずは何から手をつけるべきかとムフフと不気味な笑いを浮かべつつ、私はグツグツと煮える鍋をしっかりオタマでかき回していた。
その横ではイシュカとケイが苦笑していたらしいが、それに私が気付くはずもなく放って、いや、生温かい視線で見守られていた。
一日目はとりあえず無事に何事もなく。
二日目の午前中にはしっかりと国境上のランス達からジップラインを繋ぐための道具も届いたのでランス達警備陣にはその作業に勤しんでもらい、イシュカとケイと私は昨日の内にしっかりかき集めた食材でその日の夕食作り。
本日のメイン料理は予定通りに鹿肉を使ったハンバーグを沢山の野菜と一緒にトマトソースで煮込んでおいて、オニオンリングとフライドポテトをカラッと揚げて、固いパンもスープに浸して食べれば食べやすいだろう。
そうしてせっせと作った夕食もほぼ出来上がり、陽もだいぶ傾き始めた頃、神殿跡の方が少しだけ騒がしくなった。
何かあったのかな?
調査隊員達が同じ方向に移動している。怯えた様子もないことを鑑みれば然程危険なものがみつかったというわけでもないだろう。かといって歓喜に沸いているわけでもないから金銀財宝の線も薄いかな。まあ財宝その他が見つかったとしてもウチには分け前はないので関係ないから良いのだけれど。
歴史的価値のあるものとかは除外されるんだっけ?
ってことはその関係かな?
でも冒険者が総取りに対して調査隊の分け前一割って結構少ないと思う。その分国家の精鋭を集めているから安心度は高いから生命の値段と思えばそうでもないのか? 冒険者達は総取りの代わりに担保は自分の命だ。だが、人数が多ければ金貨百枚も一人ならそれなりだが十人で分ければ金貨十枚、それ以上ならもっと少なくなるわけで。
仕事の一環とはいえ不満は出ないのだろうか?
隣でオニオンフライを揚げていたイシュカを見上げると、イシュカもその手を止めて神殿に視線を向けていた。
「ねえ、イシュカ」
名前を呼ぶと、その視線が私の方に向く。
「そういえばさ。何か財宝とか見つかった場合、ガメて逃げる人とかいないの?」
私がそう尋ねるとイシュカは一瞬目を丸くして、クスクスと笑い出した。
世の中が良い人ばかりだと信じられるほど私は純粋ではない。
大金が絡めば親族の間でも骨肉の争いになることがあるのだ。目の前にお宝が現れたら欲に目が眩む人間だっていそうなものだ。私は基本、タダより高い物は無いと思っているので興味はないけれど。
泡銭というものは泡沫に消えるからこその泡銭。
身につかないと思うのだ。
それにこれまでの過去を振り返れば手に入れた殆どの物はロクでもない特大のオマケ付きだった。何事も命あっての物種。逃げられるような状況でもなかったし、ケツを捲って逃げて後悔するのが嫌だから立ち向かっただけ。多分今後にも安全にも問題なく避けられる前提であればそれら全てを避けたに違いない。私一人にだけならまだしも周囲の大事な人達に危害が及ぶなら逃げる選択肢は無い。
だけど世の中には自分さえよければそれでいいという人間もいる。
笑い事ではないと思うよ、イシュカ。
それとも私の言い方がマズかったかな?
おおよそ上品とは言い難いだろうけど、果たして私が上品だったことがあっただろうかと考えた。一応社交界や客先では取り繕っているけれど、私が貴族であるのにも関わらず下品一歩手前なのは今更だ。
じっと私が見ているとイシュカが教えてくれた。
「そうですね。資料によれば過去にいないこともないようですよ。ですから調査団員は必ず手荷物、身体検査されますし、隠匿すればかなり重い罪が課せられます。うろ覚えですが、確か、その横領したものの金額相当の倍の支払い命令が下され、場合によっては財産没収と身分剥奪ではなかったかと」
やはり法律で対策は一応されているのか。
「でも上手く隠す人だっているんじゃない?」
大きい物は無理かもしれないけど。
第一発見者であれば見つけても隠し通して後でもう一度コッソリそれを取りに来たり、他人に告げる前に先に隠しておいたりとか、積み込む時にさりげなく自分の懐に隠すとか、調査団全員で結託して隠蔽したり。考え出すとキリが無い。
「いるでしょうね。ですがその場で隠し仰せても大抵その後で発覚します」
何故かと私が問う前にイシュカが教えてくれる。
「大抵の人間は珍しい物を手に入れれば他人に見せびらかし、自慢したくなります。大金を持てば金回りが気が大きくなって金遣いが荒くなりますからね。貴族社会は表面上穏やかに見えても足の引っ張り合いも珍しくありません。密告する者が出てくるのですよ。そうでなくてもオカシイと思われれば監査も入りますし、その資金の出処を追及されたら誤魔化せませんから」
聞けば納得の理由ではあるけれど。
「それまでとたいして変わらない生活すればバレないんじゃない?」
「バレないでしょうね。ですがそのような生活をするのであれば今ある職を失うような重罪を犯すリスクを取るのは馬鹿げていますし、隠しておくのにも手間とお金がかかります。そして貴方のような資産家であれば今度は重罪に問われるかもしれないリスクをわざわざ負ってまで黙って懐に入れたりしないでしょう? それが欲しいなら己の財力を使って買い取り、手に入れれば済む話なのですから」
確かに。イシュカの言うことももっともだ。
特に今回見つかったのは国交の閉ざされたベラスミでの発見だ。
そこに入るには私の領地であるアレキサンドリア領の国境を無断で越えるか、オーディランス側から侵入して危険な山岳地帯を抜けるになる。しかも案内がなければ正確な場所は把握できないとなれば、死の危険と隣り合わせの場所に赴くとは思えない。
溶岩の中に金銀財宝があるとして、そこに飛び込んでまで手に入れようとする馬鹿はいないのと同じだろう。死んでしまっては折角手に入れた財宝で贅沢をすることもできないし、金貨千枚を手に入れるために金貨二千枚を投じる馬鹿もいないだろう。
だけど、それは良識のある人間の考え方ではないかと思うのだ。
どんなにお金持ちであってもケチな人間は山ほどいるし、自分の贅沢のためには湯水のようにお金を使っても、他人のためには鐚一文払いたくない人間もいる。タダで手に入れることができるものにお金を支払いたくない、見つけた財宝ならば分ける前に独り占めしたいと思う人間もいる。
見つかるのは多分氷山の一角。
手荷物検査される前に地面に埋めて隠したり、宝石のような小さな物ならば飲み込んで腹の中に隠して後から吐き出すという方法もある。こういうのはイタチごっこだ。それを言っても始まらないし、下手にそれを疑って何も出てこなければ名誉毀損でこっちの身が危ない。
なんにせよ、それらは私の仕事ではない。
だが今回は連隊長とフリード様一緒だし、この二人目を掻い潜るのは容易ではないだろうけど。
「なんか見つかったのかな?」
ワラワラと集まってきた調査員は一ヶ所にほぼ集まっているっぽい。
ここからでは崩れた石の柱などが視線を遮って視界が通らないから状況も把握し難いけど。
「どうでしょう? ですが仮にそうだとしても、下手に神殿には近寄らない方が無難でしょうね。放っておきましょう。口出しする必要はないと彼の御方仰っていたのでしょう?」
ケイにそう言われて私は頷いた。
「そうだね、そうしよう」
聞けば興味があると疑われ、何かあった時にイチャモンつけられるのも面倒だ。
知らぬ存ぜぬ、全く興味もありませんを貫いた方が無難だ。
だがここで一つ問題がある。
「でもどうしよう。夕飯、もうすぐ出来るんだよね。先に食べててもいいのかなあ」
私は鍋を覗き込み、そう呟いた。
食事というのは作りたてが一番美味しい。ウチの人員はほぼ揃ってるのだが向こうは働いているのに何も言わずに『お先に』というのも気がひける。しかしながらこちらは調査団の一員でもないわけで、ついでに一緒に食事を作っているだけで。
明日は予定通りなら集落にお出掛け。お弁当の仕込みもしておきたい。私が迷っているとイシュカに軽く肩を叩かれ、顔を上げる。
するとこっちに向かって走ってくる人影が見えた。
「あっ、連隊長がこっちに来るね。聞いてみよう」
調査団の責任者である連隊長の許可を得てなら文句もでまい。
私はオタマを鍋のフチにかけると私の名前を呼び、こちらに向かって早足でやってきた。
「丁度いいところに。夕飯が出来たのですが、近衛のみなさんがお忙しいようなので先に食べてて良いかお聞きしようかと」
「ああ、それは構わない。私達は後で温め直して頂くよ」
ヨシッ、これで言質は取れた。
ならば早速とばかりにイシュカとケイがウチの警備の面々に食事を配り始めたのを見届けて私は掛けたエプロンを外しながら連隊長と一緒に鍋の側から少し離れた。
「それで、連隊長は私に何か御用ですか?」
駆け寄ってきたということはその理由があるとみるべきだ。
「君は語学が堪能だったな? 何カ国語くらい話せる?」
私の問いかけに返ってきたのはそんな質問。
何カ国って聞かれても。
それは返答に困るものだ。
「近隣諸国でしたらほぼ。複数の国の言葉と古い言語をいくつか」
人間の話す言葉なら多分全てと言うわけにもいかないので、とりあえず当たり障りのない返答で。
「ウチの商会のメインは観光産業ですから様々な出身地の者がいますし、その方達と会話出来る者は重用していますから。シュゼットや、特にマルビスもかなりの数の言葉を話せます。私も経営者の端くれですから。
古い言語ならサキアス叔父さんからも教わることがありますので、それなりに。それが何か?」
一応後で突っ込まれた時に言い逃れできる猶予を残しつつ、明言せずに私はそう答えた。すると連隊長は少しだけ考えて徐に口を開いた。
「ちょっと見てほしいものがある」
いやいやいや、ちょっとって。
こういう場合には大抵の場合において『ちょっと』じゃ済まないでしょう?
思いっきり関わる可能性、ありますよね?
「私は今回の調査には加わらなくて良いという話だったはずですが?」
話が違うだろうと遠回しに言ってみる。
だが連隊長はその話を引っ込めようとしなかった。
「研究者の一人が地下へ続く扉を見つけたのだがね。その先にあった扉に文字が書かれているのだけれど、どこの言葉か見当もつかなくて調査員達も困り果てているのだよ」
もしかして多数の言語を操る私なら知っているかもしれないと?
私に協力を求めてきた理由には納得しましたけれどね?
「古代文字に詳しい方もいらっしゃるのでは?」
「ああ、勿論いる。だがそれよりも古い言葉なのか、読める者がいない。文字というのは変化していくとはいえ、もとの形が残っていることもあるから多言語に通じている君ならば、どこの語源の系統の言葉か判るのではないかと」
日本語と中国語みたいなものか?
おそらく人の言語であれば読めるだろうけど、ただここでひとつ問題がある。
読めたとしてもどこの国のどんな言葉かまでは解らない。そしてそれが知る者の存在する言葉であるかどうかも判断できない。誰も知らない言葉であった場合、折角曖昧に濁した言葉も意味をなさなくなる。
私は大きく溜め息を吐く。
「調査員の方々は私に頼ることを納得されているのですか?」
「いや、まだだが調査員の中にそれを言い出した者がいてね」
誰だか知らないが余計なことを。
「では調査団の方々全員の了承をまず取ってきて下さい。なんのために私達が神殿跡に近づかないようにしていると思っているのですか?
納得なされない方々がいらっしゃるのであれば私はシャシャリ出ない方が良いと思いますよ。模写して王都に戻られてから調べた方が間違いないと思うのですが。この調査が済み次第潰すつもりではいましたが必要であれば暫くの間、洞窟も塞がずにおいても構いませんよ。私は今回あくまでも部外者、揉め事になるのは御免です」
キッパリと私はそう告げた。
「とにかくまずは全員の同意を。話はそれからです」
関われば余計な諍いが起きる。
そんな事態は御勘弁願いたいんですよ。
売られた喧嘩は買いますが、こちらから喧嘩を売る気はないんです。
私の言葉に頷いて連隊長は神殿の方に駆け出していった。
それを見届けて私が振り返ると、そこにはウチのメンバー全員の心配そうな顔があった。
いけない、いけない。
暗い表情は不安を煽る。
私はギュッと拳を握って笑顔を作った。
「とりあえず夕食にしよう。許可は貰ったし、御飯は美味しい内に食べないとね」
まだ連隊長が全員の許可を得られるかどうかもわからない。
私が関われば折角見つけたお宝かもしれないものの分け前が減るかもしれないと思えば協力を拒む者もいるだろう。
出来れば平穏無事を願いたいところだが。
私が望むのは波瀾万丈な出世街道ではありません。
欲しいと願ったのは大事な人達との穏やかな生活だ。
なのに何っ⁉︎
この騒動てんこ盛りの慌ただしい日常は?
大事な人達と巡り合わせてもらったことには感謝しますけど、もう少し手加減して頂けませんかね?
出来ればシーズンごとの休暇を一週間くらいは是非とも検討してほしいのです。
『どれだけお前にはとっておきの男を紹介してやったと思ってる? 贅沢言うな』と言われたら、返す言葉もありませんけど。
私はイシュカとケイに挟まれて、ポチを背もたれに、深い溜め息を吐きつつ夕食をみんなで食べ始めた。




