第四十六話 臆病者の言い訳と誇りです。
そうして翌日から神殿調査が始まった。
リステル達の話によれば彼等がそこに移住する以前からあったものらしい。
あくまでも語り継がれていたことなので正確なところはわからないという。
もしその話が本当だとするならば、相当昔のものになる。
だからこそ国の研究者達が動いたのだろうけど。
今日と明日の私の仕事は特にない。
あえていうなら料理番、昨晩のうちに朝食用のスープは煮込んで、ポテトサラダも作っておいた。後は固いバゲットを竹串に刺し、薄切りベーコンと茹でタマゴ、チーズを挟んで火で炙れってチーズを溶かせばそれなりに食べれるはず。
近衛はそれぞれ調査員達の護衛や周辺の警備に務めているようだが、私達にその義務はない。私達の目的は今日にでも終わるし、警備のみんなは食材調達に励んでくれているので今夜も山の幸てんこ盛りの夕食になりそうだ。
イシュカとキリエ、オーギュに手伝って貰いつつ、次の昼食の準備を済ませれば、特にやることもない。自分の屋敷でないことを除けば久しぶりにのんびり昼寝も出来る状況なので、ゆっくり出来る時にはゆっくりさせてもらおうと、地熱で温められた川辺にイシュカと並んで座りながらホケッと廃神殿を眺めている。
古代文明や遺跡発掘というのはある種の浪漫だ。
決して私も嫌いな方ではない。
いや、むしろ大好物だ。
但し、本で読んだり、話を聞くだけなら。
当時の技術からは考えられないようなものの存在や、多くの伝承、不可解なオーパーツ、それにまつわる呪いや奇跡、その他お宝発見の一攫千金夢物語まで。
フラウがこの間言っていたようにこの辺りがもしも昔、海の底だったとするならば、ここまで土地が隆起するまでの間に太古の昔にあった高度な文明の名残とか、そういうものがあっても不思議じゃない。
大きな声では言えないが宇宙人なるものが飛来して、なんて話も全くありえないということはないだろう。実際、私もこうして異世界に生まれ変わっているのだし、私よりももっと頭の良くて遥かに優秀な人が生前の記憶を持って昔に生まれたなら、この世界にはありえない文明を築き上げていたとしてもおかしくない。
文明の発展は長い目で見るのであれば滅びへの道の歩み、大抵が長い年月を経てなんらかの原因で衰退し、滅んでいく。栄枯盛衰というヤツだ。
それ自体は珍しくもない。
私が気になっているのはその滅びた原因。
神殿の建っていた、洞窟の途中でその屋根が抜け落ちたみたいな陽の光のあたりにくいこの場所。
前回は腹が立って、二度と来るもんかと思っていた。
ここにこうしてもう一度来ることは考えていなかったから、あの時はたいして気にしてもいなかったんだけど、こうしてボケッと崩れかけの神殿を改めて見ていると余計なことが目についてくる。
石材で作られた建物、崩れかけた天井、埋もれかけた石段には手摺が付けられていて、風化されているとはいえ豪華な装飾彫りがされてたようにみえる柱。あの時は面白がって探検隊もどきでお宝発見狙って多少は捜索したけれど、結構威厳なり、権威、信仰なりがあった場所じゃなかろうか。
結局、なんにもあの時は見つからなかったけど、専門の研究者が探せば何か見つかるかもしれないなあと考えた。
「ねえ、イシュカ」
隣の岩に座っていたイシュカに私は声を掛けた。
「なんでしょう?」
「こういう遺跡ってさ、何か見つかることってあるの?」
気になったのも確かだけど、調査隊の面々の動きを見ていても調査っていうより、むしろ屋探ししているみたいで。
「随分と一生懸命だし、研究っていうより何か探してるようにも見えるから」
近衛に命令して崩れた石を退かし、石の床板を持ち上げてみたり。
遺跡調査というには随分と荒っぽい。
まるで墓荒らしならぬ廃神殿荒らしだ。
ここまで崩れていれば最早瓦礫の山にも近いし、一応場所的にも無断侵入している他国。陛下は管理出来るなら現在のベラスミはどこの国とも条約を結んでいるわけでもないので未開の土地は国境などあって無きが如し、実際、ベラスミとオーディランスとの国境も曖昧だったし、開発をすればその国の領土として認められることが殆どで、国境を動かしても国際的にも問題ないと言っていた。
私の言葉にイシュカは神殿跡の方に目を向けて苦笑した。
「そうですね。確率的には低くありません。特にこういったほぼ手付かずで残っているようなところには。
国の調査団が入った場合には値段の付けられない学術的資料は対象外になりますが、稀に財宝など、所謂金目の物の場合には調査団参加者、発見者に一割が支給されます。もっともそういった例は殆どありませんが。大抵そういったものは既に持ち去られた後ですしね。
ですが見つかったものが必ずしも良いものとは限りません」
でしょうね。
棄てられたということはそれなりの理由があったとみるべきだ。
国家自体が滅んで人が居なくなったという可能性もあるが、引っ越すなら金銀財宝は担いで移動させるだろうし、資金繰りに厳しい状態であるなら後生大事に財宝を抱えていられるわけもない。そう考えるならお宝発見などという話はそんな簡単に転がっているものでもない。
だが研究というものは金がかかる。
サキアス叔父さん達を見ていてもわかるが、給金を貰ってもすぐにそれらに注ぎ込むところがある。必要であれば経費で落とせるが、そうでなければ自分で買うしかない。いくらあっても資金は足りないのだろう。
始めこそ慎重に崩れた神殿を観察していたが、今はその様子もない。
つまり建物自体には然程の価値が無いと判断したのか。
実際半分以上崩れてるし、こういった遥か昔の建築物を再現して甦らせてるって話もこの世界で聞いたことはない。シルベスタ建国後の重要建造物は初期の物でも修復されているところもあるみたいだけど。
考え込んでいる私を見てイシュカが話しかけてくる。
「何か気になりますか?」
「まあ、ね。確信はないんだけど」
私は曖昧に笑って続ける。
「前来たときは頭に血が上ってたんであんまり深く考えてなかったんだけど、なんか変だよね?」
「何がですか?」
眉を顰めて尋ねてきたイシュカに私は考えがまとまらないまま、あくまでも根拠がないということを言い置いて続けた。
「なんとなく違和感っていうか、さ。
ここってさ、今は天井抜けちゃってるけど、多分ここは本来洞窟の中にわざわざ建てられたってことだよね?
天井抜けた中央付近には今も土の山? みたいなのが残ってるでしょう? だいぶ上から降る雨や川の水で押し流されて低くなっちゃってるけど。他が比較的平らなのにそこだけ」
私は少し他よりも土の盛り上がった地面を指差した。
この辺りが人が以前住んでいたとするならば地面が平坦なところが多いのはわからなくもない。抜けた天井の土も雨に、川に流されて、次第にその山を削ったのもよくある話だ。なだらかな川が何千、何万年もかけて運んだ土砂が平地を作る、それは一般的な話。特筆するほどのものでもない。
「イシュカは今までこういう遺跡の調査隊に参加したことはある?」
わからないないことは聞いてみるに限る。
自分だけではわからない、考えつかない方向から見えることも、数人で意見を出し合えばわかることもあるだろう。
私の問いにイシュカが頷いて教えてくれた。
「以前に一度だけ。こういったものは研究者や学者の要人警護に該当しますから主に近衛の仕事になります。ただ、魔獣出現の可能性がある森や山の奥地にある場合はその限りではありませんので」
だから討伐部隊の同行で一度だけなのか。
「その時はどうだった?」
「どうだった、といわれましても私には学術的なことはわかりませんから。その時は確か錆びた宝剣と思われる物が宝物庫と思われる場所から見つかりました。
ただ、床に刺さってなかなか抜けなかったのですが、その時は力自慢のバイソンがいたので彼が剣を抜きました。ですが昔の技術で作られた物ですから持って帰ったものの磨いても戦闘に耐えられるような物にはならなかったそうです。柄に埋め込まれていたかと思われる宝飾品は外されていました」
ふ〜ん、つまり剣が床から抜けなかったんで外せる金目の物だけ持って行かれてたってことなのかな?
まあ普通、人里離れたところで廃屋見つけて人気がなければ冒険者なり、盗賊なりが持って行くよね。それもわからなくない。この辺りって確かビスクの話でもベラスミ建国以来未踏の地になっていたって聞いてるし、だからこそ侵入しても問題ないって言われたのだ。
「人の使っていた場所ですから探せば多少なりとも何らかのものは大概見つかります。財宝が見つかるというようなことは滅多にありませんが、学術的に過去を知る貴重な文献や壁画、当時の生活用品など、私ではその価値がわからないものが大半です。
貴方は興味あるのですか?」
それは難しい質問だ。
物語上でならば大いに興味はある。
だけど過去の仔細な歴史まで紐解きたいかと聞かれれば否。
私はウ〜ンと唸ってから口を開く。
「あるような、ないような?
冒険活劇の末のお宝発見は一攫千金の浪漫でしょ」
「ハルト様には一攫千金など必要ないと思われますが?」
それを言われたら身も蓋もない。
そんなものを見つけるまでもなく屋敷には金貨が山と積まれているどころか雪崩まで時々起こしている。
「まあ、そうなんだけど。ワクワク感、みたいな?」
「なんとなく、それはわからないでもないですが」
イシュカがクスクスと笑う。
「でも・・・」
「何かまだあるんですか?」
あまりにも漠然としていて口に出すのも憚られるのだが、言わずにおいて後で万が一が起きても困る。
私は少しだけ躊躇ったが、その不安を口にした。
「この前もそうだったんだけど、ポチが、さ」
「ポチがどうかしましたか?」
私がポチとケイの方に視線を向ける。
すっかり風呂がお気に入りのポチは川下の方向でケイと水浴びをしている。よくポチを洗ってくれてるケイに今ではかなり懐いている。一時期サキアス叔父さん達が自分達が世話をすると張り切っていたが、案の定、手間のかかるそれは三日坊主で続かなかった。
首輪で魔力放出を抑えられているとはいえ一応ランクS(?)魔獣のポチなのだが。
「あんまり神殿跡に近づこうとしてないんだよね。前回はポチは大活躍だったから木陰で眠ってたのは疲れてせいだと思ってたんだけど」
今では屋敷でも他の犬達と一緒に不審者が侵入すると吠えて教えてくれたり、時には捕まえてくれたりするので、昨日は番犬ならぬ番狼をしてくれているものだとばかり思っていたのだけれど。
気がつけば神殿の方に近寄ったのを見ていない。
イシュカも記憶を掘り起こしているのか暫しの間をおいて頷いた。
「そういえば、そうですね」
便利な言語読解能力も流石に犬語は対象外。
「ポチは喋れないから近づかない理由が解らないんで、なんかスッキリしないんだよね。私もこういった調査隊に同行するのは初めてだからよくわからなくて」
だからイシュカに聞いてみたわけなのだが、イシュカも一度きりの同行ではわからないようだ。
「こういった経験ならフリード様が詳しいかと思われますが?」
それはそうかもしれないけど、今回の調査団の指揮はフリード様ではない。
「連隊長じゃなくて?」
「ええ。今の陛下が王位就任してから国境線でのゴタゴタはあっても大きな戦はありませんからね。シルベスタ国内は開拓が進んでいますから、こういったものが見つかること自体少なくなって来ています。ですが・・・」
以前の国王陛下は戦好きだったからってことか。
そういえば戦死したんだっけ。
歴史書には国土拡大のために尽力され、戦場で華々しく非業の死を遂げた、みたいに書かれてたな。口に出すと不敬罪に問われそうで黙っていたが、要は他国侵略に失敗して敗走したってことでしょう?
物は言いようというヤツだ。
「私の単なる杞憂ならいいんだけど」
「一応今日から夜警の数を増やしておきますか?」
魔物、魔獣は闇の中で力を増す。
それを考えれば夜警を増やしておくのには賛成だけど。
「何かあってからじゃ遅いし、漆の根の採取が終わったらリステルとビルマは護衛を何人か付けて先に返しておこうよ。フリード様の御意見も聞いてみたいところだけど、お忙しいかな?」
こういうことの経験が多い方の意見は貴重だ。
出来れば伺っておきたいけれど。
「大丈夫だと思いますよ。連隊長は現場の指揮を任されていますが、フリード様は今回はお目付け役ですから」
私達がジッと見ていたら視線を感じたのか少し間をおいてフリード様が振り返り、バチンッと目が合った。
思わずヘラリと笑うとフリード様も小さく笑い返して下さった。
うん。
何気なく返されるこの品の良い笑顔。
笑顔の素敵なイケオジだよなあ。
フリード様といい、シュゼットといい、若造には出せない渋さがまたカッコイイ。
きっと私が同じ年頃になってもこの落ち着きは出せないだろうなと思う。
『スミマセン』と無言で唇を形作って頭を下げ、小さく手招きすると連隊長と一言二言交わし、嫌な顔一つせずに私達のところに足早に来て下さり、私の隣、イシュカとは逆側に腰を下ろした。
本来なら私達が行くべき立場だと思うのに。
そうして今、二人で話していたことをイシュカがフリード様に説明してくれた。
フリード様が考え過ぎだと言われれば特に対策を打っておく必要もないと思うのだがフリード様は私達の話を真面目に聞いて下さって、難しい顔で言った。
「成程、確かに言われてみれば。少々気になるな」
「思い過ごしなら良いんですけど」
単に気になるからというだけで色々と手を打とうとするのは私がビビリなせいだ。
だが怪我を負うのが私ならまだマシ。
警戒を怠ったせいで犠牲が出るのは避けたい。
持っている言語読解能力も、ポチの言葉も理解できれば便利だったのだが、流石に世の中そこまで甘くはない。
じっとフリード様の御判断を待っていると徐に口を開いた。
「いや。安全には万全を尽くすべきだ。
何事もなければただの杞憂だったで済むが、何か起こってからでは動くのでは間に合わない。充分に対策して万全を期したつもりでもコトが起きれば大抵足りないことばかりで犠牲者を出すことになる。
ただ、ここが神殿跡であることからするとそれが危険なものであるかどうかは判断し難いな」
それはどういう意味ですかと尋ねる前にフリード様は教えて下さった。
「若い頃に一度あったのだよ。手強い魔獣こそ出なかったのだが、低級の魔獣に周辺をぐるりと囲まれてね。だが我々の調査していた神殿には近づいてこようとしなかった」
どういうこと?
首を傾げる私にその続きを語り出す。
「魔獣が嫌う高度な聖属性の結界が張られていたのだよ。効力自体はかなり弱まっていたのだがね。
それがなければあの時、間違いなく死傷者が大勢出ていただろう。我々だけなら手古摺る相手でもなかったが、非戦闘員の方々が一緒だったからね。守りながら戦うには厳しい数で人数的にも厳しかった。
それからだよ。それまで近衛のみで組織されていた調査隊に討伐部隊が同行することが増えて来たのは」
へええ、昔は近衛だけで組織されてたのか。
同じ騎士でもやはり専門職の方が強いのは当然か。
青の騎士団の近衛は対人戦闘と要人警護。
緑と赤の騎士団は魔獣相手の討伐部隊。
対人相手は場合によっては手加減も必要で、団長は容赦なく叩きのめせる魔獣相手の方が性に合っていると言っていた。
近衛が人を護り、討伐部隊が魔獣を狩る、か。
どちらかを絶対選べと言われたら、私は多分討伐部隊かな。人に剣を向けるよりはマシってだけだけど。
だがその神殿を守っていた聖属性の結界というのは気になる。それは魔物や魔獣の侵入のみを阻んでいたということだ。そんな魔法聞いた覚えはないので今度ヘンリーあたりに聞いてみよう。
そんな便利なものがあるなら是非とも覚えたい、使ってみたいっ!
とはいえ、とりあえずは目の前の問題だ。
崩れかけの神殿が同じものである確率は極めて低いし、そもそも相当前のものと予測されるということは、仮にそれと同じものが施されていたとしても効力切れの可能性大。
となれば気になるのは他の調査隊の事例だ。
よくあるラノベの展開では大抵大物ボスキャラがいて、それを倒すと目の前にお宝がっていうのがパターンなのだが。
「では特に心配ないと?」
ああいうのは物語の中の話。
やっぱりそんな劇的展開はありえないかな。
だけど前世でも本当かどうかはわからないが、開けてはならない箱や棺、扉を開けて、不可解な死を遂げたというような都市伝説的な呪いの話もあった。ああいうのは大半が作り話だと言う人も多かったけど、全部と言えないあたりが気になっていた。つまりその中の何割かは実際にあった話なのだろうかと。
私はゴクリと唾を飲み込み、フリード様の続く言葉を待つ。
するとフリード様は小さく首を横に振った。
「いや。ハルトが懸念するように、見つかったものが良いものばかりではなかった」
やはりあるのか。
不安材料が。
フリード様の顔が苦悩に歪んだ。
「何度かそういうことがあったよ。
魔物が封印されていたことや、大量に外敵侵入を防ぐための仕掛けられていたり、宝箱見せかけて駆け寄った騎士が開けた瞬間罠が飛び出し、命を落とした近衛もいた。
用心するに越したことはない。アインツには私から伝えておこう」
ならば念には念を。
フリード様でさえ護って戦うのが厳しいというのなら私にそんな器用な真似ができるとも思えない。
「それで、リステル達を先に別荘に返そうかと思っているのですが」
私がそう言うとフリード様が頷く。
「構わないだろう。但し、昼食後にしなさい。
洞窟の出口には近衛と君の警備が結界を張って揃って見張っている。賊が忍び込む可能性は低いだろうし、破られれば連絡も来るだろうがこちらの研究者の人員にはどういった人物が紛れ込んでいるかわからない。近衛はアインツが選んでいるから大丈夫だろうが調査員の方は保障できないからね。二足の草鞋を履いている者もいるかもしれない。
だが全員が揃って昼食を取っている時なら数を確認すれば安心だろう」
なるほど、それもそうだ。
流石私では気づかないところにまで気がつく。
これが人の上に立つ器というものだろう。
私の穴とヒビだらけ、水が溢れ放題であろう器とは質が違う。
だが危険があるかもしれないとするならば、
「応援を呼んでおいた方が良いですかね?」
「微妙だな。下手に君の陣営の者を呼べば、君を敵視している者に威嚇と取られかねない。余計な諍いと衝突を起こしてもいざという時の統率が取れない。だからといって結界の向こうにいる近衛の数は全部で五人。大事になった場合の応援要員としては心許ない」
つまりそこそこの、真っ先に犠牲になりそうな腕前ってことね。
選抜されて同行してくるくらいだから弱いってことはないだろうけど。
そういえばどっかの国の使者が今、城に来てるって言ってたっけ。
そういう時にあんまり王都を手薄にするのもマズイだろうから全員が強者というわけではないのだろう。
陛下も完全にこっちの戦力に期待してたし。
私は溜め息を吐いた。
「ではウチの警備達を国家の塀の上に待機させておきましょう」
魔獣出現率が他よりも高い、ここのルストウェル地区のランスを筆頭とする警備達は我がアレキサンドリア領の中でも屈指の実力者揃い。
「ジップラインを二本ほど張らせておきます。
既に非常事態対応のためのワイヤーは張って連絡手段は確保していますから、こちらに兵力があれば周囲を守らせた上で利用できます。アレを使えば短時間に戦力を補充できます。
途中で切れても困りますし、こちら側がどういう状態か判らなくて来る時は使えませんでしたけど、ライオネルが昨日のうちに張り直しておいてくれたんで今なら太いワイヤーもそれを伝わせて張ることが出来ます。帰らせた者にジュリアスとランスに連絡して手配してもらえば問題ないかと。
いくらなんでも緊急事態であれば文句は言わないでしょう?」
そういう事態に陥りたくはないが、私の引きは最凶に悪い。
何が起こるか判らない。
それにいくらなんでもそんな時まで私が気に食わないから戦力を補強するなとは言わないだろう。
私の提案にフリード様は頷いて小声で言った。
「例の出発前日に国境の上から放っておいたというアレか」
私は小さい声でそれを肯定する。
先に繋いでおいても良かったのだがあまり調査前に立ち入らない方がいいというサイラスの助言に従った。
口にしなければわからないのではないかと言うテスラに目敏い者、特に近衛の監察官を務めたことのある者が一緒に来た場合、足跡でバレる可能性があるというのでやめて置いたのだ。足跡を魔法で全て消すことも出来ないわけではなかったが、消したら消したで今度は疚しいことがあるのだろうと難癖付けられるかもしれないからと。
要するに前世の警察ドラマとかであった現場検証とか鑑識みたいなもんか?
こっちは検挙されるようなことは何もやっていないのだ。
これで捕まるなら誤認逮捕だぞ?
まあ大弓打ち込んでいる時点で全くのシロとは言えないかもしれないけど。
とにかく、だ。
なる早で戦力増強出来る体制は整えておけば間違いない。
「確かにそれならば文句も出まい。それならばこちら側の非戦闘員も向こうにそれで引き上げられるだろうからな。本当に君は機転が利いて抜け目がない」
フリード様、それは褒めすぎ、アゲ過ぎだと思いますよ?
それは過剰評価だ。
そこで得意げな顔をするイシュカもイシュカだけど。
「私はただ臆病なだけですよ」
よくあるラノベの主人公のような、ありえなほど強くてカッコ良く、チートな能力でどんな敵をも薙ぎ倒す。そんな力が私にあれば何問題もなかったでしょうから。
所詮私はモブであり小者。
本来主役を張れるような人間なんかじゃないんです。
羊の皮を被った狼ならぬ、狼の皮を被った羊なのですよ。
盛りに盛られた話ばかりが先行し、すっかり有名人になってしまったけど、きっと数年も経てば私より周りにいるみんなが評価され、脚光を浴びるに違いない。
私の記憶にある前世の知識が尽きれば終わりの凡人なのですよ。
本当に才能がある人が、いずれは表舞台に上がるだろう。
私は魔力量だけがギネス級の詐欺師みたいなもの。
でも、それで良い。
評価されるべきは努力して才能を手にした人であるべきだ。
私はその礎で構わない。
望んだのは地位でも名声でもない。
私は欲しかったものを既に手にしてる。
だから後はそれを離さず済むように護り、努力するだけだ。
「とにかく今の話は私からアインツに話しておこう」
フリード様はそう言うと立ち上がったので、私は『お願いします』と頭を下げる。
ホッとひと安心して息を吐く。
「ハルト」
ふいにフリード様に名前を呼ばれた。
何かまだ伝え足りないことでもあるのかと顔を上げた私にフリード様は言った。
「仲間のためならどんな危険な場所にも飛び込むことが出来る、そんな君は決して臆病者なんかじゃない。
臆病者とは後方で現実から目を逸らして耳を塞ぎ、蹲っている者だ。
君のそれは仲間や友を守るための用意周到な用心深さ。
誇るべきものだ。
仲間の犠牲あっての勇猛果敢さは恥ずべき蛮勇、だから自信を持ちなさい。
危険を予測して慎重に行動できる君は、きっと私を含めた多くの仲間を救うことができるだろうからな」
そう言って後は任せておけとばかりに軽く手を上げ、立ち去るフリード様の背中を見送った。
いいえ。
フリード様、それは違います。
私が危険な前線にも出張るのは、そんなカッコイイ理由なんかじゃないんです。
ただ大事な人達を失うことの方が恐ろしいだけ。
そんな私はやっぱり臆病者なのですよ。
でもね。
たとえ臆病者だと罵られ、蔑まれたとしても、私はみんなを護れる方がいい。
だから私はそれがみんなを護ることに繋がるというのなら、
臆病者であることに、誇りを持とうと思うんです。