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第四十四話 私にも選ぶ権利は御座います。


 案の定、イシュカは私の手を引いて最下層エリアのショッピングモールまでやってきた。


 私が買物ついでに視察を兼ねてここにやってくること自体は珍しくない。

 珍しくはないのだが、二人きりというのはかなり稀だ。大概私の周りには側近やら護衛やらが大勢いる。別に威嚇して歩きたいわけではないので護衛の大半はバラバラと少し離れて付いてきているけれど。それでも最低間近にいる護衛二人を入れて四、五人程度は側にいるのが常。

 私は天下の魔王様。

 生命を狙われることも無くもないですから。

 今日も二人きりとはいえ少し離れた場所から極力目立たないようにしているライオネルとケイの姿が見えた。その努力は認めるがライオネルはガタイが良いのであまり功を奏しているとは思えないのに対してケイは流石腕利き諜報部員、見事に気配を消している。人には向き不向きというのがあるのでそれはそれで構わないけれど。

 イシュカも気付いていないわけもないのだが、それくらいは仕方無しと思っているのだろう。たいして気にしている様子はない。


「私はデートというものをしたことがありません。ですからフリード様に一般的なデートというのはどういうものか恥をしのんで聞いてきました」


 フリード様にっ⁉︎

 つまりフリード様は今日私がイシュカにデートに誘われるのを知ってたってこと?

 そういえば昨日、『明日はイシュカの誕生日ですねえ』なんてニコニコと思わせぶりな笑顔で言われた覚えが。

 私は思わず羞恥で真っ赤になった。

 そんなの私に聞いてくれれば、と、そう思ったところでハタと気付く。

 前世を含めてデートなんてものは私もしたことない。

 そりゃあ今までも一緒に二人だけで出掛けたいと言われたことはあるけれど、初めからデートしたいと言われたことがない。振り返ってみればロイやマルビスの誕生日に二人で出掛けてたアレは、


 もしかしてデートだったのかっ⁉︎


 全然自覚なかったけど。

 そう思い当たって私は益々茹だった。

 そんな私に気付かずにイシュカは続ける。

「デートとは一緒に町を歩いて食事をしたり、買物をしたり、遠乗りに出掛けて草むらの上でランチを楽しんだりと相手と一緒にいることを楽しむことで、特にこういうところでなければならないという決まりはないと。

 それで考えたんです。

 貴方が休日や旅先で好んで行かれる場所はどこかと」

 要するにここをイシュカが選んだ基準は自分ではなく私のため。

「それでここに来たの? 私が輸入雑貨が好きだから?」

「はい。貴方は高価なものをあまり好まれません。

 ここならば私でも存分に貴方の好きな物を存分に買って差し上げられますから」

 それってイシュカが今日は支払いするってことだよね?

「逆じゃないの? 今日はイシュカの誕生日なんだから私がイシュカの好きなところに連れてって、私が全部支払うのが普通じゃない?」

 一般的なのは誕生日の人が他の人に買ってもらったり、御馳走してもらったりするものではないのか? 

 いくらデートをしたことがなくても(?)そのくらいのことは知っている。

 プレゼントというのはそういうものだろう?

 するとイシュカは笑顔で私の問いに答えた。

「私は貴方が私の贈った物を身につけたり、側に置いて頂けるのが嬉しいんです。貴方に贈られた物を私が後生大事にしているように。

 ですが生憎私にはマルビスやロイのようなセンスはありません。ですから貴方が欲しいと思う物を私が贈りたいと思いまして」

 どんな物を贈れば私が喜ぶかわからないから一緒に選んで欲しいってこと?

 でも、

「私はいつもみんなが誕生日にくれるプレゼントは大事にしているよ?」

 それが大好きな人から贈られるものであるならば『おめでとう』のたった一言だけでもいい。それはお金なんかじゃ買えないものだ。

 だけど毎年贈られる山のようなみんなからのプレゼント。

 嬉しくないわけがない。


「ええ、勿論存じてます。

 ですがそれでは毎年大勢の方からの沢山の贈り物に埋もれてしまいます。だから今日は明日の貴方への誕生日プレゼントを一緒に選んで頂きたいんです。たとえ一時(いっとき)でも、私の贈ったものを誰の贈り物よりも身近に置いて頂けるように。

 なので、これは間違いなく私への誕生日プレゼントなんです」


 それはいったいどういう理屈なんだと思わないでもなかったけれど、嬉しそうなイシュカの笑顔を見ていると、まあいいかという気分になった。

 今日はイシュカの誕生日。

 イシュカが喜んでくれるのが一番だ。

 現在私の所持金はポケットに入っているのは金貨と銀貨が五枚ずつ。出先でよく買い食いする私のためにロイがいつも洗濯した後に上着のポケットに入れておいてくれるものだ。

 大量買いする時とかは一緒にいるロイやマルビスが私の金貨の袋を持っていて支払ってくれる。何か珍しいものを見つけると脇目も振らず突進する私に持たせておくと落としそうだし、財布をスられても気付かないだからと。確かにそれを否定出来ないので私は自分で大金を極力持ち歩かないようにしている。

 まあ一般庶民からすれば金貨五枚も充分大金ではあるのだけれど。

 とはいえこれは私にとってもチャンスなのではっ?

 この際、私もイシュカの欲しいものをリサーチして、この金額で足りるならこれで、足りなければ前金でこれを渡して取っておいてもらって誕生日会前までにイシュカへの誕生日プレゼントとして取りに来るか、手数料を先に払って商会事務所に届けてもらって代金引換で支払えば良いか。

 

 そう私は考え直して、イシュカとの二人の時間を楽しむことにした。

 だって今日は私の初めて(自覚のある)デートなのだから。


 

 私はイシュカと手を繋いで店を回る。

「どうしたんですか? 今日はハルト様とイシュカ様と二人だけですか?」

 店主や売り子達にそう声を掛けられる。

 すると胸を張って、

「ええ。今日は私の誕生日なんでハルト様にお願いして二人でデートして頂いてるんです」

 そんなふうにイシュカは尋ねられるごとに嬉しそうに自慢して回る。

 だけどその返答に『きゃあっ』と喜ぶのは主に女性達。

 男連中は微妙に引き攣った顔で。

「そりゃあ羨ましい限りですねえ」

 同じその言葉でも人によって言い方が全然違う。


 確かにね。

 わからなくもないですよ?

 男同士というのは現在認められているとはいえ、もとベラスミ国民であるルストウェルの民衆、特に年配の方々にはまだまだ馴染みが薄い。ベラスミでは同性婚が認められていなかったからだ。

 私が男の婚約者を複数抱えていることは広く知られているはずなのだけれど、男同士は結束を強める意味での縁戚関係を結ぶための結婚も多いという話も同時に伝わっているに違いない。多分そういった関係だと思われていたのだろう。外見的で言うならば結構年も離れているし、貴族の中ではすっかり故意に広めた男好きに噂も平民にまでは伝わっていないのか?

 王都や貴族、屋敷周辺では有名な話。

 シルベスタでは同性同士のカップルも少数派とはいえ珍しくもない。生まれた時からそれが普通であるために抵抗感が低いのだ。

 それがわからないイシュカでもないはずなのだけれど。

 好奇の目が向けられている。

「イシュカは恥ずかしくないの?」

「何がですか?」

 私はこういう視線には慣れっこ。

 見世物小屋の珍獣状態なのは六年前からだし、ロクに口を聞いたこともない人にどう思われようと気になんかしない。だけどみんながみんな、私のように図太いわけではない。

 私が言いにくそうに俯くとイシュカはぐるりと辺りを見渡す。


「そうですね。多少不躾で不快な視線は感じないでもないですよ?」

 だよね。

 強くも美しい騎士様の横に並んでいるのが私だなんて納得出来ない人も多いはず。

 どう考えても釣り合い、取れてない。

 子供の頃なら手を引かれて歩くのも珍しくない。

 だけど私はもう明日で十二歳。

 子供だからと理由付け(いいわけ)出来ないのだ。

 浮かれてた気分が少しだけ沈み掛かった。

 そんな私の手をイシュカがギュッと握って言った。


「ですがこういったものは楽しんだ者勝ち、なのでしょう?

 私は貴方のものであることを恥だと思ったことは一度もありません。むしろ誇るべきなのですから自慢して歩くのに何の不都合が?」


 そう声を掛けられて私は顔を上げる。

 楽しんだ者勝ち。

 私だけならそう思える。

 だけどイシュカまで一緒に奇異の目に晒されるのまで考えていなかった。

 戸惑っている私にイシュカが聞いてきた。

「それとも貴方は私の隣を歩くのが恥ずかしいですか? 

 ならば少し離れて歩くように・・・」

「イシュカの隣が恥ずかしいワケないでしょっ」

 思わずそう大きな声で返した私にイシュカが綺麗な顔で微笑った。

「そう、仰って頂けると思ってました」

 私はその笑顔に思わず見惚れる。

 本当に幸せそうな笑顔がそこにはあった。

「ならばどうか微笑って下さい。折角のデートです。

 堂々と歩きましょう。いけないことをしているわけじゃないのですから」

 そう言われて私は少しだけ涙が出そうになったのだが、前方からスパコーンッと景気良く響いた音に吃驚して涙が引っ込んだ。


「アンタッ、なんだいっ、上客相手にその態度はっ! 

 ウチは客商売だってわかってるのかいっ」

 その声は足を止めた店の方から聞こえてきた。

 妙齢の女性の声だ。

 驚いてそちらの方向を見遣るとややふっくらとした女の人が丸めた紙を持って頭の後ろを摩っている男の後ろに立っていた。

「申し訳ありません。ウチの亭主がとんだ失礼を」

 向けた視線の先でその女性が自分の旦那さんの頭をガッツリ押し下げて謝罪していた。

「だってよう、母ちゃん」

「だってもクソもないよっ、アンタは時代遅れなんだよっ、そんなに頭が固いから息子夫婦に逃げられるんだっ」

「仕方ねえだろっ、あんな十も離れた歳上の出戻り女なんてよ」

「当人同士が良いっていってんだからアンタが口を挟む必要なんてないんだよ。

 嫁を貰うのはあの息子()でアンタじゃないだろ。

 そんなこともわかっていないのかい?

 そんな古臭い考え方の店主が店にいちゃ商売上がったりだよっ、奥にすっこんでな」

 呆気に取られて目の前で繰り広げられる夫婦喧嘩を見ているとその女性は旦那さんの背中をグイグイと押して奧の部屋に押し込み、スッキリしたとばかりに両手を叩いて払った。

「すみませんね。みっともないところを見せちまって」

 見事なカカア天下というヤツだ。

 謝罪しながらその女性は私達を店に招き入れた。

 私はクスクスと笑いながら女性に尋ねる。

「息子さんのお嫁さん、歳上なんですね」

 会話から察するに現在この店の跡取り息子さんは別居中ってことか。

 私がそう声をかけると女性は嬉しそうに微笑った。

「ええ。私は馬鹿息子には勿体無いくらいの出来た嫁だと思っているのですけどね。息子が結婚したいと言った時、若い娘さんが店の中にいると華やかになるからって期待してたらしいんですよ。そしたら連れて来たのは旦那に先立たれた十歳上の女の人でね。それで面白くなかったらしくて」

 まあわからなくはない。

 若い女の子が嫌いな男は少ないだろう。私も見ているだけなら明るくていいなあと思うことも多いし。男ばかりだと色彩がどうしても暗くなりがちだ。それもあって屋敷や別荘の家具や調度品はマルビスが明るい色を選んでいるんだろうし。

 女の子がいるだけで雰囲気は明るくなる。

 しかし十歳歳上となるとなかなかの年の差だ。

 私も人のことを言えた義理ではないけれど。

「奥様は気になされないんですか?」

 自分の歳の方が近いくらいの歳の義理の娘ができるということに抵抗はないのかと尋ねるとその女性はニッと笑った。

「私は息子が幸せなのが一番だからね。

 あの息子()は頼りないところがあるからあのくらいしっかりした嫁の方が私はいいと思ったんで。一人息子だからって少々甘やかしちまってね。だけどあの息子が嫁を庇って亭主を怒鳴りつけて家を出た時には私は感動したよ。

 やっと一人前の男になったかってね」

 子供の成長を喜ばない親はいない。と、言いたいところだが、全ての親がそうとは限らないことを私はよく知っている。

 でもだからこそわかる。

「息子さん、幸せですね」

「ああ。幸せになって欲しいと思っているよ」

 私がそう言葉を掛けるとそんな答えが返ってきた。

 勿論、それは真実なのだろうけれど、私の言いたいことは少しだけ違う。

「いえ、それも勿論あるんですけど、そうではなくて」

 否定の言葉に女性は私の顔を怪訝そうに見た。

 別にそれは幸せになって欲しくないという意味ではなくて。


「必ず自分の味方になってくれる人が一人でもいるというのはすごく心強いことなんです。だからこんな素敵なお母さんが味方に付いていてくれるならきっと息子さんは幸せになれるだろうなって。背中を守ってくれる人がいるってことは安心できるんじゃないかなって、そう思ったから」


 そう続けるとその女性は驚いたように一瞬だけ目を見開いて豪快に笑った。

「こんな若くてイイ男に素敵なお母さんだなんて言ってもらえるなんてありがたい限りだねえ」

「私はパワフルで生命力の溢れる女性が大好きなんです」

 それを嫌う男が多いのは知っている。

 だけどそれは亭主を、子供を、家庭を守るために身につけた強さ。

 私の持てなかった、私の憧れる強さだ。

「そんなこと言って良いのかい? 今日はデートだろう?」

「勿論、私が一番大事なのは私のいつも側にいてくれる者達ですよ。

 どんなに貴方が魅力的で素敵な女性でも私のイシュカには敵いません」

 揶揄われるように言われた言葉にそう返すと女性は肩を竦めて言った。

「なんだい、ただのノロケかい?」

「ええ、そうです」

 貴方だって息子さんの女を見る目を誉めたでしょう?

 だから私も自慢させてもらったんです。

「ならデートの邪魔はしないからウチの自慢の商品、じっくり見ていっておくれよ。

 あんな亭主だけど商品を仕入れる目だけは確かだからね」

 文句を言いつつも、なんだかんだで旦那さんを認めているあたりも素敵だと思う。

「奥様もノロケですか?」

 クスクスと笑いを溢して私がそう尋ねると、旦那さんを押し込んだ扉が閉まっていることを確認して小声で答えた。

「亭主の前じゃ言えないけどね。惚れてなきゃ二十年近くも一緒にいられないよ。

 ただそれを言うと調子に乗って自分の分の仕事までこっちに押し付けてくるんで黙ってておくれよ? 

 亭主の手綱を上手く握るのも女房の努めだからね」

 こういう女性がいるからこそ世の中は上手く回っているのだ。

「イシュカもしっかり私の手綱を握っていてくれるんで私も安心していますよ」

 私は暴走暴れ馬。

 手綱を握るのも一苦労でしょうけど。

「なんだい、手綱を握っているのはハルト様じゃなくてイシュカ様のほうかい?

 っと、領主様についタメ口聞いちまって申し訳ない」

 ペコリと頭を下げる女性に気にしてませんよと伝えるように私が小さく笑うとその女性は安心したようにホッと息を吐いて口を開いた。

「でも忘れないで下さい。私達は貴方に感謝してるんです。

 確かにウチの亭主みたいに頭の固いのも中にはいますけど、安心して穏やかに家族と暮らせる生活を下さった貴方を嫌っている者はこの地には殆どいません。

 ただ、尊敬しているからこそ納得出来ないだけじゃないかと」

 あの視線に悪気は無いと言いたいのだろうか。

 どういう意味かとその真意を測りかねているとイシュカが納得したように頷いた。

「ああ、成程」

「イシュカ、わかったの?」

「要するに男性の方々が納得出来ないのはハルト様がどんな美姫も選び放題なのに何故私みたいな歳上の男をわざわざ選ぶのかってことですよね? 大多数の男は異性愛者で同性は考えられない方も多いですから。

 要は嫌悪ではなく、あの視線は理解不可能だからということではないかと」

 ああ、そういうこと?

 確かに男の人って自分が受け入れられないからって、同性愛者(そういう)人達を否定する人が一定数いる。

 同じ男に自分がそういう目で見られるなんて気持ち悪いって自意識過剰な男が。

 同性の恋人がいるからといって全ての男に襲いかかると思っているなら間違いだ。その人にも選ぶ権利がある。前世でそういう差別をする男でも、所謂『百合』系漫画読んでいたりした。何故美少女同士は良くて男同士は駄目なのかと問いただしたいところではあったけど、腐女子であった自分を振り返ると偉そうなことも言えない。

 ってことはひょっとして。

 私が男に見境無く襲いかかるとでも思われていたのか?

 イヤイヤ、私にも選ぶ権利があるからね?

 そんなことを私が考えているとその女性は苦笑した。

「女連中は大方が好意的なんだけどね」

「何故ですか?」

 尋ねたイシュカに女性が答える。

「とびきりのイイ男が他の女に取られなくて済むからさ」

 うん、そっちの気持ちはわかる。

「成程」

「わかったんですか?」

 聞いてきたイシュカに多分ねと言い置いて続ける。

「つまり憧れている、自分のものにならない男性(推し)の横に自分以外の女性が立っているところを見なくて済むってことでしょう?」

 メディアの向こうにいる俳優やアイドルに憧れるのに似ている。

 いいなあ、カッコイイなあ、あんな男性(ひと)が彼氏だったら最高だろう。

 そんなことを考えたところで実際には側に寄ることすら叶わない。

 だけど出来れば夢見ていたい。妄想したい。

 彼女がいなければ考えるだけならタダなのだ。

 私の言葉に今度は女性が頷いた。 

「ああ、だいたいそんなところだね。

 どっちも最高にイイ男なんだから女じゃないってだけで似合わない、不釣り合いだとも文句がつけられないだろ?

 それにウチの亭主みたいなムサ苦しい男が並んでるならともかく、見目麗しい男が二人並んでいるなら私ら女には目の保養さ。お二人の子供が見られないのは少々残念だけど、その人の幸せはその人自身が決めるモンだろ? 

 歳の差だとか同性だからとか、そんなの他人がとやかく言うことじゃないさね。惚れちまえばその人が自分にとって最高なのは男も女も同じだろ?」

 うん、私もそう思う。

「そういうわけで私達は私達を救って下さったハルト様には感謝してるんで、是非幸せになって頂きたいと、そう思っているんですよ。

 ウチの亭主も、他の男達も慣れてないだけで反対しているわけじゃないんです」

 それを聞いてホッとする。

 嫌われているわけじゃないのか。

 別に全ての人に好かれたいとは思っていないけど、それで領民の間で一揆や叛乱が起こるのは困る。出来れば自領の民にくらいは好かれないまでも嫌われたくない。嫌われたら嫌われたで無理して領主の座にしがみつくつもりはないので構わないけど。今ならシュゼットに後任になってもらうというのもアリだろうし。

 今後の対応についてそんなことを考えるとイシュカが笑顔で言った。


「つまり私の責任は重大だと、そういうことですね?」


 何故そうなる?

 責任重大なのは私でしょ?

 だけど女性はそれを肯定する。

「ああそうさ。だからイシュカ様達にはキバって貰わなきゃならないねえ。私達の自慢の御領主様を最高に幸せにして貰わなきゃならないんだから」

 その言葉にイシュカが大きく頷いた。

「肝に銘じておきます」

「ああ、頼んだよ」

 そうして女性は私達に『ゆっくり見ていっておくれよ』と言い残し、新しく店に入ってきた客のもとに行った。

 

「貴方が逞しい女性が魅力的だという理由が少し、わかりました」

 彼女の後姿を見ながらイシュカがポツリとそう呟いた。

 よく家庭に入ると女は変わるという男がいるけれど当然だ。

 家を守り、子供を育てにはかよわいままの、幼い子供のままでいられないから(したた)かになる。

 それを可愛くなくなったとホザく男が可笑しいのだ。

 自分の女房が可愛くなくなったというのならそれは亭主である自分の責任だなんて思っていないんだろう。

 伴侶を魅力的にするのもしないのも自分次第。

「でしょう?」

「ですが私にとっても、貴方以上に魅力的な方はいませんから」 

 そう微笑って言ったイシュカの言葉に私は赤くなって、それ誤魔化すように店内の色鮮やかな商品に目をやった。


 そこに並んでいたのは女性が自慢したように、そこの店主が選んだ素敵な物が沢山棚に並んでいた。

 そこで見つけた上段にある大ぶりマグカップ。

 私が手に取るとイシュカがそれを覗き込んできた。

「気に入ったのですか?」

「綺麗だなって思って」

 陶器に埋め込まれた色のついたガラスの破片が光を反射してキラキラと光る。派手になり過ぎないように何色かの同色系の色のガラスが使われていた。同じデザインで好きな色が選べるように赤、青、緑、オレンジ、紫と何種類か置いてある。

 そのうちの一つを、なんとなく惹かれて手に取ったのは深い青色のガラスが使われたマグカップ。

「珍しいですね。いつもなら貴方が手に取るのはこちらだと思ったのですが」

 そう言ってイシュカが指差したのは黄色とオレンジのガラスが埋め込まれたもの。確かにいつもの私ならそっちなんだけど。

「なんとなく、ね。これイシュカの瞳の色に近いでしょう?

 イシュカに似合いそうだなって思って」

 値段は一個金貨ニ枚。平民の月収からすると高いけど、手持ちのお金でも充分買える。

「好きな色はこちらですよね?」

「うん、そうなんだけど」

 私が迷っているとイシュカがその二つを買おうとしてくれたのでそれを止めた。

「気に入らないのですか?」

 違う。

 私は首を横に振った。

 でも言いにくい。

 不審に思って首を傾げるイシュカに恥ずかしさを堪えて口に出す。 

「そうじゃなくて。あのね、こっちは私がお金を出したいんだけど」

 私はそう小さな声で言って青いマグカップを指差した。

「イシュカの誕生日のプレゼントに、どうかなって。

 安すぎるかな、とは、思うんだけど」

 でも気に入ってしまったのだ。

 似合うかなって思ってしまったのだ。

 そうボソボソと言うとイシュカが尋ねてきた。


「それはお揃いで、ということですか?」


 その言葉に私がボンッと湯気を吹く。

「やっぱり恥ずかしいよね? イシュカだって好みがあるしっ」

「いえっ、是非これでお願いしますっ、これがいいですっ」

 イシュカの大声にさっきの女性が振り向いて私達の方を見た。

 するとイシュカはその二つのカップを持ってオレンジ色のカップの代金を払い、私が青いカップの代金を支払って店を出た。

 気恥ずかしい思いをしつつも、そうしてまたショッピングモールを二人で歩き出した。


 ただ、私がイシュカのプレゼント用にラッピングしてもらうのを待っている後ろでこっそりと、マルビスに同じお揃いの物を買われないよう、イシュカが他の色の物を全てゴッソリ買い占めているのには気付かなかった。

 

 

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