第二十六話 いよいよ王都へ向けて出発です。
王都出発の日の朝、玄関前には五台の馬車が止まっていた。
父様と三番目の母様、サキアス叔父さんと兄様達と姉様、それに兄様達の学園での生活をサポートするメイドが二人と新しく入った執事のケイネル。それにロイとマルビス、私の十ニ人プラス、護衛と御者が合わせてニ十人、合計三十人を超える大所帯だ。
もっとも王都に到着後は王城行きが二台、学院行きが三台に分かれることになる。ウチには馬車は三台しかなかったはずなのだが二台は町の貸し馬車屋で借りたらしい。
一台目の馬車に父様と母様、それに兄様達。
二台目の馬車に王城への献上品等。
三台目の馬車にロイ、マルビス、私、それにサキアス叔父さん。
四台目の馬車は二名のメイドと執事のケイネル、それに今回の旅支度の荷物。
五台目の馬車に兄様達の寮での生活用品等だ。
まさかサキアス叔父さんが同じ馬車に乗ってくるとは予想外だ。
夜遅くまで書類を片付けていた父様達の目の下には隈ができている。余程ハードだったに違いない。馬車の中で眠る気満々だったので面倒な叔父さんをコチラに押しつけたとみるべきか、ただ単に人員配置的にこうなっただけとみるべきか。どちらにしろロイも叔父さんも見事に目の下には大きな隈があるので馬車が動き出したら爆睡だろう。ダルメシアの進言通り各馬車にはグラスフィート伯爵家の紋章が刺繍された旗が燦然と春の風にはためき、靡いていた。
うん、まあこうなるだろうことはわかっていたよ。
あまり目立ちたくはないのだが安全には変えられないしね。
出発の準備を整えて母様と姉様を待つ。
女の身支度というのはどこの世界でも時間のかかるものだ。
父様とマルビスは献上品を積んだ二台目の馬車の最終チェックをしている。
舗装された道を行くわけではないので悪路による揺れで傷つくことがないようにしっかり動かないように固定されているか念入りに確かめている。叔父さんはといえば待ち疲れたのか既に馬車の中に乗り込み、船を漕ぎはじめている。
どこまでもマイペースな人だ。
普通、雇い主が外で働いているのなら従者はそれを手伝うべきなのでは?
そう思ったがそこを突っ込んでも多分誰も得しないだろう。実際、昨日の夜、見事に夜食に飛びついて猛スピードで仕事を片付けてくれていたみたいだしね。
私はロイとランスと一緒に倉庫の防犯対策チェックをもう一度しておくことにした。
二階へと続く階段は再び外され、屋敷の中に運び込まれている。二階の扉は鍵をかけた上でいつものように鎖でグルグル巻きにして錠前をかけ、三重に結界を展開している。魔力の供給源の魔石にも今朝、満タンまで魔力の補充をしておいたので問題ないだろう。結界は破られると張った本人に小さな衝撃が伝わるようになっているので一番外側、四枚目の結界はその日の警備担当が張ることになっている。
「結界って強度はどのくらいなの?」
ふと疑問に思ってロイ尋ねた。
金槌で叩いたくらいでは破れないことは知っているが実際破ろうとしたらどのくらいの労力がかかるものなのか疑問に思った。
「ある程度は魔石の補助があれば強度の補正が効きますが込められた魔力と結界を張る者の魔力量によるのはご存知ですよね?」
「知ってるよ、適正もあるけど個人差があるって聞いた」
魔力の弱い者が張れば対等以下の魔力を持つ者ならばある程度の効果はあるけれど魔力量が多い者に対しては効果がうすい。力技である程度までは破ることが可能だが時間がかかる。
「試してみましょうか」
そう言ってロイは私が張った上から結界を一枚張った。
「私とランスの魔力量はほぼ同じ、ランス、破ってみて下さい」
「了解」
するとランスは剣を全力で振り下ろし始め、十回ほどでヒビが入り、更にもう十回振るったところで結界が完全に崩壊した。
「今度はハルト様が張って頂けますか? 薄めで」
三重結界の上からもう一枚、言われた通り薄めで張る。
そしてもう一度ランスが今度は私の張った結界目掛けて剣を振り下ろす。十回、二十回と同じところに振り下ろしても私の張った結界にはヒビすらも入らなかった。
「もういいですよ、ランス」
更に振り下ろそうとしたところでロイがランスを止める。
「御覧の通りですよ、これが魔力量の差。
魔力量の差が倍になるとその強度は四倍、つまりこれ以上の強度の結界が三枚張られているので万が一盗賊に入られても貴方の結界を破るのは至難の業。警護の者が結界を張るのはあくまでも異変に気付き、駆けつけるためのものです。心配はいりませんよ」
なるほど、魔力量の差によって強度は二乗倍になるわけだ。
「魔力量の平均ってどのくらいなの?」
そういえば自分の魔力量は知っているが私は普通の数値を知らない。ちなみに私の魔力は四千八百くらい。冒険者ギルドにあった石板が測定できる魔力量は五千まで、私はてっぺんまで2センチほど足りなかったのでそのくらいということだ。
ロイはランスが倉庫周辺の見回りに行ったのを確認してから私の隣で屈む。
あっ、そうか。私の魔力量を知ってるのは父様とロイ、それにダルメシアだけだった。
「私で貴方の約三分の一の千五百、兵士の平均が千から千二百、庶民は千以下、四百から八百程度です」
へっ? 嘘っ、そんなに少ないの?
そりゃあびっくりされるのも納得だ。
私は調子に乗って増やし過ぎたのか。
思わず冷や汗がタラリと流れた。これってもしかしなくても相当目立つよね?
「もっとも魔力量の差だけではなく扱い方でも多少の差は発生します。
私はランスより腕力はありませんが魔力制御では上、総合力では同じくらいということになるのでランスの張った結界を割るのに私も同じ程度の労力が必要になります。
御安心頂けましたか?」
つまり単純計算しても私の張った結界はロイのもののほぼ十倍、つまり二人くらいの魔力量ならニ百回剣を叩きつけなければならなくて、それが三枚あるわけだから六百回。先に剣の方が折れそうだ。
魔石は張った結界を維持するためのもので強度にはあまり影響がなく、魔力が空になるにはワイバーンの魔石の大きさなら最低でも一ヶ月は持つそうだ。
「さて、納得して頂けたようですし、戻りましょうか。そろそろ奥様達もいらっしゃる頃でしょう」
ランスが戻ってきたので三人で馬車に戻ると丁度母様と姉様が階段を降りてくる所だった。
父様と兄様は既に馬車の中だったので母様達が乗り込むのを待って使用人達が乗り込む。
普通はこの順番なのだが叔父さんはといえば既に最大六人乗りの座席半分を占領しての爆睡状態、上には毛布まで掛かっている。父様と兄様が後が面倒なのでそのまま寝かせておけと言ってそのままにしておいたらしい。
ということは、やはりコチラに押しつけたととみるべきかな。
徹夜続きだった父様と兄様達に面倒を見させるのも気の毒なのでここは黙って受け入れておくが、せめてロイも移動させるべきなのでは?
「ロイ、眠るつもりならあっちの馬車でもいいよ?」
私は四台目の馬車を指差して勧める。
お疲れのロイには叔父さんと一緒より荷物と同乗のほうがマシかもしれない。
「いえ、大丈夫です」
「いいの? 無理しなくてもいいよ?」
あれだけ叔父さんに手を焼いていたし、気の毒な気がしないでもないんだけど。
「御一緒させて下さい」
「ロイがいいなら構わないけど、どうしよう? コレ」
長旅なので二人ずつ向かい合わせてゆとりをもって座る予定だったのだ。
「起こす?」
一応確認すると二人はさり気なく目をそらした。
そうか、やっぱり叔父さんにはこのまま眠っていてもらった方が良さそうだ。
まあいいか、元々六人乗りの馬車だし、叔父さんの向かい側に三人で座れば問題ない。
とりあえず私を真ん中にマルビスが右、ロイが左だ。何故この位置かといえば道中で目を通しておきたい仕事があるそうで出来れば明るい窓際がいいと言う二人の意見を聞いた結果だ。
全員が乗り込んだところで馬車が静かに動き出した。
考えてみるとこうして護衛に囲まれて馬車で領地外に出るのも私は初めてだ。
今日は隣のレイオット侯爵領の関所を昼頃に抜け、王都寄りの侯爵領地の街の宿屋で一泊予定だ。
当初の予定人数分は王室で用意してくれてあるのだが明らかに数は足りない。ただ王室が用意してくれる場合は人数が増えることはよくあることで大体二割増で用意されていて、この間泊まった宿のような従者部屋つきの部屋を貴族の人数分だけ用意してくれる場合が多いから確認してから足りない分は部屋に追加のベッドが可能なら入れ、無理なら同じ宿か、予算によっては他の宿を取ることにしたらしい。
午前中に王都に入ってから二手に分かれて兄様達はそのまま学院の寮に向かい、当初の予定外の護衛達は学院に到着して荷物を運び込み次第、ウチの領地まで戻り、母様と執事は兄様達の手続きが済み次第こちらに合流するそうなので王城に向かうのはほぼ当初の予定通りということだ。
因みに借りた二台の馬車は王都で返却できるそうだ。
貸し馬車屋は各領地に拠点を持っているらしい。
前世でいうレンタサイクルやレンタカーの回送みたいなものか。
盛大なお見送り付きで町を抜けた後も、叔父さんはまるで目を覚ます気配はまるでない。
私は書類に目を通しているロイとマルビスに挟まれて特にやることはないので昨日商業ギルドで購入した本を読むことにした。
書いてある内容はマルビスから聞いていたものも多いが知らないことも多かった。
まず商業登録できるものは商品や加工技術などの商品価値のあるものだけではなく、演劇や音楽、絵画等の芸術方面にも登録すれば適用される。ただ商品のように明確なものがないため曖昧で、商業利用される場合に適用される事が多いようだ。演劇ならば元になった書籍が存在すればその作者に、音楽ならばコンサートやパーティ、楽器の演奏をウリにしているような店等の有料施設で演奏され、利益が出てくると作曲者に使用料として支払う義務が発生する。絵画等は美術館等の入館料等がその対象となるようだが美術館自体が少ないし、人を呼べるような画家でなければ難しいようなのであまり利用されていない。
そして一定期間を過ぎるとその権利は抹消され、誰にでもそれが使用できるようになる。
対象となる物によってそれは異なり、真似しやすい簡単なものほど期間は短くなる傾向がある。
短いもので一年、最長でニ十年。
商品なら売りに出された瞬間からその権利が発生し、売りに出すための準備待機期間は最長半年。
違反者にはそれなりの罰金が課せられ、場合によっては商業ギルドの登録を抹消される。
重要性の高いものになると契約魔法によって縛られるものもあり、違反者とその関係者は莫大な違約金の支払い、出来なければ牢獄、もしくは流刑地送りか違約金を払い終えるまでの期限付きの奴隷落ち。開発に時間がかかる技術系の登録がこれに当たる。職人の引き抜きによる技術の流出を防止するため、情報を漏らした当人とその情報を受け取った者の両方に責任が発生する仕組みだ。
なるほど、テスラが技術と聞いて目の色を変えたわけだ。
あれ?
でもテスラってギルド職員だからウチに引き抜いたら問題にならないのかな?
タイミングを見計らい、きりの良さそうなところで聞いてみる。
「ああ、それは大丈夫ですよ。商業ギルドの職員はギルド内で知り得た情報を外に持ち出しを防ぐため就職と同時に規則に反することは漏らすことができないよう、破棄不可能な契約魔法をかけられます。ギルド職員は新商品や新技術の情報の宝庫ですからね、誘拐されないための対策でもあるのですが。ですので時々新米のギルドの職員と話をしていると言葉が途切れる事があるのですがそれが原因です。ベテランになってくるとそういうことは滅多にありませんけどね」
喋りたくても喋れない、脅されても話すことができないようにすることで情報の流出と職員の安全を確保しているということか。
「それって結構不便なような気がするけど平気なのかな」
「ギルド外で知り得た情報には適応されませんし、そのためにも規則は相当細かく取り決められているようですよ。そうしないと出産や結婚退職する女性職員などは特に困りますからね」
なるほど、確かにそうだ。就職したのはいいが諸事情で引っ越しや転職の必要が出てくることだってある。それなりの配慮がなければ職員確保も難しくなるだろう。
「納得して頂けたようなのでこちらからもお尋ねしたいことがたくさんあるのですが」
そう言ってマルビスが私の前に差し出したのは昨日の訪れた工房で私が職人に頼んでいたりした物をしっかりと書き直したものだ。
「書類は後で仕上げるとして使用用途等を説明していただけますか?」
了承すると私は説明が得意ではないので説明しやすいものから順番に話しだした。
マルビスはそれを聞きながらメモを取り始める。揺れる馬車の中で器用なものだと見ていたがやはり机代わりの板の上で紙が動くので書きにくそうだ。
そういえば昨日工房で廃棄されていた金属板を使って作って貰ったアレをポケットに入れてきたはず。
私はゴソゴソとズボンのポケットの中を探った。
「良かったらこれ、使ってみて?」
取り出したのは長さ五センチほどのダブルクリップ二つ。
職人達には何に使う物か説明していないし、組み立てたのは夜、自分の部屋に戻ってからなので完成品はまだ誰にも見せていない。使い方は説明するより使ってみせた方が早いだろう。私の手元をじっと見ているマルビスの持つ板の上部に紙を揃えて挟んで留めてみせる。目玉クリップやバインダーはバネなどを利用しているので再現するのに面倒そうだがこれならば構造自体は単純。複数枚に及ぶ書類などは封筒に入れて管理されているか、端に穴を開けて紐で閉じて保管されている事が多いので不便だ。
「マルビスが外で書いてる時とかいつも苦労してたからこういうのがあると便利かと思って」
そう言って顔を上げるとマルビスの表情は見事に固まっていた。
「あの、一応自分で組み立てたから心配ないと思うんだけど、喜んでくれるかと思ったんだけど、マズかったかな?」
しゅんとショボくれた私に気がついたマルビスが慌てて首を横に振る。
「いえ、そんなことありません、大丈夫です。ただビックリしてしまって」
そんなに驚くようなものなのか。いや、でも私も前世で単純だけどあると便利な百均の新商品に驚いていたし。そう考えると簡単だからと片っ端から再現していくのはマズイのか?
捨てられていた廃材を利用しただけなのだが、これからはもう少し自重すべきかな?
マルビスはしげしげと私の作ったダブルクリップを見つめ、そっと、それに触れる。
「私のために、用意して下さったのですか?」
改めて聞かれるとあまりたいしたものではないので恥ずかしくなって俯いたまま頷いた。
「ありがとうございます、凄く嬉しいです」
頭上から降ってきた感謝の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「よかった。外で書くとき、いつも大変そうにしてたからどうにか出来ないかと思ってたんだ。
いつも苦労かけてるし、こんな事くらいしか私にはできないから」
迷惑かけたり、呼びつけて無茶言ったり、手間をかけさせている自覚はある。
こんなもの、御礼にすらならないかもしれないけど今の私に出来る精一杯だ。お金はあっても事業開発費の資金だから無駄遣いは出来ない。第一良い商品を知っているマルビスに安物は渡せないしプレゼントしたら喜ばれるものなんてわからない。それで考えたのがコレっていうのも大概かもしれないけど。
「大事にします」
なのに大事そうに板ごと胸に抱えてお礼を言われるとむしろ申し訳なさが先に立つ。
廃材利用で元手はゼロ、職人にチップくらい払った方が良いのかと思ったが捨てるつもりの物でたいした手間もかかってないからと断られたし。
「大事にしなくていいよ、道具は使い潰してもらった方がありがたいし。傷だらけで不恰好になっちゃったし、見た目悪くて申し訳なくって・・・って、えっ?」
マルビスと話してた私の左肩に重みが掛かってきて振り返るとロイの頭が乗っかっていた。
「ど、どうしたの? ロイ」
ズルッと身体ごと私の方に倒れ込んでくるロイに問いかけたものの返事が返ってこない。
そのまま私の膝の上までロイの頭はズリ下がってきた。
具合でも悪いのかと額に手を当てるが熱はない。すると馬車の走る音にかき消されそうな小さな寝息が耳に届いた。
「眠っていますね」
マルビスが覗き込んで確認するが、いつもなら小さな物音でさえ反応するロイがピクリともしない。
「どうしますか? 起こします?」
よっぽど疲れているのか深い眠りに落ちたまま、私の膝枕で夢の中だ。
目の下の隈が濃い。人によってはやつれた感じがまたなんとも色っぽいと騒ぎそうではあるがロイにこれ以上の色気は必要ない。綺麗な顔が台無しだ。
「いいよ、このままで。ロイは働き過ぎだよ、身体壊して倒れたら大変だもの」
かけた眼鏡を起こさないように気をつけながらそっと外す。
起こすと無理をおしてまた仕事をしそうだし、折角気持ち良さそうに眠っているのだからわざわざ起こす必要はない。今の私の膝枕じゃ肉付きが薄くて寝心地悪そうだけど枕もないよりはマシだろう。
「でもこのままじゃ風邪ひいちゃっても困るか」
まだ春先だし、風は冷たい。毛布をしっかり掛けてる叔父さんを見るとこのままでは寒そうだ。
キョロキョロと私が辺りを見回しているとマルビスが叔父さんが枕に使っていた毛布を引き抜き、適当な布袋を変わりに押し込んだ。柔らかかった枕が固くなり叔父さんは少し顔を顰めたが、そのまま少しだけ体勢を変えただけで特に起きる様子はない。
叔父さんから取り上げたそれをマルビスば私に渡してくれた。
「ありがとう」
受け取った毛布をロイの上に掛けると、やはり少し寒かったのか無意識に毛布を手繰り寄せた。
額から頬にかかる長いストレートの綺麗な髪を撫で、邪魔にならないように後ろに流す。
ロイのこんな無防備な顔は初めて見る。いつも実年齢より大人びて見えるくらいなのに眠っている顔はやっぱり年相応に若い。もっと頭を撫でたり、髪を触ったりしてみたい気はするけど起こしてしまっては元も子もないので眺めるだけにしておこう。
「なんか随分嬉しそうな顔をなされているので私としては少々複雑なのですが」
少し拗ねたようなマルビスの口ぶり。
「嬉しそう、か。当たってるかも」
「やはりロイみたいなタイプが好きなのでは?」
やっぱりそこにくるのか。
私がロイを特別扱いしてるように見えるのかな。
「ああ違う違う、って全然違うわけでもないけど」
顔は間違いなく好みだし、性格もどちらかといえば好みのタイプではある。
でも私が今ニヤついているのは別の理由だ。
「ロイっていつもビシッとしててスキがないでしょ?
だからこんな無防備なトコロ見せてくれるっていうのは気を許してくれてる証拠かなって思うとなんだか嬉しくて」
「私は何度か貴方の前で居眠りした記憶がありますね」
マルビスもロイに負けず劣らずの働き過ぎの仕事の鬼だ。
ただロイよりも私の側にいる時間が長い分だけ、気がつけば仕事を取り上げ、ベッドに放り込むようにしているし、うたた寝していれば極力起こさないように気をつけている。
でもマルビスはロイ以上に物音に敏感だ。
特にウチに来たばかりの頃は些細な音にすら反応しているのを見て警戒心が強いのは前に聞いた事件のせいもあるのかとも思った。だけど最近は他の人がいるところでは意識してピンッとしているけど私の気配には注意を払わなくなった。
「うん、いつもすぐ起きちゃうけど。
その時も嬉しかったよ? 思わずその時も覗き込んじゃったけど。
警戒心強いマルビスが私を信用してくれている証拠でしょ?」
それは私の存在が彼にとって当たり前の存在になってきている兆候だと思っている。
「見て、いたんですか? 趣味が悪いですよ」
ほんのりとマルビスの頬が紅く染まる。
「マルビスほどじゃないけどね。自覚してるよ」
眠っている二人を起こさないように小声で会話をしながら私が制作を頼んだ道具の数々を説明し終わる頃、領境の壁が遠目に見えてきていた。
関所が近い。そろそろ二人を起こすべきか、寸前まで寝かせておくべきか。
「流石に寝起きの顔で関所を通るわけにもいかないでしょう。
私はサキアス様を起こしますのでロイをお願いします」
「わかった」
さて、生真面目なロイが私の膝枕で眠っていた事を知ったらどんな顔をするだろう。
ちょっと楽しみだ。
いきなり声をかけても驚かせてしまうだろうし、まずは毛布の上から軽くぽんぽんと叩いてみる。
少し身動ぎをするだけで起きる気配はない。
よく寝ている。起こすのは可哀想だけど仕方がない。
今度は肩に手を置き、ロイの名を呼びながら揺すってみる。
すると睫毛が小さく震え、ゆっくりと目蓋が開いた。起き抜けでぼうっとしているのか、しばし焦点の合わない目で視界に映ったものを確認した、次の瞬間、弾かれたようにロイが飛び起きた。
理解できていないのか寝起きの頭をフル回転させ自分の置かれている状況を把握すると傍目に明らかなほどロイの顔が真っ赤に染まった。
「すみません、誠に申し訳ありませんっ」
私は楽しくなってしまってふふふっと小さく笑うと恐縮して縮こまったロイに尋ねた。
「私の膝枕の寝心地はどうだった?」
「すみませんっ、本当にすみませんっ」
耳まで紅くして謝罪を繰り返すロイをあんまりからかうのも可哀想かな?
「ロイ、謝罪よりも聞きたい言葉が私、あるんだけど?」
謝らせたいわけじゃない。
起こすことも出来たのに寝かせたままにしておいたのは私だ。
私の言葉にロイは少し考えた後、
「ありがとうございました、とても素晴らしい寝心地でよく眠れました」
と、そう言って少し照れたような、はにかんだような、少年みたいな顔で笑った。
確かに膝枕の感想を聞いたのは私だけど聞きたかったのは感謝の言葉だけだ。
それは反則だろう?
ただでさえ綺麗で色っぽくて見惚れちゃうくらいだったのにそんな可愛いなんて最早兵器だ。自分の顔から湯気が出ているであろうことがわかった。その顔を見て、またロイが嬉しそうに笑うものだからなおさら顔が熱くなる。
「マルビス、叔父さん起きた?」
誤魔化すように顔をそむけた先には寝穢く毛布にしがみついてる叔父さんが見えて現実に返った。
ああ、一気に夢から覚めたよ。
助かったけどね、我に返ることできたから。
さて、どうしたものか。
本当にこの人大人子供みたいな人だな。
「場所代わって。私が起こすよ」
多少手荒な真似をしても私なら問題ないだろうし、癇癪を起こす人ではないことはすでに昨日立証されている。呼んで優しく揺り動かすだけでは起きない以上叩き起こす方向で、まずは頭の下にある先程押し込んだ枕を思いきり引き抜いてみよう。
私は叔父さんの枕もとに立ち、それを実行した。
叔父さんの頭は座席の上に落下し、ゴンッいう音が馬車の中に響く。
「お目覚めになりましたか?」
にっこり笑って問い掛ける私に打った頭を押さえ、欠伸をしながら叔父さんが起き上がる。
「ハルト、できればもう少し優しく起こしてくれないかな?」
「起こしましたよ? それで起きなかったのは叔父さんです。
次からは是非優しく声かけしているうちのお目覚めをおすすめ致します」
「そうするよ。それで、何かあったのかい?」
眠そうに目を擦りながら背のびをするものの怒り出す気配はない。やはりこの人、面倒はかかるけど道理が通っていれば怒り出す人ではないようだ。聞いていたより随分マシだ。
「検問所です。身分確認がありますので起きて頂かないと困ります。
これを抜けたらお昼にすると父様が仰っていたと思うのですが?」
「そうだね、そうだった。起きるよ、ハルト」
椅子の真ん中に座り直した叔父さんの横に私は腰をおろす。
「詰めて下さい、狭いです」
「ああ、わかった」
窓際に寄って外を眺めている姿は絵になっているけど私がいくらインテリ系の美形好きとはいえときめかないのは顔と頭以外が残念過ぎる故だろう。美形は見ているだけなら目の保養、見惚れはするけど私にとっては選定基準の上位項目ではない。
男女問わず誰でも自分好みの外見の人間が横を通れば視線が吸い寄せられる。
私にとってその程度のものだ。
性格が良くて仕事が出来るなら少しくらいのご面相の悪さはご愛嬌。
いや、叔父さんの場合は性格も素直だからそれなりにいいし、仕事も出来るわけだからマズイのは生活能力と常識の無さが問題なだけなのか。
それをどう教えるというか、躾けるべきか、もしくは補うべきか。
叔父さんを軽くあしらう私の目に二人の感心しきりの表情が映る。
不本意ながらこれは私の下に付くことになるのは間違いなさそうだ。
さて、どうしたものか。
まずは姉である二番目の母様にお伺いを立てるべきかな?
優秀であるなら使いどころを間違えさえしなければ充分戦力になる。
興味を持ってもらえれば多分放っておいても仕事はしてくれる。
いったいどんな仕事が叔父さんに向いているのか、見極める必要があるだろう。
もし本当に私のところにきたらまずは連れ回してみるのが一番いいかもしれないと考えた。