第四十二話 恋と憧れは違うのです。
予定外の迷惑客は翌朝陽も昇らぬうちにお帰りになった。
相変わらず人騒がせではあるものの、憎めないのも確かで。
最近フィアが益々陛下に似てきたような気もする。
国という大きなものを動かすにはあのくらいでなければいけないんだろうと思いつつも、できればあんまり似てほしくないなあと願う。
巻き込まれ、振り回される未来が目に浮かび、少々ゲンナリとなる。
だからってフィアと距離を置きたいとは思わないところが陛下に付け込まれる原因なんだろうけど。
まず片付けなければならないのは目の前の私主催の誕生パーティからだ。
しかしながら先住民のいる場所への案内の同行を承った以上、どう考えても内輪で誕生日当日の夜に祝ういつもの誕生日会は延期にせざるを得ない。
連隊長達の正式な日程と必要物資は改めて連絡が来るらしいが、調査隊の船での出発は翌日の昼過ぎ。運行前の宿泊施設として使う船舶に泊めた客を追い出して、清掃を済ませた後、観光希望客を一緒に乗せての出発で、向こうには夕方到着。温泉で休息を一日取った後の次の日の早朝、つまり私の誕生日出発になるそうだ。
そうなるといつも当日三日前に貴族を招いての誕生日パーティ、当日夕方の周年祭を終えた後の内輪での誕生日会だったからルストウェルで十二歳の誕生日を迎えるわけか。ロイとイシュカ、ライオネルは一緒に来ると思うけど、マルビスとガイとテスラはどうだろう?
ガイは来るかもしれないけど、マルビスとテスラはウェルトランドの周年祭もあるし、厳しいよね。ここのところはレインとミゲルも一緒に祝ってくれていた。少しだけ残念な気がしないでもないけれど、私はもうそのくらいで寂しいなんて思わない。
私には私が生まれてきてくれたことを喜んでくれる人がいる。
どこにいたってそれは変わらないって知っている。
だから今年はこの件が片付いてからみんなで祝おうと。
そうして準備に追われて迎えた誕生日パーティ。
新たにレインを婚約者に迎え、いつもの如くガイは初っ端の挨拶が終わるとすぐにドロンと消えた。そうして五人の婚約者を引き連れて会場を回っているうちにマルビスが商談を兼ねた顔見せに引き抜かれ、テスラとロイが大型商品の説明などに側から離れ、両脇にイシュカとレインが護衛も兼ねて残ってくれている。
商業班の大幹部はともかくとして、マルビスをはじめとする側近の中心メンバーは最近滅多に公の場に姿を見せない。単に忙しいからなのだけれど。
だからこうなるのもわからなくはないが。
何故だっ⁉︎
祝辞と挨拶はしてもすぐに退散、マルビス達のもとに行く。
何故私には話を聞きに来ないっ⁉︎
そりゃあマルビスほど契約についての詳しい話は出来ないし、テスラみたいに商品説明も上手く出来ない。ロイやシュゼットのように貴族の世間話にも詳しくなく、ハッキリ言ってしまえばかなり疎い。
ポッカリと私の周囲は穴が空いたように周りに人がいない。
私は(一応)ハルウェルト商会のオーナーだぞっ!
これは私の誕生日パーティではないのかっ⁉︎
なんか腑に落ちない。
「ねえイシュカ、レイン。私ってそんなに怖いかな?」
そりゃあね。
私は貴族の間ではその名も轟く魔王様。
恐れられるのも無理ないかもしれないけど。
でもね?
ここにいる方々を追い詰め、追い込んだ覚えはない。
今日この場にいるのは謂わば我がハルウェルト商会のお得意様や提携先。頼もしいアレキサンドリア領の味方のはず。確かにナメられるより恐れられる方が良いとは言え、私の周りだけ人がいない。
いや、待てよ?
追い込みはしなかったけど、幾人かにクドクドと説教を垂れた覚えはある。
丸投げするな、自分の領地は自分で守れ、責任を持てと。
ひょっとして、嫌われている原因はアレか?
だって、そこまで恐れられるほど怖い厳つい顔はしていないはずなのだ。
釈然としなくて顔を顰めた私の背後からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「怖いんじゃなくて、畏れ多いんでしょ? ハルトは」
その言葉に振り返るとそこにはフィアがいた。
「どう違うの?」
似たような意味だと思うけど。
「全然違うよ。以前は確かに王都の貴族の間での噂が先行して近付かない方が身のためだって認識が強かったみたいだけど」
「それは知ってるよ。実際、喧嘩吹っかけられるくらいなら、恐れ慄いて逃げて欲しいと思ってたし」
その方が都合が良いって。
そう答えるとフィアが呆れたような顔を私に向けた。
「確信犯だったんだ、アレ」
そうですよ?
だって面倒臭いって思ってたから。
貴族が関わる厄介事は避けるより逃げてもらった方が早い。
要はふるいにかけていたわけだけど。
「余計な仕事を増やしたくなかったんだよ。ただでさえ忙しいんだから」
陛下がちょくちょくと面倒なことを振ってきたし。
そうでなくてもウチは領地も広いし、魔物や魔獣の出現率も高い。最近ではゴードンも実力的にはこちらが提示した順位には届かないけれど専属十位圏内からは落ちることもなくなった。頭が切れるのも認知されてきたので参謀というか、指揮官を務めてくれるようになったのでランクA数頭くらいまでは任せられるようになってきた。それでも数が多い時や状況的に不利な場合、ランクSとかになるとまだまだ私の騎士団だけでは厳しい。イシュカやガイ、ライオネルの存在は不可欠。私もオマケで補助、回復要員で付いて行くけど。
すると聞き覚えのある声が会話に乱入してきた。
「まあそれも此奴らしいといえばらしいが、呆れた奴だな」
「それができるのも貴方の様々な功績あってのものよね」
この低く太い声と、鈴を転がしたような上品な笑い声っ!
「ミレーヌ様っ、こんばんはっ!
わざわざお越し頂き、ありがとうございますっ」
私は即座に振り返り直角九十度のお辞儀で挨拶する。
相変わらず麗しいっ!
本当にこの人は全然歳をとらない。
いや、むしろ年々滴るような上品な色気は艶を増している。
素晴らしい。
いったいどれほどの努力をしているのか。
私が目を輝かせてミレーヌ様を見ていると溜め息混じりの辺境伯の声が聞こえた。
「其方は相変わらずブレんな。
ワシを差し置いてまずはミレーヌに挨拶か」
当然でしょうっ!
筋肉ダルマのマッチョ男より、断然ミレーヌ様の方が素敵だ。
それに、
「辺境伯にはつい一カ月ほど前にお会いしたばかりでしょう?
そうでなくても暇があると遊びにいらっしゃるじゃないですか。それもミレーヌ様の御手を煩わせて、忙しくてお相手出来ないと言っているにも関わず」
返事を待たず、こちらの都合を無視して。
「忙しいというから対応は其方でなくとも良いと書いていたではないか」
そう辺境伯が言い訳する。
確かにそういうお話ではありましたけどね?
私は呆れたように口を開く。
「ウチに暇人はおりません。みんな働き者ですから。
名門貴族の御方がお見えになるというのに放ったらかしというわけにもいかないでしょう?」
体面というものがあるのですよ。
まあ急いで慌てた理由は解らなくもなかったのでお相手させて頂きましたけどね。
「それで如何でしたか、と、聞くまでもないようですね」
私はついっと視線だけをミレーヌ様の足もとに向ける。
「サイズは問題なかったようですね。
履き心地は如何ですか?」
ドレスの色に合わせたバイオレットのヒール。
ウチの新作なのだ。
一般的なヒールの部分にジェットが選別している各地の宝石のクズ石を使って華やかに飾っているのだ。そしてその靴の色に合わせて足の甲側にもピンで留めることでガラスのブローチや宝石などを合わせて付けることができる。
ボンキュッボンの素晴らしい身体のラインを強調するようなシンプルなドレスは紫色のグラデーションがかかり、裾にいくに従って濃くなっている。これは本当にスタイルが良くないと出来ない格好だ。そしてドレスに飾りを配しない代わりに装飾品や手袋、髪飾りにアクセントを置いている。いつ見ても毎回ウチの商品を完璧に着こなして下さる、まさに広告塔。
私はミレーヌ様にウットリと見惚れる。
辺境伯がベタ惚れなのも無理はない。
「とても履き心地が良いわ。夫からのこの結婚記念日のプレゼント、とても気に入っているの。また新作が出来たら見せて頂きたいわ」
それは良かった。職人に急いでもらった甲斐もある。
辺境伯が強引に押しかけてきた理由がコレだ。
うっかり忘れていたミレーヌ様へのプレゼントの準備でなかったら追い返していたところ。妻を、特にミレーヌ様のような方を哀しませることはミレーヌ様が許しても私が許さない。当然最新作で御用意致しましたとも。無骨でセンスのない辺境伯の代わりにマルビスの見立てで。支払いは勿論辺境伯だけど。
私は笑顔全開で答える。
「是非。前もってご連絡頂ければなるべく予定を空けてお待ちしてますっ」
腕にヨリをかけて新作スイーツ用意して。
御機嫌で答えた私に辺境伯が文句をタレる。
「随分とミレーヌとワシでは扱いが違うではないかっ」
当然でしょ。
「そりゃあムサ苦・・・ではなく、立派な体格の男より麗しい御婦人の方が目の保養になるからに決まっているじゃないですか」
「ハルトッ、其方、今、ワシのことをムサ苦しいと言おうとしただろっ」
聞こえていたのかと心の中で舌打ちをしつつ、素知らぬ顔で私はトボける。
「聞き違いではないですか? 被害妄想ですよ」
「しっかり聞こえておったぞっ」
「お歳を召しても変わらず御立派な体格だと感心したのですよ。筋肉隆々で衰え知らずじゃないですか。凄いですね」
相変わらず面倒臭い。
だがここは更に面倒臭いことになる前に上げておく。
「そうか? そうであろう。毎日の鍛錬は欠かしておらぬからな」
話を逸らして褒めると辺境伯はガハハと笑って自慢げに胸を張った。
流石戦闘狂の筋肉至上主義。単純で助かります。
とはいえ四十歳超えてもその筋肉と体力、馬鹿力を保っていること自体は尊敬してますよ。多分趣味と実益を兼ねているのだろうけれど。辺境伯領もウチほどではないけれど、それなりに魔獣の出現率は高い。それでもたいした被害が出ていないのはこの辺境伯あってこそだろうし、そういう意味でも流石だとは思うのだ。
だからって事務仕事をミレーヌ様に押し付けるのは如何なものかと思うけど。
ビニールハウス建設時にステラート領の運営は実質ミレーヌ様が取り仕切っておられるのだと知った。送られてくる手紙の筆跡は全てミレーヌ様の字だったから。
名前のサインだけは辺境伯のものだったけど。
綺麗なだけじゃなくて聡明だなんて凄い。
これぞ私の憧れる女性像だ。
私はミレーヌ様に向き直る。残念ながらレインほどはニョキニョキと伸びていない私の身長は年相応の平均身長。まだミレーヌ様よりも低い。
「いつまでも変わらず聡明でお美しく、今宵の月も、夜空に輝く星々も、ミレーヌ様の前では色褪せ、光を失い、眩しいくらいに輝いていらっしゃいます」
「相変わらずお上手だこと」
辺境伯にその年齢を聞いた覚えはあるが速攻で記憶から消去した。
二十歳を過ぎたら女性は歳を忘れて生きるべきだ。
その方がいつまでも若々しくいられる。
自分が歳を取ったと思ったら女性は益々老けてみえるもの。
女が綺麗なままでいられるかどうかは男にも責任があるのだから。
そういう意味ではミレーヌ様がいつまでも若く美しくいさせられる辺境伯を尊敬している。
私もロイやイシュカ達を苦労させて老けさせないように頑張らないと。そう拳を握り締め、決意を新たにしようとしたが我が身を振り返り、苦労、気苦労ばかりかけ、むしろ皺と白髪を増やしかねないことをしでかしている事実に思い当たり、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
勿論これから努力はするよ?
でもどんなに姿形になろうと、心労で頭の毛が残らず抜け落ちても私がみんなを好きな気持ちは変わらないからと言い訳する私は格好悪いだろうか?
多分カッコ悪いだろうな。
己の不甲斐なさに落ち込んだが、ここでメゲていては進歩がない。
もう私も子供と呼べない歳になる。
しっかりしなければと顔を上げるとミレーヌ様と目が合った。
「貴方も今日の装い、とても素敵よ。凛々しくて、とても大人びて見えるわ。初めてお会いした時から綺麗だったけれど、最近特に麗しくなったわ。
何か心境の変化でもあったかしら?」
そう問われてチラリとイシュカを見上げると目が合って微笑まれ、少しだけ頬が熱くなって組んだ腕の服をキュッと握ると逆側にいるレインが組んだ腕を解き、指を絡めるように手を繋ぎ、そちらに視線を向けるとレインは少し不機嫌そうにふいっと視線を逸らした。
ひょっとして、妬いてるのかな?
そんな私達を見てミレーヌ様が問いかける。
「貴方にも大事な人が見つかったのね」
「はい。見つかったというより、気付いたというのが正しいかもしれませんけど」
散々告白されていたのに揶揄われているだけだと思い込み、自分の気持ちにも気がつかなかった。
違う。
傷付きたくなくて見ないフリで蓋をしてた。
私みたいなのがそういう意味で好かれているわけないって。
子供で、男で、本気で相手にされるわけないって。
前世で言われていた言葉。
女のくせに、女らしくない。可愛げがない。
俺らより男らしい女なんて御免被るって影で、日向で言われて、傷ついて、恋することに臆病で諦めてたあの頃。
女でいることで傷つくくらいなら、いっそ男が悔しがるほど男らしく、潔くと。
少しは女らしくしようって思っていたら、もっと違う過去があったかもしれない。
捻くれて、傷付きたくなかったから私は女であることを諦めていた。
だけど。
そんな私があったからこそ、こんな私の側にいたいと思ってくれる大切な人達がいる。それを思えばあの頃の見当違いの方向の努力も無駄ではなかったということなのだろう。
ならば私は胸を張ろう。
私を好きになってくれた人に相応しくあるために。
可愛げのない自分が大嫌いだった。
そんな自分を少しだけ好きにならせてくれたみんなに感謝して。
「私は私の大好きな人達と共に、これから先も歩いて行こうと思っています」
私がそう答えるとミレーヌ様は微笑んだ。
「恋する男の顔ね。素敵よ?」
私はそんなにわかりやすいだろうか?
ミレーヌ様に指摘されて思わず赤くなる。
みんなに告白されて、流石に粗忽な朴念仁の私も家族というだけでないのだと自覚したけれど。
「ですが、ミレーヌ様が私の憧れであることには変わりありません」
だってミレーヌ様は女であった頃の私の憧れそのものだ。
そう断言すると少しだけ目を見開いて華やかに笑った。
「あら、ありがとう。嬉しいことを言って下さるのね。光栄だわ」
そうして少しだけ不機嫌そうなレインに視線を向けて一歩足を踏み出した。
それに気がついて不機嫌そうに横を向いていたレインがミレーヌ様にペコリと軽く会釈する。
「おめでとう。レイバステイン・ラ・レイオット様。
ハルスウェルト様の第一席を賜ったのですって?」
そう尋ねたミレーヌ様に憮然とした表情でレインが御礼を言う。
「ありがとうございます」
そりゃあレインは人見知りなところがあるけれど、この態度は少し問題のような。
だがミレーヌ様はたいして気にした様子なく、会話を続ける。
「でも貴方、これからがもっと大変よ?
素敵な殿方は捕まえて置くのも容易じゃないわ。頑張ってね」
「承知してます。これからも精進します」
私がその素敵な殿方かどうかはこの際置いといて。
定形通りの受け答え、愛想があるとは言い難い。
これが親しくお付き合いさせて頂いている人達だからまだいいが、気位の高い貴族だと反感を買いかねない。まあ侯爵家次男だから問題は起きないだろうけど。そういう相手には脅しをかけるが如く、有無を言わせぬ笑顔でニッコリと嘲笑う私も大概だとは思うけど。
そんなレインにミレーヌ様は周囲に他に人がいないことを視線で確認すると、少しだけ声をひそめてレインに言った。
「駄目よ、そんな苦い顔をしていたら。余裕のない殿方は魅力も半減よ? 相手にも付け込まれる隙をつくるわ。ハッタリでもいいからこういう場では堂々としていなさいな」
その言葉にレインはハッとして慌てて表情を取り繕う。それを見て、『良くできました』とばかりに艶やかに微笑まれた。
「その方がもっと素敵よ。頑張りなさい」
その言葉にレインは今度はしっかり前を向いて御礼を言った。
「はい。ありがとうございます」
そうしてミレーヌ様は辺境伯の腕を取り、『また後でね』と言い残し、人混みに紛れていった。
その歩く後ろ姿にも品があって綺麗だと思う。
「素敵な御方でしょう? 私の憧れだよ」
私がそれを見送りながら呟くとレインが尋ねてきた。
「ハルトはあの方が好きなの?」
「好きだよ」
そりゃあそうだろう。
六歳の誕生日パーティの時だけじゃなく、その後も色々と御世話になっているし、その行動、仕草、気の回し方、教わることも多い。
大好きだけど、憧れてるけれど、これ以上お近づきになりたいと思っていない。
あの人は前世の私がなりたかった姿、そのもの。
憧れなのだ。
「でも恋ではないかな。
ミレーヌ様には辺境伯がいらっしゃるでしょう。
それに人のもの、それも親しくさせて頂いてる方の奥様に言い寄るほど恥知らずじゃない。たとえ、どんなに魅力的であってもね」
ではミレーヌ様がフリーだったら私は言い寄るのだろうか?
少し考えて私は首を振った。
あのミレーヌ様はあの辺境伯あってこそ。
私が憧れているのは辺境伯の隣にいるミレーヌ様だ。
「ミレーヌ様は辺境伯の隣だからこそ輝ける方なんじゃないかなあ。
相思相愛の御夫婦だもの。
だから私もありのままの私が好きだって、私を選んでくれる人がいい。私の後ろにあるいろんな物を見て恋してる人には興味はないし、私は巷で噂されている御立派な人物じゃない。勝手に作られた理想像のように振る舞い続けるのは無理があるし、疲れるでしょう?」
私はとびきり粗忽者の朴念仁。
一時のことなら構わないが伴侶とは添い遂げるもの。
最初から別れが前提にあるのなら一緒にならない方がいい。
この国では重婚が許されていても離婚は簡単じゃない。
嫌いな相手に振り回されるのも嫌だし、私を嫌いな相手が私に振り回されるのも気の毒だ。
「だから私の情けないところを見て、格好悪いところを見ても好きだって言ってくれるみんな以上に好きな人は私にはいないんだよ」
それは私がこの世に生まれて一番最初に欲しいと願ったもの。
他の何を捨ててでも手に入れたかったもの。
ならば大事にしなければバチがあたる。
「その中に僕は入ってる?」
不安そうな顔で聞いてくるレインに思わず苦笑する。
「レインが私を好きでいてくれるなら。
いつか私の本当の一番を取ってくれるんでしょう?」
何を今更。
物好きにもレインは私にそう断言したではないか。
そう言った私にレインが頷く。
「勿論。僕は諦めの悪い男だからね」
この六年間、フリ続けたのにとうとうレインは諦めなかった。
閣下に煽られ、母親に入れ知恵されていたのは透けて見えていたけれど、それだけでそんな長い間、私を好きでいてくれる訳もないことくらい解ってる。
「私も負けませんよ?
ハルト様を泣かせる男は即刻叩き出しますので覚悟して下さいね」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ、イシュカ」
まるで喧嘩を売るようなイシュカらしからぬ物言いにレインも負けじと言い返す。それにイシュカは宣った。
「ありえませんね。そんな未来は永劫に」
いったいその自信はどこから?
本当に物好きにも程が過ぎると思うのだ。
「それよりもハルト様と早く踊って来て下さい。
レイン様の次は私の番なので。
マルビスもロイも今日のために仕事の合間をぬって必死に練習していたんです。
後がつかえていますからさっさとお願いします。
それとも私が先でも宜しいですか?」
「それは駄目。僕が一番。
まだ名目上とはいえ一席なんだから」
レインはそう言って私の前に笑顔で手を差し出した。
「行こう、ハルト。
僕と踊ってくれるんでしょう?」
初めて出会ったあの時は、ハスキーの子犬のようだと思ったレイン。
体格も立派になって私より頭ひとつ分大きいその身長に相応しく頼りがいのある男に育った。
必ずいい男になってみせると言ったあの時の言葉は間違いなく果たされて。
そりゃあまだまだ十二歳。子供っぽいところもあるけれど、それでもきっとロイ達と同じくらいの歳になる時は、きっと今よりもっとイイ男になる。
私はその成長を見守る権利をもらったのだと思うのだ。
伴侶次第で変わるのは女も男も同じだ。
ならば私は私にできる精一杯でみんなの伴侶に相応しくあろう。
私のせいでみんなが駄目になったなどと決して言わせない。
そう決意して目の前に差し出されたレインの手を取った。