第四十一話 だから過度な期待はやめて下さい。
場所を迎賓館の最上階に移し、テーブルを囲む。
メンツが揃ったところでライオネルとケイを階段前に警備として残し、関係者以外も出入りを塞いだ上で陛下が本題を切り出した。
「まずはどちらから話すべきかな? 面倒な方と、面倒でない方」
そう切り出した陛下に私は憮然とした表情で言った。
「まずは面倒ではない方で。その内容によって時間がかかるものであればすぐにゲイルに手配させますから」
「私は何もまだ話してないはずだが?」
何を今更。
確かに面倒事の内容までは予測つかない。
だが、
「言うまでもないでしょう。
ここは私のアレキサンドリア領領主邸であると同時にハルウェルト商会本部。面倒でないということはこちらである程度すぐに対応出来るものであるということ。ゲイルの同席を許している時点で二つのそれらは商会関係のことでしょう?」
でなければ人数をもっと絞るはずだ。
更にはミゲルも同席させている時点で内容は絞れてくる。
ならば先に面倒でない方を先に聞いて、必要ならゲイルとミゲルに席を外してもらえばいいわけで、その方が手間がない。
私がそう言うと陛下はニヤリと笑った。
表情と態度が陛下モードに切り替わってる。
相変わらず使い分けるのが上手いなあと私はその顔を眺める。
「察しの良さは変わらんな。まあその通りではあるのだが。
来月に南のヴェラルカ皇国の使者が参るのでな。土産としてそちらの商品で最高級の物を幾つか用意して貰いたい。勿論請求書はこちらに回してもらって構わん」
そう言って陛下は懐から一枚の紙を私に向かって差し出した。
それを受け取ると隣にいるマルビスにそのまま渡す。
「拝見致します」
そう一言断ってマルビスがその内容に目を通し、後ろにいたゲイルに回す。
さして表情が変わらないところを見ると充分対応できる物なのだろう。
「どうだ? 用意出来るか?」
問いかけられてマルビスが確認する。
「期限はいつまでで御座いますか?」
「最低でも使者が到着する五日前、つまり二週間後までには城に届けて貰いたい。すぐに用意出来るのなら明後日、王都に戻る前にこちらに馬車を一台回す」
つまり私の誕生日くらいまでにってことね。
それで今回は欠席で名代のライナレース様がいらっしゃるわけか。なんだかんだと理由をつけて二年に一回はやって来て、陛下は毎度毎度大量買い付けして帰るのだ。去年はお見えにならなかったから今年は来るかと思っていたのたけれど。遠方からの使者が来るのでは不在はマズイと第二夫人のライナレース様がいらっしゃる予定なわけね。フィアは別口で貿易センター主として出席するっていうし。
別に陛下が来なくても全然構わないんですよ?
実際国王というのは多忙なはず。なのにも関わらずフィアが現在統括している国際貿易センターができて以来、ちょくちょく何かと理由を付けて顔を出していくらしい。ほぼトンボ帰りに近いようだけど。今年は節目の十二歳の誕生日だからもしかしてとは思っていたけど来れない理由はそれか。
正直なところホッとしてる。
ついでに寄るのと陛下の御宿泊では警備の規模と人数も変わってくるし、用意も大変になる。出来れば勘弁してほしいというのが本音。
渡された紙をジッと見てマルビスとゲイルが頷いた。
「おそらく今日にも一通り揃えられるかと。贈答品として整える時間も一日頂ければなんとか。すぐに確認します。ゲイル」
「かしこまりました。至急調べて参ります」
失礼しますと頭を下げてゲイルは急足で扉を出て行った。
「それで面倒ではないもう一つの方は?」
あと残り二つ。
サッサと片付けて私としては残っている仕事に戻りたい。けど、いくらお忍びとは言えさすがに国王陛下を方っておくわけにもいかないよね。となると必然的に私とイシュカやるつもりでいた仕事はそれ以外の、商業班大幹部達に流れることになる。
彼らに心の中で謝罪する。
出来れば早めにお引き取り願いたいところだが、いったいどんな要件なのか。
私が眉間に皺を寄せて見つめると陛下がフッと微笑った。
「何やらミゲルが夜中に面白そうなことをやっているようなのでな。
それを出来れば是非とも見学させて貰いたい。
今年の其方の誕生パーティに私は出席できないのでな」
面白そうなこと?
ミゲルが?
「夜中?」
なんだろう。
思い当たることがないと首を傾げるとミゲルが口を開いた。
「ハルトはここのところ忙しかったからな。テスラと一緒に人目につかない夜中に企画部の催事として色々と試していたのだ。内容までは言っていないのだがハルトにパーティの催し物を任されたと兄上につい自慢して」
そうだっ、そうだったっ!
テスラとミゲルに丸投げしてたんだっけ。
「ほぼ構成は決まった。後はハルトとマルビスに確認して貰うだけだ」
時々息抜きに夜中抜け出して来るフィアが知っているのは驚くほどでもないが、それがフィアから陛下の耳に入ったってことね。
それを任せていたのはテスラとミゲル達企画部。
必要以上に口出しするつもりがない私がテスラを見上げると頷いた。
「問題ありませんよ。どうせ二週間後には招待客の方々にお見せする予定のものですし。ですが、まだ公にはしたくはありませんので真夜中か明け方の暗い内にはなってしまいますが」
「構わぬ。今夜泊めてくれる準備はもうしてくれてあるのであろう?」
さも当然のように言ってきますよね?
ええ、その通りではありますけど、なんかここで頷くのも癪な気がするが仕方ないが黙っていても話は進まない。
「それで、残るもう一つの面倒なこととは?」
嫌なことは早く片付けてスッキリする。
これが私の信条だ。
問題が大きくなったり、取り返しがつかなくなってからでは面倒事で済まなくなる場合もある。
いったい今度はどんな問題が起きたのかとゴクリと喉を鳴らす。
「例の先住民族の調査についてのことなのだが」
陛下の口から出たのは既に私の中では解決済み、過去のこと。
なんだ、そのことかと一瞬思ったが、面倒とは?
私に突っ込まれるようなことを残す趣味はない。
まあウッカリ抜け落ちることが無いとは言わないけど。
でもサイラスにも確認したし、フリード様から報告も行っているはずで。
「それならば先日団長から報告を受けたはずでは?」
「ああ、勿論だ。その時に起こった問題についても聞き及んでいる」
ですよね。
すべきことも、報告も確認も全部済んでいるはずだ。
それがなんで今更?
益々わけがわからず顔を顰める私に陛下が事情を語り出す。
「ただ例の其方が連れ帰った子供について少々困ったことが発生してな」
子供って、リステル達のこと?
ならば尚更納得がいかない。
「受け入れ手続きはしっかりサイラスに確認して行いましたが?」
「ああ。法律上については全く問題ない。
だが別の意味で問題が発生してね。バリウスからの報告を聞いて、こちらでも改めてその子供達の持つ技術について調べさせてもらった。
かなり珍しいものらしいな」
ああ、そのことですか。
確かに思わぬ拾い物をしたと私も思ってますよ?
まさかこの世界でまた漆器に出会えるとは思ってなかったから。
最近ではだいぶ見慣れてきたとはいえ最初の頃、味噌汁や吸い物とかと洋食器のコラボが違和感、半端なかったですから。
思わず目を剥いてリステルの作ったお碗を目にした時、ガン見してしまった。
マルビスが頷いて陛下に答える。
「ええ。オーディランスでもその職人の数は少なくなっていると聞いていますが?」
貴重な職人を確保できたのはありがたいのだがマルビスはリステルが最初にその言葉を話した時点でその予感はあったらしい。
私の持ち込む厄介事には、いつももれなくオマケがついて来ることが多いので。おそらくルーツが同じだとすれば可能性は高いのではないだろうかと。しかし、その村でも職人が減っているとなれば相当貴重なのだろう。
マルビスの言葉に陛下が小さく溜め息を吐いた。
「それが欲深い貴族の耳に入ったらしくてね。
調査に手の者を同行させてその職人を確保したいと企んでいる輩が出てきたのだよ」
如何にも面倒臭いというような言い方からするとそれなりの権力者か。ウチに文句をつけられるとならばおそらく同等の侯爵クラスか宮廷内の役職付き。
ウチの領地では保護するつもりもないし、別にそれならそれでいいんじゃないかと思うのだが。
「その技術自体は既に商業登録も切れていますよ?」
マルビスがそれを確認する。
そうなのだ。
漆器自体の歴史は古いので当然だが商業登録もとっくの昔に時効、登録使用料も必要ない。となれば、それを真似して発展させるのも衰退させるのも自由。
全く問題がない。
素晴らしい技術も継承者がいなければ続かない。
難しく手間が掛かり、採算が取れなければ便利で安価な物に需要が移るのはある意味時代の流れというもの。
「ああ、それも知っている。だが職人の数は減っていると今、言ったであろう?」
「なかなか手間の掛かる工芸品ですから」
そう。
だがそれが美しいとなれば話は変わってくる。
更に出回る数が少なく、手に入り難いとなれば希少価値という立派な付加価値と名目が付いてくるのだ。
売り方次第で値段は跳ね上がる。
マルビスがひとめ見て言っていた。そこの職人より良い出来だと。
となれば後は私達ハルウェルト商会の売り出す腕次第。
ウチはそちらの方面では超のつく一流が揃っている。
いずれは工房に移動してもらう予定でいるが、まだ言葉も不自由があるので中庭の奥にある小さな物置を改造してそこで作業している。道具その他はウェルムに頼んでいるけれどまだ揃い切っていないし、漆の樹も見つかっていない。そこでリステルをリーダーとしてまずは原型になる木工品の加工である木地作りと、下地作り、磨きの作業を今は進めてもらっている。もし漆が手に入るのが大幅に遅れるとしてもいざとなったらガラス塗装という手段もあるそうだ。それでも木目の風合いが活かせるので充分に売り物になるはずだとマルビスが言っていた。
キールとテスラ、ウチの執事達が日に何度か様子を見に行って面倒を見てくれているのだが、
「テスラ、リステル達にあの村にその職人がまだ残っているか聞いてる?」
全員が漆器作りの職人とは考え難いが、流行り病で人数が減ったということは残っているのが職人がもういない可能性もあれば多かった可能性もある。
会話をしているなら話題も出ていることもあるかと尋ねるとテスラの顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
「一応。いるにはいるようですが・・・」
言葉尻を濁すほど言い難いということは、つまり、
「其方に石を投げたというヤツか。腕は? どの程度か聞いているか?」
陛下もそれに見当がついたようだ。
「以前はそこそこの腕だったようですけど」
それ以上は言わずもがなである。
「成程な。ああいうものは怠り、研鑽を積まなければ腕も落ちる。聞いた情報からすれば今は期待出来ぬというわけか」
「それもありますがウチにいる子供達もそうですけど作業を分業化していたようでしてね。何年か前の流行り病で、こちらでいうところの親方にあたる年配の継承者の多くが亡くなってしまっているようです。なので完成までに必要な全ての職人はもうあの集落に揃っていないと思われます」
私がこぞって連れて来てしまったからと?
まあそれが悪いとは微塵も思っていませんが。
必要な人材であるのなら大事にするのが普通でしょ。
それをコキ使い、踏み躙り、虐げる。
それはあってはならないことでしょう?
そういうのは不当搾取というのだ。
私は特に動じるでもなく陛下とテスラの話を聞いている。
「つまりそこに残る先住民達を連れ帰っても完成しないと?」
「いえ、あの子達を見ていると分業化されているとはいえ全く知識がないわけではないようですので出来ないことはないでしょうけど」
「専門ではないが故にその品質までは保証出来ないということか。
聞いている其奴の性格からすると貴族達と揉める未来しか見えんな。しかも我が国どころか他国にも籍がないとなれば」
陛下が濁した言葉の先をガイが続ける。
「役立たずと判れば十中八九、奴隷にされるか、最悪処分されるだろうな。
期間や限定的条件の商業奴隷は禁止されていないし、未だにそれらが横行している国ではその契約書は簡単に手に入る。輸入禁止の御禁製品とはいえ紙だ、密輸もしやすい。
まして期待外れだった戸籍を持たない人間の末路は言うまでもないよな」
要するに、掛かった元手を回収するために馬車馬のように働かされ、動かなくなれば始末するってことか。同情の余地はないけれど、使い潰される未来が確定してるとなれば些か良心が咎めないでもないが、助ける義理もない。
あんなのを引き取れば今度はこちらが馬鹿を見る。
生憎私はそこまでお人好しではない。
ガイの言い方からすると、おそらく罪人以外の奴隷制度が廃止されているとはいえ、まだまだそれらは陰で横行しているのだろう。
「何か掴んでいるのか?」
眉を顰めて陛下がガイに尋ねる。
「まあな。領主で三人、大農園を持つ地主で五人。怪しいヤツならあと数人。国家管理されていない奴隷を抱えていると思われるところがある。国の監査が入る時には別の場所に移動するか、隠す時間がないと始末してるみたいだな。首を落として畑とかの土に埋めるか身元不明の遺体として焼き捨てたり、怪我を負わせて森に放り出し、海沿いのヤツなら崖から海に落としたりしてな。
外国からの輸入か、親に売り飛ばされてきた子供や行方不明者が多いようだが」
魔獣被害の多い田舎では毎年何人もの人間が行方不明になる。
それが本当に魔獣に喰われたのか、人攫いにあったのか、生活苦で親に売られたかなんて調べたところでわからない。
例えば八人家族で七人が生きるために一人を犠牲にする。
その家族に道徳を説いたところで生活を変える手段が他にないのならどうしようもない。一人を犠牲に出来ないから八人で餓死しましたとなるよりはマシだと思うしかない。気の毒だとは思っても、私にはどうしようも出来ない。
お前には救えるだけの財力があるだろう?
そうですね、救えないこともないですよ。
だけど困っているのは一つの家族だけじゃない。そういう人達はこの国だけではなく世界中にいる。その人達を見返り無しで救えば他の困っている人達にも手を差し伸べなければならなくなる。
私は全ての人は救えない。
余計な諍いを起こす半端なことは控えるべきだ。
そしてそういう人達を減らす仕事をするべきなのが行政。
要するに政治、国王や領主の仕事。
私の領地の領民であるならば仕事を紹介して糧を得てもらうことも出来るが他領のことにまで口出しすべきではない。それは越権行為だ。
協力依頼なく他領に口出しするならその土地の領主、もしくは領主より上の権力者、つまり国王から。だからこそ仕入れた情報の一部は陛下やフィア、連隊長や団長達に横流しをするわけで。他の領主達のところにはウチみたいに陛下の送り込んだ監視役が堂々と敷地内を闊歩していない。
ウチはかなり特殊と言ってもいい。
そして違法なことをやっている輩というのは大抵隠すのが上手い。
「とにかく手際もいいんで抜き打ちで素早く動かない限り尻尾を掴むには相当厳しいと思うぞ。必要ならアンディ達諜報部に手引きさせるが」
ガイがそう言うとふむっと陛下が少し考えてから口を開く。
「ではそのあたりは妃がパーティに出席する際に護衛として付かせるアインツと相談してくれ。それまでに詳細を纏めておいてくれると助かる。
どちらにしても先住民の件が済まねばすぐに動けないのでな。
大事にならぬよう、アインツも一応調査団には同行させる予定でいる」
「了解だ」
どうやらしっかり取り締まるつもりらしい。
こういうのは一つ見過ごせば次から次へと湧いてくる。
アイツが見つからないのなら自分も大丈夫だろうと。
ホッと息を吐いたところで陛下が私に視線を向けた。
「そこで、だ。頼みというのはその調査団にハルスウェルトも通訳として同行してもらえないかという相談なのだが」
じゃないかと思いましたよ。
他に思い当たることも無いですしね。
だけどそれを是と言うかは別の問題で。
私はぐるりと周りを見渡した。
「そう露骨に顔を顰めるな、イシュガルド、マルビス、ロイエント、テスラ。こちらにも事情があるのだよ」
陛下の言葉に不敬もいいところのみんなの不機嫌極まりない顔。
私は既に済んだことだし、この先関わってこないなら正直どうでも良いのだが、付いて行けばまた揉め事が起こりそうな予感がしないでもない。
とりあえずはまず断る方向で。
多分断れないだろうけど。
「団長に通訳は私ではない方が良いとお伝えしたはずですが」
「ああ。それも聞いている。
だがその職人に興味を持ったのが少々面倒なヤツでな。
地方の商業ギルドに顔が利くのだよ。裏から手を回されて其奴の都合の良いように事実を捻じ曲げられんとも限らん。そこで事情も言葉の解る其方も付いて行けば誤魔化しも出来ぬであろう?」
成程、その心配もあるのか。
確かにその危険もなくはない。
「要するに見張と監視、ですか」
「そういうことだ。余計な口出しはせずとも構わない。勿論こちらで通訳も手配するし、フリードも一緒に同行させる予定だ。事実と相違なければ放っておけば良いし、何かあればアインツかフリードを通せば良い。前回現場に居合わせているフリードもいれば仮に何か言い掛かりをつけようとしてもつけられぬであろう?
其方のところにはその言語を解する者が他にもいるというのも聞いているんで、別の者でも構わぬのだが」
わかってますよ、陛下、貴方の魂胆は。
「いえ。そういうことなら私が同行します。キールやマルビスでは身分的に何かあっても言い返すのにも難しいですし、ありもしない罪を被せられ、無礼打ちされても文句をいえなくなる可能性がありますから」
私に拒絶をさせないためでしょう?
サキアス叔父さんならまだマシかもしれないが、叔父さんの場合は別の意味で心配だ。叔父さんの興味を引く何かを見つけた場合、見張と監視そっちのけでそこに突進する可能性がある。それでは御役目を果たせない。
私からすれば陛下のその言い方は、所謂、計ったなというヤツだが、まあいい。
陛下の懸念もわからなくはない。
だけど私としてはキールにもマルビスにも行かせたくない。横暴な上位貴族の前では平民の命など塵芥に等しいのだ。それならば私が行った方がまだマシ。
「まあそうだろうな。だが侯爵の其方ならそれも厳しい。それに其方が同行すればもれなくイシュガルドとライオネルがついてくるであろうからな」
更にオマケ付きを狙ったわけか。
なかなかにちゃっかりしている。
「ライオネルには連れてきた子供二人の警護を頼んでいます。こちらでもその地で回収してきたいものがありますので、イシュカと専属警備数名も一緒に連れて行きますが、それでよろしければ。
狙っていたのでしょう?
私がマルビスやキールをそんなところに行かせるわけがないと予想して」
だが陛下の言うように私を陥れたい輩なら、通訳買収して抱き込んで、都合良く真実捻じ曲げられないとも限らない。そんなことになれば同行するより更に面倒になる可能性がある。
ならば危険な芽は育たぬうちに刈り取っておくに限る。
事実ならまだしも捏造などされてたまるか。
痛くもない腹を探られるのは真っ平ゴメンだ。
不本意ではあるけれど。
ブスったれた私に陛下が語りかける。
「で、今回の報酬は何が良いのだ? ハルスウェルト」
出来ればそのニタニタとした笑いを引っ込めて頂けませんかとも言えずに私はそれを辞退する。
「要りませんよ」
「そうはいかぬ。こちらから依頼したことであるしな。では金貨で・・・」
「いつものようにお酒で構いません。既に用意済なのでしょう?」
金貨で貰うくらいならお酒の方がマシ。
ハルウェルト商会でもなかなか入手困難な貴重なソレはテスラやガイ達も楽しみにしているのだ。
「承知した。ではアインツにこちらに向かわせる時に一緒に持たせるとしよう」
いいように操られた感は拭えないが仕方がない。
となれば最低限のこちらの意見は通しておかなければ。
「それで、残りの先住民はウチでは引き取りませんよ? 向こうが保護すると申し出てきた時はどうするつもりなんですか?」
「基本的には先住民達の意思を尊重するつもりだ。双方の合意があるのであればな」
それって相手を尊重してるようでほぼ丸投げ。
確かに陛下が責任を持つべき国民でもないですけどね。
「つまり、ウチでは引き取らなくても、その貴族が保護を申し出て向こうがそれを受けたらそのまま引き渡せば良いと?」
「まあな。だが先程ガイが言った懸念もある」
良くて専属職人、悪くて奴隷ってことね。
私的には我が身に降り掛からなければ基本的にどうでも良いが。
イシュカが憮然とした表情で告げる。
「別に構わないでしょう。ハルト様に石を投げた時点でアレは罪人ですから」
不敬罪ってヤツか。
前世でいうところの公務執行妨害と暴行罪を合わせたみたいなものだ。
恩赦で済むかどうかは危害や不利益を加えられた貴族側、つまりは私側にあるのだけれど、赦すつもりは当然ないが、関わらないならそれで良い。
イシュカの意見に陛下が頷く。
「勿論、石を投げた当人だけならそれでも良い。
だが投げたのは一人だけなのだろう? 暴言だけでは罪を問うのも難しい。そこで何か良い知恵は無いかと思ってな」
そう言ってチラリと視線がこちらを向いた。
しかも、陛下だけではなく、そこにいた全員の。
またこのパターンか。
いい加減にしてもらいたいんですけどね、こちらとしては。
「ですから何度言えば良いのですか?
私に過度な期待はやめて下さい。そちらには国の名だたる知能が揃っている筈です」
何故私に話を振る?
勘弁してもらえませんかね?
多少の悪知恵は働いても、法律に詳しいわけでも、特別頭が良いわけでもないんですよ?
ウンザリした顔で応えると陛下が呑気に宣う。
「まあそういうな。あくまでも参考程度だ。
一応曲がりなりにもその職人がまだ残っているという事実は今判明したばかりだ。城に戻ってからも勿論話し合うつもりでいる」
ええ、是非ともそうして頂きたい。
なのに何故期待に満ち満ちた視線は相変わらず私に向いたまま。
重いんですよっ、全く。
私ごときに重要案件の意見など求めないで下さいよ。
適当でその場しのぎのことくらいしかせいぜい捻り出せないのですから。
私は大きな溜め息を吐いて考える。
要するに、アイツらを欲しがっている貴族が必要以上の無体を強いられないようにすればいいんでしょ?
となれば利用すべきは国家権力。
私はブツブツといつものように考え込む。
そうして出した結論は・・・
「ならばこういうのはどうです?
ソイツが保護を申し出たら連隊長から一度陛下に報告して、彼らの知る歴史や暮らしぶりを学術的観点から話を聞いてみたいと言っている歴史家がいるとからとか適当に言って。そして一旦王都に連れて帰り、先に手続きして戸籍を作ってしまうんです。
勿論、王都で戸籍を作ることは伏せたままで。
ごねたらせいぜい一週間、長くても一カ月もかからない程度のことだ。その間に言葉も通じないのだから教師でも入れて最低限の会話を教育してもらっておけばその費用も浮くし保護した後も楽だろうとでも言い訳して」
私を逆恨みしている貴族なら私が関わればムキにならないとも限らない。
既得権益に群がるような権力馬鹿であるならば国の意向には逆らえないはず。
「私が思いつくのはこの程度ですが?」
感心したようなイシュカ達の溜め息。
欲目、贔屓目もまさにここに極まれりってヤツだ。
「向こうの利点を強調した上で引き渡し期間を先に延長するわけか」
陛下の確認に私は頷く。
「後は引き渡しの際には『大変興味深いことが聞けた、もしまた聞きたいことが出来たら是非協力してくれ』とでも伝えておけば」
「奴隷にすることも、始末することもできなくなると」
「そういうことです。国家権力に媚を売りたいのなら下手な真似はできないでしょう?」
いつまた話が聞きたいとやって来るかもわからない。
そうなれば少なくとも最低限安全は保証されるのではなかろうか?
所詮浅い猿知恵というものだけど。
「成程、実に面白い。参考にさせてもらうとしよう」
「ひょっとして採用ですか?
もう少しよく考えた方がいいと私は思うんですけどね」
嫌そうな顔をした私を見て陛下が微笑う。
「案ずるな。これが其方の策略だとは絶対口にせぬよ。
わかっているな? リディ、ケイジャ」
「御意に」
そうして話は一段落と、すっかり冷めたお茶をロイが入れ直してくれたところで扉がノックされ、ゲイルが戻って来た。
陛下からの依頼の品も貴族の方々の爆買いに備えて予め用意していたもので足りるということで、念のため陛下に確認して頂ければというゲイルの言葉に陛下は国王から商人の顔と口調に戻し、次々と運び込まれるそれらの品々を見分した上で買い付ける物を決定した。
そうして遅くなった食事の準備も整い、すっかり夜も更けた深夜。
テスラとミゲル達企画部渾身のイベントの披露となった。
湖に浮かぶ色とりどりのランタンの光が湖面を照らし、静かに揺れる水面に反射して、それは幻想的な光景を作り出し、私達はその風景に、暫し、時を忘れて魅入ったのだった。




