第三十七話 見つけた才能はしっかり磨かせて頂きます。
結局休みらしい休みは殆ど取れなかったけれど、抱えていた秘密も吐いて精神的には随分と楽になった。
別荘でキールはカンヅメ状態で必死に言葉を覚えてくれた。カタコト話せるマルビスの協力もあってキールも屋敷に戻るために一緒に乗船した時にはにわか仕込みとはいえ最低限の挨拶などを交わしたり、簡単な日常会話が出来る程度になっていて、マルビスとキールが彼等と会話していたことで私がその言葉を喋れた理由も納得したらしいフリード様や警備からは特に追及されることもなかった。
本当にキールやみんなには感謝しかない。
そして連れ帰ることになったリステル達はマルビスが至急で商業ギルドで手配した言語の家庭教師も帰宅翌日には到着。とりあえずはほぼ話が通じないので一般従業員と一緒にするわけにもいかず、屋敷の二階の一部屋に五台のベッドを押し込み、そこで生活してもらうことにした。
慣れない生活環境の中であるならば見知った仲間と一緒の方が安心するだろうと思ったからだ。こちらでの日常会話を覚えて、ここでの生活に不安が無くなってきた時点で従業員寮の個室の方に移動させようという話になった。
どうもリステル達の使っている言葉の語源はヴィンラント語というらしい。
ただマルビスの言っていたように結構な訛りがあったようだが勉強熱心なリステル達とキールはあっという間に生活の上での意思疎通を図るのに困らない程度に覚えていた。
人間というのは必死になればある程度のことはなんとかなる。
戦争で難民として放り込まれた異国で仕事を探すために全く喋れなかった言葉を十日でマスターした大人がいるという話を前世でも聞いたことがあった。
生活がかかれば悠長なことを言っていれば人生が詰む。
いつまでも見知らぬ他人を援助し続けられるほどの慈愛に満ちた人間ばかりじゃない。持っていたとしても養うのには限界もある。財産とは収入以上に支出が多ければやがて必ず尽きるものだ。善悪という問題ではなく、そういう生活環境の中では大抵誰もが生きることに必死で顧みる余裕がないからだ。そんな中で必死に現状を変えようとすぐに行動を起こす人ほど逸早くそこから抜け出すことができることも多い。
過去を嘆くより前に進もうとする。
それは今を生きる力だ。
勿論、それで悲しみや心に負った傷が癒えるわけではない。
だが他人は所詮他人。
嘆いているだけでは生活の糧は得られない。
動き出す原動力はなんでもいい。
夢、希望、生き甲斐なんて綺麗な理由じゃなくてもいい。
時には恨み辛み、怒り、飢餓感なんてのも体から力を絞り出すエネルギーになると私は思うのだ。
まずは現状を変える気合と意志が必要だからだ。
そうして生活にゆとりができてくれば心にも余裕ができてくる。
集落を出て多少なりとも不安になっていたリステル達も与えられた環境に馴染みはじめ、お腹いっぱいの食事を毎日食べているうちにそんな力が湧いてきたようだ。
やはり『腹が減っては戦はできぬ』ということか。
人間、栄養を取らなければ力も出ない。
本来持っているポテンシャルを活かしきれないと思うのだ。
二週間もするとリステル達は六歳児程度の語学力が身について、ウチの従業員達とも少しずつ馴染み始めた。
その御褒美に今日は空いた時間を使ってウェルトランドを案内しながらリステル達を連れてキールとイシュカと一緒に開園前に回ることにした。
習うより慣れろという言葉もある。
小難しい文法など知らなくてもお互いがお互いを理解しようとすれば必要な単語さえ頭に入ればどうとでもなるものだ。支部の団員達が朝のトレーニング兼設備点検をしてくれている中に混じってアスレチックで遊んだ後、リステル達と屋敷に戻るまでの道のりを歩く。
ショッピングモールは開店準備の一番忙しい時間帯だ。
鮮やかな色とりどりの商品や様々な露店の食べ物にリステル達の目はキョロキョロと忙しなく動き回り、従業員のみんなから挨拶の言葉をかけられながら通りを歩いているとクレープやドーナツの甘い匂いが漂い、リステル達の鼻がヒクヒクと動き、目が吸い寄せられている。
そりゃあこうなるよね。
共同食堂では御飯は出てもオヤツは提供されない。
あんな山奥の集落では甘い砂糖や生クリームを使ったお菓子は存在しないだろう。興味津々なのも無理はない。
私はクスリッと微笑うと開店前のクレープ屋に立ち寄った。
「おはよう。今、忙しいよね? 自分で焼くから鉄板借りてもいい?」
色とりどりのフルーツに三種類のクリームにハチミツ、ナッツ類、トッピングのバリエーションは豊富だ。
店員達が手を止めて挨拶を返してくれる。
私が鉄板の前に立とうとすると一人の売り子が慌てて飛んできた。
「開店前なのでお客様もいませんし大丈夫ですよ。仕込みは殆ど終わってます。
手は空いてますので是非私に焼かせて下さい」
「いいの?」
「勿論です。私達にハルト様以上に優先すべきものはありませんから」
・・・・・。
いや、お客さんがいたら是非そっちを優先してね。
私は後でもいいから。
まあ混雑時に私がランド内を彷徨くと騒ぎになりがちなので殆どそれはないけれど。用事がある時はなるべく開園前か閉園直前に来るようにしている。もっとも屋敷内でもロイや料理長が焼いてくれるのであまりこうして店で買い食いすることもあまりないのだけど。
たまにはこんな店先で歩きながら食べるのもいいよね。
「良かったね。焼いてくれるって。じゃあこの子達とキール、イシュカと私の八人分、頼んでいいかな?
御馳走してあげるよ。食べたいものを注文して?」
私がそう言うと言葉は通じているはずなのにリステル達は困ったようにショーケースの中を覗いている。
するとキールがその理由を察して前に出た。
「ハルト様。俺達が先に頼みましょう。注文の仕方がわからないんだと思いますよ」
ああ、そういうことか。
山の中の小さな集落じゃ店なんてものはない。
当然買い物だってしたことなんてあるわけもない。
私達の当然を当然としてはいけないことに気付いた。
まずはキールとイシュカと私が頼んで、その注文の仕方を見ていると、それでも食べたことのないものの味が想像出来なかったようでリステル達は私達が持っている物を指差して、『これと同じのを』とそれぞれ気になったものを指差して注文した。
確かにその方が間違いはない。
そうして『どうぞ』と差し出されたそれを私達が食べている様子を見てそれにかぶりついた。口に広がる甘いそれにリステル達は夢中になって食べ始める。
代金を差し出すと受け取れないと言うので、この子達の教育も兼ねているのだと言ってお金を支払い、歩きながら会話する。
「言葉を覚えたら後は一般常識だね。それはエルドとカラルが引き受けてくれるっていうし、そしたら残るは仕事探しか」
私のすることを観察して一生懸命生活の仕方を覚えようとしているのを見ていると微笑ましい限りだ。
「僕達なんかで役に立つんですか?」
役立たずっと罵られて生活していたせいだろう。
何かにつけてリステル達は自信もなく遠慮がちだ。
まるで昔の私みたいだなって思う。
でも大丈夫。
私にだって出来ることがあったんだもの。必ずリステル達にもあるはずだ。
大きく頷いてリステルに私は安心させるように笑顔で言う。
「勿論。ウチは分担作業が基本だからね。何か得意なことが一つあれば充分なんだ」
「得意なこと?」
最初は上手くなくたっていい。
好きなことや自分の出来ることで小さなことから覚えていけばいい。
「そう、別に難しいことじゃなくていいんだ。
草木の手入れや畑仕事、料理、馬の世話、手先の器用さに自信があれば職人系の仕事に興味があるなら弟子入りも出来るよ。見習いからだから給金はすぐに高くならないけど」
家事や農作業をやらされていたならそういうことでもいい。言葉が通じるようになればその職場の先輩達に教わることが出来る。そう伝えたつもりがリステル達が気になったのは別のところだった。
「給金?」
聞き返されて思い出す。
完全自給自足の生活にお金という概念は必要ないことを。
「ああそうか、そのあたりの常識も覚えなきゃいけないね。
働いた御褒美みたいなものだよ。それがもらえるようになったらさっきのクレープみたいな甘い物もさっき私が店員に渡してそれと交換したように食べられるようになる」
するとリステル達の顔がぱああっと明るくなる。
どうやらクレープが相当気に入ったようだ。
すると質問が出てきた。
「あの、本当に難しいことじゃなくて良いんですか?」
「構わないよ。単純作業だと給金はそのぶん安くなるけど、仕事を覚えて難しいことも出来るようになったら給金も少しずつ多く貰えるようになる。そしたらここにあるいろんなものをそれで交換して手にできるようになるんだ。
高価なものもあるからすぐに買えないものもあるとは思うけど、そういったことも今度エルド達に教わるといいよ」
そう伝えるとリステル達五人は顔を見合わせて頷き、おずおずと尋ねてきた。
どうやら彼等は彼等なりに自分達に出来る仕事が何かを考えていたらしい。
「あのっ、木を扱う仕事ってありますか?」
木ってことは木材ってことでいいんだよね?
それとも庭師の方かな?
とりあえず確認してみよう。
「あるよ。大工仕事や木材加工工房、後は庭師とか、他にも色々。
興味あるの?」
「はいっ、森の中に暮らしていたんで木でいろんなもの作っていたんです。だから僕等でも少しはお手伝いできることがあるんじゃないかって」
成程、確かにそうだ。
あの村に製鉄技術とかあるようにも見えなかったし、建物も殆どがログハウスみたいな木製だった。そうなるとそういった仕事の方が慣れていて覚えやすいかも。
「マルビスに頼んでおく。一度見学に行くといいよ」
「加工工房なら俺が明日一緒に連れて行ってもいいですよ?
丁度デザイン画の引き渡しと調整の仕事もありますから」
私が頷いて答えると、そうキールが申し出てくれた。
まだ一般常識教育もあるし、見学だけだもんね。
まずは様子見か。
ならばキールの方が歳も近いし、最近では一緒にいることも多い。むしろ話もしやすいかも。
「じゃあお願いしようかな? テスラと私は周年祭の仕事が詰まってるし。その仕事に興味が湧かなかったら次は棟梁のフーリか庭師のドラドのとこに連れてくように手配するから」
「はいっ、任せて下さいっ」
嬉しそうに返事をして引き受けてくれたキールに感謝しつつ、やはり今度サキアス叔父さんに使い込まれないよう特別手当は現物支給で渡そうと思ったのだった。
そうしてキールにリステル達の工房見学を頼み、私はテスラと商品開発室で当面の客引きイベント、ウェルトランド周年祭と私の十二歳記念の誕生会に向けての案を練っていた。
ミゲル達企画営業部からも計画書が上がってきたので御披露予定の水に浮かぶランタンの試作品を前に悩んでいると、そこにキールが飛び込んできた。
「たっ、大変ですっ」
いつもならノックをしてから入ってくるのに、それさえ忘れて転がるように息を切らせてやってきたキールに何事かと視線を向ける。
「あれっ? 確か今日は朝からリステル達を加工工房に連れてってくれたんじゃ」
「そうですっ、そうなんですっ」
だよね?
今は昼少し前、もうすぐ食事の時間だ。
この慌てぶりからすると、
「職人達と揉めたの?」
「違う、違いますっ、とにかく来て下さいっ」
問い掛けを否定するや否や、私の腕を掴み、引っ張った。
説明が難しいのか、道すがらとにかく見て貰えばわかると言ってキールは木材加工工房まで私を連れてきた。
「・・・凄いね、コレは」
それは床に座って無心に木材を彫っているリステルとシラド、仕上げの磨き工程を一心不乱に作業しているスージン、覚えたての拙い言葉で目を輝かせ、職人達を質問責めにしているビルマやワグナの五人がいた。
私はリステルが掘ったという木製の器をシゲシゲと眺め、ボソリとそう呟くと、木材加工工房責任者のアルスは興奮気味にリステルとシラドを指差して叫んだ。
「そうなんですよ。特にこの二人は既に職人、それもトップクラスの腕前ですっ」
しかもすごい集中力。
私達の会話が聞こえていない。
そりゃあ私も人のことをとやかく言えた義理ではないけれど、どうしてウチにはこの手の人間が多くて集まってくるのか。まあ安全が確保できて、限界を越える前にそれを止められる人がいるなら構わないんだけど。
この二人と限定するということはリステルとシラド以外の三人にも出来るということなのだろう。今は他のことに夢中みたいだけど。
私がアルスに事情を聞くと、キールと一緒にやって来たリステル達はまず工房員に説明を受けながら中にある色々な物に目を輝かせて見学、そうして興味を持ったらしい彼等に簡単な説明をするとやってみたいというので使わなくなった古い道具や木材の切れ端、廃材を渡して刃物なので危ないから気をつけろと言い置き、そこでキールと話していたアルスに呼ばれて席を外すと彼等はそこにあった中古の道具を自分達で研ぎ、廃材を削り始めていたらしい。その手際というか、手つきに感心して工房員が眺めていたらビルマとワグナが拙い言葉で色々と手順や置いてある道具について尋ねて来て、その間もリステルを含む三人は一心不乱に作業をしていたそうだ。それが今のこの状態というわけだ。
よく見ていると見事に分業化している。
シラドの削り出した器にリステルが細かな細工彫りを施し、スージンがそれを際立たせるように綺麗な曲線に磨き上げている。出来上がりは私から見たら既に芸術品の域だ。
感心しきりでその作業の様子を見ていると、まずはビルマとワグナが私とイシュカに気が付いて、作業中のリステル達に声を掛けるのかと思いきや、その耳元でパンッと手を一つ叩いた。するとその三人は弾かれたように顔を上げ、私達に視線を向けて微笑った。
「あっ、ハルト様。僕達でも出来そうな仕事がありました」
「良かったです。俺達、ここに弟子入りしたいです」
「出来ますか? 僕達ここで仕事覚えたいです」
いや、弟子って?
仕事を覚えるって?
リステル、シラド、スージン?
貴方達、もう既にほぼ名人に近いでしょう?
ここにいる職人達にも負けない腕で弟子って?
弟子入りの意味、わかってるのかな。
疑問に首を傾げつつも、どう答えたものかと悩んでいる私の前でリステル達が嬉しそうに話し出す。
「凄いですね、このナイフ、ちょっと磨いただけですごく切れるんです」
「吃驚しました、僕達いつも固い石を磨いて削ってたんで」
「俺達にも出来そうな仕事があって安心しました。
すごくこの道具使いやすくて、いつもより早く、綺麗に出来ます」
要するに今まではそんな切れ味の、扱い難そうな道具で作っていたと?
それでウチの職人達が切れ味が悪くなったからと磨きに出そうとしていた物を自分達で研ぎ直し、それを使ってコレを作ったのか。
私はじっくりと手に持った器を眺めた。
『弘法筆を選ばず』とは言うが、良い道具を使ったからといってすぐに慣れてこの出来?
信じられない。
「そりゃあウチの自慢の鍛治師の作った道具だからね」
私はとりあえず、そうリステル達に告げた。
ウェルムの打つ包丁などの刃物は今やこの国の職人達の憧れ。一年先まで予約で埋まる国を代表する名工に間違いない。
「いつもは何を作ってたの?」
「主に食器です。木の器は軽くて使いやすいので。でもこのままで使うとすぐ黒くなってきちゃうんです」
確かに木製の食器というのは他の材質に比べると扱いが難しい。
「ああ、それはカビだね。木材は水分とか吸収しやすいから」
そう、木製食器は魅力的な物だが臭いや汚れを吸い込みやすく、高温に弱いので直射日光の当たる日向に干すのはNGだ。手入れの仕方を間違えるとカビやヒビ割れの心配がある。
天然素材だからこそのデリケート。手入れを怠れば傷みも早い。
しかしながら、それを補って余りある長所も当然あるわけで。
陶磁器の食器に比べて、軽くて丈夫、しかも温かい料理は冷めにくく、冷たい料理はぬるくなりにくい『断熱・保温性能』なのだ。
木製食器の魅力は見た目や手触りから木の温かみが感じられること。他の素材の食器に比べて落としても割れにくく、更に、使い込むほどに色合いが変わっていく経年変化が楽しめるのも魅力のひとつ。
だが、木製食器の持っている欠点を大きく補うことが出来る方法がある。
「そうなんですっ、だから樹液を加工して塗っていたんです。艶も出るし、長持ちするんで。よくビルマがその樹液を採ってきてくれて、スージンは仕上げに磨くのが得意で、ワグナは樹液を塗るのが上手いんです」
そう、リステル達が用いている方法。
所謂漆塗りというヤツだ。
漆の塗膜は酸、アルカリ、塩分、アルコールに強く、耐水性、断熱性、防腐性が高いのが特徴。 漆の塗膜がすり減っても塗り直して新品同様に仕上げたり、器自体のカケやヒビ、塗膜の剥離なども漆繕い、補修等で修繕することができるのだ。
まあこの知識も大好きだった漫画で覚えたものなので、それ以上詳しく突っ込まれても困るのだけど。あの頃の雑学知識がこんなふうに役立つなんてあの頃は考えもしなかった。
それにしてもこの年齢でこの腕前。
これはどうしたものかと悩んでいる私の背後から声が聞こえた。
「やはりですか」
当然聞き覚えのあるその声の主は、
「マルビスッ、いつの間にっ」
「キールが貴方を連れて行った後、テスラが急いで私のところまで連絡に来てくれたんです。もしかしてとは思っていましたけど」
流石テスラ、対応の仕方がよくわかってる。
多分、即座にマルビスを呼びにいくあたり、この状況を想定していたのだろう。
「この間、私が面白い民芸品があったのでオーディランスの山奥の集落に滞在したことがあるという話をしたでしょう」
そういえば、そんな話、してたっけ。
自分のことに手がいっぱいで、すっかり抜け落ちていたけれど。
「そこではリステル達が作っていたような木材を切り出して加工した美しい食器が作られていたんですよ。昨日の夜、木材加工に興味があるらしいから工房にリステル達を連れて行くとキールが言っていたので気になっていたのですよ。
やはりリステル達がいた集落の起源はその地方だったようですね」
そう言ってマルビスはリステル達が作った木の器の一つを持ち上げ、じっくりと眺めながら続けた。
「手間が掛かるぶん、それなりに高価なものなのですがね。
しかもそこの職人よりも仕事が早く、綺麗な仕上がりです。
生活必需品として必要に迫られていたからということもあるのでしょうけど、このままでも艶を出し、磨けば充分過ぎるほど売り物になります。ですが、その加工を施せば更に高値になるでしょうね。勿論、実際に使ってみて確認する必要はありますが。
その地方では漆器と呼ばれているものですよ」
やっ、やっぱり〜っ!
しかも漆器作りに必要な工程の、それぞれの得意な子が揃ってるみたいだし。
アイツが慌てたはずだ。
マルビスが私を見てにやりと笑った。
「ハルト様。貴方、また大当りを引いてきましたね」
おそらく小間使いとしてリステル達を使っていただけでなく、それらの役割を担っていたであろう彼等を私がゴッソリ連れてきてしまったのだ。
グリズリーの臭い肉三頭分より遥かに価値がある五人を。
ボッ、ボッタクってきてしまった・・・
「新しい工房を用意する必要がありそうです。
ウェルムに至急、道具一式を作るよう、頼んでおきましょう」
確かにあの集落にいたロクデナシ達にリステル達には価値があると証明してみせるって、啖呵を切ってきましたよ?
それも思い切り。
どうせ二度と会うこともない輩。山奥の質素な暮らしをしてたなら、ウチにきて普通に働いて貰うだけでもあの集落にいるよりは余程良い生活が出来るだろうと、たいして案や対策考えるまでもなく、まさに行き当たりばったりで。
まさかリステル達にこんな才能あるなんて思いもせずに。
だがこれだけの仕事をしていたリステル達を虐げていたのも事実。
自業自得というものだ。
眠っている才能ならば発掘して磨く。
ある才能ならば活躍の場を用意して思い切り発揮してもらうのが我がハルウェルト商会の方針でありモットーだ。
ならば見つけた才能は、是が非でも磨いて輝いて頂きましょう。
勿論、必要な場所、環境、道具等々は早急に手配させていただきますよ?
そして成果を出して頂けるのならそれに相応しい報酬を。
それが連れてきた私の、ハルウェルト商会オーナーとしての務めですから。
だが私は漆器を欲しがった覚えは・・・
う〜ん、と記憶を遡り、探っていると思い出した。
それは前世ではなく今世。
味噌汁を入れるマグカップに、丼御飯を深皿に盛る違和感に、和食器を懐かしんでいた。
ああいう器がないだろうかと。
要するに、私がそれを欲しがったがためのこの結果?
いや、まさかそんな筈はと思いつつ、私は完成した和食器に盛られたカツ丼の姿を思い描き、ニタリと笑ったのだった。




